2024 Volume 39 Issue 3 Pages 228
進化心理学の講義をしていると、短期的配偶戦略(つまり浮気)、嫉妬に駆られた暴力といった社会的に望ましくない行動傾向も繁殖成功度を高める(したがって進化する)という話をすることになる。評者の場合、こういう説明をした後には、「だから浮気や暴力は避けられないのだ」と短絡的に考えてしまわないようにと注意喚起をしている。ヒトの行動は進化的に獲得された行動傾向に加えて、より至近のインセンティブや理性的判断にも影響される。進化心理学はそのことを認めているし、遺伝決定論ではないのだと念を押す。
それに対して社会的に望ましい行動だとどうだろうか。ヒトには血縁関係にない赤の他人にも利他的に振舞う傾向があり、他の動物では見られない血縁関係を越えた大規模な集団での協力を実現している。これも講義でよく話す内容である。しかし、本書の著者は、その前提を疑う。本当に赤の他人の親切(原題はThe Kindness of Strangers)なんてものがあるのか、と。ちなみに、この英語のタイトルは「欲望という名の電車」の主人公が正気を失った状態で発した台詞からとられている。
それはさておき、社会的に望ましくないことについては、ヒトは進化的に獲得された行動傾向に反する振舞いをすることができるといつも説明しているわけだが、社会的に望ましい行動について同じように考えてみたことがなかった。確かに、赤の他人に親切にする傾向が進化的に備わっていなくても、至近のインセンティブや理性的判断によって現代人がそうしているということだってあり得る。本書を読み、なるほどと膝を打つとともに、自分の考えのいたらなさを反省した。
本書は前半の進化に関するパートと、後半の歴史に関するパートからなる。前半の進化パートでは次のことが説明される。血縁淘汰は血縁関係にある他者に対する利他行動の進化を説明するが、赤の他人への利他行動を説明しない。マルチレベル淘汰による「無条件な利他行動」の説明は眉唾物である(一部の進化心理学者は納得しないかもしれないが)。ヒトに血縁関係にない他者に利他的に振舞う傾向があるのは、互恵性(reciprocity)と評判(reputation)という2つのRに基づくものである。
もしヒトに備わった利他行動の至近メカニズムが互恵性と評判だけであれば、現代社会に生きる私たちは、なぜこれまで一度も会ったことがなく、この後もつきあうことがない(したがって互恵性も評判もはたらかない)他者の福祉を気にするのだろうか。例えば、多くの現代人は、貧困にあえぐ人々に自分たちの税金から公的支援が与えられることを当然だと思っている。遠く離れた国で起こった災害のニュースに心を痛め、寄付をしたことがある人も少なくないだろう。これこそ「ヒト」が「人」たる由縁だと思われるかもしれないが、決して人類の進化史を通じて普遍的に存在した考え方・行動ではない。
著者は、現代社会に広く見られる赤の他人に対する親切を説明するには、3つ目のRである理性(reason)が不可欠であると論じる。例えば、農耕と定住により蓄財が可能になった結果、貧富の差が拡大したとき、古代の王たちは孤児や未亡人を保護することで、保護した相手が自分に恩義を感じ、尊敬してくれることに気づいた。つまり、3つ目のR(理性)によって、孤児や未亡人の救済が進化的にヒトに備わった2つのRに接続されたというのである。ちなみに、著書によれば、弱者の救済は、彼らを搾取して力をつけようとするライバルの貴族たちを押さえつけるためにも効果的だった(古代の王たちの自己利益にもかなっていた)。
次に、紀元前500年頃(哲学者のヤスパースが枢軸時代と呼ぶ、後世まで残る哲学や宗教の諸派が誕生した時期)、「自分がされたくないことを他者にするな/自分がしてほしいことを他者に対してもせよ」という黄金律がいくつかの社会で独立に発明された。レトリックとして優れた黄金律は、当時も容易に受け入れられた。そして、そのコアの部分(自他を同等とみなす考え方)は、すべての人が平等な人権をもつという現代福祉の根幹をなす思想につながっていく。
理性それ自体は、利他行動と直接関係しているわけではない。そのため、思いやりの範囲を広げることへの理性の貢献は、一通りではなかった。例えば、個人の怠惰や放蕩に起因する貧困は少なく、失業や低賃金、境遇や疾病のような外的要因がむしろ貧困の主要因であるという(理性的なデータ分析による)発見も、赤の他人の福祉を気にする社会への移行を促した。
本書は、進化と歴史という切り口で、3つのR(互恵性、評判、理性)が赤の他人の福祉への関心をいかに拡張してきたかを論じている。その一方、本書は近年の心理学における理性の復権を象徴する書でもあると思う。20世紀の終わり頃、心理学ではそれまで感情の役割を軽視していたことへの反省もあり、感情(例えば、ガット・フィーリング、共感)に注目するようになった。感情が重要であることは論を俟たないが、ここ最近の心理学では、「理性」がその割を食っていたかもしれない。もし、このところ感情偏重の考え方(例えば、「利他行動は共感だけで説明できる」のような)をしていたと思うようであれば、本書は「人」の社会行動における理性の重要性を正しく思い出させてくれる。