2020 年 21 巻 1 号 p. 48-65
The current workplace has changed due to the individualization of work, the diversification of employment patterns and ways of working, and the values of workers, which has reduced the original functions of the workplace, such as collaboration and human resource development. Organizational development is to create a centripetal force in an organization that tends to be a group of disparate individuals.
Revisions to the HR system are perceived by employees as non-compliance with psychological contracts and can reduce employee organizational satisfaction and performance, as well as increase intent and intention to leave. In order to create a HR system that does not cause a backlash from employees, it is necessary to explain the reasons for the revision of the system and to be transparent about the process of creation.
The purpose of this paper is to examine the process of constructing the HR system in Nursery School Y and to consider how the approach of organizational development and the construction of the HR system influenced each other. Then, it is presented as one of the methods of constructing the HR system. In Y, we introduced an organizational development approach to the process of constructing the HR system and aimed to integrate both the hard aspects of the organization (the HR system) and the soft aspects of the organization (people and relationships) such as collaboration, trust and influence relationships, organizational climate and culture.
We conducted two workshops with all staff participation in the process of constructing the HR system, shared organizational values and childcare views to deepen mutual understanding, and created a “check sheet for self-growth”. We also had a committee where everyone could participate to discuss and build consensus on what evaluation should be and how it should be reflected in wages.
In the process of constructing the HR system, I not only implemented Future Search, a method of organizational development, but also intervened by focusing on the 4 values of organizational development (humanistic philosophy, democratic principles, client-centered consulting, and socialecological system orientation) in all aspects of the process.
As a result, painful wage changes to staff were accepted by staff and no negative actions have occurred since the introduction of the new system. In addition, the self-innovation ability has been enhanced, and the system has been operated autonomously while improving the system even after the introduction.
In this case study, it is suggested that the approach of organizational development increases the congruence between the hard aspect of the organization, the HR system, and the soft aspect, the awareness of the working people. It is presented that by introducing an organizational development approach to HR system construction, which has been emphasizing system design, it is possible to cover human aspects that have tended to be lacking, and to make the transition to the new system without degrading the functioning of the organization.
人事制度1改定は,社会経済の状況に合わせて制度の刷新を図るために行うが,賃金の引き下げが発生し,従業員の痛みを伴う場合が多い。新制度が組織に定着し,安定した運用がなされるには従業員の合意と納得が不可欠である。また人事制度改定は就業規則の不利益変更になるため,労働法の面からも従業員の合意は必須である2。合意は,新たに構築された制度の内容だけでなく,構築過程が大きなカギとなる3。そのため筆者は,従業員参加型の人事制度構築を模索してきた。本稿で採り上げる保育園Yもその一つであり,組織開発のアプローチを用いて人事制度を構築した事例である。
1-1 組織開発が注目される社会的背景近年,日本において組織開発は注目され,大企業やコンサルタントの間で広く実践されるようになった。背景には山﨑(2016)が指摘した,働く人の心理的負荷の増加によるメンタルダウン,職場での人材育成能力の低下,個別労使紛争の増加といった人と組織にまつわる現象がある。その原因は,仕事の個業化,雇用形態の多様化,働き方の多様化,さらに働く人の価値観の多様化による職場の変化にある。こうした職場の変化が職場の人間関係を希薄にし,働く人たちの相互作用を起きにくくして,本来職場が持っていた協働や人材育成の機能を低下させたのである。
現在,従業員が一堂に会して協働する職場は減ってきている。何もしなければバラバラな個の集合体と化す職場に,何とか求心力を持たせて協働し,成長につながる相互作用を取り戻したいという企業のニーズが組織開発に目を向けさせたといえる。組織開発は,組織に求心力をもたらし,結果として組織を機能させるからである(中原・中村,2018)。
だが中小企業では,組織開発に注目する企業はあまり見られない。経営者の目が行くのはどうしても即効性がある戦略や構造,制度の変革である。筆者への依頼も専ら直接数字に結びつく人事制度の改定である。しかし,職場が変化している現在,人事制度の改定はただでさえ低下している職場の機能をより落としてしまう可能性がある。そこで人事制度構築の過程に,組織開発のアプローチを取り入れられないかと考えた。
1-2 人事制度構築過程に組織開発のアプローチを導入する人事制度構築の現場では,新制度導入後に組織がギクシャクすることが少なからず起きる。制度が変わることへの従業員の不安・不信や,誰によってどのように作られたかという過程への疑念,評価方法への疑念,個別賃金の見直しによる賃金額変更への不満などが原因と考えられる。人事制度や処遇の改定は,働く人からすれば心理的契約4の不履行5と認知され,働く人の組織満足,組織コミットメント,組織市民行動や業績を低下させ,離職意図や離職を高める(服部,2011)。しかし,心理的契約の不履行が経営側にとってやむを得ない理由によって行われたと従業員が判断する場合や,不履行の手続きが公正だと判断する場合には,従業員の感情的な反発が起きにくいことが分かっている(服部,2013)。すなわち,働く人たちが新人事制度導入後に組織との関係や働く人同士の関係性を損なわず,こうした行動に出ないようにするための鍵は,制度改定の理由の説明や制度構築過程の透明性にあるといえる。
組織開発は,組織構造や制度・規則,職務内容や仕事の手順,戦略や理念などの組織のハードな側面と,人の意識やモチベーション,協働性や信頼関係,お互いの影響関係,組織文化や風土といった人や関係性のソフトな側面の両方に働きかけ,その変革に取り組むプログラムである(中村,2015)。そこで本稿の事例では,組織開発の考え方やアプローチを人事制度構築の過程に組み込むことを試みた。すなわち,組織のハードな側面である人事制度の構築と,人や関係性を変革するソフトな側面の両方を同時に進行することで,心理的契約の不履行が招くネガティブな現象を起こさせずに新たな人事制度を組織に導入する試みである。
1-3 本稿の目的本稿で採り上げる社会福祉法人Xの(以降,Xとする)の保育園Y(以降,Yとする)では,職員全員参加で人事制度を構築した。コンサルタントが行う人事制度構築支援では,経営層または人事部門と共に制度設計を行うのが一般的である。Yでは,人事制度改定の理由と制度構築の過程の透明性を重視して,職員のだれでも参加できる委員会を中心に,新制度の概要を決定した。そして組織開発アプローチを使った二度の全職員ワークショップを催し,組織への求心力を高めつつ,評価シートである「振返りチェックシート」の作成を行った。
本稿の目的は,Yの人事制度構築の過程を検証し,組織開発のアプローチと人事制度構築がどのように影響し合ったかを考察し,人事制度構築の1つの方法として提示することにある。
組織開発は実践を中心として発展してきた概念であり,1つの理論ではなく様々な組織諸理論や技法を取り込んできた歴史があって定義づけが難しいとされる(中村,2007)。その上で本稿では,組織開発を「組織の健全さ,効果性,自己革新力を高めるために組織を理解し,発展させ,変革していく,計画的で協働的な過程であり,その実践である(Warrick,2005, p.172,中村,2014)。」との定義で議論を進める。
組織開発の目的には,組織の「自己革新力を高める」ことが挙げられている。それは,組織内の人たちが,組織の中で起きている人と人の関係性に目を向けて状況を理解し,自ら変革に取り組み続ける力を養うことである。また計画的な過程とは,最初から全てを緻密に計画するのではなく,まずクライアントと支援者で大きな計画の合意をし,組織開発のフェーズを進める都度,状況を見ながら協働で次の実践を決めて計画的に行うことをいう。さらに組織開発の特徴であり重要なのは,ベースとなるMarshak(2006)による以下の4つの価値観である。
つまり組織開発には,適切な場が与えられれば,人は自律的かつ主体的に力を発揮すると捉えること(①),できる限り多くの人が参加し関与したほうが決定の質が高まり,関与した人々やその関係性が効果的であること(②),組織の当事者が主体となって自己改革をしていくのであり,コンサルタントはその支援にあたること(③),そして組織を機械ではなく有機的な生命体システムと捉えて,組織外部のシステムである社会や環境とつながっていることを意識して考えに入れること(④)という価値観が埋め込まれている(中村,2007,2015,中原・中村,2018)。
組織開発は価値観ベースであるというMarshak(2006)の提言がある一方で,Bradford & Burke(2005)は,「組織開発は人間的側面に働きかけるだけでなく,組織の諸次元(戦略,構造,報酬システムなどを含む)の一致性を高めるものである」と再定義する(中原・中村,2018,p.281)。組織のソフトな側面だけでなく,ハードな側面も含めて,その統合を重視するのである。
本稿では,組織開発とは4つの価値観が実施される取組みや場づくりの底流にあることと捉える。そして人事制度構築の過程で,組織開発のアプローチで働く人の人間的側面へ働きかけながら,制度と組織の価値観との一致性を高め,組織のハードな側面とソフトな側面の統合を試みる。
2-2 ホールシステム・アプローチとフューチャーサーチ組織開発に利用されるフューチャーサーチは,1987年にWeisbord & Janoffにより提唱され,1995年に体系化された対話の手法であり,ホールシステム・アプローチの1つである。ホールシステムとは,「全体」システムであり,ホールシステム・アプローチは,特定の課題に関するステークホルダーが一堂に会した対話の形式をいう(Weisbord & Janoff,2000)。
フューチャーサーチとは,利害が相反するステークホルダーが一堂に会して共通の拠りどころを探し,よりよい未来の実現に向けて協力し話し合う方法を探求するための手法であり,以下の4つの基本原理が重視される(Weisbord & Janoff,2000,中村2014)。
フューチャーサーチは,8種類の関係者×各8名の64名で,2.5日の対話を通して行われる非常に構成度の高いアプローチである(中村,2014)。過去について年表づくりを行いながら現在への影響を考え,次に現在ある課題についてマインドマップを作成しながら語り合う。そして現在の「誇りに思うこと」,「残念に思うこと」の探求から,理想的な未来を思い描き,参加者全員が合意するコモングラウンドを導いて,最後にアクションプランを作成する。全過程において,まず自分で考えてから小グループで対話し,全体で共有する対話へと移行する。また途中でグループ編成を変えるなど,多様な場づくりが構成される。そして全てのフェーズで,組織内部だけでなく,社会状況を組み入れ,全体像を意識しながら行動を考えるように作り込まれている。参加人数やその構成,アクティビティの内容や時間も精緻に決められており,カスタマイズに難しい面もある。
人事制度構築において,ビジョンを明確にして共有し,そこへ至るステップを制度に落とし込むことは人材育成の観点から重要である。フューチャーサーチを通して,組織内にビジョンの明確化と共有という人事制度の土台が醸成できるのではないかと導入を検討した。
本稿で採り上げるYの事例は,2015年5月に申込みを受け,実質的には2015年10月から2017年6月にかけて1年9か月にわたって筆者が支援した,人事制度構築の実践である。本章では,Yで行った支援の内容について報告する。
社会福祉法人は非営利団体であり,公立の同業施設もあることから地方自治体の統制を受ける。人事制度は自治体職員の給料制度に準拠する場合が多く,企業にみられる評価を伴った成果主義や能力主義人事制度は長い間行われてこなかった。しかし,1990年代に始まった規制緩和による社会福祉基礎構造改革6の中で,社会福祉法人でも人事制度の見直しが進み,施設独自の賃金制度を導入するケースが徐々に増えた7。Yの事例もそうした流れの中での依頼である。
3-1 保育園Yの概要とエントリーYは,キリスト教教会を母体としたXにより運営される東京都内の認可保育園である。創立は1979年と古く,0歳児から5歳児までのクラスと一時保育で112名定員の中規模保育園である。職員構成は,園長,主任保育士,看護師各1名,保育士26名,栄養士・調理員4名,事務員2名の正規職員35名と,非常勤職員7名の42名である(2016年5月現在)。
Yの依頼内容は,人件費率が年々高くなる傾向にあり,このままだと経営を圧迫しかねないので人事制度を見直したいというものであった。Yではそれまで東京都の職員給料表に準拠して賃金を決めており,人事評価は行われていなかった。この方法は年功序列型賃金になりがちであり,職員の勤続年数が長くなるほど人件費は高くなる。
契約の締結は2015年10月である。評価制度のない組織に評価を入れるには,職員の理解を得るために丁寧な説明と進め方が必要になる。まず,現状調査に入る前(11月21日)に職員説明会を行った。園長よりYの経営状況から人事制度の見直しが必要である旨を説明し,続いて筆者が評価を伴う人事制度の概要を解説し,大まかなスケジュールを示して制度構築の協力を求めた。
3-2 現状分析と経営課題のフィードバックまず,Yの経営,組織,賃金の現状の詳細を明らかにし,把握する調査分析を行い,その結果から制度構築の進め方とスケジュールを検討した。
調査分析は,2015年10~12月に実施した。経営,組織,財務,賃金をそれぞれ分析して経営課題を導き,「現状分析ご報告と経営課題のご提示」としてまとめ,翌年1月15日に,Xの理事長と事務長,Xの別施設の施設長,Yの園長と園長補佐で構成する人事制度委員会でフィードバックミーティングを行った。
3-2-1 調査方法調査方法は,職員インタビュー,組織診断アンケートと文書による分析である。
職員インタビューは,法人理事長,園長,主任保育士,職員からリーダー格保育士2名,中堅保育士1名,看護師(新人),栄養士の8名を対象とした。内容は経営者層に対しては人事制度改正の目的,経営の問題点,園の方針と組織のあり方について,一般職員には組織と仕事へのコミットメント,理念方針の浸透,職場の問題点についてである。
組織診断アンケートは筆者作成のもので,園長を除く41名の正規職員・非常勤職員に実施した。Yについて,職場について,自分について(職場や職務に関する思い),処遇についての4項目25の質問からなる。職場,雇用形態・役職,年齢層,勤務年数,職種別に集計して分析を行った。
書類による分析は,職員名簿と賃金台帳,収支報告書,事業計画書,事業報告書をそれぞれ直近3年分と,就業規則,賃金規程,賃金額決定に関する文書を基に行った。
3-2-2 分析結果ここでは,経営,財務,並びに組織,賃金について取り上げる。
Yの特徴は保育方針にある。設立の理念として,「キリスト教の価値観に基づく保育」を掲げる。保育方針は,「人を受け入れる力,人を見る力,人と関わる力(=人間力)を育み,お互いの違いを尊重しあい,認めあえる豊かな自己(基本的自己信頼)を育てる」とあり,関係性の中で自己信頼を育む保育を追求している。その実践方法として,モンテッソーリ教育8の考え方を導入した自由保育を行っている。しかし,経営理念や職員のあるべき姿について明文化されたものはない。
Yは保育方針の実現のために保育士の人数が多く,都の配置基準の175%である。表1で示すように,保育従事者1人当たり在所児数は13.42人と低く,保育士は園児一人ひとりに十分目が届く保育ができる環境に満足している。また,Yの人件費率は81.8%と高く,労働分配率も98.5%と高い。人件費率が高い最も大きな原因は,職員1人当たりの人件費が高いことにある。すなわち,賃金水準が高額といえる。

職員の平均年齢は35.2歳で,年齢構成や男女比などバランスのよい組織だが,勤続年数が1~4年の浅い職員が23名と半数を占め,10年以上の職員は12名である。また中途採用が半数を占めるため,目的の共有や保育観の伝播・継承が難しくなっている。
組織診断アンケートでは,全体としての数値は高く,統制がとれた組織である。その中で「共通の保育観」,「報酬の公平・公正」と「報酬の他者比較」が若干低い。職員の園全体への信頼や,個人としての職業意識は高いものの,職場では職員同士の関係性が上手くいかず,能力が十分発揮できないもどかしさが見られる。リーダーや勤続10年以上の職員には,職員が共通意識を持てていないとの懸念がある。モンテッソーリの保育観は現場で学び理解していくことが多く伝播・継承に時間がかかるが,シフト制勤務のため職場全員で話し合う時間がとれない。よって若年層との関係性が作り辛く,リーダーは職場のマネジメントに苦慮している。
また,人数が多い保育士が中心となりがちで職種間,部門間での対話が少なく,部門間の連携や仲間意識の醸成が進んでいない。
Yの賃金は,東京都社会福祉協議会(以降,東社協とする)による『平成27年度版東社協参考人事給与制度』の「東京都職員給料表(平成26年東京都人事委員会勧告)」に基づき決められている。しかし,この給料表は制度の変更やベースアップによる見直しなどで毎年何らかの変更があり,継続して使用しにくく職員の賃金決定に苦慮している。
東京都職員給料表は,『中小企業庁の賃金事情―平成27年度版』(東京都産業労働局,2015)の専門学校卒者モデルと比較してかなり高水準である。特に役職者の水準が高く設定されている。評価制度はなく,昇給,昇格は,東社協の格付け基準で運用され,定期昇給の水準も高い。手当は公務員の特徴である地域手当と特殊業務手当があり,役付手当,扶養手当,住宅手当が支給されている。民間の賞与にあたる期末勤勉手当は,年2回,東京都人事委員会勧告の支給率で算出され,経営状況は反映されていない。
分析結果から,以下の7つの経営課題を抽出した。
賃金水準が高額であり,また東京都の賃金制度改変に翻弄されないためにも,独自の賃金制度の作成が必要である。
給与水準を抑えるために,また成長した職員を承認するためにも評価制度は必要である。評価基準や評価シートを作成することで,成長の道標を示すこともできる。
賞与は,生活に直結するため引き下げることが難しい月給に比べ,人件費の調整弁として利用することができる。園独自の人事制度を導入することで東京都人事委員会勧告の乗率から離れられる。人件費の調整弁として総額人件費管理を導入して園の経営状態に応じて賞与総額を決定することで,人件費の高騰を防止し,評価に応じた支給率を定めることで,職員の成長や貢献を承認することができる。
準基本給的な手当を基本給に統合して見えやすくすること,また手当の意味を明確にし,その決定方法と額を洗い出して再構成することで,全体として人件費の高騰をセーブできる可能性がある。
人事制度委員会で現状分析のフィードバックを行い,経営課題は了承されて今後の進め方について検討された。
保育観の共有と,部門を越えた一体化に課題(①,③)があること,そして新人事制度導入でばらばらになりがちな組織の状態を維持,強化するために求心力が必要であることから,フューチャーサーチの実施を提案した。フューチャーサーチはホールシステムで全職員が一堂に会し,過去,現在,未来をテーマに対話することで,他部門の職員とも相互理解が進み,共通意識や保育観の醸成が進むと考えられた。
ミーティングでは,組織開発の計画手法で人事制度構築の大まかなスケジュールを確認し,進め方はフェーズごとに人事制度委員会で話し合いながら決めていくこととした。
3-3 フューチャーサーチの実践 3-3-1 リデザインと準備フューチャーサーチは構成度の高いプログラムであるため,無理にカスタマイズすると仕込まれた意図が機能しない可能性がある。フューチャーサーチは2.5日が基本形だが,Yで時間がとれるのは1日である。またあらゆるステークホルダーを集めて,部屋の中にホールシステムを作り64~70名で構成するが,今回は組織内の課題である。そこで,重点目的を明確にしてリデザインを行った。
目的は,人事制度構築を控えて職員の共通意識と保育観の醸成を行い,部門を越えて組織の求心力を高めることとした。そのため,対話の時間は短縮せずに十分にとることに重点を置き,「未来」に焦点をあてるワークは割愛して,過去と現在に焦点をあてるワークまでとした。職員の自己認識を高めて自己の思いを言語化し,他者との違いを認めたうえで,共通意識を持つに至ることを重視した。今回の対話の焦点は,保育園の歴史から紐解き,世の中の動きから「いま」を考える,「保育園のあり方,保育のあり方」(図1)とした。
参加者はYの非常勤職員も含めた36名に,X本部から人事制度委員会メンバーである理事長と事務長が加わり,図1のように7つの職場から集まった38名での実施となった。
グループ分けは各職場から1名ずつ集めて構成されるミックスグループと,職場グループの2種類が必要となる。人数が少ない部門には保育士が入り,それぞれ6つのグループ×6~7名で編成した。タイムテーブルは,基本形に従い対話の時間を十分とるように,かつ詳細に作成した(表2)。


フューチャーサーチは,2016年2月11日祝日の9:15~18:30に行われた。取組み全体についての参加者アンケートによる評価は,満足度の高いものであった(「大変そう思う」と「そう思う」で81.1%)。比較的低いのは,「十分な議論ができた」(同57.6%)で,時間不足を指摘するコメントが3件あった。また,「考えや意見を忌憚なく述べられた」(同66.7%)では,若年層で自分の意見を表現できないもどかしさがコメントで見られた。「またやってもいい」は68.8%あり,「全職員が集まる場は意義がある」,「コミュニケーションの場としてこういう時間も必要」とのコメントがあり,全員参加での進め方に対する評価は高い(図2)。

それぞれのワークでの学びや気づきを自由記述で調査し,キーワードを拾って集計した(表3)。目的とした共通意識と保育観の醸成については,ワーク1の過去の探究で,「Yの保育観,価値観」に関するものが36件と最も多いことから,効果が上がったといえる。「年表を振り返って,園で行われていることがどんな意味を持っているかを知ることができた」,「歴史を知ることは理念を理解するうえで不可欠」,といった現在行われている保育の意味付けや解釈が進んだこと,「Yのよさをその理由を含めて伝えていく必要性を感じた」といった保育観の継承に対する責任感もみられた。

ワーク3の「誇りに思うこと」をグループで抽出するワークでは,「誇りに思うことはみんな共通の認識だった」という趣旨のコメントが16件ある。6つのグループがそれぞれ「誇りに思うこと」を発表したが,共通する項目が多かったためだ。「言葉の表現は違っても,皆が同じことを誇りに思っていてよかった」,「参加者の共通認識を得られて,改めてこの保育園は素晴らしいと思う」という言葉から,職員が共通意識を持っていたことへの喜びが表れている。これは,共通意識の確認が組織への求心力につながったといえるだろう。
もう一つの目的は,部門を越えた組織の求心力である。全体の振り返りで,「普段接触の無い人と話ができた」は8件,ワーク1で「他者理解」8件,ワーク2で「多様な見方を知った」7件,ワーク3で「人の話が聞けた」7件あり,部門を越えた職員間での対話が相互理解を深めたようだ。「異なる職種の人と話ができて楽しかった」,「一緒に働いたことがない先生ともじっくり話ができた」との記述もある。
目的以外の成果として,他者を知ることで見えてきた自己理解がある。各ワークで,「職場と自分のつながり」,「自己理解」,「自己認識」が進んだことが挙がっている。他者の言葉から自己を見つめなおし再認識する成長の場になったのであろう。また,「組織を知ることができた」5件,「組織は生命体だ」という記述があり,社会とのつながりから客観的に組織を俯瞰する眼が養えた。
フューチャーサーチの目的とした,共通意識と保育観の醸成,部門を越えた組織の求心力は,ほぼ達成された。
今回は時間の都合で「未来」に焦点をあてたワークは行えなかった。しかし,ワーク1で,「歴史を振り返ると,改めて現在と未来について考えることができる」,「歴史を受け継いで後世につなげる責務を感じとる」という言葉が表出し,未来を見つめるものもあった。ワーク3の「誇りに思うこと」では,Yが追求する保育と組織づくりの姿がそれぞれの言葉で示された。それが結果としてYの共通意識であることを職員それぞれが納得した。つまり,共通のあるべき姿が見えて,「コモングラウンド」が形成されるところまで来たといえる。理想の姿は見えたものの,「残念に思うこと」では未だ道半ばである現実が明らかにされ,職場の問題点についても職員の自覚が進んだ。理想的な未来のビジョンづくりと問題解決へのアクションプランは,課題として残された。
フューチャーサーチは,自己革新力を高めるために優れたプログラムである。基本形に忠実に最小限の介入で運営すると,クライアント中心に対話は進み,見事に目的地にたどり着いた。もともとYの組織に根付いていた関係性の中で自己信頼を育み,自由を重んじる風土に,組織開発の人間尊重と民主的な価値観が共鳴して場を高めたことも影響している。
3-4 人事制度委員会と評価制度委員会フューチャーサーチ後,人事制度委員会と並行して評価シートを作成する職員参加型の評価制度委員会を立ち上げた。賃金に関する事項は人事制度委員会で扱うことを提案したが,園長の意向で評価制度委員会でも扱うことになった。
Yには自由を重んじ,一人ひとりを尊重し認めるという価値観がある。それは,「誇りに思うこと」で異口同音に職員に語られたキーワードであり,Yの保育観であって組織文化でもある。なるべく多くの職員と共に人事制度を作りたいため,評価制度委員会のメンバーは公募とし,誰でもいつでも議論に参加できる形とした。
人事制度委員会は経営層で構成し,人事制度の骨子を諮って検討決定する場であり,人事制度の最終承認機関であるXの理事会とYをつなぐ役割を担った。2015年12月から翌年10月まで全8回実施した(表4)。

人事制度委員会では,フューチャーサーチの結果から,「人事制度は職員の求心力になるもの」という基本方針を確認した。そして,人事制度のフレームと賃金制度案を作成し,評価制度委員会での職員の意向を汲み取りながら方向を決めていった。人事制度委員会のスタンスは,経営的立場から人件費が抑えられるものであれば,評価のあり方は職員が検討し合意したものを尊重するというものであった。
またフェーズごとに進め方を検討する場でもあった。進めては立ち止まり,その後をどう展開するかはこの委員会に諮った。
フューチャーサーチの続きは,職員全員にアンケートを行い評価制度委員会での評価項目づくりの基礎とした。「私たちの将来を考える」アンケートでビジョンを明確にし,「理想の職員を考える」アンケートで職員像を明らかにした。
評価制度委員会は,2016年4月27日に立ち上がり11月まで,月2回のペースで全11回実施した。毎回10~17名,のべ144名の職員が参加した(表4)。園長,園長補佐,主任は欠かさず出席し,各部署から最低1名,他は参加したい者が出席する。入職後2年目の職員からリーダー層,ベテラン職員まで,様々な職員が参加した。
4~6月は,人事制度委員会で作成した等級フレームと賃金制度の枠組み案についての検討と,評価と賃金をどのように結び付けて運用するかを議論して人事制度委員会に持ち帰るという方法を繰り返し実施した。
初回の委員会で,職員全員に園の財務状況を説明して皆が共通理解したうえで議論したほうがよいとの要望が出て,5月18日の職員全体会議で事務から詳細を開示した。Yらしい質の高い保育を持続可能にしていく上で,保育士の人数と人件費をどうバランスしていくか,皆で議論して納得しながら進めていくことが合意された。
評価制度をつくり,評価を基に賞与の分配と昇格を決めることについて,委員会での議論は紛糾したが,多数決で決めるのではなく,意見を出し尽くして合意形成を行うかたちで進めた。賞与については,総額人件費管理を行い,目標の人件費率達成のために賞与総額で年間の人件費を調整する旨を提示した。職員からは,「評価が直接人件費の節約につながらないのであれば,評価で差をつける必要はない」,「計算基礎となる基本給がきちっと決められていれば,評価を直接賞与の多寡に結びつける必要はない」という意見が出された。「一般企業の営業とは違い,評価で差をつけることはYでは『格差』になる」,「頑張っていない人などいない職場だから,気持ちが苦しくなる」という理由からだ。結論は評価を賞与に反映しないということで合意した。
昇格については,園長,園長補佐,主任,リーダーで評価検討会を行う案を提示したが,園長が自己評価シートを基に面談を行い,主任やリーダーから意見を聞いて決定することで合意した。「個人のグレードを検討会で開示することは,日頃の業務がやり辛くなる」,「中間層が入ると評価がブレて納得できないことがある」という意見が出された。
Yの保育観をベースにした職員のあるべき行動を表現する評価シートの必要性は職員たちが認めるところで,自己成長の確認のために作成することとなり,名称を「自己成長のためのチェックシート」として作成に入った。「保育園の将来を考えるアンケート」,「理想の職員を考えるアンケート」の集計を配布し,チェック項目づくりを行った。チェックシートは情意(起立性,責任性,協調性,積極性)をテーマにした職員共通シート,習熟をテーマにした職種別シート,それにリーダー用シートで構成する。5~8月の評価制度委員会で職員共通シートを,9月22日の全職員参加ワークショップで職種別シートを,9~11月の評価制度委員会でリーダー用シートを作成した。チェック項目は,人事制度の軸に沿って,Yの保育観を体得した時の職務行動を言葉にしたコンピテンシーで表現した。
評価制度委員会では,人事制度委員会で作成した制度案を提示して議論を進めた。筆者は専門的な説明はするが議論への介入は最小限に留め,クライアント中心で場の自己革新力に委ねたが,進行はYの発言しやすい風土に助けられた面が大きい。行動を言葉に表現するのは困難な作業であったが,若年層の発言も回を重ねるごとに増えていき,言葉に言葉を重ねる粘り強い作業が続いた。
3-5 全職員チェックシート作成ワークショップ 3-5-1 ワークショップの実施2回目の全職員ワークショップは,9月22日祝日9:00~17:30に行われた。非常勤職員を含めて36名が参加した。目的は職種別(保育・給食・看護・事務)のチェックシート作成である。グループは職種別で,保育士5つと看護,給食,事務の計8グループを編成し,看護師は1名であるため看護グループに保育士が3名入った。給食,事務のグループは,情意4テーマについて,保育士グループは,園長から提示された27の習熟キーワードについてチェック項目を作成,看護グループは,情意と習熟から業務に必要なものをピックアップしてチェック項目の作成に入った。保育士の5グループは午前と午後で編成を変えた(表5)。全体のデザインは前回に倣って議論の時間を長くとり,各セッションとも「個人で考える→グループ討議→全体でシェア」の流れで進めた。

1日のワークショップで,保育グループは習熟27キーワードのうち25のキーワードで,102のチェック項目を作成した。給食グループは情意4テーマのうち3テーマで27のチェック項目を,看護グループは習熟19のキーワードで43のチェック項目を,事務グループは,情意4テーマで41のチェック項目をそれぞれ作成した。
全体シェアをした意見交換の場では,特に園長,主任やベテラン保育士らが意見から言葉を重ねていく過程で,彼女らが長年の経験から培った保育観が発露した。「保育の環境構成とは,保育士が環境の一部になること」,「言葉はかけるものではなく伝えるもの。言葉だけが宙に飛び交うのではなく,その子に伝わる言葉を使うこと」,「遊び心とは,子どもが固定観念の枠から,自分の中から生まれ出る楽しさを開放してあげること。生きていくことを楽しくすること」といった深みのある言葉である。全体シェアは,結果として職員たちの保育観を深め,理解の質を高める場となった。
実施後のアンケート結果は,「満足のいく内容だった」が「大変そう思う」と「そう思う」で90.9%と高く,前回のフューチャーサーチより9.1ポイント上がった。前回比較的低かった「十分な議論ができた」は同75.7%で,18.1ポイント上がったが,前回同様,時間が足りなかったという意見が出た。また,「考えや意見を忌憚なく述べられた」も同75.8%で9.1%上がり,9.1%あった「そう思わない」「全くそう思わない」が0%になった。ワークショップでの対話に慣れ,発言がしやすくなったことがうかがえる。「取り組んだテーマ」については75.8%と7.1ポイント上がり,身近なテーマだけに取り組みやすかったようである(図3)。

自由記述では,他部門,他職種,他者理解が進んだことが35件,全員・みんなで話すことの意義が18件と多い。評価制度委員会のメンバーからも,「全員で話すほうがいい」との意見も出ている。若年層からは,発言ができたことへのうれしさ(2件),自分が認められた(3件),共感を得られたことへのうれしさ(2件)の記述があり,前回より発言できたことを裏付けているが,反面,表現することの難しさも3件ある。また,先輩や他者の話から学びや自己理解が進み,成長や実践への意欲につながっていることが分かった(表6)。

全職員参加による人事制度構築は,チェック項目作成という本来の目的だけでなく,先回のフューチャーサーチからつながり,より深めるかたちで部門・職種を越えた相互理解が進み,信頼を育み,職員同士の関係性が紡がれて組織の求心力が高まる場となった。また,保育の実践方法が保育観のレベルまで掘り下げられ先輩から後輩へと継承されて,職員それぞれの成長意欲につながった。
ワークショップで作成されたチェック項目は,その後園長が文章に手を加えて整えられ,職種別チェックシートとなった。
3-6 新人事制度構築の概要2回の職員全員参加によるワークショップと,8回の人事制度委員会,11回の誰でも参加できる評価制度委員会を経て1年7か月の時間をかけ,新人事制度は2017年6月に完成した。理事会の承認を得て2016年11月に新賃金制度の職員説明会を,2017年6月に評価制度を中心に新人事制度説明会を開催した。
人事制度の軸は,Yの価値観,保育観を職員が自身に落とし込む意識レベルの成長とその実践行動である。フレームは習熟による6グレードと役割による3グレード(表7)とし,グレード定義を作成した。賃金制度は,生活給としての年齢給とグレードによる職務給で構成して基本給とし,賃金カーブの傾きを引き下げた。基本給の20~25%で設計した年齢給は,定期昇給となる。手当は,役職手当と扶養手当,住宅手当の3本を残し,他の手当は移行時に基本給に統合した。グレード定義を基に,園長が職員の格付けを行い,2017年4月より新賃金制度のテーブルへの移行を行った。移行により月次賃金が下がる者について,3年間調整手当を支給することとした。年2回の賞与は総額人件費を考慮して目標人件費率を定め,その範囲内で毎回乗率を決めて基本給+役職手当を算定基礎として算出し,評価は反映しない。評価制度は,昇格に反映する。自己の成長と習熟,業務内容を振り返り確認するための「自己成長のためのチェックシート」は,全職員が参加して作成した。職員はチェックシートで今の自分の姿を自己チェックして園長との面談に臨む。園長は主任,リーダーの意見を聞き,面談の内容からグレード定義に基づいて昇格を判断する。園長に対する職員の信頼は厚い。しかし現園長が退出した後の評価はどうするかが課題である。

Yの新人事制度構築は,その過程に組織開発のアプローチを取り入れて行った試みであった。人事制度構築という組織のハードな側面を目的としながら,働く人の関係性や相互作用という組織の人間的側面(ソフトな側面)にアプローチし,その統合を目指した。方法として組織開発の代表的な手法であるフューチャーサーチを取り入れただけでなく,全過程における取組みで,組織開発の4つの価値観(人間尊重,民主的,クライアント中心,社会エコロジカルシステム志向性)を重視した環境づくり中心の介入を行った。人事制度構築過程で,組織の価値観や保育観は言語化されて制度の軸となり,並行して課題であった保育観の伝播・継承が進み,職員の中に醸成されていった。
フューチャーサーチの過去に焦点をあてた年表づくりは,勤務年数が浅い職員が多い組織にとって,現在の背景となる組織と人の歴史ストーリーを知ることが共通理解を進めるうえで有効であった。またフューチャーサーチの特徴である「現在ある問題や葛藤に目を向けず,未来へ向けて合意をとる」方向性の中で,職員同士が持っていた共通意識を確認し合うことができ,部門を越えて組織への求心力を高めた。
フューチャーサーチを最初に行ったことで,その後の人事制度構築過程が,「未来へ向けての合意をとる」スタンスを保ったまま進行できたことは,痛みを伴う改定において意義がある。人事制度の改定は,心理的契約の不履行とみなされて働く人のネガティブな行動を招きやすいが,未来志向の中で,透明性のある理由説明と人間性尊重・民主的な価値観で公正に進め,痛みを伴う賃金の改定が職員に受け入れられて,制度改定による離職行動は起きていない。
フューチャーサーチは,人事制度構築に有効な組織開発手法だが,2.5日の時間をとることの難しさから基本形での実施が難しい。今回はアンケートで補ったが,フューチャーサーチの特徴を崩さないで行える他の方法を模索したい。
新人事制度は,組織に定着して安定した運用がなされて初めて完成したといえる。運用は支援者の手を離れて組織内で行われる。クライアント中心の価値観で構築された人事制度は,同時に組織の「自己革新力」を高めた。全職員で作成した「振返りチェックシート」は少しずつ改善されながら運用は継続されている。
本稿では,組織開発のアプローチと人事制度構築がどのように影響し合うかについて事例から考察してきた。組織開発のアプローチは,組織のハードな側面である人事制度とソフトな側面である働く人の意識の一致性を高めることが示唆された。それにより人事制度改定の働く人へのネガティブな影響は軽減され,自己革新力が高まることで制度導入後も組織内で定着して自律的な運用がなされる。これまで制度設計が強調されてきた人事制度構築において,組織開発のアプローチを導入することで,欠落しがちであった人間的側面をカバーし,組織の機能を落とすことなく新制度への移行ができることが提示された。
この事例では,Yにもともと根付いていた,自己信頼を育む自由な組織風土が組織開発の価値観と親和性があり,組織開発のアプローチが受け入れられやすかったという側面がある。今後,この方法を他の組織で実施し,今回得られた知見の検証を行っていきたい。
(筆者=山﨑正枝人事労務管理研究所代表(特定社会保険労務士),法政大学キャリアデザイン学部兼任講師)