2022 Volume 43 Issue 2 Pages 91-97
歯髄の微小循環系は,歯の健康を維持するために重要な組織である.歯の光電脈波測定は歯髄血流の有無を非侵襲的かつ客観的に診査することができ,小児歯科や障害者歯科臨床における歯髄の生活性の診査に応用されている.歯髄は硬組織に囲まれた特殊な構造をしており,光電脈波検出には可視光の短波長領域の発光ダイオード(light emitting diode: LED)が適していることが明らかになっている.本稿では,臨床診断における歯髄血流測定の役割や,歯の発達に伴う歯髄脈波の変化の研究などから得られた知見について解説する.
The microcirculatory system of the dental pulp plays an essential role in the maintenance of homeostasis. Transmitted-light plethysmography (TLP) is a non-invasive and objective diagnostic method for detecting blood circulation in the dental pulp, and has been clinically used as a pulp vitality test in pediatric and special-needs dentistry. As the dental pulp is encased in mineralized tissues, LED light sources with shorter wavelengths at visible regions are suitable for detecting minute blood flow changes due to high absorbance by hemoglobin. This review summarizes the role of blood flow measurements using the TLP method for the diagnosis of dental pulp, and findings relevant to microcirculation in the developmental stages of young permanent teeth.
歯髄は歯の中心部にあり,血管や神経線維,リンパ管を含む小さな組織である.歯がう蝕に罹患したり外傷を受けたりすると,歯髄への感染や傷害によって歯髄組織が不可逆性の炎症を生じることがあり,歯髄除去療法が必要となる.歯髄の微小循環系は歯髄組織の恒常性を維持しているため,可及的に歯髄を保存するために正しい歯髄診断を行い,不要な歯髄除去を回避することが重要となる.従来から,歯髄の生死の診断には歯髄神経の応答の有無をみる歯髄電気診や温度診が用いられてきた.しかし,歯髄の微小循環系は歯の健常性を反映するため,微小循環系の状態を基に歯髄の健康度を診査する意義は大きい.
小児歯科臨床では,乳歯や幼若永久歯の外傷の症例にしばしば遭遇する.従来から,歯の生死を診断する方法として歯髄電気診や温度診が広く用いられてきた.これらの診査は患者自身が刺激を感じた際に挙手をする診査法であるが,診査の際に痛みや不快感を伴うため,低年齢の小児患者では客観性を欠くことがある.また,幼若永久歯では歯髄神経が発達段階にあり感覚閾値が高いため,刺激に応答しない場合があることが報告されている1,2).さらに,受傷後間もない外傷歯も一過性に歯髄神経が応答しない場合があり3),歯髄の知覚反応のみでは歯髄の生死について誤った診断結果となる場合もあり得る.
我々は,歯髄血流の有無によって歯髄診断を行う透過型光電脈波法(Transmitted-light plethysmography:TLP法)の研究を行ってきた.TLP法では光源として発光ダイオード(light emitting diode: LED)を使用しており,診査において非侵襲性,客観性が求められる小児歯科や障害者歯科臨床において特に有用な診査法であることが,これまでの臨床測定により明らかになっている.本稿では,TLP法の原理や,小児歯科臨床における外傷歯の血流測定,歯の発達に伴う歯髄脈波の変化の研究などから得られた知見について解説する.
透過型光電脈波法は,歯髄腔内で心拍に同期して起こる血流量の脈動性の変化を「歯髄脈波」として検出する手法である.1973年にShoherらがタングステンランプを使用して測定して以来4),ヒトおよび動物を対象とした歯髄血流測定が報告されてきた5,6).国内では1983年に井川らが656 nmのLEDを使用して成人被験者の測定を行ったのが最初である7).また,三輪らは小児患者の外傷歯の測定より,外傷を受けた乳歯や幼若永久歯で歯髄電気診に反応しない歯であっても,歯髄血流の有無を指標に歯髄の生死の診断ができることを報告した8-10).Fig.1に透過型光電脈波測定システムを示す.歯の口蓋側より中心波長525 nmの砲弾型LED(ϕ3 mm, OSPG 3131 P, OptoSupply International)を照射し,唇側から受光素子のPhotodiode(HPS 304AL, Kodenshi Corp., Tokyo, Japan)により透過光を受光する.歯髄腔に到達した光は歯髄血液により吸収・散乱を受けて減衰するため,心拍に同期した末梢血管の膨張と収縮によって生じる歯髄腔内血液量の脈動性変化に応じて,透過光量も脈動性に変化する.このような透過光強度の時間的変化を,歯髄光電脈波(以下,歯髄脈波)として記録する.歯髄脈波測定には,歯髄血流測定装置の試作機(株式会社モリタ製作所)を使用している.LEDとPhotodiodeは,個々の歯に合わせて歯科用即時重合レジンで作製したレジンキャップ(個歯アダプター)に固定して測定する.これにより体動によるアーチファクトを軽減することができ,さらに歯周組織からの散乱光を最小限にし,脈波の混入を防いでいる.歯髄脈波の測定と同時に,赤色LEDにより指尖脈波を測定し,歯髄脈波と指尖脈波の位相の一致を確認することによって歯髄血流の有無を判定する.
Schematic drawing of the TLP system.
A TLP system with a 525 nm green LED (prototype system, J. Morita Corp., Kyoto, Japan) was used to measure the pulpal blood flow.
臨床において,上顎前歯は外傷の受傷頻度が最も高いため,我々は前歯部の光学特性について臼歯部よりも優先して研究を行ってきた.歯と歯髄血液の光学測定より,ヒト上顎前歯の測定の適性波長は可視光の短波長であることが明らかになっている.歯髄は周囲を硬組織に囲まれた狭い領域にあり,さらに歯髄腔体積中に占める赤血球の体積はわずか3%前後であると推測されることから11),TLP法では非常に微量な血流量変化の検出が求められる.Fig.2にヘモグロビンの吸光スペクトルを示す.指尖や耳朶など軟組織の光電脈波測定に使用される赤色光や近赤外光と比較すると,可視光の短波長領域(460~590 nm)のLEDはヘモグロビン吸光度が指数関数的に高く,歯髄腔内血液の検出感度が高い11-13).これらの短波長領域では歯質での光散乱が相対的に大きいため,赤色光や近赤外光と比較すると歯質の光透過性が低く不利であるにも関わらず,結果的に歯髄脈波を検出しやすい.このことから,ヘモグロビンの吸光度が高いことが歯髄脈波検出に非常に有利に働いていることが示唆される.また,可視光の短波長領域の中でも,酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビン吸光度の異なる非等吸収波長(470 nm)を使用すると酸素飽和度の変化を検出できる12,14-16).歯髄血液の酸素飽和度は歯髄の炎症によって変化し,歯の透過光強度に影響すると予想される.現行の測定システムでは,酸素飽和度の影響を受けずに歯髄血流量の変化を検出することを目的としているため,酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの吸光度が等しい等吸収波長(525 nm)を使用して臨床測定を行っている.
Absorption coefficients of human oxygenated and deoxygenated hemoglobin in the visible and near-infrared regions.
Wavelengths of 525 and 810 nm corresponded to the isosbestic wavelength of Hb and HbO2, and the optical absorption at these wavelengths did not depend on the SO2 level. On the other hand, the optical absorption at the non-isosbestic wavelength of 467 nm varied depending on both the Hb content and SO2 level.
歯髄血流測定法として,レーザードップラー血流計測,パルスオキシメトリについても多数の報告がある6,17,18).レーザードップラー血流計測は歯髄血流量の相対値を定量的に測定できるのが利点であるが,エナメル質表面での散乱光が多く歯周組織の信号を拾いやすいことや19,20),臨床で用いる測定装置としては高価であるという欠点がある.パルスオキシメトリは赤色光と近赤外光の2波長の光電脈波を用いており,測定装置は普及しているものの,前述のようにこれらの波長は対象となる歯種の解剖学的形態によっては歯髄の光電脈波測定に適さない可能性がある.TLP法については既存の測定装置は存在しないが,LEDはレーザーと比較して安価で入手しやすく,歯の光学特性に合わせた波長に調整しやすいという利点がある.
歯髄の生活性の診断は,自発痛,冷温水痛,打診痛などの疼痛の種類や,歯の動揺や露髄の有無,変色などの歯の所見,軟組織の所見,エックス線所見などの複数の診査によって行うが,中にはこれらの歯髄診査法のみでは歯髄の生死を確定できない症例がある.歯髄神経の応答による従来の診査法のみでは歯髄の生死が確定できない歯や,歯周歯内病変を有する歯の診断において,TLP法は診断の一助となる.TLP法を併用した歯髄診断を行った例を以下に解説する.
3.1 症例1:根未完成幼若永久歯の歯髄診断患者は初診時年齢8歳4か月の男児で,転倒により上顎前歯部を強打し,上顎左側中切歯の陥入の疑いで,受傷1週間後に歯科医院からの紹介で来院した.上顎右側中切歯には動揺と打診痛,歯冠破折を,上顎左側中切歯には陥入と歯冠破折を認めた(Fig.3(a) (b)).初診日,浸潤麻酔下で上顎左側中切歯の整復を行い,3か月間のワイヤーレジン固定を行った(Fig.3(c)).経過観察中,上顎左右中切歯は歯髄電気診(Electric pulp testing: EPT)に反応を認めていたが,受傷3か月後,上顎左側中切歯の唇側歯肉に膿瘍を認めた.歯髄電気診の反応の有無は検査の度に異なり,概ね反応があったが再現性はなかった.受傷5か月後(Fig.3(d))の歯髄電気診とTLP検査の結果をFig.4に示す.上顎右側中切歯は指尖脈波に同期する歯髄脈波を認めたが,上顎左側中切歯の歯髄脈波は認められず,5か月目の時点で打診痛も出現したため,失活と診断した.上顎左側中切歯の歯内治療の際,歯髄腔内に血液を認めなかった.本症例では膿瘍が生じたにも関わらず歯髄電気診の反応を認めたが,歯髄の失活を疑う歯が歯髄電気診に反応する場合や,複数の診査法で診断結果が異なる場合,TLP検査を行うことで歯髄の状態をより正確に把握することができる.
Intraoral photograph and radiographs of the traumatized teeth.
(a), (b), (c) One week after the injury at 8 years and 4 months of age. The upper left central incisor was repositioned and fixed using wire and a resin splint. (d) Five weeks after the injury at 8 years and 9 months of age.
TLP pulse waves of the upper central incisors at 5 months after injury.
At 5 months after the injury, the TLP pulse waves of the upper left central incisor could not be detected, while the TLP of the upper right incisor (#11) showed clear pulse waves synchronized with finger plethysmograms.
患者は初診時年齢9歳11か月の男児で,上顎左右中切歯の歯の保存の相談を主訴に来院した.患児は9歳1か月の時,上顎左右中切歯を壁にぶつけて脱臼したため歯のワイヤー固定の処置を受けた.9歳10か月の時に歯肉からの排膿およびエックス線診査より垂直性の骨吸収を認めたため,咬合性外傷の疑いで当科へ紹介となった.初診時,上顎左右中切歯には0.5 mmの挺出,動揺,歯周ポケットからの排膿を認めた.エックス線診査より根尖におよぶ垂直性のエックス線透過像を認め(Fig.5(a)),歯周ポケットは上顎右側中切歯9~14 mm,左側中切歯7~9 mmであった.歯髄電気診では左右ともに反応があったため,歯髄の生活反応を診査するために10歳0か月時にTLP検査を行なった結果,上顎右側中切歯の歯髄脈波は振幅が低く形状は不規則で,指尖脈波との同期は不明瞭であった(Fig.6(a)).一方,上顎左側中切歯の歯髄脈波の形状はやや不規則であったが,指尖脈波との同期を認めた(Fig.6(b)).そのため,上顎右側中切歯は失活と診断し感染根管治療を行ったところ,根管内から排膿を認めた.しかし,根管治療後も垂直性骨吸収は改善せず(Fig.5(b)),正中部歯肉の溝のような特徴的所見が継続して認められた(Fig.5(c)).そこで,感染の原因として外傷による歯根の不完全破折やセメント質の剥離,異物の混入等を疑い,10歳6か月時に上顎右側中切歯の意図的再植を行ったところ,歯槽窩の最深部よりゴムリングが摘出された.再植後は歯周組織の治癒が進み,術後3年6か月後の13歳11か月において,上顎左側中切歯は歯髄電気診およびTLP検査より生活反応を認めている(Fig.7(a) (b), Fig.8).本症例ではゴムリングが迷入した時期や原因は特定できなかったが,上顎左右中切歯の歯冠周囲から歯周組織内へゴムリングが迷入した症例は過去にも報告されており21,22),歯肉に溝のような特徴的な所見を認める.本症例のように根尖周囲に及ぶ重度の歯槽骨吸収を認め,病態が歯周病変と歯内病変のどちらに起因するか慎重に判断すべき症例において,従来の診査法にTLP法を併用することで診断精度の向上に寄与できる.
Radiographs and intraoral photograph of the upper central incisors before and after root canal treatment.
(a) Before root canal treatment to #11 at 10 years and 0 months of age.
(b) After root canal treatment to #11 at 10 years and 3 months of age.
Both dental radiographs showed a radiolucent area along the roots of teeth #11 and #21.
(c) An intraoral photograph at 10 years 6 months of age. A fissure-like deep crease in the free gingiva was observed.
TLP pulse waves of the upper central incisors at 10 years and 0 months of age.
Tooth #11 exhibited a positive EPT response but TLP detected no blood flow. Tooth #11 was presumed to be nonvital because there was no pain or bleeding during root canal treatment.
Intraoral photograph and CBCT image at 13 years and 11 months of age.
No pathological findings, (e.g., root resorption, ankylosis, or inflammation) of the periodontal tissue, were observed.
TLP pulse waves of the upper left central incisor at 13 years and 11 months of age.
TLP pulse waves of the upper left central incisor became clearer after intentional replantation.
TLP法による臨床データの蓄積より,外傷歯の歯髄脈波は,脈波が観察されたとしても波形の形状や周期,振幅が不規則になることが明らかになった9,10).歯髄死に至る場合は次第に脈波が観察されなくなるが,治癒に伴い歯髄脈波の回復が見られる場合もある.一般に,末梢組織の光電脈波には病態や加齢に関する様々な情報が含まれることが報告されている23).我々は,歯髄光電脈波が影響を受ける因子を明らかにし,歯髄脈波発生のメカニズムを解明するため,いくつかの検証を行ってきた.これまでに,歯髄脈波振幅や歯の透過光減衰度(Optical Density: OD)は,歯髄腔の大きさ,歯髄血液濃度,歯髄血液の酸素飽和度,光源波長に影響を受けることが明らかになっている11,12,14).
小児歯科臨床においては,根未完成の幼若永久歯が測定の対象となることが多い.歯根形成の初期段階においては歯根長が短く根尖が開大し,歯根の象牙質は薄い.歯根の伸長に伴い歯根象牙質は厚くなり,根尖は閉鎖していく24).またその過程において,歯髄組織中の微小循環系や神経も成熟していく.特に根尖が開大している時期においては,歯髄血液の供給が豊富であることが報告されている25).そこで,外傷やう蝕に罹患していない健全歯を対象に,歯根の発育に伴う歯髄脈波の変化を調べた2).対象は小児被験者31名と成人被験者10名の健全な上顎中切歯(n = 78)で,被験歯を歯根形成度によって4群に分類し(Fig.9),各グループ間の歯髄脈波振幅,透過光減衰度(OD)の比較を行った(一元配置分散分析,ボンフェローニ法).その結果,歯髄脈波振幅と ODは歯根形成と共に増加し,Group 3(14.2 ± 2.3歳,n = 18)で最大となり,Group 4(30.4 ± 3.6歳,n = 19)で減少した(Fig.10b).Group 1(7.7 ± 1.0歳,n = 16)およびGroup 2(10.6 ± 1.9歳,n = 25)において,歯髄腔体積が大きく血流が豊富であるため歯髄脈波振幅が大きいという仮説に反して歯髄脈波振幅が小さかったことについては(Fig.10a),歯髄腔内の細動脈の血管収縮・血管拡張に関与する自律神経線維が少なく未発達であるため,有意に小さい振幅であったと推察した.また,Group 1〜3において全身の発達と歯髄脈波振幅との相関を検証したところ(Person’s correlation coefficients),体重・身長と歯髄脈波振幅の相関係数は其々,0.37(p = 0.004)および0.45(p = 0.0004)となり,有意な相関があることも明らかになった.最も歯髄脈波振幅が大きかったGroup 3は小児の体重・身長が大きく増加する思春期成長に相当する.健全な小児においては,年齢や身体の成長発育に伴い,末梢組織の光電脈波の伝搬速度や血管弾性が変化するという報告があるが23),歯髄の光電脈波においても,歯髄の成熟度に加えて小児の全身的な成長発育が間接的に関与している可能性が示唆された.
Classification of the root formation stages observed on the radiographs.
(a) Group 1. Half to three-quarters developed roots with a wide-open apex.
(b) Group 2. Root length completed with an open apex.
(c) Group 3. Completed root development, with a half-closed apex.
(d) Group 4. Adult mature teeth with a fully closed apex.
The mean ± SD of (a) TLP amplitude and (b) OD value.
The ordinate represents the group, and the abscissa represents the respective measurements.
Asterisks indicate significant differences between the groups (* p < 0.005; ** p < 0.01).
発達途中の幼若永久歯の歯髄保存は正常な歯根の成長を促し,良好な予後へと繋がる.これまで,外傷歯の中でも受傷頻度の高い前歯部を主な対象として,歯髄血流測定による歯髄診断を行ってきた.一方で,小臼歯や大臼歯にも測定の対象を広げることが可能となれば,小児期のみならず成人の歯のう蝕歯や歯周歯内病変の診断等にも応用範囲が広がることが予想される.臼歯の測定を可能にするためには,臼歯の光学特性の解明やそれに基づく適性波長の選択,測定プローブの作製が必要である.また,光電脈波は末梢組織の機能や病態に関する様々な情報を含んでいるという報告がされているが,歯髄の光電脈波についての報告は少なく,未知なる部分があると推測される.今後も歯髄血流測定を通じて歯髄の微小循環について新たな知見を得ることができれば,歯髄の病態を把握する上での一助となると考えられる.
利益相反なし.