This article provides an overview of my past and present research going back to my graduate student years. It is not possible, due to the limited space available, to revisit every research theme I worked on from Industrial Relations to Human Resources Management. This article focuses on my work on trade unions, non-standard employment, work-life-balance, and diversity management.
日本労務学会誌の前編集長からの執筆依頼には,研究論文ではなく,「これまでの研究の振り返りやまとめ,新たに取り組んでいる研究の紹介,特に注目している企業の事例紹介,大学,大学院の教育に関する論考,その他関心のあること」と書かれていた。依頼のすべてを取り上げると散漫になるので,ここでは前者2つのテーマに限定したい。読者の皆様の研究に参考になるのか不安はあるが,折角の機会なので,研究者としてのキャリアが短い学会員(以下,若手1とする)を念頭に,書かせていただくことにしたい。
これまでの研究を振り返り,研究関心や研究方法の特徴を説明することから始めよう。研究関心や研究課題を振り返ると,技術系の研究との対比では,理学でなく,工学的な研究関心に基づいて研究課題を選択してきた。つまり,企業の人事担当者や現場の管理職などが直面する課題を念頭に,自分の関心に即して研究テーマを選択し,課題の解決につながる「解」を実証的に明らかにするような研究を行ってきた。最近は,学術雑誌とりわけ海外の査読付きジャーナルに掲載された論文から研究テーマを選ぶ若手研究者も散見されるが,そうではなく,研究課題を現場に求めてきたのである。同時に,課題を解決する「解」も現場にあるという信念もあった。もちろん,現場にある「解」は,理論的に整理されたり,有効な「解」として実証されたりしているわけではない。そのため,現場にある「解」の理論的な整理や実証が研究者の役割と考えてきた。
こうした研究課題の設定や研究関心のあり方は,大学院の修士論文で,ウエッブ夫妻(夫シドニーと妻ビアトリス)の労働組合論ではなく,「社会理論」を取り上げたことの影響が大きいと考えている(1982 ①2)。ウエッブ夫妻は,労働組合や労働運動の研究者として著名であるが,地方自治体や消費者組合の研究,さらには生産者と消費者の利害調整を踏まえた新社会の構想などの研究(S&B.Webb, A Constitution for the Socialist Commonwealth of Great Britain,1920;岡本秀昭訳,木鐸社1979)もあり,研究範囲は極めて広い。社会調査の方法に関する著作(S&B.Webb, Methods of Social Study,1932;川喜多喬訳,東京大学出版会1982)もあり,夫妻の具体的な実証研究と合わせて読むと,現場に「解」があるという信念が夫妻の研究の背後にあったことがわかる。ちなみに,ビアトリスは,社会学者のH・スペンサー(家庭教師であった;1980 ①)とA・コントの影響を強く受けていた(1982 ①)。夫妻は,イギリス社会学会の創設にも参加している。こうしたウエッブ夫妻を修士論文で取り上げたことで,その後の研究テーマの選び方や研究方法などに大きな影響を受けたと思う。
また,企業における人事労務関係の現場の課題を知る機会としては,30歳代から企業の人事労務の担当者向けの1年や半年など比較的長期の研修の指導講師3や,労働組合役員の研究会4に参加したことが有益だった。調査研究として,企業や労働組合を訪問する際に,現場の実務家から学んだことも多い。さらに,企業の方々が参加する研究会を組織してきたことや5,最近ではビジネススクール(中央大学大学院戦略経営研究科)で社会人を教える経験も現場の皆さんが直面している課題を知るうえで有益である。
研究方法は,実証的な方法で,共同研究を主としてきた。共同研究が多い点でも工学的な研究に近い。共同研究が多いため,共著や共同論文,さらに編著が多くなっている。共同研究のため,研究成果の公表に際しては,参加者全員が何らかの形で研究成果を論文等として発表できることを重視してきた。その結果,共同論文や共著が多くなったわけである。共同研究では,単独での研究に比較し,シナジー効果など生産的な成果が得られる利点がある一方,研究成果の公表などでは,参加者一人一人の貢献への配慮が必要で,難しい面があるのも事実である。多くの先輩研究者から学ぶことが多かったが,共同研究の進め方は移行錯誤で行ってきたともいえる。
また,人事管理や労使関係は,労働市場だけでなく,労働政策のあり方にも大きな影響を受けることがあり,労働政策の立案に参加したり6,企業の人事管理と労働政策の関係に関しても論文7を書いたりしてきている。
大学院生時代から様々な調査研究に取り組んできた。厳密にいえば,労働調査への最初の参加は大学の学部時代で,それは電機労連(現,電機連合)・労働調査協議会の共同調査として実施された日立製作所・日立工場での現場役付工などへのインタビュー調査である(1975 ①)。最近は,日本企業の人事管理に関する研究が多いが,それ以外に労働組合や労使関係に関する研究(後述する),東南アジアの日系企業の人事労務管理に関する研究(今野浩一郎,八幡成美,白木三秀らと;1984 ①など),戦後日本企業における品質管理の導入に関する歴史研究(中村圭介らと;1995 ②),技術者のキャリアに関する国際比較研究(今野浩一郎,八幡成美,福谷正信らと;1990 ②,③,1991 ⑤,1995 ①など),結婚など家族形成に関する研究(2010 ④)など様々な調査研究に取り組んできた8。すべてを紹介できないため,本稿では,人事管理の領域で取り組んできた研究の一部9と,労働関係の調査研究を主に紹介する。
1980年代半ばにおける自分の研究関心を振り返るために,当時執筆した小論を紹介したい。それは,「科学技術と経済の会」が刊行する『技術と経済』に掲載された「<調査屋>の関心領域 労働研究におけるフロンティアにかえて」(1986①)と題する小論である。1986年1月号のため,執筆時期は1985年の秋以降であろう。そこには「実証研究から労働研究に係わっているので,実証研究の領域で今後研究してみたいと思う事柄について触れる」と書かれており,当時の研究関心を知ることができる。その内容の骨子はつぎのようになる。
上記などを踏まえて,「労働研究の分野ではこれまで取り組んできた領域が縮小し,それ以外に未知の領域が拡大しつつあるのが現状で」,「そういう意味では研究のフロンティアに事欠かない分野といえる」としていた。
上記は,私の研究関心だけでなく,おそらく当時の研究動向を反映したものであろう。今振り返ると,私がその後の80年代後半から90年代に取り組んだ調査研究でもあった。他方で,後に継続的に研究対象としたワーク・ライフ・バランスやダイバーシティ経営への言及はない。しかし,後者の研究関心は,80年代後半や90年代前半に書かれた論文(1986 ②,1988 ④,1993 ①)で確認できる。
労働組合への関心は,既に触れたように労働調査協議会でアルバイトとして調査を手伝うことから始まる(1975 ①,1976 ①,②,1977 ①)。研究者としての労働組合に関する本格的な調査研究は,中村圭介や神谷拓平との共同研究である。労働組合の組織率低下や労働組合無用論などを背景に,労働組合の労働条件向上効果の測定や,労働組合が直面していた組織率低下への対応策として組織化などを取り上げたものである。この共同研究は,当時,労働経済学者によって労働組合の効果に関する研究(Freeman & Medoff, What Do Unions Do? 1984 ; 島田晴雄・岸智子訳,日本生産性本部1987)が行われており,それにも触発されたが,我々の問題関心は日本の労働組合が直面している課題に実証的に応えることであった。その成果が,『労働組合は本当に役に立っているのか』(中村圭介,神谷拓平と共著,1988 ①)である。
労働組合の労働条件向上機能では,労働組合が組織された組織企業と労働組合が組織されていない未組織企業の労働条件の比較を既存調査の再分析で行った。労働組合の組織化の取り組みでは,企業のグループ経営への対応策としてのグループ労連・労協の組織化とその機能(1999 ⑥でも分析している),企業内での組織化として正社員のうち非組合員の専門職などの組織化と有期契約であるパート社員の組織化,さらには産業別組合による未組織企業の組織化の取り組みに関する実証的な研究からなる。残念なことでもあるが,こうした課題は現在の労働組合にも当てはまる状況が続いている。
組合員の組合離れなどを契機として,労働組合を経営体として捉えて組合マネジメントの視点を強調した研究にも取り組んだ。これは『ユニオン・アイデンティティ大作戦:労働組合改造講座』(川喜多喬と;1991 ③)や『エクセレント・ユニオン:1150 組合の活性化提言』(藤村博之と;1991 ①)である。前者では,総合電機メーカーの中央研究所の支部組合(高学歴ホワイトカラーの労働組合の研究として,1983 ②も)や地域ユニオンの活動と組織に関するインタビューなどを行っている。後者では,労働組合の存在意義の再構築として,当時のユニオン・アイデンティティの議論を踏まえて,労働組合の活性化のためのアイディアの提供を調査研究から行おうとしたものである。
労働組合研究から派生した研究として,労働組合が組織されていない未組織企業が拡大していたことから,未組織企業における労使関係の担い手として従業員組織の機能に関する調査研究を行った(1993 ②)。未組織企業に関する労使関係の研究は,企業経営における人事管理の役割として,企業の人材活用ニーズと労働者の就業ニーズの調整的機能を重視する人事管理論(1999 ①の第1章)につながることにもなる。この関心は,職場の上司と労働組合に苦情処理の研究としても行われた(2000 ①)。
企業における非正社員の活用や多様な就業形態に従事する人々の就業意識に関する調査研究は,大学院時代における量販店のパート社員やアルバイト社員の調査研究が出発点となる。それは,ゼンセン同盟(現在,UIゼンセン)の委託研究として,津田真澂研究室の院生が参加して実施した大規模意識調査(『チェーンストア労働者の実態と意識』1980)である。組合員の意識調査に関する報告書しか刊行されていないが,その前段として,企業や店舗での詳細なヒアリングが行われた。小売業における店舗での多様な人材活用を初めて学ぶ機会でもあった。パート社員の意識の多様性やその後のパート研究で取り上げられる基幹労働力化の動きも確認できた。
その後,飲食店などにおける学生アルバイトの研究では,主婦パートと学生アルバイトの組合せに着目した研究(1988 ②,2000 ③)や,人材派遣業や派遣労働者に関する調査研究を行った(1986 ③)。後者の研究は,労働者派遣法が施行される前から行われており,最初は業務処理請負業として展開していた企業を調査したものである。
正社員以外の多様な就業者を調査研究するなかで,就業者の多様な価値志向を踏まえて,それぞれの働き方の評価を行うことの重要性を感じ始めていた。こうした考えが強くなったのは,「非正社員の働き方は不安定で,正社員の働き方が望ましい」とする通説への反発があったのも事実である。非正社員の働き方だけでなく,正社員の働き方にも改善すべき課題があり,前者の課題の改善策は,正社員化のみではないと考えていたことがある(2003 ③,2004 ①)。大事なことは,非正社員の働き方の課題を明らかにし,就業者の価値志向に即して改善策を議論すべきと考えていた。この研究関心を最初に明確にした論文が「非典型労働の実態―柔軟な働き方の提供か?」(1998 ①)である。こうした問題関心は,1989年の座談会のための報告でも指摘していた(1989 ①)。こうした研究は,(2007 ②)につながることになる。就業者の価値志向を重視する研究関心は,社会学を正式に学んだことはないが,社会学を自己流で学んできたことや,国際比較を含めて労働者意識に関する論文(1982②,③,1987 ①,1991 ④)をいくつか書いていたことも関係しよう10。
さらに,こうした研究関心は,人事管理として,正社員や非正社員という固定的な区分でなく,両者の区分の再構築の調査研究(佐野嘉秀,原ひろみらと;2003 ②,2004 ⑦,2008 ②,2011 ④,2013 ①)に展開されることになる。これは雇用区分の多元化に関する調査研究としては最初のものと考えている。
労働者派遣法が施行される前から業務処理請負業として行われていた人材サービス業の調査を行った経験があることを述べた。人材サービス業に関する本格的な研究は,東京大学在職中に,社会科学研究所に人材ビジネス研究寄付研究部門11(2004年4月から2010年3月までの6年間12)を設置したことに始まる。人材活用を研究するなかで,企業の人材活用において,有期契約社員の活用に加えて,人材サービス業が提供する労働サービスの利用の円滑化が重要になると考えたことがある(2001 ④,2004 ②など)。企業の人材活用が,直接雇用によるだけでなく,派遣業や請負業,さらに職業紹介業などの人材サービス業に依存する部分が拡大しつつあったことによる。他方で,派遣業や請負業に関しては,不安定雇用を創出するビジネスとして,マスコミなどでは,批判的な論調も目立った。しかし,こうした批判は,断片的な情報に基づくもので,派遣業や請負業,さらには派遣業などの就業者の実態に関する調査研究は皆無に近かった。こうした研究状況を解消することを意図して,上記の寄付研究部門を設けることにしたのである(これとは別に電機総研での研究として2001 ⑤がある)。
寄付研究部門では,派遣業や請負業を中心として,人材サービス業と同業における就業者だけでなく,人材サービス業を活用する企業に関しても,アンケート調査に加えて,事例研究による実証的な調査研究を多数実施した。例えば,無期雇用の派遣技術者を活用している企業の開発職場における活用実態に関する事例研究などをあげることができる。寄付研究部門の研究成果は,学術研究として発表しただけでなく,人材サービス業の経営者や人材サービス業を活用する企業,さらには,行政担当者などが参加できる成果報告会を毎年開催し,社会的に還元する努力を行った。さらに,寄付研究部門の役割として,人材サービス業に関して研究を行う若手研究者の育成を考えていた。そのため,寄付研究部門では,部門で雇用した専任の准教授と助教だけでなく,東京大学以外を含めて大学院生など若手研究者が参加し,調査研究できるような運営を行った。こうした研究者のなかからのちに,政府の労働関係の審議会や研究会に参加する研究者が育った。
寄付研究部門の調査研究は,紙媒体だけでなく,調査研究の報告書13は,寄付研究部門のホームページで公開した14。さらに研究書として2冊(2010 ②,2014 ②)を刊行した(他に2004 ⑥,2005 ①,2006 ④)。寄付研究部門は,人材サービス業の社会的機能に関する実証的な研究と同時に,この分野の研究者を育成するという当初の目的をある程度まで実現できたと自負している。こうした研究成果を社会的に還元することを意図して,中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)に「人材サービス業論」を2017度に開講した。私を含めて4名の講師が分担して講義を行うが,講師は寄付研究部門に参加した研究者が主となる。講義は,科目履修が可能であることから,企業の人事担当者や人材サービス業の担い手が,人材サービス業の社会的機能に関して学べる機会や両者の議論の場となることを期待している。
ダイバーシティ経営につながる研究の出発点は,ワーク・ライフ・バランス(WLB)の研究にあるが,当初は,育児休業制度など両立支援に関する研究から始まった。両立支援制度に関しては,①ファミリーフレンドリー企業研究会(1997年度;今田幸子,脇坂明,武石恵美子らと),②育児休業制度の円滑な利用に関する中小企業における事例研究(2000年度;脇坂明,上林千恵子らと),③女性雇用管理調査の再分析(2000年度;脇坂明,武石恵美子,黒澤昌子らと),④男性の育児休業取得促進に関する調査研究(2002年度;脇坂明,武石恵美子,八代充史,松浦民恵らと),⑤両立支援施策と企業業績に関する研究(2004年度・2005年度;脇坂明,武石恵美子,松原光代らと),⑥育休取得や短時間勤務利用者の上司である管理職の研究(2005年度;矢島洋子と),⑦育休取得者や短時間勤務利用者の評価・処遇に関する調査研究(2008年度;武石恵美子,矢島洋子らと)など多くの研究に参加した。②の研究からは,育休取得者が出たときに職場での対応策に関する知見を現場から学ぶことができ,⑥や⑦からは両立支援制度の円滑な利用のためには,評価制度や処遇制度の見直しや上司である管理職の役割の重要性に気が付くことができ,①,③の研究からは両立支援制度と活躍支援(能力開発機会)を車の両輪として推進することが不可欠なことなどを学んだ。後者の点は,⑤の研究でも確認できた。こうした研究成果は,研究書(2008 ⑥,⑦)や新書(2004 ④)として刊行した。
両立支援制度に関する数多くの調査研究に参加することを通じて,次第に両立支援という制度よりも働き方のあり方を含めたWLB の重要性に気が付き,研究もWLBにシフトしていった(2007 ①,2008 ①,③,⑤)。当時,政府などによる「仕事と生活の調和憲章」の策定に参加したことも影響していよう。同時に,海外では,大学などにWLBに関する研究センターが多く存在するにもかかわらず,日本にはそうした組織がないことに気が付き,日本におけるWLBに関する研究組織の設置を考え始めた。
WLBに関する研究組織を民間企業6社との共同研究として,東京大学社会科学研究所にワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクトを2008年10月に設置した。この組織は,ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクトと組織名称を変更し,2017年度は31社との共同研究として,中央大学大学院戦略経営研究科で継続して運営されている。プロジェクト名に研究だけでなく,推進を入れたのは,企業の取り組みを支援するという意味合いからである。そのため,プロジェクト参加企業の取り組みを支援するだけでなく,研究成果を企業の多くに活用していただくために,プロジェクト参加企業以外も参加できる成果報告会を毎年1回開催している。4つから5つの分科会と全体会からなる午後半日のイベントで,300人程度のダイバーシティ推進室や人事セクションの担当者が参加している。ダイバーシティ推進室などの担当者に対して,実証的な研究に基づいた施策の提案を心掛けている。そのため,研究成果を学会報告や論文や一般書として公表するだけでなく(2010 ⑤,2011 ①,2012 ③,2014 ①,③),それに基づいた提言をこれまで多数公表している。提言には,部下のWLB 支援を行う管理職の重要性,短時間勤務者のマネジメントのあり方,仕事と介護の両立支援,女性のキャリア形成支援,転勤施策などがある。
最近は,WLB支援からダイバーシティ経営へと研究の関心をシフトさせただけでなく,ダイバーシティ経営を企業に根付かせるためには,働き方改革(2011 ①)に加えて,人事制度の改革の必要性を認識するようになってきている(2016 ①,2017 ①)。ダイバーシティ経営,つまり多様な人材が活躍できる企業組織とするためには,働き方改革が不可欠となることは理解しやすいであろう。それは,望ましい社員の人材像と働き方が対応することによる。言い換えれば,いつでも必要なときに残業できる社員と残業を前提とした働き方の改革である。同時に,日本企業,とりわけ大企業の人事制度は,特定の社員像を想定して設計,運営されていることが課題と認識するようになった。日本の大企業であれば,会社の人事権による転勤を受け入れることができる社員を想定しており,転勤を受け入れることができる社員を前提とした転勤制度の運用ともいえる(2017 ①,②)。つまり,ダイバーシティ経営として多様な人材を受け入れ,それぞれの社員が仕事で能力を発揮し,活躍できるようにするためには,働き方改革に加えて,人事制度の改革が必要なのである。こうしたことから,最近は,ダイバーシティ経営に適合的な人事制度の研究を科研費で行っている(武石恵美子らと)。
大学院在学時から40年ほど様々な調査研究に従事してきた。調査研究に基づいた論文や研究書だけでなく,人事労務管理(1999 ①,②,2000 ⑤,2002 ①,2009 ①)や産業社会学(2004 ③)の基本的なテキストやリーディングスを共著・編著として刊行し,日本の人事管理や関係を海外に紹介する英文書(1997 ①)も編集した。さらに,企業向けの研修用のDVD もこれまで5巻監修(松浦民恵らと)した。最近のDVD では,仕事と介護の両立支援やカップルでの子育てと働き方改革などがある(2017 ④)。ダイバーシティ経営を職場に根付かせるためには,企業のダイバーシティ推進室や人事セクションだけの取り組みでは不十分で,職場の管理職の意識や行動が変わることが「鍵」となると考えていることがある。職場の管理職が,広義の人事管理の担い手であることによる。人事管理の担い手である管理職の意識や行動を変えるツールとして,研修用のDVDを監修した。これまでと同様に今後も,調査研究の成果を,企業の職場レベルまで浸透させる取り組みを担いたいと考えている。
ここ10年を振り返ると事例研究に取り組む時間が極めて少なかったと反省している。そのため,今後は,事例研究を重視したいと考えている,それは,現場に学ぶという視点を生かすためには,事例研究が不可欠となることによる。データ分析に基づく研究を有益なものとするためにも,事例研究が必要になる。しかし,事例研究とデータ分析の両方に関心のある研究者が極めて少ないことも気がかりなことである。東京大学社会科学研究所に在職中,研究者が自分でデータを集めなくても,データアーカイブのデータを使用して2次分析で研究ができる研究環境を整備することに取り組んできたが15(1995③,2000 ④,2006 ①),そのことが安易なデータ分析を可能とし,データの背景にある現実への関心が希薄な論文を生んでいる面もあり,複雑な気持ちでもある。この点の改善を研究者に期待したい。
事例研究に取り組みたいと記したが,関心のある研究テーマは,企業が必要とする新しい人材像の確定とその育成策である。新しい人材像として,柔軟性,知的好奇心,学習意欲の3つを具備した社員を想定している。不確実性の高い企業環境の下,企業が存続・発展していくためには,企業が社会経済環境の変化に適応する必要があり,社員には上記の3つが不可欠と考えていることがある。特定の業務に求められる職業能力ではなく,広義の変化対応力である。一般的には,加齢によりこうした広義の変化対応力は低下すると考えられるが,年齢を重ねてもこうした変化対応力が低下しない人材に関する研究を行いたいと考えている。もう1つのテーマは,バウンダリー・マネジメントである。仕事をする時間と仕事をしない時間の境界のマネジメントである。いつでもどこでも仕事ができる環境が整備される中で,仕事をしない場所と時間を自己マネジメントすることの重要性が高まっていることによる。電機連合の電機総研のプロジェクトでは,この2つの研究テーマに取り組みつつある(島貫智行,松浦民恵ら)。近いうちに日本労務学会の大会で報告できればと考えている。
このほかにも取り組みたい研究テーマは多数あるが,それは企業秘密として開示を控えることにしたい。
(筆者=中央大学大学院戦略経営研究科教授)