2018 年 19 巻 2 号 p. 28-32
「雇用形態の多様化」は,1990年代以降の日本企業の人事管理を語るうえで欠かせないキーワードである。限定正社員,契約社員,パートタイマー,派遣労働者,請負社員などさまざまな形態があり,いわゆる無限定正社員以外の活用が拡大している。本書は,こうした多様な雇用形態の人材を日本企業がどのように組み合わせ活用しているのか,すなわちどのような「人材ポートフォリオ」を構築し実践しているのかを検討した研究書である。以下に,簡単に本書の概要を紹介しよう。
第1章は,本書の問題意識と背景の説明である。著者によれば,労働者の働き方の多様化に伴い,企業は雇用区分を設定してその組合せを決定し,それぞれ異なる人事管理を行う。これをふまえて著者は本書の狙いを,①企業内の雇用区分の設定と組合せのパターン,②異なる雇用区分間の人事管理の均衡,③雇用区分の設定や人事管理の均衡が経営パフォーマンスに与える影響を明らかにすることであるとする。特に人事管理の均衡については,正社員と非正社員の間の均衡(著者曰く「between」)と,正社員と非正社員それぞれ内部の雇用区分間の均衡(同「within」)の二つの視点を重視することが示されている。
第2章は,多様な雇用区分の設定と組合せについて,著者自身によるウェブアンケート調査を含む複数の質問票調査のデータを分析した結果が示される。例えば,正社員,フルタイム非正社員,パートタイム非正社員の3種類すべての雇用形態を部下に持つ管理職を対象としたウェブアンケート調査のデータを用いて,職場レベルの雇用形態の組合せを雇用比率に基づいて「正社員活用型」「正社員+フルタイム非正社員活用型」「正社員+パートタイム非正社員活用型」「パートタイム非正社員活用型」の四つに類型化し,類型によって非正社員の担当する業務内容や仕事レベルが異なることを示している。
第3章から第5章は,多様な正社員に関する分析である。第3章は,限定正社員の雇用区分を検討している。分析結果によれば,従業員規模が大きく,創業年が古く,労働組合がある企業ほど,正社員内部に複数の雇用区分を設定する傾向がある。また,企業が複数の雇用区分を設ける場合に,無限定正社員と限定正社員の組合せだけでなく限定正社員と限定正社員の組合せがあることや,労働時間・仕事・勤務地の3点に注目すると仕事限定正社員を設ける企業が最も多く,勤務地限定正社員と仕事かつ勤務地限定正社員が続き,労働時間限定正社員を設ける企業は少ないことなどが示されている。
第4章は,限定正社員の活用と組織パフォーマンスの関係を検討している。組織パフォーマンスは,優秀人材の確保,人材の定着,従業員のワーク・ライフ・バランスの実現,生産性の向上などに関する企業の主観的評価である。分析結果によれば,勤務地や仕事の限定は優秀人材の確保などに正の影響を与える一方,労働時間の限定は組織パフォーマンスに有意な影響を与えていない。また,人事管理の均衡に関して,限定正社員の賃金水準や昇進・昇格スピードを無限定正社員と同等にすることは,優秀人材の確保や生産性の向上などに正の影響を与えるが,賃金テーブルを同等にすることは逆に負の影響を与えることが示されている。
第5章は,限定正社員の活用が経営パフォーマンスに与える効果を左右する調整要因として,限定正社員と無限定正社員の間の転換制度の整備状況の影響について検討している。経営パフォーマンス指標は,調査直前の事業年度の売上高を3年前と比較した増減である。分析結果によれば,仕事限定正社員比率の上昇は経営パフォーマンスを高める効果がある。また,正社員区分間の転換制度自体は経営パフォーマンスに影響を与えないが,正社員区分間の転換制度が整備されると,仕事限定正社員比率の上昇による経営パフォーマンス向上の効果は小さくなることが示されている。
第6章から第8章は,多様な非正社員に関する分析である。分析に用いた調査における個々の雇用形態の定義は,いずれも呼称である。第6章は,契約社員,パートタイマー,嘱託社員の3形態をすべて雇用している企業をとりあげて,これら非正社員の雇用比率により類型化し,評価・処遇制度や教育訓練の整備状況との関係を検討している。契約社員の雇用比率の高い「契約社員活用型」とパートタイマーの雇用比率の高い「パートタイマー活用型」は,非正社員全体の評価・処遇制度が整備される傾向にある一方,教育訓練の整備にその傾向はみられないことが示されている。
第7章は,契約社員に注目して,契約社員と正社員の均衡処遇と契約社員の基幹労働力化の関係を検討している。契約社員に社員区分・格付け制度を導入している企業や賃金管理の均衡を進めている企業ほど,契約社員の量的基幹化と質的基幹化が進んでいるという仮説を提示している。ここでは第6章とは逆に,人事管理制度の整備が基幹労働力化を促進するという因果関係が想定されている。また,量的基幹化を「正社員と同等の仕事をしている契約社員の比率」,質的基幹化を「正社員と同等の仕事をしている契約社員の仕事レベル」と定義しており,正社員と同等の仕事に従事するという条件を付して基幹化を定義していることに留意が必要である。分析結果によれば,契約社員と正社員の賃金水準の均衡が量的基幹化に,賃金制度(昇給,手当,賞与など)の均衡が質的基幹化に正の影響を与えている。
第8章は,パートタイマーと契約社員をとりあげて,それらへの社員区分・格付け制度や人事管理制度(仕事レベル,キャリア管理,処遇)の整備と経営パフォーマンスの関係を検討している。経営パフォーマンス指標は,同業他社と比較した自社業績に関する主観的評価である。分析の結果,パートタイマーと契約社員の双方について,社員区分・格付け制度の整備と経営パフォーマンスには関係がみられないこと,人事管理制度の整備と経営パフォーマンスは,仕事レベルやキャリア管理のごく一部に正の相関関係がみられることが示されている。
最後の9章は,本書の結論と人事管理の再構築に向けたインプリケーションが提示される。著者は,多様な雇用形態の社員の人事管理を構築するうえで,「職域分離」「均衡処遇」「転換制度(キャリアルート)」の三つの視点が重要であると主張している。特に職域分離と均衡処遇の間にはトレードオフ関係があることから,雇用区分間の職域分離を進めて均衡問題を回避する「分離型」人事管理を構築するか,逆に職域分離を進めずに均衡を図る「統合型」人事管理を構築するか,二つの可能性があるとしている。
本書の貢献は,複数の質問票調査のデータを丁寧に分析することにより,2014~2015年当時の日本企業における多様な雇用形態の活用の実態を明らかにしたことである。例えば第3章で示されるように,日本企業における限定正社員の活用の中心が仕事限定正社員であることや,労働時間限定正社員の活用が少数にとどまることは,厚生労働省(2012)「「多様な形態による正社員」に関する研究会報告書」の調査結果とも整合的である。また,第6章で示されるように,契約社員やパートタイマーの雇用比率が高くなると非正社員全体の評価・処遇制度が整備される傾向にあるものの,教育訓練には必ずしもその傾向がみられないことも納得のいく結果である。
興味深いのは,限定正社員や非正社員の人事管理と組織・経営パフォーマンスとの関連である。著者の分析結果によれば,限定正社員と無限定正社員の賃金水準や昇進・昇格速度を同等にすること,すなわち「均等処遇」が優秀人材の確保や生産性の向上などに正の効果を持っている(第4章)。仕事や勤務地の限定性を理由として賃金水準や昇進・昇格速度に格差を設けることは経営上望ましくない可能性を示唆している点で,重要である。また,正社員区分間の転換制度が仕事限定正社員の活用増に伴う経営パフォーマンス向上の効果を抑制する,という結果も示されている(第5章)。限定性の種類によっては,限定正社員制度と限定・無限定正社員間の転換制度を両方導入することには注意が必要であることになる。さらに,非正社員の人事管理に注目すると,パートタイマーや契約社員の社員区分・格付け制度の整備は経営パフォーマンスを向上させるとはいえず,経営パフォーマンスの向上に寄与する人事管理制度は限定的であることが示されている(第8章)。単に非正社員の人事管理制度を整備するだけでは経営パフォーマンスを向上させることは難しいことを示唆している。いずれも限定正社員や非正社員の人事管理に対する重要な指摘といえよう。
こうした発見事実をふまえて,今後の研究課題として以下3点を指摘しておきたい。
第1に,人材ポートフォリオの観点から,雇用形態の組合せについての更なる検討である。著者も今後の課題として述べているように,本書でも雇用形態の組合せを検討しているものの,例えば正社員と非正社員の組合せについては,正社員,フルタイム非正社員,パートタイム非正社員の3種類すべてを活用する職場に限定されている。厚生労働省「平成26年就業形態の多様化に関する総合実態調査」結果をみると,正社員のみを活用する事業所が2割あり,パートタイム労働者を活用する事業所は6割にとどまることから,著者の分析対象に含まれていない組合せも相当割合あると想定される。無限定正社員と限定正社員(職種限定,勤務地限定,労働時間限定)のような正社員と,有期フルタイム社員や有期パートタイム社員などの非正社員,さらには労働者派遣や業務請負などの外部人材を,企業単位や事業所単位でどのように組み合わせているのかを明らかにすることが望まれる。その際,雇用形態の分類基準には,呼称や雇用区分よりも労働契約期間(無期・有期),所定労働時間(フルタイム・パートタイム),雇用関係の有無(直接雇用・間接雇用)などの基本的な指標を用いたほうがよいかもしれない。呼称は企業ごとにさまざまであり,雇用区分もまた企業が労働契約期間や労働時間だけでなく仕事内容,賃金管理,キャリア管理など多様な基準から設定しており,統一的な分類基準として扱うことが難しいと考えられるからである(厚生労働省(2017)「労働者の雇用形態による待遇の相違等に関する実態把握のための研究会報告書」など)。
第2に,人材ポートフォリオの規定要因や組織成果への影響などについて,個々の雇用形態ではなく雇用形態の「組合せ」に注目して検討することである。本書においても正社員と非正社員の組合せパターンの特徴(第2章)や,契約社員・パートタイマー・嘱託社員の組合せと人事管理諸制度の充実度との関係(第6章)を検討しているが,さらに一歩進めて雇用形態の組合せの違いをもたらす要因や,組合せの違いによる組織的影響を検討することが必要である。人材ポートフォリオの設計に関しては,Lepakand Snell (1999, 2002)が人的資本の戦略的価値(strategic value of human capital)と人的資本の独自性(uniqueness of human capital)の二軸を,平野(2009)が業務不確実性(チームワーク特性およびマルチタスクの程度)と人的資産特殊性(企業特殊技能および拘束性の程度)の二軸を設定し,それら二軸による分類に基づいて雇用形態を選択することが合理的であるとする理論モデルを提示している。日本企業における多様な雇用形態の組合せやその活用の実態がこうした理論モデルにどの程度適合しているのか,また仮に理論モデルとの差異が生じているとすればどのような要因に基づくものか,さらに雇用形態の組合せごとにどのような組織的な効果や問題が生じ得るのかなどの検討が求められよう。
第3に,人材ポートフォリオにおける人事管理について,具体的には個々の雇用形態の多様な人事管理制度を考慮に入れた相互関係の検討である。相互関係というと処遇の均衡のような雇用形態間の異同に即座に目が向きがちであるが,正社員の格付け制度に職務等級制度や職能資格制度,役割等級制度などがあるように,個々の雇用形態に適用されている人事管理制度は企業ごとに多様である。したがって,人材ポートフォリオの観点からは,まずは雇用形態ごとの人事管理制度の内容や特徴を確認したうえで,人事管理の異同に関わる雇用形態間の仕事の重なりや,賃金制度や昇進・育成機会の均衡,雇用形態間の転換可能性などを検討する必要があるだろう。本書でもこの取り組みは部分的にみられるが,著者のいう「between」と「within」を意識しながら,雇用形態ごとの多様な人事管理の相互関係をより丁寧に検討する必要があるだろう。日本企業の人材ポートフォリオの解明には,雇用形態の組合せと人事管理の相互関係の双方を明らかにする試みが求められている。
これまで正社員やパートタイマー,契約社員,派遣労働者など個別の雇用形態を扱った研究が数多く蓄積されてきたなかで,本書は,それら多様な雇用形態を企業がいかに組み合わせ活用しているのかを明らかにしようとした貴重な研究書である。本書の発見事実が基礎となり,今後多様な雇用形態の活用や人材ポートフォリオに関する研究がさらに進展していくことが期待される。
(評者=一橋大学大学院経営管理研究科教授)