高分子論文集
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総合論文
分子動力学計算による超好熱菌由来タンパク質の安定性の解析
本野 千恵マイケル グロミハ
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2010 年 67 巻 3 号 p. 151-163

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抄録

生体高分子であるタンパク質の安定化要因に関して,数十年以上さまざまな研究がなされてきた.本報では,分子動力学計算と,アミノ酸配列・立体構造の解析結果を組合せて,あるタンパク質の安定化要因を探索した.対象とした超好熱菌 Thermotoga maritima 由来コールドショックタンパク質(CSP)は,菌の至適生育温度 353 K では,わずかな構造安定性(ギブス自由エネルギー変化 ΔG(Topt)=0.3 kcal/mol)しか持たない.一方,常温菌由来の相同な CSP は,菌の至適成育温度 310 K で,超好熱菌由来 CSP の 5 倍以上の安定性を持つ(大腸菌由来 CSP で ΔG(Topt)=2.2 kcal/mol,枯草菌由来 CSP で 1.5 kcal/mol).同じ温度(室温)で比べてみると,超好熱菌由来 CSP は,常温菌由来 CSP よりも高い安定性を示す.これらの報告例から,超好熱菌由来 CSP は,熱力学的ではなく速度論的バリアによって,高温でもアンフォールドしないと推測される.より詳細な熱安定化のメカニズムを探るために,分子動力学計算で超好熱菌 CSP の完全なアンフォールディングを観測し,筆者らの推測を検証した.超好熱菌 CSP 以外の相同 CSP は,C 末部分からアンフォールディングが始まり N 末端部分の構造は最後まで残るが,超好熱菌 CSP は,両末端部分ともアンフォールドするまでに計算時間を要し,ほぼ同時に崩れる.その C 末端部分では,R2, E47, E49, H61, K63 および E66 の荷電残基の相互作用により構造が強固になり,N 末端部分との相互作用も強化されている.これらの相互作用は,超好熱菌 CSP に固有で,常温菌 CSP には見られず,アンフォールディングのバリアとして作用している.この相互作用を壊すアミノ酸置換を導入した変異体モデルと,他の CSP にこの相互作用を導入した変異体モデルのアンフォールディング計算結果からも,この相互作用が超好熱菌 CSP 特有のアンフォールディング機構を決定し,分子の安定化に寄与していることが示された.

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© 2010 公益社団法人 高分子学会
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