The Journal of Japan Society for Laser Surgery and Medicine
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REVIEW ARTICLE
Inactivation of Pathogenic Microorganisms by Deep-UV Light
Takeo Minamikawa
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2024 Volume 45 Issue 2 Pages 161-168

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Abstract

本総説では,病原微生物の有効な予防策の一つとして注目されている深紫外光を用いた病原微生物の不活化法について概説する.特に,細菌やウイルスを取り上げ,その不活化メカニズムや不活化を評価する上で心がけるポイントについて示す.さらに,深紫外光の中でも特に近年注目を集めている深紫外LEDを用いた実際の不活化効果についても紹介する.

Translated Abstract

This review provides an overview of the inactivation of pathogenic microorganisms using deep-UV light. Specifically, it discusses bacteria and viruses, presenting inactivation mechanisms and outlining key considerations for evaluating the effectiveness of inactivation. In addition, it also presents the actual inactivation effect of viruses using deep-UV LEDs, which have garnered significant attention in recent years.

1.  緒言

人体に影響を与えうるウイルスや細菌などの病原微生物は,様々な形で人間に影響を与えてきた.例えば,14世紀頃にヨーロッパで流行し推計2,500万人以上もの犠牲者が出た黒死病は,ペスト菌が原因とされる1).19世紀から20世紀初頭に産業革命とともに著しい世界的流行をもたらし,現在でも年間100万人以上の犠牲を出す結核は,結核菌が原因である2).また,近年ではエイズ呼ばれている後天性免疫不全症候群が1980年頃から流行し,現在でも50万人以上の犠牲を出しているが,これはヒト免疫不全ウイルス(Human immunodeficiency virus: HIV)によるものである3).さらに,20世紀初頭のスペイン風邪(推計犠牲者数4,000万人以上),20世紀中盤頃のアジア風邪や香港風邪(推計犠牲者数各100万人以上),2009年の豚インフルエンザ(推計犠牲者数50万人以上)などは,すべてインフルエンザウイルスによる感染の結果である4).2019年に初めて確認され,その後世界的な大流行により多くの犠牲者(推計犠牲者数700万人以上)を出し,今なお影響がある新型コロナウイルス感染症(Coronavirus disease 2019: COVID-19)は,SARS-CoV-2(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2: SARS-CoV-2)による5).なお,2002年の重症急性呼吸器症候群(Severe acute respiratory syndrome: SARS),2012年の中東呼吸器症候群(Middle east respiratory syndrome: MERS)も,SARS-CoV-2と同じベータコロナウイルス属に属するコロナウイルスが原因である6)

新型コロナウイルス感染症で多くの人が身近に感じている通り,このような病原微生物は人体に致命的な影響を与えうるのみならず,感染者数が増えた場合に発症した患者の治療や感染拡大防止策に対して多くの社会的制限が要請される.また,病原微生物による感染症を社会的に克服するためには,少なくとも数年規模の時間が必要である.そのため,将来的に発生しえる病原微生物による感染症に対して対策を確立することは,今後の医療・教育・経済・社会など様々な活動を守るために必須の事項になっている.

本稿では,病原微生物の有効な予防策の一つとして注目されている深紫外光を用いた病原微生物の不活化法について概説する.深紫外光による病原微生物の不活化技術は,エネルギーコストが安い(物質を消費しない,消費エネルギーが少ない),処理後の残存物質が無い,対象物への影響が小さい,非接触で実施可能,ウイルスや細菌などの種類によらず対応可能といった利点から注目を集めている.しかし,単に深紫外光を照射するだけでは,定量的に信頼性の高い不活化基準を示す事が難しい事がわかっている.また,照射する深紫外光の波長に応じて,期待される不活化メカニズムも変わる.そこで本稿では,深紫外光による病原微生物の一般的な不活化メカニズムや,不活化を評価する上で心がけるポイントについて概説する.また,近年注目を集めている深紫外LEDを用いたSARS-CoV-2の不活化を例に,深紫外光による病原微生物の不活化効果についても紹介する.

2.  病原微生物の感染経路と不活化方針

2.1  病原微生物の特徴

病原微生物には,ウイルス,細菌,真菌,原虫,ぜん虫,プリオンが挙げられる.その中でも,特に感染症の代表的な原因となっているのがウイルスや細菌である.ウイルスや細菌は,いずれもヒトの体内で増殖し,ヒト臓器の機能を阻害することで感染症を起こす.

細菌は,栄養を取り込みながら自発的に増殖可能な病原微生物である.細胞核を持たない原核生物に属し,細胞壁,細胞膜,細胞質,遺伝子などを含む核酸(DNAおよびRNA)などを持つ.細菌は,単一の細胞でエネルギー獲得,代謝・エネルギー産生,および増殖が可能である.また,2分裂または発芽によって増殖する.細菌のサイズはおよそ数μm〜数十μmであり,光学顕微鏡等で観察することができる.

ウイルスは自発的に増殖ができない病原微生物である.増殖のためには,宿主細胞と呼ばれる細胞への侵入が必要である.ウイルスの構造は非常にシンプルであり,遺伝子である核酸(DNAまたはRNA)を中心に,その周囲にカプシドと呼ばれるタンパク質の殻構造で構成される.さらに,SARS-CoV-2などの一部のウイルスでは,エンベロープと呼ばれる脂質や糖タンパク質からなる外壁構造を有する場合もある.ウイルスは,単体ではエネルギー獲得,代謝・エネルギー産生,および増殖ができない.したがって,ヒト体内などに存在している粘膜などの細胞(宿主細胞と呼ぶ)に侵入し,ウイルスが持つ遺伝子と細胞が持つ核酸の複製機能やタンパク質の産生機能等を活用して増殖を行う.ウイルスのサイズはおよそ100 nm程度であり,光学顕微鏡では空間分解能が足りず存在を確認できず,電子顕微鏡による観察が必要である.

2.2  細菌やウイルスの感染メカニズム

細菌やウイルスの感染メカニズムの概略をFig.1に示す.細菌の場合,まず細菌保有者の咳や会話等によって生じる飛沫を吸い込む(飛沫感染),細菌が付着したものに直接接触する(接触感染),空気中に漂う微細な粒子を吸い込む(空気感染),水・食品・血液・昆虫などを媒介とする(媒介物感染)などの経路により,ヒトの体内へ侵入することで感染する.体内で生着した細菌は,その後栄養を取り込みながら自発的に増殖する.なお,細菌の場合は自発的に増殖ができることから,体内での増殖のみならず,外環境下で増殖する可能性もある.細菌が増殖していくことで,ヒトの臓器や組織に影響を及ぼし,最終的には感染症を発症する.

Fig.1 

Overview of infection processes. (a) Bacterial infection process. (b) Viral infection process.

一方,ウイルスの場合,自発的に増殖はできない.そのため,細菌と同様に飛沫感染や接触感染等により体内に侵入したウイルスは,まず自身を複製するための母体となる宿主細胞へ侵入する.SARS-CoV-2の宿主細胞はACE2と呼ばれる膜タンパク質を発現している細胞(主に気道,肺,腸管などの粘膜上皮細胞)である.他にも,HIVはT細胞,狂犬病ウイルスは神経細胞などが代表的な宿主細胞である.その後,ウイルスの遺伝情報を有するDNAやRNAを放出し,そのDNAやRNA,あるいは宿主細胞の持つタンパク質などを利用して,ウイルスの構成に必要なDNAやRNAの複製やタンパク質の合成を行う.これらのDNA,RNA,タンパク質が宿主細胞内で組み立てられることで,ウイルスが複製され,最後に細胞外へ放出される.この複製過程が繰り返されることでウイルスが増殖する.増殖したウイルスによって,さらに未感染細胞を感染させていくような感染連鎖を起こすことで,宿主細胞に機能変化やダメージを与え,感染症を引き起こす.

3.  深紫外光による病原微生物の不活化

3.1  病原微生物の不活化方策

細菌やウイルスの感染症対策は,前述の感染メカニズムのいずれかのポイントを抑えて,体内で大量に存在できない,または増殖できない状況にすることである.例えば,感染症対策として広く行われているソーシャルディスタンスの確保,マスクの着用,手指洗浄は,体内への病原微生物の侵入を防止する方策と言える.また,新型コロナウイルス感染症においては,アルコールによる手指洗浄が有効であることが広く言われていた.これは,アルコールによりSARS-CoV-2のエンベロープを破壊できるため,宿主細胞の認識や侵入を阻害することができるためである.同様に,アルコールによって病原微生物の機能阻害ができれば,感染症対策として効果が期待できる.一方,エンベロープを持たないウイルスなどでは,アルコールによる不活化効果は期待できない.

一方,仮に病原微生物が体内へ侵入したとしても,増殖できない状況にすることができれば効果的な感染症対策となりうる可能性がある.特に,ウイルスの場合,ウイルス単体での増殖はできないことから,宿主細胞への侵入の阻害,ウイルス遺伝子やタンパク質の産生阻害,ウイルス構造の構築阻害等,様々な感染症対策オプションが存在し得る.一方,細菌の場合は自発的に増殖できてしまうため,細菌の致命的な機能阻害や体内への侵入の防止等が肝要となる.

3.2  深紫外光を用いた病原微生物の不活化方策

深紫外光を用いた病原微生物の不活化は,主に病原微生物の遺伝情報を有するDNAやRNAの変性を深紫外光により誘起し,病原微生物に増殖能を抑制する致命的なダメージを与えることができる手法である.このDNA/RNAの変性は,深紫外光とウイルスとの相互作用による光化学反応を活用している.

深紫外光とは,波長域については諸説あるが,紫外光の中でも概ね波長200 nm〜300 nm程度の光を指す.この波長領域の光は,病原微生物を構成するDNA,RNA,タンパク質などと強く相互作用し,分子の変性を起こすことが,様々な病原微生物を用いた実験から知られている(Fig.27-13).主な分子変性として,DNA/RNA中の隣接するピリミジン塩基(シトシン,チミン,ウラシル)の二量体形成がある.このDNA/RNAの変性により,病原微生物が致命的なダメージを受ける,あるいはその複製機能が阻害され病原性の不活化がされると考えられている14-16).特にピリミジン塩基の二量体形成は,260 nm付近の深紫外光で起こりやすい.また他にも,DNA/RNAとタンパク質の架橋形成,タンパク質の変性,活性酸素等のフリーラジカルの発生によるDNA/RNAやタンパク質の酸化ダメージなどでも不活化されることが知られている17-21)

Fig.2 

Deep-UV light and its sterilization effects. (a) Deep-UV spectrum ranging from 200–300 nm within the ultraviolet region. (b) Impact of Deep-UV light irradiation on DNA and RNA.

DNA,RNA,タンパク質はあらゆる病原微生物が有しておりその生命活動に必須の要素であることから,深紫外光による不活化効果はほとんどの病原微生物に対して期待できる.また,今後発生するかもしれない新種の細菌やウイルスやその変異型,不活化効果が実験的に試されていない他の病原微生物,新しいウイルスなどを含め,様々な病原微生物への適用可能性も有する.ただし,人体への影響も強い波長領域であることから,適切な利用(深紫外光の人体への直接的暴露の回避など)が求められる.

3.3  深紫外光による病原微生物の不活化の利点

深紫外光を用いた病原微生物の不活化法の利点は,化学薬品や加熱処理等に比べて,物質を消費しなかったり熱を利用しないためエネルギーコストが安い,光照射のみで実現でき処理後の残存物質が無い,短時間照射により対象物への影響を抑えられる,接触せずに不活化が可能といった利点を有する.

深紫外光を発生する光源には,低圧水銀ランプ,キセノンプラズマ光源,エキシマランプ,深紫外LEDなど,様々な光源が提案されている.これらの光源の中でも,深紫外LEDは,小型,軽量,省電力で,かつ水銀等の環境汚染物質を用いない環境にやさしい光源として注目を集めている22,23).さらに,任意の発光波長を設計可能であり,不活化のターゲット(DNA,RNA,タンパク質の変性,フリーラジカル発生など)に応じて好適な波長を選択することもできる.また,光源の小型化も容易であることから,個人消費者向けの小型装置から,建物や大型設備に設置する大型装置に至るまで,様々な病原微生物の不活化装置の製品開発につなげることができる.

3.4  深紫外光を用いた病原微生物の不活化評価法のポイント

深紫外光を用いた病原微生物の不活化装置を開発するためには,「どの波長」で,「どの程度の光強度」を「どの程度の時間」,「どのような照射の仕方」で病原微生物に照射することで,「どの程度の不活化効果」が期待できるかという定量的な情報を得る必要がある.これらの定量的な病原微生物の不活化情報を得るためには,いくつかの注意点が存在する.

最も重要な点は,病原微生物の周囲環境の最適化である.病原微生物の中には,栄養が無い空気環境下でも感染性を維持するものも存在する.しかし多くの場合,栄養を与えないと感染性が低下する.特にエンベロープを有するウイルスは,空気中に放出されるとエンベロープが損傷するため比較的速やかにその感染性を失う.そのように栄養環境が必要な病原微生物を扱う場合は,栄養分を含む培養液に病原微生物を保存し,その生存率と感染性を維持する.深紫外光を照射する状況下でも,光照射以外の影響を排除するためにも,可能な限り培養液下での実施が望ましい.しかし,一般的な培養液に含まれる化学物質(特にタンパク質やアミノ酸)は,深紫外光を非常に強く吸収する.したがって,深紫外光による病原微生物の不活化を定量的に評価するためには,病原微生物の感染性と深紫外光の吸収の両者の観点で,培養環境を最適化する必要がある.

SARS-CoV-2の評価24,25)を例に培養環境の最適化について概説する.バイオ系の実験に一般的に用いられている溶液の透過率をFig.3に示す.培養液(EMEM)にはアミノ酸等が多く含まれている.血清を加えていないリン酸緩衝液(PBS)はアミノ酸等は含まない.ウイルスの培養に一般的に用いられる10%血清を加えた培養液では,280 nmで7%程度(光路長3 mm)の透過率である.そのため,この条件下では,照射した深紫外光のほとんどが培養液に吸収されてしまい,ウイルスの不活化に使用される光強度は照射光強度の極一部であることが分かる.照射した深紫外光のほとんどが培養液に吸収されてしまうと,培養液の光化学反応による予期せぬ効果の発現(培養液の変性,活性酸素の発生など)や,必要以上に強い光源の準備をする必要があるなどの弊害が生じる.最も透過率が高い溶液は,血清を含まないリン酸緩衝液である.しかし,この条件下では,SARS-CoV-2は正常な生存率や感染性を示さず,深紫外光照射による不活化効果を正確に評価できなくなる.そこで,SARS-CoV-2が正常な生存率や感染性を示しつつも,深紫外光が十分透過できるような培養液が必要となる.そのような条件を満たす培養液の一例として,血清2%を加えた培養液を,血清2%を加えたリン酸緩衝液で10倍希釈した培養液が示されている24)

Fig.3 

Transmittance of the culture media in the deep-UV wavelength region (optical path length 3 mm). EMEM, Eagle’s minimum essential medium; PBS, phosphate-buffered saline; FBS, Fetal bovine serum. (Reproduced with permission from Ref. 25)

また,照射する病原微生物の厚さも重要な観点である.厚みを持つ細菌などは,表面では深紫外光強度が強く照射される.一方,ほんの数μm程度の深さであっても,細菌による光吸収の影響で,深部ほど照射される深紫外光強度が減弱する.そのため,乾燥下での実験であっても細菌の不活化を評価する際は,細菌の厚みを一定に保つ工夫が必要がある.また,ウイルスなどでは,使用するウイルス溶液の液厚が重要である.前述のように,最適化した培養液を用いた場合でも,深紫外光はウイルスを懸濁している培養液に強く吸収される.光の吸収量は,液厚に依存するため,液量のみならず,液厚についても定量性が求められる.

次に検討すべきポイントは,照射する深紫外光の光強度の定量性である.一般的に,深紫外光の光源は空間的に一様ではなく,その多くは中心部が最も光強度が高く,周囲ほど低くなる.深紫外光の光強度分布を考慮せずに照射してしまうと,病原微生物の不活化評価の定量性に影響を与える.そのため,対象となる病原微生物全体に一様な光強度分布が得られるような照射方法の工夫や,光強度を定量的に評価可能な光強度測定システムの構築が肝要である.なお,光強度分布を一様にするために拡散板やレンズなどの光学素子を用いる場合は注意が必要である.特に深紫外光領域では光学素子の開発が発展途上であるため,光学素子の透過率が波長により大きく異なる場合がある.そのため,実際の応用時の状況を考慮した上で,光学素子の透過スペクトルを考慮,あるいは光学素子を可能な限り使用しないシステム構築が求められる.

SARS-CoV-2の評価24)を例に,これらの光強度,ウイルス溶液量の定量性を確保する一例を示す.ウイルスを扱う場合,生物学実験で一般的に用いられている小型のウェルプレートを用いる手法が有効である.ウェルプレートを用いた深紫外光照射システムの例をFig.4に示す.ウイルス溶液を入れる穴(ウェル)の形状が一定であるため,液量や液厚を一定にしやすい.なお,液量や液厚の定量性については,他の生物学実験の結果等から十分担保されている.また,光学素子を用いずにウェル径に対して深紫外光を十分広範囲に照射できるウェルプレートを用いることで,光源のスペクトル特性を維持したまま,かつウイルス溶液に照射される深紫外光の照射強度分布を比較的一様にすることができる.さらに,ウェルプレート全体の形状とウェルの位置が安定して個体差が少ないため,治具等を用いることで光照射位置の定量性も担保できる.

Fig.4 

Deep-UV LED irradiation system using a well plate. (Reproduced with permission from Ref. 24)

このように,病原微生物の培養環境や深紫外光照射法を考慮することで,定量的な病原微生物の不活化評価法を実現できる.定量的な病原微生物の不活化評価法により,「どの波長」で,「どの程度の光強度」を「どの程度の時間」,「どのような照射の仕方」で病原微生物に照射することで,「どの程度の不活化効果」が期待できるかという正確な基礎的知見を得ることが可能となる.

3.5  深紫外光を用いた病原微生物の不活化効果

ここからは,深紫外LEDを光源としSARS-CoV-2の不活化評価を行った事例を元に,深紫外光による病原微生物の不活化効果について紹介する.不活化評価には前述のFig.4の評価システムを用いている.また,前述した血清2%を加えた培養液でストックされたSARS-CoV-2溶液を,血清2%を加えたリン酸緩衝液で10倍希釈したウイルス溶液を用いている.深紫外光照射時はウイルス溶液100 μLをウェルプレートに滴下している.なお,ウイルスの濃度は,約2 × 104 PFU/mL(PFUはプラーク形成単位)である.ウイルス感染の定量的評価には,プラークアッセイを用いている.プラークアッセイでは,宿主細胞を播種したウェルプレートにウイルス溶液を一定量導入する.もしウイルスが宿主細胞に感染すると,宿主細胞が死滅しプラーク(細胞が脱落した領域)が形成される.残留した細胞を染色し,抜け落ちた領域をカウントすることでウイルスの感染価を評価する.

Fig.5に波長 265 nm,280 nm,300 nmの深紫外LEDを用いた場合のSARS-CoV-2の不活化効果を示す24).波長 265 nm,280 nm,300 nmの波長のすべての波長において,深紫外光の照射量に応じてSARS-CoV-2が不活化されていることがわかる.特に,265 nmが最も不活化効果が高い.RNAの光吸収スペクトルピークはおよそ265 nm近傍に存在することから,前述のRNAの分子変性メカニズムが主要因となって不活化されたことが示唆されている.

Fig.5 

Inactivation of SARS-CoV-2 by using deep-UV LED. (a) Plaque assays for the confirmation of SARS-CoV-2 inactivation at various total doses and operating wavelengths. (b) Inactivation curves of SARS-CoV-2 against total doses of deep-UV LED energy. (Reproduced with permission from Ref. 24)

なお,各波長において,新型コロナウイルスを99.9%不活化するのに必要な照射エネルギーは,265 nmで1.80 mJ/cm2,280 nmで3.65 mJ/cm2,300 nmで23.2 mJ/cm2であった.照射エネルギー(mJ/cm2)は,深紫外LEDの光強度(mW/cm2)と照射時間(秒)を乗算した値と等価である.そのため,例えば265 nmの場合,1.80 mW/cm2の光強度を持つ深紫外LEDを1秒間照射することで,99.9%の不活化効果が得られることを意味する.もし,光強度が0.90 mW/cm2(前述の半分の光強度)だった場合,深紫外LEDを2秒間照射すれば,99.9%の不活化効果が得られる.

以上のことから,深紫外LED照射がSARS-CoV-2の不活化に有効であることがわかる.また,同様の実験を他の光源や他の病原微生物で実施すれば,同じように各光源による各病原微生物の不活化に必要な深紫外光波長や光強度の定量的な情報を得ることができる.なお,SARS-CoV-2で最も高い不活化効果が得られた波長(265 nm)が,実際に深紫外光LEDを用いたウイルス不活化装置を開発する上の最適な選択かどうかは検討が必要である.一般的に深紫外LEDは,波長が短波長になるほど,深紫外LEDの寿命が短く,発光強度も低い.そのため,実際の深紫外LEDを用いたウイルス不活化装置を開発する上では,光源の寿命,強度,および病原微生物への効果などを十分考慮し,最適な波長を選択する必要がある.

また,上記のSARS-CoV-2の事例では,ウイルスを懸濁している培養液の透過率を考慮して,実際にウイルスに照射されているであろう照射エネルギーを推定した結果である.即ち,別の溶液中,空気中など違う周囲環境の場合でも,周囲環境の光透過率がわかれば,Fig.5の結果を適用し,不活化効果が期待できるかを推察することができる.なお,細菌などの厚みのある病原微生物の場合も,同様に病原微生物の厚さを考慮して評価することで,どの程度の厚みの細菌まで深紫外光による不活化が期待できるかを推定することもできる.この様に,定量性を担保した深紫外光による病原微生物不活化評価法は,実際の装置開発において有益な情報を与えるものと考えられる.

4.  まとめ

本稿では,感染症の有効な予防策の一つとして注目されている深紫外光を用いた病原微生物の不活化法について,深紫外光を用いる利点や実際の不活化評価におけるポイントについて紹介した.また,深紫外LEDを用いたSARS-CoV-2の不活化を例に,実際の深紫外光による不活化効果についても紹介した.

深紫外光による細菌やウイルスの不活化効果については,非常に古くから知られている現象である.そのため,実際の現場が既に存在する場合はそこに直接適用し,深紫外光源の種類や照射方法などの必要諸元を最適化し,実際の不活化効果を評価すれば良い.特に,近年の実用的かつ設計自由度の高い深紫外LEDの発展により,コンパクトな装置から大型装置に至るまで,目的に応じた光強度や発光波長を持つ深紫外LEDを選択して病原微生物の不活化装置を構築することができるようになってきた.しかし,実際の現場への適用が困難であったり基礎的知見の取得のためには,本稿で紹介したような定量的な不活化評価法を検討し実施することで,「どの波長」で,「どの程度の光強度」を「どの程度の時間」,「どのような照射の仕方」で病原微生物に照射することで,「どの程度の不活化効果」が期待できるかを評価し,製品の設計につなげる必要がある.深紫外光を用いた病原微生物の不活化技術は,深紫外光の人体への影響を十分考慮した利用が求められるが,適切に利用することで,今後の医療・教育・経済・社会など様々な活動を正常に実施するために必要な多重的かつ多角的な感染症対応策の一役を担う技術になると考えられる.

利益相反の開示

利益相反なし.

引用文献
 
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