日本労務学会誌
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第46回全国大会報告(統一論題シンポジウム「雇用システムの新展開 ―雇用ポートフォリオの理論から実践へ―」)
雇用ポートフォリオの編成原理―事例研究からモデルを―
中村 圭介
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2017 年 18 巻 1 号 p. 85-89

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1. 研究の経緯

独立行政法人労働政策研究・研修機構のプロジェクトとして雇用ポートフォリオの研究を行った。この分野で最も注目をあびている理論モデルの1つはLepak and Snell(2003)の人材アーキテクチャー論である。彼らの議論を簡単に紹介すれば,人材のユニークさと戦略的価値の2つの軸で人材を4つのタイプに分類し,それぞれにふさわしいHRM 施策を考えるというものである。ポートフォリオをどう編成するかを直接扱っているわけではないが,雇用ポートフォリオの議論をするとき,必ずといってよいほど引用,参照される。だが,彼らの議論に対して,事例研究を積み重ねてきた一介の調査屋として,違和感を覚えるようになった。とりわけ次の2点が気になった。

1つは,日本の現実をうまく説明しない。たとえば中堅以上の企業の正社員は,ブルーカラーであれ,ホワイトカラーであれ,入社時点では未熟練であり,ユニークでもなければ,戦略的価値もない。そこからいろいろな仕事を経験して,またoff-JTをうけながら,当該企業にとってユニークで,戦略的価値もある人材へと育っていく。この事実を彼らのモデルはうまく説明できない。彼らのモデルでは競争環境が変わると,同じ人材が4つのタイプ間をダイナミックに移動することが論じられているが,これは日本の正社員のキャリアを説明しない。詳しい説明は省くが,パートタイマーの質的基幹化と呼ばれている現象もうまく説明できない。

違和感を持ったもう1つの点は彼らのモデルから要員算定が落ちていることである。タイプ別に分けただけではポートフォリオを編成することはできない。それぞれのセルに何人,何時間の労働力が入るかがわかって初めてポートフォリオを編成することができる。

こうした違和感から,雇用ポートフォリオの研究に,彼らの理論を利用することはできないと考えるようになった。

中村(2006)の「あとがき」で「総額人件費管理」「要員管理」の実態もよくわかっていないので,これについてぜひ,研究していきたいと私は書いた。要員を算定し,要員の過不足状況を調整することが要員管理の主要部分だと考えられるが,応援のことは研究されていても,そもそも何人必要なのかをどうやって決めるのかがわかっていない。経済学のように,賃率と資本費用,生産関数が所与で,商品価格が与えられれば雇用量が定まるというような世界ではない。

2. 要員算定メカニズム

要員算定には次の3つのアプローチと簡便法がある(窪田,2004高原,2012)。3つのアプローチとは戦略アプローチ,財務アプローチ,業務量アプローチのことである。簡単に紹介しよう。

戦略アプローチとは,投資要員(=具体的には新規事業や基礎研究・応用研究などに携わる従業員,将来の利益を生み出すための従業員のことを指す)の要員数と総額人件費を算定するアプローチである。投資要員数に関しては合理的な要員算定方法はなく,経営トップが将来を見据えて決定する。

現在の売上・利益を確保するための要員を基幹要員と呼ぶが,この基幹要員の算定方法として財務アプローチ,業務量アプローチの2つがある。財務アプローチは目標売上高あるいは目標利益額から要員数を算定する方法であり,基幹要員総額人件費(=目標売上高×売上高総額人件費比率)を基幹要員1人あたりの人件費で除して基幹要員数を算出する。

業務量アプローチでは基幹要員が担っている総業務量をたとえば労働時間数で測定し,それを基幹要員1人あたりの労働時間数で除して基幹要員数を算出する。

財務アプローチで算出した要員数と業務量アプローチで算出した要員数が一致する保証はどこにもない。むしろ「一致することは極めてまれ」だと言われる。

これ以外に,基幹要員ではあるが人事労務,法務,財務など間接部門に配置される要員数の算出方法として,算定した直接部門の基幹要員数に目標直間比率(たとえば10%)を掛け合わせるという簡便法もある。

以上の要員算定方法に関して留意すべきことは次の点である。戦略アプローチ,財務アプローチのいずれであっても,要員数は一義的には決まらない。投資要員数を何人と決めるのは経営トップの判断である。財務アプローチによって算定される基幹要員数は目標売上高,目標利益額,総額人件費比率をいくらに設定するかによって変わってくる。目標直間比率によって算定される間接部門基幹要員数にしても,目標比率をどう設定するかによって変わってくる。

業務量アプローチであれば合理的に,一義的に基幹要員数が決まってくるように思える。だが,常に,業務量アプローチを適用できるわけではない。ポートフォリオを編成するということは,タイプ別の人材の需要量を算定するというプロセスを経ることによって初めて可能となる。実際にはどのようなことが行われているのだろうか。

3. ポートフォリオ編成の実務―スーパーの事例から―

こうした分析枠組みを持ちながら(実際には調査の過程で作り上げていったと言った方が正しい),スーパーと百貨店の事例を調べた。ここではスーパーを例にとって,ポートフォリオの編成メカニズムを紹介する。

雇用形態別の要員を算定する方法として財務アプローチと業務量アプローチの2つが利用されているが,実際に要員数を決めているのは財務アプローチである。業務量アプローチは「目安」と言われ,パートタイム労働者の配置に利用されている。

財務アプローチから説明しよう。売上高,粗利益,営業利益,販売・一般管理費,人件費の予算はそれぞれ次のように決められる。

まず,鮮魚,青果,精肉,加工食品などの商品群ごとに売上高,粗利益(=売上高-仕入原価)の次年度予算案が各商品部によって策定される。店単位および全店の商品群ごとの予算案である。商品群ごとの予算を積み上げると全社的な売上高予算案,粗利益予算案が計算される。それを前提に,経営企画室によって次年度の営業利益予算案が策定される。次年度はこのくらいの営業利益を上げたいとの意志がそこに示される。粗利益から営業利益を差し引くと,人件費と販売・一般管理費の項目が残る。後者の予算案を決めれば,前者の予算案が結果として算出される。この順序が重要である。総額人件費予算案が引き算の結果,残余として算出される。

人件費は正社員にかかるものとパートにかかるものとに大別される。正社員数は現在のところ前年度と同数とされている。売り場面積と売上高によって,120を超える店舗を9つのタイプに分けており,タイプごとに正社員数は定められている。正社員数×平均人件費で正社員人件費予算案が導かれる。総額人件費予算案からこれを差し引くとパートの人件費予算案が出る。こうして正社員,パートの人件費予算案が算定されるが,それらは総労働時間数に換算される。正社員であれば1ヶ月あたり166時間を前提に年間の総労働時間数が,パートについては人件費予算案を平均時給で割ることによって年間総労働時間数がそれぞれ算定される。以上が全社的な予算案,総労働時間数の策定プロセスである。これが店舗ごとに割り振られる。店は現在では利益センターと位置づけられている。

各店舗の予算案に関して,経営企画室と店舗を束ねる販売部(10の販売部がある)の間で折衝が行われる。店舗の売上高,粗利の予算案は当該店舗に割り当てられた商品群ごとの予算案を足し合わせればよい。営業利益予算案も各店舗に割り当てられるが,残念ながらそれがどのようになされるのかについてはわからない。販売部としては,その管理下にある店舗の状況(前年度実績,競合店の出店予想,大規模な道路工事予定など)を踏まえて,経営企画室と予算案についての折衝を行う。

販売部そして店舗が最も気にするのは総労働時間数とりわけパートの総労働時間数である。パートの総労働時間数は最近では対前年度比マイナスで決められることが多いという。目標とする営業利益を獲得するためである。与えられたパートの総労働時間数で店が運営できるのかどうかが,経営企画室との折衝の最も重要なイッシューになる。この時間数では難しいと判断した場合,販売部,各店舗は次のような対応のいずれかを取ることになる。

第1に販売部長に認められている独自の「パート労働時間枠」を使う。第2は販売部長の管理下にある複数の店舗間で予算案を調整する。当初の予算案で示されたよりも多くの売上高,営業利益を期待できそうな店舗については予算を上乗せし,営業利益の上乗せ分を運営の難しい店舗の営業利益予算案から削り,その額をパート人件費枠に追加する。第3は,競合店の出店で苦戦しているなど,店舗の厳しい実情を経営企画室に訴えて労働時間数の増加を認めてもらう。このほか,店独自の工夫として,電気代,チラシ代など管理可能な経費を切り詰めて,その分をパートの人件費に回すなどがある。

以上のプロセスを経て取締役会で予算が確定される。なお,財務アプローチを適用する前提として,正社員に固有の仕事,パートに固有の仕事という明確な区別があるわけではない。もちろん,正社員は主として管理業務,パートは主として定常業務というような区別はあると思われるが,それぞれの仕事が明確に定められているわけではない。

こうして店舗ごとに,パートの年間および月間総労働時間数が決められる。店は月間総労働時間をまず部門(鮮魚,青果,精肉,加工食品など)ごとに割り振らなければならない。その時に「目安」として使われると考えられるのが,表1にあるような部門ごとの人時基準である。

2005年の構造改革以降,正社員数が減り,パート数(人員,総労働時間数ともに)は大きく減っている。だが,業務量が減っているわけではない。その結果,パートに「鮮魚だけでなく,レジも打ってもらうなど」部門横断的に作業を任せる,小型店ではシフトの作成を任せるなど職域の拡大が進んできた。あるいは「精肉をインストアでやっていたものが,インストアからセンターパックになると,精肉で加工作業していたパートさんはその加工がいらなくなる。その代わりに発注という業務を担ってもらったり,精肉だけではなくグロッサリーと発注を兼務していただいたりとかいうふうになってきているんですね。いまは」。こうした職域の拡大は以前より進んでいたと思われるが,パート数が大きく減り続けている2005年以降,一層進んだと見られる。質的基幹化の進行である。

表1 人時基準(鮮魚部門)

4. 含意

最後にこの研究の含意を述べて終りにしたい。

実務面の含意は次のようである。雇用形態別の要員数は財務アプローチで決められる。しかも,現在のところ,ある雇用形態の総額人件費に大きな削減圧力がかかっている。スーパーの事例ではパートタイマーである(百貨店では正社員)。それと並行して,異なる雇用形態間の業務の配分が結果として変わってくる。この事例ではパートの質的基幹化が進行する。それに処遇制度,教育訓練制度が追い付いていかないと職場が混乱するリスクが高まる。また,この事例で見られるように,2000年に入ってから財務面でのコントロールがかなり厳格になっている。ここに労使がうまく対応しないと働き過ぎ,職場の人間関係の悪化などの問題が生じてくるように思われる。

研究方法面では次の点を指摘したい。人事労務管理研究において,労働経済学,人事の経済学,組織の経済学などから理論仮説を演繹し作業仮設を設定し,それを質的,量的データで検証するというスタイルがあてはまる分野はかなり限られてくるのではないか。むしろ,現実を探り,そこからモデルを帰納的に導き出し,そのモデルを別のデータで再検証する,あるいはすこし変形して別のモデルをつくり,それを検証するというスタイルの方がより多くの分野であてはまるのではないか。また,現在は定量的研究が流行しているが,新たなモデルの構築は質的研究の方がよいのではないか。これらの点をよく考えてみる必要があるのではないか。

(筆者=法政大学大学院連帯社会インスティテュート教授)

【参考文献】
  •   窪田千貫(2004)『余剰人員か人手不足か―要員計画の立て方と総額人件費管理』中央経済社
  •   高原暢恭(2012)『人件費・要員管理の教科書―環境変化への対応に悩むすべての実務家のために』労務行政
  •   中村圭介(2006)『成果主義の真実』東洋経済新報社
  •   労働政策研究・研修機構(2011)『雇用ポートフォリオ・システムの実態に関する研究―要員管理と総額人件費管理の観点から』労働政策研究・研修機構
  •   Lepak, David P. and Snell, Scott A.(2003), Managing the Human Resource Architecture for Knowledge Based Competition, in Managing knowledge for sustained competitive advantage: designing strategies for effective human resource management, edited by Jackson, Susan E. Jackson, Hitt, Michael A. and DeNisi, Angelo S. San Francisco: Jossey-Bass, pp.127-154.
 
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