LET Kanto Journal
Online ISSN : 2432-3071
Print ISSN : 2432-3063
Class Reports
Application and Practice of English Songs in Class
Survey and Norms for Choice of Songs
[in Japanese][in Japanese][in Japanese]
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2022 Volume 7 Pages 55-70

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Abstract

Tasks of using songs as authentic material have been widely adopted in ESL/EFL classrooms, as they can attract learners and motivate them to learn English. Some studies and reports on practical applications have also reported these effects. However, the adoption of music is still not the mainstream in the ESL/EFL context, being treated as just a tool with entertaining or additional materials. The present study targets songs as more direct and effective resources for improving learners’ pronunciation with singing tasks and attempts to incorporate songs into class activities and a better selection of songs are discussed. First, we attempt analyses of current textbooks featuring English songs, followed by examples of techniques for conducting singing tasks in both in-person and online classes. We then discuss criteria for choosing songs, focusing on learners’ familiarity with old/new rhythm patterns and the variations in the syllables mapped onto musical notes. The experimental results suggest that new songs are not necessarily in demand among learners.

1. はじめに

外国語としての英語学習用教材として, 英語の歌は多くの教育現場で採用されている。歌詞内容も含め,歌の導入は学習者を惹きつけ,学習の動機付けとしての役割も果たす。その効用についても様々な知見や実践の結果が報告されているが,一方で,英語歌の使用は授業の主流を成さない余興的な活動と位置づけられることも多い。本稿ではこうした従来のイメージから一歩踏み込み,より効率的なタスクの実践例を示した上で,歌の導入が英語に特徴的な音声変化の習得を促進する可能性について検証する。まず始めに,既存の教科書分析の結果に基づく歌唱活動を対面授業およびオンライン授業で実施した際の実践報告を提示し,次に楽曲リズムの特徴に基づいた選曲の調査を行い,最後に今後の歌唱実践および授業で取り上げる選曲へのヒントを示したい。

尚,本報告は,外国語教育メディア学会関東支部の英語歌利用研究部会として,これまで研究部会,支部大会,全国大会シンポジウム等で実施した活動成果の一部を紹介したものである。

2. 先行研究

英語の歌,とりわけ比較的新しい洋楽と言われるジャンルの楽曲を教材として授業に取り入れる試みは従来から実践されているが,その利点として,小林(2003)は,学習者に馴染みの深い媒体である,授業へのポジティブな雰囲気作りができる,音声に耳を慣らすことで会話において実現される音声変化の認識を容易にする,語彙と発音の向上が期待できる,歌詞に使用されるフレーズや表現を何度も聞くことで内在化と定着が進む,英語が不得意であっても動機付けが高められる,などの効用を挙げている。また,実証研究としては,英語歌をディクテーションやプレゼンテーションと組み合わせることにより,洋楽への関心ひいては英語への気づきが生じ協同学習への効果が生み出される(階戸, 2014),リスニング力の強化,発音・語彙表現の習得を促進している可能性が高い(森, 2016),付随的語彙学習への貢献に結びつく (Higuchi, 2018),などの学習効果が報告されている。さらに,洋楽を授業に導入することにより,学習者の英語学習への緊張を取り去ることに有効である (牧野, 2012),という報告もある。この他,歌詞だけに注目しても,語彙,文法,意味,そしてリスニング教材としても応用価値がある(松岡, 2021)。

一方,言語音声と音楽との関係という観点からもいくつかの実証研究が存在する。中でも言語のメロディー,つまりピッチやイントネーションとの関連では,Deutsch (2010)Deutsch, et al. (2004) がTone Language,いわゆる音調言語の母語話者(例えば北京語やベトナム語,タイ語など)の話者には絶対音感の持ち主が多いと主張している。言語リズムとの関係ではさらに膨大な研究が報告されているが,Ramus, et al. (1999) は,母音子音などの言語情報を取り去ったリズムだけを聞かせると,まだ言葉を話す前の乳幼児であっても母国語のリズムには反応するという実験結果を報告している。Grabe & Low (2002) は,各国の言語リズムを母音間,子音間でそれぞれを計測して平均化するnPVIという指数で割り出し,それぞれの特徴を数値化した。その指数を使って楽譜分析,そして音響計測の結果を分析し,その国特有の音楽リズムと言語リズムは有意な関係性があるという知見を打ち出した研究もある (Patel, 2003)。

こうした言語音声と音楽のリズムには密接な関わりがあるという仮説のほか,教育現場では様々なタスクの実践とその効果が報告されている。英語の発音教育に歌の要素を入れる教材としては,まずGraham (1986) が提唱するJazz Chantsという英語の発音・リズム・イントネーションを音楽と共に習得する教材が挙げられる。同様のテクニックは Willy (2008) の Build-upでも見られ,一定のテンポを保ちながらシラブル数を増やしていくタスクにより英語の持つシラブルタイミングの習得が期待できるとしている。さらに歌唱活動を取り入れることで発音の向上が見られたという報告がいくつかある。その効果を検証したものには,楽曲の導入によりepenthesis(母音挿入)が減少した(Nakata & Shockey, 2011),集中訓練による上達感覚は発音の向上が4技能の中で一番高かった(靜, 2016),歌唱訓練によりフット間のバラツキが減少した(中田, 2017),カラオケで5回歌唱させることで,音素,リズム,流暢性,理解度,全体的印象評価が向上した(湯舟他, 2020),などが挙げられる。

上記のような研究結果および実践報告を踏まえた上で,英語の楽曲には教育的効果を議論する上でさらなる課題要素があると考えられる。例えば,小林(2003)が提唱するように,洋楽を娯楽媒体として扱うのではなく知的資産として重視すること,そして,authenticな言語教材として洋楽は大きな効果が期待できる(角山, 2002)という指摘,さらに選曲においては,世代を超えて普遍的に学習効果を持ち,歌詞内容をも考慮した楽曲の調査が必要である(中田, 2021)という提案もある。これらの課題を念頭に,本稿では以下の観点から問題解決に向けた試みを提示したい。まず藤本が3章で,既存教科書の採用曲やそのタスクの分類や傾向を分析し,それを基にしてオフライン・オンライン学習の環境下で実際に歌唱活動を採用した実践例を示す。次に中田が4章で,曲の新旧をリズムパターンで分類した上で,学習者の親和性に基づく選曲基準を提案する。最後に湯舟が5章で,これらの内容を踏まえ,将来的に授業でどう有効活用できるのかについての展望を示した。

3. 教科書分析の結果に基づく歌唱タスクの実践

3.1 洋楽を題材とした教科書の分析

著者らのこれまでの授業実践経験から,従来の英語歌を取り上げた教科書・教材は,リスニング,リーディング,語彙表現など,インプットを基本とするタスクが多くみられ,授業内でアウトプット活動を促すものは少ない傾向にあると言える。そこで本章では,既存の教科書15冊,168曲を改めて検証し,これまで英語歌を取り上げてきた既刊教科書に見られるタスクの種類や目的について分析した結果を紹介したい。まず,表1に1995 – 2020年の25年間に発行された教科書の中から無作為に選出した20冊の教科書一覧を示す。

表1 教科書リスト(1995 – 2020発行×20冊)
発行年 タイトル 著者 出版社
1 1995 ポップソング・リスニング Kanel, Kim R. 成美堂
2 1997 エンジョイ・ポップソング Kanel, Kim R. 成美堂
3 1998 カーペンターズで学ぶ英語 House, James 成美堂
4 1999 ヒットソング・リスニング Kanel, Kim R. 成美堂
5 2001 映画音楽で楽しむ総合英語 津田敦子 金星堂
6 2002 ポップスで学ぶ総合英語 −改訂新版− 角山照彦・Capper, Simon 成美堂
7 2002 最新ポップスで学ぶ総合英語 モリグチ,ローラ・木村和美 南雲堂
8 2003 楽しく学ぶロック&ポップ・改訂新版 熊井信弘・Timson, Stephen マクミランランゲージハウス
9 2010 ロック&ポップで楽しむ初級リスニング・改訂新版 熊井信弘・Timson, Stephen マクミランランゲージハウス
10 2012 ジャズとポップスで学ぶ大学英語 糸井江美・林千代・加納伸也 金星堂
11 2012 歌で学ぶ英語コミュニケーション 小笠原真司・Collins, William 英光社
12 2012 UKロックとイギリス現代史 Hullah, Paul・寺西雅之 センゲージラーニング
13 2012 フォークソングの視点から見た現代イギリス ロザーティ,サイモン 英宝社
14 2013 ポップ・ミュージック・ワールド TOEIC®形式で学ぶ総合英語 本田吉彦・狩野紀子・土屋武久・パイパー,クリストファー 三修社
15 2014 心に残る英語の歌 小笠原真司・Collins, William 英光社
16 2014 ヒットソングで学ぶ総合英語 角山照彦・Capper, Simon 成美堂
17 2017 ソングス&カルチャー:ポップソングで学ぶ初級英語 関戸冬彦・小林愛明・山中章子・吉田要 朝日出版社
18 2018 ワールド・セレブリティーズ 津田晶子・金志佳代子 英宝社
19 2020 ポップスでスタート!基礎英語 角山照彦・Hawthorne, Timothy F. 成美堂
20 2020 「グリー」で学ぶコミュニケーション英語 角山照彦・Capper, Simon 松柏社

ただし,これら20冊のうち洋楽を実際に聴かせる主旨,かつ歌詞を載せているものに限定すると15冊となる(外れるのは5,12,13,14,20)。この15冊を対象とし,選定された楽曲の傾向とタスクの種類の2点を主眼として検証した。使用頻度の多い楽曲のタイトルおよびアーティスト名を表2に示す。全曲数237曲中のうち,民謡/国歌21曲を除く216曲,重複を除くと全部で168の曲が採用されていた。

表2 使用頻度の多い楽曲のタイトルおよびアーティスト名
使用冊数 タイトル アーティスト
4 I Don’t Want to Miss A Thing Aerosmith
I Want It That Way Backstreet Boys
I Just Called to Say I Love You Stevie Wonder
Yesterday Once More The Carpenters
3 Stand by Me Ben E. King
Your Song Elton John
Puff, the Magic Dragon Peter, Paul and Mary
Top of the World The Carpenters
Unchained Melody The Righteous Brothers
2 Bye, Bye, Bye *NSYNC
Complicated [The Matrix Mix] Avril Lavigne
Honesty Billy Joel
You’ve Got a Friend Carole King
My Heart Will Go On Celine Dion
To Love You More Celine Dion
With You Chris Brown
Life Des’ree
Take Me Home, Country Roads John Denver
Imagine John Lennon
Woman John Lennon
Like A Virgin Madonna
All I Want For Christmas Is You Mariah Carey
Sunday Morning Maroon 5
How Crazy Are You? Meja
You Are Not Alone [Radio Edit] Michael Jackson
Torn Natalie Imbruglia
A Whole New World Peabo Bryson
Livin’ La Vida Loca Ricky Martin
Bridge Over Troubled Water Simon & Garfunkel
I Need to Be in Love The Carpenters
Please Mr. Postman The Carpenters
We’ve Only Just Begun The Carpenters
Last Christmas [Pudding Mix] Wham!
I Will Always Love You Whitney Houston

使用頻度の数字はその曲が15冊中の教科書に何回採用されたかを示す。例えば,使用冊数の数字4は4曲が4冊の教科書に採用されていることを示す。同様に使用冊数3は5曲が3冊に,使用冊数2は25曲が2冊の教科書に採用されている,と解釈する(表2)。

ここで,選曲された使用楽曲の傾向を概観すると,バラードよりも,80 – 100 BPM(beat per minute)辺りのややアップテンポの曲が多く,リラックスしたい時のテンポよりも若干速いものが多いことがわかる。また,あまり古すぎないものや,ドラッグや暴力など過激な歌詞を意識的に避けている配慮があることも見てとれる。これらから,教員が曲を選定する際のヒントとして,1)BPMが103前後のアップテンポの曲,2)若年層にとってあまり古すぎない曲,また3)過激な性的描写や暴力的な表現,ドラッグやアルコールを賛美するような表現が含まれない曲,が教材に適している,あるいは教科書へ採択される曲であることが示唆される。

次に,対象となる教科書で4技能をどう扱っているかを見ていきたい。表3に技能とタスクの種類を分類し,そのタスクを採用する教科書の数を一覧とした。

表3 洋楽を使った教科書におけるタスク(多い順)
4技能
+文法
タスク タスク採用教科書数(15冊中)
1 Listening 歌詞の聞き取り練習(穴埋め,選択) 15
2 Vocabulary 歌詞に出てきた単語やフレーズを使った語彙習得 11
3 Reading 歌詞の意味解釈 10
4 Grammar 歌詞に出てきた単語やフレーズを使った文法理解 8
5 Reading 歌詞の内容を題材にした読解 8
6 Listening 歌詞を使った聞き取りヒントと音声変化説明 5
7 Speaking 歌詞に出てきた単語やフレーズを使った発話タスク 4
8 Writing 歌詞に出てきたフレーズと類似した表現を使った英作文タスク 3
9 Writing 歌詞に出てきた単語やフレーズを使った英作文タスク 2
10 Speaking 歌詞の音読/歌唱 1

このタスク一覧を見ると,リスニングの向上を目的とした聞き取り練習が最も多く(15冊中15冊),次に語彙習得を目的とした歌詞中の単語やフレーズの語彙タスク(11冊),歌詞の意味解釈(10冊),歌詞を利用した文法解釈(8冊),歌詞の内容を題材とした英文パッセージの読解(8冊)など,主にインプットを主眼としたタスクが多くを占めることがわかる。

一方,音声面に焦点を当てたタスクは意外と少なく,聞き取りのヒントとなる音声変化についての説明は5冊,発話練習は4冊,そして歌唱指導をしているものはわずか1冊であり,アウトプット活動を促すタスクはかなり限定的であった。

次のセクションでは,筆者が実際に英語歌を使って行った授業実践を,オフライン(対面授業),そしてオンライン(遠隔映像授業)に分けて報告する。

3.2. 授業実践例

3.2.1 対面授業での実践例

2020年度以前は,歌の導入はあくまでもメインの教科書を使用する授業へのリフレッシュを目的とした補助教材としての扱いであった。具体的には,1セメスターに3,4回,授業で余った20 – 30 分を利用して教科書にはない教材を提示するアドホックなタスク(投げ込み教材)として活用し,選曲の基準は,1)アップテンポの曲であること,2)学生には親和性が低いと思われる語彙,フレーズ,慣用表現,文法があること,3)あそび的な要素があり,クラスメート同士が語句や意味について解釈・推測し合える余地があること,4)背景が想像できるストーリー仕立てになっている曲であること,そして,5)教員(筆者自身)がよく知っているアーティストや曲であること,とした。主なタスクは以下の表4にある2項目に絞り,実際に使用したタスクシートを巻末資料に載せた。表5では採用した楽曲名,発表年,そして BPMを提示する。

表4 対面授業でのタスク
タスク 手順・方法
穴埋め ① 1,2回目はざっと聴かせ,ブランクスペースに単語を書く
 (カタカナでも可)
② 3回目はシートに印刷されてある単語群を参考に聴かせ,答え合わせ
意味解釈
英日翻訳
③ イタリック+ボールドで強調した部分の意味解釈・英日翻訳
 (時間があれば学生にも答えさせる)→ 選択箇所は「慣用句など」
  であるが,あくまでも恣意的
④ 教員が日本語訳の解釈(直訳や意訳)を伝える
⑤ 教員が楽曲の文化的,歴史的な背景を説明したあとに,全体で歌う

この時点では,楽曲はいわゆるエンタメ的・補助教材として,恣意的かつ任意の一時的なタスクではあったが,松岡(2021)も述べているように,学習者の注意を喚起し,集中力を促すという点で一定の学習効果が得られたと考えられる。

表5 対面授業で好んで使用した曲
曲名 発表年 BPM
Summer of ’69 1984 139
Every Breath You Take 1983 117
The World’s Greatest 2002 96
I Don’t Want to Miss a Thing 1998 118

3.2.2 ZoomとOneNoteを併用したオンラインでの歌唱実践例

3.1 の教科書分析で明らかになったように,英語歌を扱う教科書の多くがインプット型活動に偏重している傾向があり,英語授業としての活動も当然ながらリスニングや語彙文法習得を含めたリーディング活動が多くなると考えられる。歌唱と発話は共に発声活動という点で共通しているとの前提のもと(中田・湯舟, 2020),筆者は,英語歌を声に出したり歌うことによって,歌教材はバランスの良いものになると考える。武井(2002)も,学習者のリスニング能力の定着には,聞かせること+αの要素が必要であると述べており,単純なディクテーションや歌詞の内容確認のような受動的なタスクだけでなく,歌詞を朗読したり歌ったり暗唱するなどの産出活動へ発展させることは英語音に対する気づきや定着のために意義深いことである。

筆者による授業実践としては,2020年度はコロナ禍でのオンライン授業を余儀なくされたという事情もあり,本来は対面授業で実施する予定であった発声活動を映像授業で行った。具体的には,アウトプットタスクを意識的に取り入れる(聴かせたい箇所だけを切り取る)ことや,暗記する時間を設けて教員に対して暗唱する,など学生には緊張感をもってタスクに臨んでもらった。歌唱タスクは,約20分のZoomの映像とOneNoteの筆記画面の両方を見ながら授業に参加するという2つの形式が中心となった。以下,表6で実際のタスクの手順,また図1で学習者がスマートフォンのOneNoteで手書き入力をした画面を示す。

表6 オンライン授業でのタスク
タスク 手順・方法
穴埋め ①(2分)Zoomで音源を共有:学生は音楽を聴く(30秒)×3 
 → 部分的ディクテーション(タッチペンかPCに入力:
       カタカナでも良い)
     → 教員側に瞬時に表示される
 * アウトプットタスクに時間を割くため,問題数は減らした
②(4分)答え合わせ
③(3分)曲の特徴,歌詞の意味,発音のヒント,学んでほしい文法表現  
     を学生にレクチャー
暗唱 ③(3分)歌の一節を暗記→3分
④(5分)発表→顔を出して目を閉じ,3,4,5人ずつ
⑤(3分半)全曲フルで聴く

図1 実際に学生がスマートフォンアプリOneNoteに書き入れた解答画面

以上が主なタスクとなるが,オンライン(リモート)での歌唱活動では,聴かせたい箇所だけ(30秒程度)にしたことでタスクに意識を集中させることができ,また,暗記する時間を設けたことで学習者は緊張感を持ってタスクに臨むことができたようである。ただ一方で,対面授業の時にも採用した曲 Every Breath You Take は少し古い曲であったり,暗唱の段階で教員がきちんと聞き分けられるのは3人までであった,などの反省点が残った。

3.2.3 今後の課題

英語の歌は,短い歌詞の中にストーリー(凝縮された意味内容)を持ち,様々な表現を学ぶことができる。洋楽を単なるリクリエーション的な教材としてではなく教育現場でいかにその価値を高められるのかを検証する目的で,教科書が洋楽をどう扱っているのかの現状分析,対面授業で実践したこと,そしてオンライン授業で実施したタスクを紹介した。これらを発端として,さらなる試行錯誤および検証を継続して行うことで,洋楽を利用した様々な切り口でのアプローチが可能であると考える。

また,洋楽などのいわゆる「生教材」を使用する上で必要となるのが著作権への配慮である。以下は音楽を教育現場で使用する際の注意事項となる(表7)。

表7 教育現場で使用する際の注意事項(JASRAC, 2022
著作権について「音楽著作権レポート」
授業で楽曲を使用する際に可能なこと:
・英語の授業で利用するため,洋楽の歌詞カードをコピーする
・英語のヒアリングの授業で利用するため市販の洋楽CDから必要な部分をコピーする
・動画投稿(共有)サイト上の動画を再生して生徒に見せる
入場料をもらっていない/演奏する人に報酬を払っていない/営利を目的としてものではない,という3つの条件を満たす場合には,演奏したり上映したりするのに手続きはいらない。(ただし,外国曲の歌詞,楽譜のコピーについては,JASRACだけで許諾できない場合あり)

以上,教科書分析,対面での授業実践,およびオンラインによる歌唱実践の報告と考察を述べてきた。次に,数ある新旧の楽曲の中から何を選ぶべきかという問題について,選曲に際して考慮すべき項目を今日の学習者が持つリズム指向という視点から検証した。

4. 楽曲のリズムを中心とした選曲の調査および今後の歌唱実践と選曲へのヒント

英語の歌には,語彙,文法,意味,そしてリスニング向上に即した教材としての要素が十分にあることが前項で示唆された。同時に,現行の教科書・教材で扱う楽曲は1970-1990年代,新しくても2000年代のものであることも示され,Z世代と言われる今の学生が視聴する楽曲の世代差も存在する。筆者が学期終わりに実施するアンケートでも,もう少し新しい歌をと望む声もあり(湯舟他, 2021),最近のJ-popや近年人気を博している K-popのなかには英語を部分的,あるいは歌詞のほぼ全編に取り入れているものも多く見られる。こうした背景も踏まえ,学習者世代の音楽環境が言語リズムに与える影響(学習者のリズム指向)と,教材として英語の歌を選ぶ際の基準を2種類のタスクにより検証した。

4.1 選曲における問題点:学習者が指向するリズムパターンの検証

4.1.1 検証方法1:仮想CMへの楽曲を選択するタスク

Listening & Pronunciationを必修選択科目として履修する,主に英語専攻の大学生26人を対象とした。参加者の英語レベルはTOEIC®のスコア範囲が460 – 900,平均値が666であった。新作のCMに使用するジングル(BGM)を選ぶ,という前提のもと,参加者は「自分がCMを作るとしたらAとBどちらの音源がいいでしょうか」という質問に答える形で,以下の2つの音源を聞き,どちらがCMに適しているかを二者択一で選択した。

  • A:70 - 80年代を代表する4ビートのロック(アコースティック)
  • B:2000以降の電子音を多用したEDM (Electric Dance Music)(シンセサイザー・重低音)

テンポと調性は同一とし(BPM=128, key=E major),Apple社の音楽制作アプリGarageBandのLive Loops機能を用いてリズムパターンを選び,筆者が制作した。図2は音源Aの制作画面で,Rockのリズム,ギターなどの弦楽器などが多用されている。図3は音源Bの制作画面を示し,電子ドラムの多いシンセサイザーが多く使われていることがわかる。

図2 音源A:Rockのリズム

図3 音源B:EDMのリズム

これらの画面では,左側の縦軸に楽器の種類が示される。図2では上から(アコースティック)ドラム,ギター,ベースなどのリアルな弦楽器の音源が使用されている。一方,図3では,同一のアイコンが5つ提示されているが,これはいずれもシンセサイザーの音源であり,下3つも重低音を刻む電子ドラムのリズムセクションとなっている。また,音列のパターン(横軸)を見ると,図2のRockリズムでは,比較的規則的なビートを刻んでいるのがわかるが,図3のEDMリズムでは,特に途中から不規則なリズムパターン(シンコペーション)となり,より音列の伸縮にバラツキが生じている。

4.1.2 結果1:仮想CMへの楽曲を選択するタスク

音源Aのロックを選んだ学習者が26人中18人(約70%)となり,意外にも古めの規則的にリズムを刻む音源を選ぶ学習者が多数派を占めた。Z世代が同時代の音楽リズムを好むという傾向はうかがえず,楽曲を古い・新しいだけで選択しなくてもよいことが示唆された。この結果を別の視点から再検証するため,今度は学習者が指向する音楽を歌詞と共に選ぶ,というタスクを施した。

4.1.3 検証方法2:CMの歌詞に合うリズムを選ぶ

音符の長さとシラブル伸縮を考慮した歌詞をCMの会話台本として用意し,80年代以前の洋楽に多いR & Bと2000年代から主流のヒップホップリズムのどちらがその歌詞に合うかを選択させた。こちらも同一のテンポと調性としたが,歌うことを想定してテンポは遅めに設定した(BPM = 80,key = D minor)。参加者には「架空のCM,新製品のアイスクリームです。会話(LindaとBobの掛け合い)に合う音楽リズムはどちらでしょうか」と問い,音源C,Dどちらかを選ばせた。

  • C : 80年代以前の洋楽に多いR & B 風のリズムと曲想
  • D : 2000年代から主流となるヒップホップのリズムと曲想

以下に参加者に示した会話文を提示する。(図4

図4 アイスクリームCMの歌詞として提示した会話文

この歌詞は実は,強勢が付与されたシラブルを持つ内容語(‘time’ や ‘break’ など)を長い音符に,強勢が付与されないシラブルを持つ機能語(‘to’ や ‘you’ など)を短い音符にマッピングしていくと英語らしいリズムになり,うまく音楽のビートに乗せることができる,という種明かしがあるが,参加者にはそのことは伏せておいた。以下にそのマッピング(譜割り)の例を示す。上の数字,1,2,3,4… はビート数,1ビート(1拍)に8分音符が2つ入ることになる(‘-’は小節の頭にある休符を示す)。(図5

図5 英語の強弱に合わせて音符と歌詞を対応させたリズム譜

4.1.4 結果2:CMの歌詞に合うリズムを選ぶ

参加者26人のうち,半数の13人ずつがC,Dそれぞれの音源を選び,指向性の偏りは見られなかった。選択の理由は特に問わなかったが,自由記述で任意に感想を寄せた参加者からは,Cはより日常的な会話に合うような音楽だと思った,落ち着いていて柔らかい感じ,などの印象で,一方,Dは明るいイメージの音源,ポップでCMの内容に合っている,などの意見が寄せられた。これらは主観的かつ漠然とした感想であるが,選択の基準がリズムへの指向性だけではなく,曲想,音色,雰囲気,またその音楽をどのシチュエーションで使うのか,などの意味内容も考慮に入れた選択であると考えられる。

以上,この2つのタスクからはZ世代が同時代の音楽リズムを好むという傾向は特に窺えず,教材としての楽曲の選択に際しては,古い,新しいという尺度は必ずしも優先する選択基準ではないことが示唆された。CMソングの作成という制約の中ではあったが,学習者の洋楽における指向性もある程度示され,古い楽曲であっても教材対象となり得る基準曲が存在する可能性があることが分かった。

4.2 今後の課題

今回は参加者やデータ数が少なかったこともあり,あくまでも英語歌を導入する際の選曲の一つの目安を提示したに過ぎない。勿論,メロディーや楽想が選択に及ぼした影響も考慮する必要もある。またリズムに関しても,近年,アニソンやボーカロイド曲の人気により,速いリズムの曲を好み,往年のスローバラードが極端に遅く感じる学生が多くいるのも事実である。楽曲の好みを決定する要素はその他,音作り,声,歌唱力など音楽に内在する要素以外にも,YouTubeのPVやライブ映像,ダンスや衣装などのビジュアル,楽曲が普及した商業的背景など様々な要素があることは否めない。そんな状況にあっても筆者らは,授業での選曲に関しては,今後も世代を超えて普遍的に学習効果を持ち,歌詞内容をも考慮した楽曲の調査を継続していく予定である。並行して,シラブルと音符の対応を細かく見ることで,英語の持つ言語リズムの習得を目指すタスク(歌詞付きのオリジナル音源など)の開発も目指していきたい。

5. まとめ

本稿では,まず,英語歌を取り入れた授業実践の先行研究を概観し,英語歌を導入する理論的意義や授業実践の成功例や留意点などを確認することができた。さらに,英語歌を取り入れた既刊教材を網羅的に分析し,扱う4技能の偏りやタスクの種類についての傾向を明らかにした。とりわけ,リスニングや語彙表現の習得などインプット型のタスクが多く,アウトプット型のタスクにつながっていないという問題点を指摘した。次に,これらの基礎調査の上に,対面・非対面型の授業実践の取り組みを紹介した。その中で,語彙表現や文法のインプットに留まらず,歌の断片的な部分の発声を促すアウトプット型授業につなげる試みを紹介して,英語歌が単なるエンタメ的かつ恣意的なタスクで終わらずに実質的に統合的な英語力習得の一環として利用価値が高いことを示唆した。後半は,今の学習者たちが好む英語歌の特徴のうち,曲調の新旧やリズムパターンに関する調査を紹介した。その結果,今のZ世代と呼ばれる学生には,同時代の音楽リズムを好むという傾向は特になく,教員は学生に合わせて新しい楽曲を殊更選択する必要はないことが示唆された。よって,シラブルに対する音のはめ方が現代風(お洒落)で難易度の高い傾向にある最近の楽曲よりも,リズムと歌詞の対応が認識しやすく,授業でも歌いやすいスタンダード・ナンバーを導入することの意義が改めて認識できたと言える。そのような曲であれば,歌の時代的社会的背景や歌手のトリビアなどを知る教員も多いため,学習者たちに特定の歌への興味を持たせ,動機づけを高めやすくなると思われる。

今後,英語歌利用研究部会としては,とりわけ英語歌のアウトプット活動を通して,リスニング,スピーキング,流暢発音など,音声面での習得を促す実践方法や教材開発にも注力し,時代の要請にも合わせた研究活動を行っていきたいと考える。具合的には,歌詞付きのオリジナル音源を利用して英語の持つ言語リズムの習得を目指すタスクの開発や,すでに行っている流暢歌唱へ誘導するためのカタカナ表記の開発(湯舟他,2020)やその評価研究なども継続して行い,順次報告していきたいと考える。

参考文献
付録

付録1:本研究で実施した批判的思考テストの構成
 
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