抄録
光合成酸素発生反応の触媒中心であるMnクラスターは、4原子のMnイオンと1原子のCaイオンから成る金属錯体であり、D1蛋白質のアミノ酸残基が主な配位子であるとされているが、詳細な配位構造や反応過程における配位構造の変化は不明である。推定アミノ酸配位子を同位体標識、或いは他のアミノ酸に置換したSynechocystis sp. PCC6803光化学系IIコア標品を用い、酸素発生過程におけるMnクラスターとアミノ酸配位子の相互作用を振動分光学的手法により詳細に検証することが可能である。Hisを選択的に15N標識した試料では、イミダゾール環のCN伸縮振動に由来するバンドがS状態間遷移に伴って可逆的に変化しており、反応に伴うHis332(或いはHis337)配位子の構造変化が示唆された。Alaを特異的に13C標識した試料では、D1-Ala344カルボキシレート配位子に由来するバンドの選択的測定が可能であり、S1→S2遷移で酸化、S3→S0遷移で還元されるMnイオンに単座配位していることが示された。Glu189Gln変異株ではMnイオンに2座配位したカルボキシレートの振動数領域にバンドの変化が観測された。一方、報告されたAsp170His変異株の赤外吸収差スペクトルには野生株との違いがみられなかった。赤外分光法により得られた結果と結晶構造データに基づいてMnクラスターの配位構造について考察する。