2025 Volume 46 Issue 1 Pages 39-45
根面被覆の主な適応症は審美的,美容的要求,そして知覚過敏などである.またプラークコントロールを容易にするために辺縁軟組織の形態を変えることも根面被覆の一般的な適応症の一つである.歯肉退縮の治療法に用いられる根面被覆の方法には有茎弁歯肉移植と遊離歯肉移植がある.いずれの方法においても露出した根面から汚染物質を取り除く必要があり,そのために化学的材料(EDTA,リン酸,テトラサイクリン,など)が用いられる.Er:YAGレーザーは化学的材料を必要とせず根面の汚染物質を取り除くことができる.またこのレーザーは軟組織,硬組織の切開や蒸散においても使用することができる.本稿ではEr:YAGレーザーを応用した根面被覆法,半月弁切開移動術と上皮下結合組織移植について解説する.
The main indications for root coverage procedures are esthetic, cosmetic demands and root sensitivity. Changing the topography of marginal soft tissue in order to facilitate plaque control is also common indication for root coverage procedures. Root coverage surgical procedures used in the treatment of recession defects may basically be classified as pedicle soft tissue graft procedures, free soft tissue graft procedures. Before root coverage is attempted the exposed portion of the root should be rendered free from bacterial plaque. After root planing, contaminants remain in the smear layer of root surface. Various chemicals (EDTA, Phosphoric acid, Tetracycline, etc) are used to remove contaminations from root surface. This is a case report of root coverage procedure using the Er:YAG laser without chemicals.
歯科治療にはう蝕治療,歯周病の治療,欠損補綴などの機能的回復を主とした治療だけではなく,審美的,または美容的な改善を目的とした治療がある.歯の漂白(ホワイトニング),や矯正治療がそれにあたる.これらの治療は硬組織つまり歯を中心とした治療であるが,審美的,美容的な治療には軟組織の改善もふくまれる.これらの治療としてメラニン色素除去や外来性沈着物(メタルタトゥ)の除去による歯肉色の改善,歯肉の形態の改善を目的とする歯周形成外科がある.歯周形成外科は1993年にMillar1)により提言され,解剖,発育,外傷,疾患により生じる歯肉,歯槽粘膜,骨の欠損を防止,修正するための外科処置と定義されている.この定義にあてはまる治療には歯肉の増大,根面の被覆,歯冠の延長,顎堤の増大などがある.これらの治療の中で根面の露出は審美的,美容的のみならず,根面う蝕や知覚過敏のリスクがある.根面露出に対する修復的な治療法としてはコンポジットレジンやグラスアイオノマーセメントなどによる露出した根面の修復(Fig.1)が行われるが,解剖学的な歯冠が長くなり審美性や清掃性の低下が懸念される.露出した根面は,軟組織により被覆することが解剖学的,審美的にも要求される(Fig.2).本稿ではEr:YAGレーザーを用いた根面被覆法について解説する.
a. Exposure of root surface due to gingival recession
b. Root coverage by resin restoration.
Asymmetry of the anatomical crown
a. gingival recession (Preoperative)
b. Root coverage by soft tissue (Postoperative)
根面被覆を行うには,診断として,歯肉退縮を分類する必要がある.Millarは1985年に将来根面被覆が行われる可能性のある退縮部を分類した2)(Fig.3a).
A Classification of marginal tissue recession
a. Classification of Millar
Class 1: Marginal tissue recession that does not extend to the mucogingival junction
Class 2: Marginal tissue recession that extends to or beyond the mucogingival junction, with no periodontal attachment loss (bone or soft tissue) in the interdental area
Class 3: Marginal tissue recession that extends to beyond the mucogingival junction, with periodontal attachment loss in the interdental area or malpositioning of teeth
Class 4: Marginal tissue recession that extends to or beyond the mucogingival junction, with severe bone or soft tissue loss in the interdental area and/or severe malpositioning of teeth
b. Classification of Cairo
Recession Type 1: Gingival recession with no loss of interproximal attachment
Recession Type 2: Gingival recession with interproximal attachment loss, less than or equal to the buccal site
Recession Type 3: Gingival recession with higher interproximal attachment loss than buccal site
・クラスI:歯肉歯槽粘膜境に達していない辺縁組織退縮.隣接面の骨,軟組織の喪失はない.
・クラスII:歯肉歯槽粘膜境に達するまたは越えた辺縁歯肉組織の退縮.隣接面の骨,軟組織の喪失はない.
・クラスIII:歯肉歯槽粘膜境に達するか,または越えた辺縁歯肉組織退縮.隣接面の骨,軟組織の喪失がセメント-エナメル境より根尖側に位置するが退縮部の最根尖までは達していない.
・クラスIV:歯肉歯槽粘膜境を越える辺縁歯肉組織退縮.隣接面の骨喪失も退縮部の最根尖を越える.
クラスIとクラスIIにでは完全な根面被覆獲得できるが,クラスIIIでは部分的な根面の被覆が期待できるがクラスIVでは根面被覆の適用ではないとしている.
また,Cairoは2011年に歯肉退縮の分類法として臨床的アタッチメントレベルの状態により歯肉退縮を分類している3)(Fig.3b).
・Recession Type 1 隣接面の付着の喪失を伴わない歯肉退縮.近心,遠心ともにセメント-エナメル境を視認できない.
・Recession Type 2 隣接面の付着の喪失を伴う歯肉退縮.隣接面のアタッチメントロス(隣接面のセメント-エナメル境から歯肉溝底までの距離)が頬側のアタッチメントロスと等しいかあるいは小さい.
・Recession Type 3 隣接面の付着の喪失を伴う歯肉退縮.隣接面のアタッチメントロスが頬側のアタッチメントロスより大きい.
Recession Type 1では完全な根面被覆が期待できるが,Recession Type 2では術式によって完全な根面被覆が達成される.しかしながら,Recession Type 3では完全な根面の達成は期待できないとしている.Cairoの分類では隣接面のアタッチメントレベルが根面被覆の達成には重要な要件であると述べている.どちらの分類法が優れているというわけではなく,両分類を使うことにより的確な治療法を選択することができる.
根面被覆の外科的な治療法には有茎弁歯肉移植(pedicle soft tissue graft)と遊離歯肉移植(free soft tissue graft)がある.
有茎弁移植は弁を移植する方向によって伸展フラップ(advanced flap)と回転フラップ(Rotational flap)に分類される.伸展フラップには歯冠側移動術や半月弁切開移動術があり,回転フラップには歯肉側方移動術や二重乳頭弁移動術などがある.また遊離歯肉移植術には上皮移植術と結合組織移植術があり,移植片は口蓋粘膜部より採取される.根面被覆を行う前には露出した根面からプラーク,歯石,また充填物を除去しなければならない.また突出した根面は被覆の不利となるので,ルートプレーニングより平坦化する.また根面から物理的に異物を除去した後,根面表層に残るスメア層を取り除く必要がある.このスメア層には象牙質の粒子や細菌などの汚染物質が残留し付着の妨げになるからである.歯肉近遠心に縦切開と歯肉溝切開を行い歯肉弁を剥離し歯冠側へ移動し根面を被覆する.通常単独でこの処置を行うことはなく,結合組織移植と同時に行う4).単独で用いられる伸展フラップには半月弁切開移動術がる.この方法は,1996年にTarnow5)により報告され,歯肉溝切開と半月状切開を行い歯肉弁を歯冠側へ移動し有茎弁で根面を被覆する方法である.歯肉弁の両側を切開することがない術式であるため侵襲が少なくまた歯肉弁に緊張がかからないため口腔前庭の短縮が生じにくく,近遠心の歯間乳頭の退縮も少ない.一方遊離移植法の結合組織移植を用いる場合は移植片を根面露出上に置く方法や歯肉辺縁部に袋状のenvelopeを部分層弁にて形成しその中に結合組織を設置する方法がある6).
ここでは,Er:YAGレーザーを用いた根面被覆法について解説する.なおこの症例に使用したEr:YAGレーザーはErwin AdvErl®,Erwin AdvErl EVO®(株式会社 モリタ製作所,京都)である.この装置は波長2.94 μm 出力30~350 mJ/pulse,パルス幅200 μs 繰り返し速度1,3,5,10,20,25 ppsであり空中導波路方式で先端に専用チップを装着して使用する.専用チップには様々な形態があり目的に応じて使い分ける.ここで使用するチップはC600F S600T Brushの3種類である(Fig.4a).
Using Tips
C600Fは直径が600 μmで先端が平坦でう蝕,歯石の除去に使用する.S600Tは先端が細く円錐状の形態でレーザーが先端に集光するため歯肉の切除や切開に用いる.Brushチップは歯根の彎曲に沿う形態で知覚過敏の処置に用いられる.根面被覆の治療では根面のプラークや歯石の除去に用いられる.
(1)半月弁切開移動術(semilunar coronally repositioned flap)
①下顎左側第一小臼歯に4 mmの歯肉の退縮退縮がある.麻酔後,根面のスケーリング,ルートプレーニングを行う.根面の充填物や浅い根面う蝕も取り除き根面を平坦化する.根面が隣在歯の歯根より唇側に突出している場合には表面を削ることもある.回転切削器具や手用スケーラーを使用した場合は根面上にスメア層が残るのでBrushチップ又はC600Fチップ(10 pps 30 mJ注水下)にて根面の殺菌と汚染物質の除去を行う(Fig.4b~d).
②S600Tチップ(20 pps 40~60 mJ注水下)で歯肉溝切開を行う.切開の深さは露出した根面の長さの2倍以上とし退縮した歯肉の辺縁形態と相似形の部分層弁切開とする(Fig.4e).
③S600Tチップ(20 pps 40~60 mJ注水下)で半月状の切開を形成する.この切開と歯肉溝切開を一致させることで歯肉弁の歯冠側への移動が可能となり根面を被覆することができる(Fig.4f).
④被覆した歯肉を根面と密接にするため歯肉を根面に1~2分間生理食塩水を含ませたガーゼで圧迫する.通常縫合は必要ないが,必要であれば懸垂縫合を行うと歯肉弁の安定が安定する(Fig.4g).
⑤根尖側の開放創は必要であればコラーゲンテープ,歯周パックなどで保護する.
⑥患者には術後4週間はブラッシングを控えてもらい歯冠部のみの清掃を行ってもらう.縫合している場合は,術後2週間で抜糸を行う.術後4週間で創面は安定する.本症例において4 mmの根面被覆が達成された(Fig.4h).
(2)Envelope法(上皮下結合組織移植術)
①本症例では下顎左側犬歯に4 mmの歯肉の退縮がある.麻酔後,根面のスケーリング,ルートプレーニングを行う.根面の充填物や浅い根面う蝕も取り除き根面を平坦化する.根面が隣在歯の歯根より唇側に突出している場合には表面を削ることもある.回転切削器具や手用スケーラーを使用した場合は根面上にスメア層が残るのでBrushチップ(10 pps 30 mJ注水下)にて根面の殺菌と汚染物質の除去を行う(Fig.5a, b).
Pedicle graft procedure ( Semilunar coronally repositioning flap)
a. Patient is 41 years old female. No medical condition
b. There is 4mm gingival recession of first premolar.
Millar’s classification class 1
Cairo’s classification type 1
c. Removing composite resin on root surface
d. Scaling and root planing
Laser Irradiation Condition
PPS: 10 pps/Energy: 30 mJ with water
Type of Tip: Brush
e. Sulcus incision
Laser Irradiation Condition
PPS: 20pps/Energy: 40-60mJ with water
Type of Tip: S600T
f. A semilunar incision is placed apical to the recession and at distance from the soft tissue margin which should be approximately 3mm greater than the depth of the recession.
Laser Irradiation Condition
PPS: 20 pps/Energy: 40-60 mJ with water
Type of Tip: S600T
g. The mid-facial soft tissue graft is coronally repositioned to the level of the CEJ and stabilized by light pressure for 5 minutes.
h. Post operative 4weeks
②C600F,C400Fチップ(20 pps 40~60 mJ注水下)にて内斜切開により歯肉溝上皮を取り除き移植床を形成する(Fig.5c).
③S600Tチップ(20 pps 40~60 mJ注水下)で退縮部の根尖側と側方に部分層弁切開にてエンベロープを形成する.この切開の深さは3~5 mm程度である(Fig.5d).
④口蓋より結合組織移植片を採取しエンベロープ内に設置し露出した根面を被覆する.根面と移植片が緊密に接するように3~5分間生理食塩水ガーゼで圧迫し縫合する(Fig.5e, f).
⑤抜糸は2週間後に行い患者にはブラッシングは控えてもらう.術後4週目より軟毛のブラシを使い清掃してもらう.術後,1年で根面は完全に被覆され,歯肉組織は術前と比較し厚みがある(Fig.5g).
Free connective tissue graft (Envelope technique)
a. Patient is 31 years old female. No medical condition. There is 4mm gingival recession of canine.
Millar’s classification class 2
Cairo’s classification type 1
b. Removal of caries, root planing to remove contaminants on root surface
Removing caries
Laser Irradiation Condition
PPS: 10 pps/Energy: 30–50 mJ with water
Type of Tip: C600F
Decontamination on root surface
Laser Irradiation Condition
PPS: 10 pps/Energy: 30 mJ with water
Type of Tip: Brush Contact
c. Sulcus incision. The depth of the preparation should be 3-5 mm in all directions.
Laser Irradiation Condition
PPS: 10 pps/Energy: 40–80 mJ with water
Type of Tip: S600T
d. After envelope incision
e. Connective tissue placement to root surface
f. Sutures are placed to secure graft in position.
g. The 1-year post treatment result
Er:YAGレーザーは水によく吸収される性質があり,軟組織および硬組織の処置に有効であることが報告されている7-9).また,歯周病原細菌に対して抗菌効果があることも報告されている10).最近では,レーザー照射によるBio-stimulation効果のメカニズムが明らかにされつつある11).軟組織の処置においては当初,止血の困難さが指摘されていたが,コンタクトチップの活用によりその課題も克服された.S600Tのようなコンタクトチップの出現により,繊細な切開も可能になった.今回行ったレーザーによる半月弁移動術もチップの改良によるところが大きい.Er:YAGレーザーによる切開は従来のメスに比べ根面周囲の複雑な歯肉溝内に簡単にアクセスできるメリットがある,また薄い口腔軟組織に対し部分層弁切開行い歯肉弁の移動し根面を被覆することは繊細な技術が求められる.先端が細いレーザーチップはこのような矮小で薄い口腔軟組織の切開に向いている.能力はメスと同等で創傷治癒に関しても,これまでのレーザーによる軟組織処置の報告12)と同様に良好な経過を示した.
根面被覆法について文献的に検索してみるとCTG(上皮下結合組織移植術)を使用した方法では64.7%13)から95.6%14),吸収性膜を利用したGTR(組織再生誘導)による方法では48%15)から98.6%16),エムドゲインを使用した方法17)では91%などの報告がみられる.Er:YAGレーザーを応用した半月弁切開移動術18)による根面被覆では76%程度の成績で他の方法の中間的成績を収めている.
露出した根面への有茎移植片の術後の付着様式について,WildermanとWentz は軟組織欠損に成功した50%は結合組織付着であると報告している19).またGottlowはイヌを用いた歯冠側移動術の3か月後の組織学的分析で,被覆した軟組織の20%はフラップの退縮により治癒期間中に喪失し,40%は上皮組織で残りの40%は結合組織性新付着が得られたと報告している20).さらに,Sugerman によるヒト組織片を用いた症例報告では,セメント質の形成を伴った結合組織性新付着が有茎弁移植後に形成されることを証明している21).
根面処理はスメア層を除去し根面象牙質のコラーゲン繊維を露出させ繊維性付着の形成を促すとされているが,根面処理を用いた場合と用いない場合での比較した臨床研究では両者の優位性を示す結果は得られていない22).しかし,根面に存在するスメア層は歯肉の再付着の妨げになると考えられる.この層を除去するには,化学製剤を用いることが通法となっているが,Er:YAGレーザーを使用することにより根面にスメア層を残さずに殺菌ができると考えられるとともに化学製剤を使用しないことは,組織に対する侵襲をおさえる可能性がある.根面露出の治療にレーザーを用いるには熱的な作用の少ないレーザーを使用することが望ましいといえる.熱的な影響を根面に与えることは根面象牙質の炭化や融解により組織再生の妨げになると考えられる.最近ではEr:YAGレーザーによる根面処理の有効性やリコンビナントヒトPDGF-BBとの併用により歯周病罹患根面への歯根膜細胞の付着能上昇を示唆する報告23)もある.このような点から,Er:YAGレーザーを利用する根面被覆法は生物学的に有効であるとともに手術器具が簡素化され術式の煩雑さがなくなり,予後にも良好な結果をもたらすと考えられる.
歯肉退縮による歯根面の露出は審美的な問題のみならず齲蝕や知覚過敏など様々な問題を引き起こす可能性がある.また歯肉の退縮は軟組織の減少でありその直下に存在する歯槽骨の減少につながるため,レジンやセメントなどの人工材料で根面を被覆するより軟組織で被覆する方が生体にとって有利であり,歯が長く見えるという審美的な問題も解決することができる.
歯科においてレーザー機器はう蝕処置,歯周治療,外科処置など様々な治療に利用されている.矮小な口腔内において繊細な処置を必要とする歯周形成外科においても利点は多いと思われる.現在,高出力,高パルスのEr:YAGレーザーが臨床に応用されようになり処置の時間を短縮することができるため生体への侵襲を少なくし患者への不快感も軽減すると考えられる.
利益相反なし