2019 Volume 14 Issue 3 Pages 203-207
タペンタドールは,トラマドールをもとにセロトニン再取り込み阻害作用を軽減して創られた薬であるものの,若干のセロトニン再取り込み阻害作用を有している.今回,われわれは,選択的セロトニン再取り込み阻害薬が投与されている49歳女性の食道がん患者にタペンタドールを開始したところ,内服当日より,静坐不能となり,悪心,めまい,不眠が出現し,さらに翌日には,発熱,発汗,上肢を中心とするミオクローヌス,四肢の振戦,頻脈を認めた症例を経験した.3つの診断基準に照らし合わせて,セロトニン症候群と診断した.タペンタドールの中止とベンゾジアゼピン系薬の開始にて,速やかに症状は消失した.本邦において,タペンタドールは,がん疼痛治療に用いられているオピオイド鎮痛薬であるが,抗うつ薬と併用する際には,セロトニン症候群を念頭に入れた観察を行うことが必要である.
セロトニン症候群は,抗うつ薬や鎮痛薬の投与が契機となり,セロトニン性神経伝達が亢進され,中枢性および末梢性のセロトニンの増加,セロトニン受容体の過剰刺激が中心となって生じる.
今回,われわれは,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor: SSRI)を投与中のがん患者にタペンタドールを開始したところ,セロトニン症候群を発症した症例を経験したので報告する.
【患 者】49歳,女性
【診 断】食道がん,肝転移,リンパ節転移(縦隔,胃小彎,胸部・腹部傍大動脈など)
【既往歴】うつ病,アルコール依存症,対人恐怖症,神経性無食欲症
【現病歴】2015年6月,食道がんと診断.肝転移,多発リンパ節転移を認め,切除不能と判断された.化学放射線療法が行われたが効果を認めなかった.2017年1月,胸部痛が出現し,コデインリン酸水和物の内服投与が開始され,2月に緩和ケア科へ転科となった.
【臨床経過】約5年前よりうつ病に対して,SSRIであるフルボキサミンマレイン酸50 mg/日を服用していた.約2年間は投薬内容の変更はなかった.
緩和ケア科初診時,縦隔リンパ節転移による前胸部の安静時痛[Numerical Rating Scale(NRS) 3(0:痛みがない~10:考えられる中で最悪の痛み)]と嚥下痛(NRS 5)を認めた.経口コデインリン酸塩水和物30 mg/日が投与されていた.4月20日,前胸部の持続痛の増悪に対して,コデインリン酸塩水和物80 mg/日へ増量し,痛みは自制内(NRS 2)へ改善した.5月17日,前胸部痛の増悪を認めた(NRS 4).便秘も著しいため,痛みと便秘の改善を目的に,フェンタニルクエン酸塩貼付薬0.3 mg/日へオピオイドスイッチングを行った.前胸部痛は自制内(NRS 2)となり,便秘も改善されたが,貼付薬による皮膚掻痒感のため投与継続困難となり,貼付薬開始から14日後に,等鎮痛換算でタペンタドール100 mg/日へオピオイドスイッチングを行った.タペンタドール内服開始の20時間後より,じっとしていることが困難(静坐不能)となり,悪心,めまい,不眠が出現した.さらに12時間後には,発熱(37.5℃),顔面・体幹を中心とする発汗,上肢を中心とするミオクローヌス,四肢の振戦,頻脈(120回/分)を認めた.まず,他の疾患(感染,代謝疾患,薬物乱用やその離脱など)が除外されること,症状の出現前に抗精神病薬の投与やその用量調節がされてないことを確認した.そのうえで,Sternbachの診断基準1)では,ミオクローヌス,発汗,振戦,発熱の4項目を満たし(3つ以上の症状で診断),Rudomskiらの診断基準2)では,主症状として,発熱,発汗,ミオクローヌス,振戦の4項目,副症状として,不眠,頻脈,アカシジアの3項目を満たし(4つの主症状,あるいは,3つの主症状と2つの副症状,で診断),また,Hergelらの診断基準3,4)では,焦燥が重度(3点),眩暈と発汗が中等度(2点),ミオクローヌス,振戦,発熱が軽度(1点)の合計10点(合計7点以上で診断)であり,3つのいずれの診断基準においても,基準を満たしたためセロトニン症候群と診断した.
前日に開始したタペンタドールが原因薬剤と考え,タペンタドールを中止し,経口オキシコドン20 mg/日へ変更し,ミオクローヌスに対してクロナゼパム0.5 mg/日を開始した.タペンタドールの中止から,約24時間で症状は消失した.また痛みも自制内(NRS 2)となり,以降は症状出現を認めることはなかった(図).
フェンタニルクエン酸塩貼付薬0.3mg/日からタペンタドール100mg/日へスイッチングし,20時間後にセロトニン症候群を発症した.タペンタドールを中止し,経口オキシコドン20mg/日へ変更し,約24時間で症状は消失した.
今回われわれは,SSRI投与下でタペンタドールを開始したところ,セロトニン症候群を発症した症例を経験した.タペンタドールによるセロトニン症候群の報告は少ないが,タペンタドールの過量投与によりセロトニン症候群が発症した可能性があるとの報告5)や,タペンタドールのセロトニン受容体への薬理学的作用から,臨床的使用量でもセロトニン症候群を発症する可能性が報告されており6),実際にタペンタドールの単独使用において,セロトニン症候群を発症したという報告もある7).セロトニン症候群は,抗うつ薬や鎮痛薬の投与が契機となり,セロトニン性神経伝達が亢進し,中枢性および末梢性のセロトニンの増加,セロトニン受容体の過剰刺激が中心となって生じる.セロトニン性の神経伝達を亢進させる薬物は複数報告されているが,抗うつ薬との併用で発症することが多いとされる.鎮痛薬では,フェンタニル8),およびトラマドール9)などで報告がある.
セロトニン症候群の診断基準は複数報告されており10),いずれも臨床症状で診断を行い,特徴的な血液検査所見はない.Sternbachの診断基準は,セロトニン症候群の診断基準として最初のもので広く用いられているが,特異性が低いとされる.Radomskiらの診断基準は,より厳格な診断基準であるが,軽症例が見落とされる可能性が指摘されている.また,Hegerlらの診断基準は,9つの症状を点数化し,重症度の判定に有用である10).
フェンタニルについては,抗うつ薬の併用によってセロトニン症候群が発症したとの報告がある8).本症例では,タペンタドールの開始前にフェンタニルクエン酸塩貼付薬を14日間使用していたが,セロトニン症候群はみられなかった.また,タペンタドールへのスイッチング直後から症状が出現したことから,タペンタドールによってセロトニン症候群を発症したものと考えられた.
タペンタドールは,トラマドールのμ-オピオイド受容体活性とノルアドレナリン再取り込み阻害作用を強化しつつ,セロトニン再取り込み作用を減弱させたオピオイド鎮痛薬である11,12).実際,ラットを用いた動物実験においても,細胞外ノルアドレナリン濃度の上昇は認めるが,細胞外セロトニン濃度の増加はわずかであることが報告されている13).しかし,タペンタドールは,ノルアドレナリン再取り込み阻害作用の1/5程度のセロトニン再取り込み阻害作用を有するため,セロトニン症候群を生じる可能性は否定できない.本症例では,SSRIの併用によって,中枢性および末梢性のセロトニン濃度の上昇によって,セロトニン症候群を発症したと考えられた.
セロトニン症候群の治療の原則は,原因薬剤の中止と補液や体温冷却などの保存的な治療とされている.ミオクローヌス,不安に対しては,クロナゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬剤の有用性が報告されている14).本症例においても,タペンタドールを中止し,クロナゼパムを投与したところ,約24時間で症状は消失した.このように,本症候群を見逃さずに診断できれば,比較的容易に治療が可能なことが多いと考えられるが,診断されずに対処されないと患者には大きな苦痛となるだけでなく生命にも影響を及ぼし得る15).
一方,セロトニン症候群は,一般診療において,見過ごされやすいことが指摘されている16).Mackayらは,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Noradrenalin Reuptake Inhibitor: SNRI)によるセロトニン症候群と診断された患者の担当医へアンケ―ト調査を行った結果,約85%の担当医はセロトニン症候群に気づくことができなかったことを報告している17).
以上のことから,SSRI, SNRIを含めた抗うつ薬など,セロトニン濃度へ影響が生じうる薬剤を使用している患者に,タペンタドールを併用する場合には,セロトニン症候群を念頭において観察する必要があると考えられる.
SSRI使用下でタペンタドールを開始したところ,セロトニン症候群を発症した1症例を経験した.がん疼痛を有する患者において,オピオイド鎮痛薬と抗うつ薬はしばしば併用されるため,SSRIのようなセロトニン濃度へ影響が生じうる薬剤を使用している患者に,タペンタドールを併用する場合には,セロトニン症候群を念頭において治療を行うことが必要であると考えられる.
金島正幸:申告すべき利益相反なし
余宮きのみ:講演料(大鵬薬品工業株式会社,塩野義製薬株式会社,第一三共株式会社)
金島は研究の構想およびデザイン,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献; 余宮は研究の構想およびデザイン,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.