2025 Volume 41 Issue 1 Pages 9-17
小児放射線検査は,装置の大きさや検査音,造影剤や放射性医薬品の体内注入といった特性上,心理的不安感を引き起こすことが多く,適切な検査実施が困難になることがある.心理的ストレスに起因した体動は,再検査に伴う放射線被ばくの増大,さらには画像診断の正確性に影響を与える要因ともなり得るため,鎮静剤の使用もしばしば検討される.一方で,鎮静剤使用に伴うリスクも無視できるものではなく,使用にあたって適切な運用・環境整備が求められる.
鎮静をせずに検査を進める方法としては,小児患者の認知発達段階に応じた検査に向けた準備(プレパレーション)を行い,検査への理解を深めることで不安を軽減することが有効である.本論文では,小児放射線診療における心理的ストレス軽減を目指し,プレパレーションを行う上でのポイントや,利用しやすいツールの紹介・解説を行う.
This study examined the significance of minimizing psychological stress and managing patient movement during radiological examinations in pediatric patients. These procedures frequently induce anxiety in children owing to factors such as the intimidating size of the equipment, loud operational noises, and the administration of radiopharmaceuticals, which can compromise the accuracy and effectiveness of the examination. To reduce reliance on sedation, which carries associated risks, strategies such as family presence, visual distraction techniques, and physical restraint have proven to be effective in maintaining patient stiffness. Preparation plays a vital role in alleviating anxiety by familiarizing the children with the procedure. This may involve using models or images to explain the process, introducing patients to the sounds of the equipment, and employing age-appropriate tools, such as videos or medical picture books. By reducing stress and promoting understanding, these measures not only enhance the quality and reliability of examinations, but also contribute to improved clinical outcomes.
放射線診療は処置自体による「痛み」は一般的に少ないものの,放射線検査装置特有の大きさや検査音といった物理的なストレス要因がある.また,造影剤や放射性医薬品の体内注入といった不安感を引き起こす手技も存在しており,小児放射線検査では,しばしば検査への恐怖感情に起因した体動が問題となる.適切な検査の実施が困難であると判断された場合,鎮静下による検査が検討されることもあるが,鎮静には一定のリスクが伴うため,可能な限り非鎮静で検査を実施する意義は大きい.
近年,医療機器の技術的進歩は著しいものであるが,これらの技術を効果的に活用して医療の質を向上させるためには,放射線検査や治療において患者の協力が不可欠であり,まずは小児患者の認知発達段階に応じた検査に向けた準備(プレパレーション)が重要となる.プレパレーションにより小児患者の心理的ストレスを軽減し,医療従事者と患者が共に意思決定を行える関係性を構築することで,自身の受ける医療に対して一定のコントロール感を持つことが重要である.
放射線検査の心理的ストレスに起因した患者の体動は,スループットの遅延や人的リソースの非効率利用,さらに再検査に伴う放射線被ばくの増大や画像診断の正確性に影響を与える要因となる.一部の報告によれば,成人患者がMRI検査中に中等度以上の不安を感じている割合は約40%とされており1,2),小児ではそのリスクがさらに高まると考えられる.実際に,0–2歳,3–5歳の小児がMRI検査の際に鎮静ケアを受けた割合は40.0%,76.8%と報告されており3),幼児期の心理的ストレスのケアは特に重要であるとされている.
鎮静の使用は,適切に組織化された施設においては重篤な有害事象の発生率は低いと報告されている一方で,軽度から中等度の有害事象が発生するリスクは一定数存在するのも事実である4).また,前臨床モデルや一部の後ろ向き研究では,鎮静剤や全身麻酔薬への曝露が神経発達に長期的な影響を与える可能性も指摘されており,リスクとベネフィット評価に基づいた適切な使用が求められる5–8).
鎮静をせずに検査を行うには,患者の年齢や理解度,性格に応じて体動を抑えるための適切な準備が重要である.主な方法としては以下の3つがある.
1つ目は「心理的体動抑制法」で,家族に同伴してもらい,子どもが安心感を持てるようにすることで検査中の不安や緊張を和らげる方法である.これにより体動が抑えられ,検査がスムーズに進められる.
2つ目は「視覚的体動抑制法」である.検査室を暗くして睡眠を促したり,スマートフォンやタブレットで子どもの好きな動画を見せたりすることで,子どもの注意を検査から逸らす方法である.このように遊びなどを通じて五感を刺激し,子どもの気を紛らわせる方法はディストラクションと呼ばれ,特に言葉のコミュニケーション能力がまだ十分に発達していない乳児や3歳未満の幼児に効果的とされている.
3つ目は「物理的体動抑制法」で,固定具を用いて体の動きを物理的に制御する方法である.この方法では特に注意が必要で,例えば過剰な圧力を加えずに長時間の体位保持を可能にする工夫が求められる.具体的には,上肢と体幹部の間にタオルやスポンジを挟むことで安定したポジションを確保し,画像に影響が出ないようにする.さらに,固定具の素材や形状も年齢に応じて選ぶことが重要である.新生児にはスポンジやタオルといった簡易な固定が適しているが,乳児期以降には転落防止のために強固なマジックテープ付きベルトが推奨される.また,ベルトと身体の間に弾力のある素材を挟むことで,締め付けが体動を誘発しないよう配慮することも推奨される.
ここまで紹介した「体動抑制」は検査や治療の最中に行う対処法の一つであるが,検査や治療の前に行える対処法の一つとして,「プレパレーション」がある9,10).プレパレーションとは,検査や治療を行う前に,検査装置の模型や写真を用いて手順を視覚的に説明したり(Fig. 1),事前に機器が発する検査音を聞かせることで,これから直面する心理的混乱を最小限に抑え,子どもの対処能力(頑張る気持ち)を引き出すような環境および機会を作る活動のことである.2024年8月9日~2024年10月31日に意見募集プラットフォーム「Surfvote11)」にて「日本の小児医療現場に,プレパレーションは必要かどうか」のアンケートを実施したところ,(「子どもの性格等によりどちらも選択できる環境であるべき」と回答された「その他」回答を含め)72.2%もの人が必要と回答をしている一方で,本邦ではプレパレーションの標準化が行われていない問題がある(Fig. 2).
A,B:放射線治療,C,D:CT検査.
検査や治療のフローや,必要な物品紹介(固定具等),そして機器の特徴に関して視覚的に分かりやすく説明するための冊子として使用される.
2024年8月9日~2024年10月31日に意見募集プラットフォーム「Surfvote」にて実施した「日本の小児医療現場に,プレパレーションは必要かどうか」のアンケート結果.
「その他」に関しては,子どもが選べる環境であると良いという趣旨のコメントであった.
近年では,医療現場における子どものトラウマを最小限に抑えるためのプレパレーションのポイントとして,CAREが注目されている.CARE(choice, agenda, rejilience, emotional support)の4つの視点について,重要なポイントを説明する.
1. Choice(選択肢)臨床現場において,子どもが慣れない環境で自身の思いや気持ちを表出できないことは珍しくない.しかし,定められた検査や処置がある中でも,子どもの主体性や自律性を尊重し,選択肢を提供することで自己コントロール感を高めることができる12).例えば,放射線治療やMRI検査中における子どもの役割は「体を動かさないこと」である.日常生活では,就寝時以外に身体を動かさない状況はほとんどなく,静止状態を求められることは子どもにとって自由やコントロール感を制限される状況といえる.しかし,子どもは決して完全に受け身である必要はなく,選択肢も存在することを事前に共有することが大事である.例えば,体幹を動かさずとも好きな人形を持参したり,ストレスボールを握ったり,鼻歌を歌うことだってできる.このように,子どもが選択肢を持つことは,受け身にならずに治療や検査に主体的に臨むためにも非常に重要である.
2. Agenda(アジェンダ)検査や治療のプロセスや目的を事前に子どもへ明確に伝えることは,予測可能性を高め,安心感を提供することにも繋がる.特に,子どもは視覚的情報を好んで受け取る傾向があるため,写真や動画を用いた説明が効果的である.子どもが検査や治療の流れを予測できるようになると,未知の体験への恐怖心が軽減され,自身で状況をコントロールできる感覚を得ることができるようになってくる.これは,子どもが持つ本来の頑張りや適応力を引き出す効果もあり13),事前に見学やリハーサルを行うことで,子どもの心の準備を整えることができる.さらに,治療や検査中に予想される感覚(部屋の広さや装置の大きさ,発せられる音の種類,検査ベッドの大きさや高さ,寝心地,横になった際の景色等)について事前に理解していることは,子どもなりの対処方法(コーピング)を引き出す上で重要である.
3. Resilience(レジリエンス)子どもが持つ心理的な強さを支え,困難に立ち向かう力を引き出すためには,個別性を重視した関わりが必要である14).子どもの性格や気質を考慮し,過去の医療体験が,子どもの医療に対する不安や恐怖に大きな影響を与えることも理解する必要がある.医療体験のみならず,日常生活や他の経験も重要なアセスメント材料となるため,親から子どもに関する詳細な情報を事前に収集することが重要である.具体的には,「過去に類似した処置の際,何が役立ったか」や「本日の検査を安全に行うために医療者に知っておいてほしいこと」などを親に事前に尋ねることで,適切な支援を準備することが可能となる.
4. Emotional support(情緒的支援)医療従事者は子どもの感情に寄り添い,不安や恐怖を理解して支援することで,安心感を提供する必要がある.治療や検査の前後で,ありのままの感情を表出してよいことを両親と共に忍耐強く伝え続けることで,子どもが率直な思いを語り,表現できることが重要である12).子どもが恐怖や不安に耐えて治療や検査を乗り越えるために,まずは「怖い」「辛い」「逃げたい」という気持ちを引き出すことが求められる.重要なのは,どのような感情も子どもにとって大切なものであり,その行動や言動の背景にある思いに支持的に関わることである.もし衝動的あるいは攻撃的な表出に対して律する必要があった場合には,「○○してしまうくらいの気持ちなんだね」と一言添えることで,子どもが「自分の気持ちが受け止められた」と感じられる支援が求められる.また,言葉で正確に表現することが得意でない子どもに対しては,画用紙やマーカー,人形などを用いて気持ちを表現してもらうことが有効である.シャイで医療者に対して心を開きにくい子どもには,保護者を介してコミュニケーションをとりながら気持ちのサポートを行うことが望ましい.
また,子どもの理解や対応は発達段階に依存するため,発達理論に基づいたプレパレーションが求められる.Eriksonは,人間の発達を8つの段階に分け,各段階での心理的な課題(発達課題)を克服することが成長にとって重要であるとした15).各発達段階における心理社会的危機と,社会的課題を踏まえたプレパレーションのポイントをTable 1に示す.
Eriksonの発達段階理論 | ||
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発達段階 | 心理社会的危機 | プレパレーションのポイント |
乳児期 (0–2歳) |
基本的信頼 vs. 不信 |
養育者との信頼関係が何よりも重要であり,養育者が一貫して子どもを安心させ,世話をすることで,子どもは「基本的信頼」を築く.信頼が築かれると,子どもは周囲の環境を安全なものと認識し,安心して探索しようとする.この段階での安心感は,医療プレパレーションにおいても重要であり,可能な限り養育者の同席が推奨される. |
幼児期 (2–4歳) |
自律性 vs. 恥と疑念 |
少しずつ自己の意志で行動し,自分で決めることに興味を示す.自分の体や行動をコントロールできる感覚を持つことで「自律性」が育まれる.しかし,失敗や制限によって「恥や疑念」を感じることも多いため,プレパレーションにおいては子どもが自身の意思や選択を持てるような関わりが有効である.そのため,先述したCAREが重要になり,特に選択肢を与えて,できるだけ自分で決めた感覚が子どものその後の医療に対するイメージや考え方を大きく左右する. |
学童期 (5–12歳) |
勤勉性 vs. 劣等感 |
子どもは自身の能力を認識し,社会的に役立つスキルを身につけることに意欲を示す.逆に,失敗をすると他人と比較することで劣等感を覚えやすくなる.プレパレーションにおいても,子どもに「検査をしっかりとやり遂げる」ことへの意欲や達成感を感じてもらう支援が重要である.正しい説明をもとに納得感と役割意識を持つことで,検査や治療に対する前向きな態度が形成される.成功体験が本人の自信やアイデンティティーに大きくかかわってくるため,成功できるような環境をつくりや,成功しなかったとしても自身のせいにしない関わりが重要である. |
Piagetは,子どもの認知発達段階を分類し,子どもが周囲の世界を理解し対応する方法が年齢ごとに変わることを示した16).各発達段階における認知の特徴とプレパレーションのポイントをTable 2に示す.
Piagetの認知発達理論 | ||
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発達段階 | 認知の特徴 | プレパレーションのポイント |
感覚運動期 (0–2歳) |
視覚,聴覚,触覚などの感覚と運動によって世界を理解する.実際に物に触れ,見ることで理解を深める. | 触れるおもちゃや視覚的な刺激が重要である.抽象的な説明は難しいため,親の抱っこや温かな環境が不安軽減に効果的である.視覚・聴覚・触覚を利用し,環境に慣れさせることで不安を軽減するため,例えば温かいブランケットや心地よい音楽などが効果的である. |
前操作期 (2–7歳) |
象徴的な思考やマジカルシンキング(魔法が使えるくらい自身が世界の中心だと思い込む)が特徴であり,自己中心性が強く,客観的な思考や協調性,モラルなどの概念がまだ発展途上である. | 絵本や物語を使って医療の流れを説明することで,子どもが治療や検査に親しみを感じやすくなる.例えば,医療器具を安全なものと捉えられるような,優しいストーリーを使った説明が効果的である.また,好きなキャラクターや漫画などを説明する際の例として使い,自身が妄想するストーリーの登場人物の一人であると錯覚しながら検査を乗り越えることができる時期である.医療遊びを用いて,ごっこ遊びにのせて実際の医療器具やぬいぐるみを用いて,検査や治療のリハーサルを行うことで,より未知への恐怖が減少し,検査への前向きな姿勢が促されることがある. |
具体的操作期 (7–12歳) |
自己中心的な思考から,客観的な視点がもてるようになり,論理的思考が発達し,物事を具体的に理解できるようになる. | 検査の必要性と手順の論理的説明が有効になってくる.子どもが理解しやすい言葉で「なぜこの検査が必要か」「どのような結果が期待できるか」について分かりやすく伝えることで,納得感を生み,安心感が増す.大人の指示が入る年齢であり,コーピング技術として,息を深く吸って落ち着く方法や,検査中の気を逸らす方法(本を読む,話をするなど)が指導でき,子どもが自主的に取り組むことで,医療プロセスへの積極的な参加を促す. |
以上のように,子どもの発達段階に合わせた様々な専門的な介入の必要性がある一方で,本邦ではこれらの専門性が高いチャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)やホスピタル・プレイ・スペシャリスト(HPS)の立場が確立されていない問題点があり,運用の標準化が行われていない問題点がある.
前述した課題を解決するための取り組みとして,本邦ではプレパレーションの普及を目指した様々な活動が行われている.キヤノンメディカルシステムズ株式会社17)やバイエル薬品株式会社18)では,小児向けMRI検査の説明動画をYouTubeで公開していたり(Fig. 3),パラマウントベッド株式会社と特定非営利活動法人チア・アートの共同研究により開発したパズルやごっこ遊びの要素を取り入れた飛び出すパレットである「ぷれパレット19)」は,無償での利用が可能となっている(Fig. 4).
A:キヤノンメディカルシステムズ株式会社制作動画,B:バイエル薬品株式会社制作動画.
専門職のいない病院でも,プレパレーションを実施できるよう考案されたツールであり,飛び出す絵本のように簡単にセッティングできるだけでなく,検査・手術・治療の説明をしやすい様々なアイテムが用意されている.
また,海外では放射線治療においてvirtual reality(VR)を利用した検査の疑似体験を事前に行うことで患者の心理的ストレス低減に寄与したことが報告されているが20),本邦で一般化されている放射線検査や治療に特化したVRソフトは未だない.そこで,筆者はこれらの開発・流通を目的に特定非営利活動法人Medical PLAYを起業し,医療絵本(Fig. 5)や動画,VRなど(Fig. 6)21),患者の年齢層に応じた適切なツールを利用したプレパレーションの施行に取り組んでおり,既に国内10施設以上で導入検証が行われているところである.
「単純X線検査(通称,レントゲン検査)」は,医療機関で最初に行う画像検査である.しかし,注射と同様に医療現場では当たり前の検査手段となっていることから,特に初めて医療体験をする子どもたちにレントゲン検査の十分な検査説明がされ難い現状がある.そこで,子どもたち自身が能動的に検査に臨める環境を提供することを目的に絵本を制作.全国の病院への無償提供を進めている.
A,B:動画,C:VRゲーム,D:360° VRゲーム.
検査の全体のフローや機械の動き,音などを発達段階に応じて疑似体験できるように制作されたツール.乳児期-幼児期はレゴブロック動画(A・B),幼児期-学童期はVRゲーム(C),学童期-青年期は360° VR動画(D)による検査疑似体験が可能.
本稿では,鎮静下での検査には一定の医療リスクが伴うことから,小児放射線検査において心理的ストレスを軽減し,非鎮静で検査を実施できる環境を整えることの重要性について述べた.心理的ストレスに起因した検査中の体動は,診断精度や検査効率に影響を及ぼす可能性があり,適切な対策が必要である.特に,検査前のプレパレーションは心理的混乱を軽減し,子どもの対処能力を引き出す有効な手段である.CARE(choice, agenda, rejilience, emotional support)の視点を活用することで,子どもの主体性を尊重しつつ安心感や予測可能性を高めることが可能となる.また,認知発達段階に応じた個別的な対応により,年齢や性格に合わせた効果的な支援が実現できることについて解説した.
一方で,本邦ではプレパレーションの標準化が進んでおらず,専門職の育成・普及やVRなどの先進的ツールの活用が課題である.これらの取り組みが,小児放射線検査における心理的負担の軽減や医療安全,そして画像診断の質の向上に繋がることを考慮すると,プレパレーションを小児放射線診療のワークフローに組み込むことが重要である.
日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.