Japanese Journal of Social Psychology
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2022 Volume 38 Issue 1 Pages 17

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次の各項目は、あなた自身に当てはまるだろうか。「家事分担についての愚痴で友人と盛り上がったことがある」「帰宅後に晩御飯が用意されている同僚が羨ましい」「コロナ禍の自粛や休校休園で仕事を調整するのはどちらかといえば自分だ」。3項目すべてに当てはまったあなたは、「女性」ではないだろうか。世の中の不公平のうち、特にジェンダー間の格差や不公平について疑問を抱いたことのある読者のために、本書は文化進化のモデルの視点から回答を示している。不公平の現状は、ゲーム理論によって説明できるという一見挑戦的に思える筆者の主張は、実証研究に裏付けられた理論の丁寧な解説によって説得力を増す内容となっている。

まず、なぜ他の社会的カテゴリーではなく、ジェンダーなのか。ジェンダーはもっとも手っ取り早いカテゴリーであることがその理由であるという。生物学的な性差に基づくことが大きいジェンダーカテゴリーは、どの文化でもシグナルになりやすい。家事の分担や自由時間の確保といった交渉において、双方にとっての利益を効率的に追求するためには、互いの行動を予想し、補完しあうということが重要である。補完的協調問題と呼ばれるこの課題では、「誰が何をするか」についてタイプ(ジェンダー)によって分担を決めると効率的だという。そして、個人の行動は学習と罰を介して集団内で再生されることによって規範的な影響力を持つようになる。ジェンダーは本質主義的な解釈がなされて利用されやすい点に同意する。本書ではジェンダー以外にも人種や階級による不公平について述べられているが、二分割されやすいカテゴリーが生み出す不公平とタイプの数が多いカテゴリーとでは、認知的なシグナルに違いがあるのではないかと思う。

ジェンダーが手っ取り早いカテゴリーであるとして、なぜ女性が男性よりも不利になるような分業が生じて、その逆ではないのだろうか。本書はそのことについてもゲーム理論を用いて説明している。タイプが存在しない場合の交渉では、50対50の要求が最も安定的な戦略であり、最大の吸引域を持つ状態である。したがってデフォルトでは公平性への進化的淘汰圧が存在する。一方で、タイプが顕現化した状態はより効率性が高いが、不公平な要求でも均衡状態を生み出すことがあるという。本書では決裂点と外部オプションという視点から不公平な均衡を生み出す過程が説明されている。前者はタイプ間に権力の差異がある場合に、後者は行為者が単独でも利益が得られる別のオプションを持っている場合に、交渉を有利に進められる優位性を持つという。男性は女性よりもそれら両方において社会的進化の側面から有利な立場にある。個人がどれだけ権力や外部オプションを持っていたとしても、進化によって慣習的に定められた規範に従うことが、個人の利得にとっては最良の選択であるため、不公平な均衡が生まれてしまう。

本書の筆者が、ステレオタイプやバイアスといった心理的な説明を介さなくても不公平の原因を説明できると繰り返し述べている点も興味深い。不公平が生じる理由の説明に、バイアスは本当に必要ないのだろうか。例えば、交渉問題の例として頻繁に登場するピザの大きや、協調問題の例であるタンゴのステップが、誰にとっても同じリアリティーを持つとは思えない。10のうち5を負担して公平さを実感している人が、実は分母が100であったことに気づいていないことだってある。さらに言うと、50対50の平等な分担から交渉がスタートしているという認識を持つことさえ難しい人もいると考えられる。ゲーム理論でのナッシュ均衡は、相手の行動を変えられないことを前提として、自分の行動を変えてもそれ以上の得をしない状態を指すという。相手と共有するリアリティーが異なることに自分だけが気づいているという悲しい現実も、ナッシュ均衡による「均衡」なのだろうか。不公平の均衡を是正しなくとも、もともとのピザの大きさや各作業の心理的負荷、それに平等からスタートするという認識を共有するだけでも解決する課題はあると感じる。

穿った見方をすると、本書で説明される文化進化モデルは不公平をもたらす人々の行動やその理由を説明する役割は果たすが、感情や態度など主観の影響が大きいものを説明することはできないということだろうか。偏見と差別は必ずしも連続的ではないということを改めて認識した。不公平を生み出す外的な状況を変えることで差別は改善される可能性があるが、偏見やバイアスといった認知的な側面を変化させたところで、差別的で不公平な現状は変わらないのである。

お気づきかもしれないが、冒頭の質問項目は既存の尺度などではなく、不公平について考えたことがある一個人の単なるボヤキである。本書のように、不公平の現象はモデルとして抽象化して説明されることによって、個人の溜飲を下げ、行動や社会の変化を予測しやすくするという効果があるだろう。不公平に感じていた現状が、実は自分の利益を追求した結果であって、非慣習的な選択をすることで被る不合理から逃れていたのだということを痛感した良書であった。最後に、本書は翻訳版であることを忘れさせる文章によって構成されている。日本でも不平等について論理的で冷静な議論が広まるきっかけを作った監訳者の中西大輔先生の貢献に敬意を表したい。

 
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