2024 Volume 45 Issue 1 Pages 24-33
コロナ禍におけるレーザーメーカーとしての取り組みの一つとして,レーザー治療時の感染予防の為の特殊マスクを開発したので,その開発の背景や経緯を記述した.また,それ以外に社会に対する責任を果たしながら,自社の為のみならず,社会全体やお客様の為に行ってきたことをまとめた.
次にコロナ禍のレーザー業界の動向を調査したところ,レーザー業界(美容系)はむしろ成長したことが分かった.最後に,コロナ禍が業界に与えた影響について考察を試みた.
During the COVID-19 pandemic, as one of our initiatives as a laser manufacturer, we developed a special mask to be used during laser treatment to prevent the spread of infection. In addition to these masks, I have summarized our other activities and social contributions, as we have a responsibility not only to ourselves as a company but also to our customers and society as whole. Next, I looked at the trends in the laser industry during the pandemic and found that the aesthetic laser industry actually grew. Last is an examination of the impact that the COVID-19 pandemic had on the industry.
日本で初めて新型コロナウィルス(COVID-19)への罹患が確認されたのは,2020年1月15日とされている.当時,報道された中国武漢市の惨状を見ても,私を含め,多くの国民はまだ危機感がなく,対岸の火事という認識であった.その後,国民を震撼させた事件は,同年2月3日,横浜港に帰港したダイヤモンド・プリンセス号での集団感染(クラスター)の発生であった.このクルーズ船には乗員・乗客を合わせ計3,713人が乗船しており,二ヶ月後の4月15日までに感染の確定症例が712例となり,少なくとも14例の死亡が確認された(致死率2.0%)1).その後,隅田川の屋形船や接待を伴う飲食店等,日本のあちこちで次々とクラスターが発生し,その度に当該事業者のみならず,その業界全体に風評被害が起こり,客足が遠のいた.3月末,感染対策の陰圧室を備えた中核の総合病院で大規模なクラスター(累計214人)が発生したと報じられた2).これを機に医療機関も危険という意識が国民の間に生まれた.日本医師会は当時の医療機関への風評被害の実態についてまとめているが,極端な事例として,医療機関に勤めているというだけで,近くに来ないで欲しい等,職員やその家族は差別的な扱いを受け,来院患者が減り,病院経営に影響がでたとされている3).
その後,新型コロナの急速かつ全国的なまん延により,3月13日に成立した新型コロナウィルス対策の特別措置法に基づく,一回目の緊急事態宣言が4月7日,東京,神奈川,埼玉,千葉,大阪,兵庫,福岡の7都府県に発出,4月16日には対象が全国に広げられた.
国民は不要不急の外出の自粛を要請され,企業は密を避けるテレワークや時差出勤が推奨された.博物館,映画館,ショッピングモールやイベント等,多くの人が集合,または密となる施設の事業者には営業自粛の要請があり,いわゆるコロナ禍の「新しい生活様式」への移行が本格的に始まった.同時に進められた検査体制,医療提供体制の整備において,大学病院や地域の中核医療機関は感染症科や呼吸器内科のみならず,すべての病院関係者が患者の受け入れや院内感染防止策,不要不急の手術の延期等,これまで経験したことのない医療対応へのシフトを求められた.医療従事者自身の感染リスクと医療機関に対する風評被害の中,コロナ患者以外の診療も行い,医師を始めとする病院関係者が日本の医療体制を必死に維持されたことは,本当に頭が下がる思いである.
緊急事態宣言によって日本全体に自粛の嵐が吹き荒れ,経済活動が制限されて,急激に消費が下降したことで,飲食や旅行関連業等,経営に苦戦する業界,企業や事業者が出てきた.レーザー業界の一番のお客様である皮膚科,形成外科,美容外科/美容皮膚科を標榜するクリニックも自粛の影響を受けた.日本美容医療協会は会員の医師たちに対し,「率先して社会に対する責任を果たして頂くことを希望します.」として,広告やICU搬入のリスクのある手術,対面での診療等を可能な限り控えることを要請し,身を切る覚悟で,医療体制の維持と感染拡大防止への協力に努めた4).
レーザー業界は当社を含め,緊急事態宣言中の営業活動や備品の納品が出来なかった為,5月の業績は大きく低下し,経営陣は終わりの見えないコロナ禍での会社経営に危機感を抱き始めていた.1回目の緊急事態宣言が解除され,6月に入った頃,弊社に日本美容医療協会 理事長 青木律先生から,ある製品の開発依頼の連絡が入った.「顔面のレーザー治療の時にも,患者様が施術中,ずっとつけていられ,手技や治療の邪魔にならないよう鼻と口だけを覆うマスクを御社で作れませんか?このマスクによってより安全にレーザーやRFといった低侵襲で感染リスクの少ない施術を再開できると思います.」という内容だった.
弊社はこれで売上が伸びるとは思えないが,不安なお客様や患者様の為にレーザーメーカーとして私たちが出来る貢献の一つであるとの認識を強め,青木先生の提案に賛同し,開発部門に迅速な製品化を指示した.レーザーしか作ったことのない開発チームは,これまで見たことのない,医療機器でもない特殊なマスクの開発に乗り出すことになった.
特殊マスクの開発にあたり,まず以下のように仕様上の開発方針を策定,チームで確認した.
1)飛沫感染の防止に寄与すること.
2)皮膚を含む人体に対して安全であること.
3)鼻と口のみを覆い,出来るだけ顔面を露出させること.
4)一枚ずつパック包装し,滅菌は行わないが清潔管理のもとに製造すること.
5)低価格であること.
始めにマスクに関する規制を調べたところ,日本ではマスクに関して公的な規格・基準は整備されておらず,医療機器として承認を取得しているものもないことが分かった.当時,輸入品を含め,様々な品質のマスクが流通しており,店頭に並ぶと瞬く間に売り切れて,市場価格が高騰していた.大手国産メーカーは以前より自主的な基準を設けて,設計,製造,品質検査を行い,市場に出荷していることが分かった.そこで弊社も大手マスク製造会社の品質・安全基準に準ずる製品として開発を進めることにした.当時,新型コロナウィルスは,空気感染はなく,飛沫感染,接触感染であること.また,ウィルスは鼻腔,口腔,喉などの粘膜から気管支,肺へと侵入することで肺炎を併発することが報道されていた.
従って,市販されている国産のマスクの素材で飛沫の防御に問題ないと考えられたが,可能であれば,報道で認知が向上した医療用N95マスクの素材を採用し,形状を設計した方がより安心,安全であると考えた.N95とは,NIOSH(米国労働安全衛生研究所)が制定した呼吸器防護具の規格基準であり,油分を含まない試験粒子0.3 μmを95%以上捕集できる為,空気感染も防ぐ可能性が高いとされている5).さらに青木先生から要望のあった「鼻(小鼻が隠れる)と口のみを覆い,極力,顔面のレーザー治療の邪魔にならないこと.」を考慮すると,通常のマスクのように平面的なシート素材を紐で固定するのではなく,裁断加工されたN95マスク素材をテープで顔面に接着固定するタイプを目指すこととした.
2.2 形状デザインN95マスクを入手し,カットして接着剤で張り合わせ,いわゆる原理モデルを試作,マネキンや治療用チェアに寝かせた状態の社員の顔に乗せて密閉具合を観察するなど,形状デザインの検証と変更を繰り返した(Fig.1).
特殊マスク試作風景
試行錯誤の後,手作業で作った試作品を装着している写真をメールで青木先生に送り,見て貰ったところ,「もっと高さを低くしないと,レーザー機器等のハンドピースの操作がしにくい可能性がある.」との意見を頂いた.実際に治療用チェアにモデルを寝かせて,顔面に試作マスクをのせ,当社で扱っているレーザーを複数用い,レーザー治療の模擬照射試験を行ってみたところ,特に炭酸ガスレーザーのように多関節アームを採用している機種では,マスクが邪魔になってハンドピースを垂直に保って照射することが難しい場面があった.従って,マスクの高さを低くすることにし,加えて小児など小顔の患者にとっては縦方向の長さも長すぎる為,顎下に隙間が出来る可能性が想定された.そこで大小2種類のサイズを製作することに決め,N95マスク素材を切り貼りした手作りの試作品をもとに,最終の形状のデザイン設計に入った.
最終的なデザインは,鼻の中心部から下方へ小鼻も含むように覆い,鼻唇溝で凹み,再び口唇部で膨らむ形状とした.この形状は防護が必要な部位を確実にカバーでき,かつ治療用チェアに仰向けに横になる患者に対して,医療従事者が迅速にかつ適切に装着できると考えた.
2.3 素材の選定マスク素材の選定に関して,これまで想定していたN95防護マスクの素材は予想以上にコストが高いことが判明した.加えて,両面テープで顔面にきっちり固定すると,N95は呼吸が苦しいと,モニターからの指摘を受けた.青木先生に相談したところ,「特定医療材料として保険請求できるわけではないので,価格が高いのは困る.また,患者様が息苦しく感じる点も,逆に治療への不安が増す可能性があるので,飛沫感染を防ぐという意味では,通常のマスク素材で十分である.」との回答を頂いた.
通常のマスクの素材は,補集フィルターを始めとする数枚の繊維性素材を重ねて構成されている.布製ではコストは安いが,今回の特殊な形状が保てない為,不織布を採用することにした.不織布とはJIS規格JIS L0222:2001のなかで「繊維シート,ウェブまたはパットで繊維が一方向またはランダムに配向しており,交絡,融着,接着によって繊維間が結合されたもの.」と定義されている.すなわち不織布は,繊維を何らかの方法で絡ませたり,接着したりして作ったシートで,当然のことながら1層よりも3層で構成した方が,飛沫の通過を防止することが出来るわけである.そこで,大手マスクメーカーの使用素材を調べ,素材のコストを考慮して,使用する不織布の種類を選定し,スパンボンド不織布を3層にして採用することとした.スパンボンド不織布は,化学合成繊維のように,溶けた原料樹脂(ポリプロピレンなど)を紡糸した後,自己接着させて製造するものである.紙おむつなど,肌に直接,長時間触れるトップシートにも採用されているので,皮膚に密着させてもかぶれや接触性皮膚炎等が起こりづらいと考えた.さらに装着時に誤ってレーザーがマスクに当たり,患者が火傷するリスクを考え,一層目の素材には,難燃性の不織布を採用することにした(Fig.2).
マスクの3層構造
また,皮膚にマスクを固定する為のテープも,ISO10993に準拠した生物学的安全性試験を行い,人体への安全性が確認されている皮膚用の両面粘着テープを採用することとした.さらに実際に装着する時に両面テープの粘着部の剥離紙を何枚も剥がすのは面倒で時間が掛かるので,マスク両側に幅4 mmのテープを2枚だけ配置することにした.この試作品で同様な最終社内テストを経て,設計段階を終了し,製造へ移行することになった.
2.4 製造と販売提供,JIS規格への適合製造を委託するOEMメーカーの選定にあたっては,何と言っても製造コストが問題となった.当社が想定していたのは1ロット数万枚であったが,一般的なマスクはその10~100倍のロットで製造することで,1枚当たりのコストを下げているのである.加えて,安全性,利便性を考えたこの特殊な形状と構造は,全自動で生産できない為,工程数が増え,コストに反映してしまうとのことであったが,OEMメーカーに社会貢献的な意義を力説し,両社の利益を削る形で,一社と合意に至った.
設計が終了した頃から,社内のマーケティング部門では販売時に50枚のマスクが入る箱のデザイン,カタログ,販促資料等の準備がハイスピードで進められ,製品名はペタットマスクと命名された.
2020年11月20日,ついに開始から約半年間という,弊社開発部門にとっては異例のスピードで,弊社の契約倉庫に量産されたペタットマスクの完成品が到着した(Fig.3).そして,12月1日から本格的に製品の紹介やサンプルの無料配布等,ペタットマスクの販促活動が開始された.
ペタットマスク
翌年になってマスクの日本産業規格(JIS)が制定されるとの報道があり,2021年7月2日に厚労省と経産省が共同で声明を出し,日本衛生材料工業連合会から表示・広告ガイドラインが公表された.弊社は一層の防御性能の向上の為,3層構造の中層の不織布をメルトブローン不織布に変更し,2022年6月に基準試験に合格,ペタットマスクProの製品名で,現在もレーザー治療時の感染防止策の選択肢の一つとして,この医療機関専売品の提供を継続している.
以上,弊社はこの特殊マスクの開発と提供を通じ,コロナ禍におけるレーザー治療時の感染防止対策の一つとして,微力ながら貢献できたものと考えている.
ここで,特殊マスクの開発以外の弊社のコロナ禍を乗り切る取り組みをいくつか紹介したい(Table 1).2020年2月のダイヤモンド・プリンセス号の報道から,弊社ではフレックス勤務と在宅勤務の試験運用を開始,来るべき外出自粛や感染者の隔離等の対策準備に入った.以前からノートPCとスマホは必要な社員に支給配布していたが,リモートワークに備えて対象をほぼ全社員に広げた.社内でコロナ患者が発生した時の対応フローチャートを作成,感染患者本人はもとより,全社員の冷静な対応を促した.社内環境の整備として,パーテーション,消毒液,非接触型温度計を設置,来訪者の記録等,感染拡大防止と濃厚接触者の把握に努めた.お客様への納品や臨床トレーニング,修理などは,感染防止対策のもと,求めに応じて受動的に行った.弊社では比較的早く準備を進めていたので,緊急事態宣言時にはほとんど混乱もなく,政府の呼びかけ通り,出社率3割程度の新しい生活様式を実現することができた.
弊社(ジェイメック)のコロナ禍の取り組み
トピックス | 社内体制 | 顧客対応 | |
---|---|---|---|
1月 | 日本初の新型コロナ ウイルス罹患確認 |
マスク着用 パーテーション設置 |
マスク着用開始 |
2月 | ダイヤモンド・プリンセス号集団感染 | フレックス・在宅勤務の試験運用開始 消毒用アルコール設置 共用部の清掃・換気・消毒の徹底 感染者発生時の対応フロー |
|
3月 | 新型コロナウイルス 対策特別措置法 |
非接触型温度計の設置 来訪者記録(濃厚接触者の把握) |
アルコール消毒・ソーシャルディスタンス開始 受動的な営業活動,メンテナンス,及び臨床トレーニング |
4月 | 緊急事態宣言(1回目) | フレックス・在宅勤務開始 社内インフラ導入 ・社内チャットアプリ ・安否確認アプリ ・WEBFaxシステム ・レンタカーカード |
プラクティカル・ワークショップ(web配信)開始 オンライン商談開始 |
5月 | DX戦略室の設立(IT化促進) | ||
11月 | バーチャル・ショールーム(WEB上の仮想展示場)運用開始 |
しかしながら営業活動が受動的となり,弊社のショールームを来訪するお客様が激減,学会はすべてリモート開催となった.そこで,今では当たり前となっているウェビナー(web上のセミナー)をいち早く取り入れようと,web放送用の機材をレンタルや購入し,自前の放送局を構築した.これまで実地開催だった当社の小規模ワークショップをweb配信に切り替え,プラクティカル・ワークショップと題し,新製品の紹介ではなく,お持ちの機器の適正な使用法,診断と実技に絞って,1回目の緊急事態宣言中から自社での運営実施を開始した.
2021年2月に協賛した15th Total Anti-Aging Seminarでは,これまで実地開催で行っていた大規模プライベートセミナーを全面オンライン開催に切り替え,日本各地から演者の先生方にオンラインで登壇して頂いた.講演をリアルタイムに中継することにより,約330名の先生方に参加して頂き,今までの実地開催のセミナーと遜色ないクオリティで実施することができたと考えている.これを皮切りに弊社では自社運営によるウェビナーでの情報発信の手法を確立し,今では“JMEC TV”というコンテンツ名で,2021年以来,継続して様々な臨床情報を配信し続けている.
この頃,DXという言葉が流行し,企業や官庁がIT導入による効率化を望んでいた背景もあり,弊社はDX時代の新しい試みとして,Web上のショールームを開発した(Fig.4).リモート開催時の学会展示(学会ホームページに製品紹介のリンクを張る)の販促効果は少ないことが多いが,弊社は出展を辞退することなく,現実に近い展示ブースをWeb上で再現し,学会ホームページにリンクを張ることで,コロナ禍においても「非接触」な情報提供を実現することを試みた.このバーチャル・ショールームは3Dビューアーを採用し,製品を多方向から,かつ拡大縮小して見ることが出来るものである.この仮想の展示場にはより詳細な情報提供をご希望の医療機関・医師の要望にもお応えすべく,web商談ツール(スマホ対応のTV電話システム)が備えられていた.
バーチャルショールームとウェビナー
また,2021年10月と2022年1月に,社会貢献の一環として,ゲートコントロール理論を応用したレーザー治療時の痛みの緩和に開発されたデバイス(製品名:ブルブルペン)を,特に小児のワクチン接種時の不安を和らげる為に,接種会場や医療機関へ無料配布を行った6).首都圏を中心に配布依頼を受け,50本以上のブルブルペンを提供させていただいた(Fig.5).
ブルブルペン
写真提供:グリーンウッドクリニック 青木 律 先生
医療レーザー業界の主なマーケット(販売先)は,市場規模順に皮膚美容関連(皮膚科,形成外科,美容外科/美容皮膚科),眼科,歯科,泌尿器科である.本特集のテーマは「コロナ禍の皮膚科形成外科におけるレーザー治療の状況を振り返って」であるので,皮膚科・形成外科が関わる美容医療の状況に絞って考察する.
弊社は日本医用レーザ協会(加盟25社)と,日本医療機器協会 美容医療機器部会(加盟24社)の両方の業界団体に所属している.美容医療機器部会では2ヶ月ごとの会合を開催し,業界の振興とコンプライアンス向上の為の活動をしている.その中で業界の動向についても情報共有し,対策を議論しているが,コロナ禍の約3年間,ほとんどの加盟企業の業績は,第一回目の緊急事態宣言の前後を除き,例年並みか,それ以上の成長とされている.特にすでにユーザー様を多く抱えていた歴史の古い企業は,緊急事態宣言で学会の展示会がなく,訪問が自粛となっても,ユーザー様の方からお問い合わせを頂いた.
3年間のコロナ禍の医療レーザー業界の動向であるが,結論から申し上げると,全体の業績は2020年の1回目の緊急事態宣言の頃に急速に減速したが,どの企業も2020年末までに,ほぼ回復したようである.その後の2年間は好調が続いており,今なお拡大傾向にある.コロナ禍とアフターコロナに苦しむ業種がある中,我々の業界にとってコロナ禍はむしろ追い風であったと考えている.
4.2 企業と消費者の景気動向ほぼリアルタイムで発表される企業の景気指標であるCI一致指数のグラフ7)(Fig.6)を見ると,2020年1月の武漢の報道があった頃から下降を始め,1回目の緊急事態宣言時に急角度で減速,宣言終了から徐々に回復基調に乗り,同年末にはコロナ前の9割程度まで回復している.翌2021年はデルタ株が広がった第5波(7~9月)のあたりで下降したが,2022年に入り緩やかに上昇傾向を示し,2023年にかけてコロナ前をわずかに上回る状況が続いている.街角景気と呼ばれる景気ウオッチャー調査8)でも,先のCIに比べ,上下の振れ幅は大きいものの,同様な傾向が見て取れる.
景気動向
感染症法上,2類相当とされた新型コロナウィルスは,2023年5月に5類に変更されたわけだが,グラフを見る限り,既に景気は回復基調に入っており,国民がコロナ禍の終焉を待ち望んでいた割に,景気は特に大きく反応したわけではなかった.
4.3 レーザー関連医療機関の動向医療レーザー業界やレーザー治療に関連する医療機関の動向が分かる統計は,集計や公表がされていない.そこでコロナ禍における皮膚美容医療関連の患者数の推移を推定するために,弊社で取り扱うある製品(たるみ治療)の症例毎に使用される消耗品の出荷数をグラフにしてみた.企業秘密的な側面があるので,実数はご容赦頂きたく,2016~2019年までの出荷数の平均を100%とし,コロナ禍の2020~2023年を比較してみた(Fig.7).コロナ禍初年度の2020年は約6割に低下したものの,2023年にほぼ平年に戻りつつある.一方で,驚いたことにレーザー治療後(特にシミ,黒子治療後)によく使用されるハイドロキノンクリームの出荷数はコロナ禍に入って大きく増加している.
消耗品のコロナ前5年平均との出荷数比較
次に弊社が臨床研究等で提携関係にある天神下皮フ科形成外科(院長 加王文祥先生)の来院患者数をパーセントでまとめた(Fig.8).2022年半ばから2023年初めまで勤務医の入院で,週4日間の診療体制となった.その影響を考慮すると,コロナ禍前後で年ごとの大きな変化は認められなかったと言える.ところが治療の内容を調べてみると,コロナ禍においては色素系(シミ・黒子)治療が大きく伸びていることが分かる.この事実を裏付けるように,矢野経済研究所の市場調査の「施術別利用状況(顔)」によると,コロナ前の2017~19年とコロナ禍の2021~22年を比べ,増加傾向にあった施術は,「シミ・あざ・黒子除去」,「二重眼瞼」,「ボトックス注入」等であった.一方でやや減少傾向にあったのは「フェイスリフト」,「あご輪郭修正」「鼻の整形」等の外科手術に加え,「ヒアルロン酸注入」も僅かに減少傾向が認められた.さらに「コロナ禍での在宅時間増加による美容医療への興味の増減」では,全体で41%が「高まった」「どちらかというと高まった」と回答し,年代別では20代で53%,30代で41%,40代33%,50代27%となり,特に若年層の美容への興味が増加している9).
天神下皮フ科形成外科の患者数(%)の推移
破線は実患者数(%)
実線は,6ヶ月移動平均(%)
これらのデータから,コロナ禍によって大きな手術が避けられ,レーザー治療や目周りの小手術が増加,患者の年代的にはハイリスクとされた高齢者の減少分を,若い世代が補って需要を牽引した可能性がある.施術部位をマスクで隠せる,または在宅勤務期間中にというように,他人に知られたくない,ダウンタイムのあるレーザー治療等を,今のうちに終えておこうという心理が働き,外食や旅行等が減ったことによる可処分所得の使い道として,美容医療の受診数が伸びたのではないかと推測する.
ちなみに開発したペタットマスクとブルブルペンのコロナ禍の2020年12月からアフターコロナの今日に至るまでの売上は,レーザー機器に比べてそれぞれの単価が安い為,弊社の全売上に占める割合は,0.1%以下と微々たるものであった.開発費や労務費を考えると,経済的効果は決して高いものではなかったが,両製品を通じた社会貢献的取組みにご賛同され,ご採用頂いた医療機関数が500施設以上に上ったことが,弊社にとっては十分に満足できる成果であったと考えている.残念ながら,アフターコロナでペタットマスクの需要が明らかに低下した為,医療現場で継続して使用して頂ける環境と製品力には至らなかったと言える.ただし,感染防止に無関係なブルブルペンは,コロナ禍をきっかけにワクチン注射から需要が上がり,アフターコロナではフィラー注射時の使用へと適用が拡大して,未だ出荷数が右肩上がりに増加していることは,開発チームのささやかな喜びである.
3年間続いた新型コロナウィルスの流行で,多くの国民は感染拡大防止に協力しながら,「新しい生活様式」を受け入れ,様々な制約の中で経済活動を継続する努力を行った.これによりコロナ禍は,パラダイムシフトと呼ばれるような様々な変革を日本社会にもたらしたと考える.
まず,非接触のコミュニケーションが増加し,その為のIT化,デジタル化が,企業経営の効率化に寄与したことである.テレワークやTV会議によって会議や商談が手軽に移動時間なく行え,かつ交通費や交際費が減少した.注文書や契約書など,帳票のやり取りがオンラインとなり,集計作業や管理,分析のスピードが上がった.国はコロナ禍を機に,2021年にデジタル庁を発足し,マイナンバー制度など,社会のIT改革を推進した.外出自粛や非接触が奨励されたことで,ECや電子マネーが普及し,国民のIT機器へのリテラシーも急速に向上した.
医療に関しては,学会や会議,企業セミナー等にリモート実施,参加という新しい選択肢が生まれたこと.患者側が医療機関を選択する上でSNSの利用者が増加したこと.また,実施に慎重であった遠隔診療への法整備が進み,リモートを組み合わせることで診療効率が上がり,患者の利便性も高まったとされる.
効率化を求める一方で,社会生活においてリアルなコミュニケーションが減り,代わりにSNSやチャットツールが普及したことで,「人間関係が希薄になった.家にこもりがちで内向的になった.」という声も聞こえるが,これらの変化が常態化し,今後,さらに進化していくのだとすれば,これが若い世代が牽引する新しい時代の始まりなのかも知れない.
レーザー(美容医療)業界にとっては,コロナ禍でレーザー治療や目周りの小手術の需要が増え,若年層が美容医療により関心を持ったこと,アフターコロナで従来の患者の中心であった年長者が戻ってきたことで,美容医療が大きなブームとなったことである.一方で,国民生活センターの危害報告によれば,コロナ禍で化粧品と美容医療関連のクレームが大きく増加したことは,レーザー業界にとっても大きな懸念材料であり,責任の一端を感じさせるニュースであった10).
私見であるが,コロナ禍が日本社会とレーザー業界に残したものとは,不況時における節約志向やバブル期における贅沢志向,もしくは健康やエコ志向といった従来型の変化ではなく,「漫然と繰り返されてきた仕事のやり方や生活の習慣を見つめ直す,大きなきっかけ」だったと考える.言い換えれば,コロナ禍は「それぞれの仕事や人生において,本当に必要なものは何だったのか?」ということに,改めて気づかせてくれた歴史的な出来事であった,とも言えるのではないだろうか.
最後にレーザー治療用の特殊マスクの開発の経緯だけでは,圧倒的に文量やデータが足りなかった為,コロナ禍における業界レポートのような内容になってしまったことをお詫び申し上げる.また,マスク開発のきっかけを頂いた日本美容医療協会理事長 青木 律先生,調査に協力を賜った天神下皮フ科形成外科 院長 加王文祥 先生とスタッフの皆様,美容医療機器部会 加盟企業の皆様,弊社 株式会社ジェイメックの技術開発室,DX課,化粧品を担当するコンシューマー事業部の皆さんに改めて深い感謝の意を表したい.
利益相反なし