Japanese Journal of Social Psychology
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Adjusting communal and exchange motivations to perceived spouse responsiveness and its association with relational and personal well-being in married couples
Genta Miyazaki
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Article ID: 2023-035

Details
抄録

This study examined how individuals adjust communal and exchange motivations for doing household tasks based on perceptions of the responsiveness of their spouses and its impact on relational and personal well-being in marital relationships. Toward this end, the study employed an eight-day diary survey. Individual slopes were calculated to quantify the degree of motivation adjustment in response to daily fluctuations in perceived spouse responsiveness. A follow-up survey was then conducted to evaluate relationship satisfaction and subjective well-being. The study analyzed data from 156 married couples using the actor-partner interdependence model via multilevel structural equation modeling. As hypothesized, the study observed a negative correlation between an individual’s slope of perceived spouse responsiveness to exchange motivation and relationship satisfaction. In contrast, however, the study found no significant association between an individual’s slope of perceived spouse responsiveness to communal motivation and relational or personal well-being. These findings imply that the adaptive regulation of exchange motivation in response to perceived spouse responsiveness contributes to positive marital relationships.

問題

人間関係の中で,私たちは,相手の必要とするモノ,サービス,情報などを相手に提供し,また,自分も相手からの恩恵提供を受けている。恩恵提供がどのように行われるかは相手との関係によって異なり,夫婦や恋人といった親密な人間関係で行われる恩恵提供は,その動機に大きな特徴がある(Clark & Aragón, 2013)。親密関係では,恩恵提供において,相手の福利(welfare)に関心を持ち,相手のニーズ(needs)を満たすために行動するという共同的動機(communal motivation)が強い。一方,以前に相手から受けた恩恵提供に返報するため,あるいは,相手からの見返りを期待して恩恵提供をするという交換的動機(exchange motivation)は,共同的動機と比べて優勢ではない(Clark & Aragón, 2013)。

近年の研究から,親密関係における恩恵提供の動機は,恩恵提供者とそのパートナーの関係の良好さ(relationship well-being),そして,個人的な幸福(personal well-being)と関連することが明らかになっている(例えば,Le et al., 2018)。親密関係における恩恵提供が日常生活に欠かせないものであることを考えると,その動機が関係の良好さや個人の幸福とどのように結びついているのかを明らかにすることは,親密な人間関係が私たちの健康で幸福な生活に寄与する心理プロセスを明らかにするうえで重要である。本研究は,配偶者との関係の状況に応じた共同的動機と交換的動機の柔軟な調整(宮崎,2015a, 2015b)という視点から,恩恵提供の動機が夫婦関係の良好さと本人およびパートナーの主観的幸福感(subjective well-being)とどのように関連しているかを検討する。

恩恵提供の動機と関係の良好さおよび個人の幸福

親密関係において,相手のニーズに基づく恩恵提供(共同的動機)が,関係の良好さや個人の幸福と正の関連があることは多くの先行研究で明らかになっている。例えば,関係の良好さとの関連について,Clark et al.(2010)は,結婚直前および結婚後のカップルにおいて,共同的動機に基づく恩恵提供を実践している人ほど,また,パートナーの共同的動機を知覚している人ほど,関係満足度が高いことを明らかにしている。個人の幸福との関連についても,対人関係全般での共同的動機が強い人(共同志向性[communal orientaiton]が強い人)ほど,毎日の生活においてポジティブ感情が強く,ネガティブ感情が弱く,自尊心が高い(Le et al., 2013)ことなどが明らかになっている。個人特性としての共同志向性や関係固有の共同的動機が強いほど,本人とそのパートナーの関係の良好さや主観的幸福感が高いという関連は,メタ分析でも示されている頑健な結果である(Le et al., 2018)。

衡平性の原理に基づく恩恵提供(交換的動機)については,親密関係の良好さとは負の関連が示されている。例えば,Murstein et al.(1977)は,個人特性として対人関係全般での交換的動機が強い人(交換志向性[exchange orientation]が強い人)ほど,夫婦関係の質を低く評価しやすいことを明らかにしている。上述したClark et al.(2010)では,結婚後のカップルにおいて,交換的動機に基づく恩恵提供を実践している人ほど,また,パートナーの交換的動機を知覚している人ほど,本人の関係満足度が低いことが明らかになっている(Clark et al., 2010)。なお,交換的動機と個人の幸福との関連については,これまで十分検討されておらず,両者にも負の関連があるかは明らかではない。

これまでの研究から,個人や関係レベルで安定した特性的な動機と関係の良好さや個人の幸福との関連について,一貫した知見が得られている。ただし,特定の親密関係における恩恵提供の動機は一定ではないと考えられる。例えば,Grote & Clark(2001)は,夫婦関係での葛藤の経験が,家庭での家事における不公平さの知覚を強めることを明らかにしている。これは,夫婦関係での不満を経験することで,関係内で衡平性を保つことへの関心が強まることを示唆している。そのため,親密関係での日々のやり取りの中で,恩恵提供の動機が関係の良好さや個人の幸福とどのように関連しているかを詳細に検討するためには,恩恵提供の動機の変動にも注目する必要がある。

近年では,恩恵提供における動機の日レベルの変動と関係の良好さや個人の幸福との関連を検討した研究も行われている。Impett et al.(2019)は,恋愛カップルを対象にした日誌法調査によって,パートナーとの性行為における共同的動機(sexual communal motivation)が強く,パートナーの性的ニーズを満たすことへの関心と責任が強い日ほど,本人の関係満足度が高く,ポジティブ感情が強く,ネガティブ感情は弱いことを明らかにしている。ただし,Raposo et al.(2020, Study 3)では,パートナーとの性行為における共同的動機と交換的動機の日レベルの変動は,本人およびパートナーの関係満足度とは関連しておらず,結果は一貫していない。

以上より,同じパートナーとの関係であっても,毎日の生活の中で恩恵提供における共同的動機と交換的動機の強さは変動する。共同的動機と交換的動機の変動は,その関係における恩恵提供の経験を変化させ,恩恵提供者とそのパートナーの関係や自身の幸福度の評価にも影響することが示唆されている。しかし,先行研究には限界もある。恩恵提供の動機の日レベルの変動に注目した研究はまだ少なく,その変動もパートナーとの性行為の動機に限定した研究が多い(Impett et al., 2019; Raposo et al., 2020)。そして,より重要なこととして,これまでの研究では,特定の状況に応じて共同的動機と交換的動機が変動することが関係と個人の幸福にどのような影響を及ぼすのかという,状況に応じた動機の調整が関係と個人にもたらす利益という視点に基づく検討が行われていない。

状況に応じた共同的動機と交換的動機の柔軟な調整

McNulty(2016)は,特定の対人過程(例えば,パートナーからの加害に対する赦し,パートナーへの対立の表明)は,常にパートナーとの関係を良好にしたり,悪化させたりするわけではなく,パートナーの特性や関係の特徴といった状況要因によって,その効果が異なることを論じている。そして,適切な状況で特定の対人過程に従事する傾向を,適切に調整された心理的柔軟性(properly calibrated psychological flexibility)と呼び,良好な親密関係を構築・維持するうえで重要な能力と位置づけている。

McNulty(2016)の主張は,恩恵提供における動機の変動と関係の良好さや個人の幸福との関連を検討する研究にも適用できる。私たちは,親密関係では共同的動機に基づく恩恵提供を行うことを理想と考えている(Clark et al., 2010)。しかし,自分ばかりが相手のニーズに関心を持っているという非対称があれば,共同的動機に基づく恩恵提供は相手から搾取されるリスクをもたらす(Clark & Grote, 2003)。相手からの搾取は,自分が軽視されているという被拒絶経験につながるため,共同的動機は,自己が心理的に傷つけられるというリスクももたらす(宮崎,2015a, 2015b; Murray et al., 2006)。

リスク制御理論(risk regulation theory; Murray et al., 2006)によれば,私たちには,親密関係において相手から拒絶され,自己が心理的に傷つけられるリスクに対処する仕組みが備わっている。親密関係での恩恵提供において,相手から搾取され,自己が傷つけられるリスクに対処するためには,相手が自分に対してどのくらい応答的であるか,つまり,自己のニーズ,希望,関心,目標に対して注意を払い,支援的に反応してくれるかという相手の応答性知覚(perceived partner responsiveness; Reis & Clark, 2013)に応じて,共同的動機を調整する必要がある(宮崎,2015b)。つまり,パートナーの低い応答性を知覚したときには,恩恵提供における共同的動機を弱めるという調整を行うことで,親密関係において自己が傷つけられるリスクを低下させることが可能になる。実際,宮崎(2015b)は,親密な関係相手が自分に対して応答的でなかった場面(自分が相手から大事にされていない,相手から軽視されていると思った過去の出来事)を想起させることが,愛着不安が弱い人の恋人関係での共同的動機を弱めることを明らかにしている。そのため,パートナーの応答性知覚に応じて共同的動機を柔軟に調整している人(パートナーの応答性知覚から共同的動機への正の傾き[slope]が大きい人)ほど,パートナーに恩恵提供する場面で,自己がパートナーから搾取され,心理的に傷つけられることを懸念することは少なく,安心して恩恵提供を行うことができるため,恩恵提供の経験は本人にとってより満足したもの(あるいは,不満が少ないもの)となりやすいと考えられる(宮崎,2023a)。

一方,恩恵提供における交換的動機は,関係喪失によるコストの大きい関係において,自己がパートナーから心理的に傷つけられるというリスクがある状況で,関係維持にとって有用な行動(例えば,相手への恩恵提供)を継続させる働きがあると考えられる(宮崎,2015a; Miyazaki, 2017)。衡平性の原理に従うことで,相手からの恩恵提供へのお返しをする,また,相手に恩恵提供をしてもらうために自分もするというように,相手との恩恵のやり取りを継続することが可能になるためである。実際,恋人および友人関係へのコミットメントが強い場合に,関係相手の非応答性を想起することは,その関係での交換的動機を強めることが明らかになっている(宮崎,2015a)。そのため,パートナーの応答性知覚が低いほど交換的動機を強めるという調整をしている人(パートナーの応答性知覚から交換的動機への負の傾きが大きい人)のほうが,安定した恩恵提供を行いやすく,そのことは本人の恩恵提供に対する満足の高さ(あるいは,不満の低さ)と結びつくと予測される。

以上より,相手の応答性知覚に応じて共同的動機を調整することで,相手から搾取され,自己が傷つけられるリスクを低下させることが可能となる。一方,交換的動機を調整することで,自己が心理的に傷つけられる危険性がある状況で,相手との恩恵のやり取りを継続することが可能になる。そのため,親密関係での恩恵のやり取りにおいては,常に共同的動機を優先し,交換的動機を避けるのではなく,関係相手が自分に対してどのくらい応答的かという手がかりを用いて2つの動機をそれぞれ調整する仕組みを持つことで,親密関係における恩恵提供はより満足したもの(あるいは,不満の少ないもの)となりやすいと考えられる。そして,近年の研究において,パートナーのために行った恩恵提供(例えば,パートナーのために自己利益を犠牲にする自己犠牲)に対して満足を感じるほど,本人の関係満足度と主観的幸福感は高くなりやすいことが明らかになっている(レビューとしては,Righetti et al., 2020)。

以上の議論を総合すると,パートナーの応答性知覚に応じて,恩恵提供における共同的動機と交換的動機をそれぞれ柔軟に調整している人ほど,本人の関係満足度と主観的幸福感は高いことが予測される。しかし,これまでの研究では,相手の応答性知覚に応じて恩恵提供における動機を調整することが,関係と個人にとって実際に有用であるかは検討されていない。親密関係における恩恵提供の動機と関係や個人の幸福との関連を新たな視点から検討できるという点でも,特定の状況に応じて動機を柔軟に調整することがもたらす影響を検討することは重要である。

本研究の概要と仮説

本研究の目的は,夫婦関係において,配偶者の応答性知覚に応じて恩恵提供における共同的動機と交換的動機をどの程度調整しているかが,夫婦関係の良好さと夫婦の主観的幸福感とどのように関連しているかを検討することである。本研究では,夫婦関係で日常的に行われる恩恵提供として,家庭での家事を取り上げる(Grote & Clark, 2001; 宮崎他,2020)。家事における共同的動機は「相手のニーズや気持ちに基づき家事を行うという動機」,交換的動機は「衡平性の原理に基づき家事を行うという動機」を意味する(宮崎他,2020)。家事は,夫婦関係において頻繁に行われる恩恵提供行動であるため,本研究で調査期間とした8日間という限られた期間でも,その動機の変動を十分に捉えられるという利点がある。加えて,家事は夫婦関係において頻繁に行われるものであるため,その動機が本人および配偶者の主観的幸福感や関係満足度との関連を明らかにすることは,夫婦関係における幸福と関連する要因を明らかにするうえでも重要である。

本研究では,夫婦ペアを対象にした日誌法調査によって,その日の配偶者の応答性知覚,家事における共同的動機と交換的動機を測定する。パートナーの応答性知覚は日々の生活の中で変動する(Ruan et al., 2020)ため,配偶者の応答性知覚の毎日の変動に応じて共同的動機と交換的動機がどの程度調整されているかを,個人ごとに傾きとして推定する。日誌法調査の終了後に行う事後調査で,夫婦それぞれの関係満足度と主観的幸福感を測定する。主観的幸福感の指標としては,人生満足度,ポジティブ感情およびネガティブ感情の経験を測定する(Diener, 1984)。日誌法調査データから推定される傾きと,事後調査で測定される夫婦の関係満足度および主観的幸福感との関連を,行為者—パートナー相互依存性モデル(Actor-Partner Interdependence Model: APIM; Kenny et al., 2006)に基づき検討する。上述した議論に基づき,本研究では以下の仮説を検証する。

まず,夫婦の関係満足度についての仮説として,配偶者の応答性知覚が低い日に家事における共同的動機を弱めやすい人(配偶者の応答性知覚から共同的動機への正の傾きが大きい人)ほど,本人の関係満足度が高い,と予測する(仮説1)。また,配偶者の応答性知覚が低い日に家事における交換的動機を強めやすい人(配偶者の応答性知覚から交換的動機への負の傾きが大きい人)ほど,本人の関係満足度が高い,と予測する(仮説2)。次に,夫婦の主観的幸福感についての仮説として,配偶者の応答性知覚が低い日に家事における共同的動機を弱めやすい人ほど,本人の主観的幸福感が高い,と予測する(仮説3)。また,配偶者の応答性知覚が低い日に家事における交換的動機を強めやすい人ほど,本人の主観的幸福感が高い,と予測する(仮説4)。

なお,親密関係においてパートナーへの恩恵提供に満足していることは,本人だけでなく,そのパートナーの高い関係満足度や主観的幸福感と結びつくことも明らかになっている(レビューとしては,Righetti et al., 2020)。そこで本研究では,配偶者の応答性知覚から共同的動機および交換的動機への傾きが配偶者の関係満足度と主観的幸福感に及ぼす影響(パートナー効果)についても探索的に検討する。

方法

サンプルサイズ設計

調査に使用可能な予算のもとで,夫婦ペアに対して7日以上の日誌法調査と1回の事後調査を行うために,目標サンプルサイズを200組に設定した。日誌法調査の日数は,予算で実施可能な最大日数であった8日とした。

調査参加者

調査会社(クロス・マーケティング社)が保有する調査モニターから,スクリーニング調査によって,1)結婚している,2)配偶者と同居している,3)夫婦の両者がフルタイムで働いている,4)本人と配偶者がペアで,事後調査を含めた9日間連続の調査(8日分の日誌法調査と1つの事後調査)に参加できる,という4つの条件に合致する20代から50代の日本人成人を選出した3)。日誌法調査で途中離脱者が発生することや,Directed Question Scale(DQS)に正反応を示さないなどの理由で分析対象からの除外者が生じることを考慮して,本調査の対象者を600名選出し,本人とその配偶者を合わせて1,200名(600組)に本調査を実施した。そのうち,夫婦のいずれかが9回の調査で1回は回答したペアが465組であった。8日間の日誌法調査の回答総数は6,538,事後調査の回答者は809名であった。

夫婦の両者が日誌法調査で5日以上回答した252組のうち,調査の第1日目に尋ねた1)結婚期間(夫婦の回答の差が12ヶ月以下であるか),2)子どもの数(夫婦の回答に差がないか),3)年齢(配偶者の年齢の回答と本人による回答の差が1歳以下であるか)に,夫婦で回答に齟齬があったペアを分析対象から除外した。また,事後調査に含めたDQS(この項目は,「ややそう思う」を回答してください)で,夫婦の両者が正反応しなかったペアを分析対象から除外した。その結果,分析対象となった夫婦は175組となった。分析対象となったペアの夫の平均年齢は42.36歳(SD=9.18),妻の平均年齢は40.29歳(SD=8.97),結婚期間の平均は11.34年(SD=8.56)であった。日誌法調査の回答総数は,夫が1,385(平均回答日数=7.91),妻が1,386(平均回答日数=7.92)であった。家事における共同的動機および交換的動機を変数に含むマルチレベル分析では,夫婦両者の家事を行った日数が3日以上であった156組を分析対象とした。

倫理的配慮

毎回の調査の回答開始前に,調査への協力は本人と配偶者の自由意思に基づくものであり,答えたくない項目や答えにくい項目に無理に回答する必要はないこと,回答を始めた後でも本人および配偶者の意思により回答を中止できること,調査によって個人が特定されることはないことを説明した。また,配偶者とペアで調査に協力するうえで,それぞれの回答は1人で行い,配偶者や他の家族には相談せず,お互いの回答を見たり見せたりすることがないように依頼した。以上の内容に同意をした者に調査への回答を求めた。

手続き

調査は,調査会社が運営するwebサイト上で実施した。日誌法調査は2020年11月2日から11月9日の8日間に行い,事後調査は11月10日に行った。いずれの調査についても,調査日の午後8時に夫と妻のメールアドレスに調査へのリンクを送付した。日誌法調査は,当日中(午後11時59分まで)に回答するように依頼した。ただし,時間内の回答が困難であれば,回答時間を遅らせてよいことを説明した。日誌法調査については,リンク送付日の翌日の午前5時までの回答を有効回答とした。

日誌法調査では,まず,その日の配偶者との関係についての質問として,配偶者の応答性知覚を測定した。次に,その日に家庭で家事(料理,洗濯,掃除,ゴミ出し,皿洗い,買い物,風呂掃除,アイロン,子どもの送り迎え,など)をしたかどうかを尋ねた。家事をしたと回答した人に対して,家事における共同的動機と交換的動機を測定する尺度に回答を求めた。尺度の回答順は固定し,各尺度の中で項目をランダムな順序で提示した。

事後調査では,現在の配偶者との関係についての質問として,関係満足度を測定した。その後,現在の生活や自分の状態についての質問として,主観的幸福感の指標である人生満足度と感情状態を測定した4)。尺度の回答順は固定し,各尺度の中で項目をランダムな順序で提示した。

日誌法調査の測度

配偶者の応答性知覚

Maisel & Gable(2009)で使用された3項目の邦訳版(宮崎,2023a, 2023b)を用いた。「配偶者は,私のことを理解してくれている」,「配偶者は,私の考えや能力を高く評価してくれている」,「配偶者は,私のことに関心を持ってくれている」の3項目について,配偶者との関係に関する考え方や感じ方にどの程度あてはまるかを,7件法(1. まったくあてはまらない–7. とてもあてはまる)で回答を求めた。

家事における共同的動機と交換的動機

宮崎(2015a, 2015b)の共同規範と交換規範の測度を参考に,宮崎他(2020)が作成した尺度項目を用いた。宮崎他(2020,研究2)の夫婦ペア397組を対象とした探索的因子分析の結果に基づき,共同的動機を測定する5項目(「配偶者が喜ぶと思ったから」,「配偶者に幸せになってほしいから」,「配偶者が快適に暮らせるようにしたいから」,「配偶者の役に立ちたいから」,「配偶者に楽になってほしいから」)と交換的動機を測定する3項目(「配偶者に前に家事をしてもらったから」,「配偶者に他の家事をやってもらいたいから」,「配偶者と負担を公平にしたいから」)を用いた。それぞれの項目がその日に家事を行った気持ちにどの程度あてはまるかを,7件法(1. まったくそう思わなかった–7. とてもそう思った)で回答を求めた。

事後調査の測度

関係満足度

Rusbult et al.(1998)の投資モデル尺度の邦訳版(古村他,2013)から,関係満足度を測定する5項目を用いた。「私は,自分たちの関係に満足している」などの5項目について,現在の配偶者との関係に対する考え方や感じ方にどの程度あてはまるかを,7件法(1. まったくあてはまらない–7. とてもあてはまる)で回答を求めた。

主観的幸福感

人生満足度は,Diener et al.(1985)の人生満足度尺度の邦訳版(大石,2009)によって測定した。「ほとんどの面で,私の人生は私の理想に近い」などの5項目について,現在の自分の人生にどの程度あてはまるかを,7件法(1. まったくそう思わない–7. 非常にそう思う)で回答を求めた。

感情状態は,Watson et al.(1988)が作成したPositive and Negative Affect Schedule(PANAS)の邦訳版(川人他,2012)によって測定した。「やる気がわいた」などのポジティブ感情10項目,「恐れた」などのネガティブ感情10項目について,現在の気分にどの程度あてはまるかを,6件法(1. まったくあてはまらない–6. 非常によくあてはまる)で回答を求めた。

結果

本研究の分析には,HAD17_102ソルバーオンバージョン(清水,2016)とMplus 8.10(Muthén & Muthén, 1998–2023)を用いた。

尺度構成

日誌法調査で測定した家事における共同的動機と交換的動機の8項目について,8日間の各データに対して,夫と妻ごとに,2因子モデルで確認的因子分析を行った。適合度指標は,RMSEAが.10以上となるものがあったが,CFIは.95以上,SRMRは.08以下であった。因子負荷量はいずれも.55以上であった。因子間相関はやや強かった(夫の範囲は.55–.76,妻の範囲は.32–.63)が,適合度を1因子モデルと比較したところ,2因子モデルのほうが適合度はいずれも高かった5)。よって,2因子モデルを採用した。Chronbachのα係数を算出したところ,夫と妻のいずれにおいても,共同的動機(夫の範囲は.94–.97,妻の範囲は.95–.97)と交換的動機(夫の範囲は.72–.89,妻の範囲は.80–.90)の下位尺度には高い信頼性が認められた。各尺度を構成する項目の平均得点を算出して分析に用いた(共同的動機の夫の平均値は5.17[SD=1.39],妻の平均値は4.84[SD=1.51];交換的動機の夫の平均値は4.33[SD=1.54],妻の平均値は3.90[SD=1.61])。

日誌法調査で測定した配偶者の応答性知覚の3項目について,8日間の各データに対して,夫と妻ごとにChronbachのα係数を算出した。その結果,いずれも高い信頼性が認められた(夫の範囲は.88–.96,妻の範囲は.88–.95)ため,それぞれの平均得点を算出した(夫の平均値は5.40[SD=1.24],妻の平均値は5.35[SD=1.28])。

事後調査で測定した関係満足度(夫のαは.96,妻のαは.96),人生満足度(夫のαは.93,妻のαは.93),PANASのポジティブ感情(夫のαは.91,妻のαは.90)とネガティブ感情(夫のαは.93,妻のαは.91)は,いずれも高い信頼性が認められたため,それぞれの平均得点を算出した(関係満足度の夫の平均値は5.27[SD=1.30],妻の平均値は5.22[SD=1.40];人生満足度の夫の平均値は4.54[SD=1.32],妻の平均値は4.52[SD=1.43];ポジティブ感情の夫の平均値は3.37[SD=0.91],妻の平均値は3.23[SD=0.89];ネガティブ感情の夫の平均値は2.46[SD=0.94],妻の平均値は2.53[SD=0.98])6)

予備的分析

仮説を検証する前に,夫と妻のそれぞれについて,配偶者の応答性知覚が家事における共同的動機および交換的動機に及ぼす影響(応答性知覚からそれぞれの動機への傾き)の個人間のばらつきを検討した。共同的動機(交換的動機)を目的変数,個人平均によって中心化した配偶者の応答性知覚をレベル1の説明変数とし,切片と傾きに変量効果を仮定する階層線形モデル(HLM)による分析を実施した(Table 1)。

Table 1 共同的動機および交換的動機を目的変数としたHLMの固定効果と変量効果

共同的動機交換的動機共同的動機交換的動機
固定効果B95%CIpB95%CIpB95%CIpB95%CIp
切片5.19[4.98, 5.39]<.0014.31[4.09, 4.53]<.0014.82[4.60, 5.04]<.0013.98[3.76, 4.21]<.001
応答性知覚(傾き)0.28[0.17, 0.38]<.0010.08[−0.04, 0.20].1950.21[0.10, 0.32]<.0010.13[0.00, 0.25].044
変量効果分散成分p分散成分p分散成分p分散成分p
切片1.63<.0011.91<.0011.95<.0012.04<.001
応答性知覚(傾き)0.15<.0010.10.0120.17<.0010.16<.001

Table 1に示されるように,夫と妻のいずれにおいても,切片の変量効果とともに,応答性知覚から共同的動機および交換的動機への傾きの変量効果は有意であった7)

仮説の検証

仮説1と2を検証するため,配偶者の応答性知覚から共同的動機への傾き,共同的動機の切片,配偶者の応答性知覚から交換的動機への傾き,交換的動機の切片,の4つの変量効果を推定し,それぞれが本人および配偶者の関係満足度に影響するというAPIMについて,マルチレベルSEMによって検討した。配偶者の応答性知覚は個人平均によって中心化した。そのため,上記モデルにおける傾きは,個人の中で配偶者の応答性知覚に変化が生じたときの共同的動機および交換的動機の変化の方向とその程度を表し,切片は,応答性知覚が本人の平均レベルであるときの共同的動機および交換的動機の強さを示す。夫と妻のそれぞれにおいて,共同的動機に関する傾きと切片の共分散と,交換的動機に関する傾きと切片の共分散を仮定した。また,夫と妻の共同的動機および交換的動機の切片の間にはすべて共分散を仮定した。夫と妻の関係満足度の誤差変数間にも共分散を仮定した8)

分析の際は,家事をしていない日の動機が推定されないように,欠損値に対してリストワイズ削除を行い,ロバスト最尤法による推定を行った。行為者効果とパートナー効果について,夫と妻で等値制約を置かないモデル(model 1)と等値制約を置くモデル(model 2)を比較したところ,model 2のほうが適合度は良かったため,その結果をTable 2に示した。

Table 2 マルチレベルSEMを用いた行為者—パートナー相互依存性モデルの非標準化推定値(関係満足度と主観的幸福感)

関係満足度主観的幸福感
B95%CIpB95%CIp
Between Level
応答性知覚→共同的動機・傾き(行為者効果)0.01[−0.57, 0.58].9880.34[−0.66, 1.34].506
共同的動機・切片(行為者効果)0.46[0.30, 0.61]<.0010.41[0.22, 0.60]<.001
応答性知覚→共同的動機・傾き(パートナー効果)0.37[−0.35, 1.09].312−0.25[−1.13, 0.63].576
共同的動機・切片(パートナー効果)0.21[0.07, 0.36].005−0.07[−0.26, 0.12].480
応答性知覚→交換的動機・傾き(行為者効果)−1.18[−2.09, −0.27].011−0.86[−2.18, 0.45].199
交換的動機・切片(行為者効果)0.16[−0.06, 0.38].1640.11[−0.22, 0.44].519
応答性知覚→交換的動機・傾き(パートナー効果)0.02[−1.15, 1.19].978−0.39[−1.80, 1.03].592
交換的動機・切片(パートナー効果)−0.20[−0.44, 0.03].0910.04[−0.30, 0.37].834
model 1(制約なし)
AIC10049.1711072.58
BIC10329.3611397.82
SBIC10148.3311185.04
model 2(等値制約)
AIC10043.3811070.08
BIC10284.2511356.49
SBIC10128.6311169.11

注)表にはmodel 2の結果が記載されている。主観的幸福感は,得点が高いほど,人生満足度とポジティブ感情が高く,ネガティブ感情が低いことを示す。本モデルでは,応答性知覚から共同的動機および交換的動機への傾きの変量効果を仮定しているため,CFI,RMSEA,SRMRなどの一般的な適合度指標は出力されない。

Table 2に示されるように,配偶者の応答性知覚から共同的動機への傾きの効果について,本人の関係満足度に対する行為者効果は有意でなく,仮説1は支持されなかった。また,配偶者の関係満足度に対するパートナー効果も有意でなかった。共同的動機の切片の効果については,正の行為者効果とパートナー効果が有意であった。

配偶者の応答性知覚から交換的動機への傾きの効果については,本人の関係満足度に対する負の行為者効果が有意であった。これは,配偶者の応答性知覚から交換的動機への負の傾きが強い人(配偶者の応答性知覚が低くなった日に家事における交換的動機を強めやすい人)ほど,本人の関係満足度が高い,あるいは,応答性知覚から交換的動機への正の傾きが強い人(応答性知覚が高くなった日に交換的動機を強めやすい人)ほど,本人の関係満足度が低いことを示すものであった。よって,仮説2は支持された。配偶者の関係満足度に対するパートナー効果は有意でなかった。交換的動機の切片の効果については,行為者効果,パートナー効果ともに有意でなかった。

仮説3と4を検証するため,上記と同じモデルで分析を行った。ただし,主観的幸福感は,人生満足度,ポジティブ感情,ネガティブ感情の3つの観測変数で構成される潜在変数とし,主観的幸福感からそれぞれの観測変数へのパス係数に夫と妻で等値制約を置いた。分析を行ったところ,人生満足度の誤差分散がマイナスになるという不適解が生じたため,人生満足度の誤差分散を0にする制約を加えた。主観的幸福感を目的変数とする分析についても,model 1よりもmodel 2のほうが適合度は良かったため,等値制約をかけたモデルの結果をTable 2に示した。

Table 2に示されるように,配偶者の応答性知覚から共同的動機への傾きの効果について,本人の主観的幸福感に対する行為者効果は有意でなく,仮説3は支持されなかった。また,配偶者の主観的幸福感に対するパートナー効果も有意でなかった。共同的動機の切片の効果については,正の行為者効果が有意であったが,パートナー効果は有意でなかった。

配偶者の応答性知覚から交換的動機への傾きの効果について,本人の主観的幸福感に対する行為者効果は有意でなく,仮説4は支持されなかった。また,配偶者の主観的幸福感に対するパートナー効果も有意でなかった。切片の行為者効果とパートナー効果も有意でなかった9)

考察

親密関係ではお互いに対する恩恵提供が日常的に行われているが,その動機と関係の良好さや個人の幸福との関連について,多くの研究が行われている(例えば,Le et al., 2018)。本研究で取り上げた家庭での家事という恩恵提供でも,先行研究と一貫する結果が得られた。APIMモデルを用いたマルチレベルSEMにおいて,共同的動機の切片は,本人と配偶者の関係満足度,そして,本人の主観的幸福感と正の関連があった。つまり,配偶者の応答性知覚が本人の平均レベルであるときに,配偶者のニーズや気持ちを満たすために家事を行っている人ほど,本人と配偶者の夫婦関係の満足度は高く,また,本人の主観的幸福感も高かった。配偶者の主観的幸福感との関連は認められなかったが,これは,関係固有の共同的動機がパートナーの主観的幸福感に及ぼす効果は,本人の主観的幸福感に及ぼす効果や本人およびパートナーの関係の良好さに及ぼす効果よりも小さいというメタ分析結果(Le et al., 2018)と一貫している。共同的動機の切片についての結果は,先行研究をおおむね再現するものであったといえる。

家事における交換的動機の切片については,先行研究(例えば,Clark et al., 2010)とは異なり,関係満足度との負の関連は認められなかった。この結果には,家事という限定された場面での交換的動機の効果を検討したことが関わっていると推測される。例えば,Clark et al.(2010)では,当該関係でどのくらい交換的動機が実践されているかが測定されている。一方,性行為という限定された場面での交換的動機を測定したRaposo et al.(2020, Study 2)では,交換的動機と本人およびパートナーの関係満足度は関連していなかった。関係での恩恵のやり取り全般ではなく,特定の恩恵提供場面において交換的動機が強いことは,夫婦関係の質の低さとは結びつかない可能性がある。また,本人およびパートナーの主観的幸福感については,パートナーとの衡平性を保つために家事を行うこととの関連は認められなかった。家事という限定的な場面の交換的動機を測定した影響である可能性もあるが,交換的動機と主観的幸福感との関連を検討した研究はほとんどないため,さらなる検討が必要である。

本研究の独自の視点は,配偶者の応答性知覚に応じて家事における共同的動機と交換的動機をどの程度調整しているかを,応答性知覚のそれぞれの動機に対する傾きとして推定し,その傾きと夫婦の関係満足度および主観的幸福感との関連を検討したことにある。本研究の重要な知見として,まず,配偶者の応答性知覚からそれぞれの動機への傾きには,個人間のばらつきが認められた。つまり,配偶者の応答性知覚の変化に応じて,家事における共同的動機や交換的動機をどのように,そして,どの程度調整するかには個人差があった。恩恵提供における動機の変動を,関係の状況に応じて対人過程を適切に調整する心理的柔軟性(McNulty, 2016)という視点から捉えることは妥当であったといえる。

そして,仮説2と一貫する結果として,配偶者の応答性知覚から交換的動機への傾きに,本人の関係満足度との負の関連が認められた。つまり,配偶者の応答性知覚が低い日ほど家事における交換的動機を強め,応答性知覚が高い日ほど交換的動機を弱める傾向が強い人ほど,配偶者との関係により満足していた。衡平性を保つという動機に基づく恩恵提供は,親密関係にとって理想でないと考えられやすい(Clark et al., 2010)。しかし,本研究の結果は,家事という日常的に行われる恩恵提供において,配偶者の応答性知覚に応じて交換的動機を柔軟に調整することは,配偶者との良好な関係の維持に寄与することを示唆している。配偶者の応答性を普段よりも低く知覚した日には,相手が前に行った家事に対する返報として,あるいは,相手からの返報を期待して家事をすると考えることで,自分だけが相手に恩恵提供をして搾取されるかもしれない,自分に対する相手の関心の低さに気づいてしまうかもしれないというリスクがある状況で,安定して家事を続けることができると考えられる。また,配偶者の応答性を普段よりも高く知覚した日には,相手との衡平性を意識しないようにすることで,家事をより自律的に行っていると感じられるだろう。配偶者の応答性知覚から交換的動機への負の傾きが強い人のほうが,毎日の生活においてより満足した,あるいは,不満や不安の少ない家事を行いやすく,それが夫婦関係の満足度につながっていると考えられる。

一方,仮説4に反して,配偶者の応答性知覚から交換的動機への傾きは,本人の主観的幸福感とは関連していなかった。回帰係数の傾向は関係満足度の場合と類似していたことから,配偶者の応答性知覚に応じて交換的動機を調整する傾向と主観的幸福感との関連は間接的なものである可能性が考えられる。夫婦関係の質の高さが高い幸福感と結びつくことは多くの研究で明らかになっている(例えば,Proulx et al., 2007)。配偶者の応答性知覚から交換的動機への負の傾きが強い人ほど,夫婦関係の満足度が高く,それによって,主観的幸福感も高くなるという間接的な関連であったため,直接的な関連を検出できなかった可能性がある。

配偶者の応答性知覚から共同的動機への傾きについては,仮説を支持する結果はいずれも得られなかった。仮説1と3に反して,配偶者の応答性知覚から共同的動機への傾きは,本人の関係満足度および主観的幸福感のいずれとも関連が認められなかった。上述した切片の効果から明らかなように,家庭での家事における共同的動機の強さは,夫婦関係の良好さと本人の高い主観的幸福感と結びついていた。配偶者の応答性知覚の一時的な低下に応じて,家事における共同的動機を弱めるという調整を行うことは,相手から搾取されたり,自己が傷つけられたりするリスクを低減できる一方で,関係の良好さと個人の幸福に寄与する共同的動機を経験する機会を減少させる。本研究において,配偶者の応答性知覚は平均的に高く,本研究の対象となった夫婦関係は,相手から搾取され,自己が傷つけられるリスクは相対的に低い関係であった。そのような関係では,共同的動機によって恩恵提供者は幸福を経験しやすい(宮崎,2023a, 2023b)ため,共同的動機を調整することの効用が認められにくかった可能性がある。配偶者の応答性知覚が平均的に高い関係では,個人と関係に利益をもたらしている共同的動機を高く維持しつつ,応答性知覚の一時的な低下に対しては,相手との衡平性への意識を強めるという対処をすることが有効なのかもしれない。今後の研究では,配偶者の応答性知覚から共同的動機および交換的動機への傾きの効果を調整する要因について検討する必要がある。

本研究では,配偶者の応答性知覚から共同的動機および交換的動機への傾きが,配偶者の関係満足度と主観的幸福感に影響するというパートナー効果はいずれも認められなかった。家庭で行う家事は,ルーティン化されたものも多いと考えられる。そのため,毎日の生活の中で,配偶者が行う家事に意識を向けることは少なく,配偶者の動機の効果が総じて認められにくかった可能性がある。ただし,夫と妻の関係満足度に中程度の正の相関が認められていること(電子付録のTable S4)を考えると,配偶者の応答性知覚に応じて交換的動機を調整することは,本人の関係満足度に影響することを介して,間接的にパートナーの関係満足度に影響する可能性も考えられる。

以上より,配偶者の応答性知覚に応じて家事における共同的動機と交換的動機をどの程度調整しているかが,夫婦関係に及ぼす影響は限定的であった。しかし,配偶者との関係の状況に応じた動機の柔軟な調整という視点を導入することで,これまで親密関係に悪影響をもたらすと考えられてきた交換的動機が,夫婦関係の良好さと結びつく場合があるという新たな知見が得られた。本研究は,恩恵提供における動機と関係および個人の幸福という近年多数の研究が行われているテーマについて,新たな視点をもたらしたといえる。

本研究の限界と今後の研究に向けた課題

本研究では,先行して実施した日誌法調査データから切片と傾きを推定し,その後の調査で測定した関係満足度および主観的幸福感との関連を検討した。しかし,本研究で検討したのは相関関係であり,APIMにおける切片や傾きと夫婦の関係満足度および主観的幸福感の関連について,影響の方向性は明らかにできていない。今後の研究では,夫婦関係の満足度や主観的幸福感を測定する事前調査を行い,それらの影響を統制して切片や傾きの効果を検討するなど,影響の方向性を明確にするための工夫が必要である。

次に,本研究では,家事という限定された活動における共同的動機と交換的動機を測定した。家事は夫婦関係で日常的に行われる恩恵提供であるため,その動機の変動を検討しやすいという利点がある。しかし,家事以外の恩恵提供場面にも本研究の知見を適用できるかは明らかではない。また,本研究の結果は,新型コロナウイルス感染症のパンデミック下で,相対的に関係が良好な日本人の共働きの夫婦ペアという,限定された状況および関係で得られたものである。そのため,配偶者の応答性知覚に応じた恩恵提供の動機の調整が夫婦関係に及ぼす影響について,その知見を一般化することには限界がある。今後の研究では,異なる恩恵提供場面や多様な関係を対象にして,恩恵提供における動機の調整が関係の良好さと個人の幸福に及ぼす影響を検討する必要がある。

結論

夫婦関係では,どのような動機で恩恵提供を行うことが関係の良好さや幸福と結びつきやすいだろうか。本研究は,配偶者の応答性知覚に応じた共同的動機と交換的動機の調整という視点を導入することで,応答性知覚の変化に応じて柔軟に交換的動機を調整していることが,夫婦関係の良好さと関連していることを示した。夫婦関係で恩恵提供をする際には,共同的動機と交換的動機がどのくらい強いかだけでなく,それぞれの動機をどのように調整しているかも重要であるといえる。

脚注

1) 本研究は科学研究費補助金(若手研究課題番号:JP18K13277)の助成を受けて実施された。本研究の内容の一部は,日本心理学会第85回大会で発表されている。

2) 本研究は,東京女子大学人を対象とする研究に関する倫理審査委員会による承認を得て行われた(承認番号A2020-7)。

3) 家庭での家事の負担が夫婦のどちらかに極端に偏らないようにするため,夫婦の両者がフルタイムで働いていることを条件とした。

4) 事後調査には,日誌法調査で回答した過去8日間の家事に対する感情を測定する項目と基本的心理欲求充足を測定する尺度も含まれていた。DQSは,基本的心理欲求充足尺度に含めていた。これらの尺度に関する説明は,電子付録に記載した。

5) それぞれの適合度の詳細を電子付録のTable S1とS2に記載した。本研究において,家事における共同的動機と交換的動機に正の相関が認められた。これは,配偶者のニーズに応えるために家事を行うという動機と,配偶者との衡平性を保つために家事を行うという動機は,いずれも家庭で家事という恩恵提供を行うことと関わる動機であるためと考えられる。この結果と類似する知見として,Li & Fung(2019)の日誌法調査研究でも,母親および恋人との関係において,恩恵提供と関わる志向性である共同志向性と交換志向性に日レベルおよび個人レベルの両方で正の相関が認められている。なお,それぞれの時点の夫と妻の因子間相関について,多母集団同時分析によるパラメータの一対比較(8回の検定を繰り返すため,Bonferroni法により有意水準を.05÷8に調整)を行ったところ,いずれの時点においても,因子間相関の差は認められなかった。

6) 日誌法調査で測定した3つの変数について,夫と妻ごとに,平均値と標準偏差,ICC,日レベルおよび個人レベルの相関を算出し,電子付録のTable S3に示した。また,事後調査で測定した変数(関係満足度,人生満足度,ポジティブ感情,ネガティブ感情)の平均値と標準偏差,変数間の単純相関を,電子付録のTable S4に示した。

7) それぞれの傾きの固定効果±2 SDの値を算出したところ,応答性知覚から共同的動機への傾きは夫が−0.49から1.04,妻が−0.61から1.03であった。また,応答性知覚から交換的動機への傾きは夫が−0.56から0.72,妻が−0.68から0.93であった。

8) 分析に用いたMplusのシンタックスを電子付録のAppendixに示した。

9) 本文で分析に用いなかった変数に対する補足分析の結果は,電子付録のTable S5とS6に示した。

引用文献
 
© 2025 The Japanese Society of Social Psychology
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