2023 Volume 8 Pages 43-62
This article provides an overview and theoretical background of the TOEIC® Official e-Learning Foundation Course Listening & Reading launched by IIBC, in which the author was involved in its development, as well as a report on its learning effectiveness when implemented in a university course in the fall semester of 2021. This web-based application features authentic questions created by ETS (Educational Testing Service), the test development organization in the US. After introducing the foundational learning skills through animations and lectures in video format, the learning material provides training in foundational skills useful for each Part of TOEIC L&R. Specifically, through "chunk imaging" and "chunk reading aloud" using the scripts of each question from the TOEIC L&R, learners can acquire bottom-up listening comprehension and faster reading skills through understanding the meaning directly and immediately with images from sounds or letters. After three months of weekly training in class, the average TOEIC L&R score increased from 399.74 to 466.12. In addition, the average reading speed measurement increased from 72.95 to 93.55 wpm (both were statistically significant). The final section also discusses the results of the participants' survey responses.
生成型AIの発達で教材や学習のあり方が大きな議論となる中,TOEIC L&Rのようなコミュニケーション・スキルを直接測るテストは今後も教育現場や社会で利用され続けるであろうし,ICT援用による教材や学習方法論の改善や効率化は今後も外国語教育において重要である。そんな折,TOEIC® Programを運営する一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(以下IIBC)が既に開発し,主に企業での英語研修に利用されていた「TOEIC® Listening & Reading 公式eラーニング」の利用者から,基礎編の開発を求める声が多くあった。こうした背景を踏まえて,IIBCは米国のETSが作成した公式問題を利用して,英語初中級者向けに音読や速読を主体としたトレーニングとビデオ講義等が一体になった「TOEIC® 公式eラーニング基礎編 Listening & Reading」の開発に着手し,筆者がその制作に協力することになり,2021年10月19日に公開された。
本論は,このeラーニング教材の概要,理論的背景,トレーニング内容について紹介した後,2021年の秋学期にこの教材を大学の授業で使用した際の学習効果と学習者からのフィードバックについて報告する。とりわけTOEICのようなコミュニケーション・スキルを習得するための反復トレーニングにおける「音読」の必要性と訓練方法について,理論的,実践的先行研究に基づき,それらの教育的示唆や成果を,ICTを利用した効果的なeラーニング教材の開発に応用する上での工夫や問題点を共有し,今後のより良いeラーニング教材開発研究に寄与することを目的とする。
なお,本論はLET第61回全国研究大会での口頭発表「TOEIC® 公式eラーニング基礎編 Listening & Readingの開発と学習効果」(湯舟・保住・谷向, 2022)の内容に加筆修正を行ったものである。また,本文中の図表の多くは発表時に使用したものを再掲載した。
英語授業で使用する教材の選定や作成には,その目的,レベル,方法論など様々なパラメータが存在する。表1では,一般に重要と思われる項目と括弧内にその選択肢の例を列挙した上で,本eラーニング教材に当てはまる項目に太字と下線を施すことで,本教材の特徴を浮き彫りにしたい。
本教材の目的と方法論のうち特に重要だと考えられるのは,TOEICがビジネスコミュニケーション能力の測定に用いられるため,本教材では英語コミュニケーション・スキルを反復練習によって習得するという点である。本教材はTOEIC L&Rの公式問題を活用した教材であるため,とりわけ,聞く,読む,というコミュニケーション技能の基礎スキルを最新のICTの利点を活かして習得できる汎用性の高い教材であると言える。そして,このTOEIC® 公式eラーニング基礎編 Listening & Readingの全てのトレーニングに通底するのが「音読」である。次章では,これまで報告されている音読の効果と実施時の留意点について概略する。
本章では,音読の効果に関する認知心理学や脳科学の理論的知見として重要なものと,これまで報告されている実践的効果について紹介した後,指導上の留意点について触れたい。
3.1 音読効果の認知的基盤先ず,音読が効果的であることの認知的,理論的基盤として重要だと考えられるものを紹介したい。湯舟・山口(2014)では,語彙項目とチャンク表現の学習における音読と黙読の効果を比較した結果,音読群の方が,語彙チャンク表現の記憶保持に有効であることが示唆された。同様に,音読は語認識の自動化と語彙や文法の内在化を促進する働きがあり,これらは,音韻符号化の高速化や音韻ループにおける記憶の精緻化の結果であると説明される(鈴木, 2005; 門田, 2012)。とりわけ,音読には「文字の音声化」,つまり音韻符号化を高速化し自動化させる効果がある。そうすることで,高次の意味理解や理解した内容を記憶保持する余裕が生まれ,より速く深い読解へとつながると考えられる(門田, 2007)。さらに,このことに関する脳科学からのエビデンスとして,黙読,音読に関わらず,言語理解エリアのウェルニッケ野と言語産出エリアのブローカ野が活性化した(川島, 2003)。このことは,黙読時にも音韻符号化を行っていることを示す一つの生理学的根拠として大変重要である。なぜならば,声を出さない一般的な読みの過程においても,学習者が文字を脳内で音に変換していることのエビデンスであり,音韻符号化を妨害する音を出すことで学習者の読解時の理解度が低下するという門田(1997)の実験結果を支持するものである。川島はさらに,音読は黙読に比べて脳の広範囲を活性化させる(川島, 2003),音読練習をした後は,記憶力や空間認知力が 20-30% 向上する(川島, 2003; 川島・安達, 2004)など他の認知機能への波及についても言及している。また一方で,音読することで,学習に主体的な関わりが生まれ,エピソード記憶として経験化できるため,より強固な記憶として保持できる(湯舟, 2007; 2008)といった側面もある。
以上の基礎研究の結果から,音読は反復練習することで,語彙表現の定着に有効であり,黙読時の音韻符号化を高速化,自動化する働きがあり,読解速度を底上げすることで,母語話者により近い速度で読むことを実現させ,そのことが英文理解や高次のリーディングスキル実行のための余力を生み出すことにつながると期待できる。
次に,授業実践を通しての音読の効果について,これまで報告されている事例を紹介したい。先ず,授業の一環で音読活動を反復して比較的長い期間行った結果,理解度,黙読速度,語彙定着などの効果を報告する事例は多い。例えば,授業時間の 1/3~1/4を音読指導にあてた結果,読解内容理解度が向上した (Miyasako, 2008),音読の反復練習によって黙読速度が向上した (鈴木, 2005; Miyasako, 2008),聴解力,理解を伴う黙読速度が向上したり (鈴木, 1998),日を置いて繰り返し音読練習した結果,新出表現の定着が見られた (七野, 2006; 高橋, 2006; 2007),音読の反復練習によって,センター試験の得点が有意に向上した (鈴木, 1998; 安木, 2001)とする報告もある。
音声の再現に焦点を当てた訓練として,模倣音読練習を1か月以上継続した結果,発音,イントネーション,速度など音読のパフォーマンスが向上した(飯村・高波, 2020),英語音声読み上げソフトを用いた音読練習で音読評価規準 25 項目の内14 項目に有意な向上が見られた(藤代・宮地, 2018),初見の英文の音読演習を半期間行った結果,音読下位群の音韻符号化の強化,音韻ループ内の音声情報の保持期間の延長,個々の単語への強制的な注意力の割り当てが強化された(佐藤, 2014),との報告もある。さらに,音読とシャドーイングを組み合わせることで,発音における分節音,超分節素,理解のしやすさの評価が有意に向上した(Niimoto, 2022),シャドーイング,リピーティング,音読を組み合わせた指導の結果,表層的な流暢さが向上したとされる(松田,井村,中西,ハーキー,2021)。これらの報告のように,音声の再現へより多くの注意資源を当てることで,スピーキングやリスニングなど音声媒介のスキルへの転移も期待できると考えられる。実際,米崎(2012)では,「顔上げ音読」や「なりきり音読」など認知的負荷が高い音読ほどスピーキング能力との関係が深くなると報告されている。
音読を一連の学習の流れの中のいつ行うのが効果的かという問題に対し,鈴木(2005)は,内容理解前の音読は英文理解を促進しないとし,また,内容理解後の一斉チャンク音読練習を反復した結果,読解効率(読解速度×内容理解)が向上した(Kanda, Yamaguchi, Yubune, and Tabuchi, 2015; 山口, 神田,湯舟,田淵,池山,鈴木,2014)との報告もある。これに関連して,音読を行う際のテキストの単位に関して,大園(2016)も,チャンク音読は,中位レベルの読解および読みの技術の向上に良い影響を与える可能性があると報告している。音読はとりわけ初級者にとっては認知負荷の大きな活動であることから,テキストに内在する音声情報や意味情報への十分なアクセスを可能し学習を成立させるには,センテンス単位では長すぎ,単語単位の意味情報では小さすぎると考えられる。また,学習者の側からすると,音読という活動に慣れ,音韻符号化のスキルが向上することで,英語学習全体に良い影響を与えることにもつながると考えられる。実際,馬場(2021)では,音読の評価と英語への苦手意識に負の相関が見られたとし,音読が自己効力感や動機付けにも良い影響を与えることが期待できる。
以上の報告から,音読は内容理解,読解速度,語彙表現の定着などに効果があり,チャンク単位で行うとより効果的であるが,いずれも反復練習が必須だということが分かる。
最後に,筆者の考える,音読を授業で行う際の留意点と評価のポイントを表2に示した上で,本eラーニング教材に特徴的なパラメータに太字と下線を施した。その際,方法で実施した際,先行研究の成果を背景に想定される結果や効果を右に示した:
上記のうち, percent accuracy に関して,正しく読めた語の割合が95% 以上のテキストは独習可能だが,85% 以下では指導の成果は期待できないという報告もある (Rasinski, 2003; Klauda & Guthrie, 2008) 。また,教材の難易度に関しては,i-1(学習者が内在化済みの言語能力よりも1段階低い)のテキストを音読することで,音韻情報へのアクセスが容易になり,音韻習得が進むと考えられる(門田, 2005)。なお,シャドーイングが音韻情報に圧倒的な注意を向けることでその効果を引き出せるため,しばしば初見のスクリプトで行われるのに対し,音読は内容理解後に行う方法が一般的であり,それによって語彙表現の内在化や,チャンクの意味と音韻情報の連合記憶が促進されることが期待される。
以上,音読の理論的効果と教育実践からの示唆,および音読を授業で行う際の留意点と評価のポイントについて総合的見地から整理した。次章では,本論の中心であるTOEICのeラーニング教材において,音読がなぜ重要なのか,さらに音読が速読を実現する上で欠かせない活動であることについて議論したい。
TOEIC L&Rは日常生活やグローバルビジネスで活きる「英語で聞く・読む能力」を測定するテストであるため,教材としては,聞く技能と読む技能の向上が求められる。さらに本eラーニング教材はTOEICスコア500点以下の英語初中級者の基礎技能向上を目的に開発されたため,聞く・読む,それぞれの技能の基礎的な部分に焦点を当てたトレーニングを展開する必要があった。筆者は,以下の2つの低次処理能力に焦点を当てた:
上記のうち,1) はリスニングにおける低次の処理過程として不可欠である。ちなみに,高次の処理過程には,トップダウン処理としての推論,予測,スキーマ利用,文脈理解,概要把握などがあるが,本教材における反復トレーニングは,1) のボトムアップ音声認識と,認識された音声から和訳を経ることなくダイレクトにイメージ画像としての意味を想起できるように,チャンク単位で意味をイメージする(脳内で画像化する)練習を行う。イメージで理解することによってそれまで理解したテキスト内容との整合性を付けたり,画像として記憶することでワーキングメモリの容量を効率的に使用でき,理解した内容を記憶保持しながら残りのテキストを処理できるため,一つのまとまりのある話の概要や細部を記憶する上で必要なスキルである。
ボトムアップ理解は,とりわけTOEIC L&RのPart 1やPart 2のように,文脈のない状態で,2秒前後の選択肢の英語を瞬時に理解するには不可欠なスキルである。ボトムアップ音声認識のトレーニングとは,流暢な連続発話における様々な音声変化(連結,脱落,同化,弱化,短縮形など)で実現された2秒前後のチャンク単位の音声を聞いて,意味を即座にイメージすることであり,単語認識や一連の音声を単語レベルに解析する(parsing)ような,単なる表層的言語情報の同定で終わらせないことが重要である。上記の練習の後,それぞれの音声変化を経たチャンク音声を何度も反復リピートする練習を行う。上段で「2秒前後のチャンク」と特定した理由は,ワーキングメモリの時間的制約に準拠するためである。筆者のこれまでの研究によると,2秒以内であれば,聞いた音声を母語(日本語)の音韻構造に基づいて再構築せず,聞いたままの音声を短期記憶できる時間であるため,シャドーイングに近い音声への意識集中が可能なためである。さらに,音読はシャドーイングよりも手順や機器など練習実行可能性と自身の音声フィードバックも確認しやすいという利点がある。湯舟(2010; 2012),湯舟・田淵(2013; 2016)で詳述しているので参考にされたい。
一方,2) はリーディングスキル向上のために不可欠な基礎スキルである。コミュニケーションにおける「読むこと」とは,話の要旨を素早く掴んだり,スキャニングやスキミングなどパラグラフレベルでの効果的,実用的な読み方であり,いずれのスキルも流暢に速く読むことが必須である。とりわけ,初級者にとっては,文(センテンス)レベルにおいて,意味の塊ごとに,返り読みをしない直読直解ができることが,マクロレベルでの速読にもつながる。その際,チャンク単位で意味を理解する際は和訳せずに,文字からダイレクトに意味をイメージ想起できることが重要である。さらに,一般的には,学習者であっても文字から意味へのアクセスの経由で,音韻符号化,すなわち文字を音声化しているため(門田, 1997),その音声化の単位を単語レベルからチャンクへと拡大し,音声化のスピードを高速化,無意識化するために,音読練習は必須である。ここで言う音読とは,学習者が自由に音読することではなく,教師音声,すなわちネイティブスピーカーの流暢で音声変化が実現された発音を真似て反復することである。ここでも,シャドーイングのようにオンラインで連続して真似るのではなく,意味の塊を意識してチャンクごとに行うことが望ましい。なお,TOEICリーディングにおける速読の意義と具体的なトレーニングに関しては,Educational Testing Service(2022)を参考にされたい。本eラーニング教材と同様,TOEIC L&Rの公式問題を利用して,筆者の制作協力に基づき,速読の理論を学んだ上で,チャンク・イメージングやチャンク音読練習を行うことができる。
以上のように,本eラーニング教材はTOEIC教材でありながら,コミュニケーションとしての「聞く」と「読む」のための基礎スキルを,音読と速読を中心とした反復トレーニングを通して習得することを狙いとしている。次章では,具体的な教材の構成とトレーニング方法について解説したい。
教材の全体像は図1のように4つのセクションと付加機能から構成される。教材の全体像や構成の詳細は以下のサイトを参照されたい:
https://www.iibc-global.org/toeic/support/el/kiso.html
本編の学習に入る前に,TOEIC L&Rに役立つ7つの基礎スキルの紹介と説明がある。これらは1つが3分程度にまとめられたアニメーション動画となっている。具体的には図2のような構成になっている。先ず,英語コミュニケーションを行う上での一般的共通知識として,図2の最下層の3つの項目を学習する。具体的には,「語彙の知識」として,単語やコロケーションなど,いわゆる語彙表現がコミュニケーションのための言語材料として如何に機能しているかを学習する。次に,「文法の理解」として,主に文中では適切な語形や品詞を選定する必要があることと英語特有の語順を理解する。そして,「言葉の機能の理解」として,言葉は文の命題的意味だけでなく推論による語用論的機能を持ち得ることを具体例を通して理解する。
続いて,それらの基礎言語知識を土台にして,TOEIC L&Rの問題を解く上で必須となる4つのスキル(図2の上から1段目と2段目の4つのスキル)を学習する。とりわけ,Part 3会話問題,Part 4 説明文問題,Part 7読解問題では,一つのまとまった会話や話の後に3問以上の問いが続くことが多いが,それらの問題を解く際に役立つスキルがこれら4つである。先ず,「要点・概要を把握する力」は会話やトーク,文書の中で,話し手や書き手の目的・意図を捉える際に重要なスキルである。TOEIC L&Rの会話問題では,話の目的以外にも登場人物がいる場所や職業を尋ねられることもある。読解で言うスキミング(すくい読み)と同じである。次の「詳細・事実を理解する力」は会話や文書内の特定の情報を素早く認識するスキルであり,とくに読解においてはスキャニング(検索読み)と呼ばれることもある。このスキルも,TOEIC L&Rの問題の詳細や事実関係を尋ねる問題では非常に役立つ。「情報を関連付ける力」はテキスト内の個別の情報を2つ以上合わせることで事実を特定したり文脈を捉えたりする力のことである。会話や文書などから特定の情報を有機的に組み合わせて理解することを,リスニングやリーディングを実行しながら行うには相当の認知的負荷が強いられることになるため,ボトムアップ音声理解スキルや音韻符号化などの基礎スキルが一部自動化されていることが必要である。最後の「情報を推測する力」は,表層的言語情報(命題的意味)から言外の語用論的意味や,話者や筆者のコミュニケーションにおける意図を掴むスキルである。
このセクションは,TOEIC L&Rに特化したものでなく,TOEIC L&Rスコア500点以下の英語初中級者が英語を聞いて,読んで理解する際にぜひ知っておきたい基礎知識を筆者による動画説明を通して理解してもらうことを目的としている。図3は全体構成とeラーニング教材内での実際のページの様子を示す。
まず,「はじめに」として,英語を聞き取れない大きな原因として,英語のチャンク表現に慣れていないこと,すなわち,
次に,英語を速く読めないことを克服するために,次の4つの実践を心掛けることの重要性を説明している。すなわち,
「はじめに」に引き続き,「ゼロからリスニング」と「ゼロからリーディング」が配置されているが,学習の順序は決まっておらず,どちらからでも学習を始められる設定になっている。まず,「ゼロからリスニング」では,英語をチャンク単位で聞いて,表層的言語情報のままではなく,イメージに置き換えて順次記憶してゆく方法を学んでゆくのだが,とりわけ,チャンク表現に含まれる音声変化の種類別に5つの説明動画が用意されている。ここでは,子音や母音などの音素や子音結合などの聞き取りではなく,流暢発話のチャンク内で実現される「短縮形」「脱落」「連結」「同化」「弱化」の5つの音声変化を扱っている。
一方,「ゼロからリーディング」では,「チャンクで読むレッスン」と題して,学習者が英語センテンスを読む際に,スピードが遅くなると想定される英文構造や文法項目7つを取り上げて,チャンク単位で返り読みをせずにスピードを担保しながら読むために必要なノウハウをアニメーションと筆者による講義動画形式で学習する。具体的には,ビジネス文書にありがちな長い主語の切れ目を素早く探したり,不定詞,分詞,従属接続詞などの後置修飾によって日本語と語順の流れが逆になる表現を返り読みしないで理解する方法や,Due toなど文の前半に置かれる句表現のイメージを保ったまま,続く主文を理解していくノウハウを解説している。いずれも,すでに理解した内容を記憶保持したまま,次のチャンクを処理,記憶していくという英文読解のミクロな基礎スキルを,後に控えるリーディング・トレーニングで手続き記憶として身につけるための準備を行う役目を持っている。
5.4 リスニング・トレーニングとリーディング・トレーニングこのセクションから,実際の問題形式に沿って,トレーニング付きの例題と問題演習に取り組んでもらう。トレーニングの流れは以下のようになっている。大きくリスニングとリーディングセクションに別れており,どちらから先に学習しても構わない。
リスニング・トレーニングでは,TOEIC L&Rの問題形式の Part 1からPart 4までの音声を活用し,5種類の音声変化が実現された2秒前後のチャンク音声を聞いて,音からダイレクトに意味を画像化するトレーニングを行った後,できるだけスクリプトを見ないでチャンクの教師音声を真似て繰り返すトレーニングを行う。なお,チャンク音声の音読の前には,ディクテーションのトレーニングに挑戦させるが,そこでも5種類の音声変化が生じている箇所を空所にしており,短縮形や連結,脱落といった音声の聞き取りを集中して行ってもらえるように仕組んでおり,音声に対するFocus on Formを実現している。下の英文は実際の問題の例であるが,短縮形の音声に選択的注意を向けさせるため,空所補充という形で空所の音声に集中してリスニング練習をできるようになっている:
(He's) (pouring) water into a cup.
なお,Part 1写真描写問題とPart 2応答問題では,正解となる選択肢のみをトレーニングの対象としている。
リーディングにおいても,基本的には上記のリスニングと同様,チャンク単位での理解を進めることで,速読の実現を目指している。問題演習を使った最初のトレーニングでは,トレーニング用に収録された読み上げ音声が本教材のために実装されており,通して聞くことで自然な読解スピードを実感できる。次に,音声化したときに2秒程度になるようにチャンクキングされた英文が順次提示され,できるだけ速く意味をイメージ化するトレーニングを行う。その後,リスニングと同様,教師音声を真似るように反復音読を行い音韻符号化の高速化を目指す。最後に,教師音声のスピードと同等の制限時間内に読めるか確認するために,同じ読解テキストをもう一度読んでみる。その際,画面上ではタイマーで学習者自身の読解時間を確認することができる。上述のトレーニングを適切に行った結果,読解スピードが速くなったと実感できれば,自信とモティベーションを得ることができる。
なお,本eラーニング教材には,上記の問題演習の他に,様々な学習補助機能が実装されているが,紙面の都合上,詳しい説明は省略する。
上記のeラーニング教材を大学の授業で導入した際の学習効果と履修者のフィードバックについて報告したい。以下に,授業実践に関する情報を箇条書きで示す:
時 期:2021年10月25日~2022年1月25日(3ヶ月間)
授 業:選択必須科目 Advanced TOEIC I(オンライン+対面)
内 容:毎週ノルマを課し,授業時間90分+スキマ時間利用。
3ヶ月ですべてのレッスンとトレーニングを修了
評 価:eラーニングの取り組み,学習修了率,TOEIC L&Rスコアの伸び
表3に,事前と事後のTOEIC® L&R IPテスト(オンライン)の結果推移に関する基本統計量データを示す。
トータルスコアの平均は,事前テストで399.4点,事後テストで461.8点で,62.4点のアップとなった(df=57, t=4.90, p<.001, Cohen’s d=0.52)。
図4は総学習時間別平均スコア推移を示すグラフである。グラフから見て取れる傾向は,学習時間が多いほどスコアの伸びも大きいことである。本eラーニング教材はトレーニング演習が主体であるため,学習時間と成果の関係性が如実に現れた結果と言える。
さらに,スコアの分布推移をグラフにしたのが図5である。x軸は事前テストのスコア,y軸が事後テストのスコアを表し,スコアの伸びた受講者は中央の線よりも左上にプロットされ,スコアの下がった者は右下にプロットされている。大半の受講者が左上にプロットされているのが見て取れる。勿論,スコアが下がった者も若干名いる。
さらに,図6は,英検準2級の読解問題20問を利用した,事前・事後の読解速度の推移を示している。グラフは事前・事後の読解時間の変化を表しているが,wpm(words per Minute)による計測に変換した数値では,平均wpmが 72.95 から 93.55 に上昇した(df=51, t=3.59, p<.001, Cohen’s d=0.58)。一方,読解スコアは20点満点中,13.70 から 14.50 に上昇した(df=49, t=1.59, p=0.12, Cohen’s d=0.25)。読解スコアの変化が統計的に有意でないということは,読解スコアが事前・事後で変化がない状態で,読解スピードだけが有意に上昇したことを意味する。つまり,理解度を犠牲にすることなしに読解スピードだけが上昇したのであって,速読を目指す本教材の目的が利用者の成績推移からも裏付けられたと言える。
次に,受講者のアンケート結果について報告する。この集計結果はTOEIC公式eラーニング基礎編L&Rのサイト内で,受講者が任意(無記名)に回答したアンケートをサイトを運営するIIBCが集計したものである。集計は3か月の受講期間が終わった直後で,受講者68名中,38件(有効回答率55.9%)の回答を得た。
教材全体の満足度について,5段階で聞いたところ,5「非常に満足」と4「満足」を合わせた割合は61%であった。一方,1「非常に不満」と2「不満」を合わせた回答は8%であった。図7はその理由の内訳である。右側に伸びた棒グラフは「期待できる」「適切」など肯定的意見,左側は「期待できない」「不適切」など否定的な意見の人数を示している。
学習環境について,平日,自宅で,PCで学習した割合が6割強で,授業時間以外の学習時間は,週30分~1時間が最も多く,次に週1~3時間が多かった。さらに,表4と表5にあるように,本eラーニング教材で「最も良かった教科」と「最も良かった機能」に関する回答に共通して評価が高かった項目は,公式問題を解いたり音読やチャンク・イメージングなどのトレーニングを演習形式で行う部分であり,本教材の目的が音読や速読など多くのトレーニングを通して基礎スキルを習得して欲しいという目的と合致していたと思われる。
最後に,上記の回答の理由に関する自由記述を以下に紹介する。任意の無記名アンケートにも関わらず肯定的な意見が多かった。なお,文言は受講者が書いた通りに掲載した。
6.2.1 eラーニングで最も良かった教科と理由(IIBC提供)以上の回答のうち,6.2.1の4,7,10,12,14,や,6.2.3の1,2,5,9,10,11に見られるように,PCやスパートフォンで大量の問題演習に取り組めたことで,音読やチャンク理解の基礎スキルを反復練習によって向上させることができたようである。先行研究の多くで音読の効果を得るには大量の反復練習が必須であると結論付けており,本教材が辛い反復練習を行いやすい環境を提供できた側面を表している。
一方,6.2.1の2, 3, 5, 9, 11や6.2.3の4, 8に見られるように,TOEICテストの問題解法のストラテジーや必要なスキルの明示的解説が役立ったと回答する者も多かった。TOEICスコア向上のためには上述の反復練習によって,明示的な言語知識や方略的知識を手続き的知識に変換する必要があるが,成人が短期間でスコアアップを目指したい場合は,明示的解説から大量反復練習という手順が効果的であったことが,今回のアンケート結果や実際のスコア上昇によって裏付けられたようである。
本報告は, ETSが作成したTOEIC L&Rの公式問題を利用して,英語初級者が音読や速読を中心とした反復トレーニングにより,TOEICのListeningとReadingセクションの問題に対応できる基礎スキルを習得することを目的として開発されたeラーニング教材の,開発経緯,理論的背景,問題構成,トレーニング内容について報告し,さらに大学の授業で導入した際の学習効果と受講生からのフィードバックについて紹介した。具体的には,教師音声を模倣した音読が流暢な英語音の理解と速読のために必須のトレーニングであることを議論した上で,先行研究にもあるように,音読の効果を得るには反復訓練が必要であることから,PCやスマートフォンというeラーニングのインターフェイスの有効性を最大限に生かした形で個別学習を可能するトレーニングを実装した。
3か月の授業を通して,履修者のTOEICスコアは平均で60点以上伸び,アンケート内容も本eラーニングによる学習について肯定的な意見が大半を占めた。このことは,本教材の中心である音読と速読の反復トレーニングと教材としての動機付けの仕掛けが履修者にとって効果的であったことの一つの証左と言える。しかしながら,本eラーニング教材がリリースされて間もないこともあり,さらに多くの利用者からのフィードバックを得ながら,問題構成や内容について更なる検討を行う必要がある。
教材開発は多くの場合,商業的側面からの要請を受け入れながら行う必要がある。とくに,eラーニング開発には莫大なコストが掛かり,大抵は開発予算と発売時期があらかじめ決められた上で開発が始まる。よって,教材の背景となる教育理論,学習理論,制作者の信念などの全てが時限内に理想の形で反映されるとは限らない。そういう意味では,語彙制限や文法事項など指導要領の制約を強く受ける文科省検定教科書の執筆も同様の不自由さを伴うものである。今回のeラーニング教材では,ETSが実際のテストと同様のプロセスで制作した公式問題を利用して汎用性の高い問題演習を構成したため,初中級者の学習に適切な難易度の問題やトピックの選定に苦労した。公式問題を使用した信頼性や訴求性と,教材の完成度や学習効果とのバランスを取りながら,最大限の工夫を行う必要があると実感した。
なお,本eラーニング教材は「基礎編」と題したものの,実装した音読や速読トレーニングは,初中級者のみならず上級者にも共通して取り組むべき基礎訓練である。なぜなら,高次の語用論的推論などのトップダウン方略や批判的な聴解や読解も,低次のボトムアップ音声理解や音韻符号化といった基礎スキルが高速化,自動化,無意識化されていなければ,それら高次のコミュニケーション・スキルを十分に発揮するための余力(作業記憶の余裕)が持てないからである。基礎スキルを十分に習得していない状態で高次のストラテジーをいくら指導しても絵に描いた餅で終わることになりかねない。
今後の課題として,筆者がすでに取り組みを始めている分野に,教師音声の反復音読時のカタカナの援用がある。2秒程度のチャンクの母語話者音声を模倣して音読する際に,複数の音声変化が重なったり繋がることで,初級者には文字からは想像できない崩れた発音になることもしばしばある。そのような音声を自分の耳と口の感覚だけを頼りに模倣音読すべく個別学習するのは困難である。そこで筆者は近年,英語のリズムに則った流暢発音へ誘導できるカタカナ表記nipponglishの開発と運用を試みている。すでにYouTube上で英語音声変化別の訓練動画や,人気の洋楽を流暢に歌いやすいようにカナを振った動画を随時公開したり(https://nipponglish.com/),第一興商カラオケDAMの英語歌詞のテロップとしてカタカナを提供してきた。カタカナは /r/ と /l/ など日本語にない子音や母音を表記し分けるには向いていないが,let it goレリゴー,let you knowレッチュノー,bad dayバッデイ,など音声変化が実現された後の流暢発音を表記するのに親和性が高いことが分かっている(湯舟・井上・濱屋, 2020; 湯舟・新出,2023)。今後も教師音声模倣反復音読の際の補助機能として,YouTubeやカラオケ等のプラットフォーム上で,音再現性や視認性等の改良を重ねていきたいと考えている。
最後に,AIや携帯端末の進化など,常に最新のテクノロジーを取り入れつつ,音声や動画を実装した自律学習用のeラーニング教材は今後更に改良が進むものと期待される。筆者としては,チャンク単位で音声が提示されたり,テキストやカナ表記が表示される形で,音読練習がスムーズに行われるようなインターフェイスの改良や,学習の動機付けを持続させるための仕掛けやゲーミフィケーションを積極的に取り入れていきたいと考える。
教材執筆,動画講義制作,eラーニングおよびアプリ制作,本報告の基となる,外国語教育メディア学会LET第61回全国研究大会での共同発表担当,および受講者アンケートデータや集計グラフの提供,本教材の授業での導入において,一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(IBC)の事業開発本部事業開発室(当時名称)の方々の多大なご尽力に心より感謝申し上げたい。