Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
Two Cases of Pregnancy Leading to Childbirth While Relieving Cancer Pain with Fentanyl
Teppei TorisakiAtsushi YoshitakeMai KinagaTatsuo Yamamoto
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 15 Issue 2 Pages 81-84

Details
Abstract

【緒言】妊婦のがん疼痛をフェンタニルで緩和した2症例を経験した.【症例1】30歳女性,多発性骨髄腫による腰痛が妊娠30週ごろから増強した.妊娠34週1日からフェンタニル持続静注を開始し,32 µg/時まで漸増した.妊娠36週1日に選択的帝王切開術を行った.児に明らかな有害事象は認めなかった.【症例2】34歳女性,妊娠22週目に胃がんと診断され,第12胸椎の病的骨折も認めた.フェンタニル持続皮下注を開始し,24 µg/時まで漸増して痛みは改善した.化学療法を行いつつ妊娠を継続し,妊娠34週0日で選択的帝王切開術を行った.児は出生直後にチアノーゼを呈し気管挿管を行ったが,翌日には問題なく抜管できた.【結語】2症例ともフェンタニルを用いて鎮痛を行うことで妊娠継続が可能となり出産に至った.フェンタニルとの因果関係は不明だが,1症例でチアノーゼを認めた.

緒言

オピオイド鎮痛薬は慢性疼痛やがん疼痛の緩和に有用だが,痛みを有する患者が妊婦であった場合に,安全に使用できるオピオイド鎮痛薬の種類や量,投与方法などについては十分に検証されていない.妊婦にオピオイド鎮痛薬を使用する際は,母体だけでなく胎児に及ぼす影響にも注意する必要がある.米国では妊婦のオピオイド鎮痛薬の使用率増加に伴って新生児の退薬症状(新生児薬物離脱症候群; Neonatal abstinence syndrome, 以下NAS)が急増しているとの報告1)もあるため,妊婦へのオピオイド鎮痛薬の使用は慎重に判断する必要がある.

一方で,妊婦に急激ながん疼痛が生じた場合は,胎児にNASなどの有害事象が生じる可能性があっても,母体の鎮痛を優先してオピオイド鎮痛薬を使用することも選択肢となりうる.妊婦のがん疼痛に対してオピオイド鎮痛薬を使用したとの報告は検索範囲内で見つからなかったが,妊娠中に生じた腰椎圧迫骨折による急性非がん疼痛に対してフェンタニルを用いた症例が報告されている2).今回われわれは,妊娠中に出現したがん疼痛をフェンタニルの持続静注や持続皮下注で緩和しつつ妊娠を継続させ,出産に至った2症例を経験したので報告する.なお,2症例とも本人もしくは家族から,本論文の執筆に関して説明のうえ同意を得ている.

症例提示

症例1

30歳女性.身長157 cm,体重56 kg.初回妊婦健診から尿蛋白陽性を指摘されており,精査でBence Jones蛋白を認め,多発性骨髄腫が疑われた.尿蛋白以外の臓器障害が生じていなかったため,多発性骨髄腫の治療は出産後に検討する方針となっていた.妊娠27週ごろから腰背部痛が徐々に増強し,妊娠33週0日にCTを撮影したところ,脊椎椎体骨や肋骨に多発性の溶骨性病変と,複数の胸腰椎椎体骨に圧迫骨折を疑う所見を認めたため,妊娠33週5日に当院入院となった.

背部痛は第1・第2腰椎周辺に広く存在し,アセトアミノフェン1000 mg点滴静注では十分に緩和できなかった.背部に触るだけでも痛みが増強するため硬膜外ブロックは施行できず,フェンタニルを持続全身投与することとした.投与方法は調節性に優れる持続静注で鎮痛を図る方針とした.

妊娠34週2日から20 μg/時でフェンタニル持続静注を開始し,症状に合わせて32 μg/時まで漸増したところ,最大でNRS 10/10だった背部痛が0/10になる時間帯も出てきた.背部への接触が可能となったため,妊娠35週0日に第1/2腰椎間から硬膜外カテーテルを挿入し,0.2%ロピバカインを5 ml/時で持続硬膜外投与を開始した.フェンタニルは一時的に12 μg/時まで減量できたが,胎動によって腰痛が増強するとの訴えが続き,フェンタニルは30 μg/時まで再び漸増する必要があった.

痛みは改善傾向にはあったものの胎動による突出痛の出現が続き,本人の希望で妊娠36週1日に全身麻酔下で選択的帝王切開術を行うこととなった.帝王切開術は手術時間56分で終了し,児の生下時体重は2492 g,Apgarスコアは1分後8点,5分後8点.フェンタニルによる影響を考慮して新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit: NICU)に入室したが,NASを疑う痙攣などの有害事象は認めず,日齢7日で退室した.

痛みは出産後に改善し,術後4日目に硬膜外ブロックを終了,術後5日目にフェンタニル投与を終了した.腰痛は残存していたが,ロキソプロフェン60 mgの頓用のみでコントロール可能であった.

症例2

34歳女性.身長162 cm,体重52 kg.妊娠の初期から腰痛を自覚していたが,妊娠21週4日に腰痛が増強して前医の救急外来を受診した.上部消化管内視鏡で4型胃がんと診断された.CTでは多数の腹腔内リンパ節腫大と多発骨転移を認め,第12胸椎は圧迫骨折をきたしており,腰痛の原因と考えられた.診断確定時の胎児の推定体重は500 g程度であり,消化器外科と総合周産期医療センターの双方を有する当院に妊娠22週1日に転院となった.

前医でオキシコドン徐放錠10 mg/日,アセトアミノフェン錠2400 mg/日が処方されていたが,背部の痛みが強く,離床困難だった.妊婦へのオキシコドンの使用例の報告が過去にないことと,速やかな鎮痛薬の用量調整が必要だったことから,内服のオキシコドンは中止し,フェンタニルを持続皮下注で8 μg/時から開始した.来院時はフェイスペインスケール5/5だった背部痛は,フェンタニル開始後数時間で2/5まで改善した.症状に合わせてフェンタニルの流量は16 μg/時まで漸増し,アセトアミノフェンも4000 mg/日まで増量した.

家族らは母体の救命を優先することを希望され,本人もそれに同意したため,胃がんに対してトラスツズマブ,ティーエスワン,オキサリプラチンの併用療法を開始した.治療開始後,徐々に全身状態は改善し,明らかな有害事象はみられなかった.胎児エコーで児の胎動・発育に明らかな問題はみられなかった.

妊娠25週6日ごろから左大腿後面に神経障害性痛を疑う痛みと痺れが出現したため,プレガバリンを開始して100 mg/日まで漸増したところ,痛み・痺れともに改善がみられた.妊娠28週3日には腰痛の再増悪を認めたが,フェンタニルを24 μg/時,プレガバリンを150 mg/日までさらに漸増したところ痛みは改善した.その後痛みは安定した状態が続き,産科と協議し,妊娠34週0日に選択的帝王切開術を施行した.

全身麻酔下に選択的帝王切開術を行い,執刀開始から9分で児を娩出した.手術時間は1時間6分,出血量は羊水込みで350 mLであった.児のApgar スコアは1分後8点,5分後8点,体重は1938 gであった.チアノーゼを認めたため,直ちに気管挿管を行いNICUに入室したが,マイクロバブルテストで呼吸促拍症候群は否定され,日齢1日で人工呼吸器から離脱し抜管できた.明らかなNASの所見もなく,日齢15日にNICUを退室した.

痛みは出産後も続いたため,持続皮下注からフェンタニル貼付剤2 mgに変更して継続した.症状に合わせて投与量は調整を続け,出産から4カ月後に胃がんの進行により死亡するまで,痛みに関してはコントロール良好な状態を維持できた.

考察

オピオイド鎮痛薬はいずれも妊婦に使用する場合の安全性は証明されていない.そのため今回は,過去に妊婦への使用例が複数報告されており24),そのいずれにおいても母児の致死的な有害事象が報告されていないフェンタニルを使用した.

症例1の児に関しては,フェンタニルによる明らかな有害事象は認めなかったが,症例2の児は出生直後にチアノーゼを認めて気管挿管を要した.症例2は早産であることや母体が抗がん剤やプレガバリンといった児への影響が明らかでない薬剤の投与を受けていたことなど複数の要因が重なっている症例であり,母体へのフェンタニル投与と児の酸素化不良とに因果関係があるかは不明であるが,フェンタニルは脂溶性が高い薬剤であるため,胎児への移行による影響が生じた可能性は否定できない.

オピオイド鎮痛薬の投与方法に関しては,過去の報告の多くは妊娠前から慢性疼痛に対してフェンタニルを使用していた症例だったため,いずれも貼付剤が使用されていた.一方,がん疼痛はしばしば急激に痛みが増強するため,注射剤の持続投与が用量調整には有利と考えられる.終末期においては持続皮下注は安全かつ有効とされている5)が,終末期でない場合は持続静注と持続皮下注のどちらも状況によって選択肢となりうる.

妊婦に対して安全に使用できるフェンタニルの投与量や投与期間を明らかにするには,今後さらなる症例の蓄積と検証が必要である.投与量は痛みが十分に緩和される量を投与する必要があるが,NAS等のリスクを低減させるためには,硬膜外鎮痛や鎮痛補助薬を併用してフェンタニルの投与量を最低限に抑える工夫も必要である.また,とくに症例1においては出産後に痛みが著明に改善しており,狭義のがん疼痛だけでなく,胎児の体重増加による腰背部への負荷や,脊椎アライメントの変形,不安や恐怖感といった心理的素因などが痛みに関係していた可能性がある.痛みの病態を入念にアセスメントし,他の鎮痛手段やケアの検討を行うことで,オピオイド鎮痛薬の使用量はさらに低減させることができたかもしれない.

今回経験した2症例においては,フェンタニルの持続静注あるいは持続皮下注はがん疼痛の鎮痛に有用であった.フェンタニルを用いて積極的に鎮痛を行い妊娠週数を延ばせたことで,児の臓器成熟に必要な期間をある程度確保でき,重篤な転帰を避けられた可能性がある.一方で,フェンタニルは出生直後のチアノーゼの一因となった可能性もあるため,妊婦のがん疼痛に対して使用する際には,出産前から関係各科と症例に関する情報共有を継続的に行い,不測の事態に備える必要がある.

結語

妊娠中に生じた強いがん疼痛にフェンタニルは有効であり,積極的に痛みを緩和することで妊娠週数を延ばせた可能性があるが,1症例において児のチアノーゼの一因になった可能性もあるため,呼吸抑制やNASといった児への影響に注意する必要がある.また薬剤の選択や投与方法などに関しても,さらなる検討が必要である.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

鳥崎は研究の構想,データ収集・分析・解釈,原稿の起草・知的内容に関わる批判的な原稿の推敲に貢献;吉武・木永・山本は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2020 by Japanese Society for Palliative Medicine
feedback
Top