Japanese Journal of Social Psychology
Online ISSN : 2189-1338
Print ISSN : 0916-1503
ISSN-L : 0916-1503
Association between self-distancing and reflection on negative experiences: An examination including forgiveness and holistic thought
Qiuhao CuiKeiko Ishii
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML Advance online publication

Article ID: 2024-011

Details
抄録

Self-distancing refers to the process of stepping back from one’s experiences to gain psychological distance. Previous research has suggested that self-distancing is associated with adaptive reflection on negative experiences and serves as an effective emotion regulation strategy. This study explores the relationship between self-distancing and reflection on negative experiences among Japanese individuals, including holistic thought and interpersonal relationship adjustments, such as forgiveness. The findings indicated that, regardless of self-distancing manipulation, individuals who reported engaging in higher levels of self-distancing were more likely to reflect adaptively and experienced reduced anger-related emotions following their reflection. However, self-reported self-distancing was not significantly associated with maladaptive reflection, holistic thought (specifically, as measured by a bird’s-eye perspective drawing), or the degree of forgiveness toward others.

一般的に,自己没入的な視点で出来事を振り返ることは反芻に代表される不適応な内省を導く。これに対し,自身と出来事の間に心理的距離をとることは,自身の感情や考えを適切に評価する適応的な内省を促し,ネガティブ経験に対する苦痛を改善させる(Kross et al., 2005)。セルフディスタンシングとは,第三者の視点の援用に代表されるように,一歩引くことで自身を出来事から切り離して心理的距離をとる過程である(Kross & Ayduk, 2017)。セルフディスタンシングと感情制御との関連に関して,これまでKrossらを中心としたさまざまな研究がある(Kross, 2021; Kross & Ayduk, 2017)。しかしその主な研究対象となっているのは怒りに代表される自身のネガティブな感情であり,対人相互作用におけるポジティブな影響(例えば赦しの促進)についてほぼ検討されていない。しかもその知見は欧米文化圏に偏っている。セルフディスタンシングの文化差を検討した試みは限定的ながら存在し,その先行要因として思考様式の文化差を前提としているが(Grossmann & Kross, 2010),個人レベルの思考様式とセルフディスタンシングとの関連については不明である。そこで本研究は,日本人を対象にセルフディスタンシングとネガティブ経験に対する内省との関連を調べるとともに,セルフディスタンシングと包括的思考との関連,およびセルフディスタンシングと相手への赦しの程度との関連も探索的に検討した。

セルフディスタンシングと赦し

これまでのセルフディスタンシング研究は,異なる出来事や感情経験を参加者に想起させ,内省におけるセルフディスタンシングの効果を検証してきた。それらの知見は,過去に経験した怒り(Ayduk & Kross, 2010; Kross et al., 2005, 2014),強い悲しみ・抑うつ気分(Ayduk & Kross, 2008),対人的拒絶(Ayduk & Kross, 2010)のそれぞれを含む経験に対する内省の際に,セルフディスタンシングがネガティブ感情の低減に有効であることを示している。特に,怒りに関する経験の内省においてのセルフディスタンシングの効果はさまざまなサンプルで追認されており,子供や青少年(Kross et al., 2011; White et al., 2015),非西洋圏の人々(Cho & Na, 2022)において一貫して示されている。

一方これまでの先行研究は主に想起した出来事に対する個人内の感情制御のみに着目しており,その出来事における相手への感情やその関係性の評価に対するセルフディスタンシングの影響についてほぼ検討されていない。例外として,Ayduk & Kross(2010)は,セルフディスタンシングによって他者に対する攻撃的な態度が低減されることを示している。一般的に対人葛藤において,攻撃的な態度の低減以外に,他者への赦しも対人関係の修復と維持を促し,個人のメンタルヘルスにポジティブな影響を及ぼすと考えられている(McCullough, 2000)。そしてこのような他者への赦しは心理的距離をとるほど増大する(Rizvi & Bobocel, 2016)。また,不適応な内省をしない人ほど他者を赦しやすい(McCullough et al., 1998)。しかしセルフディスタンシングが適切な内省を促し,結果的に他者への赦しを高めるのかについてこれまで検討はなされていない。

セルフディスタンシングと包括的思考

Grossmann & Kross(2010)の文化比較研究は,最近経験した対人的怒りに対する内省の際,ロシア人はアメリカ人よりもセルフディスタンシングをしやすく,適応的な内省をしやすいこと,一方,アメリカ人はロシア人よりも内省後の苦痛の程度が高く,不適応な内省をしやすいことを示した。Grossmann & Kross(2010)は,この文化差を相互独立・協調の志向性およびそれに対応した思考様式の文化的差異に基づいて解釈した。相互独立的な文化圏の人と比べて,相互協調的な文化圏の人は関係調和の維持を背景として文脈的な情報を重視しやすい。このような文脈情報の重視は,ある中心的な判断対象を認識する際,その判断対象のみならずそれに関連した背景情報にも注意を向けて考慮するといった包括的思考の主要な側面である(Nisbett et al., 2001)。例えば,相互協調的な文化圏の人ほど自身が経験した出来事に対して考えるとき,自身を中心としたときの背景情報の1つである第三者について注意を向け,その視点を用いやすい(Cohen et al., 2007)。Grossmann & Kross(2010)はそのような知見を踏まえ,包括的思考とセルフディスタンシングのしやすさの関連を仮定した。しかしGrossmann & Kross(2010)は,各参加者の包括的思考の程度は測定しておらず,個人レベルの包括的思考とセルフディスタンシングの関連は不明である。

本研究

本研究は,日本人を対象とし,ネガティブな過去の経験を内省した際のセルフディスタンシングによる感情制御を検討した。まずKrossらを中心とした先行研究の知見を踏まえると,セルフディスタンシングをすることで適切な内省が促されるのであれば,その経験の想起によってネガティブな感情が強く喚起されるとしても,その喚起の程度は抑制されるだろう。その点を検討するため,本研究ではセルフディスタンシングの研究で最も典型的に用いられる怒り経験と,セルフディスタンシングの実験的操作として最も用いられているセルフトーク(Kross et al., 2014)を用いた。さらにセルフディスタンシングと相手への赦しの程度の関連も調べることで,その効果の範囲についても探索的に検討した。そして個人レベルの包括的思考とセルフディスタンシングとの正の相関の可能性も検討した。セルフディスタンシングと特に関連が見込まれる包括的思考とは,出来事全体を捉えようとする俯瞰的な情景の認識,つまり高い位置からその情景を見下ろすような場面の切り取り方によって,中心事物のみならず,その背景情報をできる限り含めようとする注意の向け方であると考えられる。そこで本研究では,芸術作品および実際の実験参加者による描画を通じ,そのような包括的思考の表れとしての鳥瞰図的な観点とその文化差を明らかにしたMasuda et al.(2008, Study 2)の課題を援用した。

方法

参加者と手続き

本研究は所属機関における倫理審査委員会の承認を得て実施された(番号NUPSY-230629-M-01)。参加者は名古屋大学と神戸大学の日本人学生114名であり,実験参加の同意書に署名した後,実験室での対面実験またはZoomでのオンライン実験のいずれかに参加した(対面実験:24名;オンライン実験:90名)2)。そしてランダムに三人称条件または一人称条件に割り当てられた。韓国人を対象とした先行研究(Cho & Na, 2022, Study 1)の効果量(partial η2=0.07)3)をもとにG*power(Faul et al., 2007)を用いてANCOVAの場合(α=.05, 1−β=0.80)のサンプルサイズを求めたところ107であったことから,その数を目標にデータ収集を行った。

対面実験においては,参加者にまずA4サイズ(横210 mm×縦297 mm)の紙と鉛筆,消しゴムを使い,指示にしたがって紙を横にして絵を描くよう求めた。この絵の課題が完了した後,参加者には実験室のパソコンを使って,Qualtricsで作成した質問紙を回答させた。Zoomの場合には,参加者に事前にA4サイズの紙や鉛筆,消しゴムを用意してもらい,紙の向きを含めて同じ教示を与えて絵の課題を実施した。そしてスマートフォンなどを使って描いた絵の写真を撮り,それを実験者に送るように教示した。その後参加者にQualtricsのリンクを送り,質問紙への回答を求めた。またZoom上ではできるだけ実験室の実験環境と近い状態で実験を進めるよう心掛け,参加者のマイクを常にオンにさせておくことで,実験者は静寂な環境で参加者が問題なく課題を遂行するのを観察した。

その後参加者には,現在の感情状態,特性としての赦しの順にそれらに関する質問項目への回答を求めた。その上で「親しい友人と対立し,その友人に対して心から激怒した経験」を一定の時間で想起させた4)。そして三人称条件の参加者には,「ここでは,今思い出したその『親しい友人と対立し,その友人に対して心から激怒した経験』について,しばらくの間,第三者の視点からじっくりと考え,心の奥底で考え感じていることに思いを馳せてください。具体的には,三人称の代名詞(彼や彼女)または自分の名前を使って,なぜ自分はそのように感じたのかと自問してください。例えば,もしあなたの名前が『薫』であれば,『薫はなぜこのように感じたのか?そのように感じた原因や理由は何か?』と自身に尋ねてください。そして自分はどういったことを考え感じたか,自分の名前を主語にした文章を以下に思いつくまま書いてください。」と教示した。一方,一人称条件の参加者には,「ここでは,今思い出したその『親しい友人と対立し,その友人に対して心から激怒した経験』について,しばらくの間,一人称(私)の視点からじっくりと考え,心の奥底で考え感じていることに思いを馳せてください。具体的には,一人称の代名詞(私や僕,俺)を使って,なぜ自分はそのように感じたのかと自問してください。例えば,『私はなぜこのように感じたのか?そのように感じた原因や理由は何か?』と自身に尋ねてください。どういったことを考え感じたか,一人称の代名詞(私や僕,俺)を使って,以下に思いつくまま書いてください。」と教示した。参加者はこの教示に従って出来事の内省に関する記述をした。なお参加者にそのような出来事についてじっくり考えさせて記述してもらう目的で,その教示が呈示後5分間は次に進むことができないようになっていた。その後,参加者は,内省におけるセルフディスタンシングの程度,現在の感情状態(2回目),内省におけるRecountingの程度とReconstructingの程度,赦しの程度,相手の関係価値の順にそれらの項目について回答し,最後は出来事からどのぐらい経ったのかを入力した。

質問項目

包括的思考

Masuda et al.(2008, Study 2)は,西洋人よりも東アジア人が包括的思考をしやすい,つまり文脈情報に敏感であることの証拠の1つとして,高い地平線に代表される鳥瞰図的な観点を採用して多くの文脈情報を含めようとする絵を描きやすいことを示した。本研究ではその手続きに則り,参加者に少なくとも「家,人,川,木,地平線」が入っている風景の絵を描かせた。そして参加者が描いた地平線の高さを包括的思考の指標とした。具体的には,各絵において地平線の最も高い点と最も低い点を測り,その2つの値の平均が全体の高さに占める割合を求めた。この値が1に近いほど包括的思考が顕著であることを意味する。

感情の測定

5個の怒りに関連した感情語(ぴりぴりした,イライラした,敵意を持った,欲求不満,怒り)に加え,罪悪感,恥ずかしい,自尊感情,親しみ,幸せを含めた,計10個の感情語を用いた5)。参加者はそれぞれに対して,今どの程度そのように感じているかを7件法(1:全く当てはまらない~7:非常によく当てはまる)で回答した。

セルフディスタンシング程度の測定

Ayduk & Kross(2010)で用いられた1項目の尺度を日本語訳にして,参加者のネガティブ経験の内省におけるセルフディスタンシングの程度を測定した。具体的には参加者に,「先程,思い出した経験に関する出来事についてじっくり考え,心の奥底で考え感じていることに思いを馳せていただきました。そのとき,あたかもあなたがその場にいて,そこに取り込まれているあなたの目を通じてその出来事を再生しそれを見るといったやり方を用いたかもしれません。また,その場から距離をおいた観察者としてその出来事が展開されていくのを見るといったやり方を用いたかもしれません。ここでは,あなたがそれらの2つのやり方をどの程度用いたかについてお尋ねします。その場に取り込まれているあなたの目を通じてその出来事を再生しそれを見るといったやり方であれば1を,その場から距離をおいた観察者としてその出来事が展開されていくのを見るといったやり方であれば7を選択してください。もしもそれらの間であれば,2つのやり方を用いた相対的な程度に応じ,対応する数字を1つ選んで回答してください。」の文を読ませて,7件法(1:その場のあなたの目を通してその出来事を再生してそれを見た~7:その場から距離を置いた観察者としてその出来事が展開されているのを見た)で回答を求めた。なお,条件操作と区別するために,以下の結果では,セルフディスタンシング(自己報告)として報告する。

内省様式の測定

Ayduk & Kross(2010)で用いられた内省様式を測定する尺度を日本語訳にし,参加者が内省においてどの程度出来事をReconstructing(適応的な内省[洞察や整理を促すようにその経験を再構成])とRecounting(不適応な内省[出来事を詳しく感情的に叙述])したかを測定した。Reconstructingの程度を測る尺度は3項目(e.g.,この研究で自分の経験について考えたとき,その経験について異なった見方を与えるような気づきがあった)から構成されており,本研究におけるクロンバックのα係数は.62であった。Recountingの程度を測る尺度は「この研究で自分の経験について考えたとき,私は,具体的な出来事の連鎖(出来事の順番,何が起きたか,何が言われたか,何がなされたか)に焦点を当てた」の1項目であった。それぞれに対して7件法(1:全く同意しない~7:強く同意する)で回答を求めた。

特性としての赦し

対人葛藤における相手への赦しの程度は個人の赦しやすさと関連している可能性を踏まえ,Berry et al.(2005)が開発した10項目のTrait Forgivingness Scale(TFS)の日本語版(J-TFS, Ohtsubo et al., 2015)を用いた。参加者は5件法(1:とても反対~5:とても賛成)で回答した。本研究におけるクロンバックのα係数は.77だった。

赦しの程度

対人葛藤における赦しの程度を測る際に最も使われているTransgression-Related Interpersonal Motivations inventory(TRIM; McCullough et al., 1998)の日本語版を用いて(Ohtsubo et al., 2015),5件法(1:全く当てはまらない~5:非常によく当てはまる)で参加者の相手への赦しの程度を測った。TRIMはAvoidance Motivation, Revenge Motivation, Benevolence Motivationの3つの次元から構成されている18項目の尺度である。本研究ではOhtsubo et al.(2015)に従い,AvoidanceとRevenge項目の得点を逆転して18項目の平均値を求めることで単一の赦し得点を算出した。この尺度の得点が高いほど相手への赦しの程度が高いことを示す。なお後続のForster et al.(2020)は, 18項目すべてに影響する一般因子を含むモデルの適合度が日米ともに高く,TRIMに関してその単一の赦し得点を用いることの妥当性を示している。本研究におけるクロンバックのα係数は.93だった。

相手の関係価値

友人の関係価値によって相手への赦しの程度が変わると考えられるため,Ohtsubo & Yagi(2015)をもとにして相手の関係価値を測定した。具体的には,想起した経験における友人は,自分の仕事や学業,趣味,社会関係,金銭面,その他の重要な目標といった5つの領域の目標達成のためにどの程度役に立つかまたは邪魔になるかをそれぞれの領域に対し,7件法(−3:非常に邪魔になる~0:どちらともいえない~+3:非常に役に立つ)で尋ねた。本研究におけるクロンバックのα係数は.75だった。

結果

因子分析

内省後の感情状態について探索的因子分析を行った。最尤法で抽出した因子にバリマックス回転を適用した結果,「ぴりぴりした,イライラした,敵意を持った,欲求不満,怒り」で構成される第一因子(α=.90)と,「自尊感情,親しみ,幸せ」で構成される第二因子(α=.68),「罪悪感,恥ずかしい」で構成される第三因子(α=.70)を得た。第一因子を怒り関連感情,第二因子をポジティブ感情,第三因子を自己意識感情と名付けた。

操作確認

セルフディスタンシングの操作を確認するため,2条件のセルフディスタンシング(自己報告)の程度について対応のないt検定を行った。その結果,操作内容と合致した方向ではあったもののその差は有意ではなかった(三人称条件:M=3.32, SD=1.67,一人称条件:M=2.81, SD=1.89, t(112)=1.52, p=.13)6)。また,内省による感情反応について,内省前(M=2.04, SD=1.09)と比べて内省後(M=3.46, SD=1.80)の怒り関連感情は有意に高く(t(113)=9.18, p<.001),また内省前(M=4.40, SD=1.55)と比べて内省後(M=3.36, SD=1.55)のポジティブ感情は有意に低くなった(t(113)=−8.91, p<.001)。内省前後の自己意識感情に関しては有意な変化が見られなかった(内省前:M=2.82, SD=1.76,内省後:M=2.90, SD=1.86, t(113)=0.36, p=.72)。

相関

以下では,セルフディスタンシングの自己報告の程度による内省様式への影響を代替的に検討した。セルフディスタンシング(自己報告)と内省後の怒り関連感情(r=−.15, p=.12),内省後の自己意識感情(r=.06, p=.52),ポジティブ感情(r=.16, p=.09),Recounting(r=−.12, p=.21),包括的思考(r=−.01, p=.89)の相関はそれぞれ有意でなかった一方,セルフディスタンシング(自己報告)とReconstructingの相関は有意であり(r=.28, p=.003),セルフディスタンシングをした参加者ほどReconstructingをしやすいことが示された(Table 1)。

Table 1 相関分析の結果

12345678910MSD
1. セルフディスタンシング(自己報告)3.061.80
2. recounting−.124.941.55
3. reconstructing.28**.124.401.22
4. 内省後の怒り関連感情−.15.08−.023.461.80
5. 内省後のポジティブ感情.16.13.05.093.361.55
6. 内省後の自己意識感情.06.06.22*.32***.182.901.86
7. 特性としての赦し−.17.01−.22*−.24*−.02−.082.920.71
8. 赦しの程度−.003−.001.11−.38***.01.08.26**3.780.86
9. 相手の関係価値.12−.06.09−.05.15.23*−.01.49***0.600.96
10. 包括的思考−.01−.07.10.15.05−.01−.10.18.100.620.21

* p<.05, ** p<.01, *** p<.001

対人的怒り経験の内省とセルフディスタンシングの関連

実験操作による潜在的な影響を除くため,セルフディスタンシング(実験操作)を統制した上で,セルフディスタンシング(自己報告)を独立変数,Recounting, Reconstructingのそれぞれを従属変数とした重回帰分析を行った。セルフディスタンシングをした参加者ほど内省においてReconstructingをしやすかった(b=0.19, t(111)=3.08, p=.003)7)。一方,Recountingに対し,その主効果は有意ではなかった(b=−0.12, t(111)=−1.43, p=.15)。

次にセルフディスタンシングと感情調節の関連を検討した。過去の知見によれば,他者評価や自己批判を強く意識させる自己意識感情を伴う場合,セルフディスタンシングのような第三者的な視点によってむしろ想起経験のネガティブな評価に注意が向き,ネガティブな感情を制御しにくくなる(Ding & Qian, 2020; Katzir & Eyal, 2013)。よって内省前の怒り関連感情に加えて,内省前の自己意識感情による潜在的な影響も想定されるため,セルフディスタンシング(実験操作)に加えて,内省前の怒り関連感情と自己意識感情も統制した。その上で,セルフディスタンシング(自己報告)を独立変数,内省後の怒り関連感情を従属変数とした重回帰分析を行った。セルフディスタンシングをした参加者ほど内省後の怒り関連感情の程度がより低かった(b=−0.17, t(109)=−2.03, p=.045)8)

セルフディスタンシングと赦しの関連性

友人を赦す傾向には,個人の特性としての赦し傾向やその友人の関係価値の程度に加え,内省後の怒り関連感情も友人への赦しをむしろ妨げる要因として関連しているだろう。そこで内省後の怒り関連感情,セルフディスタンシング(実験操作),特性としての赦し,関係価値を統制し,セルフディスタンシング(自己報告)を独立変数,赦しの程度を従属変数とした重回帰分析を行った。セルフディスタンシングの主効果は有意ではなかった(b=−0.04, t(108)=−1.00, p=.32)9)

考察

本研究では日本人を対象にネガティブ経験の内省とセルフディスタンシングの関連を検討した。セルフディスタンシングの操作はうまくいかなかったが,想起した怒り経験に対してセルフディスタンシングの自己報告の程度が高い参加者ほど適切な内省を用いやすく,内省後の怒りに関連した感情もより低かった。ただし,セルフディスタンシングによる感情制御は,あくまでもその経験に関連した自身のネガティブな感情に対してのみ生じ,その経験における相手への赦しとは関連しなかった。また,セルフディスタンシングと個人の包括的思考との関連も見られなかった。

セルフディスタンシングと内省や赦し

本研究では,セルフディスタンシングをするほど適切な内省をしやすく,内省後の怒りに関連したネガティブ感情の程度もより低かった。しかしそれが不適応な内省を抑制する傾向は弱かった。これまでの研究によれば,セルフディスタンシングによって一人称視点から三人称視点に推移し,その結果回想する経験に対して新しい気づきを得るため,本来の一人称視点によって維持されているRecountingな見方(不適応な内省)は減衰しやすい(Kross & Ayduk, 2017)。一方,東アジア人において顕著とされる自己批判(Kitayama et al., 1997)や関係懸念(Taylor et al., 2004)の動機づけを踏まえると,むしろ三人称視点が自己の至らなさへの注意をさらに向けさせる可能性がある。それゆえに,セルフディスタンシングによって不適応な内省の低下が生じなかったかもしれない。また不適応な内省の低減が対人葛藤場面における相手への赦しを促す(McCullough et al., 2007)のであれば,セルフディスタンシングが相手への赦しと関連がなかったという結果もセルフディスタンシングが不適応な内省を減じなかったという点に帰属されるかもしれない。さらに,セルフディスタンシングとRecountingの関連は一貫しておらず(例えば,対人的拒絶に焦点をあてたAyduk & Kross(2010, Study 2)でもその関連は示されていない),内省する経験の内容(例えば個人的か対人的か,出来事に他者への怒りを含むのか,または他者から拒絶による不安を含むのか)に依存しているのかもしれない。

セルフディスタンシングと包括的思考

本研究では,個人レベルの包括的思考とセルフディスタンシングの関連性は見られなかった。実際のところ,自分が主人公となっているネガティブな出来事においていかにその出来事から自分を切り離して第三者的な客観視をすることができるかというセルフディスタンシングは,一般的な事象をどの程度包括的に捉えるのかという観点のみでは説明できず,むしろ文脈(出来事)から自分を切り離すという独立的自己観や分析的思考の一部として表現されうるような過程を含んでいることが考えられる。つまりセルフディスタンシングは,俯瞰的な認識でありながら,その前段階として自己を状況や文脈から切り離すことを必要としており,そのような特殊性ゆえに,分析的や包括的といった思考様式の特徴では説明するのが難しいのかもしれない。セルフディスタンシングと俯瞰的な情景の認識の関連性に着目し,本研究ではMasuda et al.(2008, Study 2)の描画課題を用いたが,それが最適であった保証はない。他の課題を用いた再検討も必要である。

操作法や実験手続きの問題

本研究では,セルフディスタンシング研究でよく用いられるセルフトークによる言語的な操作を導入したが,その操作は機能しなかった。そのため自己報告のセルフディスタンシングと内省との関連を示したに過ぎず,セルフディスタンシングの影響といった形の因果関係を示すことができなかった。その1つの理由として,言語の問題が挙げられる。文法上の特徴として,英語は基本的に主語を省略できない言語だが,日本語は主語を省略できる言語であり(Kashima & Kashima, 1998),三人称である自分の名前を自称して語ることが往々にしてある。そのためセルフトークの手法で意図的に三人称を用いて内省をさせたとしても,日本人参加者の観点からすると一人称を用いた内省とあまり変わらず,人称に応じた視点の変化が得られにくかった可能性がある。このことは,脚注6で示した追加分析の内容を踏まえるなら,彼・彼女といった代名詞による記述の徹底,もしくは非言語的なセルフディスタンシングの操作法の開発が必要であることを示唆する。ただしCho & Na(2022)では,主語の省略が可能という同様の性質をもつ韓国語でありながらもセルフトークによる操作が機能していることから,言語の文法上の特性よりもむしろ本研究の手続き上の問題に依拠しているかもしれない。加えて関連する限界点として,自己報告によるセルフディスタンシングの程度は,各人の包括的思考を反映した傾向に加え,想起した出来事の深刻さや怒りの強度によっても影響を受けた可能性がある。以上の点を踏まえると,最初から大きいサンプルサイズで研究を実施した上で,教示に合致した経験を想起した参加者のみをスクリーニングする,さらには参加者に同一の激怒するような仮想状況を提示することで状況の性質を統制する,そして非言語的なセルフディスタンシングの操作法を用いることで,セルフディスタンシングの影響を精査していくのが望ましいと言えよう。

脚注

1) 本論文は,第1著者が2024年2月に名古屋大学情報学研究科に提出した修士論文の一部を加筆・修正したものである。データ収集にご協力いただいた野口泰基教授(神戸大学)に感謝する。

2) Reconstructingの程度は対面実験(M=3.86, SD=1.42)よりも,オンラインで実験(M=4.54, SD=1.13)において有意に高かったが(t(112)=2.50, p=.01),セルフディスタンシング,Recountingに関しては,実験の実施方法による有意な差は見られなかった(セルフディスタンシング:t(112)=−0.71, p=.48, Recounting: t(112)=0.67, p=.51)。

3) 査読者からCho & Na(2022)のStudy 2のほうが効果量の算出にあたり参照すべき研究として適切であるという指摘を受けた。その指摘は正しいが,実験前の設計を後から変えることは困難であるため,実際に行った内容をここでは報告する。Study 2をもとにした場合のサンプルサイズは132名である(ANCOVA: partial η2=0.057, α=.05, 1−β=0.80)。

4) 具体的にはAyduk & Kross(2010, Study 2)が用いたものから“romantic partners”を削除し,「たとえ仲のいい友人関係にあっても,相手のふるまいにいらだちを感じたり,機嫌が悪くてけんかになったり,重要な決定をするにあたって言い争いになったりすることがあります。ここでは,親しい友人と対立し,その友人に対して心から激怒した経験について思い出してください。やや難しいかも知れませんが,ほとんどの人はそのような経験を1つは思い出すことができると思います。比較的最近生じてまだ解決していない,そしていまだにあなたを怒らせているそのような経験を思い出してみてください。そのように思い出すまで時間をかけていただいて構いません。そしてそのような経験が心に浮かんだら,その出来事についてじっくり考えてください。しばらくの間,心の奥底で考え感じていることに思いを馳せてください。」という教示を与えた。参加者はそのような経験を思い出した後に次のページに進むことができた。なお参加者にそのような出来事について考えさせる目的で,その教示の呈示後1分間は次に進むことができないようになっていた。

5) 感情語は,怒りと,PANAS(Watson et al., 1988)から怒りと関連するようなネガティブ感情語(ぴりぴりした,イライラした,敵意を持った,欲求不満)を使用した。また,赦しは個人の幸福感と関連するため(McCullough, 2000),セルフディスタンシングによって赦しが促進されるであれば,幸福感などのポジティブ感情にも影響を与える可能性があり,探索的に関連するようなポジティブな感情語(親しみ,幸せ,自尊感情)を選出し使用した。さらに,自己意識感情がセルフディスタンシングの効果を弱める(Ding & Qian, 2020; Katzir & Eyal, 2013)可能性を踏まえ,罪悪感,恥ずかしいを使用した。

6) 査読者の提案を受け,三人称条件において自分の名前を使用した参加者(n=44)と代名詞を使用した参加者(n=13)を比較したところ,セルフディスタンシングの程度は自分の名前(M=2.95, SD=1.63)よりも,代名詞(M=4.23, SD=1.83)において有意に高くなった(t(55)=2.41, p=.02)。

7) 本稿においてbは非標準化回帰係数を示す。

8) 内省前の怒り感情(b=0.52, t(109)=3.27, p=.001)と自己意識感情(b=0.21, t(109)=2.15, p=.03)の主効果は有意であったが,セルフディスタンシング(実験操作)の主効果は有意ではなかった(b=0.37, t(109)=1.22, p=.23)。

9) 特性としての赦し(b=0.21, t(108)=2.14, p=.03)と友人の関係価値(b=0.43, t(108)=6.50, p<.001)の主効果は有意であった。また,内省後の怒り関連感情が低いほど,赦しの程度が有意に高くなった(b=−0.16, t(108)=−4.19, p<.001)。

引用文献
 
© 2025 The Japanese Society of Social Psychology
feedback
Top