日本労務学会誌
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書評
『ダイバーシティ経営と人材活用 ―多様な働き方を支援する企業の取り組み―』
庭本 佳子
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2017 年 18 巻 2 号 p. 52-55

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『ダイバーシティ経営と人材活用 ―多様な働き方を支援する企業の取り組み―』,佐藤 博樹・武石 恵美子 編;東京大学出版会,2017年1月,A5判・352頁

1. 本書の趣旨

本書は,中央大学大学院戦略経営研究科ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクトの第3期(2014-2016年度)の調査研究の成果を研究書としてとりまとめたものである。本プロジェクトでは,第1期から第3期まで一貫して,ダイバーシティ経営のために不可欠な働き方改革に関する調査研究が展開されてきた。第1期プロジェクトの成果として,働き方改革の推進をテーマに佐藤博樹・武石恵美子編著『ワーク・ライフ・バランスと働き方改革』(勁草書房,2011年)が公刊されている。第2期プロジェクトでは,「女性活躍の場の拡大」と「仕事と介護の両立支援」も加えられ,佐藤博樹・武石恵美子編著『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(東京大学出版会,2014年)が公刊されている。

女性活躍推進や働き方改革に関する研究に加えて,本書はダイバーシティ経営に適合的な人事管理制度のあり方にも踏み込んでいる。具体的には,企業の転勤施策に焦点をあて,企業アンケート調査と個人アンケート調査を通して企業の転勤施策が従業員のキャリア形成に及ぼす効果が検証されている。日本企業にとって,ダイバーシティ経営の導入は不可欠である。本書は,日本企業において従来の人事管理システムの前提とされてきた人材像や働き方の見直しが必要になることを問題意識として,働き方改革だけでなく人事管理システムの変革が不可欠であることを指摘する(序章「ダイバーシティ経営と人材活用―働き方と人事管理システムの改革―」,佐藤博樹)。

人的資源管理論領域では,ダイバーシティに関する研究の多くが,人材の属性多様性やダイバーシティ施策そのものに焦点をあててきた。本書は,転勤施策を軸にして人事施策や人事制度の全体をも視野に入れた議論を展開しており,それが人的資源管理論における意義にもなっている。

さらに,本書は,社員がワーク・ライフ・バランス(以下,WLBとする)を実現できる職場にするために,管理職のマネジメントに焦点をあて,WLBを支援し自分自身のWLBも促進するという「WLB管理職」に着目している。企業によるWLB支援の取り組みに加えて,WLB支援型のマネジメントを担う管理職への研修,評価を検討している点で,本書は従来のWLB研究をより豊かなものにしたといえる。

2. 本書の構成

本書は,全体が4セクションに分かれており,序章と第1章から第14章までを合わせた15の章から構成されている。以下では,紙幅の関係上,第Ⅰ部~第Ⅲ部の各章と第Ⅳ部の要点を紹介することにしたい。

第Ⅰ部「新しい課題としての転勤問題」では,転勤施策と従業員のキャリア形成の関係,今後の人事管理の方向性に焦点があてられている。第1章「ダイバーシティ推進と転勤政策の課題―社員の納得性を高めるために―」(武石恵美子)は,転勤政策の現状と課題に関するアンケート調査より,キャリア形成の側面における社員側の転勤の評価が低いことや,転勤制度運用面で社員への負担が大きい現状を明らかにしている。武石によれば,人材育成といった企業側が認識する転勤の効果を高めるには,転勤政策のあり方について対象者の範囲や運用の仕方を検討していく必要がある。

第2章「転勤が総合職の能力開発に与える効果―育成効果のある転勤のあり方―」(松原光代)は,総合職を対象に,日本企業で行われてきた転勤の能力開発効果を調査分析している。松原によれば,異動・転勤の約7割が直接的な昇進・昇格につながっていないこと,転勤経験は能力開発に有意な関係があるとはいえないことを踏まえ,個人のキャリア展望や事情への配慮が重要になってくるという。

第3章「転勤と人事管理―「変革の必要性」と「変革の波及性」」(今野浩一郎)は,転勤の人事管理への変革の必要性と波及性の視点から,働く場所に制約をもつ社員に対応する転勤管理の方向性を考察している。ここでは,総合職を対象とした企業の人事改革が5つのタイプに類型化され,人事管理の特徴とタイプ間の移行プロセスが整理されている。

第Ⅱ部「女性活躍支援の課題―両立支援から活躍支援へ」では,女性の初期キャリア形成のあり方や女性の活躍を阻害しない両立支援のあり方がとりあげられている。第4章「企業における女性活躍推進の変遷―3つの時代の教訓を次につなげる―」(松浦民恵)は,女性活躍推進を,仕事と家庭の「両立支援制度の導入・充実」「両立しやすい職場環境の整備」,雇用管理の「コース別雇用管理」「女性社員の育成・登用」に区分し,『労政時報』への掲載事例をもとに1986年以降の企業における女性活躍推進の特徴を考察している。

第5章「男女若手正社員の昇進意欲―持続と変化―」(高村静)は,非管理職層である若手社員の管理職への昇進意欲に焦点をあてた分析を行っている。高村によれば,男性の場合には,管理職になること自体が自己目的化された人材育成や報酬管理の仕組み等があり,職場や上司の違いが介在する余地は小さいが,女性の場合には,昇進意欲の上昇・維持には内的動機づけが有用である(132頁)。

第6章「短時間勤務制度利用者のキャリア形成―効果的な制度活用のあり方を考える―」(武石恵美子・松原光代)は,ヒアリング調査とアンケート調査を通じ,職場の生産性,本人のキャリアの観点から育児期の短時間勤務制度利用の現状や課題の分析を行った。武石・松原は,制度利用中の仕事の変化や異動等の制約によって仕事の質が低下するという。その上で,制度利用中に仕事の質やキャリアを維持するために,仕事配分にあたって,上司が制度利用者を含む職場メンバーとコミュニケーションをとることの重要性を指摘する。

第7章「女性が役員になるための成長の要因女性役員の―「一皮むける」経験の分析―」(石原直子)は,女性役員へのインタビュー調査から,企業内で女性が成長し高い責任を負うポジションに登用されるための経験や人事的サポートについて明らかにしている。石原によれば,リーダーシップ開発として,入社後の早期の職業経験を豊かにし,「自らも将来的に企業内リーダーになりうる,責任を負った人材である」と女性社員が自覚するような体験をさせることが必要である。

第Ⅲ部「働き方改革―ワーク・ライフ・バランス管理職と男性の子育て参画」では,部下のWLB支援を行える管理職に焦点をあて,その特徴や育成について検討が行われている。第8章「ワーク・ライフ・バランス管理職と組織の支援―変化する管理職―」(高村静)は,課長クラスの男女社員に対するアンケート調査を通じて,WLB管理職には状況変化への対応力が高い者が多いことから,管理職登用においてこうした柔軟性に関わる能力を評価していくことが重要であると指摘する。

第9章「ワーク・ライフ・バランス管理職の育成―研修方法とその効果―」(高畑祐三子)は,課長クラスの管理職に対するアンケート調査によって,eラーニングとグループ研修の受講前後3か月の変化を分析した。高畑によれば,管理職の行動を変革させるためには,定期的な資料送付等によって研修内容を思い出させたりするなど,継続的な研修の実施が必要であるという。

第Ⅳ部「仕事と介護・療養との両立」(第10章「仕事と介護における「両立のかたち」―企業に求められる支援―」(矢島洋子),第11章「従業員への介護情報提供と就業継続意識―「介入」による実証実験」(佐藤博樹・松浦民恵・池田心豪),第12章「長期在宅介護に対応した仕事と介護の両立支援―介護離職を防ぐ労働時間管理と健康管理―」(池田心豪),第13章「ケアマネジャーによる仕事と介護の両立支援―両立支援ケアマネジャーの育成が課題に―」(松浦民恵・武石恵美子・朝井友紀子),第14章「仕事とがん治療の両立―新たなWLB支援課題としての視点から―」(矢島洋子))では,従業員の仕事と介護の「両立実感」(第10章)や具体的な事前情報提供のあり方(第11章)等,企業の具体的施策が示唆されている。また,働きながら介護に対応していくために,企業やケアマネジャーが両立を支援し,介護する従業員も含めて問題に向き合う必要性が明らかにされた(第12章,第13章)。さらに,仕事と介護の両立に加えて,仕事と療養の両立の実態(第14章)についても詳細な分析がなされている。

3. 本書の意義と課題

第一に,本書は,日本企業の会社主導型キャリア管理の典型といえる転勤問題に真正面から向き合い,企業側の人事権の見直しを示唆している(序章)。ダイバーシティにまつわるトピックが網羅的に記述されているのではなく,転勤管理の側面から人事管理におけるダイバーシティ経営の位置づけを深く考察している点は,斬新でユニークである。とりわけ,第三章は,制約社員の増加に対応する方向で転勤管理を変革するという問題認識の下,人事管理の基盤システムに転勤管理を組み入れ,人事管理タイプの想定される変化を示している点が非常に興味深い(74頁図3-2,75頁図3-3,78頁図3-4)。

第二に,本書は11名によって執筆されており,情報が重複する部分が多少あるにせよ質的・量的ともにかなりの厚みのある大作である。様々な執筆者の視点から,多様な働き方を支援する企業の取り組みが分析されており,今後ダイバーシティ関連の施策を推進していこうとする企業にとっても示唆に富んだものとなっている。もっとも,こういった多くの執筆者による書物にありがちなのであるが,各章の執筆者ごとにダイバーシティ経営に対するスタンスや執筆のトーンにばらつきがあるように思われる。

第三に,序章と第Ⅰ部は,日本企業の人事管理システムの中でのダイバーシティ経営ないし転勤管理の位置づけを考察し,マネジメントの視点を強く打ち出している。他方で,第Ⅱ部~第Ⅳ部の各章は,多様な働き方を求める人々の実態を明らかにし,その実現に向けての支援を考察するスタイルをとったものが多い。読者としては,本書全体をどういった視点で読めばよいのかやや戸惑ってしまうかもしれない。これに関連して,評者は,ダイバーシティ関連の議論においては,組織が多様な人材の能力をいかに引き出し,どのようにして組織成果に結び付けていくのかという組織マネジメントの視点が今後はさらに重要になってくると考える。本書から,「ダイバーシティ経営」や「人材活用」がさらに活発に議論されていくことを期待している。

(評者=神戸大学大学院経営学研究科准教授)

 
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