TISSUE CULTURE RESEARCH COMMUNICATIONS
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ORIGINAL ARTICLE
Effect of nerve growth factor on three-dimensional culture of adult rat spinal tissue embedded in the hydrogel PuraMatrix
Ai Kaneko Yoshiyuki Sankai
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2015 Volume 34 Issue 2 Pages 123-132

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要約

脳・脊髄よりなる中枢神経系(CNS)は、人間にとって非常に重要な機能を司るが、一度損傷を受けると殆ど再生しないと考えられていた。本研究は、この脊髄の生体内での再生を再現しうる三次元組織培養の確立を目的とした。組織工学の三大因子は、細胞・基質・成長因子である。先行研究では、細胞として脊髄組織を、基質としてPuraMatrixを使用し、更に本研究では、(神経)成長因子としてNGFを加えた。成体ラットから採取した厚い脊髄組織を三次元ハイドロゲルPuraMatrix(25%、50%)に包埋した本実験系では、8週間の長期培養後も約90%の生存率及びニューロン比、多くのFM1-43 陽性スポット数と約 700 μmの組織厚さを示し、これらの結果は全て、二次元培養の2倍以上と有意に高くなった。50% PuraMatrix包埋組織からは、細胞の移動と突起の伸長が起こったが、NGFを培地に添加することによって、頭側と尾側組織間の細胞移動距離が2~4倍と、有意に増加した(~ 2 mm)。移動細胞の多くは、シナプス活性を示す生存ニューロンであった。25% PuraMatrix包埋組織では、FM1-43 陽性スポット数が最も多かったが、同時に、組織の剥がれ・浮きが起こりやすかった。操作性及び、生体内の脊髄断端間の細胞移動・神経再生の再現という目的のためには、50% PuraMatrixが最も好適であることが示唆される。このように、PuraMatrixとNGFを使用した本実験系では、脊髄組織細胞(ニューロン)の生存・シナプス活性・細胞構築が長期間維持され、組織間の細胞移動が促進され、生体内のCNS再生が再現されうることが示唆される。従来、コラーゲンゲルの包埋培養法は広く行われているが、PuraMatrixに脊髄組織を包埋した本実験系は初の試みであり、また、成体CNS組織の長期培養及びNGFによる細胞移動の促進も殆ど例がない。本実験系は、生体内でのCNSの再生の条件や機序の解明、臨床的薬理作用や慢性毒性試験等に広く応用可能であると思われる。生体内(in vivo)の三次元的環境と生体外(in vitro)の二次元培養のギャップを埋める為の三次元的な組織/器官培養(ex vivo)の重要性は、再生医療や組織工学の進展とともに、今後さらに高まって行くと考えられる。

序文

脳・脊髄よりなる中枢神経系(CNS)は、人間にとって非常に重要な機能を司るが、一度損傷を受けると殆ど再生しないと考えられていた。この中枢神経を再生させ、脊髄損傷患者等の機能を回復させることは、極めて重要な課題である。本研究では、生体内の脊髄の再生の条件や機序を解明するために好適な脊髄組織の長期培養法を確立することを目的とした。

神経組織および神経細胞を生体外で培養する場合、通常は、再生能力の高い胎児や若齢動物を使用することが多い。しかし、臨床応用や薬物作用を考えると、成体や老齢動物での研究が必要になってくる1,2。また、二次元(単層)培養下の細胞の挙動は、生体内と著しく異なる。生体細胞は、三次元的な細胞外マトリックス(ECM)に被われ、他の細胞と細胞間相互作用を行い、細胞構築を形成する。そのため、生体内の機能をより正確に再現するには、細胞構築が維持された三次元的な組織培養が必要となる3。このような生体内(in vivo)と生体外(in vitro)のギャップを埋める組織/器官培養(ex vivo)の重要性は、再生医療や組織工学の進展とともに、今後さらに高まって行くと考えられる。生体内のCNSの機能や再生の機序を調べるには、ニューロンの分散培養より、脳や脊髄のスライス等の組織/器官培養が好ましい3。厚い組織(厚さ>400~600 μm)では、中心部が壊死するため、長期培養には薄い組織が使用されるが、その場合も1~2週間以内の培養が多く4、更に数日で数分の1以下(10~150 μm)にまで薄くなる3。三次元的な神経回路網を調べるには、細胞構築が維持された厚い組織が必要であり、臨床的薬理作用や慢性毒性を調べるには、数ヶ月の三次元的組織培養が必要である。

三次元培養の基質として、コラーゲンのゲルが広く使用され、それに組織や細胞を包埋した培養1,2,5が行われてきた。また、三次元ハイドロゲル(商品名PuraMatrix)が開発され、様々なin vitro6,7,8ex vivo4,8,9及びin vivo10,11,12,13,14,15での神経科学の研究が行われてきた。PuraMatrixは、合成ペプチドであり、培地内で自己集合してナノファイバーを形成し、ECM類似構造をとり、ゲル化する。本ゲルは、コラーゲンやマトリゲルと比較した場合、神経幹細胞から神経細胞への分化が促進され、細胞生存率が高く、組織の形態や機能が維持されるという結果が得られている6,9。著者らの先行研究16では、本ハイドロゲルを使用した初代神経細胞の低密度での分散培養を行い、2ヶ月以上の長期生存と、長い突起の伸長(≥3,000 μm)を可能にした。また、成体ラットに脊髄損傷を施し、その脊髄のギャップにPuraMatrix等の足場を移植し、後肢運動機能の回復及び 2 mm以上の神経の再生を得た17。また、再生能力の極めて低い成体のラットの脊髄組織を本ゲルに包埋した長期培養を初めて行い、9週間の培養後、二次元培養より有意に高い生存率とニューロン比(90%)、シナプス活性と組織厚さ(700 μm)、組織からの細胞移動と突起伸長が得られた18。即ち本ゲルは、著者らのin vitro16in vivo17及びex vivo18の全ての先行研究において、CNSの再生と長期生存の効果をもたらした。

本研究では、生体内での脊髄損傷部位での神経再生17を再現するため、先行研究18と同様に、脊髄組織を2片に切断し、5 mm離して配置し、PuraMatrixに包埋して培養した。さらに、従来の研究1,2と同様に、無血清培地に神経成長因子(NGF)を添加し、その効果を調べた。組織工学の三大因子は、細胞・足場(基質)・成長因子である。先行研究18では、細胞として脊髄組織を、基質としてPuraMatrixを使用し、更に本研究では、成長因子としてNGFを加えた。

材料と方法

培養容器と三次元ハイドロゲル

培養容器としては、セルカルチャー12ウェルマルチプレート(353043、BD Biosciences)を使用した。三次元ハイドロゲルとして、PuraMatrix(354250、corning、1% RADA16)をそのまま使用(100%)、または蒸留水で2倍又は4倍に希釈して使用した(50%、25%)。また、PuraMatrixを使用しない(0%)二次元培養も行った。

脊髄組織の採取と培養

動物実験は、すべて国立大学法人筑波大学動物実験委員会により承認され、筑波大学動物実験取扱規程に準拠して実施した。

10週齢の成体雌ラット(日本SLC、Wistar)から脊髄組織を採取した。イソフルラン麻酔下で第10胸椎での椎弓切除を行い、脊髄を 2 cm以上切除した。脊髄は培地に浸漬し、実体顕微鏡下で神経根と髄膜を取り除いた。さらにメスで長軸方向に4等分に切断し(図1A)、phosphate buffer saline(PBS)で3回洗浄した。

図1

成体ラットより切除し、長軸方向に4等分した脊髄(A)及び培養前の脊髄組織(B)。(A)尾側をつなげたまま、長軸方向にメスで4等分した。バー:1 cm。(B)12ウェルマルチプレート内に約 5 mm離して配置した頭側(左)及び尾側脊髄組織(右)。ウェルの直径は約 2 cmであり、50% PuraMatrixで包埋し、培地で平衡化した後である。

洗浄した各組織は、尾側が長くなるように切断し、約 5 mm離してウェルに配置し、生体内での位置関係を再現した(図1B)。組織は、PBSを乾燥させて接着させた後、PuraMatrix 0.7 mLで包埋した。PuraMatrixに培地を静かに添加し、平衡化させた。培地は、Neurobasal medium(Life technologies)に 50 ng/mL NGF(2.5s、BD Biosciences)、B27(Gibco)、0.5 mM L-glutamineを添加した培地を使用し、1時間以内に3回交換した。コントロールとしては、NGFを添加しない培地を使用した。PuraMatrixを使用しないウェルでは、円形カバーガラスをかぶせて組織が浮かないようにした。組織は、37°C、5% CO2 インキュベーター内で8週間培養した。週に2回、半量の培地交換を静かに行い、PuraMatrixが崩れたり、組織が剥がれたりしないようにした。

組織染色

脊髄組織内の細胞の生存を調べる為、LIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Kit(L-3224、Molecular Probes)で生細胞と死細胞を染色した。CO2 インキュベーター内で15分染色させた後、再び培養用培地に戻し、非特異的吸着を防いだ。8週間培養後に加え、6週間後も本染色を行い、NGFの効果を調べた。

組織細胞がニューロンかアストロサイトかを調べるため、Pan Neuronal Marker(ニューロンに対する抗体のカクテル、PAN)とglial fibrillary acidic protein(GFAP)の二重染色を行った。PBSで組織を洗浄し、4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液を用いて37°Cで20分固定した。0.1% Triton-X/PBSで5分再浸透処理を行った後、10%ヤギ血清/PBSを用いて37°Cで30分ブロッキングした。一次抗体(mouse mono PAN(1:60、MAB2300、Merck Millipore)とrabbit poly anti-GFAP(1:400、Dako)と37°Cで2時間、次に二次抗体(1:100、Alexa Fluor 488 goat anti-mouse IgG、Alexa Fluor 594 goat anti-rabbit IgG)と37°Cで30分反応させた。最後に、封入剤(FluorSave Reagent、Merck Millipore)を数滴滴下した。

FM1-43 (T-35356、Molecular Probes)で脊髄組織のシナプス小胞を染色し、シナプス活性を調べた。組織はHank’s balanced salt solution(HBSS)で洗浄し、10 μg/mLのFM1-43/HBSSを入れ、約1分反応させた後、元の培地に戻した。

蛍光観察には、オールインワン蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス)を使用し、画像連結機能で広範囲の脊髄組織を撮影した。生存率、ニューロンの割合、FM1-43 の陽性スポット数を解析するため、本顕微鏡のソフトウェア(セルカウント)で生細胞数等を計測した。LIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Kitによる染色では、生細胞(緑)と死細胞(赤)をカウントし、PAN/GFAP二重染色ではニューロン(緑)とアストロサイト(赤)、FM1-43 染色では緑の陽性スポット数をカウントした。

統計解析

各培養条件において、異なるラットから得た脊髄組織を3ウェルで培養し、mean ± SEを算出し、ANOVA及びTukey法による多重検定を行った。各ウェルでは、組織の端(端から 200 μm以内)と中央の各3カ所を 10x対物レンズで撮影し、計6カ所の平均をとった。NGF添加の効果は、著者らの先行研究18において最も良好な結果の得られた50% PuraMatrixについて調べた。PuraMatrix濃度は、0%、25%、50%、100%の4条件について、NGF添加組織で調べた。

生存率は、%生存率(生細胞数/(生細胞数+死細胞数))で算出した。ニューロンの割合は、%ニューロン比(ニューロン数/(ニューロン数+アストロサイト数))で算出した。

組織の厚さは、4x対物レンズとZスタック機能を使用し、LIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Kit染色組織の最上部で焦点を合わせ、次に最下部で焦点を合わせた(上限/下限セット)。ピッチと撮影枚数を掛け合わせて厚さを算出した。同様に、組織から移動した細胞がZ方向のどの位置に存在するかを調べた。

結果

組織の染色像

培養6週間及び8週間後に、PuraMatrix包埋脊髄組織をLIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Kitで染色した結果、組織内の細胞の多くが生細胞(緑)であり、死細胞(赤)は少数であった(図2A、B)。PuraMatrixを使用しない(0%)二次元培養では、特に組織中央で死細胞が多かった。NGFを添加しない場合、組織からランダムな方向に細胞が移動し、突起が伸長した(図2B)。NGFを添加した場合は、2組織(頭側と尾側脊髄組織)間の細胞移動距離が増加した。頭側から尾側と、尾側から頭側の両方向において、NGF添加組織では、最長 2 mmの細胞移動が見られた(図2A)が、NGF無添加では、殆どが 0.5 mm以下であった(図2B)。これらの移動細胞の多くが生細胞(緑)であった。

図2

6週間(A)又は8週間培養後の50% PuraMatrix包埋脊髄組織及び移動細胞・伸長突起の染色画像。LIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Kit(A、B)、PAN/GFAP(C、D)、又はFM1-43(E)で染色した。NGFを添加した場合と添加しないコントロール(B)。左側が脊髄頭側。バー:5,000 μm(B、D)又は1,000 μm。対物レンズ:4x。(A、B)組織及び移動細胞の大部分が生細胞(緑)であり、死細胞(赤)は少数である。(A)頭側組織から尾側に向かって、約 2 mmの細胞移動(矢印)が見られた。(Medical Science Digest 41: 8–9, 2015、図Aより転載。)(B)組織からランダムな方向に細胞移動及び突起伸長(矢印)が起こり、尾側組織から頭側への移動(○)は、<500 μm。(C、D)組織及び移動細胞の大部分がニューロン(緑)であり、アストロサイト(赤)は少数である。組織周囲のGFAP染色部位(赤)の多くは、ゲルの非特異的染色である。(C)頭側組織の端(白の点線)から約 1.5 mmの細胞移動(矢印、輪郭を青の点線で示す)が見られた。(D)尾側組織の端(白の点線)から約 2 mmの細胞移動(矢印、輪郭を青の点線で示す)が見られた。(E)尾側組織から 1.5 mm以上の細胞の移動(矢印)が見られ、FM1-43 で染色されていた。

PAN/GFAPで二重染色した組織細胞の多くがニューロン(緑)であり、アストロサイト(赤)は少数であった。NGF添加組織では、頭側から尾側(図2C)及び尾側から頭側(図2D)への多数の細胞移動(~ 2 mm)が起こり、その多くがニューロン(緑)であった。

FM1-43 で染色を行ったところ、25% PuraMatrixにおいて特異的染色が強く、次いで50%、0%の順であった。組織間の移動細胞もFM1-43 で染色された(図2E)。

組織からの移動細胞の多くは、その染色像から、生細胞かつニューロンで、シナプス活性を示した。2組織間の移動細胞のZ方向の位置を調べたところ、殆どが組織の最下面から 30~300 μmの間に存在し、特に 30~150 μmに厚く存在した(図2C–E)。即ち、PuraMatrixの表面でも最下面(ウェルの表面)でもなく、PuraMatrix内部を貫通して移動していた(図4参照)。

図4

50% PuraMatrixに包埋した脊髄組織と、そこから移動した細胞のZ方向の位置関係の模式図。移動細胞は、脊髄組織の最下部から 30~300 μmの位置に存在する。

25% PuraMatrixはゲルが柔らかいため、6~8週間の培養後、脊髄組織の一部が剥がれ、浮いていた(6ウェル12組織中6組織、50%)。50% PuraMatrixでは、組織の剥がれ・浮きは25%(24ウェル48組織中12組織)に抑えられ、100%では0%(6ウェル12組織中0組織)となった。

生存率の定量評価

50% PuraMatrixにおいて、NGFを添加した系と添加しないコントロールで生存率を比較したが、6週間後も8週間後も全て約90%であり、有意差はなかった。8週間培養後のNGF添加組織の生存率を図3Aに示す。PuraMatrixの全濃度(25%、50%、100%)において、PuraMatrixを使用しない0%の生存率(45%)より有意に高く、約90%であった(P<0.0001)。

図3

NGF添加及びPuraMatrix濃度の影響を定量評価した。(A)25%、50%、100% PuraMatrix包埋組織は、二次元培養(0%)より有意に生存率が高い(~90%、P<0.0001)。(B)FM1-43 陽性スポット数は、25% PuraMatrixにおいて最も多く、50%(P<0.05)及び0%(P<0.001)より有意に多い。50%も、0%より有意に多い(P<0.05)。(C)25%及び50% PuraMatrixでの組織厚さは約 700 μmであり、100%及び0%の2倍以上と有意に厚い(P<0.05)。(D)50% PuraMatrix包埋組織での組織間の最大細胞移動距離におけるNGFの効果。NGFを培地に添加した系では、頭側から尾側及び尾側から頭側の両方向で、コントロール(NGF–)より有意に大きくなった(*P<0.05)。NGF+では、移動方向間(頭側→尾側と尾側→頭側)の有意差はなかったが、NGF–では、尾側→頭側が有意に大きくなった(††P<0.01)。

50% PuraMatrix包埋組織の端と中央の生存率を比較すると、端の方が5%高かったが、有意差はなかった。しかし、0%での組織中央の生存率(32%)は、端(55%)より有意に低かった。

ニューロン比の定量評価

50% PuraMatrix包埋組織のニューロン比は、約90%となった。NGF添加の有無や、組織の中央と端では有意差はなかった。例えばNGF添加組織では、組織の中央で89±5%(mean ± SE)、端で90±2%であった。

シナプス活性の定量評価

NGF添加組織でのFM1-43 陽性スポット数(図3B)は、25% PuraMatrixで最も多く、50%の1.6倍であり(P<0.05)、0%の4倍以上(P<0.001)と有意に多かった。50% PuraMatrixも、0%の2.7倍(P<0.05)と有意に多かった。50% PuraMatrixにおいて、NGF添加の有無や、組織の中央と端では有意差はなかった。

組織厚さの定量評価

NGF添加組織の中央の厚さを図3Cに示す。25%及び50% PuraMatrix包埋組織の厚さは約 700 μmとなり、0%及び100% PuraMatrixの場合の2倍以上と、有意に厚かった(P<0.05)。

組織の端での厚さは、中央の約半分であり、50% PuraMatrixで約 400 μmとなり、0%及び100% PuraMatrixの場合の2倍以上と、有意に厚かった(P<0.05)。50% PuraMatrixにおいて、NGFの添加の有無では有意差はなく、また、6週間培養後の結果も同様であった。

組織間の細胞移動距離の定量評価

50% PuraMatrixに包埋し、6~8週間培養した2組織間の最大細胞移動距離を図3Dに示す。NGFを培地に添加することによって、頭側から尾側脊髄組織と、尾側から頭側の両方向において、細胞移動距離が有意に増加した(P<0.05)。頭側から尾側においては4倍以上、尾側から頭側については2倍以上の効果が見られた。NGFを添加しない系では、頭側からの移動距離は、尾側からより有意に短い(P<0.01)が、NGFを添加した系では有意差がなくなった。

PuraMatrix濃度の影響を調べるため、LIVE/DEAD Viability/Cytotoxicity Kitで染色したNGF添加組織について、頭側からと尾側からの両方向の平均最大細胞移動距離を調べた。50% PuraMatrixで 885±210 μmと最大になり、他の濃度より5倍以上と有意に大きくなった(P<0.05)。50%の次は25%(167±167 μm)、100%(117±83 μm)と続き、0%ではほぼ0であった。

考察

本研究では、成体ラットの脊髄組織をPuraMatrixに包埋した培養を初めて行った先行研究18の培地にNGFを添加したが、8週間の長期培養後の生存率・ニューロン比・組織厚さは、先行研究18の9週間培養後の結果と一致する。NGFを添加しない先行研究18においては、50%又は100% PuraMatrixで包埋し、9週間培養した脊髄組織細胞の生存率及びニューロン比は約90%であり、0%の2倍以上と有意に高くなった(P<0.00001–0.01)。50% PuraMatrixでのFM1-43 陽性スポット数は、0%及び100%の5倍以上と有意に多くなった(P<0.05)。50% PuraMatrix包埋組織の厚さは約 700 μmであり、0%及び100%の2倍以上と有意に厚くなった(P<0.01)。NGFを添加した本研究でも、同様の結果と、低濃度PuraMatrix(25%又は50%)の優位性が得られた。

従来、11~16日齢マウスの脳スライスを培養し、5日後も84.6%の生存率と 600 μmの厚さが維持された研究3があるが、本培養系では、8週間後において同程度以上の生存率(約90%)と厚さ(25%と50% PuraMatrixで約 700 μm)が維持された。著者らの先行研究18と未公表データを合わせると、培養3、6、8、9週間後のいずれも一貫して、同程度以上の生存率と厚さが維持され、本培養系の安定性と再現性が示される。

通常の組織培養では、培養中に組織の中心部が壊死し、厚さが薄くなる3が、本培養系では、8週間の培養後の組織中央の生存率は、端と有意差がなく、厚さも維持された。厚さ・生存率の維持された従来の研究3では、組織内の細胞構築と機能も維持されていた。本研究の25%及び50% PuraMatrix包埋組織の厚さと高い生存率・シナプス活性から、本研究でも、組織の機能と細胞構築が維持されていたことが示唆される。

NGFの効果

NGFの添加によって、50% PuraMatrix包埋組織の生存率・ニューロン比・シナプス活性・組織厚さに影響はなかった。顕著な効果が得られたのは、2組織間の細胞移動であり、NGFを添加しない場合より2~4倍以上の移動距離が得られた。また、移動細胞の多くは、生存しているニューロンで、シナプス活性を有することが示された。著者らのin vivoの先行研究17では、成体ラットの脊髄の 5 mmのギャップにPuraMatrix等の足場を移植した19週間後、脊髄断端から足場に 2 mm以上ニューロンや細胞が侵入していた。この結果は、本実験系の結果(6~8週間培養後に最大 2 mmの細胞移動が起こり、その多くがニューロンである)と一致する。また、尾側から頭側への細胞(ニューロン)の移動距離の方が、頭側からより長い結果も一致する。即ち、NGF及びPuraMatrixを使用した本実験系は、生体内の脊髄断端間の神経再生・細胞移動を再現しうることが示される(図4)。生体内では、周囲の組織や細胞(支持細胞や再生の標的細胞)からNGF等の成長因子が産生されるが、培養系ではそれを人為的に添加する必要があることが示される。

神経組織構築において、ニューロンが行う重要な細胞行動は、細胞移動と突起伸長である。NGFは、突起伸長を促進するという報告1,2が多いが、本研究では、細胞移動にも有効であることが示された。NGFの細胞移動効果は、シュワン細胞等のニューロン以外で報告されている19が、ニューロンに関しては少ない。伸長突起の密度が高い場合は、細胞移動が起こっていたとしても、それを確認・評価するのが困難であるためかもしれない。本実験系は、NGFの細胞移動効果を検討するのに好適であることが示唆される。またNGFは、成体より若齢動物、CNSより末梢神経(感覚神経)への効果が高い1とされているが、PuraMatrixに包埋した本実験系では、成体CNSへの顕著な効果が得られた。PuraMatrixを基質とした従来の培養4,6でも細胞移動が促進されたので、細胞移動効果は、NGFとPuraMatrixの相乗効果であることが示唆される。

NGF単独の効果を検討するため、本研究と、NGFを使用しない先行研究18のPuraMatrix 0%の結果を比較すると、生存率(44~45%)と組織厚さ(~300 μm)は同程度だった。FM1-43 陽性スポット数は、対物レンズ等の撮影条件が異なるので50% PuraMatrixに対する比で比較すると、本研究のほうが約2倍高かった。即ち、NGF単独でもシナプス活性の維持の効果が得られるが、PuraMatrix単独の効果(5倍以上)には及ばなかった。以上から、NGFの効果は、PuraMatrix存在下でより効果的であると考える。

PuraMatrixの最適な濃度

生存率に関しては、25%、50%、100% PuraMatrix間で有意差はなかった(図3A)。FM1-43 陽性スポット数では、25%が50%より有意に高く(図3B)、先行研究の結果18と合わせると、25%>50%>100%≒0%(二次元培養)となると考えられる。組織厚さは、25%と50%で有意に厚く(図3C)、組織間の細胞移動距離は、50%で最も大きくなった。PANを使用した本研究でのニューロン比(90%)は、異なる抗体を使用した先行研究18と一致し、本結果の妥当性・再現性が示される。先行研究18では、PuraMatrixの濃度間でニューロン比の有意差はなく、二次元培養の2倍以上と有意に高かった。これら先行研究18と本研究の結果を合わせると、25%及び50% PuraMatrixは、二次元培養の2倍以上と、有意に高い生存率・ニューロン比・組織厚さ・シナプス活性をもたらした。25%と50% PuraMatrixを比較すると、生体内の脊髄再生・細胞移動を再現するという目的と、25%はゲルが柔らかく組織が剥がれやすいという操作性の観点からは、50% PuraMatrixが最も好適である。ただし、25% PuraMatrixではシナプス活性が最も高く、組織間の細胞移動も、組織の剥がれによって制限されたことが考えられるので、組織の固定方法を改善すれば25%が好適であるかもしれない。

著者らの先行研究16,18や従来の研究6,8においても、低濃度PuraMatrixが良好な結果をもたらしたのは、ゲルのpore sizeや培地の透過性6、剛性9が影響していると考えられる。それらの特性に加え、含水率や水和性、生体適合性6等が高いため、PuraMatrixは他の基質より優位である6,9と考えられる。

今後の応用

25% PuraMatrixに組織を固定して包埋する培養や、PuraMatrixへの機能性モチーフ(ラミニン等)の添加が考えられる。また、NGFの最適濃度の検討や、濃度勾配の作成によって、より生体内に近い培養条件にすることで、細胞移動のみならず、突起伸長も促進されることが期待される。突起伸長や細胞移動が促進されれば、CNS再生の機序を調べる上で、より有効な実験系となりうる。また、脊髄横断切片や海馬等のスライス培養にも応用可能であり、長期的な電気生理学特性、軸索誘導(ケモトロピズム)等の研究に適用しうるだろう。

本研究は、最先端研究開発支援プログラムの支援により行われた。

文献
 
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