Japanese Journal of Social Psychology
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Monograph
Boundary conditions that define the impact of implicit theories of intelligence: Availability of task choice and its degree of freedom
Keita SuzukiYukiko Muramoto
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2025 Volume 40 Issue 3 Pages 227-249

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抄録

Recent studies provide inconsistent findings on the relationship between implicit theories and performance. Such inconsistencies may have emerged due to the focus of previous studies on situations in which learners are assigned to specific tasks instead of addressing situations in which they choose tasks, despite the importance and ubiquity of both types of situations. Several recent empirical studies have proposed that holding entity theory, which views abilities as fixed, can exert positive effects on learners when they are allowed to choose tasks that align with their personal aptitudes. Therefore, the current study considers the availability of task options and the extent to which learners are free to choose tasks as environmental factors. Furthermore, we examine the possibility that these factors may moderate the impact of implicit theories on performance.

はじめに

私たちは日々,学業や就業におけるさまざまな場面で課題に直面し,その達成を試みる。モチベーションはその課題の達成を左右する重要な要因であり,モチベーションの維持過程の解明は社会心理学を含めた心理学の重要課題の一つである。そのモチベーションに影響を与える要因として,「自分の能力はどの程度努力で変わりうるものなのか」という信念があることが知られる。この信念は暗黙理論2)(implicit theories)と呼ばれ,能力は可変的であるとする増加理論(incremental theory),能力は固定的であるとする実体理論(entity theory)の二つに分かれる(Dweck, 1986, 2006)。

Dweck(2006)は,勉強に苦しむ生徒や,さまざまなスポーツ選手や企業のリーダーなどの逸話を引用しつつ,直面した困難を乗り越えるための心理的基盤として,増加理論を持つことの望ましさを論じている。その中では,バスケットボールのスター,マイケル・ジョーダンが失敗をバネにして努力し輝かしいタイトルを獲得していく過程や,逆に天性の才能を持ちながらも一度困難に直面した時に諦めてしまうアスリートの例が紹介されている。もちろんそのような逸話だけでなく,その主張は数多くの実証的な知見に裏付けられており,教育場面に端を発した一連の暗黙理論研究は今やさまざまな分野で大きな影響を与えている。

では,困難に直面した時に他の課題を選択できるような場面でも,増加理論を持つことが唯一の正解だろうか。これが本稿で検討する問いである。例えば,はじめに受験科目として理系を選択していた生徒が数学の成績に伸び悩んだ時,努力をしてその困難を克服することが唯一の解決策では必ずしもない。科目選択を文系に移すことも有用な解決策である。Epstein(2019 東方訳 2020)は印象派の画家のフィンセント・ファン・ゴッホを引き合いに出し,彼が生涯のうちに画商や教師や書店員や伝道師などさまざまな活動での挫折を経て最終的に画家という天職を見つけたことから,忍耐や情熱を持って一つの活動を続けるだけでなく,経験に応じて目標を変更することの意義を論じている。困難に直面しても諦めずに取り組み続ける増加理論の利点は,ともすれば,別の目標へと視点を切り替える姿勢を抑制するという側面を持つかもしれない。

私たちの社会は,特定の課題で困難を克服することを求められる場面だけでなく,取り組むべき課題を選択する場面の両方によって構成されている。本稿の目的は,取り組む課題を選択できる場面における暗黙理論の働きを検討し,暗黙理論の影響を規定する境界条件を議論することである。上記の例に見たように,一つに定められた課題で困難を克服する必要がある際には増加理論はポジティブな効果を発揮するが,取り組む課題を選べるような状況では,一つの課題に固執することはネガティブな結果につながることもありうる。逆に決まった課題で困難を克服する必要がある場面では実体理論はネガティブな結果につながる一方,取り組む課題を選ぶことができるような状況において,「能力は生まれつき決まっている」という信念は,それ故に適性のある分野を探す行動につながると考えられる。このように,単一課題場面・課題選択場面それぞれにおける増加・実体理論者のポジティブ・ネガティブな側面を理解し,「それぞれの暗黙理論がどのような状況の下でより望ましい帰結を生むか」を検討するための知見を整理することが本稿の目指すゴールである。

本稿は,大きく六つの章により構成される。まず第1章では,従来の暗黙理論研究を概観する。具体的には,暗黙理論の定義や基本的な特徴,また学習場面における暗黙理論の影響について概観する。第2章では,単一課題場面を扱ってきた従来の研究の意義と限界,そして課題選択場面を扱う意義について議論し,続く第3章では,課題選択場面を扱った主要な研究を紹介する。第4章では,課題選択肢の有無という二つの場面を一般化した課題選択の自由度という概念を導入する。そして課題を自由に選択できる程度が学習者の暗黙理論とパフォーマンスの関係を規定する環境要因となる可能性について検討する。増加理論の強さとパフォーマンスの相関のばらつきが大きく,常に相関するわけではないという近年の研究動向(e.g., Sisk et al., 2018)も踏まえつつ,両者の関係を調整する要因として学習環境を扱う意義についても議論する。第5章では,暗黙理論が獲得されるメカニズムを検討する。特に第4章で検討するような学習環境の調整効果が明らかになることによって,暗黙理論の獲得メカニズムの解明が促進される可能性を議論する。第6章では,本稿の総括を行うとともに,暗黙理論研究の展望を議論する。

第1章 先行研究の概観

暗黙理論の定義・特徴

すでに述べた通り,暗黙理論とは人間の能力や特性の可変性に関する信念だが,その対象は能力に限らず,道徳性(Dweck et al., 1995),感情(Romero et al., 2014),不安(Schroder et al., 2015),世界(Dweck et al., 1995),親しい他者との関係性(Knee et al., 2003; Lou & Li, 2017)など多岐にわたる。個人はすべての領域に共通して増加理論的もしくは実体理論的であるわけではない(Dweck et al., 1995)。つまり,能力に関しては増加理論的に考える人が必ずしも道徳性に関しても増加理論的に考えるとは言えず,両者はそれぞれ独立した信念である。本研究はその中でも能力の可変性に関する信念を扱う。これまで暗黙理論研究では,本研究が焦点を当てる(学業で用いられる)知能だけでなく,運動能力や対人関係能力などさまざまな領域の能力を対象に研究が行われている(Dweck, 2006)。それぞれの領域の暗黙理論は一貫しているとは限らず,関連性のある暗黙理論がその後の反応に影響を与えるとされる(Dweck, 2006; Dweck et al., 1995; Romero et al., 2014; Schroder et al., 2015)。

暗黙理論は,情報量が多い複雑な状況を,より容易に解釈できるように単純化するための認識的枠組みの一つである(Chiu et al., 1997; Crum et al., 2013)。個人は,自らの直面した状況を自身の暗黙理論に基づいて解釈することで,それに応じた後続の反応や行動をとると考えられる。

例えば,暗黙理論は課題達成における目標の設定の仕方を規定する(Dweck, 1986, 2006; Dweck & Leggett, 1988)。増加理論者3)は自ら困難な課題を探したり,失敗後にも努力を続けたりするような熟達志向的な反応を示し,自分の能力の向上そのものを追求する学習目標(learning goals)を持ちやすいことが指摘されている。一方で,実体理論者は自分の能力に関する肯定的な評価を得ることを追求する遂行目標(performance goals)を持ちやすいとされる。

達成目標の異なる増加理論者と実体理論者では学習の意味づけが異なることが知られる。大学生を対象にした調査では,増加理論者は成績より大学で得られる知識を重視する一方で,実体理論者はそれらの学びよりも自身の能力を示す成績を重視することが示されている(Robins & Pals, 2002)。また,学習の過程における満足感の感じ方の違いとして,増加理論者は何かを習得したり上達したりすることで満足感を得る一方で,実体理論者は他人よりも高い能力を持つことを示すことができた時に満足感を得ることが知られている(Biddle et al., 2003)。

達成目標の持ち方によって,学習者が困難に直面した際に,学習性無力感(learned helplessness)に陥るかどうかが左右される(Dweck, 1986)。学習性無力感とは,自分の行為とその結果に関連性がない(自分の行為は報われない)と知覚し,挑戦や努力を避けようとする傾向を意味する(Dweck & Reppucci, 1973; Seligman et al., 1968)。Dweck(1986)によれば,実体理論者は現在の自分の能力に自信が高い場合は熟達志向的な反応を示すが,その自信が低い場合は,挑戦を避けたり持続力が低下したりするなどの無力的反応を示す。一方,増加理論者は自分の能力の自信の有無にかかわらず熟達志向的な反応を示すことが知られている(Table 1)。

Table 1 Dweck(1986)の暗黙理論と達成目標のモデル

暗黙理論達成目標課題への自信行動パターン
実体理論遂行目標高い熟達志向的
低い無力的
増加理論熟達目標高い熟達志向的
低い熟達志向的

このような反応の違いは,増加理論者と実体理論者による失敗の原因帰属のスタイルの違いと対応している。Hong et al.(1999)は,増加理論者は失敗の原因を努力不足に帰属し熟達志向的な反応を維持するのに対し,実体理論者は失敗の原因を能力不足に帰属し無力的な反応に陥ることを示した。これらの知見を踏まえて,増加理論者は可変的である能力を向上させてくれるものとして努力を重視する一方,実体理論者は固定的である能力に影響を与えないものとして努力を重視しないという対比が,多くの研究で強調されている(e.g., Blackwell et al., 2007)。

数百人の大学生を在学中に追跡調査した研究では,暗黙理論は個人の中で長期にわたって比較的安定していることが示された(Robins & Pals, 2002)。一方で,暗黙理論はさまざまな手法による介入によって変化することを示した研究も数多い。例えば,脳の働きの固定性もしくは可塑性を示すエビデンスを含む科学論文を個人に読ませることによって,当該個人が実体理論もしくは増加理論を持つようになることが知られており(Hong et al., 1999),この手法は暗黙理論を実験的に操作する際に頻繁に使用される。また,個人に増加理論を持たせるための数週間にわたるワークショップが存在し,そのワークショップに参加した生徒が増加理論を身につけたことが報告されている(e.g., Blackwell et al., 2007)。

暗黙理論が学習者の意欲・学習方略・ウェルビーイングに与える影響

暗黙理論概念の提唱者であるCarol Dweck氏は,元々動物を対象に研究された学習性無力感という現象に関心を持っていたが,それらが子供の動機づけを説明できると考えた。彼女は自身の研究活動を振り返る中で,同じ能力を持つ子供たちでも困難に直面する時に挑戦を好む子供と,挑戦を恐れ無力的な反応に陥る子供に分かれることへの疑問が,一連の暗黙理論研究の端緒であったと述べている(Dweck, 2017)。後続の研究の多くも同様の問題意識を共有しており,どのような暗黙理論を持つことが学習を促進させるかという教育上の観点から議論が展開されることが多い。そこでは大抵の場合,増加理論のポジティブな側面,すなわち,増加理論を持つことが(実体理論に比べて)学習者の心理にいかに望ましい影響を与えうるかが論じられている。

例えば,Cury et al.(2008)は,参加者をある課題に取り組ませ,その課題を練習する機会を与えた後,再度同様の課題に取り組ませた。その結果,増加理論者の方が実体理論者に比べ練習時間が多くなり,その結果後続の課題の成績が高いことが示された。また,課題遂行後の参加者にネガティブなフィードバックを与えた場合,増加理論者は実体理論者に比べて不安喚起が少ないことが示された(Plaks & Stecher, 2007)。

脳活動を測定した研究では,増加理論者は課題に関連する刺激に注意を配分し,その結果課題に対する自らのエラーを修正することができた一方で,実体理論者はもっぱら課題の結果に注意を向けており,課題に対する適応的な調整が困難だった(Schroder et al., 2014)。このような結果は,暗黙理論を個人差として測定した場合のみならず,暗黙理論をプライミング(e.g., 脳が可変的であることを示す科学記事を参加者に読ませる)によって実験的に操作した場合においても確認されている(e.g., Cury et al., 2008; Plaks & Stecher, 2007)。また,Heine et al.(2001)は,実体理論的な北米人が成功した課題で多く練習する一方,増加理論的な日本人は失敗した課題で多く練習を行う自己向上的な動機づけがあることを,複数の実験室実験を通じて明らかにしている。これらの研究は困難な課題に直面したり,ある課題で失敗したりした後にも増加理論者が努力を継続できることを示している。

学習方略に関しても,実体理論に対する増加理論の優位性がしばしば論じられる。中学生を対象にした調査では,増加理論者が実体理論者に比べ,教育的な援助の要請を行い,上達のためにさまざまなアプローチをとることが知られている(Ommundsen, 2003)。例えば,英語が必須である香港大学の大学生を対象に,英語が苦手な生徒のためのコースを選択するかどうかを調査したところ,実体理論者より増加理論者の方が,受講意図が高いことが示された(Hong et al., 1999)。同様に,増加理論者は試験勉強について計画したり,試験勉強のストレスをうまく発散したりすることができ(Doron et al., 2009),学習過程を自分で制御することに長けているという報告もある。他方,実体理論者は能力に対するネガティブな評価を避けるためにセルフハンディキャッピングを行うことが知られている(Cury et al., 2006)。このように,ある課題で努力を行えるかどうかという次元のみならず,学習方略という観点からも増加理論の望ましさは主張されている。

また,増加理論を持つ生徒はレジリエンスも高く,学業における逆境がもたらす負の影響を緩和できるため,実体理論者よりもウェルビーイングが高いことが知られており(Zeng et al., 2016),学習者の心理的な健康からも増加理論を持つことのポジティブな側面が報告されている。日本国内でも,学習場面におけるストレッサーが幸福感に与える影響を,増加理論的な信念が緩和することが示されている(竹橋他,2018)。

こういった課題の取り組み方や学習方略の違いについての知見は,実際の教育現場にもさまざまに影響を与え,学習者の暗黙理論に対する教育的介入を促進している。Blackwell et al.(2007)は,ワークショップなどを通じた生徒に増加理論を持たせる介入プログラムが,生徒のモチベーションの向上につながることを明らかにした。Aronson et al.(2002)は,増加理論的な介入を受けたアフリカ系アメリカ人の大学生にはステレオタイプ脅威による成績の低下が見られなかったことを明らかにした。Yeager et al.(2016)は,増加理論的な介入が大学の中退率を下げることを報告している4)

学校教育場面のみならず,企業などの職場においても,暗黙理論が課題に従事する者に与える影響に関する研究が行われている。例えば,Keating & Heslin(2015)は従業員の職場のエンゲージメントを高める重要な要因として増加理論の存在を指摘している。関連して,近年ではストレス経験が自身にとって有益かどうかに関するストレスマインドセット(Crum et al., 2013)という概念が提唱されており,ストレスには自身を成長させるなど有益な側面があると捉える人ほど,職場における精神的健康やパフォーマンスが高いことが示されている。個人だけでなく,組織全体として増加理論的な規範や風土が見られることのポジティブな影響についても議論がなされている(Canning et al., 2020; Murphy & Dweck, 2010)。Dweck(2006)でも,才能偏重的な組織風土を持つアメリカの大手企業が倒産に至る道程が記されている。

学習者のモチベーションに大きな影響を与えるものとして,指導者の存在がある。増加理論を持つことのポジティブな影響は学習者本人のみならず,指導者の観点からも論じられている。オランダの中等教育の教師を対象にした調査では,増加理論的な信念が強い教師ほど,生徒の成績の向上に着目することが明らかになった(De Kraker-Pauw et al., 2017)。同様に,Rattan et al.(2012)は実体理論を持つ教師はテストで低い点数をとった生徒に対し,慰めたり課題を減らしたりといった勉強へのコミットメントを下げるようなフィードバックを行いやすいこと,そのようなフィードバックは学習者のモチベーションを下げることを示した。一方で増加理論を持つ教師はテストで低い成績をとった生徒に対し,勉強方法の改善を促したり課題を増やしたりといった勉強へのコミットメントを上げるようなフィードバックを行いやすいこと,そのようなフィードバックは学習者のモチベーションを向上させることを明らかにした。

同様に,ビジネス場面におけるリーダーシップの観点からも,増加理論的な職場マネージャーは業績の低い従業員を指導する意思を強く持つこと(Heslin et al., 2006)や,実体理論的なマネージャーほど従業員の変化に気づきにくい一方で増加理論的なマネージャーは従業員の変化に応じた適切な賞賛やコーチングを行うことができることが知られている(Heslin & VandeWalle, 2008)。

暗黙理論が学習者のパフォーマンスに与える影響

このように,増加理論者が困難時にも熟達志向的な反応を維持できることや,適切な学習方略をとることができるといった知見をもとに,増加理論の望ましさが長らく主張されてきた。しかしながら,増加理論が学習者の心理的側面(モチベーションやウェルビーイングなど)に与えるポジティブな影響が明らかになる一方で,学習者の最終的なパフォーマンス(学習成果,成績)に与える影響については,従来のこの領域の研究者たちの想定に反して,必ずしも知見は一貫していない。増加理論的な介入が成績の向上につながる例も多く報告される一方で(Blackwell et al., 2007; Cury et al., 2008; Plaks & Stecher, 2007; Schroder et al., 2014; Yeager et al., 2016),以下に見るように,それらと異なる結果も少なからず報告されている。

例えば,Blackwell et al.(2007)は,縦断的な調査を用いて,増加理論的信念の強さが数学の成績の向上を予測することを示したが,追試の結果,増加理論的な信念と学業成績の間で相関が見られないことが報告されている(Li & Bates, 2020)。Burgoyne et al.(2020)は,暗黙理論研究における重要な六つの前提(①増加理論者は熟達目標を持つ,②実体理論者は遂行目標を持つ,③実体理論者は遂行回避目標を持つ,④実体理論者は才能のみが成功につながると考える,⑤増加理論者は困難に直面した後も努力を継続できる,⑥増加理論者は失敗後のパフォーマンスが高い)について検証を行い,①②については弱い正の相関が見られたこと,③④⑤については相関が見られなかったこと,⑥については予測と逆の方向に弱い相関が見られたこと(つまり実体理論的であるほどの方が失敗経験後のパフォーマンスが高かった)を報告している5)。また,増加理論的な介入の効果が一定期間持続したのち消えた事例(Orosz et al., 2017)なども報告されている。

近年行われた複数のメタ分析では,増加理論と学業成績の関連が低いことが指摘されている(Costa & Faria, 2018; Macnamara & Burgoyne, 2023; Sisk et al., 2018)。困難に直面しても努力を継続できる増加理論者は実体理論者に比して成績が高いことが予測されるが,メタ分析の結果では,増加理論を信じる度合いと学業成績の相関には研究ごとのばらつきが大きく,総合的には弱い正の相関が見られたのみだった(Sisk et al., 2018)。また,学習者に増加理論を持たせることを意図した介入プログラムの効果に関するメタ分析でも,こうした増加理論的な介入と学業成績との間に相関が見られなかった(Macnamara & Burgoyne, 2023; Sisk et al., 2018)。日本国内でも,増加理論的な信念と学業成績の関連が見られなかった事例が報告されている(齋藤他,2021)。

このような状況を踏まえ,どのような場面で暗黙理論が学業達成に影響するのかを見極めること,すなわち,暗黙理論の効果を調整する環境や文脈といった,課題に従事する個人の外部の要因を検討する必要性が論じられている(Walton & Yeager, 2020; Yeager et al., 2019)。例えばいくつかの研究では,階層の低い人たちなど学習上の困難に直面しやすい人の間で増加理論的信念と学業成績の関連性が高いことが示されている(Claro et al., 2016; Sisk et al., 2018; Yeager & Dweck, 2020)。また,Jia et al.(2021)は,教育の流動性(低い教育水準の家庭から高等教育を卒業する子供の割合)に着目し,30か国のデータを分析した結果,教育の流動性が高い国において,増加理論と学業成績の関連性が高いことを示した。これらの結果は,階層や教育の流動性などの社会や文化レベルの環境変数が暗黙理論と学業成績の関係性を調整する要因になっていることを示している。このように,暗黙理論の影響を規定する境界条件を明らかにすることの重要性は高まっているものの,そういった問題意識を持つ実証研究はまだ発展途上である。

第2章 課題選択場面における暗黙理論の働きを検討する意義

ここまで,暗黙理論の基本的な特徴を確認し,主要な先行研究を概観した。その際,暗黙理論が学習者の課題の取り組み方に与える影響と,学習者のパフォーマンスに与える影響を区別し,増加理論者が困難に直面した際にも意欲を失わず,努力を継続できる一方で,必ずしも増加理論者が実体理論者に比べてパフォーマンスが高いわけではないことを確認した。続いて本章では,従来扱われてこなかった,複数の選択肢の中から取り組む課題を選択する場面(以下,「課題選択場面」と呼ぶ)における暗黙理論の働きを検討する。それに先立ち,先行研究が特定の課題のみに取り組む単一課題場面に焦点を当ててきたことを確認し,その意義と課題について議論する。続いて,課題選択場面における暗黙理論の働きを検討する意義を議論し,実際に課題選択場面を扱った研究を紹介する。

先行研究の意義と限界:単一課題場面のみへの着目

先行研究に共通する点として,学習者が取り組み,達成を目指す課題は単一であるという仮定を置いていたことが指摘できる。すなわち,多くの暗黙理論研究では,ある特定の課題で困難を経験した後,再び同一の課題に取り組む時に,増加理論を持つ学習者と実体理論を持つ学習者の行動(e.g., Cury et al., 2008)や心理(e.g., Plaks & Stecher, 2007)に生じる差異を検討してきた。実際の学校現場における研究も,生徒が取り組むべき課題は学業という単一の領域,ないしその中の単一の教科(数学など)であり,そこでの困難の克服における暗黙理論の影響が検証されてきた(e.g., Blackwell et al., 2007)。

従来の暗黙理論研究がこのような単一課題場面にフォーカスしてきた背景には,そのモチベーションが「困難の克服につながるパーソナリティの特定」というリサーチクエスチョンに答えることであったという事実がある。先述の通り,Dweckによる一連の暗黙理論研究の端緒は,困難に直面した時に挑戦を好む子供と,挑戦を恐れ無力的な反応に陥る子供の違いに対する疑問であった(Dweck, 2017)。Dweckは,主に動物を対象に研究されていた学習性無力感(Seligman et al., 1968)の現象を教育場面に援用し,無力感に陥る子供とそうでない子供の差異を明らかにするために,暗黙理論と達成目標の理論モデルを構築した(Dweck, 1986)。学校教育における基礎的な学習科目は,生きるために必要な知識やスキルを学ぶものであり,避けて通ることなく身につけることが望まれている。そこで無力感に陥り意欲を失う子供がいるという問題の重要性を考えると,従来の暗黙理論研究が単一課題場面に焦点を絞り,豊富な知見に基づいて,困難な時も努力を継続できる増加理論の有用性を示してきたことの貢献と意義は大きい。

しかしその一方で,私たちが暮らす社会の中には,個々人が複数ある課題の中から自らの取り組む課題を選択するような状況が,広く一般的に見られる。教育場面における代表的な例としては,日本の大学受験における文理選択や,その中での科目選択という状況がそれに該当するだろう。学業以外に視野を広げるなら,スポーツや芸術活動など(学校での部活動を含む)の選択,就職する業種や職種の選択など,類似の状況は私たちの日常の中でさまざまに存在している。

本田(2005)が論じるように,資本主義が成熟し「ポスト近代社会」へ移行する現代においては,標準化された知識内容の習得度や知的操作の速度といった一次元的な尺度によって比較可能な能力ではなく,個々人に応じた多様な能力が求められている。高等学校学習指導要領について解説した文部科学省の文書では,生徒が自己の生き方に則し,キャリア形成の方向性と関連づけながら自ら問いを見出し探究する力の育成が強調されている(文部科学省,2018)。基礎力を身につけるべく特定の課題に習熟することの重要性は変わらないにせよ,各自に適した課題を選択することの重要性は以前より増してきていると言えよう。

組織のリーダーにとっても,どの分野にどの程度の労力を投資するか,その際,どのメンバーをどのタスクに割り当てるかといった「適材適所」の人材配置が重要であり,これも課題選択に関する問題であると言える。つまり,暗黙理論研究の知見が応用される教育場面やビジネス場面は,特定の課題での困難を努力することで克服することが求められる単一課題場面にのみによって構成されるわけではなく,そういった場面と取り組む課題を選択する場面,つまり課題選択場面が入り混じる形で構成されていると言える。

課題選択場面における暗黙理論の働きを検討する意義:社会における課題選択場面の遍在性

課題選択場面6)においては,従来の暗黙理論研究の想定とは異なり,特定の課題における困難を努力で克服することのみがポジティブな帰結をもたらすとは限らないだろう。Epstein(2019 東方訳 2020)は,長期目標に対する情熱と粘り強さによって定義される「グリット」(Duckworth et al., 2007)に着目し,これが強すぎると,自身にとって最適な分野を見つけづらくなる危険性を指摘している(cf., Lucas et al., 2015)。また,Shin & Grant(2019)は,就業場面を扱った研究において,仕事にはコアとなる複数の種類のタスクがあり,特定のタスクへの内発的動機づけが高すぎると,他のタスクへのモチベーションが低下すると指摘している。

実際,課題の選択肢が複数ある時に,現在従事している課題で困難に直面した場合の解決法は,その困難を克服することに限定されない。他の高い成果が見込める課題に移ることも有効な方略であると言える。外山・長峰(2021)は困難な目標への対処方略尺度を開発し,その下位因子である「目標の内容の調整」(例: 「その目標とは異なった別の目標を探そうとする」)が,ウェルビーイングと相関することを示している。

上記の知見は,困難な課題に粘り強く取り組む増加理論者の性質が,課題選択場面においては,より成果の挙げられる課題に移行できないという機会コストを生じさせる可能性があることを示唆している。機会コストとは,選択肢が複数ある場面において採用しなかった選択肢から得られたはずの最大利益を意味し,機会コストが大きい状況で一つの選択に長期的にコミットすれば,大きな好機を逃すことになる(山岸,1998)。学習者にとって何が「利益」かは,経済的状況とは異なり一律に定められるものではないが,取り組む課題に豊富な選択肢がある場合には,複数の選択肢に目を向けて比較検討する姿勢が,一定の価値を持つだろう。その意味で,困難な課題で努力を継続することを好まない実体理論者の性質は,課題の選択肢の中から自分の適性のある課題を探索する行動を導くポジティブな側面を持つ可能性がある。

このような増加理論者もしくは実体理論者の姿は,単一課題場面のみに着目してきた従来の暗黙理論研究においてはしばしば見過ごされてきたものである。しかし,暗黙理論研究の知見が応用される教育やビジネスの場が,単一課題場面と課題選択場面の両方によって構成されることを考えると,単一課題場面のみに着目する研究には限界があると言える。特定の課題で困難の克服を目指す場面のみならず,課題選択場面もまた,私たちの暮らす社会に遍在している重要な場面であり,そこでの暗黙理論の働きを検討する意義は大きい。学習者が課題に取り組む状況や文脈への着目する本研究の目線は,個人を取り囲む文脈・状況・環境の影響を伝統的に検討してきた社会心理学の強みである。認知心理学・学習心理学をベースに発展し,個人内過程が重視されてきた暗黙理論研究にその強みを援用することは,単一課題場面・課題選択場面それぞれにおける増加・実体理論のポジティブな側面の理解を促すだろう。場面に応じた望ましい暗黙理論に関する議論を可能にすることは,暗黙理論研究の知見を社会に還元するにあたって,重要なステップになると考えられる。以上を踏まえ,次章では課題選択場面を扱った主要な実証研究を紹介する。

第3章 課題選択場面における暗黙理論・努力・パフォーマンスの関係

課題の選択肢が複数ある場合に,増加理論者と実体理論者は,各課題に関連する能力と努力の関係をどのように捉えるだろうか。第3章ではDweck(1986)のモデル(Table 1)を拡張することで,増加理論者・実体理論者が複数の課題に対して持つ努力と能力の関係に関する主観的な信念に関する,本研究独自の仮説モデルを提起する。その後,そのモデルの妥当性を検証したいくつかの実証研究を紹介する。

課題選択場面における能力と努力の関係:Dweck(1986)を土台として

Figure 1は,複数の課題に対する努力とパフォーマンスの関係について,増加理論者・実体理論者のそれぞれが抱いているであろう信念を,本研究の仮説モデルとして表したものである。Dweck(1986)では,熟達目標を持つ増加理論者は,ある課題で高いパフォーマンスを挙げることができるという自信の有無にかかわらず,どの課題に対しても挑戦したり努力を持続させたりといった熟達志向的な反応を見せるとされる。これを踏まえて本研究では,「増加理論者はどのような課題においても能力は可変的であると考えるため,(成長が単調に進んだり,指数関数的に進んだり逓減したりするなど)課題ごとの成長曲線は異なる可能性はあるものの,最終的にはどのような課題であれ,努力次第で高いパフォーマンスを挙げることができると考える」と想定する。またDweck(1986)では,遂行目標を持つ実体理論者は,課題に自信がない場合には無力的な反応を見せる一方で,自信がある場合には熟達志向的な反応を見せることが指摘されている。これを踏まえて本研究では,「実体理論者は,個人にとって適性のある課題とそうでない課題はあらかじめ決まっているという前提のもとで,適性のある課題に限り,努力によって(潜在的に備わった)能力を発現させることができると考える」と想定する。すなわち,実体理論者はどんな課題でも努力を行わないわけではなく,適性がある課題であれば,パフォーマンス向上のために努力が有効だと考える傾向があるというのが,本研究の考え方である。

Figure 1 増加理論者(a)と実体理論者(b)の課題選択場面における主観的な努力とパフォーマンスの関係性

Note. 縦軸は上にいくほどパフォーマンスが高いことを表し,横軸は右にいくほど努力量が多くなることを表す。

一見すると,実体理論者が努力を行うという想定は,能力を固定的に捉える実体理論の定義に反するように思えるかもしれない。しかし上記の通り,自信のある課題に対して実体理論者が熟達志向的な反応を見せることは,Dweck(1986)においても指摘されていた。ただし,暗黙理論研究の主たる関心が,単一の課題遂行に際して困難に直面した場面,つまり実体理論者にとって自信が喪失する場面に向けられたため,Dweck(1986)のモデル(Table 1)の全体像に研究者の目が向けられる機会はそれほど多くなかったと考えられる。

これに対して,本研究は,課題選択場面における学習者の振る舞いに焦点を当てることによって,暗黙理論を一定の領域(ここでは「知能(intelligence)」)における,複数の課題ごとの努力と能力の関係に関する「メタ信念」として捉える。そのうえで,メタ信念としての暗黙理論が,課題選択場面における学習者の行動をどのように規定するかについて,増加理論と実体理論を対比的に論じるモデルとして提起することを試みるものである。改めて本研究の仮説モデルをまとめると,増加理論者は「どんな課題でも能力とそれに付随するパフォーマンスは努力によって向上する」と考えるのに対して,実体理論者は,「課題間の能力の高低つまり適性はあらかじめ決まっており,努力によって能力それ自体を向上させることはできないが,適性のある課題であれば,努力によって元来備わった能力を発揮できるようになり,パフォーマンスが向上する」と考えるだろう。逆に言えば,実体理論者は,努力によってパフォーマンスが向上するかどうかで,その課題における適性の有無が明らかになると考えるだろう。第3章では,本稿の仮説モデルに即したいくつかの実証研究について,詳細な検討を加えていく。

暗黙理論に応じた努力配分方略の差異

増加理論者と実体理論者が,努力とパフォーマンスの関係についてFigure 1のような信念を持つと仮定すれば,課題選択場面において,増加理論者はどんな課題でも努力した分だけ能力が向上すると考え,目の前にある課題にできる限り多くの努力を注力し,熟達を目指すと考えられる。他方,実体理論者は,能力は固定的であるという信念に基づき,成果見込みの高い課題を見極めてから努力することで,成果の最大化を目指すと考えられる。

Park & Kim(2015)は,参加者に困難な先行課題を行わせた後,「先行課題と同じ能力を要する」または「異なる能力を要する」という教示とともに後続課題を与えて,各々のパフォーマンスや心理を比較した。後続課題が先行課題と同じ能力を要すると教示された場合は,増加理論者の方が高いパフォーマンスを示すが,異なる能力を要するという教示を受けた場合は実体理論者の方が高いパフォーマンスを示すことがわかった(Study 2~4)。こういったパフォーマンスの差を生み出す要因として,Park & Kim(2015)は「自己批判的思考」の媒介効果に注目した(Study 4)。具体的には,参加者に実体理論または増加理論的な介入を行ったうえで,上記のような二種類の教示とともに後続課題を与えた。先行課題と後続課題で同じ能力を要するという教示を受ける条件では,実体理論的介入を受けた人の方が増加理論的介入を受けた人より自己批判的思考(「私は一度失敗したのでもう一度失敗するだろう」など)が強まり,その結果パフォーマンスが低くなっていた。逆に,先行課題と異なる能力を要するという教示を受ける条件では,増加理論的介入を受けた人の方が自己批判的思考(「1つ目の課題でもっと努力すべきだった」など)が強まり,その結果パフォーマンスが低くなっていた。つまり,置かれた状況によって,増加理論と実体理論は個人に異なるタイプの自己批判的思考を喚起させていた。

Suzuki et al.(2021)は,課題選択場面における上述のような増加理論者の方略を「課題熟達方略(Task Mastery Strategy)」,実体理論者の方略を「適性探索方略(Aptitude Exploration Strategy)」と呼称し,複数の実験室実験を通じて,学習者が暗黙理論に応じて異なる方略をとることを示した。このうちStudy 1では,二つの課題から参加者自身に一つを選択させ,好成績を挙げるよう求めるというパラダイムで実験を行い,暗黙理論に応じて参加者がどのような努力配分方略をとるかを検討した。彼らの実験手続きを詳細に説明する。①参加者に2種類の課題を提示し,そこからいずれか一方の課題を選択して好成績をとることを目標とさせた。②選択に先立って2種類の課題を吟味する「練習試行」の機会を与えた。その際のルールとして,次の3点を説明した:(a)練習試行はランダムに割り当てられた課題(第1課題)から始めるが,任意のタイミングでもう一方の課題(第2課題)に移ることができる;(b)一度課題を移ったら,練習試行の間は第1課題に戻ることはできない;(c)二つの課題の試行数の合計が20問になったら練習試行は終了となり,本試行でどちらの課題に取り組むかを決定する。③練習試行を実施した。この時実際にはすべての参加者に対して,難易度の高い,すなわち正解率の低い同一の課題を第1課題として与えた。④参加者が何問目で第2課題に変更するかのタイミングを,努力配分方略の指標として測定した。本試行は実施せず,課題を変更した時点でディブリーフィングを行って実験を終了した。

実験の結果,相対的に増加理論的信念が強い参加者ははじめに割り当てられた課題に最後まで取り組む確率が高く,実体理論的信念が強い参加者は,10問目前後で課題を変更する確率が高いことがわかった(Figure 2)。つまり,増加理論的な信念が強いほど,第1課題に練習機会を集中的に割り当て,実体理論的な信念が強いほど,二つの課題に均等に練習機会を割り振っていた。これは,増加理論者が課題熟達方略を,実体理論者が適性探索方略をそれぞれとることを示唆する結果として理解しうる。とりわけ,実体理論者が全20問の中間付近で課題を変更する傾向を見せたことは,彼らが単に難易度の高い課題への意欲を失って別の課題に移行したのではなく,二つの候補課題を偏りなく観察して適性判断のための情報を得ようとしたという解釈を支持している。

Figure 2 課題を変更したタイミングのヒストグラム(Suzuki et al.(2021)より引用)

Note. 可視化のため,便宜的に参加者を暗黙理論の平均値(3.16)で折半し,平均値より低い参加者を増加理論者(Incremental theorist),高い参加者を実体理論者(Entity theorist),としてラベリングしている。

さらにSuzuki et al.(2021)はStudy 2で,暗黙理論に応じた努力配分方略の違いをより精緻に検討するため,Study 1の実験に以下の改変を加えた。1点目として,第1課題に難易度の条件(EASY・HARD)を設けることで,課題との相性や好みの個人差を可能な限り統制したうえで,参加者にとって成果の挙がりやすい課題と挙がりにくい課題を実験的に操作した。2点目として,練習試行を設けず初めから本試行を実施することで,各参加者が成績を最大化するためにとる方略をダイレクトに測定することを企図した。加えて,単一課題場面における知見では,実体理論者は困難に直面する際に,課題を持続する気持ちが低下し挑戦を避けようとするといったような無力的な反応を見せる(Dweck, 1986)ことが指摘されている。彼らは,課題の選択が可能な状況では実体理論者にそのような無力感は見出されないと予測し,これを検討した。

実験の結果,増加理論的な信念の強い参加者は課題の難易度にかかわらず,第1課題に長く従事する一方で,実体理論的信念の強い参加者は第1課題の難易度がEASYな時には長く,HARDな時には短く取り組む(より早く第2課題に移行する)といったように,課題の難易度に応じて従事する程度を変えていたことが明らかになった(Figure 3)。これは,増加理論者が特定の課題に集中的に努力を投じて能力の向上を目指す課題熟達方略をとる一方で,実体理論者は課題の性質を考慮し,成果見込み(適性)の高い課題の選択を目指す適性探索方略をそれぞれとるという仮説を支持するものであると言える。加えて,暗黙理論と無力感の間に関連性は見られなかった。実体理論者が単一課題場面ではとることのできなかった適性探索方略を課題選択場面ではとることができるようになったため,困難に直面しても無力感を喚起させなかった可能性が考えられる。

Figure 3 暗黙理論と難易度の交互作用が課題変更のタイミングに与える影響(Suzuki et al.(2021)を元に作成)

鈴木・村本(2022)は,複数ある課題を観察し適性のある課題を探索する試行と,課題を練習し熟達する試行を行う機会がトレードオフになっている状況を実験場面で作りだした。限られた機会をどちらの試行に分配するかを観察し,課題選択方略の差異の検討を試みた。分析の結果,実体理論的傾向が強いほど,適性のある課題を探索するための機会に試行数を多く分配すること,増加理論的傾向が強いほど課題を練習する機会に試行数を多く分配することが明らかになり,増加理論者が課題熟達方略を,実体理論者が適性探索方略をとるという知見がサポートされた。

他者の努力やパフォーマンスに対する評価と暗黙理論の関係

自身の課題選択のみならず,リーダーの立場からメンバーの差配を行う場合にも,増加・実体理論者の間で行動の違いが見られる。今瀧他(2018)は,架空の共同参加者と集団で課題に取り組むというカバーストーリーのもと,参加者にその集団の差配者の役割を与え,ある課題に失敗した成員に与える報酬額や,次に同じ課題を行う際に,失敗した成員と新たな成員に与える遂行時間の配分などを測定する実験室実験を実施した。その結果,増加理論的傾向が強い参加者の場合,失敗した成員の努力アピール(「制限時間いっぱい考え,やれるだけのことはやりました」など)があった場合,ない場合に比べて当該成員に与える報酬額が増えていた。一方実体理論的傾向の強い参加者の場合,努力アピールの有無は失敗した成員に与える報酬額に影響を与えておらず,残した成果で評価を行っていることが示唆された。また,後続のセッションで,一度課題に失敗した成員と新しい成員に課題遂行時間を割り振ることを参加者に求めた際には,増加理論的であるほど一度失敗した成員に,実体理論的であるほど新しい成員に,より多くの時間を割り振っていた。ただし一度失敗した成員に対する期待には暗黙理論による差異は見られず,暗黙理論と課題遂行時間の配分の関係は,新たな成員への期待によって媒介されていた。実体理論者は新たな成員に標準レベルの成果(過去に同課題に取り組んだ人々の平均点として教示された成績)を期待していた一方で,増加理論者は新たな成員に標準レベルより有意に低い成果しか期待しておらず,その期待の差が課題遂行時間の配分に影響を与えていた。今瀧他(2018)の研究は課題選択場面を扱っているわけではないが,課題の種類と課題遂行者のマッチングという意味では二つの場面には共通性があると言える。実体理論者が努力アピールに影響されずに成果のみで判断を行う点,ある成員が課題に失敗したからといって新たな成員も失敗するとは限らないと考える点は,個人によって課題の適性は異なるとする適性探索方略の特徴と整合的である。逆に,増加理論者が努力アピールを重視する点や,先行する成員が失敗した課題は新たな成員もすぐには成果を挙げることはできないと予想する点は,困難な課題の克服には努力による熟達が必要であるとする課題熟達方略と整合的であると言える。

暗黙理論に応じた努力観の差異

ここまで,課題選択場面における学習者の行動(努力配分方略)や,学習者に対する評価に及ぼす暗黙理論の影響について検討してきた。本節では,課題選択場面における認知(努力観)と暗黙理論との関係について検討する。単一課題場面を扱ってきた従来の暗黙理論研究では,増加理論者は可変的である能力を向上させるために不可欠なものとして努力を重視する一方,実体理論者は固定的である能力に対して努力は影響力を持たないため努力を重視しない,という対比が強調されてきた(e.g., Blackwell et al., 2007; Dweck, 1986; Dweck & Leggett, 1988)。

この対比の背景には,「努力は能力を向上させるための資源である」という努力観を抱く強さの程度が暗黙理論に応じて異なるという考え方,すなわち,努力観を1次元的に捉えたうえで増加理論者と実体理論者の違いを捉えるロジックが働いていると言える。しかし,本稿が提起する仮説モデル(Figure 1)に依拠すれば,実体理論者は,努力を成長の資源として捉えるのではなく,「適性を評価するための情報」として捉えている可能性がある。すなわち,増加理論者は,どのような課題にも努力を注ぐことによって能力とそれに付随するパフォーマンスが向上すると考えるだろう。一方,実体理論者は,課題に対する適性はあらかじめ決まっており,努力すれば能力を発揮できる課題と,努力してもそれができない課題があると考えるだろう。逆に言えば,実体理論者は,努力によってパフォーマンスが向上するかどうかを見極めることで,その課題に対する適性の有無が明らかになると考えるだろう。そうだとすれば,実体理論者は増加理論者とは異なる努力観に基づいて,適性のある課題の探索を行うと考えられる。

Suzuki & Muramoto(2023)は,増加理論者は努力の「成長の資源」としての側面をより重視し,実体理論者は努力の「適性評価のための情報」としての側面をより重視するという仮説を検証するため,実験参加者に学習者を観察する役割を与え,学習者の努力量に応じたパフォーマンスを観察した後の参加者の反応が暗黙理論に応じていかに異なるかを検討した。具体的には,場面想定法を用いて参加者に高校教師の立場をとることを求め,シナリオ中の生徒に対して助言を行わせた。シナリオには数学のテスト勉強に取り組む生徒の様子が描かれており,テストに向けて十分な努力を行った条件と,不十分な努力しか行わなかった条件が設定されていた。いずれの条件においても,生徒はテストで良い成績を挙げることができなかった。こうしたシナリオを読んだうえで,参加者は,当該の生徒に対して,①努力継続の助言(引き続き数学の勉強を続けるよう求める),②課題変更の助言(別の科目に取り組むよう求める)をそれぞれどの程度行いたいかを回答した。Suzuki & Muramoto(2023)は,この回答の傾向が参加者の暗黙理論に応じて次のように異なると予測した。

増加理論を持つ観察者は,努力の「成長の資源」としての側面を重視し,最終的にどの課題でも努力すれば高いパフォーマンスを発揮できると考えるため,パフォーマンスの低い学習者がその課題にこれまでどの程度の努力を投じてきたかにかかわらず,課題を変えることなく,さらなる努力を継続させることを考えるだろう(Figure 1(a))。つまり,増加理論を持つ観察者の反応は努力量によって変わらないと考えられる。一方実体理論を持つ観察者は,努力の「適性評価のための情報」としての側面を重視するため,パフォーマンスの低い学習者の努力量が不十分な場合には,その時点で学習者がその課題に適性を持つか否かを判別することは難しいと考えるだろう(Figure 1(b))。努力量が少ない時は,適性のある課題でも高いパフォーマンスを発揮しづらく,適性のない課題との区別がつきにくいためである。そのため,観察者は学習者に努力を継続させることで,適性を評価するための十分な情報を得ようとすると考えられる。他方,学習者が十分な努力を払ったうえで低いパフォーマンスしか挙げられなかった場合には,その課題に適性がないと判断し,別の課題に変更させることを考えるだろう。Figure 1(b)に示されているように,努力量の多い時は少ない時に比べ,適性のある課題とそうでない課題の差が大きいので,この局面では実体理論者は適性のある課題を判別できると考えるはずである。つまり,増加理論者とは違い,実体理論者は努力量によって課題を継続するか変更するかの助言を変えることが予測される。

Suzuki & Muramoto(2023)が実施した二つの実験の結果,予測通り,増加理論的な信念が強い参加者は生徒の努力量にかかわらず数学の継続を促す助言や科目の変更を促す助言を行う程度を変えなかった。これは,課題の熟達を目指す増加理論者にとって,これまでに払われた努力の多少にかかわらず,今後の努力を通じた成長こそが重要だと考えられていることを示唆している。一方で,実体理論的な信念が強い参加者は生徒の努力量が十分でない時には課題の継続を促す助言をし,生徒の努力が十分なされた時には課題の変更を促す助言をしていた。この結果は実体理論者が努力を適性評価のための情報と捉えていることを示唆している。

ここまでのまとめ

第2章では,単一課題場面を重点的に扱ってきた先行研究の意義と限界,そして実社会における課題選択場面の遍在性を踏まえ,課題選択場面における暗黙理論の働きを検証する意義について議論した。第3章では,暗黙理論,努力,パフォーマンスの関係についていくつかの観点から検討した近年の研究を紹介した。それらの一連の研究は,努力を成長の資源と捉え,特定の課題での熟達を目指す増加理論者と,努力を適性評価のための情報と捉え,適性のある課題を探索しようとする実体理論者の姿を描き出していた(Table 2)。

Table 2 課題構造による増加・実体理論者の行動・認知傾向の差異

課題構造増加理論者実体理論者
単一課題場面(従来の研究)〈行動〉〈行動〉
困難な時にも努力を継続できる困難な時には努力を継続できない
〈認知〉〈認知〉
努力を成長の資源と捉える努力を成長の資源と捉えない
課題選択場面(近年の研究)〈行動〉〈行動〉
課題熟達方略適性探索方略
難しい課題にも固執する必要に応じて柔軟に課題を探索する
〈認知〉〈認知〉
努力を成長の資源と捉える努力を適性評価のための情報と捉える

Note. 太字はポジティブな側面が発揮されると考えられる課題構造と暗黙理論の組み合わせを表す。

特定の課題で困難を克服することを求められる単一課題場面と取り組むべき課題を決める課題選択場面は,等しく重要な場面であり,どちらも実社会における教育場面やビジネスの現場の構成要素となっている。そして,その課題選択場面において,困難な課題に固執せず,自身の適性を発揮できる課題を探そうとすることは決してネガティブな判断とは言えないだろう。暗黙理論研究の知見を教育やビジネスなどの実践の場で活かす際には,単一課題場面と課題選択場面のそれぞれにおける増加理論・実体理論のポジティブな側面を理解し,場面に応じた適切な暗黙理論の持ち方について議論することが重要であり,本章で紹介した一連の研究はそうした目的に適うものだと言える。

一方で,課題選択場面を扱った研究はまだ少なく,その知見の頑健性は引き続き直接的・概念的追試を通じて検証されていく必要があるだろう。その際には,実験室実験だけでなく,より生態学的妥当性の高い現実的な状況における検証を積み重ねることも重要である。

第4章 暗黙理論とパフォーマンスの関係を調整する環境要因:課題選択の自由度

ここまで,単一課題場面か課題選択場面かといった,学習者が取り組む課題の場面や状況によって,ポジティブに働く暗黙理論が変わる可能性について議論してきた。第4章では,これまでの議論を発展させ,暗黙理論の影響を規定する環境要因について,より広く一般的な学習・教育環境の文脈に即した検討を行う。

学習環境としての課題選択の自由度

前章まで,単一課題場面を扱ってきた従来の研究では「努力を継続できない」などのネガティブな側面が強調されてきた実体理論を持つことが,課題選択場面では適性探索方略をとることでポジティブな帰結を生む可能性,逆に「困難な状況下でも粘り強い」などのポジティブな側面が強調されてきた増加理論を持つことが,課題選択場面では課題熟達方略をとることで困難な課題への固執などの必ずしもポジティブとは言えない帰結を生む可能性について論じてきた。こうした単一課題場面と課題選択場面の差異は,選択肢の有無という単純な問題に限定されるものではなく,「課題を自由に選択できる程度」の差異として一般化することが可能である。例えば,課題に選択肢がある状況でも,個人を特定の課題に従事させようとする圧力が強かったり,課題を変更する際のリスクやコストが大きかったりする場合は,複数の課題を吟味する適性探索方略よりも特定の課題で努力する課題熟達方略をとる方が,望ましい成果を挙げやすいと考えられる。すなわち,課題選択の自由度によってポジティブに働く暗黙理論は変わってくる可能性がある。

比較教育社会学の領域では,学校教育制度やカリキュラムに応じて,教育場面における課題選択の自由度にバリエーションがあることが報告されている。例えば,恒吉(2008)は日米の教育制度を比較検討する中で,日本の斉一的な授業制度とアメリカの個別的な授業制度の差異をいくつかの観点から論じている。日本の標準的な初等教育においては,児童・生徒の総合的な学力や科目ごとの学習到達度によって指導の内容やレベルを変えることは少なく,平等主義的な授業運営が特徴的である。これに対してアメリカでは,能力別指導や習熟度別クラス,ギフテッド教育など,個々の児童・生徒の能力や特性に応じた個別的な指導が特徴的である。また,日本の初等・中等教育における授業の内容は,体系的に練られた学習指導案に基づいて事前に決められたものが多く,アメリカでは相対的に教師の裁量によって授業内容の多くの部分が決められていると言われている(恒吉,2008)。

また,学習する内容の位置づけが学校教育制度やカリキュラムによって異なることも知られている。結果が当人にとって重要な意味を持つ試験をハイ・ステークス・テストと呼ぶが,日本(のみならずアジア全体の傾向として)は長らくハイ・ステークスなテストが威力を奮ってきた社会であるとされている(恒吉,2008)。同様に,高大接続の観点からは,アメリカにおける大学入試の合否が高校の成績,エッセー,教員の推薦などによって多角的に判断される(人見,2011)一方で,日本における大学受験では試験の得点による一元的な基準による選別が主流である(荒井,2003; 塚田,1993)。

いうまでもなく,日米のいずれにおいても教育のあり方は変化しており,恒吉(2008)においてもそのことは重点的に論じられている。その意味で,教育制度の日米差について単純な類型化を行うべきではないが,少なくとも,学校教育制度やカリキュラムが異なれば,課題を選択できる程度にもバリエーションが存在することは確かだろう。例えば,授業内容が固定的で,標準的な学習指導プランに即して斉一的な指導が行われやすい環境は,そもそも児童・生徒が自由に選べる課題の選択肢が少ない環境であると言える。受験圧力の高い環境は,受験に関わる教科の学習以外の選択肢を選ぶことの難しい環境であると言える。これらの知見は,課題選択の自由度という要因が,現実にさまざまな局面で学習者に影響を及ぼしうる,生態学的妥当性の高い環境要因であることを示している。

前章までの議論を踏まえると,この課題選択の自由度によってポジティブに働く暗黙理論は変わってくる可能性がある。具体的には,課題選択の自由度が高ければ,課題を比較し吟味することを重視する実体理論者が,課題選択の自由度が低ければ,特定の課題に努力を注ぐことを重視する増加理論者が,それぞれ高いパフォーマンスを挙げやすいだろう。前章の内容と関連づけて考えると,単一課題場面は課題選択の自由度が低い状況,課題選択場面は課題選択の自由度が高い状況の代表的な場面であると言える。そのように理解すると,Table 2を一般化することでTable 3のように書き換えることができるだろう。このように,課題選択の自由度は暗黙理論とパフォーマンスの関連性を調整する環境要因となると考えられる。

Table 3 本研究が想定する,課題選択の自由度による増加・実体理論者の認知・行動傾向の差異

課題選択の自由度増加理論者実体理論者
課題選択の自由度が低い環境課題熟達方略を活用することができる適性探索のための課題の吟味はコストがかかる
課題選択の自由度が高い環境成果見込みの低い課題への固執は機会コストを生む適性探索方略を活用することができる

Note. 太字はポジティブな側面が発揮されると考えられる課題構造と暗黙理論の組み合わせを表す。

先述の通り,増加理論的な介入との学業パフォーマンスの関連性が弱いというメタ分析の結果を受けて(Costa & Faria, 2018; Sisk et al., 2018),近年では暗黙理論とパフォーマンスの関係を調整する要因を検討することの重要性が指摘されているが,実証研究はまだ限られている(Walton & Yeager, 2020)。次節では,課題選択の自由度という学習環境の変数を導入することにより,それが暗黙理論とパフォーマンスの関係を調整するかを検討し,両者の関係をより精緻に記述することを目指した研究を紹介する。

暗黙理論とパフォーマンスの関係を調整する要因としての課題選択の自由度

Suzuki et al.(2021)のStudy 3では,日本の学校教育場面に着目する社会調査を実施し,暗黙理論と課題選択の自由度が学業パフォーマンスや学校生活満足度に与える影響を検討した。彼らは,課題選択の自由度として,回答者の中学校における教育の斉一性を測定した。具体的には恒吉(2008)を参考に,生徒に対して同じ速度での学習を求める程度や教科書の内容を覚える授業の多さなど,中学校で経験した授業の特徴を尋ねる項目を作成し,教育の斉一性の指標として用いた。パフォーマンスの指標としては回答者の中学校の成績,入学した高校のレベルを使用した。分析の結果,中学校の教育の斉一性が高い場合,増加理論的であるほど,中学3年時の成績やその後に入学した高校レベルが高いことが示された(Figure 4(a), (b))。一方で,中学校の教育の斉一性が低い場合には,暗黙理論と学業パフォーマンスの関連性は見られなかった。斉一性が低い,すなわち生徒にとって課題選択の自由度が高い状況において,実体理論的であるほど学業パフォーマンスが上がることは示されなかったものの,増加理論者と同程度のパフォーマンスを挙げていた点は特筆に値するだろう。また,学校生活の満足度を従属変数とした場合,教育の斉一性が高い場合は増加理論的であるほど,教育の斉一性が低い場合は実体理論的であるほど,満足度が高くなっていた(Figure 4(c))。

Figure 4 暗黙理論と教育の斉一性の交互作用が(a)中学校時の成績,(b)入学した高校のレベル,(c)学校生活の満足度に与える影響(Suzuki et al.(2021)より引用)

Suzuki et al.(2021)の調査において,教育の斉一性が低い場合に実体理論者の学業パフォーマンスが向上しなかった理由として,中学3年生時の成績全般,および入学した高校の学力ランクを測定指標としていたことが挙げられる。これらの指標は,特定の分野で突出した成績を挙げるよりも満遍なく好成績を収めた方が高得点となりやすい。斉一性が低い環境で適性探索方略をとる実体理論者が自分の得意科目のみで高成績を収めたり,芸術やスポーツなど学業の主要科目以外の分野で高いパフォーマンスを挙げたりしたとしても,当該の調査における測定指標には反映されていない可能性が高い。しかし,教育の斉一性が低い環境では,自身の得意分野を選択できる実体理論者の満足度は高くなると考えられる。学校生活の満足度を従属変数とした分析はこの予測を支持している(Figure 4(c))。これらの結果は,Table 3のように,課題選択の自由度が暗黙理論とパフォーマンスの関係を調整していることを示唆している。

現時点で,課題選択の自由度と暗黙理論の関係を直接検討した研究はSuzuki et al.(2021)以外には見当たらないものの,先行研究の中には課題選択の自由度の調整効果を示唆する知見がいくつか存在する。例えばLi & Bates(2020)は,増加理論的な信念と学業成績の間にポジティブな相関が見られることを報告したBlackwell et al.(2007)の追試を行い,増加理論的な信念と学業成績の間に相関が見られないことを報告しているが,後者がニューヨークの中学生の数学の成績を分析対象としていたのに対して,前者はイギリスの大学生の授業成績を分析対象としていた。義務教育下の中学生にとっての数学の授業に比べると,数多くの授業科目の中から受講する講義を選択することのできる大学の環境は,学生にとってかなり課題選択の自由度が高いと言えるだろう。つまり,Li & Bates(2020)の調査対象となった大学では,実体理論者は自身の適性を吟味しながら科目選択を行うことが可能であり,そのため増加理論者と同程度の学業成績を挙げていた可能性が考えられる。また,齋藤他(2021)は日本国内のある中学校を対象に調査を実施し,増加理論と学業成績の間に相関が見られなかったことを報告しているが,彼らは考察の中で「対象となった学校(男女共学国立大学附属)は,知識に偏重することなく,先進的に思考力・表現力・判断力といった新たな学力の伸長を重視する教育実践を行っていることから,この学校の教育方針の特殊性が結果に影響した可能性がある(p. 183)」と述べている。仮にこの対象校の中心的な授業が,同一の課題を生徒に与えてその熟達を目指すものではなかったとすれば,そのような環境が実体理論者のモチベーションにポジティブな影響をもたらしたために,増加理論と成績の相関が見られなかった可能性が考えられる。こうした先行研究における環境要因の調整効果は推測に過ぎないが,検証する意義のある仮説であると言える。

第4章まとめ

第4章では,暗黙理論の影響を左右する要因として,課題選択肢の単複を一般化する形で課題選択の自由度という概念を導入した。恒吉(2008)をはじめとする教育社会学の研究が指摘するように,学校教育における授業の斉一性や,特定教科の重要性などには文化や社会によってバリエーションがあり,課題選択の自由度を学習者にとって重要な環境要因として捉える視点は,生態学的な妥当性を持つと考えられる。続いて,暗黙理論とパフォーマンスの関係を課題選択の自由度が調整する,という仮説を検討したSuzuki et al.(2021)を紹介した。

第1章で確認した通り,暗黙理論と学業パフォーマンスの関係性に関する先行研究の知見は一貫しておらず(e.g., Sisk et al., 2018),両者の関係を調整する要因の検討の重要性が主張されていた(Walton & Yeager, 2020)。本章で紹介した研究は,そのような調整要因の一つとして学習環境における課題選択の自由度が有望であることを示している。こうした視点を持つことは,暗黙理論とパフォーマンスの関係をより精緻に見ることを可能にするものであり,その意義は大きい。

一方で,これらの結果の頑健性については今後も検証していく必要があるだろう。特に,課題選択の自由度の測定には改善の余地がある。Suzuki et al.(2021)が用いた教育の斉一性を測定する尺度は,課題選択の自由度という概念の限られた側面を扱うにとどまっていた。今後は,例えばカリキュラムの多様性や学校内部のコース間の移動可能性などにも目を向け,課題選択の自由度という教育環境要因をより多面的に測定する必要があるだろう。また,取り組む課題の内容がかなり限定的になっている専門学校や,一人ひとりの個性が異なる特別支援学校などとの比較も有用であると言える。

第5章 暗黙理論の獲得メカニズムの検討

第5章では暗黙理論が獲得されるメカニズムについて議論する。はじめに暗黙理論の獲得メカニズムに関するこれまでの研究の知見を概観する。続いて,前章で議論した課題選択の自由度が暗黙理論獲得メカニズムの検討に貢献する可能性について,社会生態学的アプローチの観点から議論する。

暗黙理論の獲得メカニズムを検討したこれまでの研究

暗黙理論の獲得に関する議論は行われているが,以下に述べる通り,それらの知見は一貫していない。例えば,先生や親などの指導的立場にある人の振る舞いが子供の暗黙理論に与える影響を扱った研究では,課題の取り組みにおいて,努力などの行為をほめられた子供(「一生懸命がんばったね」)は増加理論を持ちやすく,才能などの人間性をほめられた子供(「とても賢いね」)は実体理論になりやすいことが主張されてきた(Gunderson et al., 2013; Mueller & Dweck, 1998)。しかし,Li & Bates(2019)ではその結果は再現されず,統一的な見解に至っているとは言えない。

また,暗黙理論研究では,増加理論を持たせる介入プログラムの効果検証が多く行われてきた。この検証は,主にデジタル化された教材や先生または研究者によるトレーニングによる介入を受けた群と統制群を比較することで行われる(Sisk et al., 2018)。例えばBlackwell et al.(2007)では脳の仕組みについて学ぶ1回25分のワークショップを週に1度,8週にわたって実施する介入プロトコルを設定し,その学業成績などへの効果を検証した。生徒は脳の可変性について学習する実験群と,脳の記憶のメカニズムについて学習する統制群のいずれかにランダムに割り振られ,プログラム前後の暗黙理論や,学業成績などを測定された。プログラムの前後で比較すると,実験群の生徒は暗黙理論尺度の得点が有意に増加理論的に変化しており,その結果学業成績やモチベーションにポジティブな結果をもたらしていた。しかし,Blackwell et al.(2007)を含めた43件の介入プログラムのメタ分析を行ったSisk et al.(2018)によると,プログラムの前後で暗黙理論の変化を測定した28件の研究のうち,介入後に有意に暗黙理論が変化したものは15件にとどまっていた。また,介入プログラムと学業成績の向上の相関が極めて低いことも示された。

興味深い研究の一例として,ハンガリーの学校での介入プログラムの効果検証を扱ったOrosz et al.(2017)が挙げられる。彼らは,暗黙理論の介入研究が多く行われるアメリカと異なり,ハンガリーの公教育は相対的に保守的な価値観を持ち,教育カリキュラムに関する州のコントロールが強く変化が起こりにくい風土があるという特徴を挙げ,そのような文化における介入プログラムの効果検証を行った。その結果,介入3週間後の測定ではプログラムのポジティブな効果が見られたが,学期末にはそれらの効果が消えたことが明らかになった。

上記のように,指導者の振る舞いや介入プログラムを通じて特定の暗黙理論を持たせるプロセスを扱った先行研究では,どのような環境でどの暗黙理論を持たせることが有効かという問題が議論されてこなかった。課題選択の自由度という環境要因に着目することで,こういった介入プロセスに関する知見の精度が向上することが期待される。

社会生態学的アプローチによる暗黙理論獲得メカニズムの検討

個人がある心理・傾向を獲得するメカニズムを検討するために着目されているメタ理論として,社会生態学的アプローチが挙げられる(Oishi, 2014; Oishi & Graham, 2010; 山田他,2015)。これは人々の心理・行動傾向を社会生態学的要因への適応という観点から解釈するアプローチで,ある心理・行動傾向を持つことの帰結は社会生態学的環境によって異なるという前提のもと,個人はそれぞれの置かれた環境において利益をもたらす心理・行動傾向を獲得すると考える。

前節で紹介した知見が一貫していない理由としても,学習環境が考慮されていないことが指摘できる。指導者が学習者に特定の暗黙理論を持たせるようなフィードバックを行ったとしても,その暗黙理論が学習環境において個人に利益をもたらすものでなければ,そういったフィードバックの効果は薄れる可能性がある。

そこで,課題選択の自由度という環境要因に着目することによって,社会生態学的アプローチの俎上に暗黙理論研究を載せることができる。Suzuki et al.(2021)が示唆するように,実体理論者は課題選択の自由度が低い状況においてより高いパフォーマンスをもたらしやすいため,実体理論はそういった環境下でより獲得されやすいと考えられる。

個人が環境からのフィードバックを経験しながら当該の環境に対して適応的な暗黙理論を獲得するプロセスの探究は,発達研究の観点からも重要であると考えられるが,従来の暗黙理論研究では十分に検討されてこなかった。学習者が置かれる環境として単一課題場面のみを想定すると,困難な時に無力感に陥ってしまう実体理論の適応的価値は低く,個人がこれを獲得する理由が説明できない。前述の通り,従来の暗黙理論研究はもっぱら単一課題場面に焦点を当ててきたがゆえに,学習者の置かれた環境を変数として扱うという発想が生まれづらかったと考えられる。単一課題場面から課題選択場面へと視野を広げ,課題選択の自由度という環境要因のバリエーションに目を向けることで,増加・実体理論を持つことの帰結は環境によって異なる,という想定に基づいて暗黙理論の獲得プロセスを検討することが可能になる。

課題選択の自由度が低い環境では増加理論が,課題選択の自由度が高い環境では実体理論を獲得されやすいという本稿の予測は,今後の研究で慎重に検証されるべき課題だが,暗黙理論の文化差に関する先行研究の知見は,この予測が妥当であることの傍証として理解することが可能である。いくつかの国際比較研究では,日本人はアメリカ人に比して増加理論的であるという結果が得られており(Church et al., 2012; Heine et al., 2001),これは恒吉(2008)が指摘する教育の斉一性の日米差と対応している。前述の通り,恒吉(2008)は,日本の教育制度の特徴として,児童・生徒の習熟度によらない平等主義的な授業内容や体系的に練られた学習指導要領による固定的な授業,また受験勉強の重要度が高いことを挙げており,日本の標準的な学校教育の場が学習者にとって課題選択の自由度の低い環境であることを示唆している。アメリカの教育制度はこれと対照的に,児童・生徒の能力や特性に応じた個別的な指導体制や,指導要領に縛られない授業内容など,相対的に課題選択の自由度が高い環境と言える。標準的な教育環境にこのような差異があることに対応して,日米の人々が各々の環境において適応的な暗黙理論を獲得した結果,文化差が生成され維持されている可能性がある7)。以上の通り,課題選択の自由度に着目することによって,暗黙理論の獲得や暗黙理論の文化差に関する検討を推し進めることができるであろう。今後はこういったアプローチに則って暗黙理論の獲得プロセスに関する実証的な検討を行うことが望まれる。

同時に,ある暗黙理論が獲得され長期的に維持されるプロセスを考えるうえでは,環境や制度が個人の信念に与える影響だけでなく,個人の信念が環境や制度の構築に寄与するという,逆向きの影響過程も考慮することが重要だろう。恒吉(2008)は,日米の教育制度の差異の根底に,人々の間で「能力平等観」が共有されているか否かという違いがある可能性を指摘した。能力平等観とは,人の能力は生来平等であり,その後の努力や環境によって違いが生まれてくるという考え方で,努力を通じた能力の可変性を認める点で増加理論と多く共通している。恒吉(2008)は,学力レベルの異なる児童を同列に扱う日本の初等教育が,能力平等観に根差したものであることを指摘している。また逆に,イギリス・アメリカ・オーストラリアなどでのギフテッド教育や能力別指導といった教育のあり方が,能力“不平等”観をベースとした「教育は個別ニーズに応えるべき」というロジックのもと,才能教育推進者によって維持されてきたと論じている。

恒吉(2008)による一連の教育社会学的な洞察は,能力や努力に関する信念と教育制度が相互規定的な関係にあることを示唆する好例と言えるだろう。こうしたマクロな社会環境とマイクロな心理との相互規定的な影響過程に着目する視点は文化心理学の基本理念でもある(e.g., Markus & Kitayama, 1991)。暗黙理論の獲得や維持プロセスを検討するうえで,こうした視点の援用は非常に有用だろう。今後はこういったアプローチに則って,暗黙理論をめぐる個人と社会の双方向的な影響過程に関する実証的な検討を行うことが望まれる。

また,個人が外部の環境に適応するプロセスだけではなく,他者との相互作用の中で特定の暗黙理論を獲得するプロセスについても,社会生態学的な視点を加えた検討が可能だろう。近年では指導者と学習者の相互作用を通じた暗黙理論の伝達について議論が行われている。親子を対象にした調査によれば,単純に親が増加理論を持てば子供も増加理論を持つわけではなく,親が子供の失敗に対してとる態度を子供が推察することを通じて暗黙理論が伝達されるという(Haimovitz & Dweck, 2016)。このような議論を踏まえると,Suzuki & Muramoto(2023)で扱われていたような,学習者の努力に応じた指導者の振る舞いが学習者に及ぼす影響過程を,暗黙理論の伝達という観点から改めて検討することも可能だろう。努力量に応じて指導を変えない増加理論者と指導を変える実体理論者の振る舞いは,学習者にどのように受け取られ,学習者の暗黙理論の形成にどのような影響を与えるのだろうか。言うまでもなく,その影響の様相は,学習者と指導者が身を置く環境の特質に応じて異なるはずである。この新たなリサーチクエスチョンは,学習者が自身の受けている指導を受動的に理解するだけでなく,その背景にある指導者の努力観などを能動的に推察することを通じて,指導者の暗黙理論を取り込み,自らの暗黙理論を形成していく可能性に関わるものであり,検討に値すると言えるだろう。

第6章 今後の展望

本稿では,課題選択場面における暗黙理論の働きに着目するという新たな視点を導入したうえで,第2章でその意義を論じ,第3章で近年の主な実証研究の成果を紹介した。続く第4章では課題選択の自由度が暗黙理論とパフォーマンスの関係を調整している可能性について検討し,第5章ではそれらの議論を踏まえ暗黙理論が獲得されるメカニズムについて議論した。最後に第6章では,これらの研究のもたらす教育実践的意義,および課題を含めた今後の展望について議論する。

教育実践的意義:学習者がおかれた状況を考慮することの重要性

従来から,暗黙理論の研究者たちは教育やビジネスの現場に対して多くの提言を行っており(e.g., Dweck, 2006),その影響力は大きい。そこでは,学習者に増加理論を持たせるための介入プログラムの開発が進められ,能力は努力によって変わるという信念に基づいて困難を克服することの重要性が主張されている。しかし,すでに述べた通り,私たちの社会には,特定の課題の克服が求められる単一課題場面だけでなく,複数の選択肢の中から取り組むべき課題を選び取る課題選択場面も多く存在する。第2章で論じた通り,現代においては標準化された知識内容の習得度や知的操作の速度といった一次元的な能力ではなく,個々人に応じた多様な能力が求められており(本田,2005),高等学校学習指導要領について解説した文部科学省の文書では,生徒が自ら課題を発見し探究する力の育成を強調されている(文部科学省,2018)。もちろん,基礎学力の習得といったような,特定の課題を習熟することの重要性は変わらないだろうが,どのような課題を選択するか,といった問題を扱う研究の重要性は以前より増してきている。単一課題場面と課題選択場面は,どちらも私たちが社会生活の中で直面しうる重要な学習の局面だと言えるだろう。

しかし,従来の暗黙理論研究の文脈では,学習者が課題を選択することが可能か否かという点が問題にされることはほとんどなく,もっぱら単一課題場面において「増加理論が望ましい」という結論が導かれてきた(Dweck, 2006)。しかし,学習者が課題を選択することのできる状況に置かれている場合,その可能性が軽視されて目の前の課題に努力を注ぐことの有効性だけが強調されると,学習者は自身にとって最適な分野を見つける機会を逃してしまう可能性がある(Epstein, 2019 東方訳 2020; Suzuki et al., 2021)。これは時として,学習者の到達度を制限することにつながってしまうだろう。今後の暗黙理論研究においては,課題選択場面にも着目し,増加理論者・実体理論者それぞれのポジティブ・ネガティブな側面を理解したうえで,研究の知見を幅広い文脈での学習に応用していくことが望まれる。例えば,学習者に増加理論を持たせる介入プログラムを実施する際には,学習者にとって困難を克服することが重要な場面(単一課題場面)なのか,別の課題に移ることでより高い到達度を達成できる可能性がある場面(課題選択場面)なのかを考慮することが重要であろう。課題選択場面に着目した一連の研究は,学習者が取り組む課題は単一であるという従来の研究が暗黙のうちに置いていた前提を相対化することで,学習者が置かれた状況そのものに目を向けることを可能にするものであると言える。

課題選択場面もしくは課題選択の自由度の高い場面に該当する具体的な教育場面として,「総合的な学習(探究)の時間(以下,総合探究)」が挙げられる8)。近年,日本の中等教育課程における総合探究の重要性が主張されるようになっている(見城・大山,2021)。高等学校学習指導要領について解説した文部科学省の文書では,社会が複雑化し予測不可能性が高まっていくことや,高校生が自己の在り方や将来の生き方について深く考える時期であることを踏まえたうえで,生徒が自己の生き方に則し,キャリア形成の方向性と関連づけながら自ら問いを見出し探究する力の育成を強調している(文部科学省,2018)。生徒が自ら取り組むテーマを選択するという学習形態は,教師に与えられた課題に取り組む従来の学習形態とは大きく異なる。本稿の文脈で言えば,これは課題選択の自由度が高い場面であると言えるだろう。こういった状況のもとでは,自分が定めたテーマについて困難に直面しながらも根気良く取り組み続ける姿勢も,自身に合ったテーマを幅広く探索する姿勢も,等しく重要だろう。そうだとすれば,特定の暗黙理論を持たせる介入だけでなく,学習者の暗黙理論に沿った指導を考えていくことも有用であると考えられる。

このように,課題選択場面が実際の教育場面においてその重要性を増していることを踏まえると,今後,実際の学校をフィールドとした研究によって,課題選択場面における暗黙理論の働きを検証していくことが望まれる。しかし,課題選択場面を扱った研究の多くはまだ実験研究にとどまっており,実際の学校における探究学習を対象にしたものはほとんどない。数少ない例外であるHong et al.(2019)は,探究学習を促進するPOQE(Prediction-Observation-Quiz-Explanation)という授業モデルに着目し,このモデルを実践する学習者が増加理論的であるほど,認知負荷の低下・自己効力感の向上が見られ,その結果,POQEモデルの授業を継続する意思が高くなることを示した。しかしながら,POQEモデルは,特定のトピック(環境エネルギーなど)の理解の深化のために4段階のプロセスに従って主体的に学習することを強調する授業モデルであり,一方的に与えられた知識をただ暗記する色合いは少ないものの,どういったトピックを扱うかといった課題選択を含む過程を生徒に行わせるものではなかったため,課題選択場面とは言い難い。それゆえにPOQEモデルの探究学習では,増加理論を持つことがポジティブな帰結につながった可能性がある。これとは対照的に,鈴木(2023)は,ある総合探究実践校の生徒を対象に調査を実施し,暗黙理論と総合探究の課題設定におけるテーマ変更経験が探究学習の達成感に与える影響を分析した。分析の結果,増加理論的傾向が強い参加者の間では,テーマ変更経験の多さによらず達成感は変わらなかったものの,実体理論的傾向の強い参加者の間では,テーマ変更経験が多いほど達成感が高くなっていた。鈴木(2023)の結果は,実体理論者はテーマを柔軟に変更し,自身に合ったテーマを選択できた場合に達成感を得ていたことを示唆している9)。総合探究は2022年から高等学校において必修化されている。課題選択場面における暗黙理論の働きを検証するためにリアルなフィールドという意味でも,必修化され間もない状況下で,教育的・心理学的知見の蓄積が求められるという社会的ニーズが高いという意味でも,後続研究を行う意義は大きいだろう。

課題選択場面を扱う研究の課題と今後の展望

前節のような教育現場の変化を踏まえるならば,今後の暗黙理論研究においては,従来のような単一課題の習熟をゴールに据えた検討だけでなく,課題選択場面を念頭に置いた検討も積極的に進めていくことが望ましい。その場合,研究方法論にもいくつかの工夫が必要になると考えられる。

第一に,特定の暗黙理論を持つことやその介入の効果を検証する際に,学業パフォーマンス以外の測定指標にも目を向けることが重要だろう。暗黙理論研究ではすでに学業パフォーマンス以外にも学習方略,ウェルビーイング,大学中退率など,さまざまな指標が用いられているものの,メタ分析の対象となったり追試研究で用いられたりする指標は,学業パフォーマンスが中心である(e.g., Costa & Faria, 2018; Li & Bates, 2020; Macnamara & Burgoyne 2023; Sisk et al., 2018)。しかし,学習指導要領の改訂に見られるように,教育場面において自ら課題を発見し解決することが重要視されるようになる中で(文部科学省,2018),定められた課題の習熟度で測定される指標の重要性は相対的に低くなっていくのではないだろうか。実際,課題選択が可能な状況で,異なる課題を選択した学習者たちをパフォーマンスの指標で一律に評価することは難しい。探究学習の例で言えば,異なるテーマを設定した生徒同士のアウトプットを単純な成績の数値で比較することはあまり意味を成さないであろう。むしろ,さまざまなテーマから自身の適性にあうものを選ぶことや,困難を克服しながら自身の関心のあるテーマを追求できることに伴う満足感や達成感,それらが今後のキャリアを考えるうえで参考になった程度などの指標の方が重要となる場合もあるかもしれない。したがって,課題選択の自由度の高いフィールドにおける暗黙理論の働きを検討するにあたっては,多様な指標による効果測定とそれらに基づく多面的な議論が望ましいだろう。

第二に,本研究の射程が能力(その中でも学業に関わる能力)の暗黙理論に限定されている点は留意しておく必要があるだろう。暗黙理論研究は能力以外の属性の可変性も数多く扱われており,その領域特異的な効果は数多くの研究で指摘されている(e.g., Romero et al., 2014; Schroder et al., 2015)。例えばSchroder et al.(2015)は,不安に関する増加理論的な信念が抑うつなどの精神健康に関わるさまざまな指標と負の相関を見せることや,精神健康に対して有効な感情制御方略と正の相関を見せることを示している。これらの知見は,別の領域においては,暗黙理論がもたらす影響がパフォーマンスやその結果に対する無力感を通じたプロセスに限定されないことを示している。課題選択の自由度を用いる本研究の議論が他の領域の暗黙理論や課題への取り組み以外のプロセスにおいても援用可能かどうかは今後の検討課題である。

第三に,個人の暗黙理論を測定する尺度についても改善の余地があるだろう。多くの暗黙理論研究では,Dweck(1999)で紹介された6項目の尺度,Hong et al.(1999)が使用した3項目の暗黙理論尺度,もしくはそこから1項目だけ選定したもの(e.g., Jia et al., 2021)を使用している。多くの場合,これらの得点は反転処理などを施されたのち単純加算平均され,その値の高低が増加理論的もしくは実体理論的信念の強さの指標とされる。すなわち,増加理論と実体理論は1次元的なものとして扱われることがほとんどである(Lüftenegger & Chen, 2017)。しかし,増加理論的な信念と実体理論的な信念が1次元的なものであることが強く保証されているわけではない(Lüftenegger & Chen, 2017)。中には2因子構造であることを主張する研究もあり(Dupeyrat & Mariné, 2005; 市村・井田,2019),精査が必要である。

第四に,複数の課題ごとの努力と能力の関係に関するメタ信念を直接測定する必要が挙げられる。本研究では,第3章で暗黙理論を一定の領域における複数の課題ごとの努力と能力の関係に関するメタ信念として捉える仮説モデルを提示し,その妥当性を検証するための知見の紹介を行った。現状の暗黙理論尺度は,能力の可変性に関する全般的な信念のみを測定しているが,課題選択場面における研究を発展させるにあたって,このメタ信念そのものを直接測定する尺度の開発が有用であろう。どのような課題でも努力で能力は伸ばせると考えるのか,適性のある課題では潜在的に備わった能力を発現させることができると考えるのかを直接測定することによって,増加理論者が前者の,実体理論者が後者の信念を持つという本研究の仮説モデルをより直接的に検証できるかもしれない。また,そのようなメタ信念は従来の暗黙理論尺度より,課題選択場面における行動を予測すると考えられる。

おわりに

本稿のゴールは,暗黙理論の有効性に関する従来の研究の視点の限界を指摘したうえで,「どういう時にどちらの暗黙理論を持つことがポジティブな帰結を生むか」という境界条件を検討していくことであった。この問いに対し,課題選択肢の有無や課題選択の自由度といった,学習者を取り巻く環境要因が境界条件となる可能性について議論した。従来の暗黙理論研究においては,増加理論を持つことが長年にわたって推奨されてきた(Dweck, 2006)一方で,パフォーマンスに与える影響に関する知見は結果が混在していた。こうした現状に対して,本稿は一定の貢献をもたらすと考える。これは,認知心理学・学習心理学をベースに発展し,個人内過程が重視されてきた暗黙理論研究に,個人を取り囲む文脈・状況・環境の影響を伝統的に検討してきた社会心理学ならではの視点を持ち込むことによって見えてきた方向性であると言える。

基礎学力の習得を目標とする(特に初等)教育の文脈では,「苦手であれば他の課題に取り組めばいい」という発想は現実的ではない。それは,読み・書き・計算といった基礎学力はすべての学びの土台として必要不可欠であり,他の能力では代替し難いものと言えるためである。すなわち,こうした基礎学力は誰にとっても必ず身につけるべき「選択の自由度の低い課題」であり,だからこそ,困難に直面しても努力を続けることのできる増加理論を持つことが望ましいと考えられてきたのだろう。しかし,取り組む課題に選択の余地がある高等教育,ビジネス,芸術やスポーツ等々の領域においては,自らに適した課題を選び取る力に長けた実体理論にも,一定の利があるだろう。暗黙理論研究の知見を社会に実装していくためには,その時々に取り組むべき課題のバリエーションを考慮した影響を検討することが必須である。Suzuki et al.(2021)が提起した,課題選択場面における二種類の努力配分方略(課題熟達方略・適性探索方略),そして課題選択の自由度という環境要因に着目する視点は,今後の暗黙研究においても検討を続けることが望ましいと言えるだろう。

なお,本稿の主旨は,増加理論がパフォーマンスに与えるポジティブな影響を示してきた研究の蓄積を否定したり,実体理論者の優位性を主張したりするものではない。また,本稿で紹介した実証研究も,そのような主張を支持するものではない。Sisk et al.(2018)では,増加理論と学業パフォーマンスの間の相関に研究間のばらつきが大きいことや総合的な効果が小さいことが指摘されているとはいえ,数多く研究を対象としたメタ分析の結果,正の相関が見られている点や,学業的に失敗するリスクが高い学習者(e.g., 過去に失敗した経験がある学習者)の間では両者の相関が強いことは,無視できない重要な知見である。同様に,Suzuki et al.(2021)のStudy 3でも課題選択の自由度が調整変数となっていることを示す結果になっているものの,課題選択の自由度が高い環境下では実体理論的であるほどパフォーマンスが高いという結果は得られていない。結果の頑健性という観点からも,課題選択の自由度の調整効果を考慮した研究の蓄積が望まれる。

さらに,暗黙理論研究の知見を社会に実装しようとする際には,社会問題への影響にも十分な注意を払う必要があるだろう。従来の暗黙理論研究には,社会階層の低い人々や,人種やジェンダーにおけるマイノリティなど,教育達成上の不利益を被っている人々に対して,「能力は可変的であり,困難は克服可能である」という信念を推奨することで,教育達成の格差を縮小することを提案してきた側面もある(e.g., Aronson et al., 2002; Good et al., 2003; Yeager et al., 2016)。この提案は,いわば特定の集団にのみもたらされる困難を所与としたうえで,そうした困難を(特定の信念を持つことによって)乗り越えるよう,個人に促すものである。

増加理論を持つことで,困難を抱える学習者の多くが励まされ,実際に困難を克服してきたことは確かだろう。一方で,増加理論的な信念を持つ人は,ともすれば,困難を克服できずにいる他者に対して,「それは努力が足りないからだ」という批判的な目を向けがちである。実際,近年のいくつかの研究では,増加理論的な個人ほど,望ましくないアウトプットを挙げた他者に対してネガティブな評価を行い,非難を強めることが指摘されている(e.g., 橋本他,2012; Hooper et al., 2018; Ryazanov & Christenfeld, 2018)。しかし,本来,社会階層間の格差やマジョリティ・マイノリティ間の格差によってもたらされる教育上の困難は,個人の外部にある社会の側の問題である。特定の集団の教育達成の低さが個人の外部に起因して生じている場合,学習上の困難を個人の努力不足に帰属し,努力の継続を促すことは,必ずしも根本的な解決につながらないだろう。

もちろん,集団間格差の問題は短期的な解決が難しいという現実を前にすれば,特定の集団に属することによって不利益を被っている人に対して増加理論的な介入を行うことが,一定の効果を持つことは確かである。しかし同時に,そのことによって,困難を生み出す根本的な要因たる社会構造上の問題の解決を目指すモチベーションが損なわれないよう,注意を払うことも肝要と思われる。増加理論には,他者の困難の原因が当該の個人のコントロールの範疇を超えた外部の環境にあるという視点を見失いやすい,という予期せざる副作用が備わっている。逆に,社会構造の問題によって特定の集団にもたらされる困難をなくす,あるいはより容易な課題に変える(alter)という発想は,実体理論と親和的かもしれない。

さらに留意したいのは,社会階層の低い集団やマイノリティ集団に属する個人が取り組むことのできる課題の選択肢は,社会階層の高い集団やマジョリティ集団に属する個人のそれよりも少ない(ないし選択の自由度が低い)という問題である。低階層集団やマイノリティ集団の人々の中には,取り組む課題を自ら選択する自由をもたないがゆえに,十分な意欲を保つことができず,成果を発揮できずにいる学習者が,少なからず存在しているかもしれない。このように,課題選択の自由度という環境変数は,属する集団によって生まれる教育の格差という社会問題を考えるうえでも一定の示唆を持つと言える。

総じて,暗黙理論の知見を社会に実装するためには,社会の側に備わった構造的問題を考慮し,そうした問題によって暗黙理論が予期せぬ影響を学習者に与える可能性について,事前に検討することが望ましいだろう。本稿が論じてきたように,社会において私たちが取り組むべき課題は多種多様であり,その課題を自ら選び取る自由度の高さは一律ではない。今後は,マイクロな個人の暗黙理論とマクロな社会環境要因との関わりを念頭に置いた,新たな暗黙理論研究の一層の進展が望まれる。

脚注

1) 本稿は,第1著者が第2著者の指導のもとで2021年度に東京大学大学院人文社会系研究科へ提出した博士論文の一部をベースとして大幅に加筆修正されたものである。また,本研究で報告された著者らによる研究は,第1著者(20J14163・22K20324),第2著者(15K04024・19K03189)に対するJPSP科研費の助成を受けて実施された。

2) 一般的な科学理論と異なり,人間性の可変性に関する信念は明示的に表現されることがほとんどないことから暗黙(implicit)という用語が使われている(Chiu et al., 1997)。また,暗黙理論の代わりにマインドセット(mindset)という用語も多く使われるが,両者は同義である(Dweck, 2006)。日本語の文献では,暗黙の知能観という表記もよく使われる(藤井,2010; 竹橋2018; 外山他,2022)。

3) 「増加理論者」「実体理論者」とはDweckらが用いている“incremental theorists”,“entity theorists”に対応する語だが(e.g., Dweck & Leggett, 1988),本稿では必ずしも増加理論的信念を持つ者と実体理論的信念を持つ者を二分法的に捉えてはおらず,後に紹介する実証研究においても個人の暗黙理論を連続的な変数として扱っている。

4) ただし,能力の可変性に関する教示だけでは効果が見られず,学校の人(教授など)も同様に能力を可変的に考えていることが同時に教示されることによって効果が得られていた。

5) Burgoyne et al.(2020)では,達成目標の研究でよく使用されるElliot & Church(1997)の尺度を利用している。この尺度は熟達目標・遂行接近目標・遂行回避目標の3つの達成目標をそれぞれ測定するものであるが,Dweck(1999)は,それぞれの達成目標を個別に測定するのではなく,複数の目標をのうち最も重要なものを尋ねる形での測定を推奨している。

6) 本稿では,成果を挙げるために必要とされる能力や成果の上がる見込みなどの性質が異なる二つ以上の課題から,課題従事者が最終的に取り組む課題を一つ選択するような場面を課題選択場面とする。これは,日本の大学受験における文理選択や就職場面などの社会状況に対応するものであり,いわゆるマルチタスク処理のような課題間の資源分配などの話とは区別される。

7) 文化差を直接扱っているわけではないが,鈴木他(2022)は,二つの特徴の異なる学校を比較し,両校の暗黙理論の差が課題選択の自由度によって媒介されたことを報告している。これは,課題選択の自由度の高い(低い)環境にいることで,実体(増加)理論的信念が獲得されていることを示唆している。しかし,尺度の妥当性などについては改善の余地がまだ大きく,事例的な色合いが強い研究であることには注意が必要である。

8) 総合的な学習(探究)の時間とは,教育課程の時間種別の一つであり,生徒が自ら設定した課題を探究的なプロセスを通じて解決をすることが目指されている。高等学校学習指導要領の解説では,探究的なプロセスとして「①課題の設定→②情報の収集→③整理・分析→④まとめ・表現」という学習過程が提示されている(文部科学省,2018)。また,2022年度の改訂から,古典探究や地理探究,日本史探究,世界史探究,理数探究基礎および理数探究の科目が新設されたが,これらの科目は特定の教科・科目の理解を深めるために探究的なプロセスを重視するものであり,それぞれの生徒が課題を設定する総合的な探究の時間とは区別される(文部科学省,2018)。

9) 一方で,尺度の妥当性はまだ十分テストされていない,実際の探究過程について検討できていないなど予備的研究としての色合いも強く,今後多くの後続研究が行われることが望ましい。

引用文献
 
© 2025 The Japanese Society of Social Psychology
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