Japanese Journal of Social Psychology
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2023 Volume 39 Issue 1 Pages 32

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「覆水盆に返らず」「後の祭り」といったことわざは、後悔を感じた際にはもう手遅れであり、いまさら取り返しがつかないことを指す。しかし後悔研究者の視点は違う。後悔するからこそ、私たちは次の機会には最良の決断を下すことができると考える。その意味では後悔することは決して手遅れではなく、無意味でもない。本書は、著者の研究をもとに後悔を活かす方法をまとめた、より良く生きるための指南書である。

第1章では、これまでの後悔に関する研究の概要が示されており、学術的視点から見た後悔について簡潔にまとめられている。後悔には過去展望の後悔(経験後悔)と未来展望の後悔(予期後悔)があること、反実仮想的思考と密接な関わりがあることなど、後悔研究で押さえるべき基本的な事項が具体例を交えて整理されており、初学者であっても後悔研究の全体像を容易に知ることができる構成となっている。

第2章では、特に予期後悔が果たす役割に焦点を当てながら、後悔がどのように意思決定と関わるかを説明している。さまざまなリスク状況下での意思決定(例えば防犯行動)や説得的コミュニケーション、サービス、悪徳商法といった身近なテーマを扱いながら、人が予期後悔を最小化するように意思決定を行っていることを示す研究やデータを詳説している。

第3章では、どのような要因が後悔の大きさに関わるかについて概観しつつ、どのように選択すれば大きな後悔を回避できるかについて解説している。例えば、チャンスが一回きりなのであれば行動しないよりも行動したほうが、直感的に決めるよりも熟慮して決めるほうが、失敗した時に経験される後悔は小さい。また、決定後には他の選択肢と比較しないことが肝要である。本章最終節では意思決定スタイルや結果の評価の仕方の個人差も後悔の大きさに影響することに触れ、後悔しないためにはどのように意思決定を行えばよいかのヒントを与えてくれている。

第4章・第5章では、後悔の対処法について解説している。第4章前半ではどのような決定がもっとも後悔を招きうるかを理解している人(つまり後悔を予期できる人)が、実際に後悔をもたらす選択を回避し、適切な行動をとれる可能性について論じている。第4章後半では実際に後悔してしまったとき(経験後悔)の対処法に焦点を当て、認知を変え、心理的に対処する場合と行動によって対処する場合があること、また後悔を受け止めながら、自分自身の行動をより良く改善していくことの重要性について指摘している。続く第5章では、後悔への適切な対処法を選択するためには、自分がどのように後悔し、どのような対処法を必要としているかといったメタ認知能力も重要であることを指摘している。

第6章・第7章は、ここまでの章とは少し異なる構成となっている。第6章ではいったん後悔から少し離れ、より広く意思決定研究から、良い意思決定を妨げることがよく知られている認知バイアス(フレーミング効果や確証バイアスなど)について簡単に解説し、それを防ぐための方法を提案している。また、第7章では、ここまでの知見を踏まえて、就職活動、大学受験、いじめ、不登校、防災・避難行動といったテーマに沿って、後悔をしないための対処とより良い意思決定のための方略について具体的に紹介している。

そして終章では、後悔をより良い意思決定に活かすためのフローチャートと10項目のチェックリストを提供し、本書のまとめとしている。

本書全体を通じて、著者の後悔経験やそれに対する対処法、未来にどう活かしたかなどの経験談が散りばめられており、共感しながら読み進めていくことができる。また、身近なテーマを扱っている研究の紹介も多く、後悔研究を初めて見る人でも興味を持って読み進めることができるようになっている。

しかし柔らかな語り口とは対照的に、決して解釈が容易とは言えないデータ解析がところどころ出てくることに留意する必要がある。意思決定に関わる要因は多岐にわたり、思考スタイルといった個人特性から、その事態・結果に対する認知的評価や感情反応など、さまざまなものがある。それは著者の誠実さの表れでもあるのだが(本来、意思決定という事象を少数の要因で明快に説明することはできない)、本書には多数の要因が絡んだパス図や交互作用効果の説明が容赦なく出てくる。著者が結果のまとめを随所に置いてくれているため、そうした分析結果を十分に理解できなくても概要の理解に支障はない。しかし本書の内容や示されているデータをきちんと理解しようとするなら、じっくり腰を据えて読む必要がある。

本書のタイトルは「後悔を活かす心理学」であるが、その内容はより良い意思決定、そしてより良く人生を送るためのアドバイスで溢れている。後悔・意思決定研究者だけでなく、後悔しない、豊かな人生を送りたい人に、本書を推薦したい。

 
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