抄録
シロイヌナズナのacl5変異株は,花茎の伸長に特異的な欠損を示し,その原因遺伝子はサーモスペルミン合成酵素をコードする。サーモスペルミンはポリアミンと呼ばれる塩基性低分子化合物の一種で,スペルミンの構造異性体である。この変異表現型を抑圧するサプレッサー変異株sac51-dの原因遺伝子は転写因子をコードし,そのmRNAには5つのuORFがある。sac51-dでは第4uORFに変異が生じた結果,転写因子が過剰翻訳されて茎の伸長回復がもたらされたと考えられている。SAC51のプロモーターと各uORFを破壊した5’リーダー配列にGUSをつないだ融合遺伝子を導入した形質転換植物を作成し,GUS活性を測定すると,第4uORFを破壊した場合のみ発現(mRNAの蓄積)とGUS活性の増加が認められた。各植物にサーモスペルミンを加えると,いずれもGUS活性は増加したが,その効果は第4uORFがない場合には小さかった。一方,5’リーダー配列を含まないSAC51プロモーターGUS融合遺伝子には,外的なサーモスペルミンに対する応答性は認められなかった。従ってサーモスペルミンはSAC51遺伝子に対して,第4uORFを介した翻訳抑制を解除する作用とmRNAを安定化する作用を持つことが示唆される。サーモスペルミンが存在する組織のみで翻訳が促進される,ユニークな遺伝子発現調節機構と思われる。