抄録
春植物は温帯から亜寒帯にかけての落葉樹林の林床に生息する。雪解けから頭上の木々の林冠閉鎖までの8週間程の短期間に発芽・開花・結実を終え、地上部は枯死し、地下部の貯蔵期間は翌年の春まで休眠する。畑で育成した場合でも、林内と同様な時期に地上部の老化・枯死が生ずることから、林冠閉鎖前に生ずる同調的な老化・枯死は光量の不足により受動的に生ずるものではなく、何らかの内生的なシグナル物質が積極的に関与しているものと思われる。
春植物の一つであるキバナノアマナのシュートの抽出物中には強い老化促進活性が認められた。この活性は老化開始直前にピークに達したことから、その本体が老化を制御しているものと思われた。老化促進活性を指標として純化を進めた結果、遊離のリノレン酸が単離された。開花以前の植物体のリノレン酸含量は低かったが、生育に伴い増加を続け、開花1週目で最大値に達し、地上部の老化はその後顕著となった。リノレン酸の最大値はキバナノアマナの葉の老化を引き起こすには十分であった。以上の結果はキバナノアマナはリノレン酸を蓄積し、それにより老化が生ずることを示唆している。林冠閉鎖後の暗い林内で個体を維持するには貯蔵物質の消費が必要がある。キバナノアマナのような春植物はそのコストを軽減させるために積極的な老化を獲得し、それにより狭いニッチを埋めることができたものと思われる。