Japan Marketing Journal
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Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Matsuda, A. (2017). A Field Work of Small-sized Retailers: Greengrocery’s Skill and Selection of Merchandising. Tokyo: Sekigakusha. (In Japanese)
Takemasa Ishihara
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2019 Volume 39 Issue 1 Pages 131-132

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本書は著者が2015年2月に神戸大学に提出した博士論文をもとに,大幅な加筆・修正の上出版されたものである。出版に際しては,碩学舎で研究会が開催され,そこでの審査を受けている。さらに,本書は出版されてからすでに2年の歳月が経過しているが,2018年度,日本商業学会の学会賞(奨励賞)を受賞した。以上に照らして,本書がすでに高い社会的評価を獲得ていることは明らかである。ここで改めて本書の書評するのは,これらの評価に異を唱えるためではない。評者もこれまでの本書に対する評価に賛意を表しつつ,改めて本書の意義を問いかけてみたい。

本書の最大の特徴はその研究方法にある。著者は関西における八百屋をフィールドとしながら,著者自らが2店の八百屋に入り込み,店頭に立って八百屋の店頭で何が行われているかをつぶさに体験するとともに,その意味を問いかけた。その回数はA店21回,B店49回に及んでいる。そのような入り込みの意義を,著者はインタビュー中心の事例研究に対する不満に求めている。自らの経験値を語る機会のほとんどない中小小売商に対しては,インタビューだけではなく参与観察こそが求められるというのである。

しかし,本書の特徴は単に現場に入り込んだというだけではない。それだけであれば単なる現場観察に終わってしまう。著者はそこから商業論の基礎理論への問題提起を行おうとする。商業論における「理論」として抽象化された概念と現場における「作業」に込められた意味を結びつけて理解しようというのである。両者の間に横たわる距離感を考えると,一見無謀にも見えるこの挑戦こそ,まさに本書の最大の特徴となる。そうすることによって,従来の抽象的な理論に「現場の論理を説明する」ための息吹を与えようととする。本書の試みの成否はこの一点にかかっているといっても過言ではない。

著者がフィールドワークの対象として八百屋を選んだのには特別の意味がある。中小小売商の衰退が叫ばれる中で,生鮮食料品はまだ比較的中小店が健全に機能する機会が多いと考えられてきた。その中でも,地域的な小生産者が多く,中央卸売市場ルートを外れても仕入れが可能であること,さらに当日の売り切りを前提にすればではあるが,冷蔵庫が必要ではなく,その意味での設備投資が少なくて済むことなどから,八百屋は比較的存続が可能な業種とされてきた。しかし,商業統計調査によれば,その八百屋(野菜小売業)にして,1974年には約4万6千店あったものが,2007年には1万7千店余りにまで減少している。30年の間に6割以上も減少したことになる。八百屋もまた典型的な衰退業種であることは間違いない。

その中で,著者がフィールドワークの対象として選んだのは,傑出した「繁盛店」である。業種的には他の八百屋と同じでありながら,A店は全国平均の2.5倍,B店は4倍以上の販売額を誇っている。一体,彼等の何が標準的な八百屋と異なるのか。逸脱事例といっても,特に高級品を販売するわけでもなければ,店舗設備に付加価値を求めているわけでもない。商品は原則として中央卸売市場から仕入れ,それを売り捌いて行く。しかし,その一見単純な作業の繰り返しの中に,これらを逸脱事例とする理由があるはずである。

商業論は「売買集中の原理」をもって商業者の存立を説明してきた。多様な商品を取り扱うことによって,多数の消費者を引き付ける。それを象徴する概念が品揃えである。だが,多数の生産者の商品を取り扱うという点に関する限り,繁盛店も一般店も同じであるはずである。ではなぜその違いが出てくるのか。それでも,結局のところ,それは商品の品揃えであり,それを維持するオペレーションをおいて外にはない。そう考えた著者は,繁盛店のオペレーションを丁寧に参与観察することによって,それを解き明かそうとする。それは売買集中の原理の現場での具体的な作用様式を発見することにつながるはずである。

結論的に言って,著者が見出したのは「売り切り」の行為である。当日に仕入れたものを当日に売り切り,翌日に在庫を持ち越さない。A店とB店では仔細は異なるが,この売り切りを貫徹するための技術がさまざまに開発されている。これは一見するほど簡単なことではない。何が仕入れられるかは中央卸売市場に行ってみなければわからない。その上で,消費者はそれぞれの事情に応じて商品を選択していく。その中で,この売り切りを毎日継続していくのである。

そのためには売場(店頭)の品揃え状態を絶えず「適切な状態」に管理しておく必要がある。この適切な状態は八百屋としての理想的な状態などではなく,その日の状況の中で絶えず変化する中での適切な状態である。午前中の適切さと午後の適切さは違うし,開店直後の適切さと閉店直前の適切さも違う。売場は常に組み替えられる。商品の補充は単に売れたものを補充するのではなく,売り場を積極的に組み替えるための作業と理解される。閉店に至るまで,各時点での適切な品揃えを確保するために,絶えず各商品の売れ行きと欠品の順番が管理される。そのためには消費者の商品選択にまで影響力を行使する。

こうした観察から発見されたのは,「品揃え」概念の動態的な理解である。従来,品揃えは1つの状態として,静的に理解される傾向にあった。しかし,それはより動的に理解される必要があるのではないか。小売店が何を取り扱っているかという意味での店舗在庫は今店頭にいる消費者の目には理解できない。消費者の目に入るのは店頭の陳列在庫である。その陳列在庫が集まって売場在庫を形成する。その売場在庫は消費者の購入によって取り崩されるが,商品の補充によって組み替えられて行く。こうして著者は品揃えを店舗在庫,売場在庫,陳列在庫という3層の階層性として整理する。そう理解することによって,品揃え概念は商業者の作業と結びつき,動態性が与えられる。

抽象的な概念は現場の作業と結びつかない。結びつかい両者はしばしば全く切り離して理解される。しかし,それでは理論の正当性が疑われかねない。この両者を結びつけることは容易ではないが,少なくとも著者が本書で意図した品揃えの概念に関する限り,その意図は達成されたといってよい。

ここでは詳しくふれることはできないが,本書の中にはさまざまな「商品取扱い技術」が掘り出されている。それは店頭での従業員の声出しから価格の上げ下げ,陳列の盛り方や段ボール,ザルといった店頭用具に至るまで,実に細かく記述されている。しかも,それらはバランバラではなく,「売り切り」という目的に向かって結合されている。それはまさに著者が店頭で自ら作業に従事しながら参与観察することによって初めて掘り出されたものであり,インタビューなどでは決して見出すことのできなかったものである。

近年,大量のデータを統計的に処理する「科学的」方法が広く行きわたっている。学会誌に掲載される論文の大半はこうした方法による研究で占められている。そうした流れの中では,こうした現場からの参与観察という方法は異端ともいえる。しかし,その異端の方法を徹底することによって豊かな成果を導き出し得ることを示した点でも,本書の意義は大きい。冒頭に記したような本書に対するこれまでの評価はまさに正当であったといってよい。

 
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