Japanese Journal of Social Psychology
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Memorable tourism experiences: An exploratory study of experiences using quantitative text analysis
Yoshifumi Hayashi
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2024 Volume 40 Issue 2 Pages 162-170

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抄録

Memorable Tourism Experiences (MTEs) are experiences clearly remembered or recalled after an event has ended. This study aimed to determine the types of sightseeing trips, specific most memorable experiences, and the characteristics of MTEs by the age group of those that conducted the trips. A survey was conducted on 1,200 Japanese individuals to gather information about their most memorable sightseeing trips at different stages of their lives. Using analyses, MTEs were classified into nine groups: such as shared experiences with accompanying family and friends, novel experiences such as a first trip abroad, aesthetic experiences of natural scenery and gastronomy, and mobile experiences of traveling around Hokkaido and Kyushu. Analyses by age group indicated that MTEs also shifted with the life stage. Afterwards, we discussed the experiences with significant others at each life stage and concluded that milestone trips marking life transitions are more likely to be remembered.

問題

記憶の中の観光

休暇旅行は記憶の自己のために行く。そう語ったのは,ノーベル経済学賞を受賞したDaniel Kahnemanである。もし,休暇後にそれらの記憶が失われてしまうなら,その休暇旅行の価値は損なわれてしまう。その意味で,休暇旅行は,現在を生き,現在を経験している「経験する自己」のためというよりも,記録を残し,人生を物語る「記憶する自己」のためのものだという(Kahneman, 2011 村井訳 2014)。

その出来事が起こった後でも,明確に記憶されていたり,思い出されたりする観光経験のことを記憶に残る観光経験(memorable tourism experiences: MTEs)という(Kim et al., 2012)。ここでの観光経験とは,旅行前から旅行後の過程における観光者の行動に関連した主観的な評価や経験(情緒的,認知的,行動的)である(Tung & Ritchie, 2011)。MTEsは,人生の中でも特別な出来事として,自伝的記憶の一つとして蓄えられる(Kim & Chen, 2019)。自伝的記憶とは,これまでの生涯を振り返って想起する個人的経験に関するエピソードであり,その個人に直接的な関わりのある過去の出来事に関する記憶である(神谷・伊藤,2000)。児童(上原,2017),大学生(堤・清水,2020),高齢者(屋沢他,2017)を対象とした自伝的記憶の調査において,旅行は,想起される出来事の上位にあげられていた。このことから,旅行の思い出は,世代を問わず自己にとって重要な記憶であるといえるが,その具体的な体験内容についてはこれまで明らかにされていない。観光は,楽しさや喜び,満足やリラックスなど多彩な快感情を伴う活動であることに加えて,新奇的な体験や他者との共有体験を伴う活動でもあることから,記憶に残りやすいことが考えられる。自伝的記憶には自己,社会,方向づけの3機能に加えて,感情制御機能もあることから(榊,2005),MTEsにはそれらの機能を果たす役割が期待できる。

記憶に残る観光経験の既往研究

MTEsの定性的研究

MTEs研究の嚆矢としては,Tung & Ritchie(2011)があげられる。彼らは,208名の対象者に,デプスインタビューを実施した上で,記憶に残る観光経験を4つの特性に集約した。それらは,「情緒的な経験」,「予期せぬ出来事」,「個人的重要性(関係強化,知識獲得,自己発見,肉体的挑戦への勝利)」,「回顧」であった。同様に,Chandralal & Valenzuela(2013)は,デプスインタビューでの語りの内容分析から,「真正な文化的経験」,「世界的に名高い観光地を訪問する重要性」,「新奇性」など9つの特性を見出した。他にも,欧州旅行を経験した韓国人バックパッカーに対してインタビューを実施したPark & Santos(2017)の研究や,旅行ブログの分析を通して,記憶に残る観光経験の成分を明らかにしたChandralal et al.(2015)の研究,ブラジル人76名へのインタビューから,MTEsの形成要因を明らかにしたCoelho et al.(2018)の研究などがある。これらの定性的研究は,観光者の語りをもとに,多次元で構成されるMTEsの特性を捉えた研究である。見出された特性の多くは,具体的な体験内容というよりも,経験に対する評価やそれに付随する感情を含む主観的な経験内容である。

MTEsの定量的研究

MTEsを測定する尺度の開発や,それを用いた定量的な分析も行われている。Kim et al.(2012)は,観光者の主観的経験をテーマとした文献から収集した16の構成概念をもとに24項目の尺度を開発し,7因子構造を確認している。それらは,喜び,楽しみ,興奮などの感情体験である「快楽主義」,自由や解放の感覚を味わう「リフレッシュ」,地域住民との交流に関わる「現地文化」,個人的に重要な活動に関わる「有意味性」,異文化に触れたり,知識獲得に関わる「知識」,活動に対する積極的な関与である「没入」,独特で新奇的な経験である「新奇性」であった。その後,Kim & Ritchie(2014)は,台湾人を対象とした調査を実施し,尺度の異文化間妥当性についても確認している。MTEsの定量的研究では,Kim et al.(2012)の7因子の理論枠組みを用いて,満足や再訪意向(Kim, 2018),主観的幸福感(Sthapit & Coudounaris, 2018),場所愛着(Vada et al., 2019),リカバリー経験(Kawakubo & Oguchi, 2023)などの諸変数との関連についての検討も行われている。Kim et al.(2012)の7因子尺度は,観光者の主観的経験をもとに作成されたという経緯もあり,定性的研究で見出された特性と同様,認知的な意味づけや,情緒的体験といった主観的な経験内容で占められている。

Hosseini et al.(2023)Hosany et al.(2022)は,それぞれ2012年から2020年に発表されたMTEs論文についてのシステマティック・レビューを行い,方法論や理論的背景から研究を整理した。その上で,定量的研究が多くを占めるため,質的データを交えた研究が必要となること,中華圏の人々を対象とした研究が多いため,多様な国籍の観光者を研究対象とする必要があること,記憶に残るネガティブな経験についての研究も必要であるなどの提言を行った。さらに,Hosany et al.(2022)は,Kim et al.(2012)の7次元尺度はあくまでも一般的な観光旅行において適用できるものであり,フードツーリズムなどの特殊な観光旅行では適用できず万能ではないことも指摘している。

MTEsの本邦での研究

既述のMTEs研究は,諸外国で行われたものであるが,日本人を対象とした研究も僅かだが存在する。林・藤原(2012)は,593名を対象に,過去の観光経験の中で,最もよかった経験について自由記述での回答を求めた。その結果,得られた記述の中でも高頻度の語句は,佐々木(2000)が提唱する観光経験の5次元特性(緊張解消,娯楽追求,関係強化,知識獲得,自己拡大)のうち,自己拡大を除く4特性との対応が可能であることを見出した。五十嵐・直井(2021)は,大学生・大学院生194名を対象に,Kim & Ritchie(2014)の24項目の尺度を適用し,探索的因子分析の結果,4因子解と解釈した。Kawakubo & Oguchi(2023)Kim et al.(2012)の尺度を用いた研究を行い,230名の分析データから,確認的因子分析によって7因子構造を確認するとともに,休暇中のMTEsは,リカバリー経験(Sonnentag & Fritz, 2007)となり得ることを明らかにした。

本邦でのMTEs研究は,管見の限りこれら3つに限られており,見出されたMTEsの内容もそれぞれ異なったものである。日本人観光者は,温泉旅行,自然観光,グルメ旅行を好み(日本交通公社,2023),他国の人々と比べて旅行日数が短く,旅先での食事に対する期待が高い(エクスペディア・ジャパン,2020; 観光庁,2010)という特徴がある。これらのことから,日本人観光者のMTEsをKim et al.(2012)の理論枠組みで捉えることが適切であるかは定かでない。

既往研究の課題と本研究の目的

既往研究で見出されたMTEsの特性は,個人的な意味づけや情緒が付与された主観的な経験内容に焦点があった。さまざまな観光経験の中でも,個人的に意味をもつ経験や,豊かな情緒的体験を伴う経験が,MTEsとして記憶に保持されるからであろう。本邦の自伝的記憶の研究でも,新奇的な出来事や,他者と共有される記憶,感情や感動を伴う出来事は記憶に残りやすいことが報告されていた(神谷,1997; 槙,2008; 槙・仲,2006; 佐々木・皆川,2013; 佐藤,2011)。旅先での出来事や観光者の実際の行動は,それに対する個人的な意味づけや評価,それに情緒的体験が伴うことで,記憶に残りやすくなるのであろう。本研究では,MTEsの中でも,客観的事実としての旅先での出来事や観光者の実際の行動を「具体的な体験内容」とし,それに対する評価や意味づけ,情緒的体験を含む経験は「主観的な経験内容」として区別する。MTEsは個人が独自の観点で想起する経験である以上,主観的な性質が色濃く反映されるために,どのような具体的な体験内容がMTEsとなるのかは明らかにされていない。MTEsの形成に影響する要因については,Kim(2014)が観光地の10特性を抽出しているものの,実際の体験内容などについては明らかにされていない。そこで,本研究では,日本人のMTEs形成につながる具体的な観光経験を広範に把握することを目的に自由記述による調査を実施する。定性的な特徴をもつテキストを定量的に分析できる計量テキスト分析の手法を用いて,日本人観光者のMTEsの具体的な体験内容を把握することを第1の目的とする。

既往研究の調査では,3ヶ月以内から5年以内の旅行を想起させた上で回答を求めており(Hosany et al., 2022),個人の人生のある一時期におけるMTEsを明らかにしたに過ぎない。自伝的記憶が人生の時期ごとでの異なる出来事で構成されているように,過去の旅行を思い出そうとすれば,人生の時期ごとで思い起こされる旅行があるだろう。観光動機や旅行先での行動の特徴が年齢によって異なることから(Gibson & Yiannakis, 2002; 林・藤原,2008; 日本観光振興協会,2020),各年代で記憶に残る観光経験が異なることも予測できるが,これまで検討されていない。そこで,本研究では,旅行を実施した年代別に印象に残る出来事を記入してもらい,人生の各時期におけるMTEsの特徴を仮説化することを第2の目的とする。

方法

調査対象者

インターネット調査会社のモニターの中から,これまでの人生で印象に残る旅行の思い出があると回答した人1,200名(男性600名,女性600名)を調査対象とした。平均年齢は,42.10歳(SD=11.13)であった。各年代での記憶に残る観光経験を効率的に収集するために,サンプルの割り付けを,25~29歳を300名,35~39歳を300名,45~49歳を300名,55~59歳を300名として調査を実施した。調査は,2020年の3月に実施した。

調査内容

調査画面の冒頭で,「旅行についてお伺いします。ここでの旅行とは,楽しむことを目的とした泊まりがけの宿泊観光旅行のことであり,業務出張,帰省,冠婚葬祭,留学などを目的とした旅行は除きます」と記した上で,下記の内容について尋ねた。

各年代での旅行の実施状況

各年代での具体的な体験内容の想起を促すために,各年代(10代未満,10代,20代,30代,40代,50代)での旅行頻度,主な同行者,旅行形態について尋ねた。10代未満と10代については,回答者の記憶が想起されやすくなることを考慮して,「小学生の頃」,「中高生の頃」と言い換えて尋ねた。

各年代での記憶に残る観光旅行の経験の有無とその内容

各年代での印象に残る経験の有無を尋ね,印象に残る経験が「ある」と回答した場合は,どのようなことが印象に残っているか具体的に記述してもらうよう求めた。質問数や想起のしやすさなどを考慮した上で,25~29歳の調査対象者には,小学生の頃,中高生の頃,20代の頃について尋ねた。35~39歳の対象者には,小学生の頃,中高生の頃,20代の頃,30代の頃について尋ねた。45~49歳の対象者には,20代の頃,30代の頃,40代の頃について尋ねた。55~59歳の対象者には,20代の頃,30代の頃,40代の頃,50代の頃について尋ねた。

結果

各年代での記憶に残る観光経験

各年代での記憶に残る観光経験が「ある」と回答した人の割合は,10代未満に実施した旅行では600名中237名(39.5%),10代に実施した旅行では600名中251名(41.8%),20代に実施した旅行では1,200名中996名(83.0%),30代に実施した旅行では900名中691名(76.8%),40代に実施した旅行では600名中434名(72.3%),50代に実施した旅行では300名中213名(71.0%)であった。

体験内容の頻出語と共起ネットワーク

記憶に残る観光経験については,延べ2,822件の記述が得られた。分析のソフトウェアはKH Coder 3. Beta.02c(樋口,2020)を用いた。誤字脱字を修正し,「特にない」のような記述のない回答は除外した。そして,「旅」,「旅行」,「観光」,「思い出」,「印象」といった語は分析から除外し,さらに「父親」,「父」,「お父さん」などの表記揺れが見られる語の処理を施し,「海外」,「外国」,「異国」などのような語には,同義語の処理を施した。そして,助詞や助動詞など分析に含めない語を除外した結果,総抽出語数(語の延べ数)は,11,640語,異なり語数(語の種類数)は,2,878語であった。分析には,名詞,動詞,形容詞,形容動詞,副詞の内容語を用いた。Table 1は,それらの頻出語の上位60位を示したものである。

Table 1 出現回数の多い上位60語

順位抽出語件数順位抽出語件数順位抽出語件数
1初めて27621巡る6241九州32
2海外19321美味しい6242いろいろ31
3家族18323自然5842アメリカ31
4北海道14824綺麗5042東京31
5温泉13425ホテル4845キャンプ30
6楽しい13226ヨーロッパ4646時間29
7子供13026京都4647宿28
8見る12628鉄道4347卒業旅行28
9新婚旅行11329食べる4247飛行機28
10友人10730感動4147夫婦28
11沖縄10230文化4147歴史28
12ディズニー9832乗る3952修学旅行27
13料理9733ツアー385227
14宿泊9133体験3854触れる26
15景色8735場所375426
16ハワイ8035日本3756オーストラリア24
176937スキー3656違う24
17現地6937一緒3656一周24
176939良い3556美しい24
206640思う3456旅館24

次に,最小出現数を20,描画する共起関係を上位60に設定し,Jaccard係数を適用した共起ネットワークを作成した結果,9つのグループが検出された(Figure 1)。それぞれの語群については,次のようなまとまりであることが読み取れる。それらは,①子供や親,友人といった同行者との体験や,初めての体験,②温泉旅館やホテルでの宿泊体験,③北海道や九州を車で一周した体験,④異国の歴史や文化に触れ,日本との違いを感じた体験,⑤沖縄の海などに代表される美しい風景に感動した体験,⑥現地の人との出会いやいろいろな体験,⑦美食の体験,⑧飛行機,鉄道,船などの搭乗,乗車,乗船体験,⑨京都などでの寺院巡りの体験である。

Figure 1 上位60の共起関係

注)本研究では着目しなかったが,円の大きさは出現回数の多さを表し,線の濃淡は共起関係の強さを表している。最も弱い共起関係のJaccard係数の値は,.051であった。

旅行が実施された年代からみた記憶に残る観光経験

次に,回顧された旅行が実施された年代を外部変数に含めて,最小出現数を20,描画する共起関係を上位80に設定し,共起ネットワークを作成した(Figure 2)。語と語を結ぶ線が多くなったため,解釈を容易にするために,より重要とみられる線のみで描画した。各年代と共起関係を示す抽出語に着目すると,10代未満で実施された旅行では,「家族」,「ディズニー」,「海」,「キャンプ」,「スキー」,「登山」などとのつながりが表れている。10代で実施された旅行では,「ディズニー」,「修学旅行」,「卒業旅行」とのつながりが表れている。20代で実施された旅行では,「初めて」,「海外」,「北海道」,「友人」,「見る」などとのつながりが表れている。30代で実施された旅行になると,「初めて」,「家族」,「新婚」,「子供」,「ハワイ」とのつながりが見て取れる。40代で実施された旅行では,「家族」,「楽しい」,「温泉」,「沖縄」とのつながりが見て取れる。50代で実施された旅行では,「楽しい」,「美味しい」,「料理」,「文化」,「京都」,「台湾」,「巡る」などとのつながりが見て取れる。

Figure 2 上位80の共起関係

注)本研究では着目しなかったが,円の大きさは出現回数の多さを表し,線の濃淡は共起関係の強さを表している。最も弱い共起関係のJaccard係数の値は,.027であった。

回顧された旅行が実施された各年代でのMTEsの分析からは,ライフステージの推移とともに移り変わる同行者との思い出によって記憶は彩られていること,学童期から青年期にかけて実施された旅行では,活動的で娯楽性の高い体験が記憶に残りやすいが,成人期から壮年期に実施された旅行では,食や文化に関わる体験が記憶に残りやすいことが見て取れる。

考察

どのような体験が記憶に残るのか

見出された9つの体験内容は,①同行者との体験や,初めての海外旅行の体験,②温泉旅館やホテルでの宿泊体験,③北海道や九州を車で一周した体験,④異国の歴史や文化に触れた体験,⑤美しい風景に感動した体験,⑥現地の人との出会いやいろいろな体験,⑦美食の体験,⑧搭乗,乗車,乗船体験,⑨京都などでの寺院巡りの体験であった。これら9つの体験内容を先行研究の因子と同等のレベルに抽象化すると,「共有体験」,「新奇体験」,「美的体験」,「移動体験」の4つの体験としてまとめることができる(Figure 3)。

Figure 3 9つの体験内容を定性的に集約した結果

旅行中に家族や友人といった同行者と体験を共有したり,同じ時間を過ごしたりした体験は,「共有体験」と言い換えることができる。メンバー間で情報が共有されることは,記憶を形成し,メンバー間のつながりを強めることにつながる(佐藤,2011)。親密な他者との共有体験は,旅行後に共通のエピソードとなって,想起される機会も多くなるために,記憶に残りやすいと考えられる。

初めての海外旅行や異文化体験,旅先での偶発的な出会いの体験は,「新奇体験」としてまとめることができる。初めての海外旅行で経験するさまざまな出来事や,海外で日本との違いに戸惑うような体験,旅行前には予期しなかったような出来事は,緊張や驚きといった感情を高めるために,記憶に残りやすくなる。新奇的な経験は,他の出来事との弁別がされやすいために,相対的に安定して長期間記憶が保持されるとも考えられる(槙,2008)。

自然風景や歴史的建造物などと接した際や,豪華な宿泊施設や美味しい料理に対して,美を感じる体験は,「美的体験」としてまとめることができる。美的体験が記憶に残る理由の1つ目は,美しさを感じるということが肯定的な評価や快の感情を伴うからだと考えられる。経験に認知的評価が付与されたり,感情が伴ったりすることで,より記憶に残りやすくなるのである(Kim et al., 2012)。2つ目は,雄大な自然や芸術作品,歴史的建造物や文化遺産と接することは,その美しさのために驚きを伴った感動(戸梶,2001)や,存在の大きさと理解を超えているという感覚を伴う畏敬の念Awe(Keltner & Haidt, 2003)を生じさせることがあるからだと考えられる。このような強い情動体験は,強い印象を残すことになる。3つ目は,美の対象がもつ視覚的な魅力のために,写真として記録に残されやすいからだと考えられる。写真となることで,旅行後にも見返される機会が増え,記憶が定着しやすいと考えられる。

北海道や九州を一周した体験や,交通機関での移動に関する体験は,「移動体験」としてまとめることができる。移動体験が記憶に残る理由の1つ目は,それらの旅行が移動すること自体が目的の一つである旅行だったからだと考えられる。観光旅行は,移動の快適さや速さを重視する滞在周遊型の旅行と,地点から地点へと移動すること自体も楽しむ放浪行脚型の旅行に区分されるが(林,2022),後者がそれに当たる。そのような旅行では,移動時間が観光地滞在時間よりも長くなるため,移動中の光景などが印象に残りやすくなるのだろう。Park & Santos(2017)も観光名所よりもそこに至る道中が記憶に残りやすいと報告していた。そして,2つ目の理由は,移動という行為自体が身体感覚に刻まれる体験であるために記憶に残りやすいからだと考えられる。その証左としては,Lynch(1960 丹下・富田訳 1968)が,道路のもつ身体運動感覚の特性,道路上で曲がったり,上がったり降りたりする動きの感覚が印象に残りやすいことを指摘していることや,大野他(2002)が,身体的に体験した移動の感覚が,場所の記憶に関与することを明らかにしたことなどがあげられる。3つ目の理由は,北海道や九州を一周するような旅行は比較的長期の旅行となるため,2泊程度の旅行が一般的な日本人にとっては,人生の中での特別な旅行の1つとして記憶に残りやすくなるからだと考えられる。

共有体験と新奇体験は,従来のMTEs研究においても見出されていた特性である。関係強化や体験を共有するような経験や,新奇性や意外性を含む経験が記憶に残りやすいことは多くの研究で報告されてきた(Chandralal et al., 2015; Chandralal & Valenzuela, 2013; Kim et al., 2012; Park & Santos, 2017; Tung & Ritchie, 2011)。一方で,美的体験と移動体験は,従来のMTEs研究では,見過ごされていた特性である。

人生移行と旅の記憶

回顧された旅行が実施された年代によって,MTEsの特徴が異なることが示された。具体的には,10代未満で実施された旅行では,スキー,キャンプ,登山といったアウトドア活動が想起されやすく,10代で実施された旅行では,修学旅行や卒業旅行が,20代で実施された旅行では北海道や海外への旅行や,友人との旅行が,30代で実施された旅行では新婚旅行や子連れの旅行が,40代で実施された旅行では温泉旅行が,50代で実施された旅行では美食や文化的な体験が記憶に残る経験として想起される傾向にあった。このような結果からは,人生移行と記憶に残る観光経験の関連について,次の3つの特徴を指摘することができる。

第1は,人生の各時期における重要な他者と旅先での経験が強く結びついていることである。ここでの重要な他者とは,情緒的な結びつきがあり,アイデンティティ形成の基盤となるような他者のことである(永田・岡本,2008)。人生の時期に応じた重要な他者の存在があって,その人との旅行が記憶に残りやすくなるといえる。児童期においては,親との体験が,青年期においては,友人との体験が,成人期から壮年期にかけては,配偶者や子どもとの体験が,記憶に残るものとして想起されやすい傾向にある。これらは,槙・仲(2006)が報告する自伝的記憶の想起内容に現れる他者とおおむね一致している。

第2に,学童期から青年期にかけて実施した旅行では,活動的で娯楽性の高い体験が想起されやすいが,成人期から壮年期にかけて実施した旅行では,食や文化に関わる体験が想起されやすいことが示された。このような変遷は,ライフステージの進行とともに,冒険的で活動的な観光者類型が占める割合は減少し,逆に,教育的で文化的な観光者類型が占める割合が増加することを明らかにしたGibson & Yiannakis(2002)や,日本人海外旅行者の観光動機が新奇性への欲求から本物性への欲求へと変化するという林・藤原(2008)の指摘とも一致する。各年代において観光の動機や欲求の特徴は異なり,望んでいた出来事や体験が実現されることで,当時の記憶として印象に残りやすくなる可能性が考えられる。

第3は,人生の転換期に当たるタイミングに行う節目旅行が記憶に残りやすいということである。10代での卒業旅行や30代での新婚旅行がこれに該当する。自伝的記憶を形成するものは,たいていの人が出会うような人生の節目となる出来事や経験であるように(高橋,2003),そのタイミングで行う節目旅行は記憶に残りやすくなるのだろう。節目旅行は,同行者との関係や思い出を深めることが動機となることから(吉谷地,2018),旅行後も記憶が共有されることで,思い出として残りやすいのだと考えられる。

本研究の限界と課題

最後に本研究の限界と課題について述べておく。本研究では,計量テキスト分析を用いて,記憶に残る観光経験の具体的な体験内容を明らかにし,旅行が実施された年代別での特徴の分析から年代によるMTEsの推移を推定した。今後は,本研究で見出された9つの体験内容をもとにして,尺度を作成するなどして,観光者の年齢や旅行が実施された年代との関連について,定量的な分析を進めることが必要となる。その際,Kim et al.(2012)のMTEs尺度との関連を検討することも必要であろう。他には,縦断データをもとに,ライフステージの進行に伴うMTEsの変遷を明らかにすることなども求められる。

次に,本研究では,旅先での具体的な体験内容に対して,個人的な意味づけや情緒が付与されるものとしてMTEsを捉えた。そして,具体的な体験内容を把握することを試みた。分析の結果から見出された9つの体験は,客観的事実としての体験内容や旅行の内容を捉えたものと判断できるが,頻出語や共起ネットワークの図では,「楽しい」,「感動」,「美味しい」などの情緒的,認知的評価を含む語も見られた。この点については,方法上の限界として言及しておく。

さらに今後は,ネガティブな体験を明らかにすることも必要といえるだろう。本研究で見出された9つの体験内容は,いずれもポジティブな記憶として残る観光経験であった。本研究で得られた記述が,ポジティブな記憶に偏った理由としては,各年代で実施した旅行で「印象に残る出来事」の記述を求めた教示上の問題も否定できない。印象に残る経験を問われると,人は自分にとって価値や意味がある経験を想起する傾向があると考えられるからである。そのため,記憶に残るよい思い出と,わるい思い出の双方の記述を求めるなどの配慮が必要だったといえる。

脚注

1) 本研究はJSPS科研費17H02254の助成を受けて行われました。

引用文献
 
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