Japan Journal of Human Resource Management
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Book Review
The Hospitality Value in Medical Management: to Consider the Relationship between Doctors and Patients from the Viewpoint of Business Administration
Tomoyuki SUZUKI
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2017 Volume 18 Issue 2 Pages 48-51

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『医療経営におけるホスピタリティ価値 ―経営学の視点で医師と患者の関係を問い直す―』,吉原 敬典 著;白桃書房,2016年4月,A5判・176頁

1. 本書の目的

本書の研究は,医療過誤などの社会的課題を背景に,医療経営の根幹を支えるものとして医師と患者の関係性に着目し,特にインフォームド・コンセント(Informed Consent,以下IC)に焦点を当てて,その実態を明らかにし,今後の在り方を検討することを目的としている。本書によれば,ICとは医師の説明と患者の同意を中心にして患者の自己決定を支援し,病気の治療とQOL(Quality of Life)の向上という医療成果を達成するための概念である。

ICは,医師と患者の関係性を構築する上での基盤になるにもかかわらず,先行研究の蓄積が十分でなく,特に医師を対象にしたICの実態調査は行われてこなかった。医療にも「経営」という語が付され,医療経営という概念が提唱されて久しいが,医療の根幹である医師と患者の関係性について,経営学的な観点からなされた研究例はこれまで極めて乏しい。

そこで本書は,経営学の見地から同関係性を検討する。具体的には,理論的枠組みとして,経営学などにおけるサービスとホスピタリティの概念を用い,医師と患者の望むべき方向性を考察する。その上で,医師を対象にしたインタビュー調査および質問紙調査を行い,ICの課題と今後の在り方を検討する。理論的および実証的に,医師と患者のICを通した関係性を論じる意欲的研究である。医療従事者の人材育成などの労務分野を検討する上でも新規性があり,価値が高いと認められる。

2. 本書の構成と概要

本書は8つの章から構成されている。

第1章は,ICについての先行研究を医療倫理,医療コミュニケーション論などの視点からレビューしている。医療倫理は,有名なヒポクラテスの誓いなどに基づくもので,抽象性の高さと実践性の低さを課題として挙げている。医療コミュニケーション論においては,医師に対する患者の不信感が何によって生じているのかを患者の視点から取り扱う一方で,医師側の意識の実態把握がなされていないことをこれまでの課題として挙げている。そのため,医療現場において具体的なアクションを導くことへの限界があると指摘している。その上で,医師と患者の関係性をより明確に捉え直す必要性を述べている。

第2章から第5章において,医師と患者の関係性を捉える上での理論的枠組みを提示している。まず,第2章から第3章では,医療行為における医師と患者の関係性を,近代経済学や経営学における「サービス」という用語の定義を援用して検討している。医療は,「医療サービス」と表現されることもしばしばある。本書では,医療サービスを「医療従事者が患者に対して,一方的に効率的に役に立つ活動・機能を有形財と組み合わせて提供し,患者が医療従事者に対して対価を支払う経済的動機に基づいた経済的な活動」と定義し,後に述べるホスピタリティ概念と対比している。医療サービスの枠内で行われるICは,医師から患者への一方向的なものである。病気の治癒とQOLの向上という医療成果の達成には,一方向性だけでなく,医師と患者双方の相互補完的な関係性が必要であると述べている。医師のみが医療倫理や法的義務,また自己の専門的知見に基づいて病気を治癒させるべく最善を尽くしても,患者が治療法に十分に納得し,医師を信頼して,病気に立ち向かうことなしには,医療成果が達成されにくいのは当然であろう。医療サービスという概念の枠組みにおいて,ICを捉えることの限界と新たな枠組みの必要性を指摘している。

そこで第4章から第5章では,医療サービスを超えた「ホスピタリティ」の概念を提示している。ホスピタリティの語源の整理からはじめ,その定義を,誰かと誰かが共に心を合わせ,力を合わせて相乗効果を生み出す概念,と本書では述べている。医療経営においては,医師と患者が医療成果の達成のために双方向的に交流し,信頼関係作りを双方が行う姿を指す。ICはホスピタリティ概念によって捉えられ,今後の医療経営の重点は,医療サービスの充実のみならず,ホスピタリティによってもたらされる価値であると述べている。

以上を踏まえて,第6章と第7章で実証分析を行っている。はじめに,医師5名と患者1名に対するインタビュー調査を行っている。インタビューは主に2つの質問から構成されており,1つはICの現状はどうか,もう1つは医師と患者の関係を相互補完的と捉えた場合,医師と患者がすべきことは何か,というものである。

インタビュー調査で得た情報を基に質問紙を独自に作成し,33問から構成される質問紙調査を行っている。関東エリアの病院に勤務する医師165名を対象とした調査である。病気を治すことを目的とする急性期医療を対象とし,また医療行為について判断することができる患者を前提にして,医師に回答を依頼している。質問紙調査による結果を要約すれば概ね次のようになる。

単純集計分析において,医師と患者の望ましい関係につき,74%の医師が,医師が説明した上で患者自らが治療方法等を決定するように促す関係,または医師と患者が共に働きかけあうパートナーとしての関係を選択したことを示し,一方で,23%が医師は医療技術等を提供し,患者はそれを受け取る立場という機能的な関係,または医師が主人で患者は従者という主従の関係を選択したことを示している。また,ICは病気の治療に効果がない,またはどちらとも言えないと回答した医師が38%いることも示している。

χ二乗検定や主成分分析などの多変量解析結果も報告しており,例えばICは病気の治癒に効果が無いと捉えることと,医師のパターナリズムの姿勢との間に有意な関係性があることを示している。パターナリズムとは,知識を持つ医師が患者に関する様々な意思決定を本人に代わり実行したほうがよいという考え方を指し,ホスピタリティ概念とは反するものである。また,患者の自己決定を促す志向を持ち,ホスピタリティ価値を重視する医師群は,そうでない医師群に比して,ICは病気の治癒に役立ち,またICは患者の人生や幸せに影響を与えると考える度合が高いことを報告している。

そして最後に,第8章において,本書のまとめと今後の方向性を示している。ICを考える理論的枠組みとしてホスピタリティ概念を提示したこと,またICについて医師の視点から実態を明らかにしたことを本研究の主な貢献として述べている。本研究の課題として,質問紙調査における対象者の限定性などを挙げている。

3. 本書の意義と期待

本書の意義は,医師の側からのICへの意識が実証的に明らかにされたことにあろう。ICの意義をサービス,ホスピタリティという経営学などの観点から捉え直し,概念的議論に留まらず,その実態把握を実証的に行ったことは,医療経営の今後を考える上での大きな貢献になろう。

今後の研究に期待されることを若干述べておきたい。まず,筆者も述べているが,実態把握が十分とは言えないであろう。インタビュー対象者は6名のみ(医師は5名のみ)であり,質問紙作成に十分な情報が得られたかについては慎重な検討が必要である。また,インタビューで得られた文言について,本書では24のキーワードを抽出しているが,テキストマイニングなどの手続きによって抽出されたとは読み取れず,分析者である筆者の主観が介在している可能性も否定できない。質問紙調査においても,医師から定性的にコメントが記述されているが,その分析については十分に精緻とは言えず,今後の分析上の課題となろう。質問紙調査の対象が関東エリアに限定された医師165名である点も課題である。地域医療を踏まえ,地方に勤務する医師は患者と双方向的な関係を築いているかもしれないし,逆に都市圏への医師の偏在と地方での医師不足によって患者とのコミュニケーション時間が少なく,本書の指摘する機能的な関係や主従関係のみにとどまっているかもしれない。しかしながら,これまで医師側の声が収集されること自体が無かったことからすれば,これらの点は本書の意義を失うものではなく,次なる発展的な研究への期待として述べられるべき事項と位置付けられる。

次に,本書が提示したICによるホスピタリティ価値の提供をどのように具現化するか,についての研究も期待される。労務分野に焦点を当てて具体例を挙げるならば,医学部学生や医師を含む医療従事者の教育,医療従事者間のチーム連携,ホスピタリティ価値の提供に適した人材の採用や配置,病院組織内でのビジョン浸透などを指す。本書は,主に現状の実態把握に重きを置いており,今後必要とされるアクションについて具体的には示されていないが,その具体的検討と効果検証は今後の課題となるだろう。

その過程で,産業組織を対象とした労務研究で蓄積された知見が活用されることを期待したい。産業組織を対象にする研究に比して,医療分野を対象にした労務研究は数少ないのが現状である。労働者を含む国民全体の健康を支える医療分野にも,分野固有の論点はあろうが,産業組織の労務研究を活用することで,課題の解決に役立つ面があるはずである。例えば,医学部での教育について,いわゆる2023年問題を控えて各大学がカリキュラムを昨今見直しているところであるが,そこで世界基準の教育を目指して医学部学生の臨床実習時間を増やしても,患者との関係性が本書の指摘する機能的な関係,または主従の関係に留まっていては,患者との信頼関係を築けず,結果としてICが不十分になってしまう可能性がある。本書が提示したホスピタリティ概念や質問紙調査の統計解析結果だけでなく,産業組織における労務研究のその他の知見(例えば,インストラクショナルデザインに基づく教育プログラム設計,コーチング,行動評価とフィードバックなど)を用いることで,課題解決に資することができるのではないかと考える。

もっともこれは,長期かつ広範にわたる調査と実践により成し遂げられるものである。今後の調査・実践に取り組む上で,本書により理論的枠組みが与えられたこと,また実証的な結果が得られたことは大きな価値があり,今後の医療経営や医療分野の労務研究を検討する読者にとって貴重な1冊である。

(評者=wealth share株式会社代表取締役社長)

 
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