Japanese Journal of Social Psychology
Online ISSN : 2189-1338
Print ISSN : 0916-1503
ISSN-L : 0916-1503
Book Reviews
[title in Japanese]
[in Japanese]
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 38 Issue 2 Pages 45

Details

10年ほど前、超短縮版ビッグファイブ尺度(Ten Item Personality Inventory; TIPI)の日本語版の作成に関わったことをきっかけに、パーソナリティの国際学会に参加するようになった。そこで国内外のパーソナリティ研究者と交流して初めて耳にしたのが、HEXACO(ヘキサコ)モデルというパーソナリティ理論であった。

HEXACOモデルは、従来から知られるEmotionality(感情性)、eXtraversion(外向性)、Agreeableness(協調性)、Conscientiousness(誠実性)、Openness to experience(経験への開放性)のいわゆるパーソナリティのビッグファイブに対応する5つの次元(E, X, A, C, O)に加えて、6つ目の次元としてHファクター、すなわちHonesty/Humility(正直さ/謙虚さ)が存在することを「発見」したという理論である(ちなみにhexはギリシャ語で数字の6を表すので、工夫されたネーミングである)。当時私は自己愛傾向と攻撃行動との関連について研究をしていたこともあり、最初にこの理論を聞いたときに、Hファクターとは自己愛傾向の裏返しではないかという印象を持った。実際に本書でも4章、5章の一部においてHファクターと自己愛傾向との対応関係が論じられており、また本書全体を通じても、正直で謙虚な人についての記述よりもむしろ、Hファクターが低い、すなわち本書の副題にもあるとおり「自己中心的で、欺瞞的で、貪欲な」人の有害な特徴が多くの紙幅を割いて紹介されている(表紙カバーのデザインもそちらが強調されている)。

日本では自己愛傾向も含めたダークパーソナリティ(社会的に望ましくないとされる性格特性)の研究は近年多く見かけるようになり、社会心理学的な研究においても関連する尺度がよく用いられている。自己愛傾向、サイコパシー、マキャベリアニズムの3つからなるDark Triad(ダークトライアド)はその代表格であろう。一方で、HファクターについてはHEXACOの日本語版尺度がすでに作成されているにもかからず(Wakabayashi, 2014; 本書の巻末にも日本語での項目内容がすべて掲載されている)、それを用いた研究はまだ少ないのが現状である。

HEXACOはビッグファイブ同様、類型論ではなく特性論である。すなわち、6つのタイプのどれかに人を分類するのではなくて、たとえるならば6色の絵具(ビッグファイブの場合は5色)をそれぞれどれくらいの量で組み合わせるかによって、多彩なパーソナリティを描く。そのため、謙虚ではないが誠実な人(Hが低くCが高い)や、正直ではないが協調的な人(Hが低くAが高い)といった微妙で複雑な色合いのパーソナリティも説明することができる。そうしたパーソナリティの組み合わせはあくまでも理論上のことであって実在しないのではと思われた方は、4章「低いH因子の人たちのフィールドガイド」をぜひ読んでみていただきたい(ちなみにHもAも両方低い人は「ただ普通に嫌な人」と説明されていて思わず笑ってしまった)。本書はHファクター以外の次元についてもわかりやすく説明されており、ビッグファイブも含めたパーソナリティ理論の基礎を学びたい初学者にとっても適した内容である。

もちろん、より発展的な研究上の興味を引く内容も多い。たとえばHファクターを導入したことで互恵的利他主義に関連する特性をより明確に説明できるようになったという言及(p. 32)は、多くの社会心理学者の関心を呼ぶところであろう。また、社会心理学においても取り上げられることの多い右翼権威主義(RWA)や社会的支配志向性(SDO)とHファクターとの関連についても7章で取り上げられている。さらには宗教(8章)、お金、権力、セックス(9章)といった多様なテーマとの関連についての紹介は、パーソナリティ研究の幅広い射程を感じさせられるところである。ただし、本書では前述のとおりHファクターが低い人の有害な特徴が中心的に論じられている。Hファクターが高い、すなわち謙虚であること、正直であることはどちらかといえば理想的なものとしてとらえられており、その欠点については一部(p. 27, p. 164)を除いてあまり論じられていない。正直さ/謙虚さのネガティブな面に着目した研究も面白いように感じた。

本書はHEXACOモデルの全容を本邦で紹介する初めての書籍であり、これをきっかけに今後国内での研究が発展することも期待される。なお本書で紹介されているHEXACOの尺度は60項目で構成されており、パーソナリティが主要な関心でない研究者から見ると「項目数が多くてやや使いづらい」と感じるかもしれない。ただし、海外ではすでにいくつかのHEXACOの短縮版尺度が開発されていることから、その日本語版が登場する日もさほど遠くはないように思われる。

References
 
© 2022 The Japanese Society of Social Psychology
feedback
Top