2021 年 6 巻 p. 1-17
Today, teaching and learning English as a global lingua franca is being emphasized more than ever. The present study introduces Global Englishes (GE) lessons implemented at a junior high school in Japan. The study then explains about the effects of these lessons on students’ listening performance and attitudes. Specifically, 75 third-year students participated in 15 GE lessons, in which they watched 15 short videos. In these videos, people from different countries were speaking English in their own accent in either a monologue or dialogue. The pre- and post-tests found that students’ listening performance with various English accents was significantly improved. The results suggest that young learners have the potential to accommodate multiple English accents. On the other hand, their attitudes toward the speakers of those accents did not change at a statistically significant level. The participants here were all just about to take entrance examinations to senior high schools, and therefore appeared to be keen on simply improving their listening comprehension regardless of speakers’ accents.
今日,英語はグローバル社会のあらゆる場面で,相互理解の媒介として欠かせない言語となった。一方で,世界を見渡すと,英語は発音,意味,形態などにおいて多様な言語的様相を呈している。教育分野の研究者たちは,世界の英語の多様性を教室に取り入れることを提唱しているが(Matsuda & Friedrich, 2011, 他),どのような方法を用いて,またそれによってどのような効果が期待できるのかについて調査した研究はあまりない。特に,初級学習者である中学生を対象とした研究は本稿の著者が知る限り皆無である。本稿の著者は,Lenneberg(1967)などの研究から派生した臨界期説や,アメリカへの移住者に関する研究(Aoyama, et al., 2008,他)などから,若い中学生たちは成人よりも第二言語の音声を識別する能力に優れ,多様な英語発音に対応できるのではないかと考えた。そこで,本研究では,世界の多様な英語が収録された短い動画を中学生に呈示し,その教育効果を音声理解度の観点から調査することにした。加えて,中学生は訛りを感じる英語に対して,ステレオタイプ的な見方をしがちであることを示した先行研究(松浦・若生, 2019)を背景に,他者の英語を聞いた際の受容態度についても調べることにした。
本稿は,世界の様々な英語発音(multiple English accents)を使用した試行的授業の実践報告である。授業による効果を見るため,次の課題を設定した。
Galloway(2017)によれば,グローバル英語(GE)とは, 研究の目的や視座が異なるWorld Englishes(WE),English as an International Language(EIL),English as a Lingua Franca(ELF),Translanguagingが扱う多様な英語の総称である。それらを英語教育的視点でまとめたのがグローバル英語教育(GELT)で,Rose and Galloway(2019)は,従来型のELTとの違いを13のカテゴリーに分けて解説している。この13のカテゴリーとは,対話の相手,オーナーシップ,対象文化,規範,教師,ロールモデル,教材のリソース,他者の言語と文化,ニーズ,評価基準,学習目標,イデオロギー,方向性である。例を挙げると,伝統的なELTの規範は標準英語であるのに対し,GELTの規範は多様で柔軟性があり,複数である。伝統的なELTでの手本はネイティブ・スピーカーであるのに対して,GELTでは英語の熟達者がロールモデルとなる。また,ELTにおける評価基準は規範に対しての正確さであるが,GELTではコミュニケーション能力がより重視される。さらに,ELTではネイティブ・スピーカー並みの能力を身につけることが目標であるが,GELTでは複数言語の能力を上手に活用できる英語話者になることが期待されている。このように,Rose and Gallowayは,英語の社会的役割の変化を踏まえて,従来型教育パラダイムの見直しを奨励している。
平成30年告示の高等学校学習指導要領解説(文部科学省,2019)には,明らかにGELTの理念と通じる内容が記載されている。例えば,「現代の世界において様々な国や地域で使用されている英語の広がりを考えたとき,異なる英語に触れる機会をもつことは重要である」(p. 126)や「様々な英語音声に触れる機会をもつことは,国際共通語としての英語に対する理解を深め,同時に自分自身の英語に対する自信を深めていく上でも大切である」(p. 133)がそれに相当する。一方,中学校学習指導要領解説では,GELT的な視点は発音を除いて見当たらない(文部科学省,2018)。発音については,「多様な人々のとのコミュニケーションが可能となる発音を身に付けさせること」(p. 30)と述べられている。この多様な人々の中にはノンネイティブ・スピーカーも含まれると思われるので,多様な聞き手が理解できるようなわかりやすい発音が望ましいということだろう。しかしながら,聞くことに関しては,少なくともノンネイティブ・スピーカーの英語を聞き,理解する活動までは想定していないようである。学習指導要領解説には,「ICTを利用したりネイティブ・スピーカーの協力を得たりして,なるべく自然な口調で話される音声に触れさせ,慣れさせることが大切である」(p. 55)と記されているだけである。Kachru(1992)やCrystal(2009)などによると,世界の英語話者の数は,ネイティブ・スピーカーよりもノンネイティブ・スピーカーの方が多いという。つまり,L1として使用する話者よりもL2やL3話者の方が多いのである。それにもかかわらず,ノンネイティブ英語を聞いて理解することは中学校英語の目標になってはいない。初級学習者に多様な英語発音を呈示すると混乱をきたすかもしれないという懸念がないわけではないが,学習者の学年や習熟度,さらにはアクセントの強さを勘案しながら導入することを考慮してもよいのではないだろうか。次のセクションでこのことに関連する先行研究について述べる。
1.2 中学校におけるGE教育の必要性初級学習者が大多数を占める中学校において,GE教育はほとんど行われていないのが実態だろう。しかしながら,松浦・若生(2019)は,中学校でもノンネイティブ英語を含む世界の多様な英語を扱うべきであると主張している。松浦・若生は,多様な英語発音に対する中学生と大学生の受容態度を比較した調査から,発音の好みが英語習得の比較的早い段階に形成される可能性を指摘している。彼女たちは,中学2年生と大学生からなる2つのグループに,アメリカ,シンガポール,ニュージーランド,フィリピン出身の英語話者によって吹き込まれた短いパッセージを聞かせ,吹込み者の「地位・能力」,「社会的魅力」,「言語の質」の3観点について,「全くそう思わない」から「強くそう思う」までの7件法で評価させた。その結果,英語力が異なる中学生と大学生グループは同様に,3つの観点のすべてにおいて,アメリカ,ニュージーランド,フィリピン,シンガポールの順に評価していた。つまり,中学生は大学生と同様に,英語の発音を識別したことがわかったのである。また,アメリカの発音だけを取り上げると,中学生は大学生に比べて,話者の「地位・能力」を有意に高く評価する傾向が見られた。これには,アメリカ英語を理想的モデルとする授業が大きく影響していると思われる。これらの結果から,松浦・若生は,中学校英語においても世界の多様な英語発音を取り入れるべきであると考えたのである。
中学校英語に世界の多様な英語を導入することについて,現役教師や教師を目指す大学生たちはどのように考えているのだろうか。また,導入すべきか否かという問いにどのように反応するのだろうか。若生・松浦・千波(2021)は,関東地方と東北地方の中学校英語教師48名,及び同地方にある5大学の英語教職課程在籍者67名に対してリカート形式のアンケート調査を行った。アンケート項目の一つである「中学生に英語の多様性を教えることに賛成だ」には,教師の91%と学生の67%が肯定的な回答を選択している。逆に,このことに否定的であったのは,教師では0%,学生では15%であった。最新の英語科教育法を学んでいる若い学生群に比べて,一般的には保守的であると見なされやすい教師の側に好意的割合が高かった点は興味深い。教師群だけに注目すると,年齢の高い教師の方が若い教師に比べて保守的であったという結果は得られておらず,多様な英語の導入に対する考えに年齢はほぼ影響ないことがわかった。また,「検定教科書に多様な英語に関する内容があれば,それを教えることは可能だ」という項目では,実に教師群の85%が肯定的態度を示していた。実際の教室で,具体的に何をどう教えるかは別にして,調査に参加した現役教師の大多数がGELTの必要性と可能性を認識しているのではないだろうか。
高校生を研究対象としたKawashima(2019)の論文は,中学校におけるGE教育の参考になるだろう。この論文の中で,Kawashimaは自身がかかわった複数の教育実践とその効果について紹介している。それらのうち,ポジティブな効果が得られたのは,20名の異なるノンネイティブ英語を高校生に聞かせ,それぞれの英語について20回の講話を行った教育実践である。事後の参加者インタビューにおいて,70%以上の生徒がスピーキング力に自信が持てるようになったと回答したことが報告されている。Kawashimaは,世界の英語を学ぶことについて高校生たちに新たな関心を喚起させることができたと述べている。他方で,Kawashimaは高等学校英語検定教科書付属の音声CDについて,1999年,2006年,2016年の3回に渡って調査し,ノンネイティブ・スピーカーの英語が,それぞれ全体の2.1%,2.5%,3.8%しか含まれていなかったことを明らかにしている。この3回の調査当時に高校で使用されていた教科書の大多数は, ノンネイティブ英語を教材として取り入れるべきであるという認識が不足していたようである。さらに,Kawashimaは論文の中で,多様な英語発音への慣れ親しみ(familiarity)と音声理解度との関係についても言及している。そこには,ノンネイティブ英語への慣れ親しみが聞き手の理解度促進に影響することを指摘した先行研究の例(Kennedy & Trofimovich, 2008,他),また逆に,なじみの影響は薄いことを指摘した研究の例(Matsuura, 2007,他)が挙げられている。このように相矛盾した研究結果は,この分野においてさらなる調査が必要であることを示唆している。
一方,最新の高校英語教科書では,世界の多様な英語音声が扱われているはずである。上述した通り,平成30年告知高等学校学習指導要領解説(文部科学省,2019)には,様々な英語音声に触れることの重要性についての言及が見られるからである。このような高校英語教育の変化,また松浦・若生(2019)や若生・松浦・千波(2021)による中学校英語に関する調査報告,さらには昨今の早期英語教育の動向(小学校英語の教科化や英語学習開始年齢の早期化)などを考慮すると,中学校英語についても学習指導要領の中で英語の多様性について明記し,その趣旨に沿った教科書や音声教材を作成する時期が近づいているのではないだろうか。
参加者は,東北地方の都市部にある公立中学校の3年生75名である。この中学校では,3年次に在籍する5クラス約160名に対する週4コマの通常授業のすべてを,2種類のコース(表現力養成コースと基礎力養成コース)に分けて実施している。75名の参加者は,2つのコースのうち,上位クラスに相当する表現力養成コースを自主的に選択した比較的習熟度の高い生徒たちである。全国的な標準テストでは,75名全員が平均点以上の得点を獲得している。
GE授業は,3か月の期間に15回実施した。具体的には,検定教科書を使用する50分間の通常授業うちの15分間を用いて,クラスごとに週1回の頻度で行った。参加者の所属する表現力養成コースは同一の教師が担当しているため,授業内容はすべて同質であるといえる。また,この教師は参加者全員を1年次から持ち上がりで指導している。
2.2 使用教材 2.2.1 ELLLOについて参加者の大多数は,本研究の直前まで北米以外の英語に接したことがない。そこで,GE授業では,北米以外の英語話者の動画を数多く収録しているELLLO (https://elllo.org/)を教材として活用することにした。ELLLOは,英語教師であるTodd Beuckensが,2004年に作成を開始した無料の英語学習サイトで, ここには100か国以上の英語母語話者及び非母語話者から集めた約3,000の動画や音声が収録されている。GE授業では,One Minute Englishというカテゴリーに収録されている約1,000のレッスンの中から15動画を選択して使用した。動画選択の際に考慮したことは,1)出身国が多様であること(英語変種の多様性),2)英語の訛りが内容理解を損なわない程度であること,3)語彙や文法が中学生にふさわしいレベルであること,4)中学生が興味を持てそうな世界的な話題を扱っていること,の4点である。動画に登場する話者の出身国,及び話されたトピックは表1に示す通りである。ひとりの話者によるモノローグ形式が12動画,2名による対話形式が3動画あるため,採用した15動画には15か国の話者が登場する。各動画は1分程度と短く,中学生たちが最後まで集中して視聴できる長さである。
授業順 | 出身国 | トピック |
1 | メキシコ | How do you feel about animals in the zoo? |
2 | カナダ | What do you do to save water? |
3 | 韓国 | What are your best qualities? |
4 | インドネシア | Do you worry about your looks? |
5 | ナイジェリア | Do you like cleaning? |
6 | カザフスタン | Describe a traditional wedding in your country. |
7 | プエルトリコ | Do you wear a school uniform? |
8 | オーストラリア&韓国 | Do you believe in UFOs? |
9 | メキシコ&ボリビア | Are you ever mistaken for another nationality? |
10 | タイ | What are your goals? |
11 | メキシコ | What kind of parent will you be? |
12 | ジャマイカ&イギリス | Are you happy where you live right now? |
13 | アルゼンチン | What is something you enjoy with your family? |
14 | イタリア | How is education in your country? |
15 | エストニア | What is something you bought second hand? |
参加者には, 1回のGE授業あたり,約1分間の動画を6回程度視聴させた。動画の呈示にあたり,Lindemann, Cambell, Litzenberg, & Subtirelu(2016)の研究を参考にした。彼らは,韓国語訛りのある英語を2つの方法で,アメリカ在住の英語ネイティブ・スピーカーに与えて,聞き取りへの効果を検証している。2つの方法とは,音声学的な違いを解説したうえで実際の発音を聞かせる明示的訓練(explicit training)と,音声学的解説は行わずに音声のみを聞き手に与える暗示的訓練(implicit training)である。Lindemannらの研究では,いずれの呈示方法でも,聞き手のディクテーション・タスクに効果があったことが報告されている。本研究では,上に挙げた15種類の英語変種の音声について,網羅的に,かつ中学生向けに解説した資料がないことから,解説なしに動画を呈示する方法を採ることにした。なお,本研究は,Lindemannらの研究のように,「特定」の英語変種に対する聞き取り力をアップさせる音声呈示法を見つけることが目的ではない。本研究は,学習者が「複数」の英語発音に接すること(exposure)で,世界の英語変種に対する彼らの音声理解度や受容態度にどのような変化が見られるのか調査することを目的としている。本研究のGE授業は,聞き取り力の向上のみを目指しているわけではないため,動画視聴の際には意見交換などを含む諸活動をリスニング活動と組み合わせて行った。
2.2.3 プリント教材と授業の展開についてELLLOの動画をもとに,1回のGE授業につき1枚のプリント教材を作成して使用した。プリントは,1) 重要表現にアンダーラインを付した動画スクリプト,2) 未習語彙や文法のリスト,3) 内容確認のための設問,4) 英語で意見を記述するための空欄で構成されている(Appendix 1参照)。授業では,プリントを使用しながら,4技能5領域がバランスよく学習できるように配慮した。「聞く」活動では,初回の動画視聴後に理解の中心となる内容語を考えさせた。未習の語彙や文法について教師が解説を行った後,複数回動画を再生し,最後にスクリプトを「読む」ことにより,トーク内容を確認した。与えられたトピックに沿って意見を「書く」作業を行ったのち,ペアやグループで意見を「やり取り」し,最後に授業のまとめとして数名に自分の意見を「発表」させた。授業で使用したプリントは回収し,英作文を添削して生徒に返却した。
ELLLOを活用したGE教育の効果を調べるため,参加した75名の中学生に対して事前・事後調査を実施した。参加者が5クラスに分散しているため,調査も授業日ごとに5回に分けて行った。調査は,音読されたパッセージを聞いて回答する形式で,4つのパートからなる。調査項目や音声は,事前・事後調査ともに同一のものを使用した(質問紙はAppendix 2参照)。
パート1はどれぐらい理解できたか,聞き手が感じた理解度を数字で示すものである。これは,Munro & Derwing(1999)による主観的理解度(perceived comprehensibility)に相当する。参加者は,10%未満~90%以上まで10%刻みの数字9個の中から一つを選んだ。選択肢の数は,Munro & Derwingが採用した9件法をもとにした。パート2は受容態度に関するもので, 9つの和文について,「全くそう思わない」~「強くそう思う」までの7件法で回答する。和文は,それぞれ3文ずつ,「地位・能力」,「親しみ」,「言語の質」の3つの観点に関係するもので,話者やその発音に対する印象を抽出することを目的としている。これら3つの観点のうち,「地位・能力」と「言語の質」の項目はRindal(2010)による言語態度の意味カテゴリーを参考にした。また,「親しみ」の項目は,ELLLOの視聴によって,英語変種への慣れや,また変種を受け入れる姿勢や態度に変化が生じたかどうかを見るため,本研究の著者が独自に作成したものである。次のパート3は,参加者が音読パッセージ話者の国名を知っていたかどうかを判断する参考にするため,出身国を5択から選択させるものである。GE授業は,発音の特徴と国名を結びつける能力の涵養を目指すものではないので,ここで出た結果を学習効果とはみなさないことにした。最後のパート4は,直接的理解度(intelligibility)を測定することを目的とする。Munro & Derwing(1999)の研究では,ネイティブ・スピーカーである聞き手が,ノンネイティブ・スピーカーが発した英語をすべて書き取るディクテーション方式をとっているが,中学生がすべての単語を書き取るには時間がかかりすぎることから,ここではパッセージを聞いて,空欄に英単語を補うクローズ・ディクテーション形式を採用した。
音声吹込み者は,シンガポール,日本,アメリカ,フィリピン,イギリス出身の男性5名である。収録時,全員が日本国内に居住していた。アメリカとイギリスの吹込み者は,生まれてから高等教育を終えて来日するまで,英語を母語として使用してきた人たちである。また,シンガポールとフィリピンの吹込み者は,日本国内の大学に留学中で,英語は母語ではないが日常的に使用している人たちである。日本人吹込み者は,中学から大学まで英語を外国語として学び,成人してからアメリカに1年間居住した経験がある。これらの吹込み者を,Kachru(1992)の3つの円に当てはめると,Inner Circleに属する者が2名,Outer Circleが2名,Expanding Circleが1名となる。この5名には,それぞれ内容の異なるパッセージを音読してもらい,ICレコーダーを用いて音声収録を行った。使用した英文パッセージの内容やレベルは中学生が理解できるものとし,また語彙や文法は教科書で扱われているアメリカ英語によるものとした。収録した音声データは,CDに保存して,各パッセージを2回ずつ中学生たちに呈示した。1回目は,ポーズなしで与え,質問紙のパート1とパート2の設問に回答させた。2回目は,フレーズごとにポーズを入れて呈示し,パート3の空欄に聞き取った単語を記入させた。なお,本研究では評価や得点の変種間比較は行わないこととした。音読されたパッセージが話者ごとに異なること,また話者の発音が各英語変種を代表するものであるとは言い難いことなどが理由である。
事後調査の質問紙には自由記述欄を設けた。ここには,15回のGE 授業を経験したことに関する意見や感想を自由に記入させた。
3.2 事前・事後調査の結果と考察 3.2.1 主観的理解度表2は,主観的理解度について,事前・事後調査の結果を示したものである。ここでは,アンケート中の選択肢10%未満を1,また90%以上を9のように,理解度を1から9までの数値に読み替えている。事前・事後調査間の理解度得点についてt検定を行ったところ,日本を除く4か国の話者において事後評価が有意に高かった(p < .05)。Cohenのdを用いて効果量を調べた結果,アメリカとフィリピンの話者については中程度であった一方で,シンガポールとイギリスの話者についてはd = .24程度の小さな効果量にとどまったことがわかった。
5つの変種の中で,アメリカ英語とフィリピン英語の主観的理解度は事後に比較的大きく上昇し,イギリスとシンガポール英語については小幅ながらも有意に上昇していた。また,日本人の発音については,有意ではないものの,主観的理解度が高まっていた。アメリカ英語の発音は検定教科書を用いた通常授業のモデルとして使用されている一方で,フィリピン,シンガポールの英語は通常の授業で扱われることはなく,またGE授業にも登場していない。日本人の英語については,教師などの発音を通して日常的に聞いている。変種の種類にかかわらず,参加者が多様な英語に接したことによって様々な発音への慣れが生じ,全体的に主観的理解度が押し上げられたものと推測される。
国名 | pre-test M (SD) | post-test M (SD) | t | p | d |
シンガポール | 5.55 (1.84) | 6.01 (1.80) | 2.137 | 0.036 | 0.247 |
日本 | 5.87 (1.79) | 6.11 (1.70) | 1.085 | 0.282 | 0.125 |
アメリカ | 5.77 (1.63) | 6.56 (1.70) | 4.058 | 0.000 | 0.469 |
フィリピン | 6.25 (1.76) | 7.09 (1.60) | 4.108 | 0.000 | 0.474 |
イギリス | 6.01 (1.70) | 6.47 (1.70) | 2.092 | 0.040 | 0.242 |
では,変種によって主観的理解度の伸びに差があることについてはどのように解釈したらよいだろうか。表2に示す通り,フィリピン英語に対する伸びはアメリカ英語同様に大きい。これには,他の3変種と比較して,本研究のフィリピン英語の発音がよりアメリカ英語に似ていたことが関係していると思われる。GE授業の3か月の間に,参加者たちはアメリカ英語発音にさらに慣れ親しみ,それに似たフィリピン英語話者の発音も事前調査時よりも聞き取りやすくなったと,直感的に感じたのかもしれない。あるいは,その自覚がないままに,フィリピン英語の理解度を評価したのかもしれない。本研究の参加者たちは,授業内外でアメリカ英語の発音に最も多く接して慣れ親しんでいる。そのことが,アメリカ英語に似たフィリピン英語話者に対する主観的理解度を押し上げた要因の一部と考えられる。イギリス英語については,通常の授業では扱っていない。GE授業には登場したものの,参加者たちは1分程度の動画を6回視聴したのみであることから,慣れは限定的であるといえる。シンガポールの英語については,GE授業でもまた通常授業でも扱っていない。イギリスとシンガポールの英語については,GE授業で様々な英語発音に接する間に,なじみのない変種を聞くという行為に慣れ,結果として心理的負担が減って主観的理解度が上昇したのではないかと考えられる。一方で,日本人の英語に対する主観的理解度については,事前事後調査で有意差が生じなかった。普段から日本人の英語を聞き慣れているがゆえに,事前調査の段階でわかりやすさに対する評価が固定されたため,事後の上昇が見られなかったものと思われる。
3.2.2 クローズ・ディクテーション表3は,事前・事後調査におけるクローズ・ディクテーション得点の変化を示したものである。t検定結果から,すべての話者について,GE授業後の得点が有意に高くなっていることがわかる。変種によって違いはあるものの,検定結果から見ると比較的大きな得点の上昇といえる。
国名 | pre-test M (SD) | post-test M (SD) | t | p | d |
シンガポール | 2.99 (1.30) | 4.13 (1.19) | 7.629 | 0.000 | 0.881 |
日本 | 3.97 (1.29) | 4.69 (1.40) | 3.801 | 0.000 | 0.439 |
アメリカ | 4.16 (1.98) | 5.56 (2.10) | 6.125 | 0.000 | 0.707 |
フィリピン | 4.19 (1.52) | 5.09 (1.58) | 5.622 | 0.000 | 0.649 |
イギリス | 3.39 (1.56) | 4.53 (1.45) | 5.961 | 0.000 | 0.688 |
事後のディクテーション得点が有意に上昇したことについては,中学生たちがELLLOの登場人物たちの多様な英語に触れることによって,通常授業では扱われない発音を聞くことに慣れたこと,またGE授業が行われた3か月間に総合的英語力が向上したことが関係していると思われる。第二言語習得の臨界期前後に位置する中学生たちが,成人よりも発音に対する感受性や柔軟性に優れていることは否定できない。また,彼らが高校受験を控えた中学3年生であったことも見逃せない。通常授業に加え,通塾などにより,単語力や文法力,また標準米語によるリスニング力の伸長は著しいものがあったはずである。GE授業により,多様な英語発音を聞くことへの慣れや耐性ができ,さらに総合的英語力の向上により,ディクテーション得点がアップしたと解釈できる。
一方で, GE授業がディクテーション得点にどの程度貢献したかについては,事前及び事後調査の結果から推定することは困難である。本研究では,GE授業を通常授業の一部として実施している。そのため,参加者を実験群と統制群に分けて,2群間の得点を比較することができなかった。GE授業の貢献度について厳密に調べるためには,実験群と統制群を設けた調査が必要である。これについては将来の課題としたい。またここでは,クローズ・ディクテーション得点の比較的大きな伸びと,先のセクションで述べた主観的理解度の小規模な伸びとが嚙み合っていない印象があることにも注目しておきたい。パッセージ中の埋めるべき単語数が少なかったため,なじみの薄い英語のリスニング力が向上したことに参加者自身が気づいていなかった可能性がある。より多く正確に聞き取れたことを認識させることによって,なじみのない英語の聞き取りに自信が持てるようになるかもしれない。
3.2.3 受容態度表4は,事前・事後調査の5名の英語に対する受容態度の変化を示したものである。具体的には,態度の3観点(地位・能力,親しみ,言語の質)の得点を合計した総合評価の平均値,及び事前・事後得点間のt検定結果である。ここからは,フィリピン,シンガポール,アメリカの英語に対する態度がGE授業後に好意的に転じているものの,統計的に有意な変化は見られなかったことがわかる。また,表にはないが,3 観点のいずれについても有意な評価点の上昇は得られなかった。さらに,授業内外で最も頻繁に接するアメリカ英語の「親しみ」についても,事後評価点が有意に上昇することはなかった(t = 1.826, p = .072,d = .211)。参加者の大多数は,アメリカ英語であることに気づかないまま評価したようである。吹込み者の出身国を選ぶアンケート項目(Appendix 2の3)では,事前調査で参加者の24.0%,事後調査で33.3%しかアメリカを選択しなかった。
国名 | pre-test M (SD) | post-test M (SD) | t | p | d |
シンガポール | 33.91(10.52) | 36.37 (11.01) | 1.924 | 0.058 | 0.222 |
日本 | 35.65 (10.13) | 37.16 ( 9.69) | 1.135 | 0.260 | 0.131 |
アメリカ | 42.37 (10.47) | 44.57 (10.82) | 1.871 | 0.065 | 0.216 |
フィリピン | 42.23 (10.33) | 44.87 (10.57) | 1.958 | 0.054 | 0.226 |
イギリス | 46.52 ( 8.07) | 47.43 (10.43) | 0.719 | 0.474 | 0.083 |
事前事後調査間で,参加者の評価に有意な違いが見られなかった結果については, GE授業の具体的内容が,トーク内容を理解したかどうかのquiz,語彙学習,トピックに沿ったディスカッション等の内容理解中心の活動に偏ったことが関係していると思われる。そのため,英語の多様性についての啓蒙というGE授業の意義が弱くなってしまった可能性がある。参加した中学生たちは高校受験前の3年生である。彼らの主たる興味や関心が,受験のためのリスニング力強化であったことは想像に難くない。英語の多様性への「気づき」(awareness)を促す効果的指導法については今後の課題としたい。
3.2.4 自由記述欄に見るGE授業への反応参加者のうち約半数の39名が,事後調査の自由記述欄に意見や感想を残している。データ数が少ないため,詳しいデータマイニングを行うことはかなわなかったが,参加者の関心や興味の対象がわかる名詞,また対象への反応や評価が現れやすい形容詞の出現頻度を調べた(表5)。その結果,名詞では,「英語」,「リスニング」,「理解」などのように授業に直接言及した単語に加え,「訛り」,「違い」,「地域」,「様々」のように英語発音の多様性に注目したものが比較的多く見られた。形容詞では,「よい」,「おもしろい」,「聞きやすい」,「かっこいい」,「楽しい」などのポジティブ語が複数回使用されていた。また逆に,「難しい」や「聞き取りづらい」のようなネガティブ語を用いて感想を述べた参加者も複数見られた。
名詞 | 出現頻度 | 形容詞 | 出現頻度 |
英語 | 38 | 難しい | 8 |
訛り | 29 | よい | 7 |
授業 | 11 | おもしろい | 7 |
リスニング | 8 | 聞きやすい | 6 |
理解 | 8 | 多い | 4 |
違い | 7 | 聞き取りづらい | 4 |
地域 | 6 | しやすい | 2 |
様々 | 6 | かっこいい | 2 |
将来 | 5 | 早い | 2 |
話し方 | 4 | 楽しい | 2 |
単語 | 4 | すごい | 2 |
さらに詳しく参加者の感想を見ると,多様な英語発音を扱うGE授業に好意的反応を示したものがほとんどであった(参加者は,通常授業で聞く英語とは異なる特徴あるアクセントを,日本語では否定的意味合いが含まれる「訛り」と記しているので,原文のまま記載する)。例えば,「訛りがあってもある程度聞き取れることが分かった」,「国によって発音がかなり違うことを知れてよかった」,「様々な国の英語を理解できるようになってきた」,「普通の授業では体験できないことなので,授業で学ぶことができて良かった」,「日本語にも方言があるように英語にも訛りがあるのでそれを聞けてよいと思う」などを拾うことができる。一方で,慣れた発音とは異なるアクセントのある英語を理解することの難しさに言及したものもあった。「(通常授業の)リスニングと同じ状態でリスニングをした時は,やはり難しかった」,「出身地が違っても英語なら分かるだろうと思っていたが意外と難しかった」,「ずっとアメリカ英語で育ってきたので,正直聞き取りづらかったりしたところは多かった」などが例に挙げられる。さらに,多様な英語に触れることが,将来の生活に役に立つと期待する意見も見られた。例えば,「外国に行けば様々な国の英語と触れ合うことになるので,授業でそういった機会があると将来への不安も減る」,「将来はどの国の人と英語で会話するかはわからないので,できるだけ多くの国の英語を聞く練習をするとよいと思う」,「将来,今回の授業で出ていない訛りを聞くことになると思うが,頑張りたいと思う」,「それぞれの国の声のトーンや抑揚をマスターできればかっこいいなと思う」などがあった。参加者の感想からは,世界の多様な英語を聞いて理解することの難しさを感じつつも,GE授業を経験したことに満足している様子を読み取ることができる。
本稿は,世界の多様な英語で収録された動画ELLLOを活用したGE授業を,中学3年生に対して3か月間15回行った効果についてまとめたものである。5種類の英語変種を聞く事前・事後調査の結果,検定教科書で扱うアメリカ英語とそれに似た発音のフィリピン英語の主観的理解度が有意に高まったことが明らかになった。また,クローズ・ディクテーションでは,この2種類の英語を含む5変種すべてにおいて有意な得点の上昇が見られた。参加者の総合的英語力の伸長にともない,アクセントのある英語を聞き取る力も同時に向上したものと思われる。ただし,GE授業による音声理解度への貢献がどの程度あるかについては,実験群と統制群の2群構成による将来の研究で精査する必要がある。一方,受容態度に関しては有意な態度の変容は見られなかった。参加者が受験生であるため,彼らの主たる関心が音声の聞き取りに向いていたことが影響していると思われる。なお,言語態度の研究という観点では,自分の英語に対する態度の変容についても,将来の研究で扱うべきであろう。本研究では,松浦・若生(2019)を参考に,他者の英語を聞いた際の「受容態度」に焦点を当てたため,学習者自身の英語に関して問う項目は含めなかった。しかしながら,Kawashima(2019)研究の高校生たちがスピーキング力に自信を獲得したように,本研究の参加者たちも自身の英語に対する見方を変容させた可能性がある。まとめの最後に,自由記述アンケートについても触れておく。アンケートの回答からは,参加者たちが慣れない英語のアクセントに戸惑いながらも,GE授業を好意的に受け入れたことを読み取ることができた。
現在,中学校の英語授業は,令和3年度の学習指導要領の完全実施によって変革の時を迎えている。グローバル化した日本では,英語学習熱が高まる中,学校教育だけに頼らず,早期英語教育を受けることのできる塾や短期の海外留学を経て英語を学ぶ生徒が増えている。将来,海外の教育機関に進学する若者,また就職先として海外を目指す若者も今後さらに増えるだろう。逆に,国内の教育機関で英語を介して教育を受ける海外の人々,またグロバール・ビジネスを展開する日本企業に職を求める人々も増加すると思われる。多くの場面で,英語が一番の共通語となることが予想される。教育現場は,世界共通語としての英語の立場をさらに強く意識し,世界全体に目を向けた教育を実践する必要がある。英語教育は,学習者の将来を見据えた長期的でより有用性の高いものとなることが期待される。おおよそ10年後に施行される次期中学校学習指導要領では,世界の多様性ある英語を受け入れ,理解し,様々な言語的背景の人々と英語を通じて共生できる能力や態度を身につけた生徒の育成を新たな目標のひとつに掲げてもよいのではないだろうか。
本研究は,JSPS 科研費 18K00734の助成を受けています。本研究の遂行に協力くださったすべてのみなさん,またELLLOの使用を許可くださったTodd Beuckens氏に心より感謝いたします。LET査読委員の先生方には,本稿の完成にあたり多くの貴重な助言をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。