日本労務学会誌
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
資料・紹介
ダイバーシティ経営に適合する人事管理と職場マネジメント―ドイツ・スイス企業インタビュー調査からの示唆―
武石 恵美子坂爪 洋美松浦 民恵
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2021 年 22 巻 1 号 p. 73-85

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ABSTRACT

An increasing number of Japanese firms are promoting diversity management to corporate value and growth. However, for many companies, initiatives promoting the capabilities of diverse human resources (HR) have not led to the anticipated growth. This study focused to get some implications about HR and workplace management from interview surveys with German and Swiss companies that have been practicing diversity management. Interviewed subjects comprised managers and officers in charge of HR diversity at seven large global enterprises (manufacturing and financial sectors) that have been proactively practicing diversity management.

The analytical findings are as follows.

It is believed that the authority of HR functions concentrated in personnel department should be weakened and the role of managers and individual employees in this matter should be enhanced if diversity management is to be promoted and made the norm at Japanese firm. Moreover, German and Swiss firms can provide a model in this regard. While they value the judgments of managers and the concurrence and choices of employees, they are building supportive mechanisms that will steer the career decisions of managers and employees in the appropriate direction.

Managers build diverse teams that will have a positive effect on their departments through hiring processes. Furthermore, they act to correct disparities and maintain fairness, based on the understanding that certain types of diversity, such as gender, lead to disparities in performance among subordinates. Simultaneously, they make their diverse teams understand what they think and fully share their departmental goals.

As teams become more diverse, managers need to take advantage of this diversity while pursuing the shared goals of their diverse team. Decentralizing the authority of HR functions to managers has both advantages and disadvantages. It is necessary to discuss what extent HR department should delegate responsibility for its functions to managers who supervise diverse teams.

1. 研究課題

人材多様性=ダイバーシティを企業価値や企業の成長につなげる「ダイバーシティ経営」を推進する日本企業が増えている。しかし,多様な人材の能力を活かす取組が予期した成果につながらない企業も少なくない。本研究はその課題として,以下の2点を取り上げる。

第1に,ダイバーシティ経営の下で,採用,配置・異動,人材育成・キャリア形成,昇進といった従業員の人事管理における課題である。人材の多様性を受容しそれを組織の成果につなげるためには,日本の雇用システムに根差した人事管理の改革が重要であるとの主張がなされている(佐藤,2019)。日本の人事管理の特徴は,人事部門が主導してきた点に特徴があるが,多様なニーズや価値観をもつ人材を人事部主導でマネジメントすることは難しい面があると考えられる。従業員のキャリア形成につながる異動や育成のあり方をだれがどのように決定するのかという点から,ダイバーシティ経営と適合する人事管理のあり方を検討する。

第2に,多様な部下をマネジメントして成果を上げている管理職は職場でどのように行動しているのか,という課題である。職場の多様なメンバーの能力・スキルの発揮を可能にし,効果的にダイバーシティ経営を推進する条件に関する研究は,推進における管理職の重要性と同時に,その課題を指摘する。管理職をめぐる課題の1つが,「多様な部下のマネジメントに必要な行動」が必ずしも明確ではないことである。多様な部下をマネジメントして成果につなげるためには何が必要なのかについて明らかにすることは,重要な研究テーマである。

本研究では,この2つの研究課題に対して,ダイバーシティ経営を進めるドイツ,スイスの企業に対するインタビュー調査から示唆を得ることとする。調査対象国としてドイツ・スイスを選んだのは,いずれもヨーロッパの中で生産性が高いとされる国であり,ダイバーシティ経営の面でも先進的な取組が行われていると考えたためである。

表1に調査対象国と日本の概要を示す。日本と比べて,ドイツは面積が同程度だが人口は7割弱で,スイスは面積・人口ともにかなり小さい。一方,国民1人当たりのGDP,就業者1人当たりの労働生産性,時間当たりの労働生産性のいずれについても,両国は日本のそれを大きく上回っている。また,失業率が高い国が多いヨーロッパにおいて,両国の失業率は相対的に低く,日本とさほど変わらない。女性の就業率は両国とも日本のそれを若干上回る程度であるが,女性管理職比率は両国とも3割前後に及び,日本(14.8%)を大きく上回っている。男女の賃金格差やジェンダー不平等指数は,両国とも日本のそれを下回っている。つまり日本に比べて,ダイバーシティの一つである女性の活躍推進が進んでおり,日本で課題とされる生産性の面でも優位にあるといえる。また,日本に比べて外国籍社員も積極的に活用されており,特にスイスでは,隣接する国々からの越境通勤も珍しくない。

表1 調査対象国の概要

人事管理の特徴として,資格や職業能力を重視した採用・育成が行われ,基本的に人事部門の関与は日本企業に比べると弱いという点で,ドイツ,スイスは共通している。現場のライン管理職が人事管理において日本以上に大きな役割を担い,同時に異動等のキャリア管理は従業員本人の同意を得ながら行われている。ただし,欧米の中では,両国とも職務と個人との対応関係は比較的緩やかであり,内部での育成,そのための異動経験を重視する点は日本企業に類似している面もある1

本稿では,両国でダイバーシティ経営を推進する企業を対象とするインタビュー調査から得られた知見を紹介する。以下で調査の目的と概要を紹介し,で人事・ダイバーシティ担当者に対するインタビュー調査をもとに,ダイバーシティ経営に適合する人事制度・運用を検討する上で参考となる知見を紹介する。では,管理職に対するインタビュー調査をもとに,多様な部下を効果的にマネジメントする上での課題や示唆を整理する。それらを総括して,で日本への示唆をまとめる。

2. 調査の目的と概要

2-1. 調査の目的

ドイツ,スイス両国でダイバーシティ経営を推進する企業においては,どのような人事管理が行われており,それがダイバーシティ経営とどのように関連しているのか,また,職場の管理職は多様な部下のマネジメントにおいてどのような対応を行っているのか,について明らかにすることを目的として,人事・ダイバーシティ担当者及び管理職に対するインタビュー調査を実施した。

2-2. 調査の概要

インタビューの調査対象企業は,ダイバーシティ経営を積極的に進めている大手グローバル企業(製造業,金融業)である。対象者は,企業の人事・ダイバーシティ担当者と管理職(マネジメントする部下を持つ課長クラス)である。調査対象の一覧は表2に示す。

調査内容は,人事・ダイバーシティ担当者についてはダイバーシティ経営の現状やそれに適合する人事制度・運用,管理職については職場での多様な部下に対するマネジメントの現状及び課題である(表3)。なお,雇用者の中でも主にホワイトカラーを念頭に置いて調査している。

調査時期は2019年8月26日から9月4日で,対象企業に訪問して調査を実施した。

表2 インタビュー調査対象の一覧
表3 主な調査項目

3. 人事管理の特徴

まず人事管理の特徴として明らかになった点を指摘する2

3-1. ダイバーシティ経営の推進状況

対象企業は,人材の多様性を受容し多様な人材が活躍できるインクルーシブな職場風土の醸成を含むダイバーシティ経営を重要な経営戦略と位置付けて,強力に推進している。

ダイバーシティ経営の推進体制は,本社と事業場等の現場で役割分担が行われている。ダイバーシティ経営の理念や全社的な戦略・目標については,トップマネジメントと協議しながら全体を統括する本社部門で設計するが,具体的な施策の展開は現場の対応を重視する。現場の個別対応を重視するのは,人材多様性の力点の置き方は現場の事情に応じて異なるという点があげられる。また,オフィシャルな組織の他にも,従業員が自主的に立ち上げて参加する従業員のネットワーク組織(ERG:Employee Resource Group)が機能しており,女性,人種・民族,LGBTQなど,具体的なテーマのもとに活動が展開され,そのための経済的・時間的な支援を企業として実施している3

3-2. 採用プロセス

新卒一括採用の仕組みはなく,必要な人材を適宜採用するのが基本である。募集の仕方は,社内公募と一般公募の両方で実施される。特にドイツの企業では,空きポストが出た場合には,まず一般公募に先立ち社内公募を実施し,社内で最適な人材を探し,それで対応できない場合に外部採用が検討されるケースが多い。ドイツでは,内部育成を重視する傾向があり,育成した人材のリテンションを重視していることから,まずは社内で人材を求めるという方式が選択されているといえる。

採用の権限は各部門にある。募集するポストのランクにより決定者のレベルは異なるが,採用権限を持つのは各事業部や各部門の管理職である。人事部門は募集方法についてアドバイスをしたり,面接に同席して意見を述べることはあるが,採用決定の最終権限は現場管理職にある。

採用は能力重視で決定されることが基本であるが,そのプロセスにおいてダイバーシティ推進の観点から何らかの問題が生じていないか,がチェックされている。例えば,採用者のバイアスにより特定の属性が排除されていないか,あるいは女性の活躍を進めている場合にはその観点からの採用が行われているか,といった点に注意が払われる。現場の管理職が自分に類似しているタイプの人材を採用しがちな傾向等を排除するために,人事部門として客観的なデータを示しながら,多様性確保を阻害するバイアス等の排除に努める取組が行われている。

で詳述するように,現場の管理職に対するインタビュー調査からは,自分のチームを強化するためにスキルの多様性の確保を重視している,という発言が出ている。今回インタビューを実施した管理職が企業から推薦された対象者であることから,ダイバーシティ経営に理解がある管理職という特徴があるが,採用権限を持つ現場レベルで,チームメンバー組成におけるダイバーシティを意識した取組が実践されているといえる。

3-3. 配置,異動

定期異動の仕組みはなく,空きポストが出た場合には社内公募やフリーエージェント制度を通して補充が行われる。社内公募でどの応募者を受け入れるかという判断にあたっては,募集部門と人事部門で議論をして,最終的には募集部門のライン管理職が決定する。社内公募以外にも,従業員の希望,あるいは人材育成という組織的な要請から,適宜異動が行われる。配置・異動の重要なポイントとして,社内公募はもとより,上司からの働きかけによる場合でも,従業員個人の希望や同意を前提にしている点があげられる。

ただし,従業員個人の希望や意思を重視しすぎると,人材育成等の観点から問題が生じることがあるため,組織として一定の関与を行っている。上述のように上司が中長期的な育成という観点から部下に異動を提案したり,人事部門において長期間同じ職務・職位に就いている者をチェックして従業員の上司と異動の可能性を検討する,組織的に一定の職位以上の管理職層に関して転勤の可能性やその範囲について把握し希望を踏まえて異動の打診を行う,というように,異動に関して組織側からの働きかけが行われることは少なくない。異動にあたっては本人同意が前提であるため,本人が拒否すれば異動はさせないが,上司等からの提案を何度も断っていると,キャリア形成に支障が出る,昇進のチャンスは狭まってくる,との指摘があり,同じ仕事を長期間継続していると昇進は難しくなるという共通認識がある。

ドイツ・製造業(C社)の事例を紹介すると,以前は上司が随時部下の異動希望を聞きながら個別対応をしていたが,現在は,異動やキャリアに関して上司が部下の希望を聞く仕組みを作り,それを組織全体としてデータ化して配置の参考にしているという。異動にあたっては,本人の意向を尊重することが基本となる。例えば空いたポジションへの異動を打診する際にも,本人の意向を確認しながら希望に沿った配置になるよう配慮する。本人の意向を確認する理由としては定着促進があげられている。異動希望に関しては,希望する職種や職場のみならず,「地域定着型」「昇進志向型」などのキャリア展望や,いつ頃職場や職位を変えたいのかという時期についても確認している。

ダイバーシティを意識した取組としては,社内公募の利用に関する男女差への対応があげられる。ドイツ・製造業(C社)では,男女で応募行動に差があることを認めており,「男性は公募職務の50%しかできないと思っても自身の能力があることをアピールしてくるが,女性は98%まで準備ができていないと手をあげない傾向がある」と指摘する。同社では2020年に管理職の女性比率を15%にするという目標設定(次期の目標も設定済み)があり,シニアマネジメントの一番下の職位に関しては女性が必ず15%になるよう進捗管理を厳格に行うことにより,一定以上の職位に女性候補者を増やすことを意識してきた。

3-4. 人材育成,キャリア形成

いずれの企業でも,従業員が社内で複数の部署を経験していくことは,育成やキャリア形成にとって重要と考えられ,キャリア形成のために異動は推奨されている。ただし業種によりこの考え方には温度差がある。

製造業では,エンジニアや研究者は専門分野が明確なため,専門性深化が優先され職場間の異動は多くはない。とはいえ,経験を広げることを各社とも重視している。「高度な専門性でも,それを多様な分野で活かすことにより知識をインテグレートできると考えている」(F社)という管理職の発言があった。長期間同じ仕事に就いている場合には異動を打診するなど,一定期間で職場や仕事が変わることはキャリア形成上必要であると考えられている。

一方で金融業では,多様な部門や仕事の経験の幅を製造業以上に重視しており,複数の事業分野での経験が管理職層人材の育成には重要であることを明確にし,社内異動を積極的に推奨する。

このように業種により濃淡があるものの,異動は人材育成につながっているという認識から,長期的な育成プランの中で異動を決定することが重要だと考えられている。その際,従業員個人のキャリアプランを踏まえて育成しなければモチベーションやリテンションに悪影響が出ると考えられるため,職場からみた育成計画と個人のキャリアプランの調整のためのいわゆる「キャリア面談」が重視されている。

キャリア面談は,各社とも定期的に上司と話し合いを行う形で実施されている。ある管理職は,「上司の役割は部下のニーズを個別に把握して支援することであり,実現へのプロセスは従業員各自が決めること」と話し,育成目的で他部署への異動を推奨することはあっても,最終決定は本人が行うべきもの,と考えられている。

スイス・金融業(E社)の事例を取り上げると,従業員個人が今後のキャリアの目標,勤務希望の地域や事業を記入するシートがあり,それをベースに上司と育成に関して将来の展望を踏まえた年度目標を設定し期末に振り返る面談を行っている。かつては「今就いている仕事」に必要なスキルや知識が十分か,という視点が強かったが,最近は中長期的なスパンで目標を立てることにしているという。期末の面談では,直属の上司だけでなくさらに上位の役職者の意見を聴くこととなっており,同時に組織全体として各自の成果やキャリアの展望を共有するようにし,上司が異動してもキャリア形成の計画がぶれないようにしているという。また同社では,従業員が自身の能力を活かしたキャリア形成を支援するシステムを開発し,グローバルで展開している。これは,従業員が,自分の仕事経験等を記入して,今後それを活かす職場や仕事の検索,希望する仕事に就くために必要な能力の把握,経験や能力が不足している場合にそれを補うための情報提供(社内人材の紹介も含む),などが可能になる仕組みである。研修の受講履歴などは管理職層からもみることができるため,人材発掘という役割も果たしており,多様な人材を顕在化させて社内で発掘するという点でダイバーシティ推進としても有効であると考えられている。

3-5. 昇進

昇進は,上位のポストへの応募という形で行われるが,従業員の自由応募に任せていると,経営・管理職層の人材多様性を実現することが難しくなる,期待する人材がポストに応募しない,という問題が生じるため,組織からの働きかけが行われている。特にタレント人材の育成は,企業の関与の度合いは高い。

例えばドイツ・製造業(C社)では次のような対応が行われている。タレント人材の候補となると,外部のコンサルティング会社による人材市場の観点からの評価が行われる。その評価結果を踏まえて育成方針・計画が作成される。タレント人材の育成において重要なことは経験を拡大することであると考えており,シニアマネジメントのあるレベル(職位)のポジションで空きが出た場合には,その下のポジションの人材プールの中から候補者を選んで打診することが多い。経験を広げるためには,これまで経験していない分野での仕事が重要になるため,組織側からの働きかけの必要性が指摘されている。同時に,シニアマネジメント層への候補者の選定にあたっては,経営的な判断において多様性が重要であることを踏まえ,部門の人材のダイバーシティという視点も重視している。

また,女性の管理職比率の数値目標を掲げる企業(B社)では,社内公募の場合には公募ポストの90%で男女双方の応募者がいることを目標にしている,管理職ポストの公募に女性が応募しない場合にその理由を募集部門が明らかにすることとしている,昇進者を決定する会議のメンバーには必ず女性を含める,といった組織対応を行っている。

3-6. インクルーシブ・リーダーシップへの期待

人材の確保や異動に関する人事権が現場にあることから,ダイバーシティ経営という全社的な経営戦略を理解して行動に移す現場の管理職の役割が重視されている。特に「Inclusive Leadership(多様性に富んだチームのためのリーダーシップ)」の重要性を指摘する企業が複数あった。そのために「Inclusive Leadership」育成のための講座を管理職を目指す従業員に若いうちから受講させる取組を実施する事例がある。また,女性管理職比率を高めることを重視する企業では,上司の育成姿勢にジェンダー・バイアスが起こらないよう,自身のアンコンシャス・バイアスに気づく研修を実施している。

3-7. 小括

インタビュー調査から明らかになったドイツ,スイスの企業の人事管理の特徴は,以下の5点である。

第1に,各社ともダイバーシティ経営を重要な経営戦略に掲げ,経営トップ層が強くコミットしながら全体の方向性を決定している。他方で,ダイバーシティの重点の置き方や施策の展開については,現場に委ねている。この点は,ダイバーシティ推進の分権化ということもできる。これは,人材多様性のどの側面を重視するか,どのような施策が効果的か,といったことは現場の個別事情を反映させるのが有効と考えられているためである。

第2に,採用や配置・異動の最終決定は,現場の管理職にその権限がある。人事部門の役割は,各部門に対して助言や支援をすることにある。これは,日本で人事部門に権限が集中していることと対照的である。また,異動にあたっては,従業員の希望や事情を踏まえた対応が行われ,従業員の決定権も日本と比べると強い。

第3に,一方で,採用や異動において,組織運営上の視点を反映させる対応が行われている。人材育成の観点から,企業としては複数の部署経験を重視する傾向があり,上司が部下に異動を勧めるなど,同じポストに滞留しないようにしている。特に将来の経営層,マネジメント層に就くことが期待されるタレント人材については,個々人の情報を組織で共有するなどにより計画的な育成をしている。

第4に,個人のキャリア形成ニーズと組織が求める育成方針を調整するために,キャリア面談が重視される。組織が望む育成の方向と個人が希望するキャリアを面談により調整し,面談結果を踏まえて,中長期的なキャリアの方向性を見据えた異動や職域拡大等が検討される。

第5に,人事の決定において重要な役割を果たす上司がインクルーシブなマネジメントを行うための,管理職育成の仕組みや,意識啓発の取組が行われている。

4. 管理職のマネジメント行動の特徴

以下では,インタビューを通じて明らかになった,多様な部下を持つ管理職の4つのマネジメント行動ならびに部下の多様性に対する認識を紹介する4

4-1. 管理職が注目する部下の多様性と多様性が部門にもたらす効果についての認識

インタビュー対象の管理職が言及する多様性は,性別,国籍,言語,年齢といった関係志向属性が多かった。また,それまでのキャリア(経験)や,仕事上の専門性といったタスク志向属性,勤務場所や勤務時間の多様性への言及も認められた。

複数のインタビュー対象の管理職が,部下の多様性として部下の「個性」「マインドセット」「性格」「モチベーション」に言及したことから,彼らは表層的ダイバーシティだけでなく,深層的ダイバーシティにも注目しているといえる。話さなければわからない深層的ダイバーシティへの注目は,管理職が部下とのコミュニケーションの必要性を再認識するきっかけとなっていると考えられる。

インタビュー対象の管理職が挙げた部下の多様性が部門にもたらすプラスの効果は,「気づきと創発」「補完」「切磋琢磨」「仕事への集中」という4つのカテゴリーであった。「気づきと創発」とは,多様な部下が共に働くことで自分と異なる考え方や視点に気づく「気づき」と,異なる意見が組み合わさることで新しいものが生まれる「創発」のことである。「気づき」の結果得られる「創発」には,タスクそのものが良くなるといったコンテンツにおける創発と,コミュニケーションスタイルが変更されることで部門の仕事の進め方や風土が変わるといった,コンテクストにおける創発があった。

仕事上の専門性における多様性は,「補完」をもたらす。「補完」とは部下個人でみれば不足があるが,それぞれの部下が異なるスキルや能力を持っていることで,部門総体でみれば不足が補いあわれ,不足がなくなることである。「切磋琢磨」とは,部下間で異なる部分が互いに今後伸ばしていく目標となり,多様な部下がそれぞれ競い合うことで成長することである。部下同士が相互に身近なロールモデルとなっていると考えられる。

「仕事への集中」とは部門のメンバーの多様性が,メンバーの同質性が高いときに生じやすい他のメンバーへの同調行動を抑制し,結果として「周囲に合わせる」という余計なことにエネルギーを割くことなく,各自がすべき仕事に集中できるというものである。

4-2. 多様性を意識した採用

多様な部下のマネジメント行動として,最初に語られることが多かったのが採用に関する行動である。「多様性を意識した採用」とは,新たに部下を採用する際に,部下の同質性が高まることがないよう,部下の多様性の維持・向上を図る採用を行うことである。このカテゴリーは「類似性の高まりへの留意」「スキルへの注目」という2つのサブカテゴリーに分類できる。

「類似性の高まりへの留意」とは,新規に部下を採用する際に,部下の同質性が高まるような採用を行わないように注意を払うことである。ここには,「自身への戒め」「同質性のデメリットの意識」「多様性維持への意欲」という3つの小項目が含まれる。「自身への戒め」とは,新規に部下を採用する際に,自分には今の部下と類似性の高い人を採用しようとする傾向があることに注意を払い,そうしないように心がけることである。「同質性のデメリットの意識」とは,似たような部下が集まることで部門の意見が単一化するといった同質性がもたらすデメリットを,採用を行う際に意識することである。「多様性維持への意欲」とは,新規の部下採用が,部下の多様性を維持・向上する上で重要な手段であることを意識し,職場内にタスク志向属性・関係志向属性双方を含めた複数の属性での多様性が存在するように採用しようとすることである。

一方,「スキルへの注目」とは,新規に部下を採用する際に,年齢や性別以上に,その部下のスキルに注目することである。スキルという言葉が意味する範囲は広く,仕事に必要な専門的な知識やスキルだけでなく,ソフトスキルとしてコミュニケーションスキルや性格も含んでいた。インタビュー対象の管理職は,新しく部下を採用する際に,まずチームとしての部門に必要な人材像を精査・明確にし,主としてスキルや能力におけるタスク志向性属性の多様性を意識した上で,新規の部下を採用していた。

4-3. 個人と集団という2つの焦点を意識したコミュニケーション

多様な部下とのコミュニケーション上の工夫に関する言及からは,「自身に対する理解の浸透」「目標と責任の共有と手段の委任」「部下の意見を引き出す」「一人ひとりに合わせたコミュニケーション」という4つのサブカテゴリーが抽出された。

「自身に対する理解の浸透」とは,管理職が部下に対して自分自身の考え方や部下への要求を伝え,浸透させることである。このサブカテゴリーには以下の3つの小項目が含まれる。まず,「部門トップとしての考えの表明」とは,自身の「人となり」を含め,自身の考えを部下が理解できるように説明することである。次に「部下への要求の伝達」とは,部門の目標達成に向け,管理職として部下に要求することを部下それぞれが理解できるように伝えることである。最後に「部下とのコミュニケーションに関する許容範囲の設定」とは,部下からみて最適なコミュニケーションスタイルが取れない可能性があることの表明である。これは,上司―部下間のコミュニケーションにおいて行き違いは不可避であり,かつ多様な部下とのコミュニケーションでは行き違いが生じやすいことから,その許容をあらかじめ部下に求めていると捉えることができる。管理職は多様な部下をよく知ると同時に,部下に対して管理職をよく知ることを求め実行しているといえる。

「目標と責任の共有と手段の委任」とは,部門の目標達成に向け,いつまでに何をどのようにするかについて部下と共通理解を持った上で,その実現方法については部下に任せることである。このサブカテゴリーには3つの小項目が含まれる。まず「目標の理解」とは,部門の目標とその実現に向けた戦略,さらにそれらを個々の部下に落とし込んだ各部下が「いつ」「何をするか」に関して,上司―部下間,ならび部下同士でも共通理解を持つことである。次に,「手段の委任」とは,共通理解を得た目標に対する進め方については部下に任せることである。仕事の進め方を部下に委任することは,管理職にとって時にストレスフルな状況を生み出すことを認識しつつ,インタビュー対象の管理職は,部下に一定の権限を持たせ,任せていた。最後に「修正」とは,部下の仕事の進め方が組織目標の達成からみて適切ではない場合に,管理職が主導して部下の仕事の進め方を変更させることである。

「部下の意見を引き出す」とは,部下が意見を躊躇なく発言できるよう,発言しにくい原因を取り除き,発言に対するモチベーションを高めることを通じて,意見の発言しやすさを高めることである。このサブカテゴリーには3つの小項目が含まれる。まず「発言しやすさの確保」とは,例えば,英語が母国語でない部下は,英語で行われる会議で発言を控えがちになるので資料を事前配布するといった,多様性に基づく部下間の格差を是正する職場環境を構築することである。次に「説明機会の提供」とは,部門目標の達成に向け,部下が何故そのような行動をしたのかといった仕事の進め方について,部下が管理職に説明する機会を設けることである。特に仕事がうまくいっていない時に用いられ,部下に行動変容を求め,その合意を取ることを目的とする。最後に「不満の表明しやすさ」である。部門に対する不満はともすれば上司の批判につながることから部下は表明しにくいが,部下の多様性は不満を高める一因となることから,不満を表明できること,さらには表明された不満に対処することが必要になると考えられる。

「一人ひとりに合わせたコミュニケーション」とは,他とは異なるその部下の独自性を理解し尊重した上で,コミュニケーションの効果を高めるべく,その取り方を調整することである。このサブカテゴリーには2つの小項目が含まれる。まず「部下への関心」とは,管理職が,自分とは異なる属性をもつ個人としての部下に関心を寄せ,かつその属性を尊重していることを部下に伝えることである。例えば,管理職にとって母国語でない言葉であっても,その部下の母国語で簡単な挨拶をすることで,部下の文化や言語に関心をよせていることを示す。次に「部下に合わせたスタイルの選択」とは,部下の性格等をふまえ,メールの書き方や会話の話題の順番といった進め方を変えることである。

4つのカテゴリーはコミュニケーションの焦点の違いにより,2つに分類できる。まず,部門目標達成等,集団での成果を強く意図する,集団に焦点を当てたコミュニケーションである。これには,「自身に対する理解の浸透」「目標と責任の共有と手段の委任」の2つが該当する。もう1つが,一人ひとり異なり,かつ多様性に起因する不公平さや格差の存在を前提とした上で,格差を是正し,違いを尊重しつつ個人の能力発揮の促進や働きやすさの向上を意図する,個人に焦点を当てたコミュニケーションである。これには「部下の意見を引き出す」「一人ひとりに合わせたコミュニケーション」が該当する。

個人に焦点を当てたコミュニケーションは,Randel et al.(2018)が,Shore et al.(2011)の提示したインクルージョン概念を元に提唱した,メンバーの所属感を高め,独自性に価値があることを表明するリーダーシップであるインクルーシブ・リーダーシップと重なる部分が多い。例えば,「発言しやすさの確保」や「相手への関心」「相手に合わせたスタイルの選択」は,インクルーシブ・リーダーシップに該当する。

インタビュー対象の管理職は,個人に焦点を当てたコミュニケーションと同時に,集団に焦点を当てたコミュニケーションも行っていた。Wu et al.(2010)は変革型リーダーシップを対象とした研究から,メンバーへの支援など個人に焦点を当てたリーダーシップは,集団レベルでの成果に対してマイナスの影響を,ビジョンの共有など集団に焦点を当てたリーダーシップはプラスの影響をもたらすことを明らかにしている。部下の多様性を前提とするインクルーシブ・リーダーシップ,ならびにインクルーシブ・リーダーシップに該当するこれらの行動が,集団レベルでの成果に対してもたらす影響については,今後さらなる検討が必要だが,Wuらが指摘するように,個人に焦点を当てたコミュニケーションだけでなく,集団に焦点を当てたコミュニケーションを同時に行うことが,部下の多様性を部門の成果へとつなげる際に重要だと考えられる。

4-4. コーチとしての管理職

インタビュー対象の管理職が認識する自らの役割に関する言及からは,「コーチ」「調整」「仕組みの構築」「部下のポジティブな側面への注目」「公平さ」という5つのサブカテゴリーが抽出された。「コーチ」とは,部下が持っている力を発揮すべく提供される支援ならびに指導のことである。具体的には,部下の仕事上の目標達成を阻む課題を明確にし,課題を乗り越えるための具体的方策を部下と共に検討することである。その際,明らかな阻害要因がないにも関わらず部下の意欲が上がらない場合には,仕事内容と部下個人との適合度の問題であり,管理職の支援の対象ではないと捉える管理職もいた。

「調整」とは,部下個人のニーズと他の部下ならびに部門とのニーズとの調整を行うことであり,主な調整の対象は働く時間や休暇取得であった。「仕組みの構築」とは,管理職と部下との1対1のコミュニケーションではなく,部門の構造的な取組を通じて,多様な部下のマネジメントを行おうとすることである。「部下のポジティブな側面への注目」とは,部下をマネジメントする際に,各部下の良い所に注目することである。「公平さ」とは,一部の属性に該当する部下だけを優遇しないことである。部下の多様性はともすれば部下間での不公平感の温床となる。インタビュー対象の管理職は,部門全体を視野に入れた上で,不公平感を生まない対応を心掛けていた。

「コーチ」という役割は,組織と個人の関係性の変化や,自律的なキャリアの浸透といった多様性以外の要因によって生じたと考えられるが,多様な部下のマネジメントとも整合的だと言える。また,「部下のポジティブな側面への注目」と「公平さ」も,人は自分と同質性の高い他者に対して肯定的な感情を持ち,多様性は不公平感につながりやすいことを考慮するならば,多様な部下をマネジメントする管理職がその役割を果たす上で意識することが重要だといえる。

4-5. 小括

インタビューを通じて明らかになった,多様な部下をマネジメントする管理職の行動は以下の通りである。第1に,部下の多様性を捉える視点の幅広さである。インタビュー対象の管理職は,関係志向属性・タスク志向属性双方において表層的ダイバーシティだけでなく,深層的ダイバーシティにも注目していた。

第2に,採用の重視である。インタビュー対象の管理職は,新たな部下の採用に関わることで,採用する人材像の明確化を図り,部門にプラスの効果をもたらす部下の多様性の組合せを検討し,実現していた。

第3に,部下個人に焦点を当てたコミュニケーションと,部門という職場レベルに焦点を当てたコミュニケーションの双方を行っていることである。このうち,部下個人に焦点を当てたコミュニケーションはインクルーシブ・リーダーシップに該当する。多様な部下のマネジメントでは,ともすれば一人ひとり異なる個としての部下への対応に注目が集まるが,部下の多様性によってまとまりを欠くリスクが高まる部門をまとめ,向かう方向性を共有することの重要度も同様に高まっているといえる。

第4に,管理職の役割は,部下が持っているプラスの面に注目し,部下が力を発揮できるよう,個別に支援ならびに指導しつつ,公平性を意識した環境整備を行う「コーチ」だといえる。

5. 結論

以上の結果を踏まえ,ドイツ,スイスでダイバーシティ推進に取り組む企業の特徴から得られた示唆は以下のとおりである。

まず人事管理に関する示唆を指摘する。日本企業がダイバーシティ経営を推進・定着させるためには,人事部門に集中している人事権を弱め,現場の管理職や従業員個人の発言権をより高める必要があると考えられるが,ドイツ,スイスの企業はこの点で一つのモデルを提示しているといえる。従業員に近い現場の上司の人事権が日本以上に強いドイツ,スイスの企業では,従業員のニーズや事情を踏まえた人事管理を実施し,それにより従業員が主体的に自身のキャリア形成をすることが可能になっていると評価できる。特に,職務内容や勤務地の変更にあたっては,従業員と上司の意向を反映させる,とりわけ従業員の同意を前提とすることで,納得性を高めることが重視されている。一方で,組織側からみた人材育成や人材配置の全体最適の実現という点で,人事部門の一定の関与も確認できている。現場の管理職の判断や従業員の同意・選択を重視しつつも,現場管理職や従業員のキャリアの決定を適切な方向に誘導するような支援や仕組みづくりを行っている。

次に管理職のマネジメントに関する示唆は以下のとおりである。多様な部下を持つ管理職は,採用を通じて部門にプラスの効果をもたらす部下の多様性を構築した上で,性別や言語といった一部の多様性が,部下の能力の発揮における格差につながることに留意し,部門全体としての公平性を視野に入れながら,違いを尊重し,格差を是正する働きかけをしていた。同時に,自分自身に対する理解の促進ならびに部門としての目標の共有を通じて,多様な部下を部門としてまとめていた。部下の多様性が増す中で,多様な個を活かしつつ,多様な部下を共通の目標に向かわせることが管理職に求められている。管理職の部下マネジメントのあり方は,管理職が持つ人事権から影響を受ける。インタビュー対象の管理職は,採用に関する人事権を持ち,部下の多様性の活用だけでなく構築にも関与していた。管理職が幅広い人事権を持つことには一長一短あるが,多様な部下をマネジメントする管理職に必要な人事権のあり方は今後の検討課題だといえる。

 【謝辞】

インタビュー調査にご協力頂いた企業の皆様,並びに調査実施をご支援頂いた皆様に心よりお礼申し上げる。このインタビュー調査は,筆者らと中川有紀子氏(法政大学リベラルアーツセンター兼任講師),松原光代氏(PwCコンサルティング合同会社主任研究員)が実施したものである。この場を借りて両氏にもお礼申し上げたい。また,第50回全国大会において筆者らの報告に丁寧なコメントをいただいた横山和子氏,平野光俊氏の両氏に感謝申し上げる。

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業の基盤研究(B)課題番号 18H00891(研究代表者:武石恵美子)の「ダイバーシティ経営と整合する人事権のあり方に関する研究」の研究助成,日本学術振興会科学研究費助成事業の基盤研究(B)課題番号 18H00892(研究代表者:坂爪洋美)の「性別というダイバーシティを成果につなげる管理職の行動とその規定要因」の研究助成,及び中央大学大学院戦略経営研究科「ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト」(代表:佐藤博樹 中央大学教授,武石恵美子 法政大学教授)の助成を受けて実施している。

(筆者=武石恵美子/法政大学キャリアデザイン学部教授 坂爪 洋美/法政大学キャリアデザイン学部教授 松浦 民恵/法政大学キャリアデザイン学部教授)

【注】
1  ドイツの人事管理の特徴については,武石他(2020)に詳しい。

2  インタビューの具体的な内容は,武石他(2020)に詳しい。

3  ERGの現状や課題については,松浦他(2020)に詳しい。

4  インタビューの具体的な内容は,坂爪他(2020)に詳しい。

【参考文献】
 
© 2021 Japan Society of Human Resource Management
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