Latin America Report
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Ecuadorian Presidential Election: The Noboa Administration Strives to Continue
Naotoshi KINOSHITA
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2025 Volume 42 Issue 1 Pages 50-60

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要約

2023年11月24日にノボア政権が発足した。任期はわずか18カ月間と短く、2025年2月9日には次期大統領選挙が実施される。ノボア大統領は再選を果たすために、麻薬カルテルによる抗争激化で治安危機に陥るエクアドルを早急に立て直さなければならないが、電力逼迫、財政危機と様々な難題にも直面し厳しい舵取りが求められている。また、内政面では、アバド副大統領との確執が新たな火種となり政権運営に支障をきたしているほか、外交面では、警察当局がメキシコ大使館に強行突入しグラス元副大統領の身柄を拘束したことで国際社会から厳しい批判を浴びている。はたしてノボア大統領が再選され政権を継続できるのか、綱渡りの政権運営が続き、再選への道のりは決して平坦ではない。

Abstract

The Noboa government took office on November 24th, 2023. His term might be short, lasting only 18 months, as the next presidential election is held on February 9, 2025. In order to be re-elected, President Noboa must quickly restore Ecuador, which is in the midst of a security crisis caused by an intensifying war with drug cartels. On the domestic front, the feud with Vice President Abad has become a new flashpoint, hampering the administration, and on the diplomatic front, the police force was made to raid the Mexican embassy and took former Vice President Glas into custody, drawing harsh criticism from the international community. The road to re-election will not be smooth as President Noboa continues to walk a tightrope in his administration.

はじめに

2023年11月24日、臨時大統領選挙(2023年8月20日:第1回投票、10月15日:決選投票)で勝利した「国民民主行動」(ADN)のノボア(Daniel Noboa)が大統領に就任した1。麻薬カルテルによる抗争激化で治安危機に陥るエクアドルをいかにして立て直すのか、電力逼迫や財政危機など様々な難題が降りかかるなか厳しい舵取りが求められている。任期はラッソ(Guillermo Lasso)前大統領(在任2021年5月~23年11月)が当初務める予定であった2025年5月24日までの18カ月間と短く、同年2月9日には次期大統領選挙を迎える。大統領選挙は2024年9月12日に公示され、過去最多となる16名が立候補、ノボア大統領も再選に向けて名乗りを上げた。

本稿では、はたしてノボア大統領が再選され政権を継続できるのかという問題意識のもと、発足から1年を迎えたノボア政権を取り巻く政治情勢を概説する。

1.ノボア政権の軌跡

(1)ノボア政権誕生に至る経緯と背景

まずはノボア政権誕生に至る経緯と背景について触れておく。コロナ禍の2021年5月24日に就任したラッソ大統領は、景気減速、物価高騰、治安悪化などを背景に国民からの支持を次第に失い、国会では与野党の対立が激化しレームダックの状況に陥った2。大統領による汚職疑惑や捜査介入も取り沙汰され、野党から国会に大統領弾劾決議案が提出された。弾劾成立の可能性が高まるなか、ラッソ大統領は2023年5月17日に国会解散権(憲法第148条)を行使し、臨時総選挙(大統領選挙、国会議員選挙)の実施を決定した。

臨時大統領選挙には8名が出馬した。選挙戦序盤はコレア(Rafael Correa)元大統領(在任2007年1月~17年5月)3が支援する、左派・市民革命運動(RC)のゴンサレス(Luisa González)国会議員が優勢に進め、第1回投票(8月20日投開票)では最多票(得票率33.6%)を獲得した。次点には、泡沫候補とみられていたノボア国会議員(得票率23.5%)が入った。投開票日1週間前に開催された大統領候補討論会で理路整然と語る姿が全国中継され、瞬く間に支持が拡がった。その勢いを保ったまま決選投票(10月15日投開票)でノボア候補(得票率51.8%)が逆転勝利を収め、エクアドル憲政史上最年少の大統領が誕生した。

ノボアはSNSを巧みに活用した選挙戦を展開し、雇用対策を優先課題のひとつに掲げ就労不安を抱える若年層を中心に広く支持を得られたことが勝因となった。また、大統領候補暗殺事件4でコレア派の関与が疑われ対抗馬のゴンサレス候補が逆風にさらされたことも大きく影響した。

(2)ノボア大統領の横顔と政策方針

ノボア大統領は、バナナ輸出会社を起ち上げ巨万の富を築き「バナナ王」と呼ばれた故ルイス・ノボア(Luis Noboa、1994年没)を祖父にもち、その地位と名声を引き継ぎ南米有数の財閥ノボア・グループへと押し上げた父アルバロ・ノボア(Álvaro Noboa)の長男として1987年11月30日に米国マイアミで生まれた。幼少期から青年期をグアヤキルとマイアミで過ごし、米ニューヨーク大学経営学部卒業後、米ケロッグ経営大学大学院経営学、米ハーバード大学大学院行政学、米ジョージワシントン大学大学院政治学と数多くの修士号を取得した。ノボア・グループ系列会社に入社後は物流・広報・マーケティング部門で管理職を務め後継者としての研鑽を積み、2021年の国会議員選挙で当選し政界に転じた。臨時大統領選挙まではほぼ無名の政治家であった。

ノボア大統領は選挙戦では「フェニックス・プラン」(Plan Fénix)と称する公約を掲げた。困難な状況からの再生を象徴する伝説の鳥フェニックスにあやかり国難を克服すると国民に誓った。ラッソ前政権が進めてきた貿易自由化・市場開放路線を継続しており、中道右派とみられているが、ノボア大統領は自らを中道左派と位置づけ社会民主主義者であると自認している。経済分野では、雇用機会の創出(雇用創出に寄与する企業への減税、スタートアップ起業支援策の実施など)、民間投資の促進(海外送金税の税率引き下げ、再エネ投資の拡大など)などを公約にあげる一方、社会政策の拡充(医療ケアサービスの整備、教育進学率の引き上げ、学校給食制度の再開など)を重視する姿勢も示している5。経済発展・治安改善・生活水準向上・環境保全を推進し持続可能な社会の実現を目指しており、ノボア政権の政策スタンスを一概に右派・左派といった枠組みで捉えることはあまりに短絡的といえる。 

2.ノボア政権が直面する政策課題と評価

(1)凶悪化する治安情勢

エクアドルが直面する最重要課題は治安対策であり、選挙戦での争点にもなった。ノボア大統領は最新鋭の警察装備品の導入、国境監視・港湾警備・幹線道路管理の強化、国軍警察統合諜報機関の創設、最高警備レベル刑務所の建設などを検討している。

かつてエクアドルは中南米のなかでは比較的治安が良かったが、2019年以降、強盗や殺人など凶悪犯罪が増加の一途を辿っている。10万人あたりの殺人件数は2018年の5.8件から2023年には44.5件へと増加し過去最高を記録、中南米地域でも治安が悪いホンジュラス(31.1件)、ベネズエラ(26.8件)を上回り、エクアドルは世界有数の危険国となっている6。2023年には政治家・政府高官の殺害が相次ぎ、8月には大統領候補暗殺事件が発生した。2024年1月には犯罪組職幹部の脱獄7、国営TCテレビ局襲撃8と前代未聞の凶悪事件が立て続けに発生した。

この事態を受け、ノボア大統領は1月8日に国家緊急事態宣言(対象は国内全土、期間60日間、3月7日に30日間延長)および犯罪抑制のために夜間外出禁止令を発令、国内犯罪組織22集団をテロ組織に指定し反政府組織との「国内武力紛争」状態にあると宣言した。

国家緊急事態宣言は、憲法第164条に基づき、侵略・武力紛争・深刻な内乱・自然災害など有事に発令でき、住居や通信の不可侵性および移動・結社・集会の自由に対する権利を停止または制限することが認められている。同宣言に基づき当局は犯罪組織との関わりが疑われる者を徹底的に取り締まっている。なお、同宣言は4月6日に期限を迎えたが、ノボア大統領は引き続き国内武力紛争の状態にあると宣言し、対象地域を太平洋岸やコロンビア国境沿いの主要都市に絞って国家緊急事態宣言下に置いている。

当局の発表によると、宣言発令から約2カ月間(1月9日~3月4日)で計15万件の掃討作戦が遂行され、逮捕者は1.1万名以上、殺害された容疑者は14名に上った。また、銃火器3300丁、麻薬64.3トンが押収された。2024年上期の殺人件数は3508件(前年同期4307件)と減少に転じており、ノボア政権は治安対策で一定の成果を上げている。また、1月12日にはペルーとコロンビアから陸路でエクアドルに入国するすべての外国人に対して過去5年間の犯罪経歴証明書の提示を義務化し、国境および幹線道路の監視を強化したほか、刑務所の過密状態を緩和するため刑務所に収監されている外国人を強制送還している。4月21日には治安対策強化のための憲法改正の是非を問う国民投票が行われ、政府案(諸外国への犯罪人引き渡し、国軍の権限強化、銃規制の強化、国軍・警察による銃火器即時利用、刑罰の厳罰化、刑務所の管理強化、違法に取得した資産の接収など)は賛成多数により承認された。

これまでのところ国民はノボア政権の治安対策を好意的に受け止めている。しかし、依然として凶悪犯罪が多発し、治安問題の根本的な解決には至っていない。本号の上谷論稿では、強硬な治安対策「鉄拳政策」(Mano Dura)はこれまでにも多くの中南米諸国で試みられてきたが成功例は少ないとの指摘がなされており、むしろ、暴力がエスカレートし逆効果となる事例が多く、強硬策の効果には懐疑的な見解が示されている(上谷 2025)。また、人権団体からは当局による過度な武力行使や恣意的な逮捕・拘禁を指摘されており、人権侵害という新たな問題も生じている。

(2)深刻化する電力不足

治安危機とならび国民生活に打撃を与えている問題が電力不足である。エクアドルでは南北に縦走するアンデス山脈の高低差を利用した水力発電が発達している。かつては火力発電が主電源であったが、コレア政権期にクリーンエネルギーへの転換が図られ、中国からの融資で中国企業によって計8カ所の水力発電所(総工費50億ドル、発電設備容量6779Mw)が建設された。これにより水力発電の比率が6割強へと高まり、乾季(通常は乾季5~10月、雨季11~4月)の少雨や旱魃による影響を受けやすくなった。近年は気候変動の影響で乾季が長期化し旱魃の規模が拡大している(表1)。

表1 発電設備容量・発電/輸入電力量

(出所)非再生可能天然資源エネルギー規制監督庁(ARCERNNR)の統計データをもとに筆者作成(2024年10月15日閲覧)。

2023年10月にはエクアドル東南部に位置するパウテ(発電設備容量1100Mw)、ソプラドラ(同486Mw)、マサル(同170Mw)など主要水力発電所の水位が大幅に低下し稼働時間の短縮を余儀なくされた。政府は国民に節電を呼びかけているが事態は好転せず、10月27日から全国規模で計画停電が実施されている。政府は電力会社や地方自治体と連携して計画停電のスケジュールを策定し、国民に事前に告知して適切な行動をとるよう求めている。

ノボア大統領は2024年1月に「電力改革法」(通称ノーモア・ブラックアウト法)を制定し、節電した企業に対する法人税減税、電力事業の一部民営化、非従来型再生可能エネルギー(水力を除く再生可能エネルギー)発電の推進などを打ち出した。しかし、同法による効果は乏しく電力危機は深刻さを増し、9月17日から全国規模で夜間8時間/日の計画停電が実施され、公共部門ではリモートワークへ切り替えられた。10月1日にはコロンビア政府が自国の電力逼迫によりエクアドルへの電力輸出を停止したため、計画停電は10~14時間/日へと延長された。この状況に対して、国会は10月27日に「電力改革法改正」を全会一致(賛成120票)で可決、これにより電力部門への民間参入が緩和された9。その後、11月18日に電力事情が改善したコロンビアからの電力輸入が再開され、停電時間は段階的に短縮された。12月10日にノボア大統領は計画停電を12月20日で終了すると発表し、電力危機終息の目処が立った。

しかし、今後もなお気候変動による影響は避けられず、降雨減少および旱魃長期化が頻発することが予想される。ノボア大統領は非従来型再生可能エネルギーや天然ガスなどによる発電所の建設に重点を置き、今後2年間で2000Mwの発電能力増強を目指しているが、喫緊の課題は既存の発電所の維持管理である。たとえば、国内最大規模のコカ・コード・シンクレア水力発電所(2010年6月着工、16年11月竣工)は当初の建設計画では発電設備容量が1500Mwと国内電力消費量の75%を賄うことができると喧伝されたが、稼働から2年も経たずに故障で稼働停止に陥り、その後の調査で建設を請け負った中国水利水申建設集団公司(Sinohydro)の瑕疵が判明した。修繕しては稼働停止を繰り返しており本来の性能が発揮できない状態が続いている。その他の水力発電所についてもダム堆積土浚渫工事などのメンテナンス不足による劣化が著しい。社会資本の適切な維持管理に向けた予算の確保や体制づくりが求められている。

(3)逼迫する財政

ノボア政権が治安強化策や電力危機対策を実行するうえで直面する問題が財政の逼迫である。エクアドルの財政は歳入面で原油収入への依存度が高く原油価格の動向に左右されやすい構造となっている10。2023年は原油の輸出価格や生産量が当初予算の想定を下回り、中央政府の財政赤字が59.1億ドル(GDP比5.0%)と前年(15.5億ドル、GDP比1.3%)から大幅に拡大した。2023年末から2024年初には公務員給与の支払いに遅滞が生じるなど資金繰りの悪化が顕著で、世界銀行や米州開発銀行(IDB)など国際金融機関から借入を行った。2024年3月には国際通貨基金(IMF)に金融支援を要請し、5月31日に総額30億SDR(約40億ドル、期間48カ月)の拡大信用供与措置(EFF)の承認を受けた。

ノボア大統領は大統領選挙期間中、海外送金税や法人税の税率引き下げ、ITT石油鉱区の採掘停止11などを公約に掲げていたが、財政の逼迫により公約の実現は不可能な状況にあり、方針転換を余儀なくされている。4月から一般付加価値税(IVA)の税率を12%から15%へ、海外送金税(ISD)の税率を3.5%から5.0%へと引き上げたほか、ITT石油鉱区の採掘停止延期を発表した。2024年予算では財政赤字はGDP比3.4%へと縮小する見通しであるが、緊縮財政政策により景気は減速し、2024年の実質GDP成長率は、IMFが+0.1%12、世界銀行が+0.3%13で、ほぼゼロと予測されている(表2)。計画停電の長期化・拡大の可能性も高く景気下振れリスクが強い。ノボア政権は経済面においても強い逆風にさらされている。

表2 エクアドル主要経済指標

(出所)エクアドル中央銀行(BCE)のデータをもとに筆者作成(2024年10月15日閲覧)。

(4)政権内部で深まる確執

内政面では、ノボア大統領とアバド(Verónica Abad)副大統領との確執が新たな火種となっている。両者の関係は2023年の選挙活動中から悪化した。アバド副大統領のノボア批判および保守的な思想(中絶・LGBTQの権利に反対)、選挙資金の私的流用疑惑や子息の汚職疑惑などが要因として指摘されている。

ノボア大統領はアバド副大統領を政権の中枢から遠ざけるためにイスラエル・パレスチナ和平構築を目的とする平和大使に任命し、12月10日に駐イスラエル特命全権大使(副大統領を兼任)としてテルアビブに派遣した。さらに公の場での外交政策に関する発言に外相の事前承認を取るよう命じ、アバド副大統領の政治的権限を事実上剥奪した。

一方、アバド副大統領は2024年8月7日に国会で行われた行政不正調査臨時委員会にリモートで出席し、ノボア大統領らによる「政治的ジェンダー暴力」を告発、同月15日に選挙紛争裁判所(TCE)に提訴した。訴状は9月12日に受理され審理が始まった。「政治的ジェンダー暴力」とは、民主主義選挙基本法(2009年4月施行)第280条「個人または集団が女性の政治家・公職者・人権活動家およびその家族に対して直接的または間接的に行う攻撃のことを指し、職務遂行に係る権限や役割の縮小・停止・阻止・制限することを含む」と規定されている。訴えが認められれば、ノボア大統領には罰金(最低賃金70カ月相当:約3.2万ドル)や参政権停止(期間2~4年)などの制裁が科され、次期大統領選挙への出馬資格を失う可能性がある。

また、選挙規則によると選挙活動期間中(2025年1月5日~2月6日)、ノボア大統領は休職し職務権限を副大統領に委譲しなければならない。アバド副大統領が権限を乱用し政権転覆を図る可能性もあり、ノボア大統領はこれを防ぐべく副大統領の罷免を画策している。しかし、罷免を決定する国会では、ノボア大統領率いる「国民民主行動」(ADN)は全137議席中20議席を占めるに過ぎず、コレア派の「市民革命運動」(RC)が47議席で主導権を握っており、罷免は難しく、ノボア大統領は11月にアバド副大統領に対して職務放棄で停職(150日間)の懲戒処分を下し14、副大統領代理にモヤ(Sariha Moya)国家計画開発庁(Senplades)長官を任命した。しかし、これら一連の措置については、処分の正当性や手続きの透明性などの点で疑義を呈する声もあり、政権への信頼性をも揺るがしかねない事態となっている。

(5)外交摩擦

外交面ではメキシコとの関係が悪化している。2024年4月3日にメキシコのロペス・オブラドール(AMLO)大統領(当時)が、ノボアが大統領選挙で当選できたのはビジャビセンシオ(Fernando Villavicencio)候補が暗殺されたからだと発言したことを受け、ノボア政権は駐エクアドル墨特命全権大使に「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)を宣告し国外退去を求めた。報復措置として、メキシコ政府はグラス元(Jorge Glas)副大統領のメキシコへの政治亡命を受け入れ15、エクアドル政府に対して同氏が出国できるよう迅速かつ安全な航路の確保を要請した。これに対して、ノボア政権は安全を保証しないと一蹴し、5日夜に在エクアドル墨大使館に警察を強行突入させグラス元副大統領の身柄を拘束した。6日にメキシコ政府はエクアドルと外交関係を断交した16

ノボア大統領はメキシコ政府が内政不干渉の原則を侵していると非難したが17、国際社会の目は厳しく、4月10日に開催された米州機構(OAS)常任理事会ではほぼ全会一致(エクアドルは反対、エルサルバドルは棄権、メキシコは欠席)で「駐エクアドル墨大使館への侵入と外交使節団の尊厳に対する暴力行為を非難する決議」が採択された。また、ラテンアメリカ・カリブ海諸国共同体(CELAC)閣僚会合でも全会一致で「大使館侵入非難決議」が採択された。その後、エクアドル、メキシコ両国政府は相互に国際司法裁判所(ICJ)に提訴し係争中である。この件により、メキシコおよび同国を支持する諸外国との外交関係は冷え切っており、11月14日にエクアドル南部クエンカで開催されたイベロアメリカ首脳会合には、中南米地域の首脳は誰ひとり出席しなかった。

3.次期大統領選挙の行方

(1)大統領選挙の公示

2024年9月12日に次期総選挙(2025年2月9日:大統領・国会議員〈定数151議席〉選挙)が公示され、事実上の選挙戦に突入した。9月13日~10月2日に立候補届出が受け付けられ、大統領選挙には過去最多の16名が立候補した18。ノボア大統領をはじめ、前回大統領選挙決選投票で敗れたゴンサレス前国会議員、第4位だった実業家で右派SUMA党のトピック(Jan Topić)が有力候補としてあがる。その他の候補は、右派・キリスト教社会(PSC)のクロンフ(Henry Kronfle)国会議長、中道左派・民主中道運動(CD)のハイララ(Jimmy Jairala)元グアヤス州知事、極左・人民統一党(UP)のエスカラ(Jorge Escala)元国会議員などで知名度は低い。前回選挙ではノボア候補が公開討論会で脚光を浴びたが、今回は立候補者が多く、公開討論会(2025年1月19日開催予定)で有権者にアピールする時間は大幅に短縮されるため、支持を広げる候補者が出る可能性は低い。

(2)決選投票の可能性

投票意思に関する9月の世論調査(CID Gallup)によると、支持率はノボア大統領が31%で首位、ゴンサレス候補が26%で2位、トピック候補が15%で3位となっている19。トピック候補は11月に選挙紛争裁判所(TCE)による欠格処分で出馬を断念せざるを得ない事態に追い込まれており20、ノボア大統領とゴンサレス候補の決選投票となる可能性が高い。

過去2回の大統領選挙では、コレア派の候補が第1回投票で最多票を獲得したが、決選投票で逆転された。海岸地域の都市部を中心にコレア体制の復活を望む岩盤支持層(有権者の30%相当)がいる一方、山岳地域やアマゾン地域の農村部を中心に根強い反コレア感情をもつ有権者が同程度いる21。計画停電の長期化や治安の急激な悪化などによりノボア政権の支持率が急落したり、ゴンサレス候補がコレア派のイメージを払拭し新たな支持層を拡げたりすれば同候補に勝機はあるが、そうでなければ決選投票を制することは難しいであろう。

(3)大統領選挙の争点

今回の選挙の争点は前回と同じく治安対策であり、強硬路線を掲げる候補者が支持を集めやすい。ゴンサレス候補も強硬な治安路線を打ち出しているが、公約の内容は他候補とほぼ同じで独自性がない。その点で現職として実績をあげているノボア大統領が有利といえる。また、ノボア大統領自身が汚職疑惑やスキャンダルなどと無縁でこれまで大きな失点がなかったことも評価されよう。アバド副大統領との確執が泥沼化していることはリスク要因ではあるものの、副大統領は政権中枢から排除されているうえ、裁判の審理も長期化することが予想されることから大統領選挙への直接的な影響は限定的である。メキシコ大使館強行突入事件については、外交的代償は大きかったものの、国民に強いリーダーシップを示すことができ汚職撲滅を望む国民からの評価は高い。計画停電の長期化についても、ノボア政権にとって不安材料のひとつであるが、主要電源を水力発電に転換したのはかつてのコレア政権であり、ノボアよりもコレア派の弱みとなっている。ノボア政権にとって、安定した電力供給の確保や計画停電の影響を受けている家計・企業への支援策をいかに実行できるかが、今後の課題であり選挙戦を左右するポイントといえる。選挙投開票日までは残すところ2カ月弱、様々な制約があるなか実効性の高い政策を迅速に実行していくことができるか注目される。

むすび

これまでみてきたとおり、ノボア大統領にとって政権発足から様々な難題に直面した1年であった。世論調査会社(CEDATOS)の大統領支持率は強硬な治安対策が評価され、就任直後(2023年12月)の64%から2024年2月には民政移管(1979年)以降の歴代大統領で最高となる81%に達したが、その後は電力危機や景気減速の影響を受け、8月には51%へと低下した22。9月中旬以降の大規模な計画停電の影響で支持率は今後さらに低下する可能性があり、再選への道のりは決して平坦ではない。

前回の臨時総選挙では、無名の政治家であったノボア候補が大統領の座を掴み、混迷するエクアドルの再建は若きリーダーに託された。依然として凶悪犯罪が多発し治安問題の根本的な解決には至っておらず、電力危機や財政逼迫など重くのしかかる。公約した諸改革を進めるうえでも任期は18カ月とあまりにも短い。現在は大統領の「試用期間」ともいえ、今回の選挙は事実上ノボア政権の信任投票となろう。国民は国家運営をさらに4年間ノボア大統領に託すのか、それとも新たなリーダーに任せるのか、選挙戦の行方から目が離せない。

(2024年12月10日脱稿)

[付記]

本稿の内容および意見は筆者個人に属し、所属機関の公式意見を示すものではない。

本文の注
1  臨時総選挙の動向や選挙結果の分析については木下(2024)を参照。

2  ラッソ政権の発足から臨時総選挙に至る経緯と背景については木下(2023)を参照。

3  コレアは2007年1月から3期(新憲法下で2期)10年にわたる長期政権を築いた後、2017年に夫人の出身国ベルギーに移住した。2020年4月に収賄罪で懲役8年、被選挙権の停止25年の有罪判決を受けた。

4  選挙活動期間終盤の8月9日に大統領候補のビジャビセンシオ国会議員が暴漢に射殺された。

5  “Plan de trabajo plurianual para presidente y vicepresidente de la República del Ecuador.” Alianza Acción Democrática Nacional, (2024年12月10日閲覧).

6  組織犯罪の増加や治安悪化の理由や背景については上谷(2025)を参照。

7  1月5日に犯罪組織「ロス・ロボス」(Los Lobos)の幹部が検事総長暗殺を画策した容疑で逮捕されたが、8日に脱獄した。1月7日には、犯罪組織「ロス・チェネロス」(Los Choneros)のリーダーが刑務所への移送中に脱走したほか、リオバンバ刑務所から39人の受刑者が脱獄した。

8  1月9日にグアヤキルの国営TCテレビ局が生放送中に武装集団に襲撃され、犯行に関わった13名が逮捕された。1月17日には同事件の捜査を指揮していた検事長が殺害された。

9  民間企業が参入できる電力事業は従来の10Mwから100Mwへと上限が引き上げられた。

10  石油部門(2023年値)は名目GDPの9.1%、歳入の33.3%、輸出の28.8%を占めるエクアドル経済の柱である。

11  エクアドル北西部にユネスコの生物圏保護区となっているヤスニ国立公園があり、公園内にはITT石油鉱区(原油確認埋蔵量は16.7億バレル、国内埋蔵量全体の約20%)がある。2023年8月に実施された国民投票で賛成多数によりITT石油鉱区での採掘を1年以内(2024年8月まで)に停止することが決定した。ノボア大統領は選挙戦で国民投票の結果は尊重すると表明していた。

13  "Global Economic Prospects.” World Bank Group, June, 2024.

14  アバド副大統領は2024年9月1日にイスラエルから退避しトルコ・アンカラに赴かなければならなかったが、現地到着が同月9日であったため、労働省は5営業日の職場放棄が発生したと認定し懲戒処分を下した。

15  グラスはコレア元大統領の右腕として戦略部門調整相(在任2010~12年)、副大統領(在任2013~18年)を務めた。2017年12月に公共事業絡みの収賄罪で禁固6年、2020年4月に政治資金絡みの収賄罪で禁固8年の有罪判決が下り服役したが、2022年4月に人身保護請求が認められ仮釈放された。しかし、2023年12月に横領の容疑(2016年大震災の際の公金流用)で逮捕状が下り、逮捕直前の17日に在エクアドル墨大使館に駆け込み政治亡命を申請していた。

16  メキシコ政府は外交関係に関するウィーン条約第22条「外交使節団の公館は不可侵とする。接受国は使節団の長が同意した場合を除くほか、公館に立ち入ることができない。接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する」をエクアドル当局が侵犯したと主張。

17  エクアドル政府は、ウィーン条約第41条「特権及び免除を害することなく、接受国の法令を尊重することは、特権及び免除を享有するすべての者の義務である。それらの者は、また、接受国の国内問題に介入しない義務を有する」をメキシコ政府が侵犯していると主張。

18  全国選挙管理委員会(CNE)が届出を事前審査し、12月30日に立候補者名簿が確定する。

19  “Ecuador: Intención de Voto Presidencial.” CID Gallup, September 28, 2024.

20  トピック候補が経営する企業がエクアドル政府と公共事業契約を交わしており、憲法第113条「国家と何らかの契約を有する者には公職選挙への立候補を禁じる」に抵触すると判断された。トピック候補は企業の株式をすでに譲渡したと主張したが、TCEはトピック候補が依然として実質的に企業の経営に携わっているとして、立候補資格を取り消した。

21  コレア元大統領は社会政策を拡充し貧困削減や国民の生活水準の底上げを図ったことから、低所得者層を中心に支持されている。一方で、強権的な手法で石油・鉱山開発を進め、反対する先住民組織や市民団体などを弾圧したことやコレア大統領以下多くの政府高官が汚職に関与していたことから、怖れや不信感を抱く有権者も多い。

22  “Informe opnión Ecuador Al 24 de Agosto 2024.” CEDATOS, August 24, 2024.

引用文献
 
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