Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
Competitive Marketing Strategy
Sena Nakamura
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2019 Volume 39 Issue 1 Pages 97-105

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Abstract

伝統的にマーケティング研究は競争を回避すべき対象と見なしてきた。しかし,激しく,素早い競争行動によって特徴づけられる今日の環境を踏まえると,競争が不回避であるという前提のもと,競合企業との競争に勝ち続けるために必要な要因を探究する新たなマーケティング研究が求められるであろう。本論は,そのような研究を「競争志向型のマーケティング戦略研究」と呼称し,競争志向型のマーケティング戦略研究が依拠すべきフレームワークを検討した。分野横断的なレビューの結果,オーストリア経済学をルーツとする競争ダイナミクス・ビューが競争志向型のマーケティング戦略論の依拠するフレームワークとしてふさわしいことが特定化された。また,今後の研究の方向性として,競争ダイナミクス・ビューの知見に(1)顧客との関係性,(2)流通業者との関係性,(3)ポートフォリオの視点を加えた研究を行うことによって,新たな示唆を提供できることが指摘された。

Translated Abstract

Traditionally, marketing research has taken the view that competition should be avoided. However, given today’s environment, which is characterized by intense and rapid competitive moves, there is a need for a new marketing research approach that begins from the premise that competition is unavoidable and explores key success factors for getting or keeping ahead of competitors. This paper refers to such research as “competitive marketing strategy” and examines its framework. Through a multidisciplinary review, the competitive dynamics view, rooted in the Austrian School of Economics, is identified as the suitable research framework. Also, marketing research is shown to provide new insights by incorporating the following three ideas into the competitive dynamics view; (1) customer relationship management, (2) distributor relationship management, and (3) portfolio management.

I. 研究目的

市場の競争環境は常に変動している(Dickson, 1992)。それゆえ,ある時点において魅力的なポジションは,やがて競争的ポジションへと変化し,ある時点において優位性を生み出す技術や資源は,やがて凡庸な技術や資源へと変化してしまう。残念なことに,ハイパー・コンペティションとも呼ばれる今日の激しい競争環境においては,「やがて」に達するまでの期間が非常に短くなっているという(D’Aveni, Dagnino, & Smith, 2010)。実際,その傾向は我が国の製品ライフサイクルの短縮化にも顕著に現れている(cf. The Japanese Ministry of Economy, Trade and Industry, 2016)。

ある時点の競争環境の状況(=静態的競争)を分析し,「競争を避けるための戦略」を考えることが,新古典派経済学をルーツとするこれまでの経営戦略論の主流なアプローチであり(e.g., Barney, 1986; Porter, 1980),そうした経営戦略論の影響を強く受けるマーケティング戦略論の主流のアプローチでもある(Kubo, 2003)。競争環境が安定的であるならば,そのような戦略論の知見は有用であろう。しかし,上記の通り,競争環境は変動的性質を有しており,また,今日の多くの市場においてその性質は強まっている。これらの事実は,経営戦略論やマーケティング戦略論が,アプローチの転換に迫られていることを示唆している。

このような認識のもと,競争環境の変化(=動態的競争)の分析と「不可避な競争に対応するための戦略」を考える新たな経営戦略論のアプローチが注目を集めている。動態的競争の分析自体は,今から80年以上も前から,新古典派経済学の静態的競争分析を批判するオーストリア経済学の学者達によって行われてきた(e.g., Hayek, 1948; Mises, 1949; Schumpeter, 1934)ものの,彼らの考え方は,長きにわたって,一部の経営学者(e.g., Jacobson, 1992)やマーケティング学者(e.g., Dickson, 1992)の関心を集めるに留まっていた。しかし,従来の戦略論の知見が現実の競争環境に適応しなくなるにつれて,オーストリア経済学に対する注目度は高まってきた。例えば,経営戦略論においては,近年,競争ダイナミクス・ビュー(Chen & Miller, 2012)と呼ばれるオーストリア経済学をルーツとする新たな経営戦略論のアプローチが注目を集めており,その知見の一部はマーケティング戦略研究にも取り入れられている(e.g., Aboulnasr, Narasimhan, Blair, & Chandy, 2008; Bowman & Gatignon, 1995; Debruyne, Frambach, & Moenaert, 2010; Kang, Bayus, & Balasubramanian, 2010; Kuester, Homburg, & Robertson, 1999; Robertson, Eliashberg, & Rymon, 1995)。また,この約30年間のマーケティング戦略論における最も中心的なテーマの1つである市場志向研究(Kohli, Jaworski, & Kumar, 1993)にも,オーストリア経済学の考え方が影響を及ぼしている。

このような個別研究がいくつか存在する一方で,それらを体系的にレビューし,「不可避な競争に対応する戦略」を考えるマーケティング戦略論(=競争志向型のマーケティング戦略論)への移行の必要性を指摘したり,そうした研究の方向性を提示したりする試みは未だなされていない。その結果,現実の企業が抱える課題とマーケティング戦略論の示唆との間のギャップは今もなお広いままである。そこで本論は,図1に示される通り,オーストリア経済学(第2章)と,オーストリア経済学をルーツとする経営戦略論(第3章)およびマーケティング戦略論(第4章)の研究知見をレビューし,それを踏まえて,競争志向型のマーケティング戦略論のフレームワークと今後の研究の方向性の提示(第5章)を通じて,このギャップの克服の一助となることを目指す。

図1

本論の流れ

II. オーストリア経済学

オーストリア経済学は,オーストリアの経済学者Carl Mengerを始祖とする経済学の一学派である。彼らは,新古典派経済学の非現実的仮定に基づく静学的分析は,現実の市場を動かすメカニズムに関して一切の説明を提供していないと批判し,価格メカニズムに代わるメカニズムを探究してきた(e.g., Hayek, 1948; Kirzner, 1973; Mises, 1949)。その際,彼らが着目したのは,新古典派経済学が捨象してきた経済主体の行動であった。例えば,Kirzner(1973)によると,経済主体は皆,不完全な知識しか有しておらず,その結果,市場には無知から生じる利潤機会が残されている。残された利潤機会を察知し,獲得するために行動することが,企業家と呼ばれる経済主体の役割である。そして,この企業家達によって繰り返される利潤機会の獲得行動こそが,現実の市場を均衡へと動かすメカニズムであるという1)

こうしたオーストリア経済学の考え方に基づくと,競争および企業成果は以下のように特徴づけられる。まず,競争に関して,第1に,利潤機会の獲得行動と競争行動は表裏一体である(Hayek, 1948)。すなわち,利潤機会の獲得行動とは,最適な行動と競合企業の現在の行動の間のギャップを発見し,そのギャップを埋めるように行動することであり,その結果,競合企業は利潤機会を奪われることになる。したがって,市場メカニズムとして挙げられた企業家達によって繰り返される利潤機会の獲得行動は,競争行動の連鎖,すなわち動態的競争と換言することが可能である。第2に,新古典派経済学においては,状況が経済主体の行動を規定するという状況決定論的考え方が採用されているのに対し,オーストリア経済学においては,経済主体が不完全な知識に基づいて主体的に意思決定を行うという非決定論的考え方が採用されている(Mises, 1949)。すなわち,個別企業の利潤機会の獲得行動(=競争行動)およびその連鎖である動態的競争は,個別企業の知識や,目標,状況の認識といった要因に左右される。

また,企業成果に関して,第1に,企業は不完全な知識しか有していないため,最適な行動を選択することができない(その結果,市場が均衡に達することもない)(Kirzner, 1973)。それゆえ,企業がある行動によって獲得した利潤は,常に,最適な行動により近い競合企業の行動によって収奪される余地を残している。したがって,競争優位は本質的に非持続的性質を有する(また,市場は本質的に変動的性質を有する)。第2に,そうした市場において,企業が生き残っていくためには,継続的に利潤機会の獲得行動(=競争行動)を行うことで,非持続的競争優位の連鎖を構築する必要がある(D’Aveni, 1994)。その実現には,競合企業よりも素早く利潤機会を発見し,素早く獲得行動を実行することが必要である(Jacobson, 1992)。Kirzner(1973)は,こうした企業家の性質を機敏性と呼び,企業家の最も重要な要素であると主張した。要するに,オーストリア経済学は,機敏に競争に挑んでいく企業こそが高い成果を達成できると考えるのである。

III. オーストリア経済学をルーツとする経営戦略論

前章において紹介した,オーストリア経済学の市場,競争,および企業成果の捉え方に基づいて,動態的競争の分析やその対応戦略を探究する経営戦略論の研究領域が,競争ダイナミクス・ビューである。1990年代以降,この競争ダイナミクス・ビューに依拠した研究が,Academy of Management JournalStrategic Management Journalを中心とする経営戦略論のトップ・ジャーナルに数多く掲載され,注目を集めてきた(e.g., Chen & Miller, 1994; Connelly, Tihanyi, Ketchen Jr, Carnes, & Ferrier, 2017; Derfus, Maggitti, Grimm, & Smith, 2008; Ferrier, Smith, & Grimm, 1999; Hsieh, Tsai, & Chen, 2015; Smith, Grimm, Gannon, & Chen, 1991)。これら個別研究の知見に関しては,既に存在する大規模なレビュー論文(e.g., Chen & Miller, 2012; Shibata & Tatsumoto, 2017)に譲り,ここでは競争ダイナミクス・ビューの研究目的,分析単位,および分析手法といった主要な特徴を紹介する。

競争ダイナミクス・ビューの研究目的の1つ目は,動態的競争を促進/抑制する要因の特定化である。ここで言う動態的競争とは,オーストリア経済学の捉え方と同様に,競争行動(=利潤機会の獲得行動)の連鎖を指す。当然,自社の獲得した利潤機会の収奪を目的とした競合企業の競争行動を遅らせることができれば,その分だけ利潤を得ることのできる期間も長くなる。それゆえ,競合企業の競争行動の予測は実務上の最重要課題の1つである(Chen & Miller, 1994)。そうした実務的関心を背景に,競争ダイナミクス・ビューに依拠する研究は,競争行動の連鎖の基本単位である行動-反応ダイアドを主な分析単位として,反応有無や反応時間に関する意思決定を予測する上で鍵となる要因の特定化を試みてきた(e.g., Chen & Miller, 1994; Chen, Smith, & Grimm, 1992; Chen, Venkataraman, Black, & MacMillan, 2002; Smith et al., 19912)

競争ダイナミクス・ビューの研究目的の2つ目は,動態的競争への対応戦略に示唆を与えることである。オーストリア経済学の主張に基づけば,競争優位が非持続的である市場においては,機敏な競争行動によって,継続的に利潤機会を獲得し続けることが重要であるという(Kirzner, 1973)。そうした主張を背景に,競争ダイナミクス・ビューに依拠する研究は,一定期間に企業が採用した一連の競争行動を分析単位として,機敏性の高さを示す競争行動の採用数や採用速度が,企業成果に及ぼす影響を検討し,オーストリア経済学の主張を支持する結果を得てきた(e.g., Derfus et al., 2008; Ferrier et al., 1999; Hughes-Morgan, Kolev, & Mcnamara, 2018)。

問題意識と分析単位に加えて,競争ダイナミクス・ビューに依拠した研究のもう1つの特徴が分析手法である。競争ダイナミクス・ビューのように動態的競争を中心的な分析対象とする研究が,それまで盛んに行われてこなかった背景にはデータの入手困難性がある(Chen & Miller, 2012)。競争行動に関する詳細な情報は機密であることが多く,経営戦略論の分野で一般的な質問紙調査の場合,企業から回答を得られないことが多い。たとえ回答を得られたとしても,質問紙調査の場合,想起させた1社の競合企業に対する1回の競争行動に関するデータしか収集できない可能性が高く,同一の競合企業に対する複数の競争行動や複数の競合企業に対する競争行動に関するデータは収集が難しい(Debruyne et al., 2010)。そこで彼らは,産業専門誌やプレスリリースのような定性情報に対して内容分析を実施することによって動態的競争を特定化し,その上で,内容分析の結果と定量データを組み合せることによって,動態的競争の大規模な定量分析を実現してきた。

分析手法に関してもう一点言及しておきたい。実は,彼らが分析に用いている代表的な競争行動は,新製品の導入行動や,価格の値下げ,新プロモーションの実施,新販路の拡大といったマーケティング・ミックスの4Pに関する行動である。すなわち,競争ダイナミクス・ビューは,動態的マーケティング競争の分析とその対応戦略の探究する研究領域であるという換言が可能であるくらいマーケティング戦略論と親和性の高い研究領域なのである。それゆえ,競争ダイナミクス・ビューは,競争志向型のマーケティング戦略論のフレームワークとして適していると言いうるであろう。

IV. オーストリア経済学をルーツとするマーケティング戦略論

1. 動態的競争の分析

実際,競争ダイナミクス・ビューに依拠したマーケティング戦略研究が,いくつか行われている(e.g., Aboulnasr et al., 2008; Bowman & Gatignon, 1995; Debruyne et al., 2010; Kang et al., 2010; Kuester et al., 1999; Robertson et al., 1995)。しかし,これらの研究は,第1に,動態的競争の分析に焦点を合わせた競争ダイナミクス・ビューの研究の知見のみを援用しており,第2に,新規参入および新製品導入に対する反応の分析に研究対象が偏っており,第3に,分析手法に関しては競争ダイナミクス・ビューに依拠していない研究が多いという点で問題を抱えている。

例えば,Bowman and Gatignon(1995)は新製品導入行動に対する競合企業の反応時間の規定要因をPIMSデータを用いて,Robertson et al.(1995)は新製品導入アナウンスに対する競合企業の反応可能性の規定要因を質問紙調査によって,Kuester et al.(1999)は新規参入および新製品導入に対する競合企業の反応時間および反応手段の規定要因を質問紙調査によって,Debruyne et al.(2010)は新製品導入行動に対する競合企業の反応可能性の規定要因をビジネス・ゲームを用いた実験によって,それぞれ探究している。一部,価格戦略に対する競合企業の反応可能の規定要因を探究した研究や(Kang et al., 2010),競争ダイナミクス・ビューのように産業専門誌やプレスリリースのような定性情報を用いて動態的競争を特定化する方法を用いた研究(Aboulnasr et al., 2008; Kang et al., 2010)も存在するが,動態的競争の分析に焦点を合わせている点は,全ての競争ダイナミクス・ビューの研究の知見を援用したマーケティング研究に共通している。

2. 動態的競争の対応戦略

競争ダイナミクス・ビューに依拠し,動態的競争への対応戦略を探究したマーケティング戦略研究は著者の知る限り存在しない。しかし,動態的競争への対応戦略に関するオーストリア経済学的な考え方が,全く異なるルーツを持つマーケティング研究のある領域に影響を及ぼしている。その研究領域とは,市場志向研究である。

市場志向研究は,マーケティング・コンセプトの実現が高い企業成果の達成に繋がるというマーケティング論の基本命題の実証を試みた研究領域である(Kohli & Jaworski, 1990; Narver & Slater, 1990)。組織文化的側面として市場志向を捉えるNarver and Slater(1990)と行動的側面として市場志向を捉えるKohli and Jaworski(1990)の登場以降,マーケティング戦略論における中心的なテーマの1つとして盛んに研究が行われてきた(cf. Kirca, Jayachandran, & Bearden, 2005)。

後者の行動的側面として市場志向を捉える研究潮流において,Kohli et al.(1993)が尺度開発の際に参照した既存研究の1つにDickson(1992)がある。Dickson(1992)は,オーストリア経済学の市場,競争,および企業成果の捉え方をマーケティング競争の文脈に当てはめた「競争合理性の一般理論」を提唱した。競争合理性とは,Kirzner(1973)の機敏性にあたる概念であり,Dickson(1992)によると,高い競争合理性を有する企業,すなわち,改善欲求を持ち続け,正確かつ偏りの無い市場の知覚によって市場機会を察知し,素早く獲得行動を実行できる競争的な企業が,ミクロレベルにおいては高い成果を達成することができ,マクロレベルにおいては市場の動態性を生み出すという。Kohli et al.(1993)は,Dickson(1992)の考える競争合理性を市場志向の1つの要素であると捉え,市場志向の尺度に競争環境の変化に関する情報収集の程度や競合企業の行動に対する反応の素早さに関する尺度を盛り込んだ。その結果,動態的競争下においては機敏な競争行動によって継続的に利潤機会を獲得し続けることが高い企業成果に繋がるというオーストリア経済学の主張は,部分的にではあるが,マーケティング論においては市場志向研究の中で企図されぬままに実証分析に付されていたのである。

V. 競争志向型マーケティング戦略論の方向性

1. 全体的な方向性

以上のレビューを踏まえた,今後のマーケティング戦略論の目指す方向性,すなわち競争志向型のマーケティング戦略論の特徴は,表1のようにまとめることができるであろう。

表1

従来のマーケティング戦略論と競争志向型のマーケティング戦略論の特徴の比較

まず,フレームワークは,これまでの新古典派経済学をルーツとするポジショニング・ビュー(Porter, 1980)やリソース・ベースド・ビュー(Barney, 1986)から,オーストリア経済学をルーツとする競争ダイナミクス・ビュー(Chen & Miller, 2012)へと転換することが求められるであろう。その理由は,市場の捉え方,競争の捉え方,そして競争優位の捉え方にある。新古典派経済学をルーツとするポジショニング・ビューやリソース・ベースド・ビューに依拠した場合,安定的市場,静態的競争,および持続的競争優位の存在を前提にしてしか,戦略を論じることができないわけであるが,これらの前提が現実の市場,特に今日の市場と一致していないことは明らかである。それに対して,オーストリア経済学をルーツとする競争ダイナミクス・ビューに依拠した場合,変動的市場,動態的競争,および非持続的競争優位という現実的な前提に基づいて,戦略を論じることが可能となる。

次に,競争戦略に関しては,これまでの競争を避けるという基本方針から,競争に挑み続けるという基本方針への移行が求められる。そもそも,動態的観点からみると,不完全な知識しか持たない企業の行動によって生み出された利潤機会は,いずれ必ず競合企業のよりよい行動によって収奪されてしまう(Kirzner, 1973)。問題はその期間が長いか遅いかである。その期間が非常に短いことで知られる今日の激しい競争環境において(D’Aveni et al., 2010),いかに競争を避けるべきかという議論は無意味であろう。必要なことは,現在獲得している利潤機会が一時的であることを大前提として,次にどの企業から利潤機会を奪うことができるかを模索し続けることである(Ferrier et al., 1999)。

最後に,研究課題に関しては,第1に,企業によって展開されるマーケティング行動の連鎖を分析することを通じて,動態的競争のメカニズムを理解するという研究課題が挙げられるであろう。第2に,企業のマーケティング行動のパターンと企業成果の関係を分析することを通じて,非持続的競争優位の連鎖の効果的な構築方法を検討するという研究課題が挙げられるであろう。これらの分析には,産業専門誌やプレスリリースといった定性情報から収集された大規模かつバイアスの少ないデータを用いることが推奨される。

2. 個別研究の具体的な方向性

上記の方向性は,これまでのマーケティング戦略論との比較においては大きな転換である一方,競争ダイナミクス・ビューとの比較においてはオリジナリティが少なく,援用研究の域を出ない。その理由の1つとして,前述の通り,競争ダイナミクス・ビューに依拠した研究がマーケティング行動を既に分析対象として扱ってしまっている点が挙げられる。しかし,彼らは,分析においてマーケティング行動を扱うに留まり,問題設定や理論構築においてマーケティング研究の考え方や視点を取り入れようとはしてこなかった。その点において,マーケティング研究者の研究余地は残されている。例えば,競争ダイナミック・ビューに依拠した研究が考慮してこなかったマーケティング研究特有の視点として,以下の3点が挙げられるであろう。

第1に,顧客との関係性の考慮が,競争ダイナミクス・ビューに新たな視点を提供すると考えられる。オーストリア経済学および競争ダイナミクス・ビューは,獲得した利潤機会ないしは構築した競争優位の非持続性を過度に強調し,持続期間を延ばす試みには関心を寄せてこなかった。しかしながら,既存の事業の延命と新たな事業の開拓は両立可能であり,両立させた方がむしろ非持続的競争優位を連鎖的に構築する上で有効であると考えられる。リレーションシップ・マーケティング(Sheth & Parvatiyar, 1995)を代表とする既存顧客のロイヤリティを高めるためのマーケティング戦略は,まさに構築した競争優位の持続期間を延ばすための戦略と言いうるであろう。このような戦略と新たな利潤機会の獲得を目指した競争行動を両立させることで,企業はより高い成果を達成できるかもしれない。他方で,過度な既存顧客の重視は,新たな利潤機会の探索を阻害し,機敏性を低下させてしまうかもしれない。このような顧客の獲得と維持という観点から,動態的競争の対応戦略を検討する試みがマーケティング研究者には求められるであろう。

第2に,流通業者との関係性の考慮が,競争ダイナミクス・ビューに新たな視点を提供すると考えられる。オーストリア経済学および競争ダイナミクス・ビューは,流通業者との垂直的な関係が製造業者の意思決定に及ぼす影響には関心を寄せてこなかった。しかしながら,我が国のように少数の大規模流通業者にパワーが集中している市場においては,流通業者の意向によって製造業者間の競争行動が促進されたり抑制されたりする可能性が考えられる。このような流通業者というプレイヤーの存在を考慮した上で,動態的競争を分析する試みがマーケティング研究者には求められるであろう。

第3に,ポートフォリオの考慮が,競争ダイナミクス・ビューに新たな視点を提供すると考えられる。オーストリア経済学および競争ダイナミクス・ビューは,同時に展開する行動間の関係性には関心を寄せてこなかった。しかしながら,マーケティング戦略論の事業ポートフォリオ(Henderson, 1970)やブランド・ポートフォリオ(Aaker, 2004)の議論においては,全体としての価値を高めるように事業やブランドのポジションを調整する必要性が指摘されている。利潤機会の獲得行動に関しても,それぞれの行動の間でリスクや役割を調整することで,非持続的競争優位の連鎖の構築可能性を高められるかもしれない。このように複数の行動のポートフォリオをマネジメントするという視点を考慮した上で,動態的競争の対応戦略を検討する試みがマーケティング研究者には求められるであろう。

このように,競争ダイナミクス・ビューをフレームワークとする競争志向型のマーケティング研究には,研究余地が数多く残されており,今後の発展が期待される。現実の企業が抱える課題とマーケティング戦略論の示唆の間のギャップを埋めるべく,マーケティング研究者には,本論が示した新たなアプローチの基づく研究の蓄積が求められているのである。

謝辞

本論の執筆にあたり,ご指導を賜った慶應義塾大学商学部の小野晃典先生に心からの感謝の意を表したい。

1)  Kirzner(1973)は企業家の役割を「市場を均衡に近づけること」と捉えているのに対して,Schumpeter(1934)は企業家の役割を「市場に不均衡をもたらすこと」と捉えている。本論においては,オーストリア経済学をルーツとする経営戦略論やマーケティング戦略論がKirzner的な企業家像を想定して議論を展開しているため,Kirznerの捉え方を中心に紹介する。両者の企業家像の違いに関しては,オーストリア経済学の教科書を参照のこと。

2)  行動-反応ダイアド以外の分析単位としては,2企業間やレベル,個別事業レベル,複数事業(コーポレート)レベルがある。それぞれのレベルにおける反応予測の鍵となる概念に関しては,レビュー論文を参照のこと。

中村 世名(なかむら せな)

2016年3月に慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程を修了。2019年3月に同研究科博士課程を単位取得退学。2019年4月より現職。専攻は,マーケティング戦略論,製品戦略論。

References
 
© 2019 The Author(s).
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