2025 Volume 41 Issue 1 Pages 37-38
真鍋一史著『ファセット・アプローチとデータ分析事例』(2024年)は,ルイ・ガットマン(Louis Guttman)が創始したファセット理論(facet theory)に基づく研究法の理論的深化と実践・応用を集大成した書である。真鍋は1976年の在外研究を契機にイスラエルのヘブライ大学と応用社会調査研究所でファセット理論に出会い,以後半世紀にわたり,日本における社会調査と構造分析の方法論としてこの理論を発展させてきた。
ファセット・アプローチとは,調査設計・データ分析・理論構築の三者を一体的に設計する体系であり,とりわけ名義尺度・順序尺度といった「非量的データ」の構造を可視化・定式化する点において,従来の線形的統計分析とは異なる視点を提供する(Canter, 1985; 木村他,2002)。本書に収録された具体的事例は,ウェルビーイング,価値観,宗教意識など多岐にわたり,ファセット理論の理論的可能性と応用の幅広さを如実に示している。
ファセット・アプローチの理論的基盤ファセット・デザインとマッピング・センテンスファセット・デザインとは,調査対象の構成概念(construct)を複数の側面(facets)に分解し,それぞれに具体的要素(elements)を与えることで,測定構造を体系化する調査設計技法である。各ファセットは構造的次元として機能し,マッピング・センテンス(mapping sentence)と呼ばれる形式で記述される。著者のファセット・アプローチは,社会調査における理論と実践の統合をめざす方法論的提案であり,とりわけマッピング・センテンスの導入によって,質問項目の設計を仮説的かつ体系的に行う枠組みを提供する。これにより,調査票は単なる項目の集合ではなく理論的構造に裏打ちされた観察手段として再構築され,国際比較における整合性と分析の信頼性を確保する枠組みとしても意義を持つと考えられる。
最小空間分析(SSA: Smallest Space Analysis)SSAは,相関係数などの類似度指標を非類似度に変換し,ユークリッド距離空間内に配置する多次元スケーリング法である。変数間の相関係数に対して,距離関数を適用し,最小次元で最大情報を保持する空間配置を求める。これにより,変数間の意味構造が視覚的に表現され,構成的領域(construct region)や円環構造(circumplex structure)などが検出可能となる。従来の因子分析が仮定する線形独立性や等間隔尺度の前提に依存しないSSAは,順序性や名義性を保持しながら潜在構造を探索するのに適している。
ファセット・アプローチの分析事例本書では,ファセット・アプローチを応用したいくつかの社会調査の実例が紹介され深く考察されている。特に注目されるのは以下の分析事例である。
ウェルビーイング研究人びとの主観的幸福感に関する調査データを基に,ガットマンは幸福感に影響を与える要因(例えば家族,仕事,健康,余暇など)をファセット・デザインで整理し,SSAを用いて構造的な関係性を可視化している。それは,ウェルビーイング(well-being)という多次元的な概念が,円環構造(circumplex structure)と単一順位構造(simplex structure)が組み合わされたラデックス(radix)と呼ばれる形状で描きだされたものである。
価値観研究ガットマンはヨーロッパ科学財団助成の価値観に関する国際比較調査のデータをもとに,人びとの価値観の分布や構造を分析している。この分析でも,ラデックスの幾何学的形状が描きだされている。この構造理論は,社会調査の応用領域において大きな可能性を示唆している。
宗教意識の国際比較著者自身の研究で,宗教的信念や行動に関するデータをSSAで分析することで,異なる国や文化圏における宗教意識の構造的な共通性を明示している。それは,人びとの意識を「宗教性」と「非宗教性」とに分け,さらに前者を「信念・態度」と「実践・行動」に分けることで構成される「宗教的な観念・イメージ・意識の三層構造」とも言うべきものである。
ファセット・アプローチの意義と課題ファセット・アプローチの意義本書は,社会調査の理論・設計・分析・解釈の一体化を実現する方法論としてファセット・アプローチを提示している。ファセット・アプローチの意義を著者の観点からまとめると以下の3点になる。第1に,構成概念の意味論的分解と調査設計の論理的接続によって,理論主導の調査研究を可能としている点である。第2に,SSAによる視覚的・構造的分析により,従来の因子分析では捉えられなかった潜在的関係性を抽出できる点である。第3に,国際比較を視野に入れた異文化間構造分析において,共通の分析枠組みを適用できる柔軟性と普遍性を持つ点である。また,著者は,欧米の研究におけるSSAのリバイバルの研究動向と,K. G. Jöreskog に始まるMGCFAやSEMと,SSAの併用の研究動向,さらにファセット・アプローチのインターフェイスとしての意義についても論じて,大変意義がある研究の展望を行っている。
ファセット理論の適用分野と有効性ファセット・アプローチは,本書で示された事例での適用分野の他にも,心理学,社会学,経営学,工学領域において定性的データを扱う研究者,そしてマーケティング,製品開発,公共政策においてデータ解析を行う実務家にとって非常に有効である(竹村,2002)。このアプローチは,質問紙データのみならず,行動観察データ,面接,歴史的文献,記録,物理的データなどにも適用可能である。
また,この理論が扱っているデータの尺度水準が,順序尺度(「非常に好き」から「非常に嫌い」までの多段階尺度のような順序のみが意味を持つような尺度),あるいは場合によっては名義尺度(カテゴリーだけがある尺度)であるので,定性データを用いる調査研究には非常に向いている(竹村,2002)。社会心理学などの分野では,このような順序尺度や名義尺度のデータに対して,あたかもそのデータが,間隔尺度(「気温」のように間隔が意味を持つが,原点は特に意味を持たない尺度)や比例尺度(「距離」のように間隔尺度に原点が存在するような尺度)であると仮定して,分散分析や多変量回帰分析における検定を行ったり,因子分析や計量的多次元尺度解析や共分散構造分析を行ったりすることがあるが,これらの分析方法はデータの尺度水準を考慮すると大きな問題がある。本書で提示されたアプローチには,そのような問題がなく,間隔尺度や比例尺度レベルを要求するモデルに無理やりデータを当てはめるということがなく,その意味でも,より一層多くの分野での研究者や実務家の間で用いられてもよいと思われる。
さらに,ファセット・アプローチは,本書で示されたSSAという解析手法に限定されることなく,既存の多変量解析を行う上でも非常に参考になる。本書で示されているように,これまでのファセット・アプローチによる研究では,人間行動に関して,単調関係に関する法則,多調関係に関する法則,諸変数間の関係に関する諸法則が見出されている。これらの法則は,定性的なものではあるが,調査データや行動観察データを分析する際に,是非留意すべきである。これらの法則の存在は,間隔尺度や比例尺度が保証されていてもデータの内容によっては,回帰分析,因子分析,共分散構造分析のような線形モデルでは十分に対応できないことを示唆しており,質問紙作成の段階やデータ解析を行う際に,考慮に入れる必要があるだろう。
今後の課題ファセット・アプローチは,数理的観点からの理論と測定論に基づくものである。ファセット理論は集合論・順序理論に基づく形式的体系であり,Lipschutz(1964 金井・清澤訳 1982)が示した集合系の数学的構造が応用されている。また,西里(1972)は,因子分析における負荷量とガットマン尺度得点の関係を理論化したが,真鍋は,データの線形関数的対応ではなく,位相的構造による包括的理解のあり方を示唆している。本書では,ファセット・アプローチの数理的な説明はなされてないが,興味のある方はShye & Amar(1985),竹村(2002)の解説的記述を参考にしていただきたい。
最後になるが,本書は,日本におけるファセット・アプローチの金字塔ともいえる研究の集大成であり,学者や研究者や実務家にとっての有用性はきわめて高いと考える。
本書についての評者からの問い合わせに対して,何度も懇切にお教えいただき,貴重なご助言をいただいた真鍋一史先生に深く感謝申し上げる。