JSMD Review
Online ISSN : 2432-6992
Print ISSN : 2432-7174
Wholesale price and marketing channel type of prescription drugs
Hidehiko SakuraiTadanobu TannoHiroaki MasuharaYukinari HayashiAkira Yamada
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2019 Volume 3 Issue 1 Pages 11-18

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Abstract

本稿では医薬品卸と薬局間の医療用医薬品の納入価格の影響要因について実証研究を行った。降圧薬の薬価とその卸価格の差の薬価に対する割引率を分析対象とした。薬局に対する,ある医薬品メーカーの薬剤の割引率は,その薬局がメイン卸(最も高いシェアの卸企業)としている卸企業がその医薬品メーカーとどのような資本関係(系列関係)にあるかによって大きく影響を受けていた。強い系列卸をメイン卸とする薬局は,そのメーカーの医薬品を割引されない一方で,弱い系列や非系列の卸をメインとする薬局は大きな割引を得ていた。また,特許で保護されている薬剤には数量割引が確認された。更に,複数の薬剤を一括して取引して価格を決める総価取引は,割引率に大きな影響を与えないことが示された。

1  はじめに

財の性質や国・地域によってその流通の様態は変わりうる1)。本稿の目的は,我々の健康に直結する医療用医薬品の卸段階の流通チャネルの特徴やそこでの価格形成要因を解明することにある。日本の四大医療用医薬品卸売企業は,売上高1兆円を超える大企業であるが,それらの企業がかかわる流通チャネルの在り方は,規制当局からも注視されている。医療用医薬品の価格である薬価がどのような要因から影響を受けるかを明らかにすることのみならず,流通チャネルの研究に新しい課題を提出し,かつそれに挑戦することが本稿の問題意識である。

特許期間内か否かなど医薬品の特性や取引慣行の特殊性が存在するが,それでも中間業者としての流通チャネルの役割は不変である。本稿は卸売企業の製薬メーカーとの系列関係の在り方を取引する財や買い手の特性を元に卸価格データで検証する。また,卸企業は薬局という顧客を巡り水平的な競争を行っているが,メイン卸という軸から流通チャネル内の力関係を探求する。

本稿の内容は次の通りである。第2章で医療用医薬品の現状を述べる。第3章は先行研究をレビューし,第4章で仮説を提示する。第5章で分析方法に言及し,第6章で析結果を,第7章では結論を示す。

2  薬価と医療用医薬品の流通の現状

医療用医薬品の患者への供給価格は,薬価基準制度で公定され,既収載品の薬価は毎年あるいは2年毎に卸売企業から医療機関への納入価格(以下卸価格とする)の加重平均値調整幅方式に基づき改定される。従って,薬価基準制度は,卸段階の適正な価格付けが前提となる価格規制である2)

医薬品流通においては上流・下流ともに多くの問題点がこれまで指摘されてきた。まず,上流では製薬メーカーによる不透明な取引慣行の存在である。高い仕切価(製薬メーカーから卸への価格),割戻し(卸の売上高の修正)およびアローアンス(販促費の修正)が報告されている(公正取引員会,2006丹野・林,2013丹野・山下,2014)。製薬メーカーは,割戻しとアローアンスによって事後的に卸の利益を保証しつつ,高い仕切価によって医療機関への卸価格を引上げ,薬価の下落を抑止している。また,一部の大手製薬メーカーが主導的に卸の合併を促進して,その主要卸への出資あるいは役員派遣等を通じて深い関係を構築している。

医薬品卸業界では1990年代後半から2010年代前半にかけて合併や提携が積極的に展開され,業界の再編が進んだ。医薬品卸はメディパルホールディングス(以下,メディパルHD),アルフレッサホールディングス(以下,アルフレッサHD),スズケン,東邦ホールディングス(以下,東邦HD)の四大医薬品卸に集約された。この四大医薬品卸はわが国の医療用医薬品卸の販売総額の約85%のシェアを占めている3)。こうした医薬品卸の大規模化は,製薬メーカーや医療機関に対する交渉力を強め収益性を高める狙いがある。

医薬品は一般の財とは異なり,医療の目的から在庫切れが許されないため,価格交渉が妥結せずとも仮納入される場合がある(厚生労働省,2015)。この未妥結・仮納入と呼ばれる取引実態によって仮納入後から価格妥結までの期間が長期化している。加えて,複数の医薬品をまとめて値引き交渉する総価取引が広く行われている。

3  先行研究レビュー

以上述べた重要性と特殊性を伴う医療用医薬品の卸価格がどのように形成されるかに関する先行研究は少ない。現在の薬価基準制度を初めて理論的に分析した丹野・林(2014)によって,製薬メーカーは医療用医薬品卸をコントロールして卸価格を高めるインセンティブを持つことが明らかになった。また,前章で述べた未妥結や総価取引などの様態に初めて実証研究のメスを入れた研究に櫻井他(2016)がある。そこでは総価取引か単品単価取引かの価格交渉単位と未妥結・仮納入という価格交渉時期の分析を行い,医療機関の規模は総価取引を促進させるという結果を得た。つまり,病院や薬局の規模の拡大は,医療政策において目指している総価取引から単品単価への移行とトレードオフの関係にあることを示している。また,このような取引慣行が是正されたならば,薬価はどのように形成されるかについては能登・印南(2017)がシミュレーションによって分析している。

合併による規模の拡大は,Dobson and Waterson(1997)で分析されたように拮抗力によって交渉力が高まることが予想される。医薬品卸の合併については財務諸表から検討した研究(丹野・山下,2014)や2000年代前半の研究(藤木,2005)が存在する。

一般に卸企業の規模が大きくなると物流センターの新設など多額の投資が容易になる。金(2004)は物流高度化を達成した卸売業者は大規模小売業との取引を強めると論じている。チャネル・リーダーシップやそれに関連するパワー論については結城(2014)が近年の内外の研究を詳しく紹介している。また,田村(1986)の第11章も日本型流通システムを念頭に分析を行っている。

チェネルのリーダーシップを上流かあるいは下流が握るかの決定要因の解明は重要である。しかし,中間業者間(卸企業や商社)の競争により,チャネル間の様々な取引の変更や合併・提携が起きていることも見逃すことはできない。例えば,伊藤忠食品はセブンイレブンとその創業から強い関係があったが,親会社の伊藤忠商事がファミリーマート株を取得したことにより,伊藤忠食品はセブンイレブンとの取引を減少させて,代って三井食品が主力卸として登場した(平井,2014松原,2015)。

メインバンクと同様に,ある小売企業が複数の卸企業と取引があれば最も高いシェアの卸企業がそのメイン卸と呼ばれる。食品や雑貨に加えて,医療用医薬品の卸段階でもメイン卸のポジションを巡って競争が行われている。そして,その競争形態は,商社が小売業に進出するに当たり株式を取得したように,資本構成の変化によって大きく変わる。

海外の実証研究では,医薬品流通を対象としたEllison and Snyder(2010)があり,抗生物質の取引に関して,製薬メーカーの競争によって医療機関の交渉力が高まり,取引価格を下落させることを明らかにしている。また,特許切れ前の医薬品では,買い手の大規模化だけでは交渉力は高められないことを示し,交渉力に影響を与える諸要因を検証している。他に,医療機関と保険者の交渉に関する拮抗力の実証研究に,Melnik, Zwanziger, Barnezai and Pattison(1992)Sorensen(2003)などがある。米国では中間業者の薬剤給付管理(Pharmacy Benefit Manager,以下PBM)会社が薬剤の使用に関して大きな影響力を持つ。Rangan(2006)の第12章は米国製薬メーカーのPBMの買収によるチャネル戦略を論じる中で,メルクなどの製薬メーカーがPBMを買収した後に,短期間で売却した理由を,顧客価値を高める多くのチャネルパートナーの行動から説明している。

4  リサーチ・クエスチョンと実証分析のための仮説

前章で述べた櫻井他(2016)は卸価格の決定要因については検討していない。本稿は,その発展研究として実際の卸価格の分析を行う。櫻井他(2016)で検討された取引卸数や薬局の規模が,どのように価格に影響を与えるかが第一の疑問点である。第二に,総価取引という取引形態がどのように卸価格に影響を与えるかも重要である。第三に,医薬品卸の規模の拡大は,上流から低い価格で薬剤を調達することを可能にさせる。下流に競争があれば医療機関にその一部が還元されるかも知れない。そのとき医薬品卸にはある薬局に対してメイン卸になるという競争圧力が働いている。しかし,前章で述べたように医薬品卸の拮抗力の発揮は,その上流との資本関係によって変化するかも知れない。つまり,薬局に卸される薬剤は,そのメイン卸にその製薬メーカーの資本が多く入っていれば割引されない可能性がある。また最後に,数量割引がどのようなタイプの薬剤で現れるかも流通チャネルのパワーの在り方として重要な論点である。以上のリサーチ・クエスチョンにより,次の実証分析のための仮説を提示する。

仮説1:薬局の規模や取引している卸数は割引率を下げる。

仮説2:総価取引は割引率を減少させる。

仮説3:製薬メーカーの出資比率が高い卸がメイン卸になっている場合には,その薬剤は割引されない。

仮説4:一般に数量割引が行われる。

5  データコレクションと分析方法

日本最大級の薬剤師パネルを有する(株)ネグジット総研に委託し,医薬品の仕入れ業務に関る薬局薬剤師を対象に2015年3月に調査を実施した。同社が事前聴取している薬局基本属性の他,分析に用いた変数は表1に示した。製薬メーカー間の競争が激しい高血圧治療薬,中でも特に市場規模が拡大しているARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬:Angiotensin II Receptor Blocker)の医薬品を対象とした。ここでは,国内大手3社の武田薬品工業,第一三共,アステラス製薬からそれぞれ販売されているARBの中で採用の回答が最も多かったブロプレス錠8,オルメテック錠20 mg及びミカルディス錠40 mgを対象とした。

表1. 変数の定義と記述統計
変数名 定義 記述統計
blopre_dis ブロプレス錠8の割引率 ​n = 105,mean = 15.1791
olme_dis オルメテック錠20 mgの割引率 ​n = 115,mean = 14.9939
micar_dis ミカルディス錠40 mgの割引率 ​n = 115,mean = 15.4852
blopre_dis_bulk 総価取引をした薬局のブロプレス錠8の割引率 ​n = 72,  mean = 15.37922
olme_dis_bulk 総価取引をした薬局のオルメテック錠20 mgの割引率 ​n = 76,  mean = 15.0013
micar_dis_bulk 総価取引をした薬局のミカルディス錠40 mgの割引率 ​n = 77,  mean = 15.6286
blopre_qty ブロプレス錠8の数量(錠) ​n = 105,mean = 554.991
olme_qty オルメテック錠20 mgの数量(錠) ​n = 115,mean = 521.1304
micar_qty ミカルディス錠40 mgの数量(錠) ​n = 115,mean = 576.4348
bulk メイン卸の取引形態が総価取引は1,単価取引は0 ​n = 222,mean = 0.6667
kibo_1to5 薬局の店舗規模が単店から5店舗のとき1,それ以外は0 ​n = 222,mean = 0.5495
kibo_31over 薬局の店舗規模が31店舗以上のとき1,それ以外は0 ​n = 222,mean = 0.1216
number_trans 取引のある卸数 ​n = 222,mean = 4.5180
main_medi メイン卸がメディセオは1,それ以外は0 ​n = 222,mean = 0.2477
main_alf メイン卸がアルフレッサは1,それ以外は0 ​n = 222,mean = 0.2658
main_suzu メイン卸がスズケンは1,それ以外は0 ​n = 222,mean = 0.1937
main_toho メイン卸が東邦薬品は1,それ以外は0 ​n = 222,mean = 0.1577
presc_3000 一日の処方箋枚数3000枚以上 ​n = 222,mean = 0.0901
bulk_maker 総価取引の薬局がメーカー毎の総価は1,それ以外は0 ​n = 222,mean = 0.1847
_cons 定数項

注1)割引率は「(薬価-納入価)/薬価×100」を意味する。

注2)総価取引は単品総価・品目ごと値引きを含んでいる。

注3)記述統計では標本数(n)と平均(mean)を表している。

注4)四大卸ダミーはドラッグマガジン(2012)『平成25年度 日本医薬品企業要覧〈卸業編〉』にある資本関係から構築した。

注5)main_mediはメディセオ,アトル,エバルス,よんやく,中澤氏家薬業等の系列卸がメイン卸の時に1を取るダミーである。

注6)main_alfはアルフレッサ,シーエス薬品,恒和薬品,明祥,成和産業,小田島,常盤薬品,アルフレッサ日建産業等の系列卸。

注7)main_suzuはスズケン,翔薬,サンキ,アスティス等の系列卸。

注8)main_tohoは東邦薬品,セイエル,九州東邦,合同東邦,酒井薬品,幸燿等の系列卸。

各社の資本構成を2015年3月末の決算資料で確認する。ブロプレスを生産している武田薬品工業はメディパルHDの筆頭株主(持ち株比率10.11%)である。オルメテックを生産している第一三共は,東邦HD(2.09%),アルフレッサHD(1.36%+みずほ信託経由1.66%),およびメディパルHD(1.34%)の株主である。ミカルディスを生産しているアステラス製薬は,メディパルHD(3.03%),東邦HD(2.56%),およびスズケン(1.86%)の株主である。しかし,アステラス製薬は2016年3月末にこのすべての卸の株主ではなくなっている。これにより武田薬品工業とメディパルHDの結びつきが特に強いことが分かる。他の株主との比較で見るとメディパルHDと東邦HDは製薬メーカーの出資比率が高く,またアルフレッサHDとスズケンはその比率が低い。

尚,データ取得時点では,ブロプレスのみが特許切れでジェネリック医薬品(GE)が存在する。よって,本稿ではGEが存在する医薬品とそうでない医薬品における取引状況の比較検証も可能となる。

分析は,薬価に比べて卸価格がどの程度低くなっているか,割引率を被説明変数として回帰分析を行った。通常,量が多い注文に対しては割引率が高くなると予想できる(仮説4)。しかし,総価取引を行っている場合は,他の薬剤と合わせて値引き交渉がなされる(仮説2)。従って,数量割引がなされるかと総価取引がなされているかが重要な論点となる。また,仮説3より,どの四大卸をメイン卸にしているかも検討する4)

また,医療用医薬品卸市場において,買い手の薬局の規模も,卸に対する拮抗力と捉えることができる。これは薬局の店舗数や1日の処方箋枚数によって測ることができる(仮説1)。Ellison and Snyder(2010)は薬局,病院及び保険者のカテゴリーに分けて考察したが,本稿は薬局に限られるものの,売り手や買い手の詳しい属性を用いて拮抗力が有効性を持つ条件を抽出することができる。

6  分析結果

6.1  四大卸の値引きと数量ディスカウント

2左のブロプレス錠8では,メインとしている四大卸のうちアルフレッサHD,スズケン,東邦HDは,有意に卸価格を割引している。その水準は,各社概ね3%と推定された。一方,武田薬品工業を大株主に持つメディパルHDは有意な割引を示していない。このことは,四大卸のうち強い資本系列にない3社が特許切れによるGEの存在(代替能力)という拮抗力を発揮して製薬メーカーから値引きを引き出していると推察できる。ここでの定数項は平均的な割引率と考えられる。定数項がおおよそ12であるので,通常の値引きは12%である本薬剤に対して上記3社がメイン卸であることは更に3%の割引をしている。他の変数は有意ではなかった。

表2. 取引全体の推定結果
ブロプレス錠8の割引率 オルメテック錠20 mgの割引率 ミカルディス錠40 mgの割引率
Coef. Std.Err P>|t| Coef. Std.Err P>|t| Coef. Std.Err P>|t|
qty 0.0003 0.0003 0.372 0.0017 ** 0.0006 0.006 0.0009 * 0.0003 0.013
bulk  0.6259 0.9039 0.490 −0.2090 1.0263 0.839 −0.3069 0.8849 0.729
kibo_1to5  0.5443 0.8812 0.538 −0.2467 1.0438 0.814 −0.9977 0.8892 0.264
kibo_31over  −1.0817 1.3796 0.435 −2.1027 1.4352 0.146 −0.5690 1.3503 0.674
number_trans −0.0447 0.2729 0.870 −0.1604 0.2974 0.591 −0.3464 0.2741 0.209
main_medi 1.9143 1.3804 0.169 1.5851 1.6572 0.341 0.6523 1.3858 0.639
main_alf  3.5446 * 1.4121 0.014 2.6717 1.6380 0.106 2.2205 1.4144 0.119
main_suzu 3.0223 * 1.4720 0.043 2.1837 1.6730 0.195 2.0987 1.4760 0.158
main_toho  3.9697 * 1.6482 0.018 4.3987 * 1.7189 0.012 2.7379 1.5872 0.088
presc_3000 1.1118 1.5002 0.460 0.8581 1.5483 0.581 2.0210 1.3936 0.150
_cons  11.9291 ** 2.0011 0.000 12.9734 ** 2.2643 0.000 15.6423 ** 1.9738 0.000
Adj. R-squared 0.0308 0.0904 0.0839

注1)qtyは各列の薬剤に対応するblopre_qty, olme_qty, micar_qtyを意味する。

注2)Adj. R-squaredは各推計の自由度調整済み決定係数である。

注3)**は1%水準,*は5%水準,は10%水準で有意であることを示している。

次に,表2中央のオルメテック錠20 mgでは,数量ディスカウントが強く有意に効いているものの,その値は約0.002%に過ぎない。四大卸のうちメインとしている東邦HDが有意にオルメテック錠20 mgを割引している。その水準は約4%と推定された。第一三共が株主になっているアルフレッサHDの変数は有意には割引を行っていない。

最後に,表2右のミカルディス錠40 mgも,数量ディスカウントが有意に効いているものの,その値は約0.0009%に過ぎない。有意傾向ではあるが,メインとしている東邦HDが割引している。その水準は約2.7%と推定された。

以上から,これらの3つの薬剤に関して共通するのは,薬局の規模や卸の数といった一種の拮抗力に関する変数,更には総価取引ダミーが有意ではないことである。

6.2  総価取引の検討

次にメイン卸と総価取引をしている状況に限定して推計結果を分析する。総価取引は交渉力のある側にとって値引きを引き出しやすい取引であると考えられる。その効果を取引全体の分析と比較する。また,総価取引のうちメーカー毎に総価取引を行っている効果も調べる。

まず,表3左のブロプレス錠8では,スズケンの変数が有意傾向となった以外は,全体の分析と同様の結果である。総価取引においても,資本系列にない3社が同様の拮抗力を発揮して製薬メーカーから値引きを引き出していると推察できる。全取引での平均的な割引率は約11.9%であるのに対して,総価取引では約10.9%である。よって,ブロプレス錠8の総価取引の平均割引率は,全ての取引形態のそれに比して1%程度小さい。

表3. 総価取引の推定結果
ブロプレス錠8の割引率 オルメテック錠20 mgの割引率 ミカルディス錠40 mgの割引率
Coef. Std.Err P>|t| Coef. Std.Err P>|t| Coef. Std.Err P>|t|
qty 0.0002 0.0003 0.530 0.0015 * 0.0008 0.050 0.0008 * 0.0004 0.039
bulk_maker 0.4747 1.3190 0.720 1.6638 1.3361 0.218 3.0463 * 1.1737 0.012
kibo_1to5 1.3859 1.1811 0.245 0.5384 1.2938 0.679 0.4149 1.1244 0.713
kibo_31over −0.8951 1.6213 0.583 −1.8544 1.5877 0.247 −0.0113 1.4758 0.994
number_trans 0.0393 0.4260 0.927 −0.4338 0.4329 0.320 −0.2995 0.4017 0.459
main_medi 2.5567 1.8913 0.181 1.5692 2.1912 0.476 0.8276 1.7422 0.636
main_alf 4.3619 * 1.8890 0.024 4.0293 2.0875 0.058 3.1819 1.7326 0.071
main_suzu 3.9227 1.9787 0.052 3.2815 2.1204 0.127 2.7680 1.8298 0.135
main_toho 5.5456 * 2.2634 0.017 5.0257 * 2.1737 0.024 4.3901 * 2.0641 0.037
presc_3000 1.4366 1.9348 0.461 1.7052 1.8359 0.356 3.1595 1.7432 0.074
_cons 10.8755 ** 2.6191 0.000 12.3596 ** 2.7813 0.000 12.8200 ** 2.4774 0.000
Adj. R-squared 0.1990 0.1406 0.1798

注1)qtyは各列の薬剤に対応するblopre_qty, olme_qty, micar_qtyを意味する。

注2)Adj. R-squaredは各推計の自由度調整済み決定係数である。

注3)**は1%水準,*は5%水準,は10%水準で有意であることを示している。

3中央のオルメテック錠20 mgの結果は,取引全体と同様,小さいながら数量ディスカウントが有意に効いている。更に,メインとしている東邦HDの変数で割引(約5%)が同様に有意であった。

取引全体の推定と異なるのは,アルフレッサHDのダミーが有意傾向を示したことである。薬局は,メインとしているアルフレッサHDと総価取引をしていれば,オルメテック錠20 mgを約4%割引される可能性がある。第一三共は,アルフレッサHDの大株主である。単品単価取引を含む全体の取引形態では,薬局は有意な割引を卸から引き出せない。しかし,総価取引で交渉を行うならば,メインであるアルフレッサHDは薬局に対して比較的安価な価格で卸している可能性が示唆された。第一三共との資本関係により,アルフレッサHDはオルメテック錠を数多く調達していると考えられる。その際,大量の仕入れによる割戻しやアローアンスと呼ばれる補償が製薬メーカーから卸に支払われる。その一部が総価取引を通じた交渉力によってのみ川下の薬局にもたらされている可能性があると言えよう。定数項に現れる平均的な割引率は,全体の取引(約12.9%)に対し,約12.3%と僅かに減少している。これは,薬局が総価取引によってのみでは利益を得られるとは限らないことを示唆している。

最後に,ミカルディス錠40 mgの総価取引による結果を表3右に示した。全体のデータの結果と同様に小さい数量ディスカウント(約0.0008%)が有意に効いている。製薬メーカー毎の総価取引のダミーが有意性を持っている。もし,薬局が製薬メーカー毎に卸を決めて総価取引を行えば,約3%の割引を受ける推計である。

取引全体ではメインである東邦HDの変数が有意傾向にあるが,総価取引に焦点を合わせると,それは有意に変わり,割引率も約2%から約4%に上昇した。これに加えてアルフレッサHDのメイン卸ダミーは,有意傾向になった。オルメテック錠20 mgのアルフレッサHDのメイン卸ダミーも全体から総価取引になると有意傾向になっていたことに留意すると,総価取引をしていれば,アルフレッサHDをメイン卸としている薬局に複数の薬剤について割引を行う可能性が示されている。

また,一日の処方箋枚数が3000枚以上であるダミーが有意傾向であった。これは一種の薬局の規模ダミーであり,大規模な薬局は,総価取引を選択する事によってミカルディス錠40 mgの取引から約3.1%割引を引き出せる可能性がある。

6.3  仮説の検証

取引全体では規模や卸数は多くのケースで有意な影響を与えず,仮説1は棄却された。しかし,総価取引の場合には,仮説1は支持される場合もあった。仮説2は,一部の薬剤で全体の取引と比較して総価取引で割引がなされるものの,すべて薬剤で比較すると大きく割引されてはいないため,棄却された。

分析対象の製薬メーカーのすべての資本が入っているメディパルHDは,それがメイン卸であればどの薬剤に対しても割引を行っていない。それは全体の取引形態でも総価取引に限っても同様であった。一方で,第一三共とアステラス製薬の資本が入っている東邦HDは,それがメイン卸であればどの薬剤に対しても割引を行う傾向があった。それは総価取引であればより強く現れている。従って,仮説3は支持された。

国内において特許で保護されている医薬品の一部は,僅かであるが数量割引がなされた。よって,仮説4は条件付きで支持された。

6.4  ディスカッション

ここでは前項の仮説2と仮説4の検証結果について更に検討する。これ以降,すべての製薬メーカーと関係を持つメディパルHDを強い系列,第一三共とアステラス製薬と関係を持つ東邦HDを弱い系列と称する。強い系列卸を持っていれば製薬メーカーは卸価格を高止まりさせることができる。よって,これは将来の製薬メーカーの利益を増進させる。卸の規模が大きくなればその効果は強くなるので,卸の合併効果が現れていると言えよう。

一方で,合併はライバル卸の合併を誘発する。特に,地方では卸数が限られるため,合併後に一部の製薬メーカーの出資比率が下がり,よってその影響力が相対的に低下することが考えられる。このときに弱い系列卸が発生する。長期的な関係が築かれているので製薬メーカーから割引を引き出すことに成功した卸は,メイン卸の場合に重要顧客である薬局にその恩恵の一部を与えていると考えられる。あるいは薬局がスポット的にメイン卸以外の卸からその薬剤を購入したときに,メイン卸に対抗するためにその卸は割引を行ったとも考えられよう。

強い系列卸は割引しないことは,理論的に当然と考えられるが,現実の卸価格データで検証したことに本稿の意義がある。また,上流企業の資本の有無,更には出資比率の違いによって系列のタイプとその影響が異なることも本研究の独自な発見だと言える。一般に,取引の継続により信頼が醸成されるが,その安定的な関係の基盤として資本の共有は一つの手段だと考えられる。

仮説4より,国内において特許で保護されている医薬品の一部は,僅かではあるが数量割引がなされた。これはEllison and Snyder(2010)での,GEの存在が一種の代替能力として卸価格に働くとする主張と逆の結果である。日本の薬価制度および医療政策が,海外に比し普及が遅れているGEに重点を置いており,収益性を考えればGEといたずらに価格競争することを回避する戦略が考えられる。むしろ,同じARB系統の医薬品で,特許期間内でシェアを確保したい製薬メーカーの狙いが,僅かながらも数量割引して現れたとも考えられる。

7  結論

本稿では,メイン卸との取引や取引数量によって総価取引が卸価格にどのような影響を与えるのかを検討した。メイン卸による薬局への割引は,その製薬メーカーとの系列関係によって大きく異なることが分かった。メディパルHDをメイン卸としていると,卸価格を割引することはない。しかし,それ以外のメイン卸では,資本関係の有無に関わらず,概ね医薬品を割引して売っている。それは薬局が総価取引をしている時ほど強く表れていた。

これは系列関係には多様性があることを示唆している。下流の価格付けをコントロールできる強い系列がその一つである。もう一つは,系列の医薬品を大量に仕入れることにより値引きを引き出し,取引形態などの状況に応じ,その恩恵を更に下流に転嫁できる弱い系列である。本稿の3層モデルにおいて,中流の上流に対する拮抗力が下流への利益をもたらしている。このような日本の系列の分析の多様なあり方は更なる研究が必要であろう。

結論として,日本の医薬品においては代替能力よりも,どのような卸と継続的で濃密な関係にあるか(メイン卸にしているか)が重要な価格決定要因である。また,総価取引か否かは卸価格の決定に大きな影響を及ぼさないことが明らかになった。製薬メーカーと卸の系列関係の強弱,特許で守られているときの数量効果が医薬品の価格決定要因であった。これらの結論は,医薬品流通において医療政策が総価取引か単価取引か否かを検討する際に,視野を広くして他の卸価格に影響を与える要因をも考慮に入れなければならないことを含意している。

永らく問題を指摘されてきたにも関わらず,医薬品卸と医療機関で取引される卸価格の分析は緒に就いたばかりである。薬剤の特徴や様々な取引慣行から現状の薬価制度を考察するだけではなく,将来的に薬剤価格をどのように形成すれば良いのか,前向きの政策課題に資するような研究も今後必要になってくるだろう。

謝辞

2名の査読者の先生と編集長の近藤公彦先生からは,貴重なご示唆を頂いた。記して感謝するものである。なお,本研究は科研費(課題番号:25380317,研究代表者:丹野忠晋)の助成による成果の一部である。

1)  過去の日本の流通システムの特殊性については田村(1986)が今なお参考になる。海外との比較では例えばAnderson and Coughlan(1987)が海外への参入において米国企業と日本企業が異なった流通チャネルを用いていることを実証的に明らかにしている。また,医薬品流通の歴史的な形成過程については石原・矢作(2004)の第2章を参照されたい。

2)  現在の薬価基準制度については城(2018)が詳しい。改定された薬価による分析には髙山・成川(2016)がある。また,西川(2018)は,予想を超えて販売された医薬品の次期の薬価を大幅に下げる市場拡大再算定制度が医師の処方にどのような影響を与えるのかを分析している。和久津・中村(2015)は,新薬創出・適応外薬解消等促進加算制度が薬価推移にどのように影響を与えるかを仮想的な薬剤を設定してシミュレーションにより分析している。

3)  医療用医薬品卸販売総額は日本医薬品卸売業連合会資料を,医療用医薬品売上高は各社の決算報告書を基にした。

4)  薬局への事前聞き取り調査により,どの薬局もメイン卸を有しており,そこからの調達が薬局にとって重要であるとのことから変数を導入した。また,総価取引のうち「メーカー毎に総価取引」を行うということも薬局のヒアリングで判明し,説明変数として導入した。

参考文献
 
© 2019 Japan Society of Marketing and Distribution
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