2024 Volume 40 Issue 1 Pages 46
日本人の政治・社会意識の特徴は,国際的・時系列的比較を通じて,より鮮やかに理解することができるとも考えられる。本書は,JABISS・JESから2021年総選挙時調査までの日本の世論調査,またWorld Values Survey, Asian Barometer, Comparative Study of Electoral Systems, Values in Crisis等の大規模世論調査データを駆使して,日本人の政治・社会意識の普遍性や特殊性,また1990年代末からCOVID-19パンデミック時に至る政治との関係性を緻密に描き出している。特に本書のタイトルが示すように,日本社会が客観的・相対的には安定している状況にあっても,政府の統治や未来に対する人々の「不安」が非常に強いことが注目されている。
第1章は,ソーシャル・キャピタル論や政党アクター論に基づき,社会的・政治的環境と政党に対する人々の認識が投票行動に与えた影響を解析している。小泉自民党が大勝した2005年総選挙,民主党が政権交代を果たした2009年総選挙時には,有権者は選挙を「意味ある選択」と捉えていた。しかし,民主的社会を強くするはずの多様な中間集団を通じたネットワークが,投票行動を支えた形跡はない。特に民主党の政権交代は,ソーシャル・キャピタルの蓄積に裏打ちされたと言うよりも,普段政治に参加しない・信頼しない有権者の投票から起きていたことが示された。
こうした投票選択の背景にはどのような構造があったか。日本人が支持・投票する政党は一般に,イデオロギー・政党への感情・政策選好等に基づく「許容範囲」内で変動することが指摘されてきた。第2章はまず,1996–2019年の政治変動に沿って変化したであろう許容範囲,つまり「政党支持の幅」や対立軸をクラスターとして抽出する。自民党支持を中心とするクラスターには安定性が見られ,投票選択にも影響していた。他方で,野党や一時政権の座についた民主党に対する支持を中心としたクラスターは,政治の変化に伴って不安定化し,政党・指導者に対する能力評価ほどには投票行動に影響しなかった。
第3章はより包括的に,「日本人の価値観はアジアあるいは世界から見て特殊か」という関心の下,Asian BarometerとWorld Values Surveyのデータを使った解析結果を示す。前者で測定された日本人のアジア的価値観(垂直性の強調と調和志向)は,アジアの中では最下位にあるほど弱いものの,政治参加等にはやはり特有の影響を与えていることがわかった。他方,後者で測定された日本人の自己表現価値観は,ソーシャル・キャピタルや民主主義と親和性の高い関係を示しており,自由主義圏の国の人々との類似性が示唆された。著者はこれらの東洋的価値観と西洋的価値観の折衷に,戦後教育の作用があることを指摘している。
そして第4章と第5章は,本書の鍵概念でもある「統治の不安(個人・社会・国の危機に統治が対応できないというリスク認知)」を扱う。日本人のこうした不安は他国に比して全般的に高く,また自国の民主主義のパフォーマンスへの厳しい評価と関係していることが示された。この特徴は,COVID-19パンデミック下で如実に現れた。他国に比べてウィルス感染率や死亡率が低いにもかかわらず,日本人は政府の対策に強い不満を示し,未来に恐怖を抱いていた。著者はこうした不安を尺度化し,直近の総選挙における政府への低い評価と結びついていたことも明らかにした。
以上のように本書は,感染症拡大や大規模災害といった危機,また約20年間に亘る日本政治の迷走が,日本人の「将来の統治への不安」を強めた構造を明らかにした。この心理は,今後の日本政治や社会にとって大きな課題にもなり得る。World Values Surveyで測定されている「政府は国民の生活に責任を持つべき」という意識は,日本人は先進国の中で高い傾向にある。本書の知見と併せて考えると,自分の生活は自分で切り開くという「主権者」としての意欲・プライドよりも,「政府の責任に帰する」という依存性が強いからこそ,その統治の未来に強い不安を持つのかもしれない。