2019 Volume 14 Issue 3 Pages 187-192
【目的】在宅終末期がん患者に対する臨死期の鎮静薬の使用と,在宅療養期間との関連を明らかにする.【方法】2013年6〜11月末までに在宅特化型診療所17施設の診療を受けたがん患者1,032名の診療録調査から自宅死亡前48時間以内に使用した鎮静薬を調べ,鎮静薬使用群と不使用群に分けて,在宅療養期間を比較した.【結果】使用された鎮静薬はジアゼパム(n, %:100, 52%), フルニトラゼパム(29, 15%), ブロマゼパム(27, 14%), ミダゾラム(26, 13%), フェノバルビタール(20, 10%)の順であった.鎮静薬使用群と不使用群とで療養期間中央値[四分位範囲]はそれぞれ,26[13, 63]日,25[10, 64]日(Adj p=0.79)であった.【結論】在宅終末期がん患者に対する,臨死期の鎮静薬使用は24%にみられ,その半数以上はジアゼパムであった.在宅療養期間との関連は認めなかった.
国民が考える在宅療養の阻害要因として,家族の介護負担や不十分な苦痛緩和,症状急変時の不安等が挙げられている1,2).また,訪問看護師からみた在宅療養中のがん患者の入院理由として,家族の介護負担や症状緩和ができないことも多く挙げられる3).がん患者が望む療養場所の実現には,苦痛緩和が必須である.臨死期の苦痛緩和目的の,鎮静薬投与は緩和ケアに取り組む施設では一般的に行われているが,その実態を調査したものは持続的深い鎮静に関連したものが中心4〜6)であり,それ以外の報告はこれまでになかった.今回われわれは,在宅緩和ケアに積極的に取り組む診療所の実践を調査し,臨死期における鎮静薬使用の実態を明らかにすることにより,一般診療所の参考となり,望んだ場所で療養するための一助となると考えた.また,鎮静薬投与が療養期間に与える影響を明らかにすることは,医療者や患者家族の不安を和らげることにつながると考えた.
そこで本研究の目的は,在宅緩和ケアを受ける終末期がん患者に対する,臨死期における鎮静薬使用の実態と,在宅療養期間との関連を明らかにすることとした.
対象施設は,緩和ケア診療所連絡協議会(2016年8月解散)の在宅療養支援診療所約20施設のなかで,年間在宅看取り数が30名以上で調査同意が得られた17施設とした.緩和ケア診療所連絡協議会とは,在宅療養中のがん患者に対して,専門的緩和ケアを一体化したチームで提供することに取り組む診療所の全国組織である.
対象者は,訪問診療終了したがん患者のうち,2013年6~11月末の間に自宅死亡した患者とした.がん診断前から在宅診療を受けていたもの,転帰不明・自宅死亡以外のものは除外した.
調査手順対象者が自宅死亡した際に職員等が訪問診療開始時,終了時の2種類の調査用紙に,事前配布したマニュアルに従って診療録から抽出した情報と,患者に関わったスタッフへの聞き取り内容から後ろ向きに記入,匿名化し回収した.なお,本研究は東北大学大学院医学系研究科の倫理委員会の承認を得て行った(受付番号2012-1-545).各施設では,施設長に承認を得た後に同倫理委員会で代理審査を受け承認を得た.
調査項目主要評価項目として,臨死期(自宅死亡前48時間以内)における鎮静薬投与の有無と種類を調べた.鎮静薬は苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン7)に記載のある7種類(ミダゾラム注射薬,フルニトラゼパム注射薬,フェノバルビタール注射薬・坐薬,プロポフォール注射薬,ヒドロキシジン注射薬,ジアゼパム注射薬・坐薬,ブロマゼパム坐薬)とし,内服薬は含めなかった.
患者背景や転帰・利用したサービス内容,医療処置内容として以下の項目を調査した.訪問診療開始日,年齢,性別,performance status(PS),診療転帰,最終訪問診療日,死亡日,主介護者の続柄,同居者の有無,自宅死亡前1カ月間以内での訪問看護や訪問介護,福祉用具貸与などの利用の有無,がん原発部位・診断日・治療歴・治療状況,看取り場所の希望(患者・家族),酸素療法や吸引,血液検査といった医療処置の有無,臨死期の輸液療法の有無とその投与経路,強オピオイド鎮痛薬(モルヒネ・オキシコドン・フェンタニル)の使用有無と,投与経路を調べた.在宅療養期間は訪問診療開始日から死亡日までと定義した.診療開始時点の患者・家族の抱えていた問題(身体的・精神的・介護に関する問題)に関する情報を調べた.問題があるという基準は,医療者からみて介入が必要かどうかを指標とし,緩和ケアに関する医療者による他者評価尺度であるSTAS-J(Support Team Assessment Schedule日本語版)8)の「症状が患者に及ぼす影響」でスコア2(中等度,ときに悪い日もあり,日常生活動作に支障をきたすことがある)を参考とするようマニュアルに記載した.
解析方法調査票を回収後,対象者の各変数に関して記述統計を算出し図表を作成した.まず,7種類の鎮静薬いずれかの使用があった場合を「いずれかの鎮静薬あり」として,その有無別に在宅診療期間を算出してログランク検定で比較し,カプラン-マイヤー生存曲線を作成した.次に,「いずれかの鎮静薬あり」の傾向スコアを算出し,その有無別に在宅診療期間を傾向スコアで調整したCOX回帰分析により比較した.傾向スコアの算出は,「いずれかの鎮静薬あり」と対象者背景や患者家族の抱える問題点,受けた医療処置との関連をFisherの正確確率検定で比較し,有意であった項目を説明変数としたロジスティック回帰モデルを作成して算出した.その際に,頻度の低い項目と欠測値の多い項目はモデルから除外した.また,c統計量とHosmer-Lemeshow検定によりモデルを評価した9).有意水準は5%とし,両側検定とした.統計解析にはSAS 9.3日本語版(SAS Institute Japan, 東京)を用いた.
調査対象の 17施設で対象期間中に訪問診療を終了した全がん患者 1,032 名のうち,無効回答(調査対象期間外6名,診療転帰不明11名,同一患者重複1名)を除く1,014 名の回答が得られた.そのうち,がん診断前から在宅診療を受けていた103名と転帰が不明・自宅死亡以外の140名を除く,自宅死亡の転帰をたどった792名を解析対象とした.自宅死亡前48時間以内に鎮静薬を使用したものは193名(24%)であり,使用しなかったものは599名(76%)であった.使用された鎮静薬は半数以上がジアゼパム100名(52%)であり,以下フルニトラゼパム29名(15%),ブロマゼパム27名(14%),ミダゾラム26名(13%),フェノバルビタール20名(10%)の順であった(付録表1).
鎮静薬使用群と不使用群との患者背景・介護に関する情報・診療開始時の患者家族の問題点を比較したものを表1に,利用したサービスや受けた医療処置,薬剤投与を比較したものを表2に示す.鎮静薬使用群は不使用群に比べ,背景の特徴として高齢者が少なく,診療開始時に医療者が同定した患者の問題点(とくに,呼吸困難,食欲不振,不安,抑うつ)が多かった.医療処置や薬剤投与の特徴として,酸素療法の使用や輸液の実施割合が多かった.また,モルヒネの使用が多くオキシコドンの使用が少なく,オピオイドの使用と投与経路としては経口投与が少なく経直腸投与が多かった.
鎮静薬の使用有無での在宅療養期間の中央値[四分位範囲]は,いずれかの鎮静薬使用群で26[13, 63]日,鎮静薬不使用群で25[10, 64]日であった.各群の在宅療養期間の比較は,傾向スコアで調整前(p=0.802)・調整後(Adj p=0.791)ともに統計的有意差はみられなかった(表3,付録図1).
本研究は在宅特化型診療所から診療を受けたがん患者のカルテ調査から,臨死期における鎮静薬使用の実態と,その使用による在宅療養期間への影響を明らかにした多施設研究である.主な知見として,臨死期の鎮静薬使用は全体の24%であったこと,使用された鎮静薬の約半数がジアゼパムであったこと,鎮静薬の使用と在宅療養期間との関連は認められなかったことがわかった.これまでに同様の調査はなく,国内の知見として意義があるものと考えらえた.
先行研究では高齢者ほど症状が軽度であることを指摘されており10),鎮静薬使用群は,より若年で介入が必要な症状も多くみられていた.臨死期の鎮静薬使用の目的としては,ベンゾジアゼピン系薬剤の睡眠・抗けいれん作用を目的としたもの,呼吸困難やせん妄,とりきれない苦痛への症状緩和目的としての使用などが考えられる.その多くが保険適応外使用だが,今回の調査から,実臨床の現場ではそれぞれの医療者が使い慣れた薬剤と投与経路を選択していることが示唆された.
また,在宅緩和ケアにおける鎮静の系統的レビュー11)では,自宅でも実施可能であり,患者のケアを向上するための重要な方法と位置づけられており,国内の在宅緩和ケアを含めた多施設調査で,持続的深い鎮静は生存期間を短縮しないことが示されていた6),本研究により,在宅緩和ケアの現場では,臨死期に必ずしも持続的深い鎮静を意図せずに,鎮静薬が投与されている実態が明らかとなり,それによる在宅療養期間への影響は認めず,生命予後を短縮しないことが示唆された.
本研究の限界として,①在宅看取り数の多い診療所を対象にした調査であり,一般診療所に結果を外挿できないこと,②後ろ向きカルテ調査のため,カルテにない項目についてはデータが得られず,鎮静薬使用の対象症状や使用の意図,具体的な投与量や方法が明らかにされていないこと,③剤型を分類せず集計したため臨床の実態とは乖離があること,④鎮静薬の使用がその後の生存期間に与える影響を調査すべきところ,その代替指標として在宅療養期間を用いたこと,などが挙げられる.しかし,④の限界については,先行研究6,12)でも同様に全生存期間を用い,背景因子を調整した解析が実施されており,本研究の結果も,その解釈に注意は必要であるが妥当な解析であると考えられた.今後は,各種鎮静薬個別の詳細な使用実態と安全性・有効性を明らかにしていく必要があると考えられた.
在宅終末期がん患者の臨死期には24%に鎮静薬が投与され,使用薬剤はジアゼパムが最も多かった.また,鎮静薬の投与と在宅療養期間との間に関連は認めず,生命予後を短縮しないことが示唆された.
著者の申告すべき利益相反なし
橋本は原稿の起草に貢献;橋本および佐藤は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,データの解釈,原稿の重要な知的内容にかかわる批判的な推敲に貢献;佐々木,高林,河原,鈴木は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容にかかわる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.