2022 年 23 巻 1 号 p. 4-5
学会設立50周年という節目の全国大会を象徴すべく,プログラム委員会として3つの研究企画を設けた。例年よりも多くの企画を設けたこともあり,異例ではあるものの,金曜日から日曜日の3日間にわたる研究の発信が行われた。以下,3つの研究企画について簡単に内容を振り返える 注) 。
社会現象としての人事労務を研究するにあたっては,抽象的な構成概念同士での因果関係が,どのような人事労務の規則の体系(システム),その根底にある雇用契約や組織編成の原理をベースに成立しているかについて,何らかの形で理解しておくことが望ましい。人事労務の全体像には社会的・文化的・歴史的な固有性が大なり小なり観察されるが,こうした包括的な把握が,予測可能な未来に対処するための実践可能かつ論理的に筋が通った選択肢を導出することにつながる。
このシンポジウムでは,人事労務を捉える様々な視点を交差させることで,今後の研究の展望について,様々な提起がなされた。シンポジウムには,企業内の管理施策(ミクロ)の視点から守島基博(学習院大学),労使関係(メゾ)の視点から久本憲夫(京都橘大学),社会システム/制度的環境(マクロ)の視点からヒュー・ウィッタカー(オックスフォード大学)の各氏にご登壇いただいた。登壇者からは,以下のような問いに向き合うような研究が期待された。規則としての人事労務が組織や個人に何を,どうもたらしているのか。クロスレベルの(相互)影響関係の実態やメカニズムをどう描写できるのか。メリットとデメリット,意図した結果と意図せざる結果の双方を踏まえ,目下生じつつある日本的雇用システムの変化をどう評価すればいいのか。日本で生じつつある理念あるいは実態としての新たな雇用関係は,国家・市場・組織・技術のあり方にどう基礎づけられているのか。
2019年に逝去された小池和男氏による一連の研究は,後続する労働経済学,キャリア(学習)論,経営学,労働社会学,そして労働調査に多大な影響を与えた。その一方で,研究蓄積の増加や研究手法の多様化・高度化により知識体系が専門化したことで,人事労務研究においても学問領域の細分化・学際化が進んでいる現状がある。
小池氏の事績を「同時代人」が振り返る企画が多い中,プログラム委員会では,小池氏の研究・著作をいわゆる「教科書」として触れた,より若い研究者が話題提供する企画を設けた。学際的な観点から,小池理論や調査手法はどのように評価できるか,普遍性を持ちうるかが検討された。本学会の学際性を際立たせるべく,労働経済学の視点から平尾智隆(摂南大学),経営学の視点から庭本佳子(神戸大学),心理学・キャリア論の視点から松尾睦(北海道大学),社会学の視点から中川宗人(青森公立大学),労働調査の視点から青木宏之(香川大学)が,小池氏の事績について検討・議論を行った。各報告者からそれぞれの領域における小池氏の研究の受容のあり方,評価が示され,学際的アプローチの奥深さを感じさせた。
この研究企画は,人事労務研究のレビュー・プロジェクトの総まとめである。このプロジェクトは,学会設立50周年の節目において日本における人事労務研究をレビューする目的で企画された。レビュー研究会の運営は,白木三秀(早稲田大学),上林憲雄(神戸大学),梅崎修(法政大学),江夏幾多郎(神戸大学)によって行われ,経営学,経済学,心理学,社会学,労働調査の班が設置された。若手・中堅研究者が研究を実施・報告し,ベテラン研究者がコメントするという体制であった。
2019年3月にはメンバー内の非公開研究会が神戸大学で行われ,2019年9月には早稲田大学にて公開研究会(創造的回顧)が行われた。今回は,その総まとめの研究会となった。まず,2019年の研究会の振り返りを行った後,将来の研究展望について各班の報告が行われた。学問領域内の研究発展はもちろんだが,学問領域間の共同研究の様々な可能性が議論の中で発見された。過去に挑戦的な学際研究が人事労務研究を主導してきたという事実を確認し,今回のような研究議論の場を設けることこそが,今後の人事労務研究を前に進めるベースとなることが共通見解になった。議論は愉快で知的刺激に溢れるものであった。研究成果を報告する者だけでなく,その場の議論に参加した,立ち会った人々が,別の場所で議論を続け,日本の人事労務研究を担っていくことに期待したい。
筆者=江夏幾多郎/神戸大学経済経営研究所准教授 梅崎 修/法政大学キャリアデザイン学部教授 田中 秀樹/同志社大学政策学部准教授