2019 年 2019 巻 646 号 p. 646_55-646_78
保険法42条は,他人のためにする生命保険契約において保険金受取人として指定された者は固有権として当然に保険金請求権を取得できると定める。もともと他人のためにする生命保険契約は,民法の第三者のためにする契約の亜種と捉えられている。民法ではこの種の契約において,受益者が契約成立時に「受益の意思表示」をもってそれによる契約上の利益を享受できるかどうかを確定する。この面から見れば,42条はこのステップを排してしまった。その結果,とくに保険事故発生後に保険金受取人が生命保険契約上の利益を享受したくないという意思を表明したときに,理論的混乱が生じることとなった。私法上の「権利」の一般則に従い債権者の放棄をそのまま債務者に対する免除と捉えて良いか,あるいは保険法の解釈として別様に解する余地があるのかが問題となる。平成27年の大阪高裁判決は前者と解したが,保険法では伝統的に,受取人の権利放棄により契約が自己のための生命保険契約へと転化すると解する論者が多い。本稿は,この伝統的な解釈の理論的背景を,「対価関係の欠缺」という観点から掘り下げて再考することを目的としている。