Japanese Journal of Social Psychology
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The amplifying effect of the norm of reciprocity on the relationship between sense of contribution and help-seeking
Takeshi Hashimoto
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2015 Volume 31 Issue 1 Pages 35-45

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問題

利他行動における「心の理論」のアナザーサイド

援助行動は社会心理学で古くから扱われているテーマのひとつであるが、近年は比較認知科学など多くの学問領域において、利他行動や協力行動にまつわる多数の研究が展開されている。それらの研究で見出された人間の利他行動の独自性のひとつとして、援助を必要とする者(潜在的被援助者)からの明瞭な援助要請がなくとも、援助を提供できる者(潜在的援助者)が自発的に援助を提供することができる、という知見がある(山本,2013)。たとえばチンパンジーを対象とした研究(Yamamoto, Humle, & Tanaka, 2009, 2012)では、チンパンジーは潜在的被援助者が援助を必要としている状況そのものは理解できても、援助要請がなければ基本的に援助を提供しようとしないことが見出されている。ここから、「求められずとも、他者の苦境を察して自発的に援助を提供する」という行動は、心の理論や共感性といった他者心理推測能力をはじめとする、人間ならではの高度な社会的知性によって生じるものと推察される。

ところで、そのような他者心理推測能力があるならば、人間は潜在的援助者となったときに潜在的被援助者の心情を慮るのみならず、潜在的被援助者となったときに潜在的援助者の心情を慮ることも可能ということになる。その場合にも、自身の苦境や困難が他者にどのように認識されるかについての推測、自身が援助要請することによって他者がどのような反応をするかについての予測など、興味深い数多くの論点が存在する。なかでも、他者からの援助提供をあえて断ったり、自ら援助要請を抑制したりする「遠慮」という行動もまた、おそらく他の動物には基本的に見られないであろう、高度な社会性を背景とした人間ならではの協力行動・援助行動の独自性の一側面なのではないだろうか。本研究はそのような問題意識に基づき、人間はなぜ、あえて援助要請を抑制するのか、その心理的メカニズムについて探求する試みの一環である。なお、援助要請が生じうる状況としては、家族や友人、知人などの身近で継続的な人間関係における相互扶助(ソーシャル・サポート)から、偶然居合わせた人々の間で生じる突発的・一過的な緊急事態に至るまで多種多様なものがある。さらに、人間関係の種類や援助内容の違いによって、援助生起を説明するメカニズムが異なるという可能性も、近年指摘されている(小田・大・丹羽・五百部・清成・武田・平石,2013)。しかし、限られた紙幅ですべての援助要請状況を包括しうるような議論を展開することは難しいので、本論文ではその端緒として、まずは身近で継続的な対人関係における日常的な援助要請を基本的に想定して、議論を進めることとする。

援助要請はなぜ抑制されるのか

もちろん、援助要請は常に抑制されるわけではない。むしろ、人間は直接的/間接的な互恵的利他行動によって適応度や生存可能性を高めてきたことを考えると、危機や困難に直面した際には援助を要請する方が、むしろデフォルトなのかもしれない。互恵的な利他行動や援助行動がお互いの適応度を高めうることは、たとえば特定関係において自他が利他的に振る舞い、双方が返報を享受できることによって双方の適応が促されるという互恵的利他主義(reciprocal altruism: Trivers, 1971)として指摘されている。また、不特定多数の対人関係においても利他行動や協力行動が促進されるメカニズムについては、評判を介しての間接互恵性(indirect reciprocity: Nowak & Sigmund, 1998)による説明がある。互恵的利他主義(特定的互酬性)を意味する「お互い様」、間接互恵性(一般的互酬性)を意味する「情けは人の為ならず」という表現が日常生活に深く根付いていることからも、実際に人々の生活において助け合いは日常的な営みであることが窺える。

それにもかかわらず、人が援助要請を抑制するのは、どのような要因によるのであろうか。先行研究では、性別(およびその背景にある性役割)、自尊心、問題の深刻さ、スティグマなどさまざまなものが援助要請を抑制する要因として指摘されているが(橋本,2012; 水野・石隈,1999)、そのなかに、利得とコストの観点から援助要請の意思決定過程を論じる議論がある。そこでは「人が援助要請するのは、要請コストが被援助利益よりも小さく、非要請コストが非要請利益よりも大きいときである」(相川,1989, p. 295)と想定されているので、逆に要請コストが被援助利益よりも大きく、非要請コストが非要請利益よりも小さく評価されるときには、援助要請は抑制されると考えられる。この観点に立脚した研究として、たとえば永井・新井(2007)は、援助要請に伴う利得とコストとして、①援助要請実行の利得としての「ポジティブな効果」(相談すると、相手が悩みの解決のために協力してくれる、など)、②援助要請実行のコストとしての「否定的応答」(相談をしても、相手に嫌なことを言われる、など)、「無効性」(相手にアドバイスを言われても役に立たない、など)、「秘密漏洩」(相談したことを他の人にばらされる、など)、③援助要請回避の利得としての「自助努力」(困ったときは人に頼るより、自分で何とかする方がよい)、④援助要請回避のコストとしての「問題の維持」(一人で悩んでいても、いつまでも悩みをひきずることになる)、を挙げている。この枠組みに基づくならば、援助要請してもポジティブな効果が得られる見込みが低く、否定的反応、無効性、秘密漏洩などのコストが高く見積もられるときに、援助要請は抑制されると考えられよう。

しかし、上記の永井・新井(2007)の議論には、潜在的被援助者自身にとっての利得とコストしか想定していないという限界がある。援助要請の実行/不実行によって利得とコストが生じるのは、潜在的被援助者だけではない。援助を要請された/されなかった潜在的援助者にとっても、援助を提供すること/しないことによる利得とコストは生じうる。たとえば、援助やサポートの提供には、種々の自己資源(身体的・心理的・時間的・物質的資源)供出というコストが生じうる一方で、援助提供者のウェル・ビーイング向上という利得がもたらされることもある(Aknin, Barrington-Leigh, Dunn, Helliwell, Burns, Biswas-Diener, Kemeza, Nyende, Ashton-James, & Norton, 2013; Aknin, Hamlin, & Dunn, 2012; Brown, Nesse, Vinokur, & Smith, 2003; Dunn, Aknin, & Norton, 2008)。逆に、苦境にある他者を援助・サポートしない(できない)ことは、自己資源供出の回避などの利得の一方で、見て見ぬふりをすることへのうしろめたさというネガティブ感情などのコストをもたらすかもしれない。そして先述したように、潜在的被援助者は潜在的援助者の心理を推測した上で、援助要請の意思決定をすることができる。そこで潜在的被援助者は、基本的に自身にとっての利得とコストのみならず、相手(潜在的援助者)にとっての利得とコストも考慮した上で、援助要請の意思決定をしているものと想定した方が妥当であろう。潜在的被援助者が、相手にとっての利得やコストも考慮するであろう理由としては、少なくとも以下の2点が挙げられる。

第一の理由は、自身の援助要請が相手にとって低利得・高コストであれば、それは自身にも負債感や申し訳なさなどのネガティブ感情をもたらしうるからである。サポートの過剰利得(サポート提供よりもサポート受容が過剰に多い状態)が孤独感や負債感などのネガティブ感情をもたらすことは、先行研究でも少なからず指摘されている(たとえば福岡,1999; Rook, 1987)。また、被援助に伴う心理的負債感の規定因として、欧米文化では自己利益の影響が大きいのに対して、日本文化では他者コストの影響が相対的に大きいという知見(一言,2009; 一言・新谷・松見,2008)もある。これらの知見からも、特に日本人にとって、自身の援助要請が相手に低利得・高コストをもたらす場合は、自身も心理的負債感を中心としたネガティブ感情を抱え込むこととなるので、それを回避するために援助要請を抑制することは十分に考えられる。

第二の理由は、第一の理由の根本的理由でもあるが、潜在的援助者にとって低利得・高コストな援助を安易に要請してしまうと、それは潜在的被援助者自身の社会的な立場を危うくしてしまうからである。低利得・高コストな援助要請は潜在的援助者に負担感をもたらし、さらに将来的にも互恵的な返報が見込めなければ、援助者はやがて被援助者のことを「債務不履行者」「フリーライダー」としてネガティブに見なすようになるかもしれない。フリーライダーによる搾取は、人間が協力行動を通じて適応度を高める上での最たるリスクであり、それを回避するために、人々はさまざまな手段を講じて、フリーライダーを集団から排除しようとする。このことは、(自身が実際にフリーライダーになっているか、そしてそれが意図的であるか否かを問わず、)他者からフリーライダーと見なされると、集団や対人関係からの排除という危機的状況を招きかねない、ということをも意味している。また、たとえ実際には排除されるまではいかなくとも、好ましい社会的評判が不特定多数間の援助行動を促進するという間接互恵性(Nowak & Sigmund, 1998; 山岸・吉開,2009)の反面を考えると、否定的な社会的評判の生起によって、不特定多数が自身への援助やコミットメントを抑制してしまうことも危惧される。

そこで、「他者から援助を受けるにもかかわらず、自身は他者に援助を提供しない(できない)ことによって、他者から恩知らずとネガティブに評価されること」を人々は怖れ、そうなるリスクが高い(と見込まれる)場合には、あらかじめ援助要請を抑制することで、そのリスクを回避しようとするのではないかと予測される。冒頭で述べたような他者心理推測能力に代表される高度な社会的知性は、人間がそのような事態を予測することを可能にする。他の動物にはない人間ならではの時間感覚(将来展望能力)、他者心理推測能力などの社会的知性、そして互恵性という観念の存在によって、人間は自分がフリーライダーとしてネガティブに見なされる可能性を予測し、そうなってしまうことを怖れ、そのような事態を未然に回避するために援助要請を抑制する、という行動レパートリーを持つに至ったのではないだろうか。

ときには、「かけがえのなさ」(清水,2012)、すなわち援助の互恵性が見込めなくとも、援助要請者の存在そのものや、関係継続そのものに価値が見出されることによって、非互恵的でもネガティブに見なされない援助要請もありうるかもしれない。しかし、やはり多くの場合は、互恵性こそが援助要請の適切性を判断するための中核的要素であり、互恵性を満たさない援助要請は、ネガティブに見なされやすいであろう。さらに、「かけがえのなさ」も「互恵性」も、潜在的援助者が、潜在的被援助者の存在や潜在的被援助者との関係に、何らかのポジティブな意義を見出しているという点において共通している。したがって、潜在的援助者が潜在的被援助者に何らかの存在意義を見出している(と潜在的被援助者が認識している)場合には、援助要請することに対する抵抗感は軽減されるであろう。ひるがえって、これを潜在的被援助者の観点から捉えると、潜在的被援助者が、潜在的援助者に何らかの意味で貢献していると認識することによって、援助要請は促進される(逆に、潜在的被援助者が、潜在的援助者に何ら貢献していない/できないと認識するほど、援助要請は抑制される)のではないかと考えられる。

そこで本研究では、潜在的被援助者の貢献の自己認識を捉える指標として貢献感(sense of contribution: 橋本,2013)という概念を用いて、「潜在的被援助者の貢献感と援助要請傾向には正の関連がある」という仮説を検証することを第一の目的とする。ここでいう貢献感とは、「他者のウェル・ビーイングのために、自身の存在が貢献している(役に立っている)と感じる程度」のことであり、他者のウェル・ビーイングへの貢献という形で感じられる自身の存在意義感ともいえよう。なお、他者への自身の貢献を捉える指標としては、ソーシャル・サポートや社会的スキルの提供頻度などを用いる可能性も考えられるが、それらの提供頻度や貢献度は受け手側のニーズによっても少なからず変動しうること、およびサポートやスキルの提供は受け手にとって必ずしもポジティブな結果をもたらすとは限らないこと(レビューは橋本,2005)などから、本研究ではあえて貢献手段の具体的な内容を問題とせず、結果として自身が他者に対してどの程度貢献していると思うかを直接的に捉える指標を用いることとする。

援助要請と互恵性規範

ところで、貢献感が高いほど援助要請傾向が高くなり、貢献感が低いほど援助要請傾向が低くなるであろうという仮説は、言うまでもなく互恵性に基づく予測である。ただし、「実際に人々がどのくらい互恵的であるか」と、「互恵的であるべきという規範(互恵性規範)を、どの程度個人が重視しているか、社会規範として共有しているか」は、必ずしも連動するとは限らない。もちろん基本的には、互恵性規範が強いほど、集団圧力などによって行動レベルの互恵性も促進されやすくなるであろう。しかし実際には、互恵性規範が叫ばれているにもかかわらず、それを無視するかのように人々が非互恵的に振る舞うこともある。したがって、もし援助要請が実際に互恵的に行われているとしても、それが互恵性規範によるものとは限らない。それでは互恵性規範は、援助要請にどのような影響を及ぼしうるであろうか。

先行研究において、援助行動の互恵性規範(norm of reciprocity)は援助行動の促進要因として位置づけられることが多い。古くはGouldner (1960)が、互恵性は社会規範のなかでも最重要なもののひとつであり、人間は「助けてくれた人を助けるべきだ」「助けてくれた人を傷つけてはいけない」という互恵性規範を有していると主張している。また、松井(1998)によれば、援助行動の意思決定過程を規範によって説明するモデルには、個人規範(personal norm: 個人が個別に持っている規範)によるモデルと、社会規範(social norm: 社会全体が有している規範)によるモデルがあり、互恵性規範はその他のさまざまな援助規範(弱者救済規範など)と並んで、援助行動を促す社会規範のひとつとして位置づけられている。これらの議論から、「互恵性規範は援助行動を促進する」という命題は、いかにも順当であるかのように思われる。

しかし、互恵性規範は基本的に援助「提供」の意思決定に影響する規範として想定されているのであり、援助「要請」に影響する規範として想定されたものではない(「援助要請するならば、いつかその分のお返しをしなければならない」という規範として、間接的に援助要請の生起に影響を及ぼすことはありうるが)。その意味において、互恵性規範によって援助提供の生起が説明されるからといって、援助要請の生起まで説明しうるとは限らない。換言すれば、「互恵性規範は援助提供を促進する」としても、だからといって「互恵性規範は援助要請も促進する」とは限らないのである。

また、そもそも互恵性という概念には、「助けてもらったら助けてあげる」という相互提供パターンのみならず、「助けてもらわなければ助けてあげない」という相互不提供パターンも含まれるにもかかわらず、「互恵性規範は援助行動を促進する」という命題においては、その前者しか考慮されていないという問題点もある。互恵性とは、別の言い方をすれば、要するに社会的ジレンマにおけるしっぺ返し戦略(tit-for-tat: Axelrod, 1984 松田訳 1998)、もしくはいわゆるギブ・アンド・テイクの交換関係(exchange relationship: Clark & Mills, 1979)と基本的に同義であり、相互不提供でも、それはそれで互恵性が成立していることとなる。あえて先の命題を相互不提供の文脈で置き換えてみると、「援助不提供者間においては、互恵性規範が援助行動を抑制する」ということもできよう。

これらの議論は、「互恵性規範は援助行動を促進する」という命題が常に正しいとは限らず、互恵性規範が直接的かつ無条件に援助行動(提供・要請)を促進するわけではないことを意味している。互恵性規範とは、互恵的な状態を好ましいと見なす規範であるが、互恵的であるかどうかそれ自体は、自他の相手に対する貢献の組み合わせに基づいて変動しうるからである。したがって、互恵性規範が援助要請に及ぼす影響を予測するならば、互恵性規範が無条件に援助要請を促進/抑制するような主効果よりも、自身の貢献度と援助要請の関連を調整する要因としての交互作用効果を想定した方が妥当であろう。すなわち、互恵性規範が高いほど、貢献感と援助要請の正の関連が、より顕著になるであろうと予測される。なぜなら先述したように、貢献感と援助要請の正の関連は実際に互恵性を実現しようとする傾向に基づく予測であり、互恵性規範が高いほど、そのような互恵的状態を実現することへのプレッシャーが高まると考えられるからである。逆にいえば、互恵性規範が低ければ、貢献感と援助要請が正の関連を有するべきであるというプレッシャーも弱まるので、それらの関連は弱まるであろう。要するに、互恵性規範は貢献感と援助要請の正の関連を増幅する効果があると予測される。

本研究の目的

ここまでの議論をまとめると、援助要請傾向は、貢献感と互恵性規範という2つの要因によって規定されると考えられる。まず、貢献感が低いにもかかわらず、他者からの援助を過度に要請・受容してしまうことは、自身にネガティブ感情を喚起するのみならず、他者からの否定的評価を招きかねない。そこで、そのような事態をあらかじめ回避するために、貢献感が低いほど、援助要請は抑制されやすくなると推測される。したがって、貢献感と援助要請は、基本的に正の関連を有すると考えられる。

そして、その関連は、対人関係や集団における互恵性規範によって調整されるであろう。仮に対人関係や集団における互恵性規範が弱ければ、たとえ互恵性規範から逸脱しても、それが他者からの否定的評価を招く必然性もまた弱くなると考えられるからである。そのような場合は、貢献感が低くとも援助要請は抑制されない、ということもありえよう。したがって、貢献感と援助要請の正の関連は、互恵性規範が強いほど増幅されるであろう。言い換えれば、集団や対人関係における互恵性規範が強いほど、貢献感が高いときには援助要請しやすくなるが、貢献感が低いときには援助要請しにくくなる、ということである。先述したように、素朴には互恵性規範は援助行動の促進要因と見なされることが多い。しかし、貢献感が低い潜在的被援助者にとって、互恵性規範はかえって援助要請を抑制し、ひいては援助受容を阻害しかねないという逆説的影響を及ぼすのではないだろうか。

そこで本研究では、一般成人の職場における対人関係を対象として、貢献感と互恵性規範が援助要請傾向に及ぼす影響について検討することを目的とする。具体的には、以下の2つの仮説について検討する。まず仮説1として、貢献感と援助要請傾向には正の関連が示されるであろう。次に仮説2として、貢献感と援助要請傾向の正の関連は、集団における互恵性規範(の主観的認識)によって増幅されるであろう。すなわち、互恵性規範を強く認識するほど、貢献感と援助要請傾向の正の関連がより顕著となるという、互恵性規範の調整効果が示されるであろう。

ちなみに、本研究における互恵性規範は、個人規範というよりも社会規範として位置づけられるものである。すなわち、本研究は、「他者が互恵性規範を重視しているほど、そこからの逸脱が否定的評価を招きうる」という想定のもとに、個人規範としての互恵性規範よりもむしろ、社会規範としての集団や対人関係における互恵性規範、すなわち潜在的援助者である他者が、どのくらい互恵性規範を重視している(と主体が認識している)かを問題としている。これに対して、先行研究において開発されている互恵性規範の測度(相川・吉森,1995; 箱井・高木,1987)は、基本的に個人規範としての互恵性規範を捉えることとを意図したものである。そこで本研究では、個人規範としての互恵性規範にまつわる既存尺度を参考としつつ、それを改変して集団規範としての互恵性規範(の主観的認識)を測定し、それを互恵性規範の指標として用いることとする。また、集団規範としての互恵性規範を扱うためには、当然ながらそこで想定する集団を特定する必要がある。貢献感についても、貢献対象として想定する他者(相手)は特定されるべきであろう。そこで本研究では、一般成人における職場集団の対人関係を扱うこととする。職場の対人関係を対象とするのは、Shen, Wan, & Wyer (2011)などでも指摘されているように、共同関係としてのニュアンスが強い家族関係や友人関係では互恵性規範の影響が顕在化しにくく、交換関係としてのニュアンスが強い職場の対人関係の方が、互恵性規範の影響が顕在化しやすいと予測されるからである。

なお、本研究の調整変数である互恵性規範の分散の大きさを確保するためには、研究参加者の職種、地域、年齢層などはなるべく多様である方が好ましいと考えられる。そこで本研究では、全国の一般成人を対象としたインターネット調査によって、職場内における自身の貢献感と、職場集団における互恵性規範が、職場の対人関係に対する援助要請傾向とどのように関連するかを検討することとする。

方法

調査対象者

2013年12月に、調査会社(クロス・マーケティング社)の全国モニターを対象としたインターネット調査を実施して、成人有職者男女500名(男性347名、女性153名)の有効回答を得た。回答者の平均年齢は44.0歳(SD=9.6)であり、年代ごとの人数は20代が33名、30代が126名、40代が202名、50代が112名、60代が27名であった。男性は平均46.2歳(SD=8.9)、女性は平均39.1歳(SD=9.2)であり、男性の方が有意に高年齢であった(t(498)=8.09, p<.001)。居住地域は、北海道・東北・北関東72名、首都圏178名、中部・甲信越91名、近畿91名、中四国・九州68名であった。

職業2)については、事務職(事務、営業・販売、サービスなど)が最多で193名、次いで管理職(会社役員・課長級以上、公務員課長級以上、議員、校長、院長など)79名、労務職(製造、工事、作業、運転など)72名であった。就業形態3)は80%以上(414名)が正社員であった。同じ部署で働いている上司・同僚・部下の人数を足し合わせた職場合計人数を算出したところ、M=12.76 (SD=29.20)、Me=8.00、Mo=3、Max.=600、Min.=1であり、すべての回答者が職場で何らかの対人関係を有していた。

使用尺度

調査で実施した尺度のうち、本研究では以下の尺度を分析に使用する。なお、以下の各尺度における「職場の人々」としては、上記で尋ねた同じ部署における対人関係を想定するように教示した。

(1)貢献感尺度

橋本(2013)による貢献感尺度のうち、職場の対人関係という文脈に合致するように修正した「私がいることは、職場のみんなにとってプラスになっていると思う」など10項目(Table 1)を実施した。「あなたと職場の人々(上司、同僚、部下)との関係について、以下の文章は、どのくらいあてはまると思いますか。」という教示文を呈示して、各項目について「1.全くそう思わない」から「7.強くそう思う」までの7件法で回答を求めた。

Table 1 貢献感尺度
1. 私は職場のみんなにとって、いて欲しい存在だと思う。
2. 私がいる方が、職場の雰囲気が良くなると思う。
3. 私がいることは、職場のみんなにとってプラスになっていると思う。
4. 私がいることによって、職場のみんなが安心できる部分があると思う。
5. 私がいる方が、職場のみんなの話がうまくまとまると思う。
6. 私がいることで、職場の人間関係が円滑になっている部分があると思う。
7. もし私がいなくなったら、職場のみんなは困ってしまうと思う。
8. 私は職場のみんなにとって、いてもいなくてもいい存在だと思う。*
9. 私は職場のみんなの役に立っていると思う。
10. 私がいる方が、職場のみんなが元気になると思う。

*8番は逆転項目として設定したが、最終的に尺度項目から除外した。

(2)互恵性規範尺度

相川・吉森(1995)の心理的負債感尺度を参考に作成された、職場における互恵性規範の認識についての尺度である。相川・吉森(1995)の心理的負債感尺度は実質的に個人規範としての互恵性規範を尋ねているが、本研究では集団規範としての互恵性規範を扱うことを意図しているので、その研究目的に合致するように文言修正を行い、「私の職場には、『誰かに何かをしてもらったら、お返しをするのは当然である』という雰囲気が…」など10項目(うち逆転4項目)を作成した。「あなたの職場の雰囲気として、以下の文章はどのくらいよくあてはまりますか。それぞれの文章について、もっともあてはまる選択肢に○をつけてください。『あなたが個人的にどう思うか』ではなく、『職場の人々がどうであるか』についての全体的傾向を回答してください。」という教示文を示した上で、各項目について5件法(1.全くない~5.かなりある)で回答を求めた。

(3)援助要請意図尺度

心理的援助要請傾向の個人差を測定する永井(2010)の尺度を修正して使用した。原典は大学生を対象として、「対人関係」「恋愛・異性」「性格・外見」「健康」「進路・将来」「学力・能力」という6種類の悩みについて、もしそのことで悩み、一人で解決できないとしたら、家族、友人、学生相談やカウンセラーなどの専門家という3つのサポート源のそれぞれに対して、どの程度相談すると思うかを5件法(1.相談しないと思う~5.相談すると思う)で尋ねるものである。ただし、本研究の調査対象は一般成人なので、悩みの種類として「職場の人間関係」「職務の量的問題(仕事量が多すぎるなど)」「職務の質的問題(役割や裁量権が不明瞭など)」「自身の能力・資質・適性」「キャリアの展望(雇用・ポスト・給与・転職など)」「職場外のプライベートな問題」の6種類を設定して、相談相手を(a)家族や親族、(b)職場の人々(上司や同僚など)、(c)職場外の友人、(d)産業医やカウンセラーなどの専門家、の4つとした。

結果

尺度得点の算出

仮説の検討に先立ち、各尺度の信頼性を検討した上で得点を算出した。まず貢献感尺度については、信頼性分析の結果、1項目を除外した9項目の項目平均を貢献感尺度得点とした(M=4.21, SD=1.15, α=.95)。

次に互恵性規範尺度について、全10項目による探索的因子分析(最尤法、プロマックス回転)を行ったところ、固有値の減衰状況および解釈可能性から2因子解と判断され、第1因子には互恵性を重視する内容である6項目が、第2因子にはその逆転項目として想定した4項目が、それぞれ.50以上の因子負荷を示した(Table 2)。また、それらの因子間相関は.19であり、基本的に独立と考えられた。この結果は、「返報すべきである」という規範と「返報の必要はない」という規範が、同一の職場集団内に独立して併存しうることを示している。実際に、複数の人間によって構成されている集団では、各人の価値観の相違によって、相反する規範が併存することも十分にありうると考えられる。そこで本研究では、第1因子に該当する6項目の項目平均を返報必要規範(M=2.41, SD=0.64, α=.86)、第2因子に該当する4項目の項目平均を返報不要規範(M=2.78, SD=0.69, α=.77)の得点として、この両者を互恵性規範4)の指標として扱うこととした。これは互恵性規範を一次元的に見なしていた当初の想定と異なるが、互恵性規範の影響をより多面的に理解する上で、むしろこの2次元が独立して存在すると想定した方が現実的かつ有用であると判断した。

Table 2 互恵性規範尺度の因子分析結果(最尤法、プロマックス回転)
因子
返報必要返報不要
8. 私の職場には、「たとえ負担がかかっても、助けてもらったらお返しするべきである」という雰囲気が….80.04
5. 私の職場には、「誰かに何かをしてもらったら、お返しをするのは当然である」という雰囲気が….80-.02
2. 私の職場には、「誰かの世話になったら、できるだけ早くお返しをするべきである」という雰囲気が….76-.03
4. 私の職場には、「おごってもらったら、次は自分がおごるべきである」という雰囲気が….72-.04
1. 私の職場には、「助けてもらったなら、その恩を忘れないようにするべきである」という雰囲気が….69.04
9. 私の職場には、「もしお返しできないなら、人に助けてもらうべきではない」という雰囲気が….51-.02
6. 私の職場には、「職場での助けあいでは、細かい貸し借りを気にしなくてもよい」という雰囲気が…-.10.85
7. 私の職場には、「誰かに何かをしてもらっても、そのことで引け目を感じる必要はない」という雰囲気が….02.79
3. 私の職場には、「誰かに借りがあっても、そのことを気にする必要はない」という雰囲気が…-.08.56
10. 私の職場には、「必要であれば、あとのことは気にせずに助けを求めた方がよい」という雰囲気が….23.53
因子間相関.19

注:各項目について「1. 全くない」~「5. かなりある」の5件法で回答を求めた。

援助要請意図尺度については、全24項目による探索的因子分析(最尤法、プロマックス回転)を行ったところ、固有値の減衰状況および解釈可能性から4因子解と判断され、相談内容を問わず、第1因子には専門家への相談、第2因子には家族や親族に対する相談、第3因子には職場の人々に対する相談、第4因子には職場外の友人に対する相談に該当する各6項目が、それぞれ .50以上の因子負荷を示した。よって、それぞれの項目平均を、家族(M=2.57, SD=1.09, α=.93)、職場(M=2.59, SD=1.00, α=.91)、職場外友人(M=2.58, SD=1.05, α=.92)、専門家(M=1.98, SD=0.95, α=.96)に対する援助要請意図得点とした。本研究では目的上、職場における援助要請意図を中心に扱うこととする。

職場における貢献感と援助要請傾向の関連

仮説1「貢献感と援助要請傾向は正の関連を示すであろう」について検討するために、貢献感と援助要請意図との相関係数5)を求めたところ、貢献感は職場援助要請意図とr=.30 (p<.001)という有意な正の相関を示し、仮説1は支持された。ちなみに貢献感は家族(r=.17, p<.001)および職場外(r=.18, p<.001)への援助要請意図とも有意な関連を示したが、その相関係数は職場援助要請意図よりも低かった。専門家援助要請意図は貢献感と関連を示さなかった(r=.03, ns)。各尺度の基本統計量と相関係数をTable 3に示す。

Table 3 尺度の基本統計量と相関係数
基本統計量
MSD互恵性規範援助要請意図
必要規範不要規範家族職場職場外専門家
貢献感4.211.15.15**.20***.17***.30***.18***.03
互恵性規範
返報必要規範2.410.64.17***.18***.13**.18***.28***
返報不要規範2.780.69.10*.17***.10*.02
援助要請意図
家族2.571.09.53***.50***.35***
職場2.591.00.53***.35***
職場外2.581.05.41***
専門家1.980.95

N=500 * p<.05. ** p<.01. *** p<.001

貢献感と援助要請傾向の関連に及ぼす互恵性規範の調整効果

次に、仮説2「貢献感と援助要請の関連を互恵性規範が調整するであろう。すなわち互恵性規範を強く認識するほど、貢献感と援助要請傾向の正の関連がより顕著となるという調整効果が示されるであろう」について検討するために、階層的重回帰分析(強制投入法)を実施した。職場援助要請意図を基準変数として、説明変数としては貢献感、返報必要規範、返報不要規範の標準化得点を第1ステップ、それらの1次の交互作用項を第2ステップ、2次の交互作用項を第3ステップでそれぞれ投入した。

その結果(Table 4)、第1ステップと第3ステップでR2変化量が有意であり(最終モデル自由度調整済みR2=.11, p<.001)、貢献感の主効果、返報必要規範の主効果、返報不要規範の主効果、そして2次の交互作用項が有意であった。具体的には、貢献感、返報必要規範、返報不要規範のそれぞれが高いほど援助要請意図も高いという主効果に加えて、返報必要規範が高く返報不要規範が低い場合に、それ以外の場合よりも貢献感と援助要請意図の正の関連がより顕著であった(Figure 1)。本研究では「職場における互恵性規範を強く認識するほど貢献感と援助要請意図の正の関連が増幅される」という仮説を想定していたが、返報必要規範と返報不要規範が独立して共存しうることを前提とした上で、当初想定していたような互恵性規範が強いと認識される職場とはどのような場合かを考えると、それは「返報必要規範が強く、返報不要規範が弱い」と認識される職場ということになるであろう。そして、そのパターンにおいて、その他のパターンよりも相対的に貢献感と援助要請意図の関連が増幅されたことから、仮説2も支持されたといえよう。

Table 4 職場援助要請意図に対する階層的重回帰分析
説明変数Step 1Step 2Step 3
bb SEbb SEbb SE
Step 1
貢献感.26***.04.27***.04.27***.04
返報必要規範.08.04.08.04.11*.05
返報不要規範.10*.04.08.05.10*.05
Step 2
貢献感×返報必要規範.04.04.06.04
貢献感×返報不要規範-.02.04-.04.04
返報必要規範×返報不要規範-.04.04-.03.04
Step 3
貢献感×返報必要規範×返報不要規範-.05**.02
ΔR2.11***.01.01**
Adj R2.10.10.11

* p<.05. ** p<.01. *** p<.001

考察

本研究では、一般成人の職場集団における対人関係を対象として、貢献感と互恵性規範が援助要請傾向に及ぼす影響について検討した。

その結果、仮説1「貢献感と援助要請傾向には正の関連がある」について、職場における貢献感と援助要請意図は有意な正の相関を示し、仮説1は支持された。その他の対人関係(家族、職場外、専門家)への援助要請意図よりも、職場援助要請意図がもっとも貢献感と強い相関を示したことは、特定的互酬性の観点からも妥当な結果であり、貢献感と援助要請には対人領域特定的な関連があると考えられよう。

次に、仮説2「貢献感と援助要請傾向の正の関連は、集団における互恵性規範(の主観的認識)によって増幅されるであろう。すなわち、互恵性規範を強く認識するほど、貢献感と援助要請傾向の正の関連は、より顕著となるであろう」について、当初は貢献感と互恵性規範の2要因を説明変数とする分析を想定していたが、互恵性規範として返報必要規範と返報不要規範の2次元が見出されたので、それに貢献感を加えた3要因を説明変数とした分析で検討した。その結果、3要因による2次の交互作用が有意であり、返報必要規範が高く返報不要規範が低いと認識される場合に、貢献感と援助要請意図の正の関連が一層顕著となった。互恵性規範として2次元を想定した際に、互恵性規範の強度が相対的にもっとも強いのは、返報必要規範が高く返報不要規範が低い場合と考えられる。そして、そのパターンにおいて、貢献感と援助要請意図の正の関連が増幅されたことから、仮説2も支持されたといえよう。

ちなみに、本研究では互恵性規範が援助要請に及ぼす直接的影響についての仮説は想定していなかったが、相関分析や重回帰分析では、返報必要規範、返報不要規範ともに、援助要請に対して弱いながら正の関連を示した。さらに重回帰分析の結果(Figure 1)を参照すると、貢献感高群においては返報必要規範高群の援助要請意図が必要規範低群よりも高く、一方で貢献感低群においては返報不要規範高群の方が不要規範低群より高い援助要請意図を示した。これらをあわせて考えると、人々の貢献感が高いときには返報必要規範によって援助要請が促進されうる一方で、人々の貢献感が低い場合には返報不要規範の方が援助要請を促進するために有効であるという可能性が考えられる。どのような規範が援助要請を促すのか、その答えは、相手が持てる人か、持たざる人かによるということなのかもしれない。

Figure 1 貢献感と互恵性規範による職場援助要請意図

注)「必要」は返報必要規範、「不要」は返報不要規範。高低群はいずれも±1SDにおける推定値による。

今後の課題として、まずは本研究で示された知見の普遍性や適用範囲について、さまざまな集団や対人関係を対象とした検討が求められることはいうまでもない。本研究では職場の人間関係における援助要請について検討したが、家族や友人に対する援助要請についても同様のメカニズムによる説明が可能なのか、さらには継続的な対人関係のみならず、未知者への援助要請に対しても貢献感や互恵性規範が説明力を持ちうるのかは、検討すべき重要な論点のひとつである。その際には、本研究で用いた貢献感や互恵性規範の尺度の妥当性も含めて、方法論的な問題についても種々の検討が必要となるであろう。なかでも、本研究では貢献感と互恵性規範が援助要請意図を規定するという変数間の因果関係を想定しているが、その因果関係の妥当性について、縦断研究や実験的手法を用いた検討も求められよう。また、本研究では社会規範としての互恵性規範の影響を検討したが、今回用いられた指標は、あくまで主観的に認知された社会規範としての互恵性規範である。実際に集団や社会に存在する客観的な社会規範としての互恵性規範もまた、はたして本研究で想定したような影響力を持ちうるかという点も、今後の検討課題として挙げられる。

さらに今後の展望として、貢献感と互恵性規範によって援助要請傾向を説明する本研究の枠組みは、援助要請傾向の文化差についての理解を深める上でも有用であろう。近年、ヨーロッパ系アメリカ人と比較して、日本人を含む東アジア人は援助要請を抑制しやすいことが指摘されている(橋本・今田・北山,2007; Kim, Sherman, Ko, & Taylor, 2006; Taylor, Sherman, Kim, Jarcho, Takagi, & Dunagan, 2004)。そして、日本人や日本社会には、相対的に貢献感を低く、そして互恵性規範を高く評価するような性質や傾向があるがゆえに、援助要請が抑制されやすくなっているという可能性も十分に考えられる。

その論拠として、たとえば自己高揚・自己卑下傾向の文化差が挙げられる。一般的に、北米をはじめとする相互独立的自己観が優勢な文化においては、自己の優越性を示すという文化的課題に対応して自己高揚傾向が生じやすく、一方で日本をはじめとする相互協調的自己観が優勢な文化においては、他者からの受容・他者との調和という文化的課題を達成するために、自己卑下傾向が示されやすい(村上,2010)。この議論を貢献感に適用するならば、北米では自身の貢献感を高評価(過大評価)して自身が「債務不履行者」となってしまうリスクを低く見積もりやすく、一方で日本などでは、自身の貢献感を低評価(過小評価)して自身が「債務不履行者」となるリスクを高く評価しやすいであろうと推測される。そして、それらの文化差が援助要請の文化差をもたらしうるという想定と、先行研究における援助要請傾向の文化差の知見は整合的である。

また、フリーライダーのような裏切り者を防いで互恵的利他行動を促進・維持するためには、集団閉鎖性、相互の個体認識、貸し借りの記憶力などが必要条件となる(小田,2011)。このうち集団閉鎖性には文化差があることが先行研究で指摘されており、それらの知見は、互恵性規範の適用範囲や強度にも文化差がありうることを示唆している。具体的な議論として、たとえば関係流動性(Yuki, Schug, Horikawa, Takemura, Sato, Yokota, & Kamaya, 2007)という概念は集団閉鎖性と表裏一体であり、関係流動性が高い場合に比べて、関係流動性が低い集団や対人関係の方が、フリーライダーのような振る舞いをして他者から否定的評価を受けることによるダメージはより大きいであろう。また、安心社会と信頼社会(山岸,1999)という枠組みを用いても同様に、信頼社会に比べて安心社会は閉鎖性が高いので、互恵性規範から逸脱して「債務不履行者」と見なされることのコストもより大きくなるであろう。したがって、関係流動性が高い信頼社会の北米よりも、関係流動性が低い安心社会の日本における集団や対人関係の方が、互恵性規範に反することのコストが大きく、よって互恵性規範に敏感に反応すると推測される。これに関連してShen et al. (2011)では、北米人に比してアジア人は知人との贈与交換において互恵性規範を喚起しやすく、互恵的でない場合の負債感を回避するために贈り物を拒否しやすいことが見出されている。このことは、互恵性規範の強度に文化差があり、アジアでは互恵性規範が強いがゆえに、その規範から逸脱してしまうリスクを未然に回避する必然性も高くなる可能性を示唆している。

このように、日本人を含む東アジア人における援助要請抑制傾向は、貢献感の低さと互恵性規範の高さによって説明されうる可能性も考えられる。これらの説明は未だ推論の域を出ないが、その実証的検討は、援助を要するにもかかわらず援助を要請できない人々の心理を理解し、援助要請抑制傾向を緩和するためには何が必要なのかを検討するために、重要なインプリケーションを与えうるかもしれない。その意味も含めて、このような文化差の検討もまた、今後の重要な課題のひとつとして挙げられよう。

References
 
© 2015 The Japanese Society of Social Psychology
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