TISSUE CULTURE RESEARCH COMMUNICATIONS
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REVIEW
Proposal for “Fundamental principles for microscopic observation of cultured cells”
Kazuaki NakamuraYasunari KandaDaiju YamazakiKen KataokaTakashi AoiMasato NakagawaMakiko FujiiHidenori AkutsuHirofumi SuemoriIsao AsakaYukio NakamuraHajime KojimaYuzuru ItoYuko SekinoMiho K Furue
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2018 Volume 37 Issue 2 Pages 123-131

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要旨

近年、細胞培養に関連する技術の急速な開発に伴い、創薬研究、再生医療への応用など、細胞培養が貢献する分野が拡大している。培養細胞を利用する上において重要な点の一つとして、適切な状態の細胞を用いることが挙げられる。そのためには、使用する細胞の状態を把握することが重要である。その手段として、生きている細胞を非侵襲的に観察できる倒立位相差顕微鏡が汎用されている。倒立位相差顕微鏡による観察から得られるのは形態情報や細胞密度のみではあるものの、その観察は培養細胞を用いた実験の信頼性と再現性を担保するために有用な手段である。生きている細胞の観察の手法には様々な留意点がある。そこで、細胞培養の観察における基本概念を共有すべきと考え、「細胞培養の観察の基本原則」案を作成した。本基本原則案は、顕微鏡観察に先立つ細胞の目視、低倍率・高倍率での倒立位相差顕微鏡観察、観察のタイミング、適切な記録と保存などに関して7条項から構成されている。この基本原則の概念が共有され、細胞培養技術を用いた研究の信頼性が向上することを期待する。

序文

近年、ヒトを含む動物細胞の培養(以下、細胞培養)に関する技術は急速に発展してきた。不死化細胞株や初代培養細胞は、従来からの基礎研究に加え、創薬非臨床試験、ワクチンや抗体医薬品などの製造に利用されている。また、胚性幹細胞(embryonic stem cell; ES細胞)や人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell; iPS細胞)が開発され、再生医療や動物実験代替法への応用など、細胞培養が貢献する研究分野は発展の一途をたどっている。

培養細胞を利用する際に重要なことは、適切な状態の細胞を用いることである。そのためには、細胞の状態を正しく判断することが必要である。その方法として、生きた細胞を非侵襲的に観察できる倒立位相差顕微鏡が広く汎用されている。倒立位相差顕微鏡による観察により細胞の形態情報や細胞密度の情報が得られ、これらの情報は培養細胞を用いた実験の信頼性と再現性を担保するための細胞の状態を判断するためには十分に有用な手段である1。一方、倒立位相差顕微鏡による観察により細胞の状態を正しく判定するためには様々な留意点がある。そこで、基礎研究、開発研究ならびに応用研究において、適切な細胞培養を実施し、科学的信頼性の高い研究成果を創出するために、著者らは「培養細胞を用いた基礎研究ならびに創薬研究開発のための細胞培養ガイダンス(GCCP)案の作成についてのワーキンググループ」を組織し、以下の「培養細胞の観察の基本原則」を取りまとめた。

「培養細胞の観察の基本原則」

はじめに

ヒト/動物由来培養細胞(以下、培養細胞)は基礎研究だけでなく、再生医療や創薬研究などの応用分野においても広く利用されている。培養細胞はそれ自体を生物として捉えることはできないが、培養環境下においては生きており、その様態は培養過程で刻々と変化している。細胞培養を行う上で、細胞を個々あるいは集団として、それぞれの特徴を把握する必要があり、顕微鏡下における観察は、培養細胞の生育状況を判断する上での重要な手技となる。しかし、特に培養初心者においては、適切な顕微鏡観察が行えず、細胞の状態を誤判断したり、コンタミネーションを見逃したりする事例も散見される。顕微鏡観察が適切になされ、細胞形態等に日常的に注意を払えば、過増殖や細胞の老化、コンタミネーション、細胞のクロスコンタミネーションにも気づく機会となり、適切な細胞培養が行え、実験の信頼性にもつながる。

1.目的

培養中の細胞を用いた研究においては、適宜、細胞の生育状態や特徴を把握する必要がある。細胞の生育状況を確認するためには様々な方法があるが、顕微鏡下で細胞を観察することは、非侵襲的に細胞の生育状態を把握することができ、最も基本的な手技である。そこで、培養細胞の生育状態などを判断し、細胞の適切な維持の確認、培養のトラブル時(微生物汚染、細胞誤認)における異常の検知および実験における使用細胞の適性判断を行うために最低限必要な培養細胞の観察の基本原則を以下に示す。本原則は、限られた増殖性を示す体細胞、不死化された無限増殖能を獲得した体細胞、無限増殖能をもつ癌細胞、間葉系幹細胞、多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞)などの細胞の培養において活用できる。

2.基本原則

以下の基本原則を実施するに当たり、細胞培養を行う者は、扱う細胞の培養上の性質、形態等の情報を細胞供給元からのデータシート、ホームページ、学会、学術誌等、あらゆる方法で入手する努力を行い、特に顕微鏡観察における「標準」として、細胞の形態画像を複数個所から入手し、把握しておくことが必要である。「標準」があって初めて、観察している細胞の「培養」の良否、細胞の「状態」の良否が判断できる。

第一条:顕微鏡が正しく設定されているか確認すること

培養細胞の多くは無色で透明であるため、その形態観察には一般的には倒立位相差顕微鏡(図1)が使用される2。細胞観察前には顕微鏡のステージやレンズに、汚れや埃などが付着していないことを確認する。汚れている場合には、ステージは70%エタノール等と紙ワイパー、レンズはレンズペーパーを用いて清拭する。対物レンズ、接眼レンズ、光路の設定が適切であることを確認する(付録参照)。観察に用いる対物レンズに対応するコンデンサを使用しないと良好な像が観察できない。

図1:

倒立型倒立位相差顕微鏡、A;ニコン製、B;オリンパス製、C;ライカ製

倒立位相差顕微鏡は、基本構造は共通ではあるが、少しずつ構造や部品名が異なる(表1)。顕微鏡の取扱いについては、各顕微鏡及び周辺機器に添付されている取扱説明書をよく理解して使用する。対物レンズ、接眼レンズ、光路を含む位相差の設定が適切であることを確認する。観察する対物レンズに適合した位相差となるよう使用しないと正しい像では観察できない。

第二条:顕微鏡観察の前に細胞を目視にて観察すること

① 観察前に培養容器の観察面に埃など異物等が付着していないことを確認する。汚れている場合には、70%エタノール等とガーゼなどの柔らかいものを用いて、培養面が傷つかないように清拭する。なお、培養容器への油性ペンによる書き込みは観察領域を避けること。

② 真菌・細菌などによる感染により培養液が混濁していないことを確認する。また、培地中のフェノールレッドが異常な黄色を呈していないこと、または異常な赤色を呈していないことなど、培養液に異常がないか確認する。いずれの場合も異常があった場合にはそれを踏まえて観察する。

第三条:培養器内全体にわたって観察すること

まず、弱拡大にて培養容器全体にわたって観察し、細胞の生育状況の概要をすばやく把握する。特に以下の点について留意する。

① 真菌・細菌等、あるいは異物が浮遊していないこと。(菌類、酵母等のコンタミネーションを経験したことがない場合は、経験者の意見や成書等のコンタミネーションの写真を参照し、コンタミネーションを見逃さないようにすること)

② 培養容器全体の何割ぐらいに細胞がいるのか(何%コンフルエンシーか)。

③ 接着細胞の場合、培養容器への細胞の分散が均一か。

④ 通常とは異なる形態の細胞集団が存在しないか(日ごろから細胞形態に留意し、細胞形態の変化に気づけるようにする)。

⑤ コロニーの形態、細胞の分散状況、伸展状況を確認する。

細胞接触密度によって細胞形態は変化し、また薬物反応性などの細胞の応答性が変化する。このため、維持培養とともに、特に細胞を実験に用いる際には、コンフルエンシーの把握は重要である。接着細胞の分散状態が均一ではない場合は、細胞の形態や薬物反応の均質性が変化するので留意が必要である。細胞の分散が均一ではない場合、細胞によってはコロニーの大きさが極端に変化する場合がある。ES細胞やiPS細胞を培養する際には、コロニーごとに分化状態が変化するため、コロニー間でその形態や分散・伸展状況を確認し、細胞の状態を把握することが重要である。

第四条:個々の細胞の状態を観察すること

弱拡大での観察の後に、中強拡大にて個々の細胞の状態について、特に以下の点について観察する。

① 細胞の形、辺縁

② 細胞核の形、大きさ、明るさ、位置

③ 細胞質の形、明るさ、空胞の有無

④ 隣接する細胞との境界

各種の細胞で特徴があり、それらの特徴をよく把握する1。対数増殖期の細胞では分裂像がよく観察される。培養環境が不良となった状態や、正常細胞ではコンフルエントになって接触阻止がおこると、分裂像があまり見られなくなる。また、培養環境が悪くなると細胞内に空胞状の構造を持つ細胞が増えたり、多核の巨大細胞が出現したりする。浮遊系細胞では、倒立位相差顕微鏡下で、つやがあり・光って見える細胞が生細胞で、その多寡が好不調の一つの目安になる。死細胞は萎縮していたり、輪郭が不規則、あるいは不鮮明であったりする。一見生細胞に見えても風船のように細胞質がはみ出している死細胞もある。

第五条:観察のタイミングに留意すること

細胞の生育状況を把握するとともに、作業を行った際の影響を確認するため、以下の場面での観察が重要である。

① 解凍した細胞の播種直後と培養後(通常は翌日)

② 細胞の継代を行う前(インキュベーターから出した直後)、継代直後(播種後、インキュベーターに入れる前)、継代翌日(接着が弱い細胞の場合は翌日の観察が不適の場合もあるので、適宜調整する)

③ 継代時に剥離液を入れた直後から剥離まで(接着細胞の場合、剝離液を添加してからの細胞形態の変化を観察し、剥離液で細胞に過度のダメージを与えないようにする)、細胞を回収した後の培養容器(細胞がきちんと回収されているかに留意する)

④ 培地交換作業を行う場合はその実施前、実施後

培地交換を実施しない日であっても、基本的には細胞の観察は毎日行うことが望ましい。しかし、インキュベーターから出して観察を行っている時間が長いと、温度変化等による細胞へのダメージが懸念されるため、できるだけ短時間に適確に細胞の観察を行うことが求められる。

第六条:観察結果を記録・保存すること

細胞の形態は、生きたままその特徴を把握できる有用な情報である。細胞株を入手後できるだけ早い段階で顕微鏡写真を保存することは、その後の変化を捉える記録として重要である。さらに、細胞の生育状況ならびに作業の影響を顕微鏡画像として記録しておくことは、作業記録として必須のものである。撮影時は、細胞名、撮影日、撮影条件(倍率など)、培養条件などを画像とともに記録する。

① 新規細胞を培養開始した場合、解凍後の接着状況、培養開始後のサブコンフルエントの状態の画像を保存する。

② 継代を行う前、細胞の生育状況がわかるような画像を保存する。

③ 細胞の凍結保存を行う前、細胞の生育状況がわかるような画像を保存する。

いずれも、容器全体の細胞の生育状況がわかるように弱拡大で保存するとともに、個々の細胞の形態がわかるように強拡大で保存する。また、容器全体を代表するような画像を保存する。逸脱しているような細胞集団が見られた場合には、別途画像を保存する。

第七条:観察結果を共有すること

細胞株の樹立について記載されている論文等には、その細胞の倒立位相差顕微鏡写真が掲載されていることがほとんどである。また、細胞バンク等分譲元には、細胞の倒立位相差顕微鏡写真が掲載されている場合が多い。目的でも述べたようにこれらの情報を入手し、細胞の形態等について培養者間での情報の共有をすることが重要である。一方、細胞株を樹立する場合には、細胞の倒立位相差顕微鏡像を記録し、他施設に譲渡する際や成果として公表する際には適切に情報を提供する必要がある。

おわりに

著者らは、以上7か条を「培養細胞の観察の基本原則」として提案する。細胞を培養するにあたっては、過度な長期培養や継代数の増加などの培養経緯などによって細胞の形質が変化してしまうことを考慮し、細胞の状態を常に正しく判断することが重要である。扱う細胞が異なれば操作の内容も異なり、同一の細胞でも状態により操作内容は異なる。画一的に培養操作を行うのではなく、樹立時の細胞特性や増殖能力、接着性などの細胞の品質を低下させないよう、細胞の状態や操作状況を適切に評価し、細胞の状況に合わせた適切な方法を選択する必要がある。そのためには日常的に、細胞の形態、細胞の分化度の指標となる細胞質と細胞核の比、増殖細胞の有無やその割合等から細胞の状態を読み取るよう、作業者は常に細胞を観察する際には留意しなければならない。上記「培養細胞の観察の基本原則」を踏まえたより具体的な顕微鏡を用いた観察方法については、組織培養学会が発行している細胞培養実習テキスト3等の成書を参照されたい。

今回、日本組織培養学会と日本動物実験代替法学会が連携するとともに、学会外の専門家を迎えてワーキンググループを設置し、「培養細胞の観察の基本原則」案としてまとめ、会員に提案するに至った。今後、さらに会員以外の細胞培養を研究手法として実験を行っている多くの研究者・技術者が在籍している他の学会との共通認識の構築も検討していきたい。筆者らは本「培養細胞の観察の基本原則」の作成に先立ち、「細胞培養における基本原則」4を作成し提案している。細胞培養を行うすべての研究者・実験者により両原則の意図が理解されるとともに、かかる技術が上進し、細胞培養を用いた研究がさらに発展をすることを期待する。

謝辞

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の課題番号17bk0104011h0005の支援を受けた。

〈付録〉

1.倒立位相差顕微鏡

細胞のようにほぼ無色で透明なものは、通常の光学顕微鏡ではその内部構造を観察できない。倒立位相差顕微鏡(図1)はこのような生きた細胞を観察するために、特殊なリング絞り(リングスリット)(図2)と位相板(フェーズプレート)がコンデンサのスライダーまたはターレットと対物レンズ(図3)にそれぞれ取り付けられている。

図2:

リング絞りスライダー(Ph/位相差スライダー)

上:×4の対物レンズに対応するリング絞り

下:×10-20-40の対物レンズに対応するリング絞り

(本当に知ってる?正しい細胞培養の手法その8 細胞を本当に見ていますか?PHARM TECH JAPAN Vol. 32 No. 3(2016–3)(487–491)2図3より転載)

図3:

位相差専用対物レンズ

(本当に知ってる?正しい細胞培養の手法その8 細胞を本当に見ていますか?PHARM TECH JAPAN Vol. 32 No. 3(2016–3)(487–491)2図2より転載)

倒立位相差顕微鏡の対物レンズは、位相板(フェーズプレート)付き位相差専用対物レンズを使用する(図3)。通常、細胞を観察するときは、40倍、100倍、200倍で観察する。顕微鏡に付いている×4、×10、×20の対物レンズが位相差専用であることを確認する。また、それぞれのレンズにはPhL、Ph1、Ph2と位相板(フェーズプレート)のサイズが記載されていることを確認する。良好な観察像を得るためには、コンデンサレンズの心出し(図4)とコンデンサのリング絞り(リングスリット)とレンズの位相板の心出し調節(図5)を行うことが重要である。リング絞り(リングスリット)の心出し設定が不適切な状態では、良好な観察像は得られない(図6)。詳細な顕微鏡の調整方法は、顕微鏡に添付された使用説明書に記載されている。(顕微鏡メーカーごとに、顕微鏡部位の名称は若干異なる。日本顕微鏡工業会と代表的なメーカーが用いている顕微鏡部位の名称の対応表を表1に示す。)

図4:

コンデンサレンズの心出し

顕微鏡の機種によっては光軸とコンデンサレンズの心出し調節をする必要がある。コンデンサの上下動ハンドルにより視野絞り像にピントを合わせた後、心出しつまみによって視野絞り像を視野の中心になるよう調製する。コントラストのよい像を得るためには、視野絞りをできるだけ視野ぎりぎりに絞った方がよい。

(細胞培養実習テキスト3P18 図1-3-2より転載)

図5:

コンデンサのリング絞り(リングスリット)とレンズの位相板(フェーズプレート)の心出し調節

心出し望遠鏡の焦点を合わせ、コンデンサのリング絞り(リングスリット)の心出しつまみを動かして対物レンズの位相板リングと同心円として重なるよう調整する。

(細胞培養実習テキスト3P18 図1-3-3より転載)

図6:

細胞の倒立位相差顕微鏡像、(左)リング絞り(リングスリット)の心出し設定が適切な状態、(右)リング絞り(リングスリット)の心出し設定が不適切な状態。スケールバー;100 μm

表1.国内で使用されている主なメーカーの主な倒立位相差顕微鏡の部品名
主な顕微鏡メーカー
日本顕微鏡工業会オリンパスニコンライカカール・ツァイス
位相差対物レンズ位相差観察用対物レンズPh対物レンズ(位相差用対物レンズ)位相対物レンズ位相差検鏡用対物レンズ
リング絞りリングスリットリング絞り照明リング位相差絞り
位相板フェーズプレート位相板位相リング位相リング
コンデンサコンデンサコンデンサコンデンサーコンデンサ
スライダー/ターレット位相差スライダ
コンデンサターレット
Phスライダ
コンデンサターレット
位相差スライダー
コンデンサーターレット
コンデンサスライダ
コンデンサターレット

2.細胞形態

対数増殖期の細胞では分裂像がよく観察される。培養環境が不良となった状態や、正常細胞ではコンフルエントになって接触阻止がおこると、分裂像があまり見られなくなる。また、培養環境が悪くなると細胞内に空胞状の構造を持つ細胞が増えたり、多核の巨大細胞が出現したりする。浮遊系細胞では、倒立位相差顕微鏡下で、つやがあり・光って見える細胞が生細胞で、その多寡が好不調の一つの目安になる。死細胞は萎縮していたり、輪郭が不規則、あるいは不鮮明であったりする。一見生細胞に見えても風船のように細胞質がはみ出している死細胞もある。

参考文献
 
© 2018 The Japanese Tissue Culture Association
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