2023 Volume 43 Issue 4 Pages 213-216
獣医学領域における悪性腫瘍の診察件数は年々増加傾向にあり,犬の3頭に1頭は悪性腫瘍が原因で死亡する.その中でも口腔内に発生する悪性黒色腫は,周辺への浸潤や肺転移などを高確率で引き起こす.今回,局所再発を繰り返し,切除困難な眼球尾側に浸潤し眼球を押し出していた悪性黒色腫に対してインドシアニングリーンの局所注入と半導体レーザーによる光照射を用いた治療において臨床上効果的であると判断できる反応が認められたのでそれを紹介する.
The number of medical examinations for malignant tumors in the veterinary field is increasing year by year, and one in three dogs die from malignant tumors. Among malignant tumors in dogs, malignant melanoma that occurs in the oral cavity causes infiltration to the surrounding area and lung metastasis with high probability. In dogs, in cases where malignant melanoma with repeated local recurrence invades the difficult-to-resect site that presses the eyeball, treatment using local injection of indocyanine green and irradiation with a semiconductor laser was effective. Since a reaction that can be judged to be was observed, the case will be described.
症例:口腔内メラノーマ,9歳,犬(ゴールデンレトリーバー)30 kg.
口腔内の腫瘤に気がつき来院した(Fig.1).即日,外科手術により摘出をした.摘出した腫瘍は4.0 × 4.5 cmであり,病理検査に提出したところ悪性黒色腫であった(Fig.2).外科手術と同時に触診において腫脹が確認された下顎リンパ節を摘出したところ悪性腫瘍の転移であるとの病理検査結果だった.この結果WHOの分類ではステージ3であった.
Appearance of oral tumor at the first visit and preoperative X-ray
No bone infiltration was confirmed on the oral radiograph.
Post-resection appearance and resected tumor
The resected tumor was 4.0 × 4.5 cm.
術後よりインターフェロンγ製剤(インタードッグ・東レ・東京)を1万単位/kgで週に2回皮下投与,フィロコキシブ(5 mg/kg,SID,プレビコックス,メリアルジャパン,東京)の経口投与,トセラニブ(パラディア)2.5 mg/kg隔日の経口投与を開始した.しかし,初回手術から54日目,139日目に局所再発をしたため局所における切除手術を実施した.139日目には腫瘍は口腔内からさらに深部の眼窩に浸潤し,眼球を押し出すようになっていたために,口腔内から腫瘍へのアプローチを試みたが,完全摘出は不可能と判断し,術中に腫瘍内にインドシアニングリーン(ICG)(ジアノグリーン注射用25 mg,第一三共,東京)2.5 mg/mLを2 mL注入して,術中に半導体レーザーによる光照射(DVL-20・飛鳥メディカル・京都)をロータリーハンドピースを用いて5.0 Wで15分間実施した(Fig.3).今回用いた機材による波長は808 nm ± 10 nmであった.
Surgical photo at the time of recurrence
The buccal tumor in the oral cavity was excised, and the tumor infiltrating around the eyeball was approached and removed. Since the tumor pushing the eyeball was confirmed further back, ICG was injected and laser irradiation was performed.
術中の半導体レーザー照射は,口腔内より目視下で実施した.出力5.0 Wで腫瘍表面から約5 cmの距離.腫瘍に対しての1秒間当たりのエネルギー量は0.025 J/cm2であったので,照射総エネルギー量は5(W)×15(min)×60(sec)=4,500(J)であった.また術後3日目に,頬の外側から経皮的にロータリーハンドピースを用いて5.0 Wで15分間の照射を実施した.術中照射より1週間後には,眼球の突出が緩和された(Fig.4).しかし,手術中であれば腫瘍に外科的アプローチにより目視下で腫瘍に直接ICGを注入できたが,覚醒下では犬が動くため,周辺の組織への誤注入などのリスクも考慮し,正確に注入するためには鎮静などの不動化の処置が必要であると考えられた.また,その処置に対しての飼い主の同意が得られなかったためにICGの局所注入は実施できなかった.その後,ICGとレーザー照射の治療が継続できなくなり,局所における腫瘍は2週間後より再拡大の機転をたどり眼球が突出した.
Comparison of appearance before and after semiconductor laser treatment after injecting ICG into the tumor (before and 1 week after treatment)
After 1 week of treatment, the protrusion of the nictitating membrane disappeared and the cheek protuberance decreased. The improvement in protruding eyeballs was thought to be due to the shrinkage of the tumor that was compressing the eyeballs.
口腔内の頬側の腫瘍を切除し,眼球周囲に浸潤している腫瘍にアプローチし摘出.そのさらに奥に眼球を押している腫瘍を確認できたために外科的にアプローチした部分よりICGを注入し,その部分よりレーザー照射を実施した.
処置1週間後には瞬膜の突出がなくなり,頬の隆起も減少した.眼球の突出が改善したのは,眼球を圧迫していた腫瘍の縮小によるものと考えられた.
犬における黒色腫は,犬の悪性腫瘍の7%を占め,口腔内に最も多く発生し全悪性黒色腫の62%を占める予後の極めて悪い腫瘍である.プードル,ゴールデン・レトリーバー,ラブラドール・レトリーバー,ロットワイラー,ヨークシャテリアが好発犬種とされている1,2).口腔内に発生した悪性黒色腫は,領域リンパ節から肺へ高確率で遠隔転移すると同時に,骨を含めた局所浸潤も認められる.治療としては早期であれば拡大外科切除が第一選択となるが,ステージ2~3の症例では,外科的切除単独での生存期間は3~12ヵ月である3,4).一方で,抗がん剤治療ではほとんど効果が認められない5).今回用いたICGの局所注入による治療は,他の腫瘍では抗がん剤と併用することで,一定の効果があることが報告されているが,ICG単独使用による犬のメラノーマにおける効果は報告されていない6).口腔内のメラノーマについては,可能であれば,減容積手術実施は罹患動物の生活の質を保つことには有効であり,減容積療法を実施後にICGを塗布してレーザーを用いた熱凝固も含めた治療法による良好な経過が得られた臨床例も報告されている7).これはICGに810 nmの光を照射したときに起こる温度上昇,すなわち温熱効果であると考えられる.
また,ICGをメラノーマ細胞と接触させ830 nmのレーザー光を照射した時には,ICGとメラノーマ細胞を接触させただけの場合と比較してメラノーマ細胞の生存率が5~10倍低下するとの報告がある8).この治療効果については,光線力学療法(Photodynamic therapy: PDT)の効果も関与していることが示された.その治療効果を引き起こすのがICGの光照射による一重項酸素の発生であることが確認されており,マウスのHeLa腫瘍への照射により腫瘍壊死や血管障害が認められており,PDTの効果に熱効果が加わってもたらされたものであるとされている8).一重項酸素は,生体システム内などの有機分子を損傷する反応を引き起こすために,今回の犬の局所再発を起こしたメラノーマの場合においても従来から報告されているICGの温熱効果に加え,ICGのPDT効果も寄与したものと考えられた.しかし,処置後2週間で再度の腫瘍増大による眼球の突出を確認した.局所による腫瘍の大きさをコントロールするためにはICGと光を用いた治療継続が必要であると考えられた.犬の口腔内メラノーマは抗がん剤に対しての反応は悪く,局所再発に関しては外科手術による減容積療法や拡大手術が中心となっている.今回実施したICGと光を用いた治療は,腫瘍内に直接投与や継続治療が可能であれば,口腔内メラノーマの局所コントロールを行う簡便な方法である可能性があると考えられた.
利益相反なし