Japanese Journal of Social Psychology
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Individual differences in paradoxical effects of stereotype suppression: Cognitive complexity in person perception
Mana YamamotoTakashi Oka
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2016 Volume 31 Issue 3 Pages 149-159

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問題

ステレオタイプを抑制すると、その後に抑制されたステレオタイプがかえって浮かびやすくなるという逆説的効果が生じることが示されている(e.g., Macrae, Bodenhausen, Milne, & Jetten, 1994; Monteith, Sherman, & Devine, 1998)。例えば、Macrae et al. (1994)では、スキンヘッドの人物の一日を記述するときに、ステレオタイプ的な記述をしないようにというステレオタイプ抑制の教示を与えられる参加者は、そのような教示を与えられない参加者に比べ、その後に別のスキンヘッドの人物の一日を記述する課題でその文章の内容がよりステレオタイプ的であるという逆説的効果が確認された。

ステレオタイプ抑制による逆説的効果については、これまでさまざまな研究が行われてきた。例えば、自己概念との関係(Wyer, Mazzoni, Perfect, Calvini, & Neilens, 2010)、抑制中の代替思考の内容(Oe & Oka, 2003; 田戸岡・村田,2010)、非意識的な抑制の効果(及川,2005)、文化差(Zhang & Hunt, 2008)および個人差(e.g., Gordijn, Hindriks, Koomen, Dijksterhuis, & Van Knippenberg, 2004)などが検討されている。

本研究では、ステレオタイプ抑制による逆説的効果の個人差に焦点を当てる。これまで、思考抑制については、その逆説的効果の個人差についてさまざまな検討が行われている。例えば、逆説的効果が生じやすいのは、思考抑制を慢性的に行いやすい傾向を測定するWBSI(White Bear Suppression Inventory)の得点が高い個人(Rassin, 2005)、受動的な抑制スタイルを持つ個人よりも積極的な抑制スタイルを持つ個人(木村,2005)、ワーキングメモリの容量が小さい個人(Brewin & Smart, 2005)であることが示されている。また、ステレオタイプ抑制については、その逆説的効果の個人差について、逆説的効果が生じにくいのは、ステレオタイプ抑制の内的動機づけが高い個人であることが示されている(Gordijn et al., 2004)。

このように、ステレオタイプ抑制による逆説的効果の個人差については、これまで動機的な個人差は多く扱われてきたが、認知的な個人差はあまり扱われてこなかった。しかし、ステレオタイプの抑制の問題に限らないステレオタイプ研究やより広い集団認知や対人認知の研究では、さまざまな認知的な個人差が扱われている。例えば、努力を要する認知活動に従事しそれを楽しむ内発的傾向である認知欲求(Cacioppo & Petty, 1982; 森,1997)、構造化された明確な認知への欲求の傾向である個人的構造欲求(Neuberg & Newsom, 1993)、他者を複数のコンストラクトを使用して捉える傾向である認知的複雑性(Bieri, 1955)などである。これらの集団認知や対人認知の個人差が、ステレオタイプ抑制による逆説的効果にも関係している可能性が考えられる。本研究では、そのなかでも認知的複雑性に焦点を当て、ステレオタイプの問題のなかでも、特にステレオタイプ抑制による逆説的効果と認知的複雑性の関係について検討することを目的とする。以下では、まず、逆説的効果のメカニズム、および逆説的効果を低減する代替思考について述べ、次に、認知的複雑性がどのようにそれらに関わっているかを議論する。

思考抑制による逆説的効果のメカニズム

思考抑制による逆説的効果が生じるメカニズムを説明するために、さまざまなモデルが提案されている。それらは、認知過程による説明(Wegner, 1994; Wegner & Erber, 1992)、心的疲労による説明(Gordijn et al., 2004; Muraven, Tice, & Baumeister, 1998)、動機づけによる説明(Förster & Liberman, 2001; Liberman & Förster, 2000)などである。

本研究で用いる理論的枠組みは、これらのうち認知過程による説明に基づいている。この説明では、思考の抑制は2つの認知過程によって行われていると考えられている(Wegner, 1994; Wegner & Erber, 1992)。想定されている2つの認知過程は、実行過程と監視過程であり、実行過程は抑制対象以外の対象を探す過程であり、監視過程は思考上に抑制対象がないことを確認する過程である。実行過程は意識的に行われる認知資源を必要とする過程であり、監視過程は無意識的に行われる認知資源を必要としない過程である。監視過程は、実行過程によって探し出された思考が抑制対象でないことを確認しているため、監視過程によって抑制対象は常に参照されていることになる。このため、抑制対象は常に活性化され続けそのアクセス可能性は高まり続けることになり、逆説的効果が生じると考えられている。すなわち、実行過程が十分に働いている間は、思考上に抑制対象が浮かばないが、実行過程は認知資源を必要とする過程であるため、認知資源が消耗するのに伴って、十分に働き続けることができなくなる。実行過程が十分に働かなくなると、監視過程によって活性化され続けアクセス可能性が高まった抑制対象が、抑制前よりも思考上に浮かびやすくなると考えられている。

逆説的効果の低減方略としての代替思考の利用しやすさ

逆説的効果の低減方略として、抑制中に何か他のことを考えるという代替思考を利用する方略の効果が検討されている。まず、代替思考が利用しやすい場合を扱った研究がある。Wegner, Schneider, Carter, & White (1987)は、参加者が「白くま」を考えないようにする際に「赤のフォルクスワーゲン」を代替思考として使用するよう教示すると、逆説的効果が低減されることを示している。この研究では、代替思考を教示によって明確に与えているため、利用しやすい場合であったと考えられる。同様に、ステレオタイプ内容モデルに基づいてステレオタイプ抑制における代替思考を扱った田戸岡・村田(2010)も教示によって代替思考を明確に与えている。具体的には、高齢者の無能なというステレオタイプを抑制する際に、高齢者の温かいというステレオタイプを代替思考として使用するよう教示し、逆説的効果が低減されることを示している。これらの研究とは逆に、代替思考が利用しにくい場合を扱った研究もある。Oe & Oka (2003)は、代替思考を教示によって与えるのではなく自己生成させている。具体的には、参加者に女性のステレオタイプを抑制させる際に、代替思考として犬に関する思考を自己生成させている。代替思考が実験者によって与えられる場合よりも、代替思考を自己生成する場合には、代替思考が利用しにくいと考えられる。そして、この後者の場合には、逆説的効果が生じていたのである(実験1)。これらの研究から、代替思考が明確に与えられ利用しやすい場合は、逆説的効果が低減され、一方、代替思考が利用しにくい場合は逆説的効果が低減されにくいと考えられ、代替思考の利用しやすさの違いが逆説的効果に影響を及ぼしているという可能性が考えられる。

以上のように、代替思考が利用しやすい場合、すなわち、代替思考が利用可能であり、かつアクセス可能性が高い場合には、逆説的効果が低減されやすいと考えられる。利用可能性とは、ある知識や思考の有無を表し、アクセス可能性とは、利用可能な知識や思考が活性化されている程度を表す。代替思考が利用しやすいと逆説的効果が低減されやすい理由は、前述したWegnerの思考抑制のモデルに基づいて考えることができる。Wegnerの思考抑制のモデルでは、抑制対象は監視過程によって活性化され続けアクセス可能性の高い状態になると考えられている。利用しにくい代替思考は、思考上に浮かび続けることが難しいため、常に実行過程を働かさなくてはならない。監視過程は実行過程によって探し出された思考が抑制対象でないかを確認するため、実行過程の働きと並行して、監視過程も強く働かさなければならない。その結果、この監視過程の働きによって抑制対象に対するアクセス可能性が高まりやすいと考えられる。一方、利用しやすい代替思考は、思考上に浮かび続きやすいため、比較的、実行過程および監視過程の働きが弱くてもよいと考えられる。この弱い監視過程の働きによって抑制対象に対するアクセス可能性が相対的に高まりにくいと考えられる。このように、代替思考が利用しやすい(利用可能であり、かつアクセス可能性が高い)ときには逆説的効果が低減されるが、そうでないときには逆説的効果は低減されるとは限らないと考えられる。

ステレオタイプ抑制における代替思考:反ステレオタイプと非ステレオタイプ次元の特性との比較

これまで、ステレオタイプ抑制における代替思考としては、対象集団と関連する代替思考が扱われてきた(e.g., 田戸岡・村田,2010)。なぜなら、ステレオタイプ抑制は対人判断という文脈で行われることが多く、対人判断を行う場合は判断対象について考えなければならないことが多いからである。つまり、ステレオタイプ抑制では、対象集団や対象人物について考えながら、その集団のステレオタイプだけを抑制する必要があるので、ステレオタイプ抑制における代替思考は、対象集団や対象人物に関連する内容であることが多いのである。実際に、Galinsky & Moskowitz (2007)は、ステレオタイプを抑制したとき、対象集団に関連した内容が思い出されることを示している。具体的には、黒人のステレオタイプを抑制すると、黒人のステレオタイプの反対の特性である反ステレオタイプが活性化されていたのである。

ステレオタイプ抑制の際に、対象集団や対象人物に関連する代替思考を使用することによる効果を扱った研究がある。まず、ステレオタイプとは反対の特性である反ステレオタイプを代替思考として扱った研究がある。例えば、Oe & Oka (2003)の実験2では、参加者が女性のステレオタイプを抑制する際に、女性のステレオタイプとは反対の特性を代替思考として使用すると、逆説的効果は低減されないことを示している。次に、ステレオタイプでも反ステレオタイプでもない特性を代替思考として扱った研究がある。例えば、Oe & Oka (2003)の実験1では、参加者が女性のステレオタイプを抑制する際に、女性のステレオタイプ以外の特性を代替思考として使用する場合に、逆説的効果が低減されていた。この実験では、参加者が抑制中に記述した代替思考の内容が分析されており、使用された代替思考がステレオタイプ的でも反ステレオタイプ的でもないときに、逆説的効果が低減されることを示している。さらに、ステレオタイプ内容モデルに基づいて代替思考として補償的ステレオタイプを利用した田戸岡・村田(2010)では、参加者が、高齢者の無能なというステレオタイプを抑制する際に、代替思考として高齢者の温かいという特性を使用する場合に逆説的効果が低減されていた(実験2)。

以上のように、対象集団に関する反ステレオタイプを含まない代替思考を使用する場合には、逆説的効果が低減できると考えられる。本研究では、ステレオタイプ次元の特性(ステレオタイプ–反ステレオタイプ)と、非ステレオタイプ次元の特性を区別し、ステレオタイプ化の程度が強い次元からステレオタイプ化の程度が弱い次元まで、さまざまな次元のなかで、ステレオタイプ化の程度が相対的に強い次元をステレオタイプ次元、ステレオタイプ化の程度が相対的に弱い次元を非ステレオタイプ次元として表現する。ステレオタイプと反ステレオタイプは、ステレオタイプ次元上の両極の特性であり、非ステレオタイプ次元の特性とは、非ステレオタイプ次元の両極にある特性である。上に引用した、Oe & Oka (2003)の実験1では、ステレオタイプでも反ステレオタイプでもない特性を代替思考として使用しており、これは非ステレオタイプ次元の特性であると考えられる。田戸岡・村田(2010)の実験2では、補償的ステレオタイプを代替思考として使用している。補償的ステレオタイプは、主要なステレオタイプを補償する二次的なステレオタイプであると考えると、ステレオタイプに比べてステレオタイプ化の程度が弱いと考えられ、非ステレオタイプ次元の特性に分類されると考えられる。

このように、ステレオタイプ次元の特性ではなく、非ステレオタイプ次元の特性が代替思考として使用されると、逆説的効果が低減されやすいと考えられる。このことは、ステレオタイプと代替思考との連合の強さによって説明できると考えられる。例えば、Galinsky & Moskowitz (2007)は、ステレオタイプを抑制すると、反ステレオタイプが活性化されることを示している。このことからも、反ステレオタイプはステレオタイプとの連合が強いと考えられる。したがって、反ステレオタイプを代替思考として使用する場合は、実行過程によって反ステレオタイプが思考上に浮かぶと、同時にステレオタイプも思考上に浮かびやすいと考えられる。反ステレオタイプを考えれば考えるほど、ステレオタイプも思考上に浮かぶことになってしまう。そのため、実行過程を強く働かさなければならず、それと並行して監視過程も強く働かさなければならず、その結果、ステレオタイプに対するアクセス可能性が高まりやすくなると考えられる。一方、非ステレオタイプ次元の特性は、ステレオタイプと連合が弱いと考えられる。したがって、非ステレオタイプ次元の特性を代替思考として使用する場合は、実行過程によって非ステレオタイプ次元の特性が思考上に浮かんでも、ステレオタイプは思考上に浮かびにくいと考えられる。そのため、反ステレオタイプに比べ、実行過程および監視過程の働きは弱くてもよく、その結果、ステレオタイプに対するアクセス可能性はそれほど高まることはないと考えられる。

対象集団の非ステレオタイプ次元の特性に関する代替思考の利用しやすさにおける個人差

ステレオタイプ抑制の際に、どのような代替思考が利用しやすいかには個人差があると考えられる。前節で述べたように、ステレオタイプを抑制する際には、対象集団について考えることが多く、そのため、対象集団に関する思考が代替思考として使用されることが多いことになる。まず、反ステレオタイプが使用されるが、反ステレオタイプはステレオタイプの単なる反意語であり、この利用可能性にはほとんど個人差はないと考えられる。次に、このような代替思考として使用されると考えられるものは、非ステレオタイプ次元の特性であると考えられるが、これらの特性の利用可能性には個人差があると考えられる。具体的には、非ステレオタイプ次元の特性に関する知識や思考を持っている個人と、そうでない個人がいると考えられるのである。

非ステレオタイプ次元の特性が利用可能な個人とは、集団を多次元的に捉えている個人であると考えられる。集団に対する捉え方には個人差があり、集団を一次元上で捉えやすい個人とさまざまな次元から捉えやすい個人がいると考えられる。集団を一次元上で捉えやすい個人は、集団を主にステレオタイプ次元で捉えやすく、ステレオタイプを抑制する際は、ステレオタイプ次元上でそれと反対の極にある反ステレオタイプを代替思考として使用することが多いと考えられる。前節で述べたように、反ステレオタイプを代替思考として使用すると、同時にステレオタイプも思考上に浮かびやすいため、実行過程および監視過程を強く働かさなければならず、逆説的効果が生じやすいと考えられる。これとは対照的に、集団を多次元的に捉えやすい個人は、ステレオタイプ次元だけではなく他のさまざまな次元の特性、つまり非ステレオタイプ次元の特性も利用可能であり、ステレオタイプ抑制の際には、非ステレオタイプ次元の特性を代替思考として使用することがあると考えられる。前節で述べたように、非ステレオタイプ次元の特性を代替思考として使用すると、比較的、ステレオタイプは思考上に浮かびにくいので、実行過程および監視過程の働きが弱くてもよく、逆説的効果が生じにくいと考えられる。

対人認知における認知的複雑性:多次元的な認知構造

認知的複雑性とは、対人認知を規定する認知的特性であり、社会的環境、なかでも他の個人を複数のコンストラクトを使用して捉えているかどうかという特性である(Bieri, 1955)。認知的複雑性が低い個人は、単一次元上で対人認知を行っているのに対し、認知的複雑性が高い個人は、対人認知の際、他者を多次元的に捉えていることが示されている(池上,1983)。さらに、認知的複雑性が高い個人は、対人認知の際に、お互いに葛藤する情報を処理することができることが示されている(e.g., 池上,1983; Tripodi & Bieri, 1964)。

Bieri (1955)の考えは、個人に対する捉え方に焦点を当てているが、集団も社会的環境のひとつであるので、集団に対する捉え方も、認知的複雑性の高低によって異なると考えることができる。個人に対する捉え方と同じように、認知的複雑性が高い個人は、集団を多次元的に捉えており、集団のさまざまな次元を利用してその集団や集団成員を判断していると考えられる。つまり、認知的複雑性が低い個人は、主にステレオタイプや反ステレオタイプが利用可能なのに対して、認知的複雑性が高い個人は、それらだけでなく、非ステレオタイプ次元の特性も利用可能であると考えられる。

さらに、先行研究では、認知的複雑性が低い個人は高い個人よりも、ステレオタイプ的な判断をしやすいことが示されている (e.g., Ben-Ari, Kedem, & Levy-Weiner, 1992)。このことから、認知的複雑性が低い個人は、日常的にステレオタイプ次元(ステレオタイプ–反ステレオタイプ)を用いて対人判断を行っていると考えられるため、ステレオタイプ次元の特性に対するアクセス可能性が慢性的に高くなっていると考えられる。そのため、ステレオタイプを抑制する際は、反ステレオタイプを代替思考として使用しやすいと考えられる。一方、認知的複雑性が高い個人は、ステレオタイプ次元だけでなく非ステレオタイプ次元も利用して対人判断を行っていると考えられるため、認知的複雑性が低い個人よりも、ステレオタイプ次元の特性に対するアクセス可能性は高くはなっていないと考えられる。そのため、ステレオタイプを抑制する際は、反ステレオタイプだけでなく、他の特性、つまり非ステレオタイプ次元の特性も代替思考として使用しやすいと考えられる。

このように、認知的複雑性が高い個人は、それが低い個人よりも、ステレオタイプ抑制の際の代替思考として、非ステレオタイプ次元の特性を利用しやすいために、前々節で記述したように、実行過程および監視過程の働きが弱くてもよく、その結果、ステレオタイプに対するアクセス可能性が高まりにくいと考えられる。

目的

本研究では、ステレオタイプ抑制による逆説的効果と認知的複雑性との関係について検討するために、認知的複雑性が高い個人よりも低い個人の方が、ステレオタイプ抑制を行うと、ステレオタイプに対するアクセス可能性が高まりやすいという予測の妥当性を検証する。具体的には、参加者に女性ステレオタイプを抑制させて、その後で語彙判断課題によってステレオタイプ関連語に対する反応時間を測定し、認知的複雑性が高い参加者よりも低い参加者で、ステレオタイプを抑制すると、ステレオタイプ関連語に対する反応時間が短くなるという仮説を検討する。

方法

実験計画

認知的複雑性(高、低)とステレオタイプ抑制(ステレオタイプ抑制あり、ステレオタイプ抑制なし)を参加者間要因、語彙判断課題での単語の種類(女性ステレオタイプ関連語、女性ステレオタイプ無関連語)を参加者内要因とする3要因混合計画であった。従属変数は、語彙判断課題での単語に対する反応時間であった。

実験参加者

心理学に関する授業で、認知的複雑性の尺度に回答した428名のうち、実験参加の意思を表明したのは191名であった。その191名の認知的複雑性の得点を算出し(算出方法は後述する)、中央値によって高群と低群に分けた。それぞれの群から、ステレオタイプ抑制あり条件とステレオタイプ抑制なし条件が12名ずつになるように、無作為に割り当てた。低群におけるステレオタイプ抑制なし条件では、1名の実験が外部から妨害され一時中断したため、このデータを用いないことにしたので、1名を追加した。その結果、実験参加者は合計49名(男性17名、女性32名;平均年齢19.45歳(SD=1.34))となった。

なお、認知的複雑性の測定には林(1976)に基づくRepテスト(role construct repertory test; Kelly, 1955)を使用した。このテストでは、5人の役割人物(好きな男性、嫌いな男性、好きな女性、嫌いな女性、自分自身)を身の周りから挙げさせ、その人物の印象について20個の形容詞に7件法(1:全く当てはまらない~7:非常によく当てはまる)で評定を求めた。形容詞は、大橋・三輪・平林・長戸(1973)により印象評定に適しているとされた正と負の20個の形容詞を用いた2)。この形容詞は、認知的複雑性を測定した先行研究でも使用されているものである(林,1976; 坂元・沼崎,1989)。

認知的複雑性の指標としてTCC(Total cognitive complexity; 林,1976)を使用した。TCCは各形容詞がどれだけ評価次元から分化しているかをみるものである。つまり、TCCでは、形容詞の評定値の正負が一致するほど、認知的複雑性が低いことを示す。各役割人物のTCCは、正評定と負評定と中央点評定のそれぞれの総一致数を算出し、それらを合計した値である。TCCの算出手順は次の通りである。まず、7段階評定の結果を、中央点評定を0、正評定の方向での評定を+、負評定の方向での評定を−として符号化した。次に、役割人物ごとに、20個の形容詞のそれぞれに与えられた符号の総一致数を算出した。計算式はkC2lC2mC2/2となる。ただし、k:正評定数、l:負評定数、m:中央点評定数である。すべての役割人物のTCCの合計値が、その参加者のTCCの得点となる。5人の役割人物(好きな男性、嫌いな男性、好きな女性、嫌いな女性、自分自身)の得点のα係数は.73であった。坂元(1991)の方法にならって、役割人物ひとりについて20の評定値のうちひとつでも欠損値があると計算ができないので、欠損値が2つ以下の場合、当該の役割人物の平均評定値で、欠損値を置き換えた。TCCはその得点が高いほど、認知的複雑性が低いことを示す。本研究では、TCC得点の最高点である190点から素点を引いた値を認知的複雑性の得点とした。したがって、以降で示す認知的複雑性の得点は、得点が高いほど認知的複雑性が高いことを示す。

認知的複雑性の得点を算出したところ、実験参加の意思を表明した191名分の得点は、M=98.78, Me=99.70, SD=18.77, range=50.40~138.60であった。実験参加者49名の認知的複雑性の得点は以下の通りである。男性参加者の得点は、M=101.73, SD=16.07であり、女性参加者の得点は、M=94.58, SD=21.87であった。認知的複雑性の条件ごとの得点は、認知的複雑性高群(n=24)は、M=113.50, SD=11.42、認知的複雑性低群(n=25)は、M=81.68, SD=13.45であった。

実験手続き

49名の参加者は、1名ずつ実験室での実験に参加した。参加者は、この実験が、ものごとを考えるときに頭のなかでどのようなことが起こっているか調べることを目的としていると伝えられた。実験参加同意書に署名した後、文完成課題と語彙判断課題を行った。

文完成課題

この課題を用いて、独立変数であるステレオタイプ抑制の操作を行った。参加者は、「女性は」から始まる文を6つ作成する課題を行った(Oe & Oka, 2003)。その際、人物を形容する言葉を用いること、同じ言葉は繰り返し使用しないこと、1つの文には1つだけ言葉を書くことが教示された。ステレオタイプ抑制あり条件では、「女性に当てはまることは書かないでください」というステレオタイプを抑制させる教示が行われた3)。ステレオタイプ抑制なし条件には、ステレオタイプを抑制させる教示は行われなかった。

語彙判断課題

この課題では、単語の判断に要した時間を測定し、従属変数とした。ここでの反応時間が短いほど、その単語が意味する概念へのアクセス可能性が高いことを示す(e.g., Galinsky & Moskowitz, 2007; Macrae et al., 1994)。参加者はパソコンの画面上に提示される文字列に意味があるかどうかを、キーを押して判断した。この課題で使用する女性ステレオタイプ関連語を選定するために、予備調査を行った4)。本実験に参加しない大学生36名(男性19名、女性16名、不明1名;平均年齢20.94歳(SD=0.75))に、50語についてどの程度女性に当てはまるかを7件法(1:全く当てはまらない~7:非常によく当てはまる)で評定を求めた。この結果から、得点の高かった3語を女性ステレオタイプ関連語とした(「おしゃれな」、「おしゃべりな」、「やさしい」)。なお、女性ステレオタイプ無関連語は、「せまい」、「からい」、「すくない」の3語であった。非単語は6語であり、意味のない文字列として女性ステレオタイプ関連語と女性ステレオタイプ無関連語に含まれる文字を組み合わせて作られた。具体的には、「しかな」、「れしおま」、「らさい」、「いおいべ」、「しいすせ」、「やくい」であった。

語彙判断課題の試行は以下の流れで行われた。注視点が1,000 ms提示された後で、ターゲット刺激の文字列が提示され、参加者のキー入力で文字列が消えるように設定されていた。次にブランクが1,000 msあり、その後、次の試行の注視点が提示されるという流れであった。本試行の前に、練習試行を6試行行った。なお、練習で使用された文字列は、女性ステレオタイプとは関連性がなく、本試行では提示されなかった。本試行は4ブロックで構成され、1ブロックには12試行あり、そのうち6試行は単語であり(女性ステレオタイプ関連語が3試行と女性ステレオタイプ無関連語が3試行)、6試行は非単語であった。それぞれのブロック内では、同じ文字列が繰り返し提示されることはなかった。文字列の提示順序は、参加者ごとに各ブロックで無作為であった。

すべての課題が終わった後、デブリーフィングを行った。研究目的や課題間の関係性に気づいた参加者はいなかった。

結果

分析対象者

語彙判断課題での反応時間が平均値から3 SDを超える1名のデータを以下の分析から除外した。前述した実験が中断した1名と合わせて合計2名が参加者49名から除かれ、47名のデータが分析に用いられた。

除外した後の条件ごとの人数は、認知的複雑性高群におけるステレオタイプ抑制あり条件とステレオタイプ抑制なし条件、認知的複雑性低群におけるステレオタイプ抑制あり条件は各12名、認知的複雑性低群におけるステレオタイプ抑制なし条件は11名であった。

ステレオタイプ抑制の操作チェック

実際に、ステレオタイプ抑制あり条件の参加者が女性ステレオタイプを抑制していたかどうかを検討するために、文完成課題において参加者が作成した文の内容を分析した5)。目的を知らない2名の評定者が、文の内容について女性ステレオタイプにどの程度当てはまるかを7件法(1:全く当てはまらない~7:非常によく当てはまる)で評定した。2名の評定者の相関が高かったため(r=.79)、2名の評定者の評定値の平均値を算出し、その値を、参加者によって作成された文の内容のステレオタイプ度得点とした。ステレオタイプ抑制あり条件(M=2.67, SD=1.11)とステレオタイプ抑制なし条件(M=4.65, SD=0.95)との間に差があるかどうかを検討するために、ステレオタイプ度得点に関して、t検定を行った。その結果、ステレオタイプ抑制あり条件は、ステレオタイプ抑制なし条件に比べ、有意にステレオタイプ度得点が低かった(t(45)=6.58, p<.01)。したがって、ステレオタイプ抑制の操作は成功していたと考えられる。

語彙判断課題における反応時間

語彙判断課題における女性ステレオタイプ関連語3語と女性ステレオタイプ無関連語3語に対する反応時間について分析を行った。それぞれの単語は、語彙判断課題において4回提示されているため、参加者1名につき24試行での反応時間が分析対象となった。これらの試行での誤答率は1.53%であり、誤答の場合の反応時間を除いて分析を行った。まず、データの分布を正規分布に近似させるために、すべての反応時間を対数変換した。各参加者の反応時間を女性ステレオタイプ関連語と女性ステレオタイプ無関連語ごとに平均した値を分析に使用した。

認知的複雑性の違いによる逆説的効果の差異

ステレオタイプ抑制による逆説的効果と認知的複雑性との関係を検討するために、認知的複雑性(高、低)×ステレオタイプ抑制(ステレオタイプ抑制あり、ステレオタイプ抑制なし)×単語の種類(女性ステレオタイプ関連語、女性ステレオタイプ無関連語)の3要因の分散分析を反応時間に対して行った6)。その結果、単語の種類の主効果が有意(F(1, 43)=125.99, p<.01)、ステレオタイプ抑制×単語の種類の2要因の交互作用効果が有意(F(1, 43)=15.25, p<.01)、認知的複雑性×単語の種類の2要因の交互作用効果が有意傾向(F(1, 43)=3.91, p=.06)、認知的複雑性×ステレオタイプ抑制×単語の種類の3要因の交互作用効果が有意(F(1, 43)=4.37, p<.05)であった(Table 1)。

Table 1 各単語に対する認知的複雑性各群のステレオタイプ抑制条件ごとの対数変換後の平均反応時間と標準偏差
認知的複雑性高群認知的複雑性低群
ステレオタイプ抑制あり(n=12)ステレオタイプ抑制なし(n=12)ステレオタイプ抑制あり(n=12)ステレオタイプ抑制なし(n=11)
女性ステレオタイプ関連語女性ステレオタイプ無関連語女性ステレオタイプ関連語女性ステレオタイプ無関連語女性ステレオタイプ関連語女性ステレオタイプ無関連語女性ステレオタイプ関連語女性ステレオタイプ無関連語
平均値6.17(486.38)6.26(532.72)6.22(513.61)6.28(545.78)6.12(461.79)6.28(546.83)6.23(517.68)6.29(554.44)
標準偏差0.08(43.27)0.09(49.66)0.09(44.62)0.10(60.45)0.12(51.84)0.13(70.28)0.09(44.79)0.08(50.04)

注.括弧内は対数変換前の反応時間を示す。

単語の種類の主効果は、女性ステレオタイプ無関連語(M=6.28, SD=0.10)に比べて女性ステレオタイプ関連語(M=6.18, SD=0.10)は反応時間が短いことを示していた。ステレオタイプ抑制×単語の種類の2要因の交互作用効果が有意であったことから、単純主効果の検定を行った。その結果、女性ステレオタイプ関連語条件において、ステレオタイプ抑制なし条件(M=6.23, SD=0.09)に比べてステレオタイプ抑制あり条件(M=6.15, SD=0.10)は反応時間が短かった(F(1, 86)=7.25, p<.01)。さらに、ステレオタイプ抑制あり条件とステレオタイプ抑制なし条件それぞれにおいて、女性ステレオタイプ無関連語条件(M=6.27, SD=0.11; M=6.29, SD=0.10)に比べて女性ステレオタイプ関連語条件(M=6.15, SD=0.10; M=6.23, SD=0.09)は反応時間が短かった(F(1, 43)=114.46, p<.01; F(1, 43)=26.79, p<.01)。認知的複雑性×単語の種類の2要因の交互作用効果が有意傾向であったことから、単純主効果の検定を行った。その結果、認知的複雑性の高条件と低条件それぞれにおいて、女性ステレオタイプ無関連語条件(M=6.27, SD=0.10; M=6.29, SD=0.11)に比べて女性ステレオタイプ関連語条件(M=6.19, SD=0.09; M=6.17, SD=0.12)は反応時間が短かった(F(1, 43)=42.76, p<.01; F(1, 43)=87.14, p<.01)。

以上の効果は、3要因の交互作用効果によって制限されていた。認知的複雑性×ステレオタイプ抑制×単語の種類の3要因の交互作用効果が有意であったため、認知的複雑性の高条件、低条件ごとにステレオタイプ抑制×単語の種類の2要因の単純交互作用の検定を行った。その結果、認知的複雑性の低条件においては、ステレオタイプ抑制×単語の種類の交互作用効果が有意であった(F(1, 43)=17.97, p<.01)。単純主効果の検定を行った結果、女性ステレオタイプ関連語条件において、ステレオタイプ抑制なし条件(M=6.23, SD=0.09)に比べてステレオタイプ抑制あり条件(M=6.12, SD=0.12)は反応時間が短かった(F(1, 86)=7.13, p<.05)。さらに、ステレオタイプ抑制あり条件とステレオタイプ抑制なし条件それぞれにおいて、女性ステレオタイプ無関連語条件(M=6.28, SD=0.13; M=6.29, SD=0.08)に比べて女性ステレオタイプ関連語条件(M=6.12, SD=0.12; M=6.23, SD=0.09)は反応時間が短かった(F(1, 43)=92.13, p<.01; F(1, 43)=12.99, p<.01)。なお、単純交互作用の検定を行った結果、認知的複雑性の高条件については、有意な効果は得られなかった(F(1, 43)=1.65, n.s.)。

考察

本研究は、ステレオタイプ抑制による逆説的効果に影響する個人差として認知的複雑性を取り上げて検討した。具体的には、認知的複雑性が高い個人よりも低い個人の方が、ステレオタイプ抑制を行うと、ステレオタイプに対するアクセス可能性が高まりやすいという予測を検討した。その結果、仮説通り、認知的複雑性低条件の参加者では、ステレオタイプ抑制なし条件に比べてステレオタイプ抑制あり条件で、語彙判断課題における女性ステレオタイプ関連語への反応時間が短く、認知的複雑性高条件の参加者では、ステレオタイプ抑制あり条件とステレオタイプ抑制なし条件で、女性ステレオタイプ関連語への反応時間に差がないことが示された。

このように、本研究で得られた結果は、認知的複雑性が低い個人は逆説的効果が生じやすいが、認知的複雑性が高い個人は逆説的効果が生じにくいということを示唆している。このことを説明するために、本研究では、次のような代替思考の働きを想定している。つまり、認知的複雑性が低い個人は、集団をステレオタイプ次元で捉えやすく、ステレオタイプを抑制する際は、反ステレオタイプを代替思考として使用することが多いと考えられる。反ステレオタイプを代替思考として使用すると、Oe & Oka (2003)が示しているように、逆説的効果が生じることになる。なぜなら、反ステレオタイプはステレオタイプと連合が強いと考えられるので、反ステレオタイプを代替思考として使用する場合は、それと並行してステレオタイプも思考上に浮かびやすいと考えられるからである。そのため、実行過程および監視過程を強く働かさなければならず、ステレオタイプに対するアクセス可能性が高まりやすく、逆説的効果が生じやすいと考えられるのである。一方、認知的複雑性が高い個人は、ステレオタイプ次元だけでなく、非ステレオタイプ次元の特性も代替思考として利用しやすいと考えられる。非ステレオタイプ次元の特性を代替思考として使用すると、逆説的効果が生じにくいと考えられる。なぜなら、非ステレオタイプ次元の特性はステレオタイプと連合が弱いと考えられるので、非ステレオタイプ次元の特性を代替思考として使用しても、比較的、ステレオタイプは思考上に浮かびにくいと考えられるからである。そのため、実行過程および監視過程の働きは弱くてもよく、その結果、ステレオタイプに対するアクセス可能性は高まりにくく、逆説的効果が生じにくいと考えられる。

本研究で得られた結果は、先行研究で得られた知見と整合性のある結果である。ステレオタイプ抑制における代替思考を扱った先行研究では、非ステレオタイプ次元の特性を代替思考として使用することで逆説的効果を低減できる可能性が示されている。例えば、Oe & Oka (2003)では、女性のステレオタイプを抑制する際に、女性のステレオタイプでも反ステレオタイプでもない特性を代替思考として使用するときに逆説的効果が低減されていた(実験1)。田戸岡・村田(2010)では、高齢者に対する無能なというステレオタイプを抑制する際に、有能–無能という次元とは異なる温かい–冷たいという次元に関する代替思考を使用するときに逆説的効果が低減されていた(実験2)。このように先行研究では、ステレオタイプ抑制の際に、非ステレオタイプ次元の特性を代替思考として使用することで逆説的効果が低減できる可能性が示されている。本研究では、認知的複雑性が高い個人は非ステレオタイプ次元の特性が利用可能であり、それが代替思考として利用されやすいので、逆説的効果が低減されやすいという可能性を示しており、以上の研究結果と一貫するものであると考えられる。

本研究の限界と今後の課題

本研究には、少なくとも以下に挙げる7つの限界点がある。第一に、本研究では、認知的複雑性が高い個人は低い個人よりも、非ステレオタイプ次元の特性が利用可能であると仮定して実験を行い、予測通りの結果を得たが、前述したように、この仮定については直接的な証拠を得ていない。今後は、実際にどのような次元に関する代替思考が使用されているかを検討する必要があるだろう。

第二に、ステレオタイプ抑制の操作に用いた文完成課題について、2つの問題を述べる。まず、この課題は、「女性は」から始まる文を完成させる課題であったため、ステレオタイプ抑制なし条件では、参加者がこの課題によってステレオタイプを表出していた可能性がある。Liberman & Förster (2000)では、参加者がステレオタイプを抑制した後にそのステレオタイプを表出すると、その表出後にはステレオタイプに対するアクセス可能性が低減されることが示されている。本研究で用いた文完成課題は、ステレオタイプ抑制後の表出ではないが、一般の思考に関する単なる表出の効果を扱った研究(e.g., Sparrow & Wegner, 2006)にみられるように、ステレオタイプ抑制においても単なる表出によってそのアクセス可能性が低減される可能性が考えられる。具体的には、本研究のステレオタイプ抑制なし条件ではステレオタイプを表出させたことになり、そのため、その後のステレオタイプに対するアクセス可能性が低くなったという可能性が考えられるのである。この代替説明の可能性については今後の検討課題である。

次に、条件によって、文完成課題の困難度が異なり、その結果、女性ステレオタイプについて考える時間が異なってしまい、そのために女性ステレオタイプに対するアクセス可能性が異なっていたという可能性が考えられる。まず、ステレオタイプ抑制あり条件では、代替思考を生成しなければならないので、ステレオタイプ抑制なし条件よりも、認知的複雑性の高低に関わらず全般的に、文を完成するのが困難であったという可能性が考えられる。次に、認知的複雑性の低い個人は、高い個人よりも、その困難さが高かった可能性も考えられる。なぜなら、本研究の文完成課題では、6個の異なる文を完成するように求めており、認知的複雑性が高い個人では、反ステレオタイプやさまざまな非ステレオタイプ次元の特性が思考上に浮かびやすかったのに対して、認知的複雑性の低い個人では、反ステレオタイプは思考上に浮かびやすくても、さまざまな非ステレオタイプ次元の特性までもは思考上に浮かびにくかったと考えられるからである。このように、ステレオタイプ抑制あり条件の認知的複雑性が低い条件でのみ、他の3つの条件に比べて、文完成課題が困難であり、それに要す時間が長かった可能性があり、その結果、この条件でだけ女性ステレオタイプに対するアクセス可能性が高かったという可能性がある。すなわち、本研究の結果は、このような女性ステレオタイプについて考える時間によって女性ステレオタイプに対するアクセス可能性が高まったことによっても説明することができることになる。しかし、本研究では、文完成課題の難易度や、それに要した時間の測定を行っていなかった。この代替説明の可能性についても、今後実証的検討が必要である。

第三に、ステレオタイプに対するアクセス可能性を測定した語彙判断課題について述べる。この課題で用いた女性ステレオタイプ関連語と女性ステレオタイプ無関連語は、単語の文字数、親密度、出現頻度などが統制されていなかったため、女性ステレオタイプ関連語は女性ステレオタイプ無関連語に比べ反応時間が短いという結果が得られた可能性がある。単語の文字数については、女性ステレオタイプ関連語として使用した3つの単語の文字数は5文字、6文字、4文字であり、女性ステレオタイプ無関連語として使用した3つの単語の文字数は3文字、3文字、4文字であった。文字数が少ないほうが反応時間が短いと仮定すると、女性ステレオタイプ無関連語のほうが文字数が少ないことから、本研究では文字数の違いが反応時間に影響を与えた可能性は低いと考えられる。しかし、単語に対する反応時間に関する先行研究では、単語の親密度(e.g., Connine, Mullennix, Shernoff, & Yelen, 1990)や出現頻度(e.g., Balota & Chumbley, 1985; Hino & Lupker, 1998)によって反応時間が異なることが示されている。語彙判断課題に使用する単語の性質について、今後検討する必要がある。

第四に、女性ステレオタイプの男女差について述べる。本研究では、男女差を考慮せずにランダム割り当てを行ったところ、4つの条件のうち認知的複雑性低群におけるステレオタイプ抑制あり条件において男性参加者が1名であった。本研究では女性ステレオタイプを扱っているため、ステレオタイプの強さや代替思考の利用可能性については性差があることを否定できない。今後は、性差の要因を含めた検討を行う必要がある。

第五に、認知的複雑性の高低によって、ステレオタイプの強さの程度が異なる可能性がある。先行研究では、認知的複雑性が低い個人は高い個人よりも、ステレオタイプ的な判断をしやすいことが示されている(e.g., Ben-Ari, Kedem, & Levy-Weiner, 1992)。しかしながら、本研究では、ステレオタイプ抑制なし条件では認知的複雑性の高低による女性ステレオタイプ関連語に対する反応時間に差はみられなかった(ステレオタイプ抑制なし条件での認知的複雑性高群はM=513.61 msであり、認知的複雑性低群はM=517.68 msであった)。このように、先行研究と異なる結果が得られた理由として、ステレオタイプの測定方法の違いが考えられる。Ben-Ari, Kedem, & Levy-Weiner (1992)では、ステレオタイプ的判断を測定する際に、対象集団が複数の特性についてどの程度当てはまるかを回答させるという主観的な測度を用いており、本研究では、ステレオタイプ関連語に対する反応時間を測定するという行動的な測度を用いている。このような方法論的な違いによって、本研究では認知的複雑性の高低によるステレオタイプの強さの違いがみられなかった可能性が考えられる。

第六に、参加者のなかには、従属変数の刺激語であった女性ステレオタイプ関連語を、ステレオタイプとして捉えていなかった人がいる可能性が考えられる。前段落で述べたように、認知的複雑性が低い個人は高い個人よりも、ステレオタイプ的な判断をしやすいことが示されている(e.g., Ben-Ari, Kedem, & Levy-Weiner, 1992)。このことは、逆に言えば、認知的複雑性が高い個人は、ステレオタイプ化の程度が低いことを示唆しており、したがって、本研究で用いた女性ステレオタイプ関連語をステレオタイプとして捉えていなかった可能性が考えられる。今後、認知的複雑性が、ステレオタイプ抑制だけでなく、その前提となるステレオタイプ化そのものとどのように関わっているかを考慮して検討する必要がある。

最後に、認知的複雑性に関係している他の個人差が、非ステレオタイプ次元の特性の利用可能性を規定している可能性が挙げられる。認知的複雑性と共変していて、非ステレオタイプ次元の特性の利用可能性も規定している可能性がある根本的な個人差として、例えば、個人的構造欲求(Personal Need for Structure)が考えられる。個人的構造欲求は構造化された明確な認知への欲求の傾向であり、個人的構造欲求が高い個人は、単純な認知構造をしており、ステレオタイプ的な対人認知を行うことが示されている(Neuberg & Newsom, 1993)。このことから、個人的構造欲求が低い個人は、認知的複雑性が高く、同時に非ステレオタイプ次元の特性が利用可能であり、その結果として逆説的効果が生じにくいという可能性も考えられる。実際に認知的複雑性と関連するその他の個人差が逆説的効果の生起のしやすさを規定する原因であるかどうかについては、今後の研究課題である。

脚注
1)  本論文の作成にあたり、査読をいただいた3名の先生方から重要なご示唆をいただきました。記して御礼を申し上げます。

2)  認知的複雑性の測定に使用した形容詞は、林(1976)に基づいて次の通りであった。正の形容詞は、自信のある、社交的な、分別のある、心の広い、人なつっこい、かわいらしい、人のよい、慎重な、恥ずかしがりの、積極的な、気長なであった。負の形容詞は、無気力な、沈んだ、軽薄な、卑屈な、親しみにくい、感じの悪い、不親切な、無責任な、なまいきなであった。これらの形容詞は、正と負がそれぞれ2つ以上連続しないように提示された。

3)  「女性に当てはまることは書かないでください」という抑制教示は、「人物を形容する言葉を用いる」ようにという教示を伴っていたが、参加者にステレオタイプだけではなく、客観的な事実や特徴についても抑制させていた可能性が考えられる。実際にステレオタイプ抑制あり条件の参加者が作成した「女性は」に続く文の内容は、「力強い」、「恐い」、「理性的」、「信用できる」、「地味」などの主観的な特性が多く含まれるものであった。ステレオタイプを抑制するとその反対の特性が生成されやすい(Galinsky & Moskowitz, 2007)と考えると、本研究で参加者が作成した文の内容は、女性ステレオタイプと反対の特性であり、主観的な判断を伴うものであったと考えられる。このように、「女性に当てはまることは書かないでください」という教示を行っても、ステレオタイプを抑制させることになっており、客観的な事実や特徴はあまり抑制されていなかったと考えられる。

4)  予備調査の内容について、男女差を検討した。その結果、予備調査で選定された女性ステレオタイプ関連語の「おしゃれな」、「おしゃべりな」、「やさしい」の3語は、男性参加者においても女性参加者においても、得点の高い上位3語であった。この結果から、本研究で用いた女性ステレオタイプ関連語に男女差はみられなかったと考えられる。

5)  文完成課題で作成された文の内容のステレオタイプ度と反ステレオタイプ度について分析を行った。まず、ステレオタイプ抑制の操作チェックで算出したステレオタイプ度得点を用いて、個人のステレオタイプの強さと認知的複雑性との関係を検討した。文のステレオタイプ度得点と認知的複雑性との相関係数を算出したところr=.19であり有意ではなかった(n=47)。条件ごとに、ステレオタイプ度得点に違いがあるかどうかを検討するために、認知的複雑性(高、低)×ステレオタイプ抑制(ステレオタイプ抑制あり、ステレオタイプ抑制なし)の2要因の分散分析をステレオタイプ度得点に対して行った。その結果、ステレオタイプ抑制の主効果が有意であり(F(1, 43)=42.10, p<.01)、ステレオタイプ抑制あり条件(M=2.67, SD=1.11)は、ステレオタイプ抑制なし条件(M=4.65, SD=0.95)に比べ、ステレオタイプ度得点が低いことが示された。認知的複雑性の主効果(F(1, 43)=0.55, n.s.)、認知的複雑性とステレオタイプ抑制の交互作用効果(F(1, 43)=0.12, n.s.)は有意ではなかった。したがって、本研究において参加者が作成した文の内容から、ステレオタイプの強さと認知的複雑性の関係について明確に述べることはできないと考えられる。次に、反ステレオタイプ度得点についての分析を行った。具体的には、心理学を専攻する大学院生2名が、文完成課題において参加者が作成した文の内容について、どの程度女性の反ステレオタイプに当てはまるかを7件法で評定した(1: 全く当てはまらない~7: 非常によく当てはまる)。その際に、反ステレオタイプはステレオタイプの反対の内容の特性であることと、ステレオタイプ化の程度が弱い特性である非ステレオタイプと、反ステレオタイプを区別して考えるように教示した。2名の評定者の相関が高かったので(r=.80)、2名の評定者の評定値の平均値を算出し、その値を反ステレオタイプ度得点とした。条件ごとに、反ステレオタイプ度得点に違いがあるかどうかを検討するために、認知的複雑性(高、低)×ステレオタイプ抑制(ステレオタイプ抑制あり、ステレオタイプ抑制なし)の2要因の分散分析を反ステレオタイプ度得点に対して行った。その結果、ステレオタイプ抑制の主効果が有意であり、ステレオタイプ抑制あり条件(M=5.73, SD=1.21)は、ステレオタイプ抑制なし条件(M=2.30, SD=1.16)に比べ、反ステレオタイプ度得点が高かった(F(1, 43)=95.84, p<.01)。なお、認知的複雑性の主効果(F(1, 43)=0.57, n.s.)、認知的複雑性とステレオタイプ抑制の交互作用効果(F(1, 43)=0.16, n.s.)については、有意な結果は得られなかった。以上の分析の結果、認知的複雑性に関わる主効果も交互作用効果も有意ではなかった。したがって、認知的複雑性が低い個人が、反ステレオタイプを代替思考として使用しているかどうかはわからない。このような結果が得られた理由として、評定の際に、反ステレオタイプと非ステレオタイプ次元の特性が区別されていなかった可能性が考えられる。なぜなら、反ステレオタイプ度得点についての分析の結果は、ステレオタイプ度得点についての分析の結果と逆、つまりステレオタイプ抑制を行った場合と行わなかった場合で、得点の高低が逆であったことから、この分析で用いた反ステレオタイプ度得点は、ステレオタイプ以外のすべての特性(反ステレオタイプと非ステレオタイプ次元の特性の両方)を反映していた可能性が考えられる。認知的複雑性の高低によって、実際に代替思考として使用する内容が異なるかどうかの検討は今後の課題であり、代替思考の内容を精密に分析できる課題を検討する必要がある。

6)  参加者の性別で、認知的複雑性得点、女性ステレオタイプ関連語に対する反応時間、女性ステレオタイプ無関連語に対する反応時間それぞれに差がないかを検討したところ、認知的複雑性の得点(t(45)=1.20, n.s.)、女性ステレオタイプ関連語の反応時間(t(45)=0.05, n.s.)、女性ステレオタイプ無関連語の反応時間(t(45)=0.34, n.s.)のすべてにおいて、性別による有意な差は得られなかった。なお、条件ごとの男女の内訳は、認知的複雑性高群におけるステレオタイプ抑制あり条件は男性5名、女性7名であり、ステレオタイプ抑制なし条件は男性6名、女性6名であった。認知的複雑性低群におけるステレオタイプ抑制あり条件は男性1名、女性11名、ステレオタイプ抑制なし条件は男性4名、女性7名であった。認知的複雑性低群におけるステレオタイプ抑制あり条件で、男性参加者が1名であったため、条件ごとの男女差の分析は不可能であった。

References
 
© 2016 The Japanese Society of Social Psychology
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