The Journal of Japan Society for Laser Surgery and Medicine
Online ISSN : 1881-1639
Print ISSN : 0288-6200
ISSN-L : 0288-6200
REVIEW ARTICLE
Evaluation of Bio-materials Using a Laser-excited Terahertz Wave
Toshihiko Kiwa Tatsuki KamiyaMasahiro IidaHirofumi InoueKenji SakaiShinichi ToyookaKeiji Tsukada
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 39 Issue 4 Pages 341-346

Details
Abstract

我々のグループでは,テラヘルツ波を用いて様々な生体関連物質の評価を実現するシステムの開発を行っている.本稿では,我々のグループが独自に開発した「テラヘルツ波ケミカル顕微鏡」について解説し,この顕微鏡による2種類の計測を用いて実施した非標識抗原抗体反応検出と化粧品皮膚浸透評価の例を紹介する.

1.  はじめに

テラヘルツ波は,ミリ波と遠赤外線の間の波長に位置する電磁波を意味しており,近年,比較的低価格かつ容易に発生・検出が出来るようになってきた領域である.また,生命・医療応用をはじめ,非破壊検査,セキュリティー,情報通信,エネルギーなど幅広い分野で活用されることが期待されている1)

この中で,斗内政吉氏(大阪大学)らはレーザー励起テラヘルツ波顕微鏡(LTEM: Laser-Terahertz Emission Microscope)を開発した2-4).フェムト秒レーザーを半導体集積回路チップへ照射することで,集積回路チップ自体からテラヘルツ波を放射させる.発生したテラヘルツ波は,集積回路チップ内部の電界の情報や半導体内部のキャリアの動的な挙動に関する情報を有しているため,フェムト秒レーザーを集積回路チップ上で走査し,テラヘルツ波放射の分布を得ることで,集積回路チップの情報の分布を得ることが出来る.一般に,テラヘルツイメージングの空間分解能はテラヘルツ波の波長で制限され,1 THzの波長である300 μm程度となるのに対して,LTEMの空間分解は,励起に用いるフェムト秒レーザーの中心波長(Ti:Sapphireレーザーを用いた場合790 nm前後)で決定さるため,一般的なテラヘルツイメージングと比較して高空間分解能計測が実現される.

我々のグループでは,半導体プレート表面の電気化学ポテンシャル分布を計測するテラヘルツ波ケミカル顕微鏡(TCM: Terahertz Chemical Microscope)の開発を行ってきた5-9).このシステムでは,新しく開発した半導体プレート上で様々な化学反応を進行させ,素子表面の電気化学ポテンシャルを変化させる.これまでに,生体関連物質の反応,溶液中イオンの反応および水素触媒金属の反応など様々な化学反応を可視化してきた.

2.  テラヘルツ波ケミカル顕微鏡

TCMの核となるのは,センシングプレートと呼ぶ半導体プレートである.センシングプレートは,サファイア基板上にシリコン(Si)薄膜を形成後,表面に熱酸化シリコン(SiO2)膜を形成することで作製される.Fig.1にその概要を示す.Si薄膜の厚さは,約1 μmである.このセンシングプレートにサファイア基板側からフェムト秒レーザーを照射すると,Si薄膜内部でテラヘルツ波が発生し,誘電率の高いサファイア基板側から放射される.Si薄膜では,SiO2膜境界面付近に欠陥などが存在するため,エネルギーバンドが境界面に向かって曲がっており,その結果として,空乏層電界が発生している.このセンシングプレートにサファイア基板側よりSiのバンドギャップより高いフォトンエネルギーを持つフェムト秒レーザーを照射すると,薄膜内部のキャリアが励起され,空乏層電界によって加速する.このキャリアの動きを高速な電流変調ととらえると,古典的なマクスウェルの式に従ってテラヘルツ波が発生する.このとき,発生した電磁波の電界の遠方界をE(t)とすると,

Fig.1 

Schematic of a sensing plate.

  

Etenttvt+entvtt,(1)

と表すことができる.ただし,eは素電荷,n(t)は励起キャリア密度,v(t)はキャリアの速度を表す.式(1)右辺の第2項目はテラヘルツ波の電界振幅がキャリアの加速度すなわち空乏層電界に比例することを意味している.従って,SiO2膜表面において電気化学ポテンシャルが変化し,それに伴い空乏層電界が変化すると,発生するテラヘルツ波の強度も変化する.センシングプレート上で進行する化学反応とそれによって引き起こされる電気化学ポテンシャルの変化の関係については,起こる反応系によって様々である.例えばタンパク質の結合反応では,電荷の大きな偏りを持つタンパク質が結合することでセンシングプレート表面の電位を変化させる.またセンシングプレート表面に特定の官能基と溶液中のイオンによって成り立つ熱平衡反応がシフトすることでも電気化学ポテンシャルの変化を引き起こすことができる.

本システムでは,レーザーパルス照射位置の空乏層電界を反映したテラヘルツ波が発生するため,フェムト秒レーザーをセンシングプレート裏面へ集光し,レーザーを走査する.各点において発生したテラヘルツ波の強度分布をプロットすることで空乏層電界分布,すなわちその上の電気化学ポテンシャルの分布を可視化することが可能となる.

Fig.2は,試作したTCMの写真および光学系の概要図である.導入されたフェムト秒レーザーは,入射角45度でセンシングプレート基板側へフォーカスされる.これにより発生したテラヘルツ波は,1対の軸外し放物面鏡によって,テラヘルツ波検出器へ集光される.フェムト秒レーザーの走査では,センシングプレートを設置した台をステッピングモータードライブのx-yステージで動かすことで,相対的にフェムト秒レーザー照射位置を変えている.

Fig.2 

Photo and schematic diagram of the terahertz chemical microscope.

3.  抗原抗体反応計測

抗原抗体反応計測は,生命研究・医療において,重要な役割を果たしている.標識付けした2次抗体を利用し,基質発色反応を観察するELISA(Enzyme-linked immunosorbent assay)法が使われる.標識によってはサブpMオーダーの高感度検出が可能である一方,2次抗体との反応,未結合標識の洗浄などの手順が必要であり,検出に数時間以上かかるのが一般的である.それに対して,貴金属薄膜を蒸着した石英基板に特定の角度で光を入射することで,エバネッセント波を発生させ,表面プラズモン共鳴を起こすことで,抗原抗体反応による誘電率変化を検出するSurface Plasmon Resonance(SPR)法では,2次抗体による標識付けを必要としない検出が可能である.反応の経時変化を計測できる一方で,小さな質量の抗原に対しては角度変化が小さく検出が困難である.

これに対して,TCMでは,センシングプレート上にリガンドを固定化し,その後,アナライトと反応させる.反応によりセンシングプレートの表面で電気化学ポテンシャルが変化するため,結果としてテラヘルツ波放射強度が変化する.Fig.3は,Concanavalin A(Vector Laboratories, Inc.,ポリアクリルアミドゲル電気泳動で精製)をリガンドとしてセンシングプレート上に固定化し,D(+)-Mannose(Wako Pure Chemical Industries, Ltd., Wako special grade)をアナライトとして,反応させたときの結果である.我々のグループでは,抗体の固定化に共有結合法を用いた10).計測の手順は以下の通りである.まず,センシングプレート上に抗体を固定化後,1 mMのethanolamineに7 min浸漬することで,未結合部をブロッキングする.この時点で,参照信号としてテラヘルツ波強度を計測する.その後,任意濃度でHEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid)溶液へ混ぜた抗原をセンシングプレート上に滴下する.結合反応後,HEPES溶液で洗浄し未結合抗原を除去した後,サンプル信号として再度テラヘルツ波強度を計測する.最終的に,サンプル信号と参照信号の差を記録する.この結果より少なくとも180 μg/mlの検出が可能であることが示された.

Fig.3 

Terahertz amplitude as a function of the concentration of the D(+)-Mannose.

現在,このTCMによる抗原抗体反応検出を利用し,岡山大学病院と共同で,腫瘍細胞の検出を実施している.一般的に,検査試料として病理検査用に作製されたホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックを使用する.このFFPEブロックは,まず検体組織を,固定するためにホルマリンに漬けた後,組織内部の水分をパラフィンに置換する検査試料作製の方法である.パラフィン浸透,包埋,薄切,染色,診断の工程を経て採取検体の評価をするため,日数がかかり,診断までの時間が長くなるという課題があった.これに対して,TCMを用いた検出では,FFPEブロック作製が不要になり迅速簡便な検査が実現できると期待される.

4.  化粧水皮膚浸透評価

皮膚への化粧水浸透を評価することは,化粧水の効能を知る上で重要である.皮膚は,基底層,有棘層,顆粒層,角質層といった構造の異なる組織がわずか0.2 mmの厚さに構成されており,かつ,細胞の粗密,隙間を埋める皮脂の状態によって,化粧水浸透が大きく異なるなど複雑である.しかしながら,倫理の観点から,人や動物へ直接化粧水を塗布し,評価する実験を探索的網羅的に行うことは出来ない.これに対して,TCMを用いて,非破壊で化粧水浸透を評価できることが分かってきた.

これまで見てきたTCMを用いた検出では,センシングプレート表面の電気ポテンシャル変化をテラヘルツ波放射強度の変化として検出してきた.これに対して,化粧水の皮膚浸透評価では,センシングプレートから放射するテラヘルツ波パルスの電界波形を計測する.Fig.4は化粧水浸透評価の概念図である.計測ではセンシングプレート上に皮膚モデルあるいは,培養皮膚が設置されている.基板側からレーザーを励起することで,センシングプレートで発生したテラヘルツ波の一部は,直接,空間へ放射するT1.また,一部は,皮膚モデル中で化粧水が浸透した境界で反射し,空間へ放射するT2.このとき,テラヘルツ波T1とT2の到着時間差を計測することで,どれくらい化粧水が浸透しているかを評価することが可能である.化粧品開発段階では,倫理の観点からin vitro計測が求められるため,このような配置を取っているが,in vivo計測へ対応した装置構成も現在開発中である.Fig.5は皮膚モデルとして,鳥皮膚を用い,パームオイルおよび水道水を浸透させたときの浸透の時間変化を示している.水道水に比べてパームオイルの方が早くに到着時間差が変化し,浸透していることが分かる.

Fig.4 

Schematic image of the measurement principle for the cosmetic penetration.

Fig.5 

Time evolution of arrival timing difference of the terahertz wave during the cosmetic penetration.

5.  まとめ

テラヘルツ波を用いた新しい計測手法であるTCMについて,原理,および応用を解説した.センシングプレートから放射されるテラヘルツ波の強度および電界波形を計測することで,様々な対象の評価を実現している.今後,医療診断装置,薬剤評価装置などへと展開していく.

利益相反の開示

利益相反なし.

参考文献
 
© 2019 Japan Society for Laser Surgery and Medicine
feedback
Top