Quarterly Journal of Marketing
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Special Issue / Invited Peer-Reviewed Article
Industry Innovation and Brand-Mode Shift
Kazuhiko Mori
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2019 Volume 39 Issue 1 Pages 6-23

Details
Abstract

ブランド戦略の可能性の中心は<交換・意味・記号性>という軸により経営,マーケティング,コミュニケーションの諸側面を通じてブランド価値を縫い上げるように戦略が展開される点にある。しかし,“インダストリー・イノベーション”という既存の産業や業態の領域(バウンダリー)を解体越境し,プラットフォームとして可変的にサービスをつなぎ替えするエコシステムから生産・交換様式が変化しつつあり,ブランドの様態でモード・シフト(様態変化)が起きているのではないだろうか。本稿では,ブランドの様態が今までのブランド知識を通じた「資産システム」から,サービスに媒介されるユーザー体験を介しての「活動システム」へとシフトしている状況を辿り,価値共創の体験から共有化される記号性(社会に共有されるシンボル性)から構成され,経営や事業そのものに資源統合として関わる「活動システム」としてのブランド戦略の可能性を検討する。

Translated Abstract

Brand strategy is defined to be based on the cognition of customers, and is centered on the "exchange, sense, symbol" principle and designed for integration of management, marketing, and communication. However, the industries-innovation now is changing the system of production and exchange and making the shift of interaction of business from the viewpoint of service-dominant (S-D) logic and S-logic. This brand-mode shift is emerging from an “activity system” with customer augmentation.

I. はじめに,問題の所在

本研究会のタイトルである「インダストリー・イノベーション(以下,“InIn”と略称)」とは,AI, IoTロボテックスなど先端デジタル技術を介し既存の産業や業態を越境した業態再編としてグローバル規模で起きている破壊的イノベーションを表現している。第4次産業革命とも称される先端テクノロジーによる変化は産業だけではなく社会システム全体に及ぶ人類文明の大変革と指摘されており1)(e.g. Schwab, 2016; Rifkin, 2014),今日,経営・事業レベルにおいても未曾有の技術変化と向かいあっている。技術が新しいビジネスモデルを生み出し,それが事業価値を左右する今日,技術は使う側の手段の域を超えて私たちの価値観を大きく変える契機となっている。本研究プロジェクトでは,この“InIn”を現在進行形の様相として検討し,「ブランディング」という枠組み(中範囲の理論枠)を新しく捉え直すことで経営や事業戦略へと橋渡しする道筋を探求している。加速する先端テクノロジーが事業に与える影響が多岐にわたる中で,なぜブランドなのかという疑問を抱かれる方もあろうかと思われる。しかし,今日の「ハイパーコンペティション」では持続的な優位性とは幻想であると主張される(e.g. McGrath, 2013)中で,企業にとって「顧客」こそ唯一の持続可能な価値の源泉とも考えられる。先端技術がもたらす予測不可能な劇的変化ゆえの不確かさは否めないものの,顧客側にストックされる資産としてのブランドの意義を確認するためにもあえて今ある仮説を手掛かりにブランドの可能性に踏み込んで問題提起しておきたい。本稿は,大まかに以下の3つの構成から論述する。

1)まず,“InIn”の様相を自動車産業での動きから粗描し,そこでのビジネスモデルのシフトを通じて産業レベルを超えたエコシステムでの変化を構造的に確認する。

2)次に,ブランドが持つ中心軸を考察し,そこから“InIn”の様相変化を読み取り,ブランドにおける態様変化(モード・シフト)を問題提起する。

3)最後に,このモード・シフトを前提にブランディングの可能性を展望する。

研究会では変化する“InIn”の事例を追うことに費やされ,テーマ検討での大まかな方向性は共有しているものの研究会メンバー間でブランド論をそこに関わらせる議論は十分にはでききれていない。したがって,本稿は研究会全体の共通認識というより筆者の問題意識に基づくものであり,その責任は筆者に帰することをご海容いただきたい。

II. “InIn”の様相―産業を超えるエコシステムとしての変化

本研究会では,破壊的イノベーションに関連した産業変化などを辿り“InIn”の様相での論点を探ってきた。研究会での詳細報告は割愛するが,まず例示として自動車産業での変化を簡単に粗描し,“InIn”の様相の事例として共有しておきたい。

自動車産業ではCES(コンシューマーテクノロジーショー)2018でのトヨタの豊田章男社長から発表されたe-Paletteの構想が大きな衝撃をもたらした。そこではクルマ事業が再定義され,クルマ会社を超え人々の様々な移動を助ける会社「モビリティ・カンパニー」へと変革が表明されたからである。e-Palette構想は,データが新しい通貨となるという認識から,事業の焦点がクルマからソフトウェアへ移行し,さらにライドシェア,物流,輸送,リテールから,ホテルやパーソナルサービスに至るまで様々な用途をサポートし,お客様とのより多くの接点を持つオープンでフレキシブルな「プラットフォーム」として様々なモビリティサービスが提供される構想である。そこでは,電動化,デジタル接続,自動運転技術を活用したMaaS専用次世代EVとして,移動や物流,物販など様々なサービスが構想され,人々の暮らしを支える「新たなモビリティ」を提供すべく,産業レベルを超えた業態エコシステムの形成が目指されている。構想では,自動車生産だけではなくサービス・プラットフォームを軸とし,それをリード役として知財アライアンス,事業連携など企業を跨いでネットワークが模索されている。これに先立つ2016年,自動車産業でのデジタル・テクノロジーによる決定的な転換として,ダイムラーのチェンチェ会長からCASEという自動車を再定義する4つの視点が提示されていた。①Conneted=外部との相互接続性,②Autonomous=自動走行の実現,③Shared &Serviceカーシェアリングなどのサービス展開,④Electric―電気自動車への移行などである。CASEではそれぞれの産業領域へと越境し,その産業をリードする企業や事業戦略と重なり合いながら複合的な競争や協働が展開されている(図1)。

図1

CASEでの展開での競争

出所:M. Tanaka(2018)を参考に筆者作成。

その動きには,エヌビディア,インテルなどIT産業でのソフトウエア,半導体技術からの自動運転への参入,テスラなど化石燃料から脱却し,電力エネルギーによる社会インフラ基盤の代替,Uber,Lift (ライドシェア),Car2Go(カーシェア)などを含むモビリティを巡ってのサービスプラットフォームでの競合,さらに自動車強国を目指す中国でのアポロ計画を軸とする展開がひしめき合い,自動車産業だけでなく,エネルギー産業,通信産業(5G),IT産業がそれぞれ相互に重なり合いながら,スマートシティ化に並行した都市モビリティ(MaaS)の未来ビジョンが描かれている。現実的には,社会的規制やテクノロジーでの制約,投資規模など,様々な要因が折り重なる中での事業変遷であり,詳細は常に新しい展開が上塗りするもののプラットフォームを中心に俯瞰するならば,多様な産業が融合する競争分布が形成されている(図2)。

図2

自動車産業をめぐるインダストリー・イノベーション

出所:M. Tanaka(2018)を参考に筆者作成。

1. ビジネス環境はどのように変わっているのか?

InInの様相を象徴するトヨタのプラットフォームへの移行を読み解くためには,ここ10年程で急速に加速した先端デジタル技術がもたらしたビジネスの根底的変化を確認しておく必要がある。

Porter and Heppelman(2014, 2015)は,2回にわたる論文で,IoT(internet of things)がもたらすのは,デジタルテクノロジーによる「モノの本質」の変化であり,このことが大きな産業変化をもたらすと指摘した。「接続機能を持つスマート商品(Smart connected Products)」が,その機能や性能の増大とそれが生み出すデータによって業界構造と競争のあり方を変容させ,まったく新しい産業を生み出すというのである。接続機能を持つスマートな製品とは,①物理的要素,②スマートな構成要素,③接続機能からなり,スマート化(知能化)により物理的機能や性能は高まるだけではなく,接続することで製品以外にも価値を広げ,業界の構造が大きく変化すると論じる。接続するスマート製品が,①モニタリング,②制御,③最適化,④自律性と機能が前段階の機能を前提としながらもケイパビリティを拡張させることで,事業領域は,①製品,②スマート製品,③接続機能を持つスマート商品,④製品システム,⑤複合システムへと変遷し,競争の基本が個々の製品から,関連性の強い製品システム,さらに多数の製品システムの複合体へと移行するというのである。Porterらは例示として,ディア・アンド・カンパニーとAGCOが,農場の収益全般を向上させる目的で農業機械に留まらず,灌漑システム,土壌滋養源,さらには天候,穀物価格商品先物の情報を持つ取り組みを挙げている(図3)。この変化は自動車でも同様で,クルマ会社で自動運転が目指されている中で知らない間に,モビリティ(MaaS)での業態としての競争に巻き込まれていることに近い。それは,自社の事業の再定義という根本的な問いに直面する状況と言い換えられる。

図3

製品からシステムの複合体に移行

出所:Porter and Heppelman(2014)より筆者加工作成。

また,事業領域はこうした外部環境だけの変化ではなく,企業内部にも大きな影響をもたらすとPorterらは指摘する。製造系企業では主な職能が再定義され,データ管理で新しい職能を生み出す。このバリューチェーンの変容を促しているのはデータであり,それは製品自体をデータ源として活用するというかつてなかったことが実現し,大量のデータをリアルタイムで供給できるようになる。さらにこうした豊富なデータの理解ためにデジタルツィンのようなリアル製品を仮想的に複製するツールが,アバターのように遠くの製品の状態を知らせ,設計,製造,操作,サービスを改善していく。Porterらは,こうした流れの中で,製品開発自体が,「機械エンジニアリング」主体から「ソフトウエアエンジニアリング」主体に変わり,タブレットやスマートフォンなどの新しいユーザーインターフェイス,拡張現実(AR)への対応,使用状況への介入による品質管理,遠隔サービスなど今までにない視点からの製品開発が必要となると同時に,モノの販売からサービスの販売へとビジネスモデルが展開されることになると説く。こうした中で特に注目しておきたいのは,企業と顧客の在り方が以下のように決定的に変化していく点である。

(1)企業にとって製品や顧客との関係性は永続的なものへと変わり,新たに顧客関係性の重点が価値提供に移ると製品はそれ自体が目的ではなく,「顧客に価値を届ける手段」となる。これにより,顧客と対話するための基盤を手に入れた企業は顧客に頼って製品のニーズや性能を把握する状態から抜け出して,製品を顧客のニーズをつかんで満足を届けるための窓口をして捉え始めていく。

(2)製品の利用状況が手に取るようにわかることで,全く新しいビジネスモデルが開発され,航空機エンジンの分野でのロールス・ロイスが先鞭をつけた,飛行時間単位の課金制度(固定料金に維持修繕費を上乗せするのではなく,飛行時間に応じて航空会社にエンジン使用料を請求する仕組み)のように,製品の売り切りからサービスとしての提供へとそのモデルが転換する。

(3)マーケティングや販売目標が単に製品を売ることから長期にわたる顧客の成功を支援することへと移行するため,自社と顧客とのウィン・ウィン関係を築くためのシナリオが必要となり,顧客の価値提案の範囲は広がり,メーカーとしては製品単体の品質や機能にだけではなく,関連製品との相互運用性を確保する必要が出てくる。

2. プラットフォーム・ビジネスの攻勢

先端デジタル技術により製品の本質の変化から競争戦略の変容を辿ったPorterらに対して,同じ先端技術をベースに「顧客」側から事業の再構成を辿り,プラットフォームビジネスの輪郭が明らかになっていく(Van Alsyyne, Parker, & Choudary, 2016)。

Van Alsyyneらは,20世紀でのほとんどの事業は商品を中心に構成されたパイプライン型事業であり,起点となる生産者(商品・サービス)から到達点となる消費者へと「パイプライン」のような段階的に価値が受け継がれ商品を完成するプロセスを辿ると指摘し,企業は,まずサービスや商品を設計し,製品を作り,それを販売先に供給し,それが消費者に届くプロセスとしてバリューチェーンを展開するとその事業展開を要約する。パイプライン事業ではモノの標準化やその生産プロセスを順次改善することに事業展開の焦点が当てられ,こうした展開での付加価値よりもコストダウンという側面を強く持つものであったと言える。

一方,21世紀に入ると,インターネット上でのサイバー空間を介して単につながるだけではなく,ソフトウエアによる顧客=需要サイドのネットワーク効果性から事業は一変する。Van Alsyyneらは,かつて5社で利益の90%以上を稼いでいた携帯電話市場がi-Phoneの登場によりアップルだけで利益を92%独占する市場へと変貌したことを取り上げ,このi-Phoneの躍進を製品力だけではなく,i-Tune,Apple storeというソフトウエア(プラットフォーム)を介してのネットワーク効果として捉えた。スマートフォンの事業規模が瞬く間に60億台に至る大きな市場となり,『ソフトウエアが世界を飲み込む』(ネットスケープの創設者,マーク・アンドリーセンがウォール・ストリートジャーナルに投稿したタイトル(Andreessen, 2011))世界が出現する。Van Alsyyneらは,リーマンショック以降,航空会社,ホテル,メーカー,銀行,コンサルなど業種を問わず,程度の差こそあれソフトウエア企業に変わるか,そうした企業の挑戦を受けるかの事業局面に遭遇し,産業レベルでのソフトウエアのエコシステムの中に飲み込まれていったと指摘し,今後こうした流れは「プラットフォーム」事業がパイプライン事業を飲み込んでいく全産業的な変化を引き起こすと予想している。

図4

パイプライン事業とプラットフォーム事業の比較

Parker, Van Alstyne, and Choudary(2016/2018)監訳者妹尾堅一郎の解説より筆者作成。

プラットフォーム事業は,生産者と消費者が相互にインタラクションを行うことにより価値共創していく場づくり事業である。そこでは,ユーザー間相互でのマッチングを行い,製品やサービス,社会的通貨(価値単位)を交換しやすくして全参加者にとって共通の価値を創り上げていくのである。Van Alsyyneらの指摘で何よりも重要なのは,プラットフォームの力は,デジタル技術を介して人や組織,リソースを相互に関連付けて生態系にしてしまう点にあり,それにより以下の今までにない優位特性をもたらすのである。

(1)プラットフォーム事業は,自らが所有やコントロールしていない資源を用いて価値を創造するので,従来の企業よりもはるかに急成長を遂げることができる。

(2)プラットフォームはサービス提供先である人々のコミュニティから多くの価値を引き出す。

(3)プラットフォームは,ビジネスの境界線を不鮮明にし,これまでの企業の内部活動重視から外部活動重視へと転回させる。

こうした2つの論では,「製品の本質」,「顧客」という視点は異なるもののおおよそデジタル技術の飛躍的進化と雁行して,根底的に業態が変容してきた共通の認識が底流として見て取れる(図5)。

図5

21世紀でのプラットフォームビジネスへのトレンド

そこでは,第四次産業革命として,従来のハードウエアや電子化に加えて,ソフトウェア・ネットワーク・サービスデータ・AIを高度な先端技術とデータを組み合わせ,サービス・プラットフォームとして競争力の高いビジネスモデルが目指されていく流れがある。グローバル企業は,ビックデータを活用し,サービスを素早く改善することで,イノベーション競争を推し進め,今後は,企業・事業を超えてつながるソフトウエア/ネットワークでのエコ・システムの生成とともに,それがデータ,AIによって知能化されていく。こうした動きから推測すると,移動通信規格での5G(①高速化・大容量化,②多数端末との同時接続,③低遅延化)の普及によって技術的影響が全ての産業に波及し,予想もつかない大きな変化が加速するであろうと考えられる。その中でのプラットフォーム事業への移行は従来とは別の産業群をパートナーとして事業につなげ直し,同時にソフトウエアを介して散在する顧客価値や未利用資源をサービスとして束ね,それを介しネットワーク効果を高める様々な事業生態系(エコシステム)の形成が予想される。トヨタがクルマを介して移動空間でのサービス業と融合するように,ここでの最大の問題は,限りなく可変化し,様々なサービスが相互につながるエコシステムの中で自社の事業価値の再編が,強く求められる点と考えられる。

III. ブランディングの可能性の中心と中範囲の理論フレーム

では,事業バウンダリー(境界)を解体し,可変的につながり合うエコシステムに対して,個別の企業経営や事業戦略どのような独自性を確保し,ブランドはどのような可能性をもたらすのだろうか。ブランドの可能性とは,その概念自体に戦略軸が含意され,「特定の組織が何らかの目的を達成するための道筋」(Kotosaka, 2018, p. 38)を構想として内在させている点と考える。特にブランド戦略での特徴的な点を,H. Tanaka(2018)はこう指摘する。『具体的な企業のアクション・レベルにおいて「純粋」なブランド戦略というものは,知的財産に関する活動を除いてはほぼ存在しない。ブランド価値を高めるための経営戦略,マーケティング戦略,コミュニケーション戦略という活動があるだけである。言葉を換えていえば,ブランド価値を高めることを意識した経営戦略,マーケティング戦略,コミュニケーション戦略がブランド戦略なのだ。』ブランド戦略の特性は経営やマーケティング,コミュニケーションをベースとするものの,それらの何処かの体系に従属するのではなく,むしろブランド価値を中心に3つのレベルでの諸側面を戦略的に織り込んでいく点にあるというのである。

では,3つの異なるレベルの審級を戦略的にむすびつけ,戦略性を構成させる「可能性の中心」は何なのだろうか。この中心を明らかにすることで事業領域(バウンダリー)の可変化に対してブランドが持つ独自の戦略性が見えてくると考えられる。H. Tanaka(2018)が指摘した,ブランドを構成する3つの理論を再検討し,その可能性の中心を考察する。

(1)ブランドの価値の根底にあるマーケティングでの「交換」

H. Tanakaは,ブランドの根底にはマーケティングとしての「交換」を可能とする価値の発生を指摘する。ブランドは交換の困難さ(①商品価値での判断の困難さ,②判断で生じるバイアスでの困難さ,③交換過程の不透明性からの困難さ)の解決を行いながら,その一方でブランドでの極めて特有な特徴として,異なった価値体系間での交換を可能とする差異性から価値(H. Tanakaで引用された経済学者岩井克人は,価値=利潤と呼んでいる)を生みだすと指摘する。H. Tanakaは差異を生み出す要因として,①空間,②時間,③制度,④社会,⑤自然,⑥競争を指摘し,異なる体系での差異から生まれる価値の起因を説明している。

(2)ブランドを規定する認識システム

次にH. Tanakaは,チョムスキーが提唱した意味の規則(混沌とした世界を区別し,なんらかの意味を見出す)に順じた認知システムを指摘する。一貫してまとまりのある情報を基軸に「交換の対象として商品・企業・組織に対して顧客が持ちうる認知システムとその知識」での意味もたらすことからブランドを規定している。その機能として①認知機能(情報の手がかりとヒューリスティクとしての理性・論理的働き),②感情的機能(感情・情緒反応を起こす働き),③想像的機能(ストーリー性,意味を誘発させる働き)を持ち,顧客との認知システムと結びつく意味を形成することで優位性を形成する。この意味の規則に順じる結果「ブランドの名前やシンボルと結びついた資産の集合」としてブランド価値(①ブランドロイヤリティ,②ブランド認知,③知覚品質,④ブランド連想,⑤その他ブランド資産など)がもたらされると指摘する。

(3)ブランド生成の起源=イノベーション

さらにH. Tanakaは,現代的なブランドの生じる要因を20世紀以降の特有の現象であるイノベーション(顧客にとっての生活や仕事での新しいパターンが生じ,その優先順位が変化すること)に求めていく。量り売りから商品パッケージへの形態進化など20世紀ではイノベーションが起点となり,そこで生じた価値がブランドへと記号転換することでイノベーションの起源は忘却されるが,記号化を通じてむしろ「交換」は持続的に維持され,売り買いの関係を長期的に維持するため有利に働く状況をもたらすと指摘し,現在においては,イノベーションとブランドの関係は研究開発,人的資源,生産活動など企業が行う活動の成果としてイノベーションをブランド価値へと転換していく状況が現出していると論じた。

以上から考察するとブランドに含意される戦略性とは,イノベーションを顧客と結びつける「道筋だて」とその関係を再生産させていく「目標」を同時的に成立させる構造性にある。すなわち,突出した記号性を起点に商品やサービス,事業,企業に差異化された独自の意味性をもたらし(実現させる道筋),顧客との好ましい関係性を基盤=資産とすることで「交換」の持続を導く(実現させたい目標)と考えられる。上記3つの視点から戦略性を含意させていくブランドの可能性の中心は3つのレベルでの方向づけとして,以下のように規定できるのではないだろうか。

①〈企業と顧客〉での持続的「交換(Exchange)」において

②認知システムを介して「意味(Sense)」を生成し,

③イノベーション起源での「記号性(Symbol)」から社会的差異を生み出していく。

ブランドが持つ〈交換・意味・記号性〉という中心により①顧客の認知システム,②企業にとっての知的財産(商標)として財の特有性,③社会に共有化されたシンボルという3つの次元がブランドには並存・時には対立として内包され,経営,マーケティング,コミュニケーションの諸側面を通じてブランド価値を縫い上げる戦略性が展開されるのである。

IV. 様相からの変化の読み取り

では,ブランドの中心軸である〈交換・意味・記号性〉から見ると“InIn”,特にプラットフォーム事業への移行にはどのような変化が指摘されるのだろうか。

1. 様相変化の読み取り①「交換」軸;モノからサービスへのベースの変化

まず,「交換」軸の変化として指摘できるのは,モノではなく,サービスがベースとなって「交換」が持続する点である。そこでは前述したPorterらが指摘したように,先端デジタル技術により顧客との関係性が永続的となると製品は「顧客に価値を届ける手段」となり,「顧客と対話するための基盤(プラットフォーム)」が事業ベースとなる。その基盤から顧客の価値提案の範囲は広がり,メーカーとしては製品単体の品質や機能にから焦点を広げ,関連製品との相互運用性を持つ製品システム,さらに複合システムやサービスへシステムへと昇華していくのである。トヨタが提案したe-Palette構想は,クルマの生産販売から移動に関するサービス業態への変化であり,Maasという移動での新しいサービス空間が広がり,「サービスプラットフォーム」のエコシステムが成立していく。

2. 様相変化の読み取り②「意味」の生成軸;企業と顧客の立ち位置の変化

次に,「意味生成」への変化では,「生産者(producer)―消費者(consumer)」というモノの製造・提供からではなく,「提供者(Provider)―使用者(User)」としてサービス使用の立ち位置から意味が生まれている。Uberでの自動車やAirbnbでの住居など従来的な「モノ」の所有が意味を生み出すのではなく,それらを「移動する」「宿泊する」という顧客価値ベースでのサービス行為を介して資源を統合する事で新しい「意味」を生み出していく。車を所有しないUber,ホテルを経営しないAirbnbでは「文脈価値」を再編する事で今までにない意味と価値が生み出される。そこでは,顧客は一方的に受け身な所有への購買選択に置かれる立場ではなく,自らの意思を実現するための主体的な動きや自らの能力をそこに掛け合わせ,動的なステークホルダーの関係がつくられることで「意味」は各々のステークホルダーから様々に束ねられていく厚みを持つと言える。

3. 様相変化の読み取り③「記号性」の起源軸;資産システムから活動システムへの拡張

さらに,「記号性」は財自体から識別子が消えるわけではないが,識別を介して「資産化」よりはそこでの体験を想起連想させる活動システム(主に,動詞系)での強い「期待の喚起」がブランド価値を高めている。ブランド知識を介しての差異的効果(Keller(2012)の長期記憶での「強く・ユニークで,好ましい」など)は,ユーザーでの活動体験や係わりから意味が上塗りされ,それが暗黙のうちにステークホルダーとしてシェアされる「期待」と結びつけて長期記憶に止められるではないだろうか。特に「需要サイド」の規模としてどれほど多くの人が使ってくれるのかの期待がその事業価値をエクスポネンシャル(幾何級数的)に高めるネットワーク効果では,ソーシャルネットワークの媒介や情報環境に埋め込まれた電子的コミュニティでの体験が認知システムをリードしていくと考えられる。この意味で,ブランドはコミュニティや社会的レベルでの利害関係者として捉えられるようなネットワーク性(相互作用,連携,離反を持つ)を形作りながら,そこでの活動を介してエンゲージメントやアクティベーションへの起点(トリガー)をもたらす「活動のシンボル」としての記号性を形成していると考えられる。

V. 問題提起;ブランドの新しい態様=モード・シフトへ

これらの3つの様相変化で際立つのは企業と顧客との在り方が今までとは異なる次元へ移り,ブランド知識を資産とするブランド観はより高次へと昇華されている点である。ここでは,Aoki(2013)によって提示された「ブランドの価値共創」から視点を導きの糸として考察を加えていく。Aokiは,価値共創に至るブランド観を問い,情報ベースから意味ベースへのブランド観への変遷を検討した上で,マーケティングでの交換をモノを含めて包括的な「サービス」においたVargo and Lusch(2004)によるサービスドミナントロジック(以下,S-Dロジック)」をブランド論に反映させている。

Allen, Fournier, and Miller(2008)は,従来の「情報ベース」でのリスク低減やヒューリステックの簡略化という「購買プロセスのサポート」の役割から「人々の生活を支援し,人生に意味を与えるデバイス」としての役割に注目したブランド観(Meaning maker)を提示した。情報環境でのWebによるインタラクティブ性の高まり,ブランドへの態度形成においてコミュニティ性を帯びるにしたがってハーレダビットソン(アメリカを象徴するタフさ)やNIKE(Just do it)スターバックス(3rd Place)など「意味ベース」としての強い顧客関係性を基盤とするブランドコミュニティは,今日事業レベルの取り組みとして広く認められる事例となっている。この意味ベースの軸足からさらにAoki(2013)はVargo and LuschによるS-Dロジックを「価値共創」を軸として辿る。

S-Dロジックの基本的前提(FP)では,以下の4つの公理が中心となる(Lusch & Vargo, 2014/2016, p. 17)。①「サービスが交換の基本的基盤である」②「顧客は常に価値の共創者である」「③すべての経済的および社会的アクターが資源統合者である」「④価値は,常に受益者によって独自に価値を現す現象学的に判断される」

ブランド論との照応から注目されるのは,以下の点である。

(1)価値発生が「モノの交換」から「サービスの使用」へと焦点が当てられ,そこではサービスとは「他者あるいは自身の便益のために,行動やプロセス,パーフォーマンスを通じて,自らの能力(知識やスキル)を活用すること」と定義され,経済的,社会的交換を広く「サービスとサービスの交換」および「資源統合を通じた価値共創」として見ていく。(モノは,サービス提供のための媒介物としての役目を果たす装置と考える。)

(2)また,資源統合として「オペランド資源(行為が施される必要のある資源)」と「オペラント資源(価値を創造するために他の資源に行為を施すことができる資源)の2つの資源で,オペラント資源=人間のコンピタンス(ナリッジとスキル)が価値創造という行動の中で利用されていく。

(3)さらに,経験的および現象学的な価値として文脈価値(Value-in-Context)が形成され,その文脈を介して資源統合への価値共創として,お互いが生産・消費を包括的に併せ持つ〈アクター2アクター〉としてのステークホルダーへとシフトが起き,この交換は,互恵主義,再配分,市場交換が今日では2つあるいは3つを全ての様々な割合で組み合わせたハイブリッド交換システムとなる(Lusch & Vargo, 2014/2016, p. 128)。

これを,プラットフォーム事業に照応させて理解しておくと,プラットフォームでの相互作用として企業と顧客の双方をその場に動員させる仕組みが「資源統合」をもたらしている点に留意したい。繰り返しになるがUberや Airbnbでは,「オペランド資源」である車,住居を「サービス交換」の中に取り込み,プラットフォームでの「オペラント資源」としてのニーズ・データと活用スキルと掛け合わせることで,車・住居は所有を離れ,サービス価値を生み出す資源として統合されていく。まさに,「資源は,そこに存在しているのではなく,資源になるのである。」そこではユーザー側の知識,スキルなど「オペラント資源」を介して多様な文脈価値が生み出され,それが資源統合されて価値が生み出されるのである。プラットフォーム事業そのものが,サービス交換=価値共創を担う企業と顧客の両サイドをアクティベーションする仕組みとしてサービスを介した資源統合をもたらすのである。ここでは企業と顧客の在り方での変化を図式化しておきたい(図6)。

図6

企業と顧客の関係のシフト

さらに,Aoki(2013)ではS-Dロジックへの進化と相関したBrand Logicに注目し,Merz and Takahashi(2011)の引用とともにそのブランド観が概説され,『G-Dロジックでは,ブランドを識別子として捉え,財に埋め込まれ,交換価値を通して規定されるというブランド観であるが,S-Dロジックとして,ブランドをダイナミック社会的なプロセスとして捉え,ブランド価値は全てのステークホルダーによって規定される知覚された使用価値として捉える。』と対比されるのである(図7)。

図7

ブランドロジック

出所:Aoki(2013)Merz, Yi, & Vargo(2009)をもとに筆者作成。

Aoki(2013)は,ブランドの変化を以下のように要約的に指摘している。

(1)企業がブランド価値を創造するという発想から,ブランド価値は,顧客を含む全てのステークホルダーとの相互作用によって共創されるという発想へと進化した。

(2)顧客の位置づけも,価値創造プロセスにおける外生的存在から,内生的存在(価値創造主体の一部)へと進化した。

(3)ブランドを付与して財を販売するアウトプット志向から,ブランドは顧客との相互作用によって共創されるというプロセス志向へと進化した。

(4)ブランド価値は,交換価値を通じて評価されるのではなく,使用価値や文脈価値によって評価されると考えるように進化した。

これらを再要約すると,ブランドの価値は顧客を含むステークホルダーとの使用プロセスでの活動システム,特に「価値共創」に焦点を当てることで創造されていくことになる。

こうした指摘は,さらに深く事実照応が検討されるべきと思われるが,以下のような問題提起へのパースペクティブ(見方)を導く上で極めて重要な示唆を持つ。H. Tanakaは,先史時代まで遡ってブランド史を考察し,「ブランドの態様(形態)」は常に一定ではなく,歴史的な生産と交換の様式の変化が起きると変化することを指摘した2)。これを踏まえて問題提起すれば,まさに“InIn”の様相は生産・交換での様式の変化の渦中にあり,ブランドも今日では別の様態へシフトしているのではないだろうか。少なくともブランド価値をもたらす可能性の中心の〈交換・意味・記号性〉から見ると“InIn”での様相変化からは,ブランド価値は「企業固有の提供(物)」の枠内に内在するというより「ステークホルダーとの使用価値をめぐる活動システム」でのプロセス成果に左右され,そこでの価値共創を可能とするステークホルダーでの関係コントロールがブランドの命題となってきている。そこでの価値はブランド知識による「固有性の識別」からインタラクションや体験を介した「関係性による共創」へとその様態においてシフトしている。この新しいブランドの形態変化をモード・シフト(態様変化)と捉え,従来的な「ブランド」と区別し,以下「ブランディング」として表記する。

VI. ブランド・モード・シフト―デザイン,起業的精神・活動システムへ

モード・シフトするブランディングの可能性を整理してみよう。常に領域が可変化するエコシステムでは,企業単体を超えて顧客価値を生み出すエコシステムそのものの価値を高める一方で,同時にそこへの関係力を強める企業の独自性も際立たせなくてはならない。ブランディングでは新しい顧客価値やパーパス(存在意義)からブランド特有のビジョン=意味を見出し(例えば,スターバックスでの3rd Placeなど),そこから独自の記号性=社会共有されるシンボルに導かれたユーザー体験やステークホルダーとの行動を促す活動システムを共創し(価値化への道筋),それを介して既存の産業や業種の境界を解体し,サービスをつなぎ替え顧客との資源統合を高めるプラットフォーム化(関係力への目標)を様態とするのである。ブランディングを常に顧客と共有する意味生成のプラットフォームとすることで,事業を人間や社会を中心とした営みの場に引き戻し,そこから事業価値の再定義を試みていくのである。中心軸では,以下の3つのモードシフトが含意されていると仮説づけられる。

① 交換:サービスとしての価値共創での「資源統合」

② 意味の発生:ステークホルダーでの「意味のイノベーション」

③ 記号性:活動システムでの「社会的差異」

留意したいのは,事業価値でリアリティを生み出すのは,企業・顧客どちらかでもなくその両者がステークホルダーとして関わるインタラクションそのものであり,活動システムそのものが「行為主体性」から働きかけてくると言える。それゆえに活動システムでのインタラクションを高める関係性コントロールがブランディングの命題となるのである。このモード・シフトからのブランディングの可能性のためには,「活動システム(Activity System)」の詳細を明らかにし,実務的に目指される企業・組織や事業展開での戦略課題の明確化が求められる。まだ手探りの状態で仮説の域に留まる点は否めないが,以下の見取り図をベースとしてモードシフトでの可能性の輪郭だけでも触れておきたい(図8)。

図8

ブランディングでのモード・シフトの論点

1. モード・シフト①交換;「思考としてのデザイン」とブランディング

第1のブランディングへの可能性は,「交換」での価値共創への構想力を高めるアプローチである。ブランド価値を経営,マーケティング,コミュニケーションをより融合的に取り込んでいくために「思考としてのデザイン」を介して価値共創での体験の質を高め,様々なリソースを統合した交換の組み立てが期待される。ビジネスのフローでは,顧客体験(UX)を起点としてデザインされたのちにビジネスモデルやマーケティングが描かれる業務フローへとシフトしていくと思われる(図9)。このプロセスに,全面的に関わるのが事業イノベーションに随伴する「思考としてデザイン」と考える。それらは,デザイン思考,サービスデザイン,エンジニアリングデザインなど多様なアプローチが提唱されているが,従来的なビジュアルでの記号・シンボル・図案構成を超えて「思考(Thinking)としての構想力」としてのアプローチを持つ。それは問題を新しい文脈から規定し直し,プロトタイプを作りテストしながら価値を生み出していく思考法と言える。ブランディングはこの「思考としてのデザイン」というアプローチとともに価値共創への活動システムへの可能性を追求する。

図9

ビジネス・フローでの変化

特に重要と思われるのは,S-Dロジックでも注目された「資源密度」という考え方である。Normannは,「資源密度とは,ある時間,ある空間,あるアクターからなる単位のためのどの程度資源が集結されているのかを示す」(Normann, 2001, p. 27)ものであり,ある特定の状況に対して価値とコストについて最も適切な成果を生み出すような最高の状態で資源を組み合わされた場合を最大密度と呼んだ。それぞれの情報資源が有形な製品から取り除かれ(①脱物質化),資源がよりミクロな単位に細分化されて(②液状化)分離される(③分離可能性),さらにその資源が再総合されていく(④再統合可能性)ことで資源密度を最大化できると指摘している。こうした視点から,それぞれの事業における資源の再総合による資源密度を介して価値共創を導き,新しいサービス業態を生み出すブランディングの展開が期待される。図10は粗案ながら,筆者でのパイプライン/プラットフォーム事業での資源密度の分析図である。

図10

資源統合からの価値共創の展開例

2. モード・シフト②意味の発生;意味のイノベーションとブランディング

第2の可能性は,「意味」のイノベーションを巡ってのアプローチと考える。Verganti(2016)(ミラノ工科大学教授)の図式に則れば,意味のイノベーションは,自動車産業では以下のように起きている(図11)。

図11

自動車産業での意味のイノベーション

出所:Verganti(2016/2017)より筆者作成。

ここではモノの文脈から新しい生活価値の文脈へと移し変えることで意味が再創造されていく。これには,事業価値の再定義が伴うが,特徴的なのは文脈の創り出しで,外的環境での競合との差別化に向けてのポジションを見つけることではなく,内的(自己文脈)から発想し自己の関心や内部的資源や周囲のネットワークからステークホルダーでの期待を集め,文脈価値を作り出すことがベースとなる。一旦,自己の文脈を形成したのちそこから問題状況を広くコミュニティや社会レベルで批判的に捉え直し,製品やサービスへの意味づけをイノベーションしていくのである。ブランディングは,例えばネスレのバリスタのように生活を支援し,新しい意味(オフィスに笑顔)をもたらすこととなる。

この点では既に,スノーピーク,バミューダーなど自己文脈を高めることで今までにない意味を生み出し,異質な市場を形成する注目すべき企業展開も見られる。社会レベルでの展開は社会貢献(Social good)と受け取られることも多いが,その側面とともにSocialには「共有する」という文脈形成の機能が強くあり,プラットフォームビジネスの構造を前提とすると,ネットワーク外部性はそこでのステーホルダー間での利害関係を齟齬や矛盾を調整し,相互のメリットを再分配する文脈共有により高まっていくと言える。そのため市場の取引関係に限ることなく,事業に必要な範囲をも超えても広く社会テーマと事業を分離しないSocial性(共有)が文脈価値を高めていくと思われる。今後,5G時代のICT(情報技術)の発展と普及によるサービスのネットワーク化,タッチポイントの範囲の拡大複合化より多様な個人や集団,組織間のネットワークが多様化・高度化・知能化すると考えられ,関係性やインタラクションが加速度的に高まれば,より広い文脈に置いてサービスを捉えていく必要性が出てくる。それは事業範囲を超えて,ソーシャル(社会レベル)での規範や慣習,制度,文化といった側面で相互に影響を及ぼす様々な主体と連携し,サービスの利用や提供への参加を促すために共通の価値を探り出すブランディングの役割が飛躍的に高まる。その意味で企業や事業の目的(purpose)を再定義し,Massive Transfer Purposeのような社会を動かすビジョンを掲げ,今までとは異質なネットワーキングを介して幅広く利害関係者の動員を図る遠心・求心の同時展開が求められる。さらに事業的には,顧客価値の実現に向けユーザーの自らの参加を促すだけではなくのようにユーザー側の期待に併せてとプロバイダー側からの価値観も反映され,両者が同時にテーマに参加する立ち位置でのクラウドファンディング(ソニーのFirst Flight)やEコマースを組み込みも考えられるのである。

図12

企業と顧客のジョイント領域の拡大と事業変化

出所:Grönroos & Voima(2013)をもとに筆者作成。

3. モード・シフト③記号性;活動システムからのブランディングの可能性

さらにモードシフトとしてブランディングの「活動システム」のモデルとして注目したいのは,Engeström(2008, 2016)による「文化・歴史的活動理論」(cultural-historical activity theory)である。IoT,AI,ロボテックスなどにより生じる新しい人工物を介した環境での活動システム(activity system)やそれに伴う人間の行為と主体性の視点を取りふくみ,ブランディングとしても手がかりとなる活動モデルを提示している。さらなる研究の研鑽が必要であるが,人間行動を文化や歴史に媒介された社会的実践活動として理解し,新たにデザインするための理論的フレームワークや自らの活動を転換・創造するための「介入」( intervention)の方法論の有効性を感じている。特に,活動理論は「人々は自らの周りの状況を変えることによって,いかに自分たち自身を変えることができるのか」という問題へアプローチし,これに従えば,ブランディングは媒介する「人工物(ツールと記号)」として顧客やステークホルダーの期待を担う「世界観」の構成に比重を移し,目的や動機に向かっていく諸行為が連鎖連関する活動システムの構造性を導くことで,「対象」(object)に向かう行為を促す。ブランディングは,ツールや言語,シンボルなどの「文化的人工物」(cultural artifact)として構成され,バウンダリー・オブジェクト(既存の事業分野や市場を超えて異なる領域に新しい関係性を見つけ,領域の境界を超えていく存在)を生み出しながら,創造的ネットワーキングとしてステークホルダーと共有され,活動システムを支えるアプローチをもたらす可能性がある。

図13

集団的活動モデル

出所:Engeström(1999)より著者作成。

実際の事業展開では,特に地域ブランド,国家ブランド,大学ブランドのようにブランド主体が集合的曖昧さをもち,行為の対象をどのように捉え,そこへの積極的な行動をどのように引き出していくかへの有効な視点をもたらすと思われる。また消費者行動研究への新しい視点として刺激(Stimulation)→反応(Response)という受け身的に生じる認知システムに代って,活動(Action)→結果知覚(Perception)という自分が環境に働きかけることでフィードバックされた知覚=自己増強性(self augmency)行為主体性(Agency Self efficacy)に置き換えていく可能性を持つ。(これに関しては,国立研究開発法人産業技術総合研究所での人間拡張研究センターでの“Human Augmentation”から着想を得ている。)価値共創=資源統合へはユーザーからの積極的な関与や参加が必要であり,ユーザーのサービス経験の質はどのようにユーザーが動態化するかに左右されるため行動喚起は特に重要となる(図14)。

図14

Action-Perceptionモデル

出所:National Institute of Advanced Industrial Science and Technology(n.d.)より着想,著者作成。

ここでは,認知システムでの識別される「ブランド価値」だけではなく,活動システムとして動的なアクションから価値を生み出すメカニズムとしての「ブランド活力」が織り込まれていく。今後サービス化の中で,イノベーションの創出による価値の継続的増幅という役割からブランドの活力を生み出すメカニズムへの焦点が当てられるため,ブランド・エクスペリエンス,ブランド・エンゲージメント,ブランドアクティベーションなどの概念を統合的に体系立てていく視点としても期待される。

VII. 最後に

本稿は直近に電子国家エストニアの視察を経て考察された。IoT,AIなどサイバー空間を介して電子的データによる次代のデータ駆動型社会は,社会システムを劇的に変革し,私たちの日常をサービスの利用やシェアリングという共創文脈の中で再編し,マーケティングの軸である企業と顧客を〈プロバイダーとユーザー〉の関係,さらに両者を兼ねる「アクター」のヴァリアント(変異)に置き換える可能性を持つと感じた。GAFAによるデータの占有,利益独占などの矛盾や問題に対抗するGDPRという規制一方で,データポータビリティにより医療制度,教育システム,公共インフラにおいて個々人がデータ活用することで新しいデジタル社会へ機会側面も大きく開かれる可能性も併せ持っていると思われる。モードシフトが現状実務的には具体化しきれない仮説視点に止まることは本稿の限界ではあるが,本稿の前提となる未曾有の技術変化・社会変容に対しての問題提起として少しでも共有できることを願う次第である。

1)  Schwab(2016)の指摘として「第4次産業革命が,人類がこれまで経験したことがない,規模,範囲,複雑さであり,生活や仕事の仕方,さらには他者との関わり方を変える大変革」との認識と,「テクノロジーと社会が共存するモデルを目指す視点」は研究の問題意識として共有して起きたい。

2)  H. Tanaka(2018)は,「ブランドの態様(形態)」は歴史的な生産と交換の様式の変化として「交換」様式では先史時代の互酬・再配分においてもブランドは一定の機能持っていた点,「生産」様式では近代以前からの歴史的段階におけて大量生産の発生などを指摘し,ブランド形態は①記号としての感覚的要素,②心理的意味,③交換行為においての役割として変化し,現代ブランドへの変化は,①ブランド化の対象拡大②ブランド体系の拡張③ブランドの拡張形態の拡張④ブランドの意味の拡張⑤ブランドのメガ化を伴っていると指摘する。

森 一彦(もり かずひこ)

関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科教授,著作・翻訳に,『ケースブック「価値共創とマーケティング」』共著(2016年)同文舘出版,『マーケティング・コミュニケーションープリンシプル・ベースの考え方』C, Fill,S, Turnbull著作翻訳(2018年)白桃書房などがある。

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