2018 Volume 39 Issue 1 Pages 17-18
わが国は世界に類をみない超高齢社会を迎えており,高齢化の進展,疾病構造の変化,医療技術の進歩などにより,医療に求められるものは高度化・多様化している.高齢者を中心とした医療需要の変化に対応し,高齢者の特性に即した医療・保健・福祉の総合化を推進することが必要とされている.歯科医療も国民の期待に応えるべく,「疾患の治療」から「疾患の予防」へと変化をとげつつあり,従来の歯科診療形態から,早期診断,積極的予防を中心とした疾病管理へとシフトしつつある.診断・予防・管理等の歯科医療技術を進歩させ,早期診断を可能とする新規歯科医療診断機器の開発は必要不可欠である.
健康に関する現在の国民的な課題として生活習慣病の克服が挙げられ,その克服には客観的な検診・検査による早期診断・早期治療が必須である.歯牙喪失の2大原因である歯牙う蝕や歯周病は生活習慣病とされているが,これらの疾患は食生活を阻害し全身の健康や栄養に大きく影響を与え,QOLを著しく低下させる.歯周疾患や歯牙う蝕などの診断に用いられる視診やポケットプロービングなどに代表される歯科の診断技術の多くは,歯科医師の技量や経験により診断が左右される傾向にある.現状では口腔各種疾患を早期診断するための情報を画像化・数値化する客観的な診断技術の開発はほとんど進んでいない.このような背景の下,高齢社会における安心・安全で質の高い生活を実現し,QOLを維持・向上させて,国民の健康寿命の延伸に資するため,口腔疾患の早期診断が可能かつ歯科用X線検査等による被曝を伴わない医療機器の開発が望まれている.
近年,生体医療用光学分野の進歩は著しく,その中でも新時代の医療用検査機器として光干渉断層画像診断法(OCT)が注目を浴びている.OCTは,生体に無害な近赤外レーザー光と光学干渉計の応用により,被写体内部から得られた後方散乱光を解析することで組織断面の断層画像を高解像度で描出することが可能な最先端の画像撮像技術である.1991年に米国マサチューセッツ工科大学の研究チームによる最初の論文報告がScience誌に発表された.HuangらがOCTの医療分野全般における有用性を示唆したように,現在眼科領域では臨床検査機器として普及しており,加齢黄斑変性症の病態解明などに貢献するところは極めて大きい.また,内視鏡型OCT,波長走査型OCTの登場に伴い,循環器領域,消化器領域,呼吸器領域,皮膚科領域,婦人科領域などあらゆる医療分野において報告され,世界的に開発競争が行われている.OCTは,X線,CT,MRI,超音波検査に次ぐ最先端の医療画像診断技術といわれており,CT,MRIの数十倍の解像度を有する上に,臨床の現場で撮影と同時にその場で画像が確認でき,診療技術の向上や患者へのインフォームド・コンセントにも利用できる.さらに,OCTは近赤外光を用いるため被曝がないという最大の利点がある.東日本大震災後,国民の放射線被曝に対する関心は高まり,医療被曝に対する考え方にも大きく影響を与え,被曝を伴わない安全な医療の供給が求められている.歯科界のみならず医療全般に被曝を伴わない画期的な医療機器の研究・開発の必要性がクローズアップされ,より安全・安心な医療技術の提供が求められる.X線やCTで不可避であった被曝の問題を気にすることなく頻回に撮影可能であるという点で,画期的な診断機器である.
このように,OCTはその優れた特性から新たな医療用診断機器として注目を浴びており,消化器癌,肺癌の診断など臨床分野全般に渡る汎用診断技術となる可能性を有している.しかし,「口腔」という狭くて複雑かつ微細な組織を適切に撮影できるOCT機器はないために,口腔領域でのOCTの臨床研究は,世界的に報告例が少ない.OCTの口腔分野への応用の道が開ければパノラマX線装置以来の新たな歯科用画像診断機器となる可能性を有する.
国立長寿医療研究センターにおける歯科用OCT画像診断機器の開発の発端は,平成17年10月に東洋経済社の「会社四季報秋号」を何気なく捲っていたときに,愛知県小牧市にあるJASDAQ上場企業が「体断層を動画的に見る光レーザーの開発が着実に進捗」という文言が目にとまったことに始まる.筆者は当時,厚生労働省長寿医療研究委託費“高齢者の咀嚼嚥下に関する機能の評価方法並びに回復法に関する研究”の主任研究者を務めており,摂食・嚥下機能障害患者のVFやVEの動画を研究していた.「体断層を動画的に見る光レーザーが摂食・嚥下機能障害の診断に使えないか」と考え,企業に連絡をしたところ,技術者に来院いただきOCTの基本技術と構造について説明を受け,「OCTにより歯周病の精密検査の代用ができるのではないか」と考え,その場で直ちに秘密保持契約を結び,研究開発の発端となった.
歯科用OCT画像診断機器には長所と短所があり,その特性を良く理解した上で研究開発を進めていく必要がある.歯科用OCT画像診断機器の長所と短所をまとめると,以下のとおりである.
1)高解像度
OCTは表層下数ミリメートルの比較的浅い組織の断層画像を,CTやMRIなどの既存の画像診断技術に比べて極めて高い解像度でリアルタイムに得られることも特徴である.OCTの空間分解能が約10 μmと解像度が高いため,CTやMRIなど現在用いられている画像診断機器よりも数十倍の解像度の断層画像を撮影することができ,これまでの画像診断機器では不可能であった生体の微細構造や病変が検出できる.将来的には癌などの診断に生検による病理組織学的検査に代わり,非侵襲検査としての光生検が可能になることが期待される.
2)非侵襲性
日本人の発癌の3.2%は医療診断用放射線によるとランセット誌における報告があり,さらに,米国では2007年の1年間にCT 検査により,米国で毎年発症する癌の約2%に相当する約2.9万人が癌になる計算であると報告された.癌など生命にかかわる病気なら診断の必要性に応じて被曝も仕方がないが,将来的には歯科診断など生命に関わらない診断の照射回数の制限が行われると考えられる.今後,X線やCTで不可避であったこの問題を気にすることなく頻回に撮影可能であるという点で,歯科診療におけるOCTの重要性は増すものと考えられる.
3)同時性
歯科用OCT画像診断機器は,チェアサイドでリアルタイムにディスプレイに断層像として表示が可能であり,術者が画像を評価しながら診断や治療を進めることができるようになった.さらに,患者へのインフォームド・コンセントにも有効である.
4)シンプルな構造
OCTの構成は,上述のように極めてシンプルな構造であり,CT・MRIなど他の画像診断機器に比較して小型,軽量であるため,容易に移動が可能であり設置場所もスペースをとらない.加えて,電磁放射線の流出も無いため遮蔽施設の建造も不要である.CT・MRIに比して安価で製造できる利点も有り,費用対効果比の面でも期待できる.
5)短所:浅い光到達深度
短所としては,OCTは近赤外レーザー光を利用しているので画像として取得できる情報が,軟組織では表層から1~2 mm程度(歯牙のような透過性の良い組織では2~3 mm)とごく浅い部分しか観察できないことが挙げられている.
私たちは,これらの非侵襲性,高分解能,客観性,同時性,低価格性などの特性を生かして,産学官共同で歯科用OCT画像診断機器の開発を進め,日本発,世界初の製品化を目指し,系統的に研究開発を進めている.
今回,『歯科でのOCTの応用に関する特集』と題する日本レーザー医学会の特集として歯科界のOCTの第1人者に総説の執筆を依頼した.本特集が,日本レーザー医学会の先生方のお役に立てば幸いである.