日本労務学会誌
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
書評
服部 泰宏・矢寺 顕行 著『日本企業の採用革新』
中村 天江
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 22 巻 1 号 p. 96-99

詳細

『日本企業の採用革新』,服部 泰宏・矢寺 顕行 著;中央経済社,2018年8月,A5判・288頁

 

「人事の世界に“物語”を」。これは『日本企業の採用革新』が出版された2018年,服部泰宏氏が評者に寄せてくれたメッセージだ。『日本企業の採用革新』の表紙を開くと,最初にこのフレーズが飛び込んでくる。

魅力的なテーマとダイナミックな展開で読者をぐいぐいと引き込む。ページをめくるたびに,思考が揺さぶられ,読み始めた時には想像もしなかった結論にたどりつく。気鋭の2人のストーリーテラーが,日本企業の新卒採用を題材に,そのような体験を読者に提供してくれるのが本著である。

 ●本著の構成

毎年同じ時期に,あまたの企業がよく似たプロセスで採用活動を行う。こんな際立った特徴が日本企業の新卒採用にはある。この強い同質性は,企業の数ある経営行動のなかでも新卒採用特有といってよい。ところが経団連の「採用選考に関する指針」の見直しを契機に,2015年頃から採用活動を抜本的に変更する企業が出てきた。

そこで筆者らは,既存の採用活動からの小さな修正ではなく,採用プロセスの一連の施策を新たに導入するような「採用革新」に焦点をあて,企業はなぜ,どのように,採用革新を起こし,その革新は企業に何をもたらしたのかを検証することに着手した。第1章では,この問題意識が述べられる。

続く第2章では,採用革新の探究が,既存研究のリサーチホールの核心に切り込むものであることが提示される。先行研究のレビューによって,膨大な採用・リクルートメント研究の大半は募集・選抜プロセスの内部要因に注目しており,募集・選抜プロセスの成果をふまえ,次の採用活動全体をどのように変革するかの検証は行われてこなかったからだ。

そして第3章で,日本企業の採用革新のメカニズムを解明するために必要な6つの研究課題が示される。研究課題ごとの分析手法をまとめた58ページの「研究課題と実施する調査方法,データセット」は,本著のハイライトの1つだろう。メカニズムを解明するために必要十分な研究課題を選び,最適なデータと分析手法を設定できれば,研究の成功は半ば約束されるからだ。しかも,第2章の採用・リクルートメント研究のレビューに続き,第3章では経営学の変革理論から採用革新研究の位置づけを定めている。このような丁寧な理論的検討が本著の学術的価値を確かなものにしている。

第4章から第9章では,6つの研究課題を1つずつ解明していく。まず第4章で,研究課題1「2016年卒採用とその前後において,日本企業による採用革新はどの程度発生したのか」を,248社の採用担当者を対象としたアンケート調査の記述統計から明らかにする。集計の結果,採用革新を行った企業は決して多くないが,企業規模100-299名,1000-2999名の企業で採用革新の発生率が高いことが発見される。

第5章では,研究課題2「採用革新にはどのような種類のものが存在するのか」を,44件の採用革新企業の取り組みからKJ法により抽出する。その結果,採用革新は募集活動の革新・選抜の革新・募集および選抜の革新の対外発信・他企業との協力の5つに分類でき,なかでも「多様な入り口の設定」が最も多く,「複数の入り口の設定」「採用のエンターテイメント化」「採用のブランド化」の組み合わせが多く見られた。

第6章では,研究課題3「採用革新企業はどのような特徴を持った企業において生じるのか」を,少数サンプルの質的研究手法であるQCA(Qualitative Comparative Analysis)により分析する。採用革新を行う企業の特性がいくつか発見され,とくに採用活動への危機意識と,業績低下や急成長という経営要因の複数が重なると,企業の多様な人材を取り込む要求が臨界点を超えることを見出す。

第7章では,研究課題4「採用革新を導く要因は何か」を,採用担当者アンケート調査の多変量解析によって示す。検証の結果,採用担当者の裁量や社内ネットワークの充実が採用革新を促す一方,採用担当者の上司への報告頻度が高い企業では革新が起きにくいことが明らかになる。

第8章では,研究課題5「どのようにして,企業は採用革新を遂行するのか」を,IMJの「落ちたら採用」と三幸製菓の「カフェテリア採用」のケーススタディによって記述する。どちらの企業も,採用担当者の語りから,独創的な採用革新がいかに生まれたのを追体験できる。とくに採用活動では,優秀な人材を測定するだけでなく,優秀な人材を定義する創造性が重要なことが浮かび上がる。

第9章では,研究課題6「採用革新は企業の次(年度)の採用にどのような影響を与えるのか」をIMJ,三幸製菓,ライフネット生命のケーススタディから考察する。3社はいずれも「〇〇採用」といった独創的な採用活動を導入したことで,「〇〇採用を行った企業」と「採用革新を行った企業」という2つの組織アイデンティティを獲得する。ところが,採用を取り巻く環境が変わると,これらの二重のアイデンティティが分裂し,組織メンバーに異なる要求をもたらすようになる。2つのアイデンティティの相対的な強度と矛盾によって,組織メンバーの対応が異なることを明らかにしている。

こうして複数の分析手法を駆使して,多角的に採用革新のメカニズムを解明してきた本著の結章では研究の含意と今後の課題が提示される。

 ●本著の意義

本著の最大の貢献は,日本企業の経営行動の大きな特徴でありながら,これまで解明されてこなかった新卒採用の重要なメカニズムを明らかにしたことだ。日本的雇用は,かつては終身雇用と年功賃金,企業別組合で特徴づけられたが,近年は終身雇用と年功賃金に並んで新卒採用が注目されることが多い。労働組合が衰退しているのに対し,新卒採用は学生・企業・大学・政府,どのステークホルダーにとっても直接大きな影響があるからだろう。

ところが,日本ではミクロレベル・マクロレベルの採用研究は数あれど,メゾレベルの採用研究は極めて少ないままであった。しかも,経営学では一般に企業を取り巻く外部環境と企業の内部リソースの相互作用を論じるのに対し,内部労働市場が高度に発達してきた日本の人的資源管理研究は,企業内部の相互作用の解明に重点を置いてきた。そのため,労働市場などの外部要因と企業内部の要因によって二重規定される採用行動を解明するには,新たな研究枠組みをつくる所から取り組まなければならない。

この難題に対し,筆者らは採用革新というテーマを見つけ出し,経験的研究によって丹念に物語を紡ぎ出すことに成功したのだ。

しかも本著は,研究に対する真摯な姿勢を貫きながら,読者に伝えるための配慮が施されている。学術書にしばしば見られる複数の独立した研究課題を収めたものではなく,6つの研究課題の内実を理解することで初めて日本企業の採用革新の輪郭が浮かび上がるようにつくられている。分析には,3つの調査データと複数の手法が用いられ,さらに第2章,第3章に留まらず,第4章以降でも都度,関連する先行研究が紹介される。こうして経験的研究と先行研究の往還が繰り返されることで,議論が深く,精緻になっていくため,読者はおおいに刺激を受けるだろう。加えて,研究課題や発見事実をわかりやすく網掛けにし,分析手法の解説も補足されている。

総じていえるのは,本著は筆者の研究関心だけに閉じた,独りよがりの研究書とは一線を画したものということだ。本著が示唆に富むのは,筆者らが研究の実践的意義を強く意識していたからだろう。多面的なテーマをわかりやすく論じるストーリーテリングは,研究書のつくりとしても学ぶべきものがある。

 ●研究の発展余地

冒頭,服部泰宏氏の言葉を紹介したが,いうまでもなく本著は矢寺顕行氏との共同作品である。2019年のEGOS KYOTOで矢寺氏にお会いした際,採用研究について「批判的に論じることが大事だと考えています」と言われたのが印象に残っている。そこで最後,優れた研究書である本著の残る課題をまとめておく。

第1の課題は,採用革新の新たな均衡状態の検証である。本著によるパターン分析の結果,採用革新のバリエーションは無限には存在せず,新たな均衡状態の存在が示唆された。近年,新卒採用ではインターンシップの導入が進み,新卒採用から中途採用にシフトする企業も増えている。よって新たな均衡状態の検討では,それらも含めて論じることが期待される。

第2の課題は,採用活動のフィードバック・ループに関するさらなる探究である。評者がかねてから指摘してきたように,既存の採用・リクルートメント研究の重大な欠陥は,採用活動の本質的な特徴であるフィードバック・ループの解明が不十分なことだ。筆者らは二重の組織アイデンティティに着目してフィードバック・ループの構造を記述した。これは既存研究の欠落を埋める重要な一歩であると同時に,最初の一歩でしかない。採用活動のフィードバック・ループに関しては,組織アイデンティティ以外の分析枠組みもありえるため,さらなる検討が必要である。

第3の課題は,採用活動による価値創造の解明である。企業が従来以上の採用成果をあげるために,採用活動をブランド化したり,人材獲得競争において自社をリポジションニングするのは,外部労働市場における価値創造である。それに対し,本著で発見された「優秀な人材の再定義」は,企業内部のリソースに対する価値創造である。しかも,入社時点だけでなく,時間が経過した後の評価をともなう。つまり,採用活動の価値創造は,社外・社内という方向性や時間軸によって多角的に探索の余地があることになる。採用活動の価値創造は,実務家に暗黙知はあっても,研究理論にもとづく精緻な形式知はほとんど存在しない。採用活動の価値創造のダイナミズムを研究知見に昇華することもまた今後の課題である。

採用革新の研究は,日本企業の経営行動を理解するためにも,海外の先行研究に新たな知見を付加するうえでも,おおいにポテンシャルがある。理論と実践を丁寧に往還する本著は,その絶好の足掛かりとなるものである。

(評者=リクルートワークス研究所主任研究員)

 
© 2021 Japan Society of Human Resource Management
feedback
Top