2021 Volume 41 Issue 4 Pages 363-369
光線力学的療法は低侵襲なガン治療法として期待されている.この長所を伸ばすための方法論の一つに,活性制御型の光増感剤が注目されてきている.この光増感剤は正常組織中に存在しているときには,光活性を示さない(OFF)状態であるのに対し,腫瘍組織に分布すると光活性を示す(ON)状態にスイッチングする.本総説では,低pHや超音波に応答してOFF状態からON状態にスイッチングする光増感剤について紹介する.
Photodynamic therapy is expected to be a minimally invasive treatment for cancer. Activatable photosensitizers have attracted considerable attention as one of the strategies for improving the minimally invasive properties. The activatable photosensitizer is in the photo-inactive (OFF) state in normal tissues; however, it is in the photoactive (ON) state in the tumor tissue. In this review, low pH- and sono-activatable photosensitizers are introduced.
ガンは先進国における死因の第1位であり,その治療は重要な課題である.現在主力である外科治療,化学療法,放射線療法の発展が望まれる一方で,より患者への負担の小さなガン治療法の発展も望まれている.光と薬剤(光増感剤)を組み合わせた光線力学的療法(photodynamic therapy)は,低侵襲なガン治療法として注目されている1).光線力学的療法では,腫瘍に選択的に集積した光増感剤に対して光を照射し,光増感剤の光励起によってガン細胞を死滅させる.細胞死の機構としては,一重項酸素(1O2)などの活性酸素種を介する機構(Type II)や1),電子移動を介する機構(Type I)などが明らかにされている2,3).また光増感剤の多くは蛍光を示すため,ガンの光線力学診断(photodynamic diagnosis)との併用も期待されている2,3).
日本国内では既にフォトフリンやレザフィリンが実用化されており,さらに高機能・多機能な光増感剤の開発が望まれている.特に光線力学的療法の長所である低侵襲性を高めるために,高い光治療効果と弱い光副作用の両立を目指した研究が盛んに行われている.しかし光治療効果と光副作用はどちらも同じ機構で作用するため,その両立は容易ではない.特定の波長の光を照射した際の1O2の生成量は,光の強度I0,光増感剤の光吸収効率(1-10−εcl),1O2の生成量子収率ΦΔの積で表され,I0 (1-10−εcl) ΦΔと記述できる.ここで,I0は入射光強度,εは光増感剤の分子吸光係数,cは組織中の光増感剤のモル濃度,lは光増感剤が分布している組織の厚みである.一般に生体組織中に分布する光増感剤の吸光度は十分に低いため,(1-10−εcl)はεclに比例する近似できる.そのため,1O2の生成量はI0 εcl ΦΔに比例すると考えられる.光治療効果aPDTと光副作用aPISEが1O2によるの生成量に比例すると仮定した場合,aPDT/aPISE比は近似的に以下の式で記述できる.
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ここで,上付きのTは腫瘍組織中,Nは正常組織中を意味する.
光線力学的療法に用いられる光増感剤は日常的な太陽光や室内灯の光も吸収して光副作用(光線過敏症)を生じてしまう問題がある.この光線過敏症を低減させるために,治療中に腫瘍に対して照射する光の強度I0Tに対して,治療中に周囲の組織に当たってしまう光や日常的に浴びる光などの強度I0Nを低下させることによりI0T/I0N以外の比を改善させることが望ましい.また,cT/cNは光増感剤が選択的に腫瘍組織に集まる性質を意味しており,化学療法においても重要な要素であるため,ドラッグデリバリーシステムなどによる改善の研究が盛んに行われている4).一方,多くの光増感剤は,腫瘍組織中と正常組織中でほぼ同じ性質を持つことが多く,εT/εNやΦΔT/ΦΔNはほぼ1であった(Fig.1a).これに対して近年,1よりも大きいΦΔT/ΦΔNを有する活性制御型の光増感剤(activatable photosensitizer)が注目されてきている5).活性制御型の光増感剤では,光増感剤が正常組織中に分布しているときには光照射しても1O2を生成しない状態(OFF状態)の物質を用いる.そして,この光増感剤が腫瘍組織中に分布した際には,何らかのトリガーによって化学的な性質が変化し,光照射により1O2を生成する状態(ON状態)に変化する(Fig.1b).また多くの光増感剤ではΦΔと蛍光量子収率Φfが比例関係にあるため,ガン細胞のみを死滅させるだけでなく,ガン細胞のみを光らせるactivatable fluorescence probeとしての効果も同時に期待できる.ON/OFFスイッチングを引き起こすトリガーとしては,低pH6-10),酵素(orペプチド)11,12),DNAなどが注目されている13).また生体外からの刺激をトリガーとする系も提案されており,高強度の光,熱,磁場,超音波なども候補である.本総説では,低pH応答性光増感剤および超音波応答性光増感剤について紹介する.
The concept of activatable photosensitizers for photodynamic therapy of cancer.
光線力学的療法に用いる低pH応答性光増感剤とは,血液中などの中性pH環境ではOFF状態にあるが,低pH環境ではON状態に変化する光増感剤である.多くの腫瘍組織は正常組織と比較して低pH環境にあることが知られている14).また,薬剤が細胞内に取り込まれる際に,エンドサイトーシスなどによってリソソームに運ばれる場合も多いが,リソソームも代表的な低pH環境である10).これらの低pH環境に応答してON状態にスイッチング可能な光増感剤が注目されている.低pH応答性光増感剤にはフタロシアニン15)やBODIPY16)を骨格とした報告例がある一方,ポルフィリンを用いた低pH応答性光増感剤の報告は非常に少ない.しかし光線力学的療法において実用化実績のある光増感剤はポルフィリン誘導体であり,低pH応答性ポルフィリンの開発が望まれている.Zhuらはポルフィリンにイミダゾール基を導入することにより,pH応答性ポルフィリンの開発に成功している6).しかしながらON状態におけるΦΔONとOFF状態におけるΦΔOFFの比(ΦΔON/ΦΔOFF比)は2.5程度と報告されており6),より高いΦΔON/ΦΔOFF比を有するpH応答性ポルフィリンの開発は重要である.
一方,pH応答性電子供与ユニットであるアニリン部位を有するポルフィリンが低pH応答性を示すことを報告されている17-19).アニリン部位を有するポルフィリンは中性条件では,電子励起状態においてアニリン部位からポルフィリン部位への電荷移動が起こる.そのため,非常に速い内部変換によって消光を受けて基底状態に戻り,Φfや励起三重項状態への項間交差の量子収率ΦTが低く,ΦΔも低いOFF状態である(Fig.2a).これに対し酸性条件にすると,アニリン部位がプロトン化されることによって電子供与性を失い,消光作用が消失する.その結果,通常のポルフィリンと同様なΦfやΦTを有し,ΦΔも高いON状態に変化する(Fig.2b).この様なpH応答機構により,低pH条件でのみ蛍光を発し,かつ1O2を生成するポルフィリンの開発が行われている.
Activation mechanism of fluorescence and photosensitization of 1O2 of pH-activatable porphyrin based on the intramolecular charge transfer quenching by a pH-responsible quencher.
pH応答ユニットとして3,5-ジメチル-N,N-ジメチルアニリンを導入したポルフィリンN1(Fig.3a)は,中性のジメチルスルホキシドと水の混合溶媒中でΦfが0.002であり,一般的なテトラフェニルポルフィリン(Φf~0.05程度)と比較すると非常に低い値を示である(Fig.3b).これは最低励起一重項(S1)状態においてアニリン部位からポルフィリン部位への電荷移動によって速やかに基底状態に戻るためである.また,近赤外りん光法により1O2の生成を確認したところ,通常のテトラフェニルポルフィリンではΦΔは0.7程度であるのに対し,N1のΦΔは0.03と低い(Fig.3c)17).これは電荷移動消光によってΦTが抑制され,1O2の生成も抑えられるためである.これらの結果から,N1では導入したアニリン部位による消光を受け,OFF状態にあると言える.一方,N1溶液に酸を加えると,蛍光強度の増加(Fig.3b),および1O2のりん光強度の増加が観測された(Fig.3c).これらの結果は,N1は低pH環境においてアニリン部位がプロトン化したN1-H+(Fig.3a)に変換され,電子移動消光が解消されてOFF状態からON状態にスイッチしたことを示している.ΦΔON/ΦΔOFF比は16と見積もられ,pH応答性ポルフィリンとしては高い比であるといえる17).
The protonation of N1 (a), and the low pH-induced activation of fluorescence (b) and photosensitization of 1O2 (c) of N1 in air-saturated mixed solvent of dimethylformamide and water (9:1 v/v). The HCl concentration dependence of fluorescence and photosensitization of N1 (d).
N1の酸濃度依存性の結果(Fig.3d)から判断すると,OFF状態からON状態にスイッチングするために必要な酸濃度変化はおよそ103倍程度であり,pH変化が3程度必要であった17.pH 7.4の通常の生体環境とリソソームのような低pH環境(~5.0)のpH差であれば十分なスイッチングが可能であると見込まれるが,腫瘍組織のpH(~6.4)ではpH差が小さいため,大きな変化を引き起こすことは難しい.そこで,スイッチングに必要なpH変化量を小さくすることが重要である.理論的には多段階の酸-塩基平衡を用い,かつ完全にプロトン化した化学種のみがON状態である分子系であれば,必要pH変化量を低下させることができると見込まれることから,酸応答性ユニットであるアニリン部位の数の依存性が研究された(Fig.4)17).まず,アニリン部位を持たないN0では酸濃度変化させてもΦfは変化せず,非常に強酸性にした時のみ,Φfが低下している.この低下はピロール部位のプロトン化によるものである.アニリン部位数が1個以上の化合物は全て中性条件でのΦfは小さく,OFF状態であることが示された.また,酸濃度を高くしていくと(−log[HCl]を小さくすると),Φfが増加した.Φfのピークに達する酸濃度と,Φfのピーク値の1/10になる酸濃度の差(Δ−log[HCl])はN1,trans-N2,cis-N2,N3,N4でそれぞれ2.99,2.49,2.49,1.64,1.64であり,アニリン部位数の増加と共に,スイッチングに必要なpH変化量が小さくできることが示された.なお,アニリン部位数の増加により消光効率が増加するためか,OFF状態におけるΦfOFFを減少させることにもつながっている(N4を除く).これによりN3ではΦON/ΦOFF比が100に達している.これらの結果から,消光ユニットの数を増やすことにより,スイッチングに必要なpH変化量の低下と,ΦON/ΦOFF比の増加が可能であると言える17).
Acid concentration dependence of the fluorescence quantum yields of pH-activatable porphyrin derivatives with various number of quencher units in air-saturated mixed solvent of dimethylformamide and water (9:1 v/v).
pH応答性ポルフィリンN1は高極性溶媒中では良いON/OFFスイッチング特性を有しているが,極性に劣る環境下では中性条件であってもΦfやΦΔが高い値を示すON状態であった17).生体環境内では,様々な極性の環境が存在することから,ON/OFFスイッチング機能に極性依存性があることは好ましくない.この問題を解決するためには,アニリン部位からポルフィリン部位への電荷移動特性を強める必要がある.また,電荷移動特性を強めればΦOFFの低下が期待でき,その結果ΦON/ΦOFF比の改善にもつながる可能性を持つ.一方,N1は非水溶性であったため,水溶性の付与も不可欠である.
電荷移動の性質を強める手段の一つに,ポルフィリン側のHOMOのエネルギー順位を下げることが挙げられる.ポルフィリンは中心に様々な金属イオンを配位できることが知られており,P(V)を配位したポルフィリンは未配位のポルフィリンに比べて著しく低いHOMOレベルを持つことが報告されている20).この性質を利用して低酸素状態でも電子移動型メカニズムによる光細胞死を引き起こせることも報告されている21).さらに,P(V)を配位させたポルフィリンは未配位のポルフィリンよりも高い水溶性を有し,薬剤としての優位点を持つ22).そこで,pH応答性ポルフィリンにP(V)を配位させることにより,ΦON/ΦOFF比の改善と,水溶性の向上を試みられている.1個のジエチルアニリン部位を有するポルフィリンの中心に,P(V)(OMe)2を配位させたところ(P(V)-PorN1, Fig.5a),水溶性が100倍に向上し,溶解度は100 μMに達している.さらなる水溶性の向上を望む場合はP(V)に結合した軸配位子のチューニングにより達成できることが知られている20).
pH 8.0の水溶液中でのP(V)-PorN1の蛍光では,非常に微弱な蛍光のみが観測されている(Φf = 0.001, Fig.5b)19).また,1O2のりん光検出を試みたが,検出限界以下であり,ΦΔは0.002以下であった(Fig.5c)19).P(V)を配位する前の化合物であるPorN1のΦΔは0.027であったことから18),P(V)の配位によってOFF状態の量子収率を1/10以下の抑制できたことがわかる.一方,pHを下げると蛍光強度,1O2のりん光強度が共に増加し,pH 2.0ではΦf = 0.037,ΦΔ = 0.81にりON状態にスイッチングしたといえる19).酸性条件におけるPorN1のΦΔは0.3118)であったことと比較すると,P(V)の配位によってΦΔの上限を引き上げられたと言える.また,ΦΔONの上昇およびΦΔOFFの低下によりΦΔON/ΦΔOFF比は400以上となり,著しい改善に成功したと言える.さらにN1ではON/OFFスイッチング特性が溶媒の極性に依存してしまっていたが,P(V)-PorN1ではアルコール中であっても中性条件の量子収率は非常に低く,極性依存性をほぼ解消できたといえる.これらの結果から,P(V)の配位はpH応答性光増感剤の改良に有用な分子設計戦略であるといえる19).
The protonation of P(V)-PorN1 (a), and the low pH-induced activation of fluorescence (b) and photosensitization (c) of 1O2 of P(V)-PorN1 in air-saturated water.
ON/OFFスイッチングを引き起こすトリガーとしては,pHのような内在性の刺激を利用するだけでなく,体外からの外部刺激を利用する方法も考えられる.外部刺激としては生体組織の透過性が高いこと,非日常的な刺激であること,空間制御が可能であること,無害であること,などが求められる.これらの条件を満足できる外部刺激の一つに超音波が挙げられ,超音波応答性光増感剤の開発が行われてきた.
光増感剤には,in vivoにおいて高い光活性を示すシリルポルフィリン(Fig.6a)23)が用いられ,その会合体を調製された.多くのポルフィリン類は会合体を形成すると自己消光によってΦfやΦΔが低下することが知られており,OFF状態として利用できると考えられたためである.また,超音波照射によって会合体を解離させてモノマーに変換できればΦΔが回復し,ON状態にスイッチングできると期待された(Fig.6a).まずシリルポルフィリンの水溶液に酸を加え,カルボキシ基をプロトン化し,水溶性を低下させることにより会合体溶液が調製された.会合体形成により自己消光が誘起され,ΦfやΦΔが1/10以下に低下した.このOFF状態の光増感剤に超音波照射を行い,蛍光強度に及ぼす超音波の効果が研究された(Fig.6b).超音波照射を開始すると蛍光強度が徐々に回復した.また超音波照射中の蛍光スペクトルは,モノマーの蛍光スペクトルと一致したことから,超音波照射によって会合体の一部がモノマーに変換し,ON状態に変化することが示された(Fig.6c)24).また超音波照射を停止すると蛍光強度は再び低下し,OFF状態に戻ったことから,この変化が可逆的であることも明らかにされた.よってシリルポルフィリンの会合体は超音波応答型のactivatable光増感剤として機能すると言える24).
Mechanism of a sono-activatable porphyrin based on the disaggregation by sonication (a), the time profile of the fluorescence intensity during sonication (b), and fluorescence spectral change induced by sonication (c).
利益相反なし.