2024 Volume 42 Issue 1 Pages 1-7
要約 生体内では日々多数の不要細胞が生じ、これらの細胞には生理学的細胞死のアポトーシスが誘導され、マクロファージなどの食細胞によって貪食除去される。この現象は多細胞生物に共通に保存されている。アポトーシス細胞貪食の役割は不要細胞の物理的な除去であると考えられてきたが、近年、アポトーシス細胞を貪食した食細胞が遺伝子発現の変化を通じてその機能を変化させるために必要であることがわかってきた。本総説では、この食細胞の機能変化の分子機構と生理学的意義について、ショウジョウバエを用いた筆者らの研究を中心に解説する。
In our bodies, tens of billions of unnecessary cells appear every day, and these cells are induced to undergo apoptosis, engulfed, and digested by phagocytes such as macrophages. This process is required for tissue homeostasis, and evolutionally conserved among multicellular organisms. Although the role of phagocytosis of apoptotic cells has been thought to be the physical removal of unnecessary cells, recent studies showed that phagocytes change their function upon engulfment of apoptotic cells, accompanied by alteration of gene expression. This review describes the molecular mechanisms and significance of such a novel biological event, focusing on the authors’ studies using fruit fly Drosophila.
私たちの体には、一生を通じて、形態発生時の障害となる細胞、老化した細胞、役割を終えた細胞や病原性のある細胞など多数の不要な細胞が現れる。そのような細胞にはアポトーシスが誘導され、マクロファージなどの食細胞によって貪食除去される。この仕組みは線虫や昆虫、私たち哺乳類に至るまで種を越えて保存された現象である。貪食がうまくいかないと、体内に残存したアポトーシス細胞から細胞内容物が漏れ出し、炎症の原因となる。また、貪食は発生時の形態形成にも必要とされており、例えば、指の間や口の穴は、はじめ細胞で満たされているが、その後、その部分の細胞にアポトーシスが誘導されて貪食除去されることにより、指や口の形が形成されていく。このように、アポトーシス細胞の貪食は動物の発生時から死ぬまで、一生を通じて必要とされる現象である1,2)。
アポトーシス細胞の貪食は、食細胞がもつ貪食受容体が、アポトーシス細胞に特徴的な表面構造(貪食目印分子)を認識することで活性化し、食細胞の細胞骨格の再編成を促して、アポトーシス細胞を取り込む反応を誘導することで起こる。取り込まれたアポトーシス細胞は、ファゴソームと呼ばれる小胞内に入るが、その後、これにリソソームが融合し、リソソームの加水分解酵素の働きで分解除去される。これまでの複数の研究グループによる報告により、進化的に保存された主要な2つの貪食受容体と、その下流の情報伝達経路が見つかっている。一つ目は、一回膜貫通タンパク質である貪食受容体のCell death abnormal protein(CED)-1(線虫)/Draper(ショウジョウバエ)/Jedi-1(マウス)/multiple EGF like domains 10(MEGF10)(ヒト)から、アダプタータンパク質のCED-6(線虫)/dCed-6(ショウジョウバエ)/GULP PTB domain containing engulfment adaptor(GULP)(哺乳類)へと情報が伝達される経路、二つ目は、貪食受容体のインテグリンヘテロ二量体のIntegrin alpha ina-1(INA-1)とIntegrin beta pat-3(PAT-3)(線虫)/αPS3とβν(ショウジョウバエ)/αvとβ5やαvとβ3(哺乳類)の組み合わせから、CED-2(線虫)/Crk oncogene(Crk)(ショウジョウバエ)/CrkII(哺乳類)、CED-5(線虫)/myoblast city(Mbc)(ショウジョウバエ)/180 kDa protein downstream of CRK(Dock180)(哺乳類)、CED-12(線虫)/Engulfment and cell motility(ELMO)(哺乳類)の複合体に情報が伝達される経路である。この2つの経路は、ともに低分子量Gタンパク質のRhoファミリーに属するタンパク質のCED-10(線虫)/Rac1、Rac2(ショウジョウバエ)/Rac family small GTPase(Rac1)(哺乳類)に集約され、最終的にこの分子が活性化することにより、食細胞の細胞骨格の再編成が促されて貪食反応がおこる1)(図1)。これら2つの貪食受容体は、その後、アポトーシス細胞だけでなく、細菌などの外来微生物の貪食時にも働くことがわかり、貪食の要となる分子であることが明らかとなった3,4,5)。
各分子名は、線虫/ショウジョウバエ/哺乳類オルソログの順に記載している。線虫CED-12とその哺乳類オルソログのELMOはアポトーシス細胞の貪食に必要であることがわかっているが、これらのショウジョウバエオルソログのdElmoの必要性は示されていない。
筆者らはキイロショウジョウバエDrosophila melanogasterを用いて、貪食受容体及びその下流の情報伝達分子の同定を行ってきた。ショウジョウバエは、血球細胞のマクロファージや脳のミクログリアに相当する専門食細胞を持ち進化的にヒトに近く、すでに様々な遺伝子の変異体が公的なストックセンターに蓄えられていて手に入りやすいこと、特定の組織や時期に特異的な遺伝子の発現を制御する遺伝学システムが確立しているなどの利点があり、貪食をはじめ、様々な現象に関わる遺伝子を特定するのに優れたモデル動物である。アポトーシス細胞の貪食は長らく不要な細胞の除去のための反応であると考えられてきたが、近年、アポトーシス細胞を貪食後の食細胞が自身の遺伝子発現レベルを変化させる例が見つかり、その概念が変わってきた。すなわち、貪食が食細胞の機能の変化を促すための反応でもあると考えられるようになってきた。本稿では、アポトーシス細胞の貪食による食細胞の機能変化の分子機構及び意義について、筆者らのショウジョウバエを用いた解析を中心に述べる。
アポトーシス細胞の貪食が食細胞の機能を変える例が報告されたのは、1996年のことである。ヒトの末梢血から調製した好中球にアポトーシスを誘導し、これをマクロファージに加えて貪食させると、マクロファージが炎症を抑えるタンパク質(Transforming growth factor-β(TGF-β))の産生を亢進させることがわかった6)。これまでも、アポトーシス細胞が周りの組織に炎症を起こすことなく取り除かれることは知られていたが、その理由としては、アポトーシス細胞から炎症の原因となる細胞内容物が漏出する前に、速やかに貪食で除去されるためであると考えられていた。しかし、この発見により、それだけでなく、アポトーシス細胞を貪食後の食細胞が周りの組織が炎症を起こさないよう炎症を抑えるタンパク質を出して、積極的に働きかけているためであることが示された。それと同時に、アポトーシス細胞を貪食することで、食細胞が機能を変える例の初めての報告として注目された。さらに、2016年には、ショウジョウバエを用いた解析により、このような貪食による食細胞の変化が動物個体内で実際に起こっていることが示された7)。
マクロファージなどの食細胞は、傷口に生じた誘引物質に引きつけられて移動し、傷口内の損傷細胞を貪食して除去することで損傷治癒に働く。また、細菌を貪食して分解し、感染防御にも働く。Weaversらはショウジョウバエにおいて、ヘモサイトと呼ばれる哺乳類のマクロファージに当たる細胞が、アポトーシス細胞を貪食することで、傷口への移動能や侵入した大腸菌に対する貪食能を高めることを発見した7)。この時の貪食後のヘモサイトにおける移動能や貪食能の上昇は、細菌やアポトーシス細胞を認識する貪食受容体であるDraperの発現上昇を伴っていた7)。これより筆者らは、食細胞はアポトーシス細胞を貪食することにより、アポトーシス細胞をより貪食するようになることを予想した。この予想を確かめるため、筆者らは、あらかじめアポトーシス細胞の破片(アポトーシス小胞)と混ぜることで刺激しておいた、ショウジョウバエヘモサイト由来細胞株におけるアポトーシス細胞の貪食程度を調べた。ここで用いたアポトーシス細胞の破片とは、アポトーシスを起こした細胞が断片化されて生じる小胞のことであり、これも小胞の表面に貪食目印分子を露出して食細胞に貪食されるなどアポトーシス細胞の持つ特徴を有している。この破片で刺激をしたショウジョウバエヘモサイト由来細胞株を調べると、予想どおり、刺激前と比べてアポトーシス細胞を貪食しているものの割合が増えていることがわかった。このことから、アポトーシス細胞刺激により食細胞はアポトーシス細胞の貪食能を高めることが明らかになった8)。
前述したアポトーシス細胞の破片で刺激後の食細胞における貪食能の増加は、貪食受容体であるDraperとインテグリンαPS3をコードする遺伝子の転写レベルの増加を伴っていた。筆者らは、この時の貪食受容体遺伝子の転写増加の仕組みを調べた。遺伝子の転写は、その直前に存在する転写プロモーターと呼ばれるDNA配列に、転写酵素であるRNAポリメラーゼが結合することで起こる。RNAポリメラーゼは、遺伝子DNAがコードするタンパク質の設計図となるmRNAを合成する反応(遺伝子の転写反応)を触媒する。この反応は転写因子と呼ばれるタンパク質によって調節されている(図2)。そこで筆者らは、貪食受容体遺伝子の転写を促進する転写因子を探索した。まず、アポトーシス細胞の破片で刺激前後のショウジョウバエヘモサイト由来細胞株における遺伝子発現レベルをマイクロアレイで網羅的に解析し、刺激後に発現が上昇する遺伝子群から、この時に活性化している転写因子の候補を予想した。そして、転写因子が認識する転写調節DNA配列に対する結合能を高めることを活性化の指標として、Taillessと呼ばれる転写因子を見つけた。次に、ヘモサイトでのみ特異的にTaillessのRNA interference(RNAi)を誘導することで、その発現を抑制したショウジョウバエを作製した。ここで行ったRNAiとは、標的となるmRNAに相補的な配列をもつ短いRNA断片を発現または添加することで、RNA分解酵素によるmRNAの分解を促し、標的遺伝子の発現を低下させる手法である。ヘモサイトでTaillessの発現を抑制したショウジョウバエでは、胚におけるアポトーシス細胞の貪食程度が減少していた。さらに、Taillessの発現を抑制したヘモサイト由来細胞株は、アポトーシス細胞の破片で刺激をしても貪食受容体DraperやインテグリンαPS3のmRNAレベル及びタンパク質レベルでの発現上昇と、アポトーシス細胞の貪食程度の増加が見られず、Taillessがアポトーシス細胞で刺激後のヘモサイトで貪食受容体遺伝子の転写を促し、貪食能を向上させることが明らかになった。以上の結果より、Tailless依存の遺伝子発現変化及びその後の貪食能の向上は、一度目にアポトーシス細胞を貪食した食細胞が、次に出会うアポトーシス細胞をより効率よく貪食除去するための食細胞の変化を促す反応であると解釈することができる。
RNAポリメラーゼによる遺伝子の転写は、転写因子によって調節される。転写因子には、エンハンサー領域に結合して転写を促進する「転写活性化因子」と、サイレンサー領域に結合して転写を抑制する「転写抑制因子」の両者がある。
つづいて、Taillessによる遺伝子発現調節の仕組みを知るために、筆者らはこの転写因子の活性化を導く受容体及び、情報伝達分子の探索を行った。Taillessはアポトーシス細胞の刺激依存にヘモサイトで活性化することから、アポトーシス細胞を認識する貪食受容体のDraperやインテグリンαPS3βνヘテロ二量体及び、その下流の情報伝達分子のdCed-6、Crk、MbcやRac1、Rac2が候補に挙げられた(図3)。一般に、受容体からの情報の最終標的は、転写因子、細胞骨格、または酵素である。従って、これらの貪食受容体及び、その下流の情報伝達経路が、細胞骨格の再編成を促して細胞の取り込み反応を誘導すると同時に、転写因子を活性化して遺伝子の転写も促すと予想した(図3)。解析の結果、予想どおり、RNAiによりこれら分子の発現を抑制したヘモサイト由来細胞株では、Taillessの活性化が起こらず、Taillessの活性化には、貪食受容体DraperとインテグリンαPS3βν及び、これらの下流で働く貪食誘導性の情報伝達分子が必要であるとわかった。また、細胞骨格の再編成を抑制する薬剤で取り込み反応を阻害したヘモサイト由来細胞株でもTaillessの活性化が抑えられた。従って、貪食受容体やその下流の分子が誘導する細胞骨格の再編成がTaillessを活性化させて、貪食時の食細胞の変化を促すことが明らかになった8)。このように、当初の予想とは少し異なり、貪食受容体のDraperとインテグリンαPS3βνを介する反応では、細胞骨格の再編成と転写因子活性化経路とが完全に独立していないことがわかった。
貪食受容体及び、その下流の情報伝達経路が、細胞骨格の再編成を促して細胞の取り込み反応を誘導すると同時に、転写因子Taillessを活性化して貪食受容体遺伝子の転写も促すと予想した。drpr及び、scbはそれぞれ貪食受容体のDraper及びインテグリンaPS3をコードする遺伝子を示す。
転写因子には、DNAの転写調節領域のうちエンハンサー領域に結合して転写を促進する「転写活性化因子」と、サイレンサー領域に結合して転写を抑制する「転写抑制因子」がある(図2)。Taillessは転写抑制因子として知られており、貪食受容体遺伝子の転写を直接誘導することができないと考えられた。そこで、筆者らは、通常は貪食受容体の発現を抑制する他の転写抑制因子が存在していて、Taillessはその因子の発現を抑制することで間接的に貪食受容体の発現を誘導するのではないかと予想した。実際に、Taillessによって発現が抑制される転写抑制因子としてKrüppelが報告されていた。そこで、Krüppelを候補として解析を進めた結果、①アポトーシス細胞の破片で刺激後のショウジョウバエヘモサイト由来細胞株ではKrüppel mRNAの発現レベルが低下すること、及びその低下にはTaillessが必要なこと、②アポトーシス細胞の破片で刺激後のヘモサイト由来細胞株で見られる貪食受容体のDraperとインテグリンαPS3のmRNAレベル及びタンパク質レベルでの発現上昇は、Krüppelの発現を抑制した細胞株では見られないこと、③DraperとインテグリンαPS3をコードする遺伝子の転写開始部位の前のDNA配列にKrüppelの組み換えタンパク質が結合することが示された。以上のことから、Krüppelは、通常では、貪食受容体DraperとインテグリンαPS3をコードする遺伝子の転写開始部位の前のDNA配列に直接結合してその転写を抑制しており、貪食時のアポトーシス細胞刺激によって活性化されたTaillessによりその発現が抑制されることで、転写抑制が解除され、貪食受容体の発現が誘導されるという一連の分子機構が示された(図4)9)。
(左)アポトーシス細胞刺激がない状態の食細胞。転写抑制因子のKrüppelが貪食受容体DraperとインテグリンaPS3をコードする遺伝子(drprとscb)の転写調節領域に結合してその転写を抑制している。(中央)アポトーシス細胞刺激が入った食細胞。貪食時のアポトーシス細胞刺激によって貪食受容体及びその下流の情報伝達経路が活性化され細胞骨格の再編成が起こると、転写抑制因子のTaillessが活性化される。Taillessは、Krüppel遺伝子の転写を抑制することで、貪食受容体遺伝子の転写阻害を解除する。(右)貪食受容体の発現量が増えた食細胞では、貪食能が増加する。
この総説では、アポトーシス細胞の貪食が、食細胞の遺伝子発現レベルを変化させて食細胞の機能の変化を導くことを述べた。ここでは貪食後の食細胞で貪食受容体の発現が上昇すること及び、その分子機構を紹介したが、貪食時の食細胞における遺伝子発現変化が転写レベルで起きていること及び、この時に働く転写因子を特定した報告は少なく、今回はそのような例を紹介した。このように、貪食時の食細胞において、遺伝子発現変化を促す経路の存在がはっきりと示されたことで、アポトーシス細胞の貪食は不要細胞の物理的な除去だけでなく、転写反応の変化を通じ、食細胞の機能の変化を促す積極的な生体恒常性維持反応であるという概念が確かなものとなったといえる。