2019 Volume 40 Issue 1 Pages 36-44
米国食品医薬品局は歯科用レーザーの使用用途を定めた指針の中で“抜歯窩の血液凝固”と記載している.この治療に推奨しているレーザー装置の1つが炭酸ガスレーザーである.しかし,炭酸ガスレーザーの生物学的基礎研究についての報告はほとんどなかった.今回の執筆では,著者らは抜歯後の炭酸ガスレーザー照射による抜歯窩の創傷治癒効果を解明するために行ってきた基礎的研究の一端,特に抜歯窩の新生骨の特異的な形成および抜歯窩粘膜の瘢痕化への影響について報告する.
現在の歯科臨床において重度の歯周病やう蝕,歯牙破折などが原因で抜歯に至る症例は2005年の8020推進財団の全国調査で推計1,460万本/年との報告1)がある.実際,このような歯牙の抜去を行うと高い確率で歯槽骨の高さの低下を招く.その結果,歯槽骨の状態が良好に保たれず,咬合や補綴装置(クラウンブリッジや義歯,インプラント)を長期にわたり維持・機能させることが困難となり大きな支障をきたす可能性がある.そのため抜歯創の治癒期間の短縮を図りつつ,歯槽骨の高さを可及的に温存することが非常に重要である.この考え方をソケットプリザベーションという.
現在のソケットプリザベーションの方法は抜歯窩に腸骨や下顎骨オトガイ部から採取し移植する自家骨移植2)や種々の骨補填材またはコラーゲンスポンジの填入を併用した術式3)が主流であり,これらは全て抜歯窩内の血餅の保持に有効で骨再生を促すことができる物質で被覆されている.しかし,すべてが良好な治癒に向かうとは限らない.その原因として抜歯窩の不良肉芽の掻把不足による慢性炎症の残存,骨または人工材料の移植後の感染,移植した人工材料が骨組織に置換しないなどが考えられる4,5).そのため本当の意味でのソケットプリザベーションに導くためには徹底した抜歯窩の掻把,窩壁からの出血による十分な血液供給が成されなくてはならない6).さらに創傷治癒の促進を期待したレーザー照射を併用することで抜歯窩の歯槽骨吸収が最小になると臨床的にも報告されている7,8).
米国食品医薬品局(Food and Drug Administration;以下,FDA)には歯科用レーザーによる歯科治療に関する使用用途を定めた指針がある.その中には“Coagulation of extraction sites(抜歯窩の血液凝固)”と記載9)があり,抜歯後のレーザー照射に効果があると推奨している.特にこの治療には組織透過型の半導体レーザーと表面吸収型の炭酸ガスレーザーの2種類が推奨されている.これまで抜歯後に組織透過型レーザーを照射した基礎的研究10-15)では抜歯窩創傷治癒が促進され,良好な経過をたどるという多数の報告が散見されているが,表面吸収型レーザー照射によるものはなかった.しかし,いずれのタイプのレーザーでも抜歯窩創傷治癒におけるレーザー照射の併用が直接的効果を及ぼすのか,または間接的効果を及ぼすのかは不明な点が多く,EBMの確立に至っていない.
著者らは炭酸ガスレーザー照射を併用した抜歯窩の創傷治癒に対する効果(ソケットプリザベーション)を解明するためにこれまで行ってきた臨床応用および基礎的研究で得た知見を報告する16-18).
1.1 抜歯窩への炭酸ガスレーザー照射の臨床応用抜歯後の歯槽骨の低下は必ず起こる.この変化を最小にするためには,『抜歯窩表層に血餅が確実に維持されること』,『上皮の抜歯窩内への陥入を防止すること』,『早期に抜歯窩の新生骨形成を図ること』が重要である.これを可能にしたのが抜歯窩への炭酸ガスレーザー照射である.この照射は横瀬ら19)や下川20)も報告する高出力レベルレーザー治療(High reactive Level Laser Therapy;以下,HLLT)照射と低出力レベルレーザー治療(Low reactive Level Laser Therapy;以下,LLLT)照射の2種類を併用することである.
実際の臨床応用はまず抜歯により出血した血液を抜歯窩周囲歯肉の位置まで満たす.その後,炭化するまでHLLT照射を行うことにより血液を凝固させ人工的痂皮を形成し,さらに周囲歯肉と溶着させる(血餅脱落防止)21,22).次に抜歯後翌日に光生物学的および光化学的効果による組織賦活化を目的とした23-26)LLLT照射を行う(Fig.1).
Creation of an artificial eschar in the superficial layer of the extraction socket using HLLT with carbon dioxide laser.
a, Immediately after tooth extraction.
b, The inside of the tooth extraction socket was filled with an adequate amount of blood.
c, Carbonization of the blood in the superficial layer of the extraction socket, creating an artificial eschar.
d, Fusion of the artificial eschar to the gingiva surrounding the extraction socket to prevent it from falling off.
この臨床応用のポイントはHLLT照射により人工的痂皮が抜歯窩表層に形成され,さらに確実に保持されることである.もしこの痂皮が何らかの原因で保持を失えば,抜歯窩周囲の粘膜が抜歯窩内に陥入し,粘膜上皮の陥凹と歯槽骨の高さの低下を招く.また人工的痂皮の形成位置が低い場合でも同様の形態を呈する.このことからHLLT照射により人工的痂皮を抜歯窩の高い位置で形成することは抜歯窩の粘膜上皮の平坦化および歯槽骨の高さの維持にとって重要である(Fig.2).
Morphology of healing in the extraction socket because of the position of the artificial eschar.
a, Concavity of the mucosal epithelium dose not form readily if an artificial eschar forms in the superficial layer of the extraction socket.
b, Mucosal epithelial concavity may occur if an artificial eschar forms in the middle to deep layers of the extraction socket.
これまで抜歯後に炭酸ガスレーザーを照射すると歯槽骨の吸収が抑制されるという臨床報告を耳にしたり,また前述の手法を実際の診療で実践し同様な効果を実感した経験があった.しかし,これらは基礎疾患や歯周疾患の有無といった多様性あるいはその他の数々の要因によって客観的評価が困難であった.さらに当時はEBMとなり得る基礎的研究はほとんどなく信頼性が低かった.そこで炭酸ガスレーザー照射併用による抜歯窩の創傷治癒効果について病理組織学的な検証を行うこととした.
本研究ではHematoxylin-Eosin染色(以下,H-E染色とする)を施したラットの抜歯窩とその周囲組織の病理組織学的観察と形態計測学的解析,抗ヒト平滑筋アクチン・モノクロナール抗体(α-Smooth Muscle Actin;以下,α-SMA)を用いた抜歯創の瘢痕組織形成に関与する筋線維芽細胞の免疫組織学的観察の検証を行った.
実験動物には5週齢Wistar系雄性ラット(体重130~150 g)を用いた.ラットは対照群としてレーザー非照射群(以下,非照射群),レーザー照射群としてはHLLTのみの照射群をL1群,HLLT + LLLT照射を行った群をL2群の2群に分け(実験群に関しては後に説明),観察期間は抜歯後3,5,7,10,21日(α-SMAに関しては抜歯後3日目のみ)とした.実験動物数は各6匹の3群合計90匹について検証した.
実験方法はペントバルビタールナトリウム麻酔薬を腹腔内投与後,自作のラット専用へーベルとモスキート鉗子を用いて,可及的に歯槽骨を損傷しないように上顎左側第一臼歯を抜歯した.抜歯後,非照射群では乾綿球にて圧迫止血を行い,レーザー照射2群では抜歯直後の圧迫止血を行わず臨床手技に準じて血液凝固および血餅脱落防止を目的としたHLLT照射を行った.さらに抜歯翌日には麻酔下で非照射群とL1群はヂアミトールにて消毒を行い,L2群では同様の消毒を行った後にLLLT照射を行った.
本研究に使用したレーザー装置は炭酸ガスレーザー(PanalasCO5Σ;パナソニック四国エレクトロニクス,大阪),レーザーチップは内径0.15 cmのテーパー1A(透過率90%)を使用した.
[炭酸ガスレーザーの照射条件]
HLLTとLLLTの照射条件の設定は予備実験を行い,次のように決定した.
HLLTは抜歯窩表層の血液を完全に凝固するのに要した時間を基に,その時の出力と照射モードから逆算して決定した.また出力と照射モードについては,臨床において抜歯後の血液凝固を行う際に設定されることが多い照射条件をそのまま利用した.
LLLTでは歯肉に1.0 W,Σモード(後に説明)をエネルギー密度が40,80,120 J/cm2となるようにそれぞれ15,30,45秒間照射した.照射してから6時間経過後の同部組織を摘出し,病理組織学的観察を行った.その結果,80,120 J/cm2においては上皮層と結合組織層との間に浮腫状の組織変化を呈していた.それに対して,40 J/cm2では前述のような組織的変化を認めなかったのでこの値とした.
以下に詳細な照射条件を示す.
HLLT照射;血液に触れないようにレーザーチップを非接触下で照射した(1.0 W,Continuous wave mode,30秒,エアー無,約152 J/cm2).
LLLT照射;抜歯窩表層の痂皮にレーザーチップを接触下で照射した(1.0 W,Σ mode,15秒,エアー無,約40 J/cm2).Σ modeはパルス幅を超短時間とし,照射時のpeak powerを上昇させることで低出力照射が可能なモードである.
[病理組織学的観察]
麻酔薬過量投与により屠殺後,抜歯窩を含む周囲組織を摘出し,4%パラホルムアルデヒドにて48時間固定を行った.その後,10%EDTA溶液にて3週間脱灰,脱水してパラフィン包埋を行った.ミクロトームにて厚さ4 μmの矢状断連続薄切標本を作製し,H-E染色およびα-SMA免疫染色を施し病理組織学的観察を行った.
[骨形態計測学的解析]
抜歯窩が新生骨で満たされ,ほぼ歯槽骨の骨梁形成が終了したと考えられる抜歯後21日目の薄切標本を用いた.計測方法は上顎骨の層板の下縁を通る線(上顎骨層板線)を基準線とし,その基準線から第2臼歯(M2)根間中隔に垂線を下した時の最下点までの距離(hA)と第1臼歯(M1)の遠心根の抜歯窩の新生骨表層に垂線を下した時の最下点までの距離(hB)を計測し,個体差や切片作製時の歪を補正するために計測値を指数hB/hA(平均値 ± 標準偏差)として算出した(Fig.3).
Methods and results of alveolar creat height assessment during bone morphology measurement on postoperative day 21.
a, Schematic view of the measurement methods.
b, Measurement results.
[α-SMA陽性細胞数の計測方法]
計測部位は抜歯窩表層の肉芽組織形成部あるいは粘膜固有層に相当する領域で縦横150 μmの正方形の範囲とし,α-SMA陽性細胞数を計測後,各個体の平均値を算出した.
[計測機器と統計処理]
計測にはデジタルマイクロスコープ(VH-9000;株式会社KEYENCE,大阪)を用いて画像をスキャンし,ソフトウェアScion Image(Scion Corporation, Frederick, MD, USA)にて計測を行った.計測結果は平均値 ± 標準偏差で示し,Kruskal-Wallisの順位検定を行い,Steel-Dwassの多重比較により,有意水準5%未満(p < 0.05)として統計学的に有意差を判定した.
尚,本研究は大阪歯科大学動物実験指針に基づいて動物実験委員会の承認を得ている.
計測結果の表記について,病理組織標本を用いて上顎左側第一臼歯遠心根部の抜歯窩の深さを計測したところ,平均1.2~1.3 mmであった.それに基づき,粘膜上皮層を抜歯窩表層,抜歯窩上方0~0.4 mmの範囲を抜歯窩浅層,抜歯窩上方0.4~0.8 mmの範囲を抜歯窩中層,抜歯窩上方0.8~1.2 mmの範囲を抜歯窩深層,それ以下の範囲および窩底を抜歯窩底部と便宜的に表記する.
[抜歯後3日目]3群ともに抜歯窩内は血餅で満たされていたが,レーザー照射2群では非照射群より抜歯窩壁からの器質化が進行していた.また,抜歯窩壁の強拡大像においてレーザー照射2群では非照射群と比較して多核巨細胞である破骨細胞様細胞が多数出現し骨吸収像を認めた.特にL2群ではL1群と比較して抜歯窩上方の0.1~0.3 mmの範囲の窩壁において多数の細胞の出現を認め,吸収窩も顕著であった(Fig.4).
Histopathology on day 3 after tooth extraction.
a, d: Non-irradiation group; b, e: HLLT irradiation group; c, f: HLLT + LLLT irradiation group; a, b, c: Entire extraction socket, original magnification ×40; d, e, f: Enlargement of the areas indicated by a dotted line in a, b, c, original magnification ×100; Arrowhead (➤): osteoclast-like cells.
a: The inside of the tooth extraction socket is almost completely filled with blood clots. b, c: Progressive organization surrounding the tooth extraction socket, with blood clots observed only in the central area. d: There were only a few osteoclast-like cells in alveolar bone wall in extraction socket. e: Many osteoclast-like cells appeared in the alveolar bone wall in extraction socket. f: Many osteoclast-like cells appeared in the alveolar bone wall in extraction socket, showing active bone resorption compared with the HLLT irradiation group.
[抜歯後5日目]3群すべてにおいて抜歯後3日目には確認できなかった抜歯窩内の骨新生を認めた.また骨新生において,非照射群では抜歯窩底部からの僅かな骨新生であった.一方,レーザー照射2群では抜歯窩底部からだけでなく抜歯窩浅層~中層にかけても未成熟な骨新生を認め,さらに粘膜上皮はほとんど閉鎖していた(Fig.5-a, b, c).
Histopathology on 5 and 7 day after tooth extraction.
a, b, c: Postoperative day 5; d, e, f: Postoperative day 7; a, d: Non-irradiation group; b, e: HLLT irradiation group; c, f: HLLT + LLLT irradiation group; original magnification ×40; a: Negligible osteoneogenesis observed in the base of the tooth extraction socket. b, c: Signs of immature bone regeneration extending from the superficial to the middle layers of the tooth extraction socket. d: Extension of immature bone trabeculae inside the tooth extraction socket. e: Bridging osteoneogenesis extending from the superficial to the middle layers of the tooth extraction socket. f: Conspicuous osteoneogenesis observed, as seen in the HLLT group. Meanwhile, the bone trabeculae width is greater, and the structures more densely packed than in the HLLT group.
[抜歯後7日目]非照射群は抜歯窩壁周囲の骨吸収と骨形成が同時に進行していた.しかし,レーザー照射2群では抜歯窩表層の炭化層が消失し,抜歯窩壁の破骨細胞様細胞はほとんど確認できなかった.さらに新生骨の形成は抜歯窩浅層~中層にかけて架橋状に認めた.またL2群はL1群と比べて骨梁が密で,幅も大きかった(Fig.5-d, e, f).
[抜歯後10日目]3群ともに抜歯窩内が新生骨で満たされ,骨髄中および骨梁周囲には多数の細胞を認めた.しかし,非照射群は骨梁幅が狭く未成熟であった(Fig.6-a, b, c).
Histopathology on 10 and 21 day after tooth extraction.
a, b, c: Postoperative day 10; d, e, f: Postoperative day 21; a, d: Non-irradiation group; b, e: HLLT irradiation group; c, f: HLLT+LLLT irradiation group; original magnification ×40; a, b, c: The inside of the tooth extraction sockets is completely filled with new bone in all three groups. d: The alveolar crest was concave. e, f: flattened alveolar crest in both the HLLT and HLLT+LLLT groups, with almost no concavity observed.
[抜歯後21日目]3群すべてにおいて抜歯窩内は成熟した新生骨で満たされ,骨梁も密に形成されていた.しかし,非照射群では歯槽骨頂部が皿状の陥凹を呈していたのに対して,レーザー照射2群では平坦でほとんど陥凹はなかった(Fig.6-d, e, f).また形態計測学的解析において歯槽骨高さの指標は非照射群(0.652 ± 0.079)と比較してL2群(0.766 ± 0.039)では有意に高い値を示し,L1群(0.761 ± 0.085)では有意差はないものの高くなる傾向を示した(Fig.3).
[抜歯後3日目のα-SMA陽性細胞数]
非照射群では抜歯創粘膜上皮の肉芽組織形成部および抜歯窩上方0~0.6 mmの範囲において多数のα-SMA陽性細胞の出現を認めたのに対して,L2群では統計学的に有意に少なかった(非照射群vs L2群 = 16.65 ± 8.79 vs 38.28 ± 10.51)(Fig.7).L1群ではα-SMA陽性細胞の減少を認めたものの有意差はなかった.
Expression of α-SMA and α-SMA-positive cell count on day 3.
a, b, c, d: Immunostaining using anti-α-SMA. a, c: non-irradiation group; b, d: L2 group; a, b: Low magnification (×40); c, d: High magnification of the area is surrounded by the square in images a, b. (×400); There were less expression of α-SMA and fewer α-SMA-positive cells within the granulastion tissue in the extraction socket in the L2 group, compared with the non-irradiation group; statistically significant differences were observed on day 3 (* P < 0.05).
抜歯後の歯槽骨の吸収を可能な限り抑制するためにいろいろな臨床応用や基礎的研究が試みられている.そのほとんどが自家骨や人工材料を使用した抜歯窩を被覆する物質で骨再生を促す方法が中心である.Araùjoら27)はBio-Oss® Collagenを抜歯窩に移植後,口蓋粘膜移植を行い,その後CTによる抜歯窩の横断面における骨面積の計測を行った結果,対照群では約25%減少していたのに対して,移植群では約3%の減少しか認めなかった.またIasellaら28)は凍結乾燥骨を抜歯窩に移植した場合,歯槽骨の水平的な高さの低下は対照群で2.6 ± 2.3 mmを呈したのに対し,移植群では1.2 ± 0.9 mmに抑えられたと報告している.Avilaら29)はこれらの臨床研究をはじめとして数多くの報告をクリニカルレビューとしてまとめ,その中で自家骨や人工材料を移植したソケットプリザベーション法では歯槽骨が高い位置で維持できると報告している.しかし,Chanら5)の報告ではBio-Oss® Collagenやハイドロキシアパタイト等の骨補填材を移植後6か月が経過しても15~36%が顆粒状態で残存し,またEspositoら30)はBio-Oss® Collagenで骨造成を行った場合は自家骨と比較して治癒期間が3ヵ月も長くなる傾向があると示した.このように自家骨や人工材料によるソケットプリザベーション法は抜歯後の垂直的および水平的に歯槽骨の吸収を抑制する可能性がある一方で,治癒が遅延してしまうことや効果に対するコストが高いことなど現在でも問題や不明な点が多い.
近年,前述の治療をより確実に成功に導くためには抜歯後のレーザー照射が有効であるという臨床報告7,8)がある.特に半導体レーザーを代表とする組織透過型レーザー照射による抜歯窩への効果に関する基礎的研究では,抜歯窩創傷治癒の早期の段階で線維芽細胞の多数の出現と器質化,その後の新生骨形成の促進,骨梁の成熟と骨量の有意な増加を認める10-12).さらに生化学的検証では骨芽細胞から分泌されるオステオカルシン13,14)や骨形成の足場となるI型コラーゲン15)の発現も有意に増加するなど多数の報告が散見される.しかし,FDAがもう一つ推奨する炭酸ガスレーザーでは表面吸収型というレーザー特性により抜歯窩に照射してもレーザーの影響が深部組織へほとんど到達しないと考えられていたので研究が進まなかった可能性が高い.そのため抜歯後の炭酸ガスレーザーの併用照射が有効であるという臨床報告19,20)はあるものの,EBMとなり得る基礎的研究はこれまで皆無であった.
本研究の炭酸ガスレーザーの併用照射による抜歯創の治癒過程において非照射群では抜歯後5日目に抜歯窩底部から新生骨の形成が開始した.だが抜歯創の粘膜上皮はまだ閉鎖を認めなかった.これに対して,レーザー照射2群は抜歯後3日目に抜歯窩上方の0.1~0.3 mmの範囲の窩壁を中心に破骨細胞様細胞の多数の出現と著しい骨吸収が生じ,抜歯後5~7日目には同部に架橋状の新生骨形成が起こるという通常とは異なる治癒形態を呈した.さらに抜歯後3日目には粘膜上皮における筋線維芽細胞の出現が対照群と比較して有意に少ない結果,抜歯創の粘膜上皮が良好に閉鎖した可能性がある.
Mendesら31)は細胞の分化,増殖,遊走を促進させることにより組織の恒常性の維持や創傷治癒に重要な役割を果たすとされるヒアルロン酸ナトリウムをラットの抜歯窩に塗布した研究の中で,抜歯後7日目において未処置群と比較して塗布群では活発な歯槽骨の吸収に続き,顕著な新生骨形成を認めた.さらに抜歯後21日目には塗布群においては未処置群より骨密度が高く,既存の歯槽骨と新生骨の境界が早期に不明瞭になったという.また村田ら32)も同様の実験を行い抜歯創の粘膜上皮の治癒形態を観察する中で,抜歯後7日目の未処置群では新生粘膜上皮の伸展を僅かに認めるも閉鎖を認めなかったが,塗布群では新生粘膜上皮が完全に抜歯創を閉鎖し,さらに粘膜固有層においては血管の新生や線維性結合組織の増生を認めたと報告している.炭酸ガスレーザーのLLLT照射による骨組織に関する基礎的研究において,Steinsら33)はIn vitroの研究でヒト骨芽細胞用細胞(SaOS-2細胞)への照射によりアルカリホスファターゼ活性とオステオポンチン,I型コラーゲンの発現が非照射群と比べて増加し,またその効果が72時間以内であると報告している.さらにSaracinoら34)はヒト骨芽細胞様細胞(MG-63細胞)へのLLLT照射により照射後4日目以降にTGF-β,BMP-4,7の発現増加を認め,照射後20日目において石灰化物の形成が促進されたという.筋線維芽細胞の出現についてはFreitasら35)はラットの舌背部にメスと炭酸ガスレーザー照射による切開部の創傷治癒過程についてメス群と比較して炭酸ガスレーザー照射群では出現が少ないと報告している.これらの基礎的研究と先に示した本研究とは類似した結果を示している.炭酸ガスレーザーを使用した抜歯窩へのLLLT照射はヒアルロン酸のもつ代謝活性効果と同様に骨組織の生体組織活性による破骨細胞の遊走,活発な骨吸収といった骨代謝促進効果や抜歯窩の粘膜上皮の伸展促進が抜歯窩の良好な治癒にとって重要な要因と考えられる.
抜歯窩の創傷治癒における炭酸ガスレーザー照射の併用について(Fig.8),HLLT照射は抜歯窩表層の血液を炭化し,人工的痂皮を形成させたことにより早期に抜歯窩の粘膜上皮の閉鎖を図ることができた.この人工的痂皮は抜歯窩の外界交通の遮断,血液の流出防止,周囲の粘膜上皮の伸展による陥入抑制により創傷治癒を促した直接的効果であると考えられる.またLLLT照射ではこのレーザーの光浸透長が非常に浅いことと抜歯窩浅層~中層に認めた架橋状の新生骨形成がリンクする.同部への骨形成にはLLLT照射の組織賦活化作用やレーザー光と組織の相互作用による間接的効果が働き,治癒が促進された可能性が考えられる.以上より,抜歯後の炭酸ガスレーザーのHLLT + LLLT併用照射により歯槽骨頂が高く維持され,創傷治癒も促進することが示唆された.
Differences in osteoneogenesis in the tooth extraction sockets.
a: New bone morphology after HLLT+LLLT irradiation in the tooth extraction socket. Bridging osteoneogenesis observed extending from the superficial to the middle layers of the tooth extraction socket. It was thus possible to reinforce the area beneath the mucosal epithelium with bone, resulting in an absence of concavity of the mucosal epithelium in the tooth extraction socket and facilitating inhibition of mucosal epithelial concavity.
b: New bone morphology after no laser irradiation in the tooth extraction socket. Osteoneogenesis was only observed in the base of tooth extraction socket, resulting in plate-like depression of the alveolar bone, as well as concavity of the mucosal epithelium.
本総説の内容に関する利益相反事項はありません.